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銀河の月22日・KIN116黄色い水晶の戦士[2月28日(土)] 死別

今日で2月も終わりかぁ、早いな。

ちょっと悲しいニュースが飛び込んできました。知人が亡くなったとのこと。
今さっき聞いたところなのと、この後すぐにまだ仕事があるので、まだ悲しみとかは何も浮かびません。ただ、母の友人なので母が可哀相だなぁとは思います。

私達がその方に最後に会ったのは去年の秋・沖縄に行ったときでした。母と私でお見舞いに行ったのですが、母達は普通に「じゃあまたね」と言って別れていました。あれが母達が会えた最期だったんだなぁ。

・・・などと書いていたらいろいろと思い出してしまいました。やっぱり悲しい。
ちょうど昨日、5年前に死んでしまった猫のことを思い出していたところだったので、なんだかシンクロしてしまいます。

それにしても、母の虫の知らせはすごいな。あの方、昔からそういうところあるのよね。去年の秋に沖縄までお見舞いに行ったのも、母がふと思い立ったんだもの。でもそれで会えたからよかったよね、多分、母もお友達も。

○○さん、天国でだんなさまとどうぞゆっくりとお過ごしください。
銀河の月21日・KIN115青いスペクトルの鷲[2月27日(金)] ギフト

夕べファッション誌を読んでいて、特集がたしか「世界をまたにかけて頑張ってる女性」みたいな内容だったと思いますが、そこにマザーテレサのことがちらりと書いてありました。
そこにはたしか(ウロ覚えばかりですみません、苦)「貧困や親の愛に飢えている子供達の手を握り続けた生涯」と書いてあり、その一文を読んだ瞬間「私もマザーテレサみたいになりたい」と思いました。そしてそんな自分にとっても驚きました!

何故なら私は正直言いまして、今まで一度もマザーテレサのような人になりたいとは思ったことがなかったからです。

彼女を尊敬する気持ちはありましたが、自分がそうなりたいかというとなんか方向性が違うのよね。私がなりたいっと思うのは、チャップリンとか植木等とかビートたけしとか・・・芸人さんばかり(笑)。

でも今だから白状すると、心の底ではマザーテレサみたいになりたいとずっと思っていたんだと思います。ただそれを自分に認められなかったんです。
「彼女みたいになりたいと思ってる自分」が恥ずかしかったし、それはなんだか「負け」だという気持ちが拭えなかったんです。負けを認めたくなかったのです。愛によって散々傷ついてきた自分にとって、愛によって救われるのは「負け」なんですねー。

でも今、不思議なほど自然に「彼女みたいになりたい」と認められます。なんで今まで素直になれなかったんだろうと思うくらいです。

すごいねーーー。すごいギフトをもらっちゃったよ。

デヴオーラからは帰ってきちゃったけど、私にとってのPPSコースはまだまだ続いています。それどころかこれからが本格的にコースで得たギフトが花開いてくるんだと感じています。コースでは種を植えてきた感じで、これから芽が出て花が咲くのよ、きっと(ワクワク)。

オーラソーマのコースを受けるとは大体そんなものだと思うのよね。もしかしてコースの6日間以上に、コース後が大切です。
だからコース後に期間を空けないといけないのです。学んだことを知識として吸収する期間というだけではなく、コースで自分の中に植えた種を育てる期間でもあるのです。

誰かのために生きるって素晴らしいな〜〜。

※でもやっぱりたけしみたいになりたーい
銀河の月19日・KIN113赤い太陽の空歩く者[2月25日(水)] 体の声

体調のハナシ。

デヴオーラの食事は3食・完全オーガニック&ベジなのです。しかもかなり美味しい!!

前回行ったときもそうだったのですが、今回も着いた翌日からお通じが良いのなんの(感涙)。
私は毎日きっちりとは行かない人なのです。なのにデヴオーラにいた1週間、毎日朝起きるとまずトイレに行くのよ(汚い話ですみません)。そんなこと、日本ではありませんからねぇ。
食べ物によって自分の体がこんなに分かりやすく変化するのねと、つくづく実感。便秘薬を飲むくらいなら、食事を変えれば良いだけの事なんですね(薬は飲みませんが)。
そして、帰国した翌日まではデヴオーラと同じペースでお通じがありましたが、帰国3日目からすでに出なくなりました(涙)。なんて分かりやすいんだ・・・カナシイ。

