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自己存在の月14日・KIN256黄色い太陽の戦士[10月31日(金)] 私達は掃除機です

この間、思いついたことなのですが。

リコネクションは訳すと「再結合」という意味です。

例えば掃除機。
どんなに最新機能のついた掃除機も、使うにはコンセントに繋がないといけません。繋がれていない掃除機はただの「モノ」でしかなく、その機能は果たされません。
私達も掃除機のようなもので、「私」という存在の機能を充分に果たすためにはコンセントを繋ぐ必要があるのではないかと思います。その「繋ぐ」ことを助けてくれるのがリコネクションなのではないでしょうか。
リコネクション(繋ぐ=結合)によって、私達は自分という存在の持てるものを充分に発揮し、生き始めることができるようになる気がします。パワー全開なかんじ(笑)?

ではリコネクションによって何に繋がるのか?
エリック・パールは、「それを宇宙でも神でも愛でも源でも、あなたの好きな言葉を使ってください」と言っていました。たしかに此処に当てはまるぴったりの言葉はないと思います。それは言葉という表現方法を越えた・言葉にできないものなんでしょうね(小田和正のそんなタイトルの曲があったな〜)。

さらにその繋がりは、「再」結合だというところも興味深いです。
つまり、以前には繋がっていたけど何らかの事情で一度離れてしまい、今また再び繋がろうとしているってことよね。

どう思いますか?私はナットクって感じなのだけど。
自己存在の月13日・KIN255青い銀河の鷲[10月30日(木)] 西新宿の高層ビル群

今日は昼間空き時間があったので、免許の更新をしてきました。
今の住所から一番近い免許センターって都庁の中だったのね・・・ということで、生まれて初めて東京都庁の中に入りました。

地下鉄を降りて地上に出ると、目の前には青空をバックに西新宿の高層ビル群がデデーンとそびえ立っています。
それを見るだけで何故だか「俺はやるぞーーー!」みたいな気持ちになっちゃうものなんですね(笑)。のし上がってやるーみたいな、向上心というよりも欲望のアドレナリンが分泌してしまいました。
しかしそれは今私の精神状態が元気だからそう思えるだけで、落ち込んでるときにこんな景色を見たら余計に落ち込んで死んでしまいたくなりそうだとも思いました。いや、ホントにね。そのくらいこの景色は情緒を不安定にさせる感じがしました。
なんかこう無理があるというかなぁ。

私は高いところが苦手ですが、丘の上とか山の頂上はむしろ大好きです。広々していて眺めが良いのがサイコー。
たとえ富士山の頂上が3775mと言ったって、そこはまぎれもなく「地面」だから大丈夫なのです。でもビルの10階が何メートルか知らないけど、そこは明らかに地面じゃないのです。生きてないから大地のエネルギーが届かないのです。だからとても不安定な気持ちになってしまいます。

足元が不安定ということは全身が不安定ということですから、そりゃなにかにしがみつきたくなるよね、それが「依存」につながると思うのよ。お金に依存したり人に依存したり過去の自分に依存したり。

・・・高層ビルは、私の中のそんな感じを呼び起こすのかもしれないなーと思いました。だから妙な不安定さを感じる・・・。そんな風に感じるのは私だけなのかなぁ、分かりませんが。

でもたまに見る分には刺激的で面白いですね。美しいし。500年後とかには世界遺産になりそうですね。「あの頃はこんなのがもてはやされていたんだよ」なんてね。

沖縄の写真をブログにUPしました。よかったら見てくださいませ〜
自己存在の月12日・KIN254白い共振の魔法使い[10月29日(水)] 沖縄で感じたこと・その壱

ゴールデンスレッドの旅。ようやくコクマーから歩き始められました!

これは私にとってはとても大きなことなんですっ。
コクマーの53番のボトルを2ヶ月近く・3.5本も使っていたのです。足踏み状態というか・・・少し前から「そろそろ終わりかな」という感じはあったのですが、ようやく踏ん切りがついたようです(笑)。1歩前に踏み出して、ちょうど次に来るは5番だからなんか始まった感がありますね〜。

足踏みしていた私の背中を押してくれるのに、やはり沖縄へ行ったことが大きかったと思います。

ちょうど出発の日がG暦の誕生日でもありましたし、その日から黄色い星のウェイブスペルが始まりました。これは私のウェイブスペルでもあります(ちなみにあと4日でツォルキンバースデーです)。そしてウェイブスペルの流れで行くと、この日から新たな13年サイクルが始まりました。今年1年は私にとっては「磁気の年」で、そのテーマは「目的・ひとつにする・引きつける」です。
ま、とにかくいろんな面で区切りというかスタートの日に沖縄へ出発したということです。全て予め仕組んだわけではないので、結果的にそういう日に出発したというのが面白いです。使っていたボトルを4本持ってね(重かったけど、笑)。

行きの飛行機のゲートナンバーが「8」・座席番号が「28」でした。帰りはゲートが「22」で座席が「36」。
「8」のゲートをくぐって出発し、「22」をくぐって戻る・・・。イエロー/ブルーからイエロー/ピンクへ。ああ、もおおおおって感じ(笑)。

「8」の「小さな意志と大きな意志」については、もうずっと私にとってはテーマなのです。多分一生のテーマかも、なんて思っています。純粋に楽しむことの中に、大きな意志を小さな意志の中で生きるバランスを見つけられるボトルです。
沖縄でなにかが抜けたのは確かです。それはあちらに暮らす(特に久高島の)人たちと触れたり、自然の中に身を置いたりしたこともあったでしょうが、とにかく「大きな意志」の存在を実感する時間になりました。
大きな意志を実感することは東京でもできるのですが、さらに沖縄では終始「受容的」でいられたのです。それはやはり沖縄という土地の受容的なエネルギーに触れたことが大きかったと思っています。
そしたらゲート番号のボトルの下層が帰りではピンクに変わったワケです(笑)。それは「再生者〜目覚め」のボトル。53番の前にスレッドで使っていたボトルです。そして今、スレッドは5番に移りました。5番はイエロー/レッドだから、22番のボトルのグランディングバージョンとも言えるでしょう。沖縄で得たものを更に強力に根付かせるということなのかしら。

今の私はとても穏やかで受容的です(自分でいうのもナンだけど)。

夕べ夢を見ました。久しぶりに夢にマイク・ブースが出てきました。
私はマイクに向かって「愛ってどこにあるか知ってるぅ?」なんていたずらっぽく話しかけています(図々しいなぁ)。マイクもいつものいたずらっぽい目で「どこにあるの?」なんて聞き返します(知ってるくせにぃ)。私は何も持っていない左手をただふわっと開いて、「ほら、ここにあるんだよ」と言って「はい、どうぞ」とマイクに差し出しました。マイクも「ありがとう」と受け取ってくれました。そしてお互いニヤ〜と微笑みあいました(笑)。

もちろん手のひらには何もありません。子供のおままごと遊びみたいな感じです。「でもそれなんだよなー」と思いました。

大きな意志を生き始めるということは、同時に受容的になっていくということなんだと思う。受容的になればなるほど、大きな意志を生きることは容易なのです。そして外側のものに乱されることなく内側が(今回の沖縄の海のように)穏やかになるほどに、より「見えて」くるのかもしれません(イエローの明晰性)。

今、あらゆるところに空気と同じように「それ」があるのが分かるのです。世の中には今いろんな苦しみがあるのに、それでも「それ」はあるのです。「はい」って、なんにものっていない手を差し出すだけでよいなら簡単なことで、なにも失う心配はないのです。
子供のおままごとのように楽しむ(「8」)・・・です。

ゲート番号だけじゃなくて座席番号もいろいろメッセージがあったんだけど、もう書き切れないのでやめときます。

こういう数字とボトルを関連付ける遊び、面白いですよ。数字なんてどこにでもあるんだから、ぜひやってみてはいかがでしょう。いろんなメッセージがありますよ。ここでいうメッセージとは、チャネリングのように受け取るものではなく、自分の内側で感じたものを受け取ればいいんですよ。たまに「分からない」という人がいるんだけど、そんなこと言ったら私だって分からないよ(笑)。
自己存在の月11日・KIN253赤い律動の空歩く者[10月28日(火)] フェミニンリーダーシップ

あーーー早く「レッドクリフ」が観たーい!


以前、医療関係の仕事をしている友人が「救急患者のたらいまわしは、今の医療の現場を考えればどうにもならない側面もある。一方的に病院が悪いとその責任を問うだけでは問題は解決しないし、もっと根本的な制度から改善していかないとこれからもそういうことはなくならない」と言っていました。

なので今回の妊婦さんの死亡事件が起きたとき、新聞などがいっせいに病院側を批判し始めたのを見て複雑な気持ちでいました。「本当は現場では何が起きていたんだろうか。そのとき関わったお医者さんたちは本当はどういう気持ちでその妊婦さんに対応したんだろうか」とか、いろいろ考えていました。

そしたら昨日、妊婦さんの夫が会見し「誰も責めるつもりはない。医師や看護師さんたちは本当に妻のために全力を尽くしてくれた。彼らを傷つけないで欲しい。それでは何も解決しない。妻の死を無駄にしないためにも、これから病院や国などがひとつになって制度の見直しなどに全力を尽くして欲しい」みたいなことを発言していました。

それを聞いて、ものすごーくほっとしたというか胸がすく思いがしました!これよ、これなのよ!このだんなさんみたいな人が世の中にもっと増えるといいのに!

問題が起きたとき責任を追及するのは大事だけど、それが単なる批判になってしまっては本当の意味では解決しないのです。
批判するのは簡単です、でもそれじゃもうだめなのよ。責任を追及しつつ批判ではなく「受容」することこそが、真に問題を解決する方法なのですよー。これぞフェミニンリーダーシップ。争いのない平和で暮らしやすいな社会はこういう人・こういう思想によって作られるのです。これが水瓶座の時代の新しいやり方です。

最近は何か事件が起きたとき、多くの被害者は相手側を思い切り批判します。今回もだんなさんが会見で病院側を批判すると思い込んでいたであろうマスコミは、はっとさせられたんじゃないだろうか。というか、はっとしているように感じました。
あのだんなさんはお人よしでもないし、弱い人間でもないし(むしろ強い人だと思う)、仏様のように寛大な心を持っているわけでもなく・・・ただとても重要な「真実」を述べたのではないかと思います。

今日になったら急にこのニュースをやらなくなっちゃったけどどうなのよ。だんなさんが病院側を批判しなかったことで、この事件は解決した・ニュースになるような、つまり争いにはならないから、もう報道しないつもりなのかしら。
だとしたらそれは困ります。むしろここから先を報道して欲しいのに!フェミニンリーダーシップによって、あのだんなさんや病院関係者の方たち・今回の事件に関わった人たちがどのように立ち直ってゆくのか?どのように責任を追及して、それが単なる批判じゃなくこの妊婦さんのような人をこれ以上出さないために、どう未来に繋げてゆくのか?

そういうところを私達はもっと見なくちゃいけないと思うのだけど。問題をどう解決すればよいのか分からない今の時代なんだもん。ああ、なんかラツィエルなかんじ。
自己存在の月10日・KIN252黄色い倍音の人[10月27日(月)] 久高のおじさん

私は団体旅行が大嫌いでほとんどしたことがありません。
ツアー旅行で添乗員さんやガイドさんがいるのは安心だし楽だけど、行きたいところに行けなかったり別に行きたくもないところに立ち寄らなきゃいけなかったりするのが苦痛です。
旅行に行く目的がいつもはっきりとあるので、だったら自分で調べて自分で一番良いスケジュールを立て、(英語もロクにしゃべれないのに)海外だろうと自分で宿泊も交通もチケットを手配します。そういう手間は全然苦じゃないの。だって自由に行動できない方が余程ストレスだもん。

そもそも常に「どこそこに行きたい」とか「何がしたい」とかがはっきりあるところが、私の性質なんだろうなぁ。以前友人に「かおりちゃんはいつも目的意識がはっきりあるよねー」と言われて初めて気づきましたが、確かにそうなのかもしれません。
だから「散歩」とか苦手です。散歩って・・・どうすりゃいいの(笑)?「ただぶらぶらと歩く」って?あー、なんか私の人生はこれからも常になにか目的に向かって進んでいくのかな〜って気がしてきました。別にいいけど〜。

そんな私ですが、今回の久高島ではガイドさんをお願いしました。

久高島のような歴史や伝統がある場所は、その由来を知りたくなります。その場所を全身でただ体感するのも楽しいし大好きですが、そこがどんな場所なのかを知って、古にいろいろと思いを馳せるのも大好きなのです。そしてそれにはその地を詳しく知っている人の話を聞いたり案内してもらうのが一番です。
何でも自分でやりたがりなくせに、自分より知っている人に対しては素直に従うところも一応あるのよ(笑)。

調べたところ久高島では、現地に住む個人ガイドさんを頼むこともできるようだったので、個人ガイドだったら団体行動じゃないし私のリクエストにも融通を利かせてくれるだろうしと思い頼んだのですが、ばっちり!でした。

その方は実年齢(60歳越)より10歳は若く見える現地の男性で、日焼けした肌ととても清んだ瞳を持っていました。会った瞬間に「この人は信頼できる、この人好きだな」と感じました。だから素直に言うこと聞いたよ〜。

私が行きたいのはクボーうたきですのであとはお任せしますと言って、主だった聖地を案内してもらいました。カペール岬では海にはいって存分に遊ばせてもらいましたし、それでもちゃんと最終の船の時間に間に合うように港へ戻してくれました。
久高島では貝殻や石や植物など、聖地にあるものは勝手に取ったり持ち帰ってはいけないのですが、そういうことも言われなきゃ分からないし、逆に自由に取っても良いものもあるみたいで、おじさんに勧められて食べた野生のアセロラの実の美味しかったこと!や、野生のノニの臭かったこと!とか。
おじさんが久高の自然やそこに在るものに敬意と親しみを持っているのが感じられたし、そんなおじさんに見てもらっているおかげでこちらも久高の自然やしきたりに逆らうことなく安心して楽しめました。
久高の人と一緒に行動していたので、現地の人の暮らしぶりも少し見ることができて、それもとても良かったです。

とにかくとても楽しい時間を過ごせました。ホントにホントにありがとうございます〜。



自己存在の月9日・KIN251青い自己存在の猿[10月26日(日)] 帰りました

まずは無事に戻りましたー。そして沖縄は大充実!の旅になりましたー。
充実し過ぎていたからなのか?、戻ってきてから眠くて眠くて夜起きていられなかったので、日記が滞ってしまいすみませんでした。

今回は2泊3日の旅でして、初日は用事を済ませただけで終わりましたが、2日目にセーファーうたき(変換出来ない・・・)と久高島だけをゆっくり回り、3日目は不思議なお導きにより奥武島というところへ行ってきました。でもこの最後に奥武島へ行ったことで旅の締めがきちんとできたのです。前菜とメインだけで終わらずに、ちゃんとデザートとコーヒーまでいけたような感じ(笑)?

久高島では、久高生まれの久高育ちという60過ぎのおじさんに島内を案内していただきました。

アマミキヨと呼ばれる神様が降り立った地とされる久高島には、先祖から受け継がれてきた・今でも守らなければいけないたくさんの伝承や神行事・決まりごとがあります。島の人たちにとってそれは、毎日のゴハンと同じような生活の一部みたいです。それについて考えることもないくらい自然にそこに在るものというか。
でもそんな島の人たちはとても「生きて」いました。なんかそんな感じ。
地に足がしっかりとついていて、健康で生命力に満ちていて生きて生活していました。健康というのは、病気をしていないという意味よりも人間(生き物)らしいという感じです。
最近オーラソーマを学びに来たりセッションを受けてくださる方の中に「自分の周りには病んでいる人が多い」と言う人がいます。思わずそういう人たちの顔を思い浮かべてしまいました。でもなにも変わらない同じ人間なんだよね。どちらの人たちもとても素晴らしいところを持っていますね。

・・などと考えていつつ、島唯一の食堂のテレビでは昼下がりのワイドショーで「金融不安」とかやってるし。
私は元々東京にいても「世間は何をそんなに不安がっているんだろうか?別に何も困ることないじゃん」くらいにしか思ってないのですが(笑)、「健康な体と食べ物と良いお天気があれば、何も困らないじゃん」という、この島の人たちの暮らしぶりをちょっとだけ垣間見て余計に、「不安だ不安だ」と何を騒いでいるのか分からなくなりました。
でも実際にそれで大変なことになっている・もしくはなるかもしれないという不安に怯える人たちもたくさんいるわけだし・・・。これって、私が世間知らずで能天気にしているだけなのでしょうか?そして、今頃不安に怯えてる人たちの方が世間を知ってるってことなのかしら?

私は私なりに地に足をつけているつもりなんだけどなー(笑)。

ま、そんなかんじでとても楽しかったです。個人ガイドさんに頼むの、とってもおすすめですよ!
いろいろと書きたいエピソードは他にもありますが、続きはまたにしますね〜。

※そういえば10月22日の日記に、「来年春にマイクの聖地ツアーで久高島へ行く」みたいなことを書いてしまいましたが、それはまだ確かな情報ではありませんでした、すみません。沖縄ツアーがあるのは確かな情報ですが、久高島へ行くかどうかは分かりません。曖昧なことを書いてしまい申し訳ありませんでした。
自己存在の月5日・KIN247青い宇宙の手[10月22日(水)] いざ、沖縄へ

気がつけば、今使っているボトルはヒラリオン・サンジェルマン・セラピスベイ・マハコハンと4本もあって、気がつけばそれらは全部マスターボトルでした。
更に気がつけば、ポマンダーはホワイト・クイントエッセンスはセラピスベイを使っているのです。どうりでこの数日やけに眩しいと思った(笑)。

今自分のサトルボディが光に包まれているのを強く感じています。ちょうど風邪を引き始めたあたりから、クリアをよく使っているからでしょうか。
フォトンベルトかどうかは知らないけど、今って地球全体が「光」という名の砂嵐の中にいるみたいに感じています。耳を澄ませばゴーゴーと風の音が聞こえるくらいに。
そして屋根が吹っ飛ぶような勢いで、いろんなものが剥がされているんだと思います。だから「最近どうも穏やかでない」人もいるかもしれませんね(私はそれが体調面に来た)。でも大丈夫。もうすぐ嵐は去りますよ・・・そんな気がしています。

そんな中、所要があって明日から沖縄に行ってきます。
用事は1日で終わるから、せっかくだしもう1日滞在して久高島へ行くことにしました。知る人ぞ知る沖縄のパワースポットです。すいませんね〜なんだかんだいってパワースポット好きで(笑)。

確か来年の春にマイク・ブースと巡る沖縄聖地ツアーがあって、そこでこの久高島に行くことになっていると記憶してます。
それも興味あるけど日程的に行けそうにないと思っていたので、こうして行ける事になってうれしいです。

さっき瞑想中に大天使ヨフィエルのエネルギーを感じて、そしたら急に地球が愛おしくてたまらなくなってしまいました。私は比較的いつでも地球が愛おしいのですが(笑)、なんだかさっきは胸にこみ上げてくるものがあって涙が出そうになってしまいました。
私の個人的なパワースポット(何箇所かあるの)とヨフィエルはとても親密な関係にあるので、久高島もなにか感じるのかな〜なんてネ。

風邪っぴきのままで行くのもなんだかなーですが、また土曜日に日記の続きを書きますね。沖縄でも「アメトーーク」が見られることはチェックしたし、それでは行ってきまーす。みなさんも良い週末を!
自己存在の月4日・KIN246白い水晶の世界の橋渡し[10月21日(火)] 久しぶりの病院

最近、この日記が風邪のネタばかりになっていますが、今日も風邪ネタです。

風邪を引いて早2週間。今日やっと病院へ行きました。
もともと私は病院に行くと余計に具合が悪くなるタイプです。病院に行くということは具合が悪いのを認めることになってしまうので、認めた途端に緊張の糸が切れてがっくりきちゃうんですね、「やっぱり私は具合が悪いんだ」って(笑)。なので風邪くらいで病院へ行くことはまずありません。
今回もトローチとオーラソーマ製品以外は使わず病院に行くつもりもなかったのですが、咳のし過ぎ?で、体のアチコチが痛くなってきたのです。先週は胸が痛かったし今は腎臓の辺りが痛い。なんか心配になってしまったので、昨日で仕事がひと段落ついたこともあり、今日病院へ行ったというわけです。

それでも病院へ行くことに抵抗があって、夕べはオラクルカードを引いてみました。
「この体調の悪さにはどんなメッセージがあるのでしょうか?」とカードに聞いてみたら、「あなたの心配を神に預ければ奇跡的なヒーリングが起きます」なんていうカードを引いてしまいました。また別のオラクルカードを引いたら「今こそあなたが学んできたヒーリングを実際に自分の体にやってみる機会です」などという、びっくりするくらいぴったりのカードを引いてしまいました。
「え?てことは、やっぱり病院に行かなくて良いって事?」という思いと「でもやっぱり行った方が良いのではないかしら?」という思いが混ざって夕べは悩んだけど、腎臓の辺りの痛みがなんでもないにせよ問題ありにせよはっきりさせたかったので、行くことに決めました。だんなさんも心配していたから、安心させたかったし。

診察室でお医者さんに経過を説明し、聴診器を当ててもらいながらの会話。
お医者さん「なにか薬は飲んでたの?」
私「いいえ。トローチくらいです」
医「薬、嫌い?」
私「(ぐ・・・)え、あ・・・」
医「ちゃんと薬飲まなきゃダメだよ〜。あなたそうやって咳しながら周りに風邪をまいちゃってるんだからね〜」
私「あ、はい・・・(ガーーーン)」

この最後の一言が痛かったー。そうだよなーと反省しました。

西洋医学を信じていないわけでもないし、オーラソーマを過信しているわけでもないと自分では思っているけど、やはり両方を上手に取り入れて健康でいたいものだと思いました。
今日の先生は信頼できそうな方でしたし、今度なにかあったらここの病院へ行こうと決めました。

でもやっぱり病院へは行かないに越したことはないんだけどね。とりあえずはポマンダーやレスキューボトルよね(←全然反省してないってこと!?)。
自己存在の月3日・KIN245赤いスペクトルの蛇[10月20日(月)] 慰め

生徒さんからのメールに「今年の風邪はシツこくて私も咳が止まらず長いこと格闘しています」と書いてありました。もうそれを読んだだけで気分が軽くなっちゃって〜落涙ものでした!「そうか!苦しんでいるのは私だけじゃないんだ!」って励まされました(笑)。

なんて大袈裟なと思うかもしれませんが、大袈裟ではなく本当にそんな気分になったんです。・・・てことは、それだけ気分が落ち込んでいるということだったんですね、自分でも気づかなかったけど。

体調が良くないというのは、本当に人の気持ちを沈ませるものですね。私なんか、ちょっと具合が悪いとすぐにサイアクのことを考えてしまうので。
去年だんなさんとギリシャへ行って激しく下痢をしてしまったときも、超心細くて「もう日本へは帰れないかも」なんて考えてしまいました。

日頃あまり体調を崩さないので、余計に健康であることのありがたみを感じています。ちゃんとお野菜を食べよう。外食しないで家で作ろう。

・・・と考えていたら、今日突然ある会社から玄米が送られてきました。別にこちらから頼んでないのにお米が送られてくるなんてびっくり!
でもこれもなにかのタイミングです。

それでも随分体調は良くなってきたのを実感して入るのですが、今油断しちゃいけないですね。しっかり治しましょう。
どうぞみなさんも体を冷やさないように気をつけてお過ごしくださいね。くれぐれも〜。
自己存在の月2日・KIN244黄色い惑星の種[10月19日(日)] 何が大変か

ようやく昨日から、風邪が治る気配を実感できるようになりました。今はとにかく咳が止まらないのですが、それでも昨日はおとといまでに比べれば全然ましでした。今日は昨日とあまり変わらなかったけど、それでもそれまでよりはまだ全然まし!です。長いな〜ホント、みなさんお気をつけくださいね。


先日のコース中にある生徒さんから、ティーチャーになるにはどのくらいの時間やお金がかかるのかを聞かれ説明したら、「大変ですね〜」と言われました。
そのとき私は「私は大変と思ったことないけど〜」と答えました。

それは私からすれば、言ったことすら覚えていないくらい何気ない言葉だったのですが、後日その場にいた別の生徒さんから「私も先生のように「大変と思ったことがない」と感じられる自分のペースで一歩一歩前進していきたいです」と言われて、ふと水泳の北島選手のことを思い出しました。

北京オリンピック後のインタビューで、「金メダルを取るためにいろんなことを犠牲にしてきたと思いますが」と聞かれた北島選手は、「犠牲と思ったことはないです。一番やりたいことをやってるんだから」と答えていて、「そういうの、いいよね〜」と思いました。でも自分もそうだったんダ(笑)。

何が良いかというと、そこにネガティブさがないからです。その行動や意思決定が、不安や恐れからくるものではなく愛と喜びからくるものだからです。そういうときとても良いエネルギーが放出されるし、それによって自分はもちろんのこと周りの人にも良いエネルギーを与えることができます。
いつも言うことだけど、「何をしているか?」より「どのような質でそれをしているか?」の方が、余程現実を決めているし大事なのです。

「大変だな〜」と思うのにティーチャーになりたいと思うとき、本当は「なりたい」よりも「ならなければいけない」理由があるんでしょう。
例えば「ティーチャーになってみんなに認められたい」(そうとは限らないけどね)とか、「ティーチャーになってお金持ちになりたい」(これも限らないけどね)とか、または「今の仕事を辞めたい」とか・・・。

そういう点では私は本当にラッキーだと思います。ティーチャーになることに対して妙な色気も期待もなく、ただやりたいことをやっていられたので(笑)。

ティーチャーをやっていて大変だなと思うこと・・・いや、そりゃありますよ。あるといえば毎日ありますよ(笑)。
でもそういうことじゃなくて・・・・・やっぱり大変だと思ったことないなー。
電気の月28日・KIN242白い銀河の風[10月17日(金)] さらに落ち込む出来事

今日で電気の月も終わりかぁ、はえー。

今月の後半は風邪に悩まされ、バイオレットに癒される月でした。あ、だから「奉仕の月」か。
スレッドの旅も3本目のヒラリオンを使い始めたばかりなのに、なんだか「これはもう終わり?」な感じもして、次の5番・ヴィッキーボトルに移っても良いような気もします。いよいよコクマーからの脱出!?かもしれません(なんちって、いつも気が変わるから、まだ分からないけど、笑)。


今日の昼間セッションの合間に、生理中でお腹が痛かった私はソファに腰掛けながらいつのまにかうたた寝してしまいました。ほんの15分くらいです。次のクライアントさんのチャイムの音で「げげ、寝ちゃってたんだ」と飛び起きて、目がしょぼしょぼしていてクライアントさんに寝てたことがばれないかと一瞬思ったけど、とにかく慌てて玄関へ向かいました。そして何事もなかったかのようにお迎えして、いつもどおりにセッションにはいりました。

1時間半後、クライアントさんは無事お帰りになって、なにげなく洗面所の鏡を見たら・・・がーーーん。

私の頬に跡がついてるじゃありませんか!!

うたた寝してたとき、横向きの姿勢で自分の腕で腕枕していましたよ、確かに。それかーーー!

こんな顔でクライアントさんに「内側の声を聞いてくださいね」なんて言ってたのか・・・落ち込む・・・。クライアントさんにとても失礼なことをしてしまいました・・・申し訳ないです。ついでに、1時間半も経ってまだ跡が残っているってのが更にショック。

昨日の落ち込みからは今朝で立ち直っていたのに、またしても落ち込みました。こういうときはやりすぎサイトの「ほっしゃんの鼻うどん」をもう一度見て、そして今日はもう寝よう。
電気の月27日・KIN241赤い共振の竜[10月16日(木)] なんとなく落ち込む

今日は仕事終わりがかなり遅くなってしまったので、ファミレスに寄って帰りました。
私の隣の席には、初老の女性と若い女性・4歳くらいの女の子と赤ちゃんという4人連れ、間違いなく親子三代です。ファミレスでは良く見かける光景です。

その方達は本当に良い意味で「普通」の家族だと思いました。服装などの外見的なことも会話の内容も、本当に普通の家族なんだろうと(主観ではありますが)思います。赤ちゃんの足が私に当たったときは「あ、すいません」と言ってくれたし、席を立つときには「ごちそうさまでした〜」と言っていたし、マナーも普通に良かったです。
なのに!何かが「違う」のです。

彼らは確かにそこにいて、会話をしゴハンを食べているのですが・・・でもそこにいない感じでした。「意識」がそこにない。とても失礼な言い方かもしれないけど、今自分が何をしているのか・何を食べているのか・どういう状態なのか・・・に全然気がついていないというか、なにか空っぽな感じなのです。

彼らの会話を聞いていても、別に親子の愛情がないわけじゃなさそうだし、悩みもありつつ幸せもちゃんと感じているみたいだし、人としての諸々がないわけじゃないのに・・・でもなにかが「ない」のです。
それがないと鈍感になってしまいます。鈍感になってしまうと、自分が傷ついたり人が傷ついていても気がつかなくなってしまいます。そして無関心になってしまう。それでも実は傷ついているから、放っておくとどんどん悪化してしまい・・・ある日キレる。

私は、「でも世の中にはこういう人がたくさんいるんだ」ということに、ふいに気がついてしまって愕然としてしまいました。

なんで急にそのことに気がついたのかは分かりません。そして世の中にはちゃんと意識的に生きている人もたくさんいることも知っています。だけど、なにか現実を見せられてしまったという思いがあります。そしてなんとなく今落ち込んでいます。

多分明日になればまた元気になるんだと思います。また頑張ろうという気持ちになれると思います。でも今はちょっと落ち込み中。
電気の月26日・KIN240黄色い律動の太陽[10月15日(水)] 共依存

PPSコース中に聞いた面白い話。

ある日駅のホームである人が、片足は停車していた電車に・片足はホームに乗せているヨタヨタのおばあさんを見つけました。「危ない!」とその人はすぐにおばあさんをホームに戻してあげました。電車はその直後に発車して、間一髪・・・とその人がほっと胸をなでおろしたその瞬間、おばあさんに「何するの!私はあの電車に乗りたかったのに!」と怒られてしまいました。


あるプラクティショナーさんが言っていました。「私は苦しんでいる人を助けたいんです」。
その方はこうも言っていました。「私のところにくるクライアントさんは依存心の強い人が多くて困る」。

あれ?困ることないじゃん。お望みどおりじゃない?
ギブアンドテークですね。宇宙って上手にできてますね。助けたい人のところには、助けて欲しい人がちゃんと集まるんですね。

このプラクティショナーさんが「助けたい」という自らの意志を実現するためには、その大前提として「苦しんでいる人」がまず必要なわけです。苦しんでいる人がいなくちゃ助けることもできないもんね。
誰かがいないと自分のアイデンティティが成り立たないことを「依存」と言いますが、このプラクティショナーさんは「苦しんでいる人」に依存しているわけです。この場合はクライアントさんだけでなく、プラクティショナーさんの方もクライアントに依存しているわけで、こういうのを共依存と言います。オレンジっぽいな。
その人は「みなさんのところにもそういうクライアントさん来ますよね?」と言っていましたが、私は「う〜ん、ウチにはあんまり来ないな〜」と思いながら聞いていました(笑)。

人を助けたいという気持ちを持つこと自体が悪いわけじゃないのは当たり前です。そこに依存しなければ良いのです。

「苦しんでいる人を助けている自分」じゃなくて、「自分が苦しんでいる人を助けている」になれば良いのですよね。このニュアンス、伝わるでしょうか?主体をどちらに置くかということなんだけど・・・。
苦しんでいる人を助けている自分」じゃなくて、「自分が苦しんでいる人を助けている」ってかんじ。今度は伝わったでしょうか(笑)。
電気の月25日・KIN239青い倍音の嵐[10月14日(火)] ギフトって

今、前回(おととい)の日記を読んでいて、最後に「明日は書くぞー」なんて書いてあってびっくりしました。だって昨日書かなかったしナ(笑)。
そんなことを書いたことはすっかり忘れて、夕べは「やりすぎコージー」2時間スペシャルの最後の方だけ見て寝てしまいました。風邪も完治してないし、今日からまた自分のコースが始まるし、PPSコース中3日とも2本目に選んでいたサンジェルマンを使ったらやけにぼ〜っとしてしまって。

ヒラリオンも3本目に突入したし、しばらくはヒラリオン+サンジェルマンのダブル攻撃になりそうです。63番・ジュワルクール&ヒラリオンのタロットカードでは見つめ合っている二人が描かれていますが、あの絵のジュワルクールをサンジェルマンに置き換えたような感じです(分かる人には分かるよね)。
なんか、むさ苦しいなぁ(笑)。

PPSはギフト満載のコースでした。そのうちのひとつはまさに「ギフト」に関する大きな気づきでした。

通常オーラソーマでは、2本目に選んだボトルを「ギフトのボトル」と言って、今生において最大の成長の可能性を秘めた魂の側面のことを現します(広い意味では、選んだボトルはすべてギフトと言えますが)。

私は、自分の魂の使命として他者へ奉仕できる側面は、1本目に選ぶボトルにあらわされていると考えていました。
例えば、コンサルテーションを通して私がクライアントさんに提供できる最大のものは、「スペース」と「創造性」だと考えています。クライアントさんがハートの内側にスペースを持つことで、自分自身で自分の人生を創造してゆくことをサポートするのが好きだし、それだったらできる!とも思っています。それが、1本目にタ^コイズやグリーンを選ぶ私の、使命であり最高の他者への奉仕の質だと。
でも!それだけじゃなかったみたい!ということに気づきました!

私は2本目によくマゼンタを選びます。
そして、生徒さんやクライアントさんに「上野さんって○○な感じですよね〜」と言われることが、ターコイズっぽいことだけじゃなく、マゼンタっぽいこともよくあるんですよね。
ターコイズっぽいと言われても自分でもそうだと思ってるから「そうそう」なんて素直にうなずけるのですが、マゼンタっぽいと言われると「えー、そう!?」なんてびっくりしてしまいます。何故なら、マゼンタの質は、私が内的にチャレンジしている側面であって、他者へ提供する側面ではないと思っていたからです。でもそうではないのです、マゼンタも提供できるんだということに気づきました。

「ギフト」とは、自分へのギフトでもあるけど、だからこそ他者へのギフトでもあったんだ。

こんなシンプルなことにようやく気づくことができました。でもそうだよね〜、なんで今まで気がつかなかったんだろ。思い込みってあるのよねー。

内なるターコイズ全開で生きている今の私はだから毎日楽しくてたまらないのですが、そこにいつもつきまとうのがマゼンタのテーマです。それはまさにチャレンジで、明日までに宿題やらなきゃいけないって分かっていながらテレビを見ている私に、母親が「宿題やりなさーい」と言いに来る感じ。「やるってばーうるさいなー」と返答しつつなかなか腰を上げないのよね(笑)。
しかし、そこに取り組むことは多くの学びがあって、マゼンタで学んだことはターコイズな自分を生きるための肥やしに確実になっています。
だから、どちらもなくてはならない色。それが1本目と2本目の関係性であり、どちらもがある意味ギフトなんだー。

そう思えたときに、マゼンタと言われることへの抵抗感がぐんと減りました。むしろそう感じてもらえたなら、私はちゃんとギフトを学べているってことだから、いいじゃん!って。
この違いはめちゃくちゃ大きいです。
電気の月23日・KIN237赤い電気の地球[10月12日(日)] カマエル

今日はPPSコース2日目。今日も大きな気づきがありました。

コース中の気づきもそうだし、コース外でも本当に「たった1日でこんなに!?」というくらい色々ありました。あり過ぎて何から書けば良いのか分からないほどです。

ただ今回のコースは宿題が多くて、今日もこれから(ただ今00:30)それに取り掛からねばいけませんし、風邪の状態も相変わらずなので、今日の日記はこれまで。また明日か明後日くらいに書きますね〜。

あ、そういえばオーラソーマのホヤホヤ新情報ですが、アークエンジェロイエッセンスに新しい仲間が増えました!「大天使カマエル」が誕生しましたー、わーい、わーい。

今回のPPSコースのティーチャーが9月末にデヴオーラに行っている最中に誕生したので、ほんとにできたてほやほやだそうです。まだきちんと製品化していない段階だから、容器にシールも貼られていませんでした。製品化して日本に輸入されるまでにはまだしばらくかかるでしょうね。

カマエルのアークエンジェロイエッセンスは、今までのなかで一番和風の香りがしました。たんすの引き出しに入れる匂袋の香りと誰かが言っていましたが、まさにそんな香り。
そして早速みんなで試しに使ってみました。
あくまでも私個人の感想ですが、とても女性的で暖かいエネルギーに包まれるような感じがしました。なんというかすぐ側にいてくれてるような・・・受験勉強中の子供がコタツでうたた寝してしまい、気がついたら肩に毛布がかかっていたときのような・・・そんな暖かさかな(笑)。

あー、今日は本当に書きたいことがいっぱい。でも宿題があるのでもう終わりにします〜明日は書くぞー。
電気の月22日・KIN236黄色い月の戦士[10月11日(土)] ギフトをもらおう

今日からPPSというオーラソーマのコースを受けています。そうそう、今は私は「生徒」なのです〜。

PPSコースは、一般の方にオーラソーマというものを紹介するためのコースということですが、自分のギフトがなんなのかを探求するコースでもあるみたいですね。

あー、でもやっぱりコースを受けるのは楽しいね!
随分前にこの日記に書いたけど、人見知りが激しい私にとってコースに参加するのは、ものすごい恐怖との戦いでもあるのですが、始まってみるとやっぱりとても楽しいものなのです。

「自分のギフト」についてなんて、今まで散々考えてきました。24時間そのことばっかり考えてると言ってもいいくらい(笑)。
それでもこうしてコースという形でティ−チャーからの話を通して・また他の参加者とのシェアリングを通してあらためて向き合ってみると、自分だけで向き合っているのとは全然違う視点や発見があってとても驚きます。
私にとって今回のコースは「何故自分はオーラソーマをやるのか?そしてどのようにそれを伝えていきたいのか?」を、再確認するためのコースだと思っていましたが、それもあるけどそれ以上に「自分のギフト」を再発見するためのコースになりそうです。

早くも初日の今日、すごく大きな気づきがありました。そう、ギフトです!

あー、やっぱりコースを受けるって良いよね〜。
電気の月21日・KIN235青い磁気の鷲[10月10日(金)] 鷲のウェイブスペル(テーマはビジョン・創り出す・心)

昨日も相変わらず声は出ずひどい状態でした。今日になってのどの痛みは随分和らいだけど、声はやはりあまり出ません。さらに痛みと引き換えに?今度は咳が出るようになってきました。
明日からは私自身がコースを受講しに行くので、あまりしゃべる機会も無いだろうから、この週末でしっかり直したいと思います。一緒に参加する人たちに移さないようにしなくちゃ。


なんか難しいな〜と思ったのはね、以前ある生徒さんが言っていたことですが、その方は「今の自分ではまだ次のコースは受けてはいけない」と思ったそうです。
そのとき私は「コースって、受けたいから受けたり受けたくないから受けないっていうだけじゃないんだ〜。大人って複雑なのね(笑)」と、心の中でつぶやきました。でもそういう人の気持ちもよく分かりますけど。
お金が無いとかスケジュールが合わない等の物理的な理由だけじゃ決められないのね。

いや、もちろん物理的理由以外の例えば直感的に感じる何かで受ける・受けないを決めるのもとても大事です。むしろそっちの方が大事だとも思います。でも同じ直感でも、例えば受けない理由として

「なぁんかまだ今じゃないんだよねー」と、「今の自分ではまだ受けてはいけない」では、全然違うと思いますね〜。

どちらのケースも、「コースを受けたいけどまだ受けないと決めている」という点で、たしかにシチュエーションは同じです。
しかし、前者の場合は自己肯定的で後者の場合は自己否定的だという点で、全然違うのです。

多分、前者は楽だろうけど、後者は苦しそうだよねぇ。

何事もだけど、シチュエーションにだまされちゃダメよ!シチュエーションが同じだからって、本質も同じとは限らないのよ!そして、本質の方がずっとずっとずーーーっと大切なのです。
シチュエーションではなく、本質の方で肯定的であることがなによりですよ。否定的なNOより肯定的なYESの方が良いし、否定的なYESより肯定的なNOの方がナンボか良いのです。
電気の月19日・KIN233赤い水晶の空歩く者[10月8日(水)] 声が出なかった、悔しい

今朝、目が覚めたらまったく!声が出ず!びっくりしましたーーー!

喉の痛みはむしろ和らいでいたのだけど、とにかくかすれた声しか出なくて、「今日もコースなのにどうしよーーー」と、半べそかいてしまいました。ティーチャーになって以来、風邪で多少ガラガラ声になってしまったことはあるけど、全く声が出ないなんてこと初めてです。こんなに焦ったのは久しぶりだし、不安と焦りとパニックで本当に泣きそうでした。
コースが始まってしゃべってるうちになんとか声は出るようになったものの、相当聞き取りにくかったと思います。なにより、妙な心配かけたり不快感を与えてしまったであろうことを申し分けなく思います。

悔しーーーーー!

あ、結局バイオレットの16番ボトルは夕べ一晩でほぼ使いきりました、昨日あけたばかりのボトルなのに(笑)。
寝る前に体中に塗りたくってしまい、特に頭皮にはジャブジャブとふりかけて・・・気持ちよかったー。

まあ、16番が風邪を治してはくれなかったという事実が残りましたが(笑)、でも夕べはものすごく欲していたのも事実。そして今日はもうそんなに欲していない感じです。

でもなんか、膜がはがれた感じがします。
子犬が産まれたときに体に張り付いている膜を母犬がなめてはがしてくれるような・・・私の周りに張り付いていた膜?みたいなものがはがれたような気がします。牛乳を暖めたときにできる表面の膜?をはがすような感じとも言えるかな〜。煮物をしてるときに表面に浮くアクを取ってるような・・・あ、だんだん違ってきたナ。
それがなんなのかはまだ分からないんだけど、特に頭周りがとても軽いし(風邪引いてるのにそれとは全然別のところで軽い感じ)。

相変わらず、私のハートに響いているのは「抵抗しない・委ねる」です。
なにかと抵抗しそうになると、もうひとりの私(内なる教師?)がさっとその言葉を投げてくれます。ホント、練習してます、させられてます(苦)。
電気の月18日・KIN232黄色いスペクトルの人[10月7日(火)] 無駄な抵抗

風邪でホワイトポマンダーをガンガン使っているせいなのか、夕べはトイレで夜中に2回も起きてしまいました。トイレで目が覚めるなんて普段全然ないんだけどなー。今日もやけにトイレが近かったし、面白いですね。
バイオレットのボトルは結局今日から使ってみます。とりあえず25mlにしてみました。今回はそんなもんで良いかな・・・と。


最近の静か過ぎる状況について、今日感じたこと。

今みたいな状況の中ではジタバタしても無駄なのかな〜と思いました。
なんというか、台風の最中では外で遊びたくても(ジタバタしても)遊べないのはしょうがないんだから、ウチの中でおとなしくしていよう的な。いつか台風は過ぎるんだからそれまでは的な。

なにかね、今のこの流れに逆らうことは、台風のようなとてつもなく大きなものに逆らうようなものだと感じるのです。「無駄な抵抗はやめなさい」と言われてるよう。

で、その「とてつもなく大きなもの」はオーラソーマで言うところのブルーな自分なのです。そしてジタバタしてるのはイエローな自分。
今は「自我(イエロー)」で何をどうしようともどうにもならない感じなのです。それこそ「委ねる」しかない。確かに2本目のヒラリオンに入ったあたりから、私の自我のどこかが麻酔を打ったかのように無感覚?になっています。動けないというか、眠ってるというか、眠らされてるというか・・・。
だから最近全然イライラしないのよね。日頃イライラが多い私がどうしちゃったの!?てな感じです(笑)。

私の中にあるイメージで、イエローの自分は小さな男の子なのです。で、その子はお父さん(ブルーの自分のイメージ)の袖にしがみついて、「僕を見捨てないでー」と泣き叫んで抵抗しています。「見捨てちゃうなら、どうして僕を産んだのー」とも叫んでいます。あああ、哀れな男の子。

ある人が言っていました。「人間の自我はその本質ではなく、本質である「ひとつである自己」を知るために、あえて二次的に作り出した「分離した意識」である」。
またある人はこうも言っていました。「人間は自我にしがみつく。何故なら自我を手放したら一体自分には何が残るのか?と思うと、とてつもない恐怖があるからだ」。

そう、そうなんです。私もそれが怖いんです。
自我が無くなったら自分は消えちゃうんじゃないか!?何のためにいままで一生懸命生きてきたんだ。「自我」が可哀相じゃないか(笑)・・・と、激しく抵抗しています。

分かるのよ。自我がなくなっても自分は無くならないって。でもそれは「頭では理解できるけど」のレベルであって、本当の意味ではまだ分かっていないのだと思います。

まだまだじゃのぉ。
電気の月17日・KIN231青い惑星の猿[10月6日(月)] 風邪ひいた

久しぶりに風邪引きましたー。喉が痛くて、節々に力がはいらなくて、頭が重くて、ぼ〜っとしています。

3日前に、ゴクンとつばを飲み込むときにほんのちょっとだけ喉が痛かったんです。今思えばそれが予兆でした。昨日はそういえば左の腰の辺りが痛かったし、それも予兆だったのかもしれません。

ほんのちょっと痛かったのどが、昨日の夜くらいから「痛い」ことをはっきり自覚するくらいに痛くなってきて、今朝起きたら完全に痛かったです(笑)。どの時点で喉が痛いことを意識し始めたかというと、夕べ仕事が終わったときですね。

よく考えるのは、今回のようにちょっとづつ体調が変化してゆく様子をこの目でみてみたい!ということです。
私の喉が、元気なときからどのように変化して今回のような痛い状態になってゆくのか、顕微鏡とかで観察したいです〜。

で、こんな体調のときにどんなボトルを選ぶのか知りたくて今日ボトルを選んだら、珍しくバイオレットが1本目にきました。ふーん。1本目なんだけどなんだか使いたい気分。

・・・というわけで、今日はヒラリオン+バイオレットでいきましょう。
風邪にバイオレットが良いとは聞いたことが無いけど、そういうことは別にいいのです。「今、私自身が使いたいと感じる」んだから、使えばいいのです。
それで風邪が治るかどうかは分かりませんが、今私に必要なヒーリングをもたらしてくれることは間違いないのですから。

うー、今日は早く寝よう。
みなさんも体を冷やさないように。今の季節は毎日気候が違うから、その日のお天気に注意を払ってそれに合った服装をしましょうね。
電気の月15日・KIN229赤い銀河の月[10月4日(土)] 静かやな〜

し、静かだ・・・・・。

私の心の中で、先週までの苛立ちが見事に消えてなくなっております。
ぱたりと止んだのです。シーンとしております。まるで、今の私の心の中は森のよう。深い森の中の湖に小石を投げて「ポチャーン」という小さな音だけが響き渡っているような・・・そして湖面に波紋が静かに広がってゆくのをただ見つめている時のようなかんじです。

あまりの激変ぶりに何が起きたのか・・・ふり返ってみました。

それは先週の土曜日から始まったことです。この日は・・・あ!ソウルメイトオイルを初めて使った翌日だ!オイルを使ってカードを引いて、「委ねる」のテーマを日々の中で意識し始めた日でした。「委ねる」は今も毎日意識していることです。
そしてこの日は「白い風のウェイブスペル」が始まった日でもありました。白い風のテーマは「スピリット・伝える・呼吸」です。KINナンバーも「222」。
そしてこの日はヒラリオンのボトルの2本目を使い始めた日でもありました。ちなみにすでにあと4,5日で無くなりそうです。

なんだかね、ソウルメイトオイルとヒラリオンがやけに相性が良いみたいなんです。このふたつの相乗効果?によって、今私は「ハートのスペース」にいるような気がしています。
「ハートのスペース」・・・それは私の憧れの場所(笑)。自分にも他人にもありのままでいられる場所。

「委ねる」「逆らわない」「流れに身を任せる」。少しは練習できているのでしょうか、そうだと良いんだけど。
電気の月14日・KIN228黄色い共振の星[10月3日(金)] 自発性を引き出す

こちらで開催しているオーラソーマの勉強会への参加は月に1回までなどという決まりを設けてしまいました。

最近の勉強会は早い時期に定員がうまってしまうわりに、直前キャンセルが出て当日は定員割れになるということが起き始めたので、参加したい方がちゃんと参加できるようにするにはどうしたら良いか、いろいろ考えて出した結論ですが、正直心苦しさがあります。何故ならこの規則によって、たくさん参加してもっとオーラソーマを勉強したいという熱意のある方に、ストップをかけてしまうことでもあるからです。

これは参加する方の問題もあるけど、それよりも私自身の問題でもあると考えます。
私が「ここの勉強会には絶対に参加したいっ」と思わせるような勉強会を開催できれば、自然とキャンセルはなくなるのです。自分がまだそういう勉強会ができていないという、そういう点でも心苦しさがあるのです。
もっと参加する方にとって魅力的な勉強会を開催できるように、さらなる精進をしていかねば。そして早く今回の規則を解除できるようにしていきたいです。

オーラソーマでも、次のレベルに進むためにコンサルテーションを実践した記録を提出しなければいけないという、新しい規則ができました。これも正直言えば、私からすると残念なことです。
規則を作る・つまり強制的にやらせなければいけないというのがねぇ、なんとも。
次のレベルに進むのに、前のコースで学んだことを消化・吸収するためにコンサルを練習することはとても大切だし、そう考えればおのずとコンサルを練習しようという気持ちになると思うのですが、実際にはそういう人ばかりではないのも事実。そういった事実に対処するために今回のような規則ができたと考えると、残念な気持ちになってしまうのです。本当は、規則なんてなくてもみんな自発的にどんどんコンサルの練習をしていて欲しいのですよね。
でもこれも生徒さんだけの問題ではなく、生徒さんに「次のレベルに進むためにもっとコンサルを練習しよう」と自発的に思ってもらえるかどうか、ティーチャーやASIACT側の問題でもあると考えます。

勉強会でもコースでもなんでもそうだけど、「やらなきゃいけないからやる」のではなく、自発的な「やりたい」という意識でやる方が、本人にとって何十倍も大きな実りになります。

で、その自発的な意識をどうやったら引き出してあげられるか・・・どうやってそれだけの魅力的な勉強会・コースをやれるか・・・あああ、ティーチャー業ってすんごく面白いけど難しいですー。
電気の月13日・KIN227青い律動の手[10月2日(木)] ジャッジメント

オーラソーマでは、よく「ジャッジ」という言葉を使います(あれ?私だけかな?)。
「ジャッジしないように」と、よく言われるのよね。

では「ジャッジ」とは何を意味しているのか?

辞書を引くとそれは「判断」とか「判決」を意味するそうです。ま、確かに。
それだけなら、別に悪いことでもなんでもないと思います。「判断」することの何がだめなの?いやいや、だめじゃないっす。

多分それは「決めつける」というニュアンスのことを意味しているのだと思います。だから「ジャッジしないように」とは、「判断しないように」というよりも「決めつけないように」なのです。

誰かのことを決めつける(ジャッジする)ということは、今この瞬間のありのままのその人ではなく、何か過去のデータに基づいてその人を見ていることになります。確かにそれはオーラソーマっぽくないよね。

ジャッジしない(決めつけない)かぁ。私には課題ですね〜。多分自分は相当ジャッジャー(ジャッジする人)だもんなぁ。