diary
ダイアリー
日記、がんばって続けてます 日記のバックナンバーはこちら ブログはこちら 

a ・ m ・ a ・ r ・ l ・ i ・ e
a t e l i e r
アマーリエへようこそ  welcome to amarlie getting to know you・・・  + home
+ オーラソーマ英国認定スクール + 13の月の暦 + 個人セッション + ご予約・問合 + プロフィール + 日記
共振の月22日・KIN88黄色い惑星の星[1月31日(土)] 切り替えが上手くいかなかった

今日は落ち込むなぁ・・・。

今、レベル1と2を同時進行で開催しています。
レベルが違うと内容も違うので同時に進めるのは頭の切り替えが難しいものもありますが、それ以上にコースによってグループのエネルギーというか雰囲気が全然違うので、それぞれに合わせていく・ハートの切り替えとでも言うべきことが、より繊細で難しいと思っています。
お笑い芸人さんが、同じ日にバラエティとドラマの仕事をこなすときって、こんな気分なんだろうかと自分と重ねてみたり・・・(笑)。

今日のコースでは「ハートの切り替え」が上手くできなかったと思いました。
なにがあったというわけじゃないのだけど、うーん、コミュニケーションの質?深さ?がいつもとちょっと違う感じがしてしまいました。

コースのとき、ティーチャーである自分の方から生徒さんのエネルギーに合わせていくのがベストだと、私は考えています。これは休み時間の話題を合わせるとかそういうことじゃありませんよ(それもあってもいいけど)。
コンサルテーションもそう。コンサルタントである自分がクライアントさんに合わせるように心がけるのがベストだと考えています。

しかし、なんか今日はコース中に「あれ?なんか違ってるぞ」と感じてしまいました。ズレてるというか、私がひとりよがりになってしまったような感じです。
そこから修正を試みたのですが、どうだっただろうか・・・。そのことを思い返していたら、どんどん落ち込みモードに入ってしまいました。

もう終わったことは仕方ないので、これから明日に向けてひとり反省会を開きます。あ〜でもやっぱり落ち込むな〜。
共振の月21日・KIN87青い太陽の手[1月30日(金)] イギリスに行ってきます

おとといの日記にも書きましたが、「分からなくていいんだ」と分かってからぱったりと夢を見なくなりました。なんか終わったらしい。


2月に10日ほどお休みをいただきます。イギリスのデヴオーラ(オーラソーマの本部があるド田舎)に研修を受けに行くからです。
来週いっぱいはコースがびっちりなので心も体も全然行く準備はできていません。ま、どっちにしろ直前にならないと準備しない方だし、荷物も少ない人なのでいいんだけど、体調だけは気をつけようと思い始めました。

デヴオーラに行くのは2回目です。前は真夏に行ったので、同じ場所でも季節が違うといろいろ違うのではないかと期待してます。冬のイギリスも経験したことないしなぁ。
研修とはいっても海外に行くとなるとそれが私にとっては休暇代わりでもあります。私は海外では電話やメールをしないし、研修を受けている間は自分のことに集中できるし(いつものことか!?)、ゆっくり本を読んだり敷地内を散歩したり、良い気分転換と自己学習の時間なのです。

あるチャネラーさんが言うには、私は今回の旅を境にいろいろ変化を始めるらしいです。なんだろう?今計画していることかなぁ。それとも今はまだ全然思いつきもしないなにかが始まるのかしら。

しかしデヴオーラに行くことを考えると、研修が楽しみであると同時に人見知り病も出始めてきました(笑)。それを考え始めると行くのが億劫になっちゃうのよねぇ。
大体、最初の数日間は緊張して疲れまくりで、帰国前日くらいになってようやく楽しくなってくるのです。それがお決まりのパターン。
この性格、もう一生直らないのかもネ。
共振の月20日・KIN86白い銀河の世界の橋渡し[1月29日(木)] オレンジは素晴らしい

26番のオレンジ/オレンジのボトルはオーラソーマ始まって以来、一番売れるボトルだそうです。初詣の明治神宮と同じくらい不動のNO.1なのダ。
確かにアマーリエでも、このボトルはよく選ばれるしよく売れます。しかし、この1年半くらいは毎月のように「今月は特に売れたな〜」と感じているかも。つまりますますたくさん売れているということです。

先日のレベル2コース中にオレンジについてみんなで話していたときに、「なぁんか不安がないんだよね〜」とか「無敵な感じがする」と言っていました。
そうそう、そうなのよね。
オレンジは腹の底から湧き出てくるような感情を表します。そうなるともはや理由なんて(あるんだろうけど)分かりません。それをネガティブな方から捉えると「ショックヤトラウマ・理由の分からない恐怖」なんだけど、それは同時に「理由の分からない幸福感や喜び」でもあるのです。そして今、本当にみんながそれらを同時に体験している時なんだと思います。

苦しみが深ければ深いほど、その後の喜びも大きいですよね。
私たちは今まで長い歴史の中で、たくさんの苦しみを体験してきたと思います。それが歓喜と至福の爆発的な喜びに変わるときも近いということです。今、世界中の黒人の人たちはそれを味わっているかもしれないし、朝青龍も味わってるかも!?
そんな私達をあらわすオレンジ・・・としか思えないのよね。

例えばこんなかんじでしょうか。

9回裏ツーアウトまで3点差で負けていた試合で、一発逆転サヨナラ満塁ホームランが出た瞬間みたいな感じ(笑)。今は、ちょうど最後のバッターがバッターボックスに立った・・・あたりの時代じゃないかしらん。
皆さんは次のバッターがホームランを打つことを信じられますか?それとも「もう負けだな」と思ってますか?私は信じてます・・・というかすでに打ったー!って感じなんだけど(笑)、この根拠のないポジティブさがこれまたオレンジですね(オレンジのボトル、使ってるし)。
共振の月19日・KIN85赤い共振の蛇[1月28日(水)] 分からなくていい

1月20日の日記にも書きましたが、グリーンの10番ボトルを使い始めてから毎晩夢ばかり見ます。しかも同じシチュエーション。
その夢のメッセージが知りたくて、でもなかなか分からなくて、何とかして知りたいとこの数日間、パラスアテナのクイントエッセンスを使い始めてみました(パラスアテナはドリームワークに良いとされているので)。

そして今朝のベッドの中でのこと。

まだ起きる時間じゃないし、起きてるような寝てるような夢うつつの中で、私の内側から声がしました。でもいわゆる声じゃなくてもっとテレパシックな内なる声です。その声は、言葉にするとこんなことを言いました。「夢を追いかけるのは止めなさい」。
その意味はすぐに分かりました。「夢のメッセージがなんなのかなんて、分からなくていいのよ」ということです。

その時何の抵抗もなく私は、「分からなくていいんだ〜」ということを受け入れました。そしたらその瞬間、目の前がぱーっと開けたのです(あくまでも意識のレベルの話。実際の私はベッドに寝てるままの状態です)。
視界が開けて見晴らしがよくなったとき「これがパノラマ的な気づきか〜」と感じました。「グリーンだな〜」とも。何故なら、分かろうとして分からなくていつのまにか視野が狭くなり混乱していた感覚が、急激にどこかへ無くなってしまったからです。分からなくて良いと思えたとき明晰さが増すとは・・・面白いですね。

その後どれくらい時間が経ったか・・・目覚ましの音で本格的に目が覚めたときふいに、決断に迷っていたある仕事上の案件に関して「こうしよう」と決まりました。決断が自然と私の腑に落ちて来たという感じです。
そして朝のうちに先方にその旨伝えて、あっという間にそのプロジェクトは動き始めたのです。

「パノラマ的な気づき」「決断」「始まり」・・・これは全部グリーンのテーマ。10番の作用がいよいよ出始めたのでしょうか。今、気分爽快です。眼前が開けてるんだもんね。

で、なんとなく気になって、久しぶりにボトルを選んでみました。そしたらひっさしぶりに3・4本目が真っ赤っ赤に染まりました(笑)。うおーーー!キターーー!
結局、夢はなんだったのか今のところ分かりません。でも分からなくていいやってカンジ。
共振の月18日・KIN84黄色い律動の種[1月27日(火)] 見知らぬ人の親切

サロンの玄関前には観葉植物やプランターを置いています。今の季節は、プランターに植えた冬すみれがたくさん咲いていて、玄関前が華やいでいます。
年が明けてから、週2回くらいの割合で朝サロンに到着すると、その植物達に誰かが水をやってくれているようになりました。地面が濡れているのですぐ分かります(アマーリエの部屋は、マンションのエントランスとは別に、表通りに面した専用玄関があるのです)。

マンションの植え込みに管理の人が定期的に水をあげているのは知っていました。でも去年までは自分の部屋の玄関先の植物にまで水をあげている気配はありませんでした。
多分今年から管理の人が変わったんでしょう。そして新しい人は、自分の管轄以外でも植物に水をあげてくれる人なのでしょう。
朝、玄関先の地面が濡れていると、なんだかうれしい気持ちになります(笑)。「ウチの植物にもお水をあげてくれてありがとう」と、まだ会ったことはないその人に心の中でお礼を言います。

同じことが、マンション前の公園でもあります。

私は公園を突っ切ってサロンに通うのが日課です(土の上を歩くことにほっとします)。そしてこれまた週に1回くらいの割合で、公園全体が綺麗にお掃除されているのです。地面にほうきの跡がついているのですぐ分かります。
ここの公園、けっこうな広さがあるんですよ。200M四方はあるんじゃないだろうか。地面にあるのはほうきの跡だから、清掃車じゃなくて人がやってるのは明らかです。
ボランティアなのか、町内会なのか、お役所なのか?しかも朝早い時間に掃除してくれているわけです(遭遇したことないから)。

真っ白な雪の上に足跡をつけるように、お掃除されて綺麗になった土の上には自分の足跡がくっきりと残ります。それを振り返りつつ誰か分からない誰かに、「ありがとう」とまた心の中でつぶやくのです。今日は公園と玄関先と、ダブルで「ありがとう」の日でした。

ああ、私は良い人たちに囲まれて・・・本当にツイてる人間だなぁ。
共振の月16日・KIN82白い自己存在の風[1月25日(日)] 向いている仕事

昨日の仕事つながりで思い出したこと。

以前、自分が今のような仕事に向いていないのではないかと悩んでいた時期があります。

人を癒したいという気持ちがさほどあるわけでもなく、自己のスピリチュアルな探求に一番興味のある人間が、「癒し」と言われるようなことを職業にしていいのだろうか?なんて、罪悪感すら抱いていたのです。今振り返れば傲慢だな〜と思います。

傲慢だなと気づかせてくれたのは、雑誌である人のインタビュー記事を読んでいたときのことでした。

その人の後輩が「この仕事に向いていないのでは・・・」と悩んでいるのを聞いて、その人は後輩にこう言ったそうです。「おまえは今充分にこの仕事でメシを食っていけてるやないか。そんなら充分に向いてるってことや。向いてないなんて言うたら、同じ業界にいるおまえほど成功してない人間に失礼や!」。

何で関西弁かというと、「その人」とは麒麟の田村だからなんですけどね(笑)。

でもこの記事を読んで、私も目からウロコが落ちました。
「自分に向いていることを仕事にしたい」と思ってそれまで何度も転職してきたけど、逆の発想もありなんだ!今やっている仕事が上手くいっているなら、それは向いている仕事かもしれないんだ!
実際、向いていると自分で思っていた仕事はあまり上手くいきませんでした。そして(自分としては)思わぬ仕事が上手くいったのです。。。それじゃあ「向いている仕事」ってなんなんでしょうね。

自分のことは、ホントわからね〜。
共振の月15日・KIN81赤い電気の竜[1月24日(土)] どこからどこまでが仕事か?

1月から少し仕事量が減り楽になったと書いていますが、そうなったらそうなったで新しいアイディアを練り始めたり実際に動き始めたりで、それはそれで忙しい今日この頃です。

世の中には、勤務時間以外は一切仕事のことを考えないしやらないという人もたくさんいます。しかし私はいまだかつて社会人になって以来、そういう状況で仕事をしたことがほとんどありません。いや、人によっては、私と同じ状況でも勤務時間以外には仕事から離れることができるのでしょうが、私にはそれがなかなかできないのかもしれません。「できない」というより「しない」のかな。

例えば以前営業の仕事をしていたときに、売り上げをあげるために休日出勤や残業をすることもしばしばありました。が、人によっては休日出勤してまで売り上げを上げなくて良いと言って、本当に終業時間になったらさっさと帰る人もいました。
私としては、営業職をやっている以上「売り上げをあげる」のが仕事だから、それを第一に考えれば残業も仕方ないだろうという感じ。
しかし残業しない人の言い分は、「勤務時間内でできるかぎりのことをして出た成績が自分にとっての売り上げ」だそうです。

う〜ん、その言い分も充分分かります。確かにそのとおり。

ただ私の場合はやはり「あと少し頑張ればいくらの売り上げをあげられる」と思うと、やりたくなってしまうのですよね〜。やらなければという責任感とやりたいという気持ちとがあって、無理をした結果ストレスを溜めて仕事を辞めてしまうという・・・(笑)。

こういう(私のような)人は、最初からやりたくない仕事はしない方が良いと思います。どっちにしろ残業するなら(笑)、本当に自分がやりたくてやっている仕事なら残業もストレスではないはず。今の私がまさにそう。つまりおそらくこういう人にとって、仕事とは単なる仕事以上のものなのです。

あー、でも仕事が単なる仕事以上のものであっても、やればもっとできるはずの時間やスキルをある一定ライン以上はやろうとしない人もいるよな〜。
そうなると、そもそもの仕事に対しての考え方の違いですねぇ。

「私、仕事頑張ります!」と言いつつ、時間になったらさっくり帰る後輩を見ていて、「もうちょっと頑張ればもっと売り上げ行くのにやらなくていいの?それがあなたなりの頑張りってことなの?」と、不思議に思えてならなかった私。そして今日も早めにベッドに入りつつ、仕事のネタ帳を広げる私です。
共振の月13日・KIN79青い磁気の嵐[1月22日(木)] ボトルのある部屋

昨日の夜、数秘の勉強会を開きました。
すべてのボトルを、通常の番号順ではなく数字別に並べ替えて各数字と色の関係性を見るということをやったため、勉強会が終わった後ボトルを元に戻す為に一旦ボトルを全部棚からおろしました。
がら〜んとしたボトルスタンドなんて見てないから、なんかやっぱり寂しいな〜と思いました。

昨日のうちに並べなおそうと思っていたんだけど、終わるのが遅くなったのでそのまま帰宅してしまい、今日は昼から外での仕事だったのでボトルはずっとそのまま。結局夜になってから並べ直しました。

夜21:00頃サロンに戻っていつもの部屋に入ったとき!明らかに室内がいつもと違う空気に変わっていました!ホントよ!
「ボトルがないだけでこんなに違うんだっ!」と、あらためて気づかされてしまった・・・。

なんかこう・・・いつもより無機質な感じになってるんですよね〜。生きてる感じがしないというか。
部屋に生きてるも生きてないもないのかもしれませんが、ボトルがない状態を知ることで逆に、この部屋がいつもは生きているということも分かりました。

部屋(場)も生きている。そして生きている部屋の方がずっと居心地が良いんですね。ボトルってやっぱりイイですね〜しみじみ。
共振の月12日・KIN78白い宇宙の鏡[1月21日(水)] 新しい時代がきた!

最近はスタッフさんがいるおかげで前に比べて早寝できるようになり、見たい番組がない日は00:00にベッドに入るなんていう小学生?並みの速さで寝ています。
しかし夕べは起きてました。オバマ大統領誕生の瞬間に立ち会いたくて。

うーん、見ていて鳥肌が立ちました。
時代が変わるということは、言う人はもう随分前から言っていたと思います。しかしこれで本当にそれが現実の出来事になりました。もう「いつか」なんて言えなくなったのです。
「いつかね」とか「誰かがね」なんて言えない・・・すごいことだなー。

見ていて感じたのは、「私たち」を乗せた船がついに陸から離れたということ。しかし上手く航海できるかどうかの保障はどこにもないということです。何故ならまだ誰も挑戦したことがない航海だからです。
でもすくなくとも出発できたのはオバマさんの存在が大きいと思います。何故なら、船を出そうにもどこに向かったらよいのかすら分からなかったのが今までの私たちだったのではないでしょうか?それがオバマさんの登場により、私たちは何を目指せばよいか(何処に向かえばよいか)が明確になったのです。
行き先が明確になれば、今まで以上に船を出発させる人が増えるでしょう。本当にすごいことです!

上手く航海出来るかどうかよりも出発したことをまず喜び、そのプロセスを信じましょう。私たちは正しい方に進み始めたと信じましょう。
オバマさんが第44代大統領だなんて、なんだかでき過ぎですね〜(44は守護天使)。

あ!今気がついたけど、昨日のKINのキーワードは「協力・捧げる・普遍化する・共時性・舵取り・発展させる」でした!やっぱりーーー。


それにしても就任式の間じゅう、オバマさんが撃たれないかどうかが心配で、きちんと見続けられませんでした・・・。演説のドキドキよりそちらのドキドキが大きくて、嫌になっちゃうよ〜。無事に終わってほんとにヨカッタ。
共振の月11日・KIN77赤い水晶の地球[1月20日(火)] 夢ばかり見る

G暦の年明けからグリーンのボトルを使い始めています。それ以来、見る夢(夜見る夢のこと)の内容が明らかに違います。

1.時代は現代
2.多分日本、でも見たことのない場所
3.登場人物に必ずひとりオーラソーマの生徒さんがいる
4.楽しい夢ではないけど恐くもない
5.ストーリに脈絡がない
6.結末がない

こんなかんじなので、何が言いたいのか?何を表しているのか?さっぱり分かりません。
なので今日からパラスアテナのクイントエッセンスを使おうかと思います。久々の出番です、パラスアテナ。

・・・しかしそう思いついたら、急にオリオンのクイントエッセンスが気になり始めてしまいました。

夢を見始めたのと風邪で体調がいまひとつになったのが同じ時期で、風邪の方は今もなんとなく完治していないのですよね。なんとなくですが、今オリオンが必要な気がします。吹き飛ばされないようにしないとね・・・という気がするのと、そのためにオリオンが必要な感じがするの。

「・・・な気がする」ばかりになってしまいますが、そんなわけで今日は両方使ってみよう。使ってみてからまた考えよう。
それにしても、最近の夢・・・気になります。自分の中でなにか起きているのですが、まだ見えないのよ。
共振の月10日・KIN76黄色いスペクトルの戦士[1月19日(月)] イケてない人々

ちょっと古い話ですが、先週の「アメトーーク」の「中学のときイケてなかった芸人」はオモロかった〜。

「そういう生徒いたよねー」じゃなくて、自分がそうだったから余計に身近な話題です(笑)。
実際の私の中学時代は、むしろクラスでも目立つ・イケてるグループに入っていたのですが、自分がイケてたわけじゃなくてイケてた女子と仲が良かっただけだったもんで。

サバンナの高橋の「勝手に純平」の話とか、完全に私も同じことやってました!ちなみに私の漫画のタイトルは「それゆけ大冒険」でした(あーイタイ)。
※クラスメイトに注目されるために、架空の漫画を作り休み時間にわざとみんなに聞こえるように大きな声でその話をするというもの。

私はいつもグループの中心にいる人間よりも、端っこにいる人々に注目してしまいます。端っこ組の屈折した喜びやおよそ自分勝手な苦悩に共鳴するな〜。

彼らは、クラスの真ん中でヒーローになりたい・注目を集めたいけど、真ん中に行く勇気がないし自信もない。彼らはナイーブなのです。
それに「俺、真ん中にいきたーい」と素直に言うには、彼らは自意識とプライドが強すぎるのです。
彼らが夢見るのは「真ん中にいくつもりなんて全然ないんだけど、なぁんか目立っちゃう自分」なのです。

・・・くー、泣けるよ。まさに私もそうだもん。

サバンナのふたり(高橋と八木)は、どちらも中学のときイケてなかった可能性があります(勝手な予想)。でも八木はイケてない自分にコンプレックスを持ってなさそうだから除外。高橋の屈折ぶりに私は1票を投じます(なんのこっちゃ)。

でも多分アメトーークに出ていたみなさんは、屈折しながらも根っこは素直で優しかったんだろうな。そこが救いだし、だからイケてない彼らを笑って大丈夫なんだよね。
共振の月9日・KIN75青い惑星の鷲[1月18日(日)] 尊敬します

コース・勉強会等で生徒さんを見ていると、みんな本当に感受性が豊かでオーラソーマを好きでいてくれて学ぶ姿勢が真剣です。

私は、コースや勉強会ではけっこう厳しいことをやらせていると自分では思っています。気持ち的な厳しさというよりも、実際の学びとしての話です。「気持ち的には楽しく優しく。でも内容はハードに」がモットーです。「優しいけど易しくはない」という感じでしょうか(今考え付いたモットーだけど、笑)。
自分が学んでいたときにやらされたワークに比べると、「レベル1でそんなことをするの?」と思うような、ハードルの高いことをやらせてしまっているような気がします。でもみんな私の想像を超えてすごく学び理解してくれていてすごいんですっ(私がそう思ってるだけ?違うよね?)。

ちゃんと理解していないとできないようなことをやらせるとき、最初は「大丈夫かな〜」と正直思うこともあります。理解度は生徒さんによって違うから、そこはあまりにかけ離れたことはしないように注意しているつもりです。生徒さんの理解度の少し上の課題を与えるように心がけています。
しかし多くの方は私の予想を超えてくるのです、すごい!

そうなると、そのことに感動すると同時に、私はなんだか生徒さんたちを過小評価しているのかと思い、自分に落ち込んでしまったりします。
あとね、自分が学んでいたときのだめっぷりがよく分かってしまい、そのことにも落ち込むな〜(苦笑)。

私が学んだときのセンセイ、我慢強く教えてくれてありがとう。。。あの頃の私はオーラソーマが好きだという気持ちだけでまだ全然理解できていなかったから、理解できていないことにも気がついていませんでした。。。今ならそのことが分かります。

昨日の勉強会といい、今日のコースといい・・・・・みんなすごい!本当にすごいヨ!!!
共振の月7日・KIN73赤い銀河の空歩く者[1月16日(金)] 妊娠中

ここのところ、妊娠中の生徒さんが急増しています。この2ヶ月で4名も!一体なにがあったのでしょうか(笑)?
妊娠が分かった為、受講を一時キャンセルしたい旨の連絡があったときもありました。
普通、キャンセルなんて言われるとがっかりしてしまうのですが、まあそういう気持ちもないわけじゃないけど、ご懐妊〜なんて聞くとなにかほっこりした気持ちになりますね。「良かったね〜」と素直に喜べます。
妊娠している女性が放つオーラ?のようなものは、それだけでとても癒されるのは何故でしょうか。

私は子供がいないし妊娠の経験もありません。今のところは、このまま子供は持たないだろうと思います。

もし私がお母さんになったら、子供が学校から帰ってきたときにおかえりーと言って出迎えてあげたい。でも私は外に出ていないとノイローゼになってしまうと思います(実際なりかけたことがある)。そのふたつは両立できないと考えた結果、後者を選びました。
「ああ、どうして妊娠・出産は若いときしかできないんだ!もし60歳で出産できるなら、若いときは充分納得いくまで外に出て働くなり何なり経験を積んで、やりきったから悔いはないと心から思えた状態で子供を持てたらいいのになー」などと、無理な願いを思います。しかしこれじゃ子供が可哀相。一緒にいられる時間が短くなってしまいます。ま、でもそれはいつかは親は子供より先にいなくなるんだから、しょうがないよね。
・・・とまあ、子供のことを考えていないまったく自分勝手な親ですが。。。

もし私がこれからも外に出ていくという生き方を貫き、「やり切った!悔いはない」と言い切れるときが来て、そのときまだ健康でいられたら、子供を引き取りたいと思っています。親がいなくて寂しい思いをしている子供がいたら、その子の親になりたい。それがささやかな将来のビジョンです。

・・・と友人に話したら、「あんたは子供がいないからそんなことが言えるんだ。甘ーーーい!」と一蹴されてしまいました(苦)。


今は夫婦とも仕事で留守がちな家なので、寂しい思いをさせたくないから飼っていませんが、いつか犬を飼いたいと思っています。犬が大好きです。
そのときには血統書とか全然いらないので保健所で引き取ってきてもいいと考えています。
以前テレビで見たのですが、引き取り手のいない野良犬が保健所で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あああ、だめだ・・・可哀相過ぎてこれ以上書けません。。。
そんな犬が1匹でもいなくなればいいなと。。。

犬と人間を一緒にしちゃいけませんね。やはり甘いのかな。
共振の月6日・KIN72黄色い共振の人[1月15日(木)] 久々にリコネの話題

リコネクティブヒーリングやリコネクションを受けた人が共通して持つ感覚があるのかな〜と、受けた人の感想を聞いていて最近確信することがあります。
それはなかなか言葉で表現しずらいのですが、あえて言えば

「根拠のない幸福感」とでも言いましょうか(笑)。

根拠は確かにないのです。しかしそれは決していい加減なものでもないのです。むしろ確かなものだと思います。
不安がないのは、・結婚したから、とか・会社に入ったから、とか・貯金がたくさんあるから・・・という類の安心感とは違うんだよね。物質的なものや外からの影響によるものではなく、もっと根源的なところのなにかがどっしりして安心・・・ていう感じかなぁ。

あと、やはり受けた人からよく聞くのは「感謝の気持ちが沸くようになった」というもの。

これも私も分かるなー。

初詣に行っても、最近はめっきり「お願いします」ではなく「ありがとう」と唱えるようになってしまいました。なんか満たされてる感を感じます、幸福です。

日々の中で問題が起きないわけじゃないんです。起きるんだけど幸福なんです。そう思うと、これはやっぱり外のものに影響されない部分で、この幸福感や感謝の気持ちが発生しているらしいことが分かります。こういう感情って「沸き起こる」ってゆうしなぁ。

けっこう受けた人がみんなそう言ってくれるんですよね。すごいなー、リコネ!
共振の月5日・KIN71青い律動の猿[1月14日(水)] ペールオリーブ月間

ある生徒さんの話。
仕事が忙しかった頃は、つけた電気を消さないだんなさんに対して「電気消しなさいよー!」と怒っていたけれど、仕事を辞めてゆとりがある今は自然と、電気がつけっぱなしのときに自分が消すようになったと話していました。それは「ついてるから消そう」というだけで、だんなさんを責める気持ちが特に起きてくる訳でもなく・・・だそうです。

それは分かるな〜私も全く同じですもん。スペース(ゆとり)がないときはつい小さなことにイライラしてしまいますが、スペースがあるときは寛大な気持ちに少しはなれます(笑)。

思うのは、今はもう社会全体にスペース(ゆとり)がないから、みんなが少しずつ(時に激しく)イライラしてしまいがちなんではないかしら。

でもペースを持てばいいんだと言っても、無理な場合もありますよね。
先日も知人が、今のご時勢で周りの人間がたくさん会社を辞めて、その負担が全部自分に回ってきてしまい、毎晩午前さま・休日も出勤になってしまったとのこと。それまで仕事の愚痴なんて全く言わない人だったのに最近愚痴をこぼすようになったんですと、家族の方が心配そうに言っていました。

スペースが必要と言っても、個人のレベルではどうにもならないとき。社会全体の構造を変えなくてはいけないとき。こういうときはどうしたら良いのか?

たしかオバマさんが言っていたと思います。「変革には時間がかかり痛みを伴う」と(小泉さんも言ってたような?)。
いいですよ、痛みを伴っても。それで変革できるなら我慢しますよ。でもそれはその先に希望が見えるから我慢できるのであって、あてどなくいつ終わるとも分からないまま我慢を強いられるのは難しいよ。

そうか、今の時代・その「希望」を見せてあげられる存在になれたら素敵ですね。私もそんな存在になりたいなぁ。ああ、なんかペールオリーブな感じ。
共振の月4日・KIN70白い倍音の犬[1月13日(火)] グリーン月間

これは完全なる私独自の理論?なのですが、それによると今月・共振の月はオーラソーマの色で言うとグリーンに関連するのです(詳しくはこちらで時々開催している「オーラソーマ&13の月の暦セミナー」でやります、笑)。

で、お正月明けに選んで使い始めたボトルが10番のグリーン/グリーンだから、それに関連しているかもしれないということに今日気がつきました(いつものことながら気づくのが遅い・・・)。
そして10番と平行して、ゴールデンスレッドとして使っているボトルは9番のターコイズ/グリーンだから、なんだかグリーンづくしになっております。

一見似た色のボトルたちですが、やはり全然違くてねー。

9番はいまひとつ使う気になれなくて、申し訳ないけど「仕方なく使ってます」状態です。一番好きなボトルなのにね〜。
スレッドの旅の途中で一旦自宅に帰っているみたいな気分。「別に自宅には立ち寄る用はないんだけど〜」と思ってるので、なんかまだるっこしいのよね。おざなりに使っています、正直。
でもきっと違うんだよね。ここで一旦自宅に立ち寄ることが後々重要になってくるような予感だけはあるのです。
私は、「これは大事」と思うことと「これはどうでもよい」と思うことがはっきりしていて、注ぐエネルギーにも明らかな差別(笑)をつけてしまうのです。重要視していないことに対しての手抜き加減は確かに激しい。そのせいで痛い思いをすることも確かにあるのです、それかな〜。
それにやっぱり、おざなりじゃボトルに申し訳ないよ、くすん。

しかし10番は全然違います!こちらはとても刺激的!
やはり2本目のセラピーボトルだしね。
なんだか今回はピンクのエネルギーを強く感じています。そして「ハートのスペース」にいるということ。

ハートのスペースにいる・・・あ、なんか長くなりそうなので、この辺でやめとこう。これからボトルを使いながらもっと深く感じていきたいですね。何を得られるのか楽しみ〜。
共振の月3日・KIN69赤い自己存在の月[1月12日(月・祝)] マスターシークエンス

今、レベル3をやってます。コース中にマスターシークエンスで、ブルー・イエロー・レッドの順番(シークエンス)の話をしていて、自分で気づいたことがありました(コース中に自分が生徒さんに話しながら自分で気がつくことって、けっこうあるんです)。

まずブルーの大いなる意志があって、その中にイエローの個の意志が発生し、そのふたつの意志がレッド(地上・肉体)の中で成就する・・・と言います。

この「成就」という言葉が、どうも今まで腑に落ちなかったんです。分かるんだけど分かりきらないというか、すっきりしない感じ。
でもこの3つの色の関係性は、コンピューターのようなものだと思ったら、よく分かったのです(笑)。

ブルーとイエローのふたつの意志は、コンピューターで言えばソフトのようなものです。それはまだ「意志」であって実体はないから機能していないのです。PCでも確かに、ソフトだけあってもハードがなければなんの役にも立たないですよね。
そこにレッド(肉体・物質世界)というハードが入ることによって、初めてソフトはその機能を果たし始めることができるのです。
ハードにしても同じです。ハードだけあってもソフトがなければ、それは単なる置物でしかありません。

そのようにして、3つの色はそれぞれがなくてはならないものとして存在しているのかーーーと、気がついたのです。


まだまだお腹が本調子じゃないから気をつけねば。今日いらした方も、私と全く同じ症状が出たらしい。激しい吐き気と下痢。皆様も本当にお気をつけくださいね。体を冷やさないように、そしてうがいですかねー。
共振の月1日・KIN67青い月の手[1月10日(土)] 情けなや

ああああああ、失敗したぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
超ヘコみです。。。。。。。。。

今日の勉強会のときにお出ししたお菓子の賞味期限が切れていたのです・・・。

みんなに配ってみんなが食べ始めたのを見届けてから、「それじゃあ私もひとつ」と封を開けようとして2日前の日付に目が止まりました。瞬間的にぎょっとしてしまった表情を、日付に気がついていた生徒さんに見つかり(苦)、「あ、でも大丈夫ですよ」と笑って慰められ(励まされ?)ていただきました(涙)。

こういうときに、本当の人間性がでてしまうものなのですね。

「食べないで」と言おうとしたもののすでにみんな食べ終わっているから、「じゃあこのまま黙っておこうか・・・」というよこしまな考えがよぎったり、モゴモゴとうつむきながら言い訳がましく謝ったり・・・。情けないです。

あああ、自分に腹が立つ。ああ、本当に腹が立つ。月の始めから・・・。
律動の月28日・KIN66白い磁気の世界の橋渡し[1月9日(金)] ボトルに変化が!

オーラソーマボトルの下層の色がイエローがかる(マイクはゴールドがかると言ったらしいが)という現象が起き始めたのは、たしか去年の春くらいからだったと記憶しています。こういったボトルの変化は決して品質が落ちているのではなく(そういう場合もあるでしょうが)、集合意識レベルで私たちに起きている変化がボトルに現れていると考えられます。
特に54番のセラピスベイの下層とか44番のガーディアンエンジェルの下層は、明らかに以前と違いました。セラピスベイなんか、クリア/クリアじゃなくてクリア/ペールイエローでしょってくらい。

今日、セラピスベイが売れて在庫から新しいものをボトルスタンドに並べたとき、思わず「あー!」と小さく叫んでしまいました。

セラピスベイの下層が元のクリアに戻っているーーー!

久しぶりだな〜ほんまもんのクリア/クリアのセラピスベイ。下層ってこんなに綺麗なクリアだったっけ。
久しく見ていなかったから、やけに新鮮でものすごく興奮してしまいました(感涙)。キレーーー。

ガーディアンエンジェルの下層も元の色に戻っていたし、もしかして新年の訪れとともにゴールドのテーマが終わろうとしているのかしら?とも感じました。

おととしの秋に誕生した106番の大天使ラツィエルから始まっていたかもしれない、今回の下層がゴールドに変化する現象は、なにか風向きが変わってきたかもしれません。そのテーマ自体が終わったとは私個人的には感じないのですが、なにかやり方が変わってきている感じかな。

もしかして2009年には新しいボトル(107番)が誕生するかもしれませんね。
律動の月27日・KIN65赤い宇宙の蛇[1月8日(木)] 占い

本屋さんに入るととりあえず店内をざっと1周する癖があります。で、目に留まったものを購入することもあります。
今日は珍しく占いコ−ナーで足が止まりました(占いは好きだけど占いコーナーにはあまり立ち寄らないなぁ、そういえば)。何故なら、2009年版の新刊がいっぱい積まれてたからです。

積まれている中の数冊をパラパラと立ち読みしてみました。

まずは細木数子の本(笑)。
初めて知ったけど、私ってこの3年大殺界で今年がその最後の年なんだって。なので今年は辛抱しなさい的なことが書いてありました。
次に九星の本。
それによると今年の私はとても運気が良く、今こそ行動するとき!的なことが書いてありました。
次に十二支の本。
そこには、今年はまあまあ的なことが書いてありました。

うーん、面白い。全部が全部、全然違う(笑)。

もしこの中のどれかしか読んでいなかったら、そしてそれが例えば細木数子の本だったら、やはりあまり良い気持ちはしないですね。「今年は何をやっても上手くいかないのかな〜」なんて思って、その意識が心の片隅に残像のように残って、それが実際の現実を作り出していたでしょう。
もし読んだのが九星の本だったら、「よっしゃー、やるゾ」なんてついその気になってしまい、本当になにかを実現してしまうかもしれません。

私は占いが好きですが、基本的に現実は自分の意識が作り出すと考えています。なので良い事が書いてある占いが好きです(笑)。そうすれば意識がポジティブになるから。
ま、でもやはり人生にはすでに敷かれたレールもあるとも思っております。抗い様のないもの・・・とでも言えば良いのか。我の強い私は、時々それに反抗してしまうのですが、そうするとやはり苦しいのですよね。分かっているつもりなんだけど、でも反抗しちゃうのよ、とほほ。
律動の月26日・KIN64黄色い水晶の種[1月7日(水)] 今年は夜をゆっくりと過ごせそう

ちょうど去年の今日、神楽坂の商店街を歩いているときに不動産屋の店頭広告で今のサロンを見つけたんだっけ。それまで割とのんびりモードだったのに、そこから突如人生が走り始めたのでした(笑)。

今はまた割とのんびりモードです。まあ、「のんびり」の基準がそもそもどの程度なのか疑問ですが。
今までやってきた仕事の一部をスタッフさんに引き継いでいるのですが、それはまだひと段落していないにもかかわらず、すでに気分はひと段落モードに入っているのかもしれません(笑)。

仕事をスタッフさんに引き継ぐことで、今まで毎日帰宅後の3時間は自宅でPCに向かっていた時間が大幅に減る予定です、わーお!それを考えるだけで今から肩の力が向けてね〜。
去年の夏ごろから計画していたことがようやく現実味を帯びてきました。その浮いた時間にこれから何をしようか考えるのが最近の楽しみになっております。

でもまずはね〜、シェアリングデイの企画をたくさん練りたいと考えています。
頭の中でだけでは今までもいろんなアイディアがあったのですが、時間と気力の関係で内容を詰めるには至らなくて今まであんまり開催できなかったので、今年はたくさんシェアリングデイを開催したいのですよね。頑張って楽しいものをご提供していきたいと思うので、よろしくお願いいたしまーす。

今は、生命の木を使ったボトルとお笑い芸人すごろく等の企画を考えてます。あと、アウトワード・リターンの2本のボトルをボケつっこみに関連づけてみたりとか。あああ、楽しい。
・・・しかしこんな企画、実現できるわけないのですよね・・・。シェアリングデイって、事前にASIACTに内容を申請しなくちゃいけないしサ。通らないって、こんな内容(涙)。なのでこれらの企画は当然のごとくお蔵入り・私の脳内妄想企画に終わるでしょう。もっと実現可能な企画を練らねば。

それにシェアリングデイの企画以前に、まだ仕事の引継ぎが終わってないのよね。まずはそっちを片付けないといけにのにーーー。心は早、「夜の時間をゆったりと妄想でくつろぐ私」モードになってまして、スミマセン。
律動の月25日・KIN63青いスペクトルの夜[1月6日(火)] 愛と希望のメール

今日は、この一言に尽きます!  今日届いたメールより 

すごくポジティブな気づきを与えてくれる内容です。そしてすごく愛と思いやりに溢れています。なので読んでいて心が希望で満たされました。

自分の人生や幸福を人任せにするのは止めませう。
これは別にサラリーマンを辞めて自営業をしろということでもないし、稼ぎをだんなさんに預ける専業主婦が駄目ということでもありません。別にそれはいいの。
どんな立場でもどんな関係でも、そんな自分を「自分で選択」しているかが大事だと思うのです。それが「人任せにしない」ということです。

人任せにしないという意識が芽生えると、自然と自分の幸福は自分の責任であるという意識も芽生えるから、トラブルが起きたときに「なんとかせねば」と必死に考え始めます。そして必死になってなんとかしようとするから、なんとかなることが多いのです(笑)。この考えることって大事だよね〜、こうして智恵がついてくる訳だし。

私も人のことは言えません。普段はそうでもないと思うけど、何かトラブルがあるとすぐに人のせいにしてしまいそうな意識が芽生えてきます。
寝る前にもう一度さっきの文章を読んで寝よう。気持ちよく寝られそうだ。

今日は、長いことうずいていた歯を抜きました。
先日行った良さげな歯医者さん・やはり腕も確かでした!(12月26日の日記参照)。今だかつてこんなに丁寧に痛みなく歯を抜いてくれた歯医者さんは初めてですもん、感動した〜。
ペンダントやら歯やら宿便やら電話機やら・・・ここのところ、長いことお世話になったいろいろなものが私から去ってゆきます。いいんだけど、やっぱ寂しいですね。
律動の月24日・KIN62白い惑星の風[1月5日(月)] 今年もよろしくお願いします

早いもので今年ももう5日目に突入しました。みなさまどんなお正月をお過ごしでしたか?
私は大変でした!

もともと今年のお正月は、元旦以外は暮も正月もコースだったのでお正月らしさは感じないだろうとは予想してましたが、予想外に感じませんでした。まったく感じていません(笑)。
何故なら唯一の休みだった元旦に、(風邪かなにか分からないけど)突如激しい下痢と吐き気でダウンしてしまったんです。

ひたすらトイレとベッドの往復だけで何も食べてないし、半日で立ってトイレに行けないほど体力がガタ落ちし、寝てるのか起きてるのかも曖昧な朦朧とした意識でいつ日が暮れたのかも覚えていません。その日1日の記憶が本当にない。空白のお正月になってしまいました〜(でも夢はいっぱい見た。夢の中でアチコチに行きました)。
大晦日の夜中にやってた「吉本芸人祭」の次の記憶は、2日の朝「仕事に行かねば」とふらふらの状態で目覚まし時計を止めた瞬間なのです。

昨日くらいからようやく回復した気がします。ふ〜、まったくお騒がせな自分だ。

なんか・・・・・「嵐」なのかなぁ。
あの日はホントに私のお腹に嵐が吹き荒れましたが、体だけじゃなくてネ。地球規模で嵐が起きているとも言えるし、ということは個人のレベルにも嵐が起きてるはずで。そしてなんだか今の私は、そういったことに非常に敏感になっているみたいなのです。

あ、今気がついたけど、今日のKINは62なのかー。実は今日ボトルペンダントの62番をつけていたら、突如落ちて割れちゃったんですよね。
なんかね、嵐とともにどんどん抜け落ちてゆくみたい。嵐の後の空気は異常に清んで綺麗ですが、そんな感じ。もう少し淀んでいる方が楽だとも思うのですが、今の私は純化に向かってます。それが必要みたいです。

さて、今年1年、嵐のような年になるのでしょうか、分かりません。けど、ひとりじゃないから大丈夫。みんなもそう。ひとりじゃないから大丈夫です。

元旦に、お腹が痛くて苦しんでいる最中、何故か私は「ありがと〜」と唱えていました。年の初めからこんなんで幸先悪いななどと思ったりしたのですが、それは妙な感覚でした。パジャマ姿で布団の中で横になっている姿勢のまま、私の中をいろんな存在が通り抜けていくのです。天使とか魑魅魍魎とかね(←わー、変換できるんだ!)。ある種自分の体をのっとられるような感覚でしたが、そのまた外の方でなにかが私を包んでいて、ソレに向かってありがと〜と言っていたのかもしれません。ま、現実的な記憶はないんですが。
・・・これ以上はやめときます(笑)。言っていいこととやめといた方がいいことがあるよな、さすがに。

そして今10番を使い始めました。不思議なもので9番も使ってるんだけど、似た色のボトルなのにこちらはいまひとつで、10番はベリーグーです。

お正月からとりとめもない日記になってしまいました。いろいろあって何から書いていいのか分からないのです。

ということで今年も1年良い年になりますように、お祈りしていますね。