あと、2月11日の日記にも書いた生理のハナシ。

今となってはピルを使わなくてホント良かったよ〜だって全然問題なかったもん。

13の月の暦のおかげで予定通り・コース真っ最中の日に生理は始まりました。
この数年布ナプキンを愛用している私ですが、さすがに今回は旅行中ということもあってケミカルナプキンを使いました。久しぶりだったなー。
そして何故かは分かりませんが、今回の生理は非常に軽く終わったのです。多い日が1日だけ・その次の日にはもうチョロチョロ?になって消えるようにあっさりと終わってくれました。
痛みもなく面倒もなく。自分の子宮に「あなたって本当に手のかからない子ね〜」と言ってあげたい気分です(笑)。

こういうことがあると、本当に体って自分の意志とはまた別に意志を持って生きているんだと感じます。そしてなにより正直。これからも体の声を聞いて大事にしてあげたいものです。
銀河の月18日・KIN112黄色い銀河の人[2月24日(火)] 深遠なる王国への招待

大袈裟なタイトルだなー。


今回のコース中、ほとんど毎日2本目に選んでいたのは65番のバイオレット/レッドでした。でも最初はあんまり好きになれなかったんですよね。暑苦しいというか、重苦しい感じがして。
ところが3日目の朝の瞑想中に、このボトルについて気づきがあったのです。

デヴオーラのセミナールームは広々していて気持ちが良いのです。けれどそれだけではなく、何故かその日の瞑想はいつもより深く入っていきました。

コースが始まって以来、私の中にあった小さな違和感のようなもの。それはPPSコースが、いままで私が受講したどのコースよりもシステマチックな印象があり、それ自体はなにも悪いと感じたわけではありませんが、なにか違和感があったんですね。
「オーラソーマがどんどん新しい方向へ向かっている。それは自然なことだしとても良いことだと思う。しかしその方向性が、なにか私が思い描いていたのとはもしかして違う方向だったのかしら?」という違和感だったのかもしれません。

そして瞑想中にふいにヴィッキーのことを思い出しその瞬間、閉じているまぶたの裏がマゼンタ1色に染まりました。万華鏡を見ているようでとても綺麗でした。
そのままマゼンタをぼ〜っと眺めていたら、ふいに心の中に言葉ではない言葉がストンとやってきました(テレパシーね)。それは「オーラソーマの深遠さは何も変わらない」と言いました。
その瞬間、65番が大好きになったのです。「あー、だから私は今65番を2本目に選ぶのか!」という大きな気づき。

65番がチャレンジではなくギフトに変わった瞬間です。その日から早速65番を使い始めています。

「オーラソーマの深遠さは何も変わらない」という言葉にいたく感動しています(今も)。
「神秘」でもなく「スピリチュアリティ」でもなく「霊的」でもなく、「深遠さ」というところが今の私の心境にぴったりでニクいね。

私はオーラソーマの深遠さを伝えることに関して、これからも妥協はしません、しませんよー(笑)。多くの人にオーラソーマを知ってもらう為に、深遠な部分を違うものに変えたりはしないということです。
しかし、それは同時にとても日常的で実用的で親しみやすいものでありますから、そのように伝えていきたいのです。ね、65番っぽいでしょ。
ホントはもっと言い現しずらい深い気づきもあるのですが、私の文章力ではこれが限界(笑)。

別にPPSコースが深遠じゃないと言っているわけではありませんよ。むしろ昨日の日記に書いたように、コースの日を追うにつれ「なんて深いコースなんだ!!」と感動することになるわけですから。

今回のコース中65番と同時に使っていたのは、スレッドの旅のボトルである51番のクツミでした(コース中に使い終わった)。
奇遇なことに、どちらもティファレトのボトルです!そして3日間くらい2本同時に使っている中で、今度は「王国」という言葉がちらちら浮かんできたのです。この言葉もいたく気に入りましてね(笑)。51も65もキングのボトルだからかな(レベル3をやってない人には分からなくてすみません)。

ちなみに、スレッドの旅でクツミの次に来るのは15番のクリア/バイオレットです。ちなみにその次は57番→19番→56番と続きます。今回の65番も含めて、なんだか同じような色ばかり。

想像するとやや食傷気味にもなりますが(苦笑)、私は王国を作るんだい。作るんじゃなくて王国にいるんだい。あ、ていうか、今此処が王国なのよねー。あ、あ、あ、だからそれってもしかしてレムリア?のこと?あ、だからオリオン&アンジェリカが・・・・・・・・・・・・・・・あーーーちょっと大変なことになってきたので、今日の日記はここでおしまいにします。続きはまた明日、バイビー。←懐かしいな〜
銀河の月17日・KIN111青い共振の猿[2月23日(月)] PPSって

10日ぶりの日記。無事イギリス・デヴオーラでの研修を終えて昨日帰国しました。

お休みをいただいたことでいろいろとご迷惑おかけしてすみません。ただ、迷惑かけた分、それ以上にたくさんの人にギフトを与えていけるように頑張りますね。それだけのものを得ることができた10日間でもありましたから。

(ここから先はオーラソーマをやっていない人には分からない内容だ・・・)

今回デヴオーラに行った目的は、PPSコースを教えるティーチャー研修に参加する為でした。

PPSとは「パーソナルプレゼンテーションスキル」の略で、このコースまで終了することでプラクティショナー登録をしてプロのプラクティショナーとして活動することができます。
つまりこのコースは、プロとして活動するにあたり、どのように自分をアピールしてクライアントさんを集められるのか?また、イベント会場等で多くの人の前でオーラソーマについて説明することができるように、プレゼンの技術を学ぶ為のコース・・・じゃあなかったんですよねー!

「そうじゃない」というと御幣があるかもしれません。「それだけじゃない」というべきでしょうか。
ここから先は、PPSコースに対して今回学んでみて感じた私なりのPPSへの理解になります。


すべての人は、天から授かった特別な才能や役割があります。それをオーラソーマでは「ギフト」と呼びますが、そのギフトを表現する(生きる)ことを通して、私たちは最高の喜びや充実感を味わうことができるし、人々の役に立つ・世界に貢献することもできるのです(今「天から授かった」と言いましたが、それは自分自身で決めてきたものでもあります)。
PPSコースはこの「自分のギフトは何か?」への気づきにフォーカスしたコースだと思います。

自分のギフトに気づきそれを表現していくことは、必要なものを引き寄せるシンクロニシティを呼び起こします(ターコイズのテーマですね)。何故なら個のレベルではなく集合意識のレベルでは、すべては繋がりあっていてひとつだからです(これまたターコイズのテーマですね)。

ここで大事なのは、ここで言っているギフト(才能)とは「絵を描く才能がある」等のギフトのことではなく、「自分という存在の在り方」としてのギフトのことです。

つまり、自分が自分らしく「在り」、そんな在り方で生きていること自体が、必要なものを引き寄せ喜びを感じ世界に貢献する生き方に繋るのです。「何をするか」より「どのように在るか」です。PPSコースではクライアントさんを集める為に、プレゼンの技術を学ぶことよりも自分らしく在る在り方を学ぶコースなのです。そうすることで本当に必要なもの(人)が集まるから。そして自分自身も最高の喜びを感じられるから。

例えば、八百屋をやってるなら八百屋の看板を出しておかないと、野菜が欲しい人がいても分からないから誰も買いに来ないでしょ。それと同じで、「自分」という看板を出していられれば、それを必要としている人がちゃんと集まります。

「じゃあ自分はどんな看板を出せばよいのかしら?」・・・それを知るためのPPSなんですよー。

コースではプレゼンの発表をする時間もあるし、その技術を学ぶ時間もありますから、そのことが何も必要ないとも言いませんよ、もちろん!
しかしそれ以上に「在り方」がちゃんとしていないと、つまり自分の中心の部分がちゃんとしていないと、ただ技術だけを学んでもそれが生きてこないのですよね。
だからPPSでは、自分の中心にいる=センタリングについてもシツコク学びます(笑)。

今何故、PPSがオーラソーマを学ぶ過程で必須のコースになったのかというと、今時代はターコイズの水瓶座の時代になろうとしていて、そこでターコイズのアナンダカンダへの気づきを持つことがとても大切だということではないかと思います(アナンダカンダには「私とは誰か?」という問いへの気づきがあります)。

あー、コース楽しかった。
私も今回、自分のギフトに関しての大きな気づきがありました。それ自体がギフトでした。
すでに私は来月、初PPSコースを開催しますが、自分の中でPPSという新しいコースの意義や目的がはっきりした今、「やるぞーーー!」ってかんじで、ワクワクしてきました(笑)。
良いコースにしたいものです。生徒さんにたくさんのギフトがありますように。あー、面白そう〜。
銀河の月7日・KIN101赤い惑星の竜[2月13日(金)] オリーブのギフト

今日からお休みをいただいていますが出発は明日の朝です。今日、すべての準備や後片付け・事務処理を済ませる予定でお休みをいただきました。

何か大きなイベント事があるときは、より意識的でいるために必ずボトルを選ぶのですが、昨日選んでみたら見事にオリーブグリーンでした。91番なんて久しぶり〜ってカンジ。そして今日はKIN101の日で、101番もオリーブグリーンです。あ、出発日である明日のKINもオリーブグリーンじゃないか!

このオリーブの流れは実は少し前から始まっていて、1本目に99番を選ぶようになっていたんです(昨日も)。
なので今度のデゥオーラへは99番のペンダントをつけていこうとほぼ決めていたのですが、昨日選んだ91番がどーーしても気になり(苦笑)、ボトルではなくペンダントとして(99番と共に)デヴオーラへご一緒していただくことにいたしました。

今届いて、早速つけたのは99ではなく91の方。あーなんかものすごくほっとする〜。

このオリーブグリーンは、私が「意識的である」ことを助けてくれる気がします。うーん、意識的でありながらそこに同一化しないことを助けてくれるって感じか。そうですね、その両方ですね。

先日ある人と、「受容的というのは、自分の意志が弱いことではなく、自分の意志を超越していることだ」などと話していました。

この「超越」は私にとってはもう何年もテーマになっています。
そのためにまず私に必要だったのが、マゼンタの「天からの愛」を知ることでした。そして次にオリーブのテーマがきました。天からの愛を地上に広げるオリーブ。地上に楽園を作るオリーブです。
この2色は補色だしね。このペアは私が一番好きな補色ペアです。

そんなわけで選んだボトルは、いつも私が物事に向き合うときに意識的にさせてくれます。今度の旅も、意識的でいていろいろ経験してきたいと思います。そうすることでたくさんのギフトを受け取れるから。

さらに、受け取ったギフトを広げてゆけるように・・・行ってきますね〜寒そうだけど、ブルブル。みなさまもお元気で。
銀河の月5日・KIN99青い銀河の嵐[2月11日(水・祝)] 生理のハナシ

ここのところ人から「ロンドンへ行くんですね!いいなー」と言われますが・・・行かないんですけどね。
ヒースロー空港に降り立つことを「ロンドンに行く」にしていいなら行くけど、私が行くのは片田舎です。ロンドンはかすめもしないでしょう(あ、なんかイヤミっぽいこと言っちゃったかな。すみません)。


私は昔から、旅行に生理がぶつかりそうなとき、ピルを使ってコントロールしていました。しかしもう10年以上飲んでません。奇跡的に旅行にぶつからなかったのと、やはり体への負担が気になり始めたからです。
しかし今回はモロにぶつかりそうです。なので、事前に(久しく飲んでいなかった)ピルを手に入れました。
飲むとしたら今日から飲み始めないといけないのですが・・・。

・・・飲むのやーめた。

なんだろう。昨日のある瞬間にふと決めました(笑)。

よく考えてみれば、今回の旅行は移動なしで同じ所に滞在するのだし、泊まる部屋と昼間いる部屋は同じ建物内だし、1日中屋内にいるわけなので、別に生理になってもほとんど困ることもないわけです。
なのに、昔の癖で「旅行中の生理=面倒」の図式が出来上がっていて、頭を悩ませてしまったのでした。習慣って恐ろしいなぁ。

ということで、やっぱりちょっと面倒だけど、自然のリズムに任せます。
あ〜体が喜んでいるのが分かる〜心配かけてごめんよ(←自分の体に言っているつもり)。

13の月の暦を始めてから生理周期がすっかり整った話は日記に何度も書きました。13の月は女性にはおすすめですよぉ。
銀河の月4日・KIN98白い共振の鏡[2月10日(火)] リターンジャーニー

今日の日記はレベル3をやってない人には面白くない話題かも。

今たくさんの人たちが、大嵐(内的・外的な大きな変化)を体験している真っ最中のようです。確かに世の中全体的にもそうですね。しかも日本だけじゃなく世界中で。

「まさにリターンジャーニーのプロセスかも」と、オーラソーマ友達と話しました。

私がイメージするリターンジャーニーは演歌歌手の公演の花道みたいな感じで(ロマンチックじゃないかしら、笑)、喜びと祝福をシェアする道・・・です(花吹雪が舞っていそうな)。
「こんな不安な時に!?」と思う人はたくさんいるんだろうな。先日も、このご時勢の影響をモロに受けてしまった知人が不安そうにしていました。でも、それでも!だと思うのです。

リターンの旅には、「苦労」の文字はないのです。だからあえていえば、今が「苦労」というものを体験できる最後の機会なのかもしれません。

なんとなくですが、私の中で今のこのプロセスは82番のカリプソのイメージです。お祝い。
あ、そうか!82番は4番のリターンですもんね。4番は第3チャクラボトルです。今は第3チャクラから第4チャクラへの移行の時代といわれます。第3チャクラ(4番)のチャレンジがクリアされて次の次元に移行するということは、ある意味、4番のリターンジャーニーが始まるということなのかしら。あー、それならすごーく分かる!だから、カリプソ(グリーン/オレンジ)なのかー。
上層で4番のイエローが82番のグリーンに(第3チャクラが第4チャクラに)移行するとき、下層では何が起きるかというと、ゴールドがオレンジに移行するのです。わーすごーい!

歌舞伎を見たことのある人なら知っているでしょうが、クライマックスで役者が花道を豪快に駆け抜ける、あの高揚感。今起きている大嵐はそれと同じくらいの高揚感があると思います。それを「不安」と呼ぶか「喜び」と呼ぶかの違いだけです。

あー、ついにリターンのプロセスに・・・人類はここまで来たのか〜感慨深い〜。
銀河の月3日・KIN97赤い律動の地球[2月9日(月)] オリオン&アンジェリカの使用法

クイントエッセンスのオリオン&アンジェリカの使い方について、ぜひ他の人にもシェアしてくださいというメールを生徒さんからもらいました。

その方は、不眠症気味で仕事柄生活リズムも乱れがちなので、時差ぼけに良いというオリオン&アンジェリカのクイントエッセンスが、もしかしたら功を奏すのではと思って使い始めたそうです。そうしたら!
「本当に良かったです。夜が来て、朝が来る、そのリズム。そして「正しい時に正しい場所にいる」と言われている通り、うれしいシンクロが次々と起きるんです。ぜひ、生活リズムが乱れがちな人にすすめてあげてください。そして、シンクロが起きて欲しい人にも…♪」

そんな方は早速使ってみませう。

今日は用事があって実家に帰ったついでに、予定外に産土様へお参りに行けました。去年、夏に行ってヒドイ目にあったのですが(2008年9月5日の日記参照、笑)、冬の産土様はやっぱりサイコーでした。
予定外の訪問だったから、これといったオーラソーマグッズも持ってきていないと思いつつポーチを開けたら、いつもはまず持ち歩かないオリオン&アンジェリカのクイントエッセンスが入ってました!そうだ、おとといの仕事帰りに今度の旅行用にと思ってサロンから持ち帰ってそのまましまい忘れてたんだ。これもシンクロ。

早速、使ってみました。正しいときに正しい場所にいたんだとすればうれしいですね。

今回もですが、産土様に行くときに毎回同じちょっと不思議な現象が起こります。

私の産土様は田舎の裏山の中腹にあるので、鬱蒼とした昼なお暗い竹薮の中の木の階段を延々と上がっていきます。更に今日はお天気もイマイチ曇っていました。
そんな竹薮の中を歩いていてふと気がつくと、前方1Mあたりの空間がいつもぼんやり明るいんです。
薄日が差している光ではないのです。上から光がきているんじゃないんです。「どこから当たる光」でもない、ただそのあたりの「空間」自体が明るくなっているのです。
しかもその光の感じが、なんとも言い表せない不思議な光なのですよね〜。
人工的なライトでは見たことがない・かといって太陽の光でもない・ぼ〜っとしたややクリーム色っぽい柔らかい光です。しいて言えば行灯の明かりみたいなかんじかな。行灯の明かりがもっとぼんやりしたような?うーん、難しい。

私が歩くとその光も前に進むので、追いついたことはありません(笑)。産土様が私の行く道を照らして導いてくれるようにも感じます。とても懐かしく感じる光なのです。ただ明るいだけじゃなくて、そこになにかある(誰かいる)ような気がします。それも懐かしいのです。

産土神社については、よかったら2008年2月6日の日記をご参照くださいませ。自分の産土神社を知って、お参りするとものすごくイイヨー!
銀河の月2日・KIN96黄色い倍音の戦士[2月8日(日)] おやすみなさい

とりあえずイギリス行き前のコース日程は、今日ですべて終了しました。

まだ個人セッションはあるしシェアリングデイもあるので気は抜けませんが、でもなんだか今日は力が入らない〜心地良い脱力感に満たされています(だからそれが気が抜けたってこと!?)。

今日はゆっくりお風呂に浸かりましょう。最近シーウィードミネラルバスにまたハマってるのよね。
そしてお風呂上りにはルービックキューブにまた挑戦しよう。存分に遊ぶぞ!
そしてチョコフレークを食べながらテレビを見よう〜。
そして寝る前には瞑想して・・・ニューアースの続きを読もう。夜更かししても今日は平気(でも私は、夜更かしと言って気がつくと朝になってしまうので、それはしないようにしよう)。

今回のコースも反省点がいっぱいでした。でもそれ以上にありがとうといいたい気持ちです。
そして最後に生徒さんたちを見送ったときに、急に「デヴオーラ、楽しみ」と思いました。それまでは楽しみと同じくらい人見知り病が出て憂鬱だったのに。

・・・なんだか頭が回らないので、書きたいことはまた明日書きます〜おやすみなさい。
銀河の月1日・KIN95青い自己存在の鷲[2月7日(土)] ルービックキューブ記念日

記念日続きな今日この頃。

昨日の記念日は悲しい記念日でしたが、今日のは違う!喜びの記念日ですっ。
苦節30ウン年、久しぶりにルービックキューブを6面完成させましたー。わーパチパチ。
小学生か中学生の頃6面揃えたことはありますが、最近のちょっとしたルービックキューブブームで、私も再び買って(正確にはだんなさんに買ってもらって)トライしてみたのですが、もう全然できなかったのです。。。あーすっきりしましたーうれしいっ。


突然ですが昨日の夜、3本目の「ヒアアンドナウ」ボトルの見方について、気づきがありました。

今読んでいるエックハルト・トールの「ニューアース」には、シツコク(笑)「今に在る」ことの重要さが説かれています。
例えばこんな禅の話がありました。

ある二人の禅僧が旅をしていました。途中、川を渡れないでいる娘を見つけてひとりが娘を抱き上げて川を渡してあげました。ふたりはそのまま旅を続け5時間後にその日の宿に着いた時、もうひとりの僧がとうとう黙っていられなくなって口を開いて言いました。「あなたは何故さっき娘を助けたのか?禅僧たるものそういうことはすべきではないのではないか?」。それを聞いてもうひとりの僧は言いました。「私はとうに娘を下ろしたのに、あなたはまだ抱いていたのかね?」。
・・・つまり、人は意識が過去や未来に囚われて、如何に今を生きていないかという例えなのですが。

過去や未来ではなく「今に在る」ことによって、私たちは様々な苦しみから解放できるということ。逆を言えば苦しみを作り出しているのは、今の自分ではなく過去や未来の自分(つまり幻想)だということです。

そう考えると、オーラソーマの4本の中に「ヒアアンドナウ」というボトルがある意味とその重要性がよく分かる気がしました。

4本すべてのボトルはある意味今の自分を表しているとも言えます。その中でも3本目のボトルは、過去(ある意味2本目)でもなく未来(ある意味4本目)でもない、今この瞬間の自分を表すものであり、今の自分の幸福も不幸も今この瞬間の自分の在り方によって決まるのですから、ギフト(2本目)をギフトとして受け取るも素晴らしき未来(4本目)を実現するも3本目次第と言えます。

・・・あれ?そうなると3本目ってものすごーく重要じゃない?
なんか今までは極端な話、3本目って2と4のつなぎくらいに捉えていたけど(そこまでは思ってませんよ、念のため)、トンデモない!

こういう気づきはいまだに日々在ります。それがオーラソーマの面白いところだし、そういう気づきがコンサルの更なる成長に繋がるといいよね〜。
共振の月28日・KIN94白い電気の魔法使い[2月6日(金)] 白髪記念日

デヴオーラに行く前に、何かペンダントを購入して身につけていきたいと思っています。

前回デヴオーラに行ったときもそうしました。
そのときは13の月の暦に関するコースを受けに行ったので、マヤ暦に関連する89番のペンダントがいいかと考えて、それをつけていきました。が、なんだかエネルギーが重くて合わないと感じ、コースが始まってから自分が選んでいたヨフィエルのペンダントを現地で購入し、そちらをコース中毎日つけていました。
みんなにもそっちの方がずっと良いと言われ、自分でもそう感じました。「やっぱり頭で考えて選ぶものより、フィーリングで選ぶものの方が正しいこともあるんだよね〜」と、改めて感じたものです。

ヨフィエルのペンダントには、ちょっとした後日談があります。
その時はデヴオーラでのコース後そのままグラストンベリーツアーにも参加したのですが、そこのある場所でペンダントが消えたのです。失くしたんじゃなくて消えたのよね(何故ならチェーンはそのままでペンダントだけが首から無くなっていたから)。
なので今は、ヨフィエルはその場所に落としたんじゃなくて置いてきたと思っています。実際今でもその場所とはご縁があって繋がっているのですよね。

そして今回、なぁんか気になるのは99番です。

99番はちょうど1年前、サロンを今の場所に引っ越したときに、「この場所を99番みたいなサロンにしたい」と決めたボトルです(そしたらボトルが割れたのです)。
私はアマーリエサロンを神楽坂のヴィッキーズガーデン(デヴオーラにあるお庭)にしたいと思っているので、99番は私にとってはヴィッキーズガーデンのイメージなんです。
そんな99番をペンダントとして身に着けていきたい気分です。

まあ、気分は変わるかもしれませんので今のところ・・ですね。どうなることやら。

そういえば今日ショックなことが・・・!生まれて初めて頭に白髪を発見してしまいました。
歳42にしてまだ1本も白髪がないことが自慢だったのに・・・数少ない自分の誇れる部分がまたひとつ消え去ってゆきました、悲しい(涙)。
共振の月27日・KIN93赤い月の空歩く者[2月5日(木)] 無人島で何をする?

昨日レベル2コースの最終日に、各自選んだ4本目のボトルでみんなでアファメーションしたんですよね(アファメーションってパワフルで良いですよ)。

帰宅後に「私もアファメーションしようっと」と思い立ち、「みんなに自由を広げていきます!」などと言った後でハタと、「「みんな」って言っているということは、私が私でいる為に他者を必要としているってことだよなぁ」と思いました。確かにこのアファメーションでは、自由を広げるために誰か他者がいないと成り立たないよね。そういうのは下手すると依存になるかもしれません。

ならば他者に依存しない私とはどんな私かしら?そこで、こう考えました。
「もし私が無人島でたったひとりで生きていくとしたら、どんな自分でいることが一番幸福かしら」

無人島でひとりでいる自分を想像してみました。自由を広げる相手は誰もいません。こういう状況では自由を広げてみても、誰かに褒められることもないし誰かが笑顔になるわけでもないし、のれんに腕押しです。

そういう状況を想像していると、最初はなんだか虚しさを感じました。「そうか、虚しくなるということはやっぱりどこかで、自分の存在意義を他者に依存しているんだな〜」などと思いました。

そしてそのまま無人島で暮らす私を想像していると、やがて虚しさは消えていきました。
なんかそういうの、どうでもよくなってきたのね。やがて私は毎日遊び暮らすようになってきました。木に登って食料を獲るついでに木を揺らしてみたり、もっと高いところまで登ってみたりしてました。誰もいないけどひとりで歌ったり踊ったりしています。そういうのがすごく楽しい感じです。
しなければいけないことと言えば食べ物を調達することくらいです。最初からひとりだったので寂しくもないし、退屈という感覚すら知らないかのようです。比べる相手もいないので落ち込むこともありません。

・・と、想像していて、なるほど、落ち込むという感情は他者の存在をネガティブに捉えてしまったときのみ出てくる感覚なのねと、実感しました。

想像上の無人島での私は、ずーっと歌っていました。歌っているのがホント最高に気持ちよかとです(何故か博多弁)。
実際に私はいつも道を歩きながら歌っています。子供の頃からの癖?です。通りすがりの人に聞こえても多少ならあまり気にしません(向こうが気にしてるか!?)。歌うのが大好き(でもカラオケはあまり好きではない)。誰に聞いて欲しいわけでもなく、ただ表現するのが好きなんだろうなぁ。

でもそれって自由を広げている感覚ですね。クリエイティビティ。それは最初にアファメーションしたことと同じです。そうか、やっぱりそれでいいのか。ただし「誰かに向けて」ってとこが違うんだな。誰かに向けなくても、ただ自由を広げていればいいのですね。確認できました。
共振の月25日・KIN91青い宇宙の猿[2月3日(火)] 振り向いてはいけない

最近目に付くのはグリーンばかり。先日もグリーンのスカートとグリーンのスプリングコートを買ってしまいました。特にコートの方は、明るくて光沢のあるライムグリーンな色合いで、春になるのが待ち遠しいです(早く着たーい)。

一方で、10番のグリーンボトルに抵抗している自分もあり。
とても使いたいと感じるし、実際使っていても別に嫌な感じは全然ありません。ただ「自分のまいた種を刈り取る」ことに抵抗してるのかな〜と思います。

10番のタロットである「運命の輪」の絵が浮かんできてしまいます。あの絵でぐるぐる回っている人ではなく、それを眺めている感じなのですが。

流れに逆らわない方が良いのでしょうが、私の中の声が叫んでいます。「エゴを悪者にしないで〜」とね。その声は悲痛な叫びにも聞こえるんだけど、それ自体がエゴなのでしょうかね。だとしたらその声に同情して振り向いちゃいけないのかしら。ロトの妻のように塩の柱になっちゃうのかな〜。もしくはオルフェウスのような?それともイザナギのような?

でも本当に助けを必要としているのかもしれないから、そうしたら振り向きたいとも思うのですが、一方では「その声にだまされるな」という声も聞こえます。

あー、だからこういうこと分からなくていいんだろうけど、また考えちゃう。そんな私の次のスレッドボトルは51番のクツミです。ナイスフォロー!
共振の月24日・KIN90白い水晶の犬[2月2日(月)] 引きづられない

今、自分が幸せなことに感謝する・・・かぁ。

身近な人が大変な状況にあると、やはり心配です。今の私自身は元気だけど、身近な人間が大変な状況にあります。なので心配しています。
なのに私の中の奥の方では、相も変わらず不安がない・シアワセだなぁと感じているのです。なんなんでしょうか、このかんじ。

身近な人間が大変な状況からなんとか立ち直って欲しいし、まだそうでないからそのことを考えると心が痛みます。
今世界中で起きている大変な状況のことを考えても心が痛みます。世界中で苦しんでいる人がいること・自分のすぐ近くにもそういう人がいること・・・考えると心が痛むのに、それと同時に・それでも消せない感覚としてこの「シアワセ」感はあるのでしょうか。

私がなりたくない職業として「看護婦さん」があります。
母が看護婦でしたが、看護婦という職業は素晴らしいと思います。心から尊敬しています。
では何故なりたくないかというと、苦しんでいる患者さんを見ていると、自分も苦しくなってしまって耐えられないと思うからです。苦しんでいる人を元気づかせてあげるどころか、自分の方が苦しくて泣いたり倒れてしまいそうなのです。情けないけどそんな感じ。

どうも私はネガティブな感情に引きづられてしまうようです。すぐ隣に喜びがあっても、苦しみの方が勝ってしまうのです。昔からそう。

でも、もしかして今の私は違うかも!と、今日思いました。今日、最初に書いた苦しい状況にいる知人と話していて、以前の私だったら絶対に自分も苦しくてたまらなくなってしまっていたのに、ほとんどそうならなかったのです。むしろその人を少しは元気づかせてあげられたようです。これは明らかに以前とは違いますっ。ネガティブな方に引きづられていないのよ。

こういうのをポジティブというのかしら?「愛は勝つ」という曲が大嫌いでしたが(苦笑)、やっぱりそういうことなのかなぁ。そうなんだよね。
共振の月23日・KIN89赤いスペクトルの月[2月1日(日)] 愚直に〜

昨日書いたことの続きですが、コースでの切り替えが上手くいかなかったことについて、夕べうーんと考えました。

・なにが上手くいかなかったのか?
・何故上手くいかなかったのか?
・どうすれば上手くいくのか?
・上手くいってるところのシミュレーション

・・・などなど、ベッドに入って寝ながら考えてたから、なんか神経が高ぶってよく寝られませんでした(苦)。

つくづく身に染みたのは、コースを教えるということはちょっとでも気を抜くとダメだということです。今回気を抜いていました、私。すみません。
自分の気合?というかポジティブなエネルギー(情熱みたいなもの)がコースに入ってないと、途端に生徒さんに伝わるんです、恐いくらいに。おそらく生徒さんたちが意識的にそのことに気づいてはいないでしょうが(比べることができないから)、たくさんのコースをやっている自分の側から見ると、情熱をたくさん注いでいるときと少なめなときとでは、歴然としています。
まあしかし、ほとんどの時はたくさん注いでいるよなーと自分では思っていますが。

これはコースをやるときに限らず、なにをするにしても同じだと思います。「なにをするかより、どのようにするか」なのです。ティーチャーとしてコースをやってるかどうかよりも、そこに何を注いでいるか?私は愛と自由と楽しさを注ぎまーす!

先日、とある環境会議に出席したときに、主催者の青年が「これからも愚直にやっていきます!」と宣言していました。「愚直」って言葉が自分で気に入ったのか、連呼してたな〜。
でも私も今そんな心境。コース中の切り替えのことだけじゃなくて、ティーチャーとしての在り方のことまで夕べいろいろ考えてて、やはり私は器用にはなれないし、なりたいとも思いません。
なので私もオーラソーマティーチャーとして、これからも愚直にがんばりますっ(笑)。

愚直なほど誠実・・・カッコ良いじゃないの。そんな人間になりたいなぁ。