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電気の月11日・KIN225赤い自己存在の蛇[9月30日(火)] 自分は棚の上

サロンの入っているマンションは世帯数が少なく、故に宅配BOXの数も多くありません。だからなのかBOXが満杯のこともけっこうあるんです。
これ、困るのよねー。

例えば商品の発送時にその商品が手元にないときは、卸に発注をかけるわけです。そして「今日は昼過ぎにサロンに行くから、午前着で荷物を宅配BOXに入れておいてもらえれば、すぐに受け取って今日中に発送できる」と予定していても、「宅配BOXが満杯だったため持ち帰りました」の不在表が入っていて、結局その日じゅうに発送できない・・・みたいなことが、すでに何度かありました。

宅配BOXの扉は一部ガラス張りで中が少し見えるのですが、明らかに同じ荷物が1週間以上入りっぱなしのときもあって、「そんなに長い間不在にするなら、その時期に宅配なんて頼むなよ!」と、怒っていたのです。

し、し、し、しかし・・・!入りっぱなしの荷物のうちひとつは私自身の荷物だったという・・・・大失態を犯していたことが本日発覚したのです(わーーーーん、大泣)。

今日、月末で書類の整理をしているときに、郵便物の間から紙切れがポロリと落ち、見ると1ヶ月近く前の日付の不在表でした。そこには「不在だったので宅配BOXに入れておきました」との手書きの文字が!

あああ、マンション住人のみなさま。疑ってしまってすみません。きっとみなさまも私と同じように「さっさと受け取れ!」と怒りを覚えていたのでしょう。荷物を受け取れない日もあったのでしょう。私が悪かったです・・・自分のことは棚にあげて人のせいにして・・・恥ずかしいです。郵便物を送ってくれた友人にも本当にごめんなさい。

凹むなぁ。
電気の月10日・KIN224黄色い電気の種[9月29日(月)] 会話を掘り下げる

「先日のコンサルでは、初めてちょっとだけ手ごたえというか、ハートとハートの交流がそこにあって、コンサルすることの喜びを感じることができて、またやる気に燃えているところです。」

・・・と、生徒さんからのうれしいお便り。

コンサルすることの喜びかぁ。プラクティショナーの方(もしくはそれを目指している方)には、ぜひこの喜びを体験して欲しいです。
「当たってます〜」とかじゃなくて(笑)、その人の心の底からのヒーリングが起きる瞬間に立ち会う喜びとでも言いましょうか。それは言葉にできない感動の瞬間です。


カフェで隣にいた20代OL風2人組の会話。会話というよりも、、ひとりが一方的に会社の愚痴をこぼしていたのですが。
彼女の上司が理不尽な態度を取るので、彼女は努めて冷静に対処しているということを、同僚らしきもうひとりに興奮気味に訴えていました。「あたしは大人だからさー」「あたし間違ってる?間違ってないよね」など。
聞いてる方は「大変だねー」と同意しながらも、明らかにうんざりしています。あれだけあからさまにうんざりした態度をとっていれば分かるだろうに、彼女は気づかぬ風で延々しゃべっていました。

私は彼女達の話している声よりも、心の声の方がよく聞こえる感じでした。その会話はこんな感じ。

聞いてる方のOLの心の声[自分のストレスを私で発散するのはもういい加減止めてくれないかなー」
話してる方のOLの心の声「こんなに大人な態度で対処している私は正しいんだから、あなたがうんざりしていても愚痴をこぼす権利くらいあるでしょ。こんなに優しい私を否定するつもり?」

話してる方の女性のオーラがハリネズミのようで、隣の私ですらツンツン刺されて痛いのなんのって(苦)。
でももっと深いところではこんな会話も聞こえてきます。

聞いてる方のOLのより深い心の声[彼女の話を優しく聞いてあげられない心の狭い自分が嫌い」
話してる方のOLのより深い心の声「何の罪も無い友人に八つ当たりしてしまう自分が嫌い」

あああ、ふたりともそんなに自分を責めないで・・・。こちらまで心が痛くなってきました。
しかし更に更に深いところではこんな会話も。

聞いてる方のOLの更に更に深い心の声[あなたの魂のチャレンジはちゃんと分かってるよ。それでもあなたは優しくて愛情豊かな人だっていうギフトのことも分かってるからね」
話してる方のOLの更に更に深い心の声「私の魂のチャレンジに付き合ってくれて本当にありがとう」

そうなのよ。ふたりともとても素直で優しい人たちなんだということも感じられるのです。そしてこれが核心・真実なのですよね、きっと。
電気の月9日・KIN223青い月の夜[9月28日(日)] 麻酔

今、サロンのボトルたちの下層部にいろんな変化が起きています。

・ピンクがやけに濃くてローズピンクになっている
・黒い粒粒状の小さなブツが漂っている
・ペールブルーがグレーっぽく変色
・ペールバイオレットがペールピンクっぽく変色
・クリアがペールイエローっぽく変色
・マリモのような塊がある

など。

これらはすべて上層ではなく下層にだけ起きている変化です。この変化は、なんとなく自分と重ねることができる気がします。自分だけじゃなくて世の中全体のエネルギーに重ねることができるような気もします。

先日までの苛立ちは昨日からぱたりとなくなりましたが、今度は落ち込みモ−ドに入っています。いろんなことに自信が無いというか、感じないというか、鈍感になっているような気がしてしまいます。内側のどこかに麻酔を打ったような・・・。

それでも日々は過ぎてゆくし、やらなければいけないことは仕事でも生活でもあるので、もちろんそれはしています。それすらできない・分からないというわけじゃないのよ。
なにかそれ以上のこと・新しいことまでできる気がしないのです。やる気はあるしやりたいことも実際あるんだけどねー。手をぎゅっと握っても、自分に対する実感が沸かないのです。ホント、麻酔中みたいな。

これは単なる甘え?逃げ?言い訳?・・・ああ、また自信を無くしている、発想が後ろ向きです。
電気の月8日・KIN222白い磁気の風[9月27日(土)] 委ねるデー

今はまっているものがあります。それは「ソウルメイトカード」というオラクルカードです。随分前からあるカードですが、今さらながらはまっているのです。
カードの絵を描いている駒井明子さんが好きですし(サロンにも彼女の絵を飾っています)、自然の精霊のエネルギーをカード全体から感じるところも好き。
夕べはとにかく切羽詰った気分だったので、寝る前にこのカードをものすごくていねいに使ってみました。
説明書に書いてあるとおりに、専用オイルも使ってカードを浄化しアファメーションをし、じっくり祈りながら1枚引いてみたところ、そこにはあまりにもばっちり当てはまることが書いてありました。
そのカードは22番の「委ねる」でした。
カードに書いてあることを何度も声に出しながら読み上げ、ハートに刻み込みました。カードに書いてあることが、今の私には大きな気づきでした・・・「委ねる」「流れに身を任せる」「逆らわない」。そしてヒラリオン(2本目突入)をたっぷり使い、寝ました。

そしたら今朝起きたら苛立ちがすっかり無くなっていたんです(今日のKINは222です!おー)。やっぱりていねいに自分と向き合って内なる声を聞くって大切だなとあらためて肝に銘じました。
そしてサロンに向かう道の途中で、「とにかく今日1日だけでもいいから、徹底的に「委ねる」を実行するゾ」と心に決めたのです。

昼間はいつもどおりコースだったのですが、やはりちょっとしたことで苛立ちそうになる自分がいます。そんなときすぐに「委ねる委ねる・・・」と、心の中で呪文のように22番のカードに書いてあったことを復唱し、今朝のすっきりとハートのスペースにいる自分を取り戻すように努めました。
そんなことを秘かに1日じゅうやっていた私です(笑)。

しかしやってみると、如何に自分がしょっちゅういろんな物事をジャッジして、流れに逆らっているかが分かりましたね。
流れに逆らうって余計なエネルギーを使うことなのに、人間は何故逆らおうとするのでしょうかねぇ・・・それは「怖い」からですね。

でもね、今日みたいに委ねている自分でいられたら、生命の木のコクマーを通り過ぎるのも怖くないと思うのです。だからヒラリオンが必要なんですね、今の私には。
ヒラリオンはグリーン。グリーンの13番のボトルはタロットの「死」。「死」のテーマは「手放し」。だからグリーンは手放し・自己同一化から離れる色なのです。つまり委ねるということ・流れに身を任せる・・・です。

はぁ、また明日も「委ねる」の練習だな。
電気の月7日・KIN221赤い宇宙の竜[9月26日(金)] 行ったり来たり

先日クレジットカードが壊れて、作り直さなければいけなくなりました。
どこのカードが良いのかいろいろ調べて、最終的にはピンときたカード会社に申し込みをし、すでにカードは手元に届いています。あとはこちらから「届きました」とハガキを戻せばすぐに使い始められるのです。クレジットカードがないのは非常に不便なので、すぐにでも使い始めたいところなのですが・・・何故かハガキを戻さず早2週間。
それどころか、前と全く同じ会社のカードを作り直してしまいました。あれこれ迷った挙句元のサヤに戻ったわけです。
それって前進なのか、後退なのか?

この3日間、不思議なほどメールがありません。ご予約・注文・問い合わせなど、様々なメールがいつもの半分もありません。来るのは定期的に届くメルマガばかりです。
こういうことがあると途端に気が弱くなって、「このまま誰も来なくなってサロンをたたまなくてはいけなくなるかも・・・」という不安がよぎります。普段は「誰も来なくなったらそれも天の導きだから、それでいいんだ」と強気なことを言ってる癖に、実際はノミの心臓です。
こういうとき私はいつも王監督の言葉を思い出します(旬の人だなぁ)。監督曰「現役時代は、シーズンが始まって最初のホームランが出るまでは、「今年は1本も打てないかもしれない」と不安でたまらなかった。引退するまで毎年そうだった」そうです。
この言葉を思い出すと「そうかー、あの王監督ですらそうだったんだー、ほ」・・・と、気持ちを落ち着けることができます。

私が毎週楽しみに読んでいる占星術サイトにはこう書いてありました。
「心配しないで。リラックスして」
「今はごちゃごちゃしてワケがわからないでしょうが、心配は要りません」
「混乱や逆戻りがあっても進むところは進んでいるから大丈夫」
「裁かないで」

・・・なんか似たようなことばっかりです。そしてどれも今の私にバッチリはまります。

水星逆行中。
電気の月6日・KIN220黄色い水晶の太陽[9月25日(木)] 予測不能

久々にゴールデンスレッドの話題。

ゴールデンスレッドの旅は、3本目の53番・ヒラリオンに突入して2週間経ちました。残り4分の1くらいまで減っています。私は50mlのボトルを平均して2〜3週間で1本使い切りますから、今のところいつものペースです。
が!今ものすごく使いたい気分です。今日はこの日記を書いたらお風呂に入る予定ですが、なんだかこの調子だと残りを一晩で使っちゃいそうです。

ヒラリオンは前にも2,3回使ったことがあるボトルで、いつもとても気持ちよく使える・良い思い出しかないボトルです。
今回も出だしは良かったんですよ、出だしは。なのに徐々に雲行きが怪しくなってきました。今、私の中で苛立ちが最高潮に達しています。

今回ほどこのボトルが生命の木でコクマーのスフィアに対応するボトルだということを実感したことはありません。ゴールデンスレッドとして使うのが初めてだからかもしれませんが、ヒラリオンと一緒にコクマーのエネルギーを強く感じています。そして今、コクマーを通り過ぎるのが苦しいんだと思います。それで苛立っているのかもしれません。旅はまだ始まったばかりなんだけどなー(苦笑)。

自分の臆病さに苛立っているような感じなのかな。
自ら手を挙げたくせに今になって尻込みしている自分?調子よく飛び出したはいいけど、思ったよりキツくて早くも息が上がってる自分?そしてもっとタチが悪いのは、そんな自分への苛立ちが周囲への八つ当たりになっている自分です。最近、小さな出来事にイライラして青筋立ててる自分が急速に増殖しています。
ヒラリオンを使い始めて、なにか中身がむき出しになったような感じがしていて、さらにコクマーのポジションが私のイメージでは崖っぷちなんです。目隠しでもしていれば崖っぷちでも怖くないのでしょうが、目隠しを取っちゃったから(むき出し)コワイの何のって。
あああ!そうか!!だからヒラリオンの前に0番と22番を使っていたじゃない!!!0と22は愚者。まさに崖っぷちを歩く男です!!!ぎゃーーーー、今気がついたよーーー!つながっちゃったよーーーーー!!!

そうかー、そういうことなのかーーー。 ←ひとり納得

ヒラリオンは、当初は通りすがりのワンナイトラブ(笑)?みたいなボトルだと思ってましたが、とんでもなさそうです。もう1本使う必要があるかも。急行列車の通過駅かと思いきや、緊急停車してしばらく動かないような感じです。

旅にハプニングはつきもの。なにがあるか分かりませんね〜。
電気の月5日・KIN219青いスペクトルの嵐[9月24日(水)] お金について

前回の日記を書いてから考えたのですが。

大きいサイズを買えというということは、その方が予定していたよりももっと高額のものを買えと言っていることになります。そんなことを平気で言ってしまっている今の自分って!?と、思います(笑)。
以前化粧品の営業の仕事をしていたときは、より高額な商品を勧めるときにどうしても罪悪感が伴ってしまいましたから。

化粧品の営業職をしていたときは、自分の売り上げによってお給料の金額が決まっていました。そしてそのお給料で私は生活していました。
今だって同じです。
スクールやセッションに来てくれる方達からいただくお金や商品を売ったお金で、私は生活できています。オーラソーマは私にとって趣味ではなく、生活するための職業です。だからお金を得なければいけません。

そのことはもちろん分かっているんだけど、実際のコースやセッション中はそういったことが頭の中にはないんですよねー。
「ここで大きい方を買ってもらえば○○円利益が増える」みたいなことを考えることはまったくないです、ホント。だって、そういう理由で大きい方を買ってもらいたいんじゃないもん。自分でいうのもなんですが、「クライアントさんのためにその方が良い」という純粋な動機によります(笑)。

化粧品を売っていたときも、クライアントさんのお肌が綺麗になるためにという動機もありましたが、多分商品そのものに強い自信が持てていなかったことと、売り上げのノルマのことが常に頭にあったのだと思います。「売りたい」よりも「売らねば」になっちゃっていた。それが罪悪感→ストレスに繋がったのでしょう。
今はひとりでやってるからノルマとかないし、その点は楽よ〜。
まあ自分なりの目標を立てても良いのでしょうが、別にそこまでしてもしなくても私の場合あんまり変わんなさそうだし。
なんでしょうね、この妙な余裕(笑)。いや、余裕というのでもないんだけどねぇ。

売り上げのことを考えるのが悪いとは思いません(だってそれで生活してるんだし)。ただ私は、今は「仕事をした結果としての売り上げ」なんですよね。「売り上げを出すための仕事」ではなく。
このふたつはやっていることは同じなんだけど、私の意識がどこによりフォーカスされているか、「売り上げ」なのか「仕事そのもの」なのかが違います。そしてそれが違うことによって、私の気持ちやストレスのかかり具合も大きく違うのです。

「売り上げ」に意識を向ける方が好きな人もいるでしょう。だからこれは「私の場合は」になりますが、私の場合はそこにフォーカスしないほうが良いみたいです。
多分大事なのは、自分がより楽しめる方に意識をフォーカスすることなんじゃないかなと思うわけです。

ターコイズが「サバイバルを超越している色」という意味が、最近分かる気がします。サバイバル(生活の糧を得る=利益をあげる)よりも仕事そのものを楽しんでいる方が結果的にサバイバルできるという、興味深いことが起きています(笑)。
電気の月3日・KIN217赤い太陽の地球[9月22日(月)] 難しい判断

ある生徒さんが、コース中に選んでいたボトルを「持って帰ろうかな〜。でも怖いな〜。小さいほうのサイズにしとこうかな〜」と躊躇していました。私はすかさず「ダメ!大きい方のサイズじゃなきゃ」と、半ば強制的に大きい方のサイズを持ち帰ってもらいました。オーラソーマは無理強いしないセラピーなのに、これでは思いっきり無理強いです。
でも正直言えば、時々こういうことをします。

中身は同じなんだからサイズなんてどちらでも良いと言うかも知れませんが、量の問題ではなくそのボトルを使うことに対するその方の意識の問題なのです。「お試し」感覚で小さい方を使うのではなく、大きい方を使うことで自分のチャレンジに取り組むことに対して本気度を高めて欲しかったのです。
何故ならその方の魂がそれを強く望んでいるから・・・です。

ここでの第一のポイントは、「それは私の意志じゃない」というところです。私自身がその方がそのボトルを使ったほうが良いと思うから勧めたのではなく、本人(の魂)がそれを望んでいるのだというところです。
第二のポイントは、本人のマインドではそのボトルを使うことを躊躇しているけれど、もっと奥底(魂)では強く欲しているのだから、「魂のレベルで望んでいるものに従って勧めた」ということです。
その方のマインドレベルで欲しているものに反して違うものを強制したという点ではたしかに「無理強い」してるんだけど、魂レベルで欲しているものに対しては無理強いしていないのです。

でも、マインドレベルでの反発があまりにも強い人に対しては、今回のように強制はしないかもしれませんし、こういうことはすべてケースバイケースでやらなくてはいけないと思っております。

今回のケースで、もうひとつ大事なポイント!があります。

「その方の魂ではそのボトルを使うことを欲している」というのは、本当にそうなのか?本人がそう言っていないのに、どこでそれを見極めるのか?」

・・・そうなんです。ここが一番ある意味難しいところなんです。
「この方がボトルを使ったほうが良いというのは、私のエゴからくるものなんじゃないか?その方の魂が欲しているなんてのは、単に私の思い込みなんじゃないか?」

もう後は信頼するしかないです。
自分を信じるというよりも、自分が感じたことはその方にとって良きことだということを信じるしかないです。自分のエゴは横に置いておいて、ただその方に同調してありのままに感じて、それに従っていることを信じる・・・。

でももしそれで本当に間違っていたら・・・・・すごくヘコんですごく悔しくて申し訳なくて自信喪失して反省して・・・・・そしてまた次の方に向き合うのです。

ここで終わりにしないところが、私ってけっこうポジティブだと我ながら思います(笑)。
だってやっぱり好きなんだよね、オーラソーマが。好きなものに対しては、一度や二度や十度や百度くじけても、また立ち上がろうと思えるんですね〜情熱ってすごいな。

※余談ですがウィーンフィルの「山猫」、この4日間でゆうに70回は繰り返し聴いています(脳内CDも含めれば200回は超えます)。おかげで寝不足・・・情熱ってすごい・・・。
電気の月2日・KIN216黄色い銀河の戦士[9月21日(日)] ファザコン

私は自分より大きなものが好きです。

男の人の大きな胸に「ぱふっ」と飛び込むのが好きです。

犬はそれだけで好きだけど、特に大型犬が大好きです。
子供の頃から、雪山で遭難して凍える私を犬がお腹の下に入れて温めてくれるというシチュエーションに憧れてて(笑)、ウチの犬のお腹の下に無理やり入ってウザがられるという遊び?を、いつもしていました・・・てゆうか、大人になってもやってます。

あとは、花よりも木が好きだし。花はかまってあげないと枯れちゃいそうだけど、木は放っておいても大丈夫そうだもん。それどころか、木は雨が降れば雨宿りもさせてくれるんですよ。

それらの嗜好のルーツを辿ると、おそらく私は「父親的なもの」への思慕の念がとても強いのではないかと思うのです。ユーミンの曲に「守ってあげたい」というのがありますが、私は断然「守って欲しい」のです。

自分がもう何回転生してきたか知らないけど、転生した数だけ父親・そして父親との別れを経験しているわけで、それを言ったら母親も同じはずなんだけど、何故か私は父親との関係の方が深いというか強い・・・もしくは父親との方が辛い別れを経験することが多かったのかもしれません。

絶対的に自分を守ってくれるなにか・永遠に追い越せないなにかを、私は求めて止みません。自分よりも強く大きく永遠なるなにか。それは青い空のようなもので、どんなに手を伸ばしても決して届くことはなく、けれどいつも私を近くから遠くから見守ってくれる存在なのです。
届かないからこそ、求め憧れ慕う気持ちが強くなるのかもしれません。

ちょうど今日、レベル2のコースで「ブルーは欲しいものが持てない苦しみ」と、やったばかりです。
欲しいものが持てないのか、それとも持てないと分かっているから欲しがるのか。
電気の月1日・KIN215青い共振の鷲[9月20日(土)] 幸せの軸

「人にどう見られているか?人にどう評価されているか?・・・外に評価する軸を持つ限り、人はなかなか幸せになれない」

と、ある人は言ったそうですが、私もまさにそのとおりだと思います。

オーラソーマではボトルは自分で選びます。誰かに選んでもらうのではなく自分で選ぶことによって、外ではなく内にある軸とつながります。そしてオーラソーマは「自分の幸福に自分で責任を持てるように」サポートするものなのです。

自分の幸福の責任を外側に委ねるってとても不安です。だって自分以外のものは決して思うとおりにはできないから、いつ無くなるか分からないもん。いつ無くなるか分からない砂の城のような幸福ってそもそもあるのでしょうか?
しかし多くの人が自分の幸福に責任をとることをためらうのは、そうするということは同時にダメダメな自分にも責任をとらなきゃいけないからではないでしょうか。ダメダメな自分を認めるって難しいですね。
(なんか矛盾してるのは、自分に自信が無いというわりには、ダメダメな自分を本当の意味では認めてもいない人がけっこういるということです。まあ私もそういうときはありますので気持ちは分かります)
じゃあ、どういうのが自分の幸福に責任を持っている状態なのかというと・・・

12日の日記に書いた「欠点だらけの自分だけど受け入れて認めたい、私は私が大スキなのよ!キャー!」。

これなんです!これが「自分の幸福に責任を持っている」状態なんです。こう思えたとき、評価の軸が外ではなく内側にあります。そして自分に対してこう思えたときのなんともいえない幸福感や充足感・・・。

「じゃあどうすれば欠点だらけの自分を受け入れる気持ちになれるんですか?」ですとー?
頭では理解できてもなかなか心底からそうは思えないとき・・・・・だからそんなときのためのオーラソーマじゃないですか!?頭だけではなくもっと奥底にある魂で理解するためにボトルを使うんじゃないですか!?
そういう人には、「ごちょごちょ言わずにまずはボトル1本お使いなさい」と言いいますね、私なら(笑)。


引き続きウィーンフィルに恋してて、なんとなく夢見心地が続いています。

「今頃、コンバスのカーネルサンダース翁(そっくりな人がいた)はキディランドで孫のお土産を物色中。軽快なピッコロおじさんは六本木でしゃぶしゃぶ。トロンボーンのオタク青年は趣味のAV機器を見に秋葉原へ。そしてマエストロ・ムーティは銀座で豪遊か!?」
・・・などと、お下品な妄想は広がる一方です。止まらない〜。
月の月28日・KIN214白い律動の魔法使い[9月19日(金)] まだ昨日の続き

今日で月の月も終わりです。そういえばちょうど今日、今月ずっと続いていた案件がひとつ片付きました。

いまだ昨日のウィーンフィルの余韻覚めやらず。あの圧倒的な演奏が耳から離れません。音もオーラを放つのです。

例えばロックバンドはせいぜい多くても5,6人まででしょ。それに比べてオーケストラは50人はいます。それだけですでに相当な迫力があるのが想像つくでしょうか。その50人が、たったひとりのマエストロの持つタクトの先に意識を集中し、全員が同時に反応して、完璧なハーモニーとリズムを生み出す瞬間、そこに何があるのでしょうか。互いの呼吸を(文字通り)合わせて、全員でひとつのハーモニーを作り出す。
ひとりひとりのテクニックが素晴らしいのは、ソロパートを聞けば分かります。でもね、上手な人を集めれば良い音を生み出せるとは限らないですよね(野球の星野ジャパンとか)。彼らはオーケストラとしても素晴らしい音色を生み出すのです〜。オーケストラというものを知り尽くしている感じ、素晴らしい!

やっぱりさー、生きるためにはお金も必要だけど芸術も絶対必要!生きるだけで良いならお金があればいいけど、「人間」として生きるためにはそれだけじゃだめです。体に水が必要なように、人間の心にも水が必要なのです。芸術は心に潤いを与えて、人間らしく生きることを助けてくれます。

それにしても今回の「ウィーンフィル+ニーノ・ロータの映画音楽」というプログラムは、誰が考えたのでしょうか?

昔、ボストンフィルかどこかが、ジョン・ウイリアムスの「スターウォーズ」を演奏して話題になりました。オーケストラが映画音楽を演奏って。
でもあの時とは状況が違うとは思います。だって「山猫」なんて誰が知ってる?ニーノ・ロータだって映画好きな人なら知ってるでしょうが、一般的には誰も知らないよね。「ゴッドファーザー」のテーマや「太陽がいっぱい」のテーマを書いた人なんですよー。

つまり、集客が見込めるかどうかについてどう思ってたのかなーと、勘ぐるのです。今回の来日公演も、他の日はチャイコの5番のようなメジャーな演目がありましたが。

純粋にそれだけの自信作だったということでしょうか。そうだと思いたいですね。確かに「山猫」は、クラシックとか映画音楽(大衆音楽)などという垣根を越えて、純粋に音楽として素晴らしい完成度だと思いますもの。

今回、ムーティもニーノもヴィスコンティもイタリア人。特にマエストロ・ムーティは、この曲をもう何度も指揮しているそうです。ということは好きなんでしょう。ということは得意なのでしょう。それで、「日本の聴衆にぜひこの曲を」なんて思ってくれたのなら、こんなにうれしいことはありません。

昨日の演目はニーノ・ロータ以外はヴェルディ・プッチーニと、イタリア人づくしでした。山猫以外では、アンコールの「マノン・レスコー」が素晴らしかったです。うねるようにエロチックな曲線を描きながら盛り上がるストリングスがもう・・・(感涙)。

私がイタリア芸術が好きな理由は、苦しみも悲しみもすべてを人間として生きる喜びに昇華させてくれるところです。人間賛歌。まさにルネッサ〜ンス! ← あああ、急に安っぽくなってしまった・・・
月の月27日・KIN213赤い倍音の空歩く者[9月18日(木)] 恋焦がれる

今日は、超個人的な趣味の日記。

ずーっと前からチケットを取り楽しみにしていた、リカルド・ムーティ指揮・ウィーンフィルハーモニー管弦楽団のコンサートに行ってきました。なにが楽しみだったかというと・・・

私が大大大好きな映画監督ルキノ・ヴィスコンティの名作「山猫」のために、やはり大大大好きな(←シツコイ)作曲家ニーノ・ロータが作ったテーマソングを、世界最高の指揮者と最高峰のオーケストラが演奏するという、頬をつねってもあるはずのない夢のコラボが今日此処に実現したのですー。

「山猫」は19世紀のシチリアの貴族を主人公にした映画ということもあって、映画音楽と言ってもこの曲は完璧にクラシック音楽なのです。

私は、クラシックは様々な音楽のジャンルの中でも一番官能的だと思っているのですが、この曲は特に旋律が劇的でロマンチックなのです。更に、「山猫」には青年と令嬢の恋のエピソードもあるし、超個人的にイタリアとロシアは恋愛モードにさせられる国だからなのか、曲の第一音が始まったその瞬間に背筋がぞ〜っとして鳥肌が立って、恋に胸焦がれる女になってしまい(笑)、涙が止まりませんでした。
映画に出てきたシチリアの真っ青な空と乾いた黄色い大地の素晴らしい風景が目の前に現れて、演奏が終わるまで私はずーっとシチリアの貴族のご令嬢になっていて、身分違いの恋にもだえ苦しんでいたのでした(なんだー、笑)。
具体的に誰かの顔は思い浮かばないんだけど、演奏中は指揮者のムーティに恋してました。終わったら冷めたけどね(笑)。

自分でも可笑しいくらい恋しくて過呼吸になりそうでしたし、頭がヘンになりそうでした、なんなんだ。今、家でCDを聞いていてもそこまで盛り上がらないんですけどね〜。やはり、「生演奏」の力はすごいのです!

ウィーンフィル、やっぱりすごいよ!!!

素人でも時に人を感動させる演奏ができることはあります。逆に一流のプロだからといって毎回感動させられるとは限りません。
しかし、「超一流」のプロはやっぱり違うんだなーと、すごく思いました。

世界最高峰のオケの一員であるからには、決して手を抜かずにいつでも最高の演奏を聴かせようという、集中力や誇りと自信がバリバリ感じられました。しかし決して気張っているじゃなくて、彼らは演奏すること・この時間をとても楽しんでいる様でした。その余裕・・・ニクイネー!

いまだ興奮冷めやらず。やっぱり音楽はいいね!
月の月26日・KIN212黄色い自己存在の人[9月17日(水)] 幸せってなんだっけなんだっけ♪(by さんま)

最近つくづく思うこと。

かの方も言っていることですが、私達が生きる目的は「幸せになること」です。なんとシンプルな!
オーラソーマを学ぶのも、結婚したり離婚したり学校へ行ったり働いたりするのも、つきつめれば「幸せになる」ため。だとすれば私は目的を果たしていることになるのかな〜。

だってこの数年、私は本当に自分は幸せ者だと思っているんです。日々の中ではもちろん落ち込んだり自分や他人を責めたりいろいろあるわけですが、奥底の方ではすごく幸福を噛みしめている自分がいます。

そして、自分が心底幸福を感じられるようになって初めて、他人の幸福にも本当の意味で目を向けられるようになりました。それまでだって多少はね、他人の幸福を願う気持ちがなかったわけじゃありませんが(笑)、上辺や依存の裏返し的な気持ちではなく心底願うようになれたのです。
つまりそれだけ自分の中が満たされたということなんですよね。

じゃあ、自分にとっての幸せってなんだろうね?

その答えは自分の内側に必ずありますから、内側に目を向けてみましょう、外側ではなくね。でもなにも気張る必要はありませんよ(笑)。
月の月24日・KIN210白い月の犬[9月15日(祝)] コースの余韻

今日でレベル3コースが終わりました。

コースは毎回毎回感動があるものですが、レベル3はまた格別なものがあると感じます。
ホップ(レベル1)ステップ(レベル2)ジャンプ(レベル3)の「ジャンプ」にあたるコースだし、レベル1→2と学び進めてきてくれた生徒さんが、ここからいよいよ大海原に向けて新たな航海をスタートするんだなと感じるからです。
「安全で楽しい航海ができるための準備は整ったから、好きなだけ好きなところを旅してくればいいサ。ボンボヤージ!いってらっしゃーい」と、見送るような気分です(笑)。

あー、しかし感動と同時に反省も毎回毎回たくさん出てくるものです。今回も例外ではありませんでした。
書き出すときりがなくなりそうなのでここに書くのはやめます。あとでダイアリーに書こう(たっぷりと、苦)。

ということで、今日はもう寝よう。

あ!そうだ。「やりすぎコージー」のサイトの「フタ無しポップコーン選手権」の動画をよかったら見てみてください。もう最高です!
私はこれを見てしまったおかげで、夕べ夜中にお腹がよじれるほど笑いころげていました。寝ていただんなさんを起こしてまで見せてしまいました。今日のコース中も思い出してはひとりニヤけてしまいました、すみません。
月の月23日・KIN209赤い磁気の月[9月14日(日)]

今日は中秋の名月。夜、車で出かけたのですが、あちこちでお祭り風景を見かけました。秋ですね〜。


今日のコース中に、癒しとは何だろう?みたいなことをみんなでディスカッションしていました。

コース中やセッション中に「それ」が起きるのを、うれしいことに私はもう何度も体験しています。
それが起きるとき、その方が本当に光り輝き始めるのです!表情や顔色が変わるとかだけのことじゃないの。オーラというかなんというか、存在そのものが輝くのです。それは、うれしいとか悲しいとかのあらゆる感情を越えた(もしくは含めた)その方の奥の方で起こるようで、言葉では言いがたい感動の瞬間なのです。
それはその方が「本当の自分(魂の自分)」と出会うときに起こることかなと、私は感じています。

私はプラクティショナー・ティーチャーとして、できるだけその出会いをサポートしたいと切に願っていますし努力もしているつもりです。しかし残念ながら今のところは毎回出来ているとは言えません。

出会いをサポートするために自分に出来ることにはいろんなやり方があるでしょう。カウンセリングのスキルを磨くのも良いでしょうし、経験を積むのも大切でしょう。しかし実際にそれが起きるたびに思うのですが、それはテクニックや経験を大きく超えた・何かそれ以上のところで起きているとしか思えないのです。
その場所やそこにいる他の人々・その方やその方の過去や現在や未来・・・そういったものがすべてピターッと重なったとき、それは起こるみたいなのです。その「重ねる」ことは、私が意図的にできることではありません。「努力すればいつか出来る」ようなこととは違うと思うのです。

そんなとき私は、ひとりの人間を大きく越えた「大いなる存在」の力を感じずにはいられません。そして大いなる存在に対する畏敬の念を感じるんですよね。

「いつもサポートしてくれてありがとうございます、心から感謝しております」
月の月22日・KIN208黄色い宇宙の星[9月13日(土)] 知恵袋

今日は珍しくお役に立ちそうな情報をひとつ書きたいと思います。

カーペットや洋服にキャンドルの蝋をこぼしてしまったとき、超簡単に取る方法があります。

実は夕べそういうことがありました。サロンのカーペットに蝋がべったり貼りついてしまって、ガチガチに固まっていました。かなり染み込んだ状態で固まっていたので、爪でカリカリやっても汚れ落としの液剤でガシガシこすってもびくともしません。一瞬落ちたーと思っても、カーペットが乾くと蝋が浮かび上がり全然落ちてないことがわかるのです(涙)。
結局汚れは落ちず、「どうしたものかなー」と思案しながら、帰宅した後で「あっ」と思い出したのです!

随分前のことですが、コース中にやはり蝋をカーペットにこぼしてしまったことがありました。そのときひとりの生徒さんが「アイロンをかければ一発で綺麗に落ちる」と言ってくれました。
その生徒さんはイギリス生活が長かった人で、あちらでは蝋を布にこぼしたらみんなそうやって汚れを落としていたそうです。多分イギリスは日本よりもキャンドルを使う率が高いから、ということはこぼす率も高いので、みんなそのやり方を知ってたそうナ。生活の知恵やな〜。

その時はサロンにアイロンがなかったので試さなかったのですが、今回は目立つ場所の汚れでもあったので、今朝アイロンを自宅から持ち込んでさっそく試してみました。

カーペットとアイロンの間に布を1枚はさんで、しばし「ジュー」とアイロンを押し付けている間のドキドキ(笑)。「どうなのかしら?ちゃんと取れるのかしら?」。
結果は・・・間にはさんだ布に蝋が染み込んで、カーペットの蝋は見事に綺麗に取れましたー。すごいよーこれ、あんなにガリガリやっても全然落ちなかったのに、これなら完璧!ですよー。

もしそんなことが発生したらぜひお試しあれ(もしかしてすでにご存知でしょうか)。
月の月21日・KIN207青い水晶の手[9月12日(金)] その調子だ、キャー!

ある生徒さんからのメールに書いてあったこと。

「いい人ぶって、心にも無いことを無理してやっていたらバカをみてしまい・・・嫌だと感じることは誤魔化さないで対処しようと強く思いました。欠点だらけの自分だけど受け入れて認めたい、私は私が大スキなのよ!と、心の中で叫びました。キャー!」


私はこれを読みながら大笑いしてしまいました、特に最後の「キャー!」のところ(笑)。なんだかとても良い気分になれるメールでした。
・・・じゃあ、私も宣言しちゃいましょうかー。

「欠点だらけの香緒里だけど受け入れて認めたい、私は私が大スキなのよ!キャー!」

あーーー、気持ちよかーーー。みなさんも宣言してみませんか?

オーラソーマを学ぶことを通して(別のことだってなんだって良いんだけど)、少しでもこんな気持ちになってもらえたら、すごくうれしいっす。そのためのオーラソーマだもん。

いいぞぉ、その調子だぞぉ。それが「オーラソーマを学んでる」ってことです。
月の月20日・KIN206白いスペクトルの世界の橋渡し[9月11日(木)] 慣れない事をすると・・・

おとといの日記に「クレジットカードの磁気が壊れた」と書きましたが、結局カード自体を新たに作り直すしかないということで(ウソー)、今どの会社のカードで作ろうか思案中です。
カードはしょっちゅう使うので早急に作らねば!ということで、この2日ネットの画面に張り付いて調べているので非常によろしくないです(苦)。一番よろしくないのは、カード会社によっての特典が細か過ぎることです。様々なサービスを比較していたら目が回ってきて精神的にもイライラが募り・・・もーやだー。

私、いつもすごく疑問に思うことがあるんです。例えば今使っているクレジットカードも、

・全国の加盟店で使えばポイントがたまる・・・とか
・ポイントが溜まるとあんなことやこんなことに使える・・・とか
・更にキャンペーン中はポイント倍増・・・とか

様々な特典があるのですが、一体みんなはそれをどのくらい活用しているんだろうか?ちなみに私は全く活用していないので。
だって「全国何千店」とか言ったって、どこが加盟店なのかなんて覚えられないしなぁ。いつがキャンペーン期間かなんてのも、覚えてなきゃいけないのがすでに面倒です。

しかもそういうキャンペーンとかのお知らせが、クレジットカード会社からだけじゃなくてレンタルビデオ屋からも来るし、近所のスーパーや美容室や電気屋やパン屋さんや、10年前に一度だけ利用したステーキ屋からも来るし。結局は使わないポイントカードが溢れちゃう。

余計なカードを持ち歩くのが嫌だから、私なんかパン屋さんのポイントをもうどれだけ損していることか。
「ポイントカード忘れました」「じゃあレシートに判を押しておきますから次回お持ちいただければそこでポイントおつけしますんで」と言われて、次回また忘れるわけです。あー面倒くさい。
だってお店って、予定しないでふいに行ったりするでしょ。そういうふいうちに対応するためには、常時持ち歩かなきゃいけないワケ!?やだよ、そんなの。

あとさー、こういうのも嫌。例えばよく行くスーパーのレジでの会話。
「ポイントカードお持ちですか?」「いいえ」「お作りしますか?」「いいえ」。
気の弱い私にとっては、なんであれ「断る」行為には多少の申し分けなさを伴ってしまうのです。でもそんなことにエネルギー使いたくないのですよ、できれば。
レジの後ろに告知ポスターでも貼っておけばいいじゃんって思います。そうすればカードを作りたい人は作るでしょ。なんで毎回同じ事を聞かれ、そのたびに断らなければいけないのか・・・。

きっともっとそういうものを賢く使えば、いろいろオトクなことがあるんだとは思うのです。
でも私は違うみたいです、かえって疲れちゃうみたい。だから、そういう賢さはそんなになくてもいいや。どちらかというと私は、自分に必要なものと必要じゃないものをちゃんと見分けられるような賢さがあれば、それでいいっす。

よし、クレジットカードをどこのにするか決めました!最初に良さそうと思ったとこのにしま〜す。
月の月19日・KIN205赤い惑星の蛇[9月10日(水)] 秋の気配

東京も涼しくなりました。
昨日今日とお月さまがあまりにも綺麗で、こんなに綺麗な月は久しぶりだな〜と、しばし見とれています。

レンタルスペースの方が入っている間に自分のセッションがないときは、待機する時間です。その間に普段できない細かい仕事をしていることがほとんどですが、私にとっては貴重なひとりの時間でもあります。
今日の夜もレンタルスペース待機中に、先延ばしにしていた仕事を片付ける予定だったのですが、窓の外からの風があまりにも気持ちよくてしばし瞑想に耽ってしまいました(結局仕事しなかった)。

寒からず暑からずの風が室内に吹き込み、外では蟋蟀の声が鳴り止みません。電気が嫌いなのですべての明かりも消してキャンドルだけ灯しました。
ゴールデンスレッドの旅で次に使うヒラリオンのボトルを手に持って瞑想にはいると、何故かお腹のあたりにボトルを近づけたくなって、スターのあたりにボトルを置きました。その途端ぽわ〜っとお腹に暖かさが広がりました。そしてふいに感じました。

「みんな同じなんだ」

ちょっと複雑な思いを持っているある人の顔が浮かびました。その人の心にぽっかり空いた穴・私はそこから漏れている痛みの涙を手の平で受け止めている感じです。何故かというと、その人の痛みは私の痛みだからです。それを半分受け止めることで(全部じゃないってトコが私らしいというか、笑)、痛みを分かち合っているのです。
私も心が痛くて泣いているのですが、それは決して単なる苦しいものではないのです。「それでも私たち、一緒に生きていきましょう」なんて声をかけています(瞑想の中でね)。体の痛みは代わってあげることはできないけど、心の痛みは分かち合うことができます。

「これが「慈悲」なのか〜」なんて思いながら、その感情を味わっていました。そして本当に涙が溢れてきました。

私もその人も他の全ての人も、より大きな存在の元で等しく守られながら生きている。苦しみであれ喜びであれそれは移りゆくもので、自分はただそこに存在しているということ。

なんか・・・秋ね〜。
月の月18日・KIN204黄色い太陽の種[9月9日(火)] 管理癖

銀行へ行ったらカードの磁気が壊れていて使えなかったんです。おかげで手続きが面倒なことになってしまいました。もうそれだけでイライラしちゃって(苦笑)。

つくづく自分は「管理」する人間なんだなと思います。

私は無意識のうちに、物事や自分を管理しているようです。「こうすればこうなる(はずだ)」。でも現実は多くの場合想定外のことが起こります。なので私はいつも少しずつイライラしているのです。「こうなるはずなのに、なんでならないんだ」って。

こういう風に感じるということはそもそも、物事が実際に起きる前にいろいろなことを想像しているとうことです。これも無意識のうちにしてるんですよね。無意識のうちにいろんなことを想像してしまうのです。
最初から想像していなければ、起きたことをそのまま受け入れられるのかもしれません。でも想像しちゃうから、現実とのギャップにいつもイライラしてしまう・・・。
「今頃銀行振り込みは全部終わってるはずなのに、なんでひとつも終わっていないんだ!」って。やはり私は受容的な人間じゃないのかな〜。

これが、オーラソーマのコース中は全然違うんですよ。
コースではそれこそ何が起きるか分からないし、生徒さんに起きたことに同調していきたいと思うので、あらかじめ何かを想定はしません(偏見を持たないようにするという感じでしょうか)。全くイライラせずに臨機応変にその場で対応していきます。
ならば、やっぱり少しは受容的でもあるのかな?

いやいや、やっぱり違うと思うのよ。
「コース中は管理しない」と予め決めるからそれができるのであって、それが自然な自分ではないのです。つまり「コース中は管理しない」自分を、やはり管理しているのです。

とはいっても、自分が何かに管理されるのは大嫌いです(ホント自己中で・・・苦)。「おまえは俺のものだ」なんてもし男の人に言われたら、ブン殴りたくなりますモン。幸い言われたことはありませんが。
いいのかな〜こんなんで。
月の月17日・KIN203青い銀河の夜[9月8日(月)] スレッドの旅は続く

(13の月の暦的な)年明けから始めたゴールデンスレッドの旅の途中。2本目のボトルが今日あたりで使い終わります。ケテルの100番からスタートし、今はコクマーに降りる「愚者」のパス(道)のボトルである0番と22番を同時に使っていました。

なんか面白かったです。やはりこれはスフィアじゃなくてパスのボトルなんだなーと思いました。

0と22を使っていたこの3週間、意識の奥深くでは暗〜い道を延々と歩いている感じでした。暗いから道は見えてないんだけど、でもそこは確かに道なのです。暗くて怖いとかは全然なくて、むしろワクワク探検しているような気分で歩いていました。なんとなく「産道」ってこんなかんじなのかなーと思いながら。

確かに愚者のパスは旅が始まる前をあらわしているのかもしれません(数字も「0」だし)。そう考えれば産道に思えたのも納得です。私が生まれる前の意識になっていたのかもしれません。

あーでも今思ったけど、やっぱりちょっと違うかなー。「産道」じゃなくて「肉体に宿る前」の方が近いな。
つまり、母のお腹からおぎゃーと生まれる前じゃなくて、母の子宮の中で私の最初の細胞が誕生する前ということです。おそらくそれは、私の誕生日の十月十日ほど前のことです。そのとき私はどんな気持ちで・どんな状態で母のお腹に宿ったのかを追体験していたみたいな感じがします。
すごーいすごーいすごーい。面白ーい。

あーその方がしっくりくる。今分かった。
そこまで遡って生まれなおしをしてる気分です。フィルムを巻き戻して見直している感じというか・・・あーだからリターンの22番は「再誕生」なのか!わーすごーい。

あーそうなると、その前に100番を使っていた意図も分かってきました!でもなんなのかはナイショ。あとでコズミックダイアリーにガツガツ書き込みましょう。

やっぱりオーラソーマってすごい、すご過ぎる!こんなに深い気づきをこんなにシンプルに教えてくれる、なんて優れものなんダ。

※今日の日記はレベル3を受けてない人には分からない内容でした、スミマセン。
月の月16日・KIN202白い共振の風[9月7日(日)] 音つながり

私、左耳がほとんど聞こえないんですよねー。

言われなきゃ誰も気がつかないだろうというくらい日常生活に支障はないのですが、左側から話しかけられると聞こえないので、聞き返しや聞き間違いが人より多いとは思います。聞こえないときはカンで返答するのですが、時々とんちんかんなことを言ってしまうのがたまに傷ですかね(カンが良い方じゃないからサ)。(友人)「ねぇ、次の休みいつ?」(私)「へぇ、そうなんだ」みたいな(笑)。
でも自分で言うのもなんですが、音には敏感な方だとも思います。耳は悪いけど、音色(音の色とはよく言ったものですね!)を聴く能力はあるほうかな〜と。小さいときから音楽が好きで音楽が身近にあったせいかな?

なぜこんなことを書くかというと、この数日「音」シンクロが続いているからです。

最初は4,5日前のことでしょうか。お風呂から上がったら突然右耳の聞こえが悪くなっていたんです。耳に水が入ったような感じで、その後まる1日内側で「ぼわ〜」という音が鳴り止みませんでした。やはり右が聞こえないことにはものすごい恐怖を感じます。右が悪いということは、私にとっては全部が聞こえないということなので。
ロイヤルブルーポマンダーを使ってみたけどあまり変わらず。でもそれは1日くらいで自然に収まりました。何だったんだろう?

その後2,3日前に、映画「地球交響曲(ガイヤシンフォニー)第6番」を見ました(「地球交響曲」についてはこちら)。
たまたま今回のテーマは「音」で、3人の音に関わる仕事をしている人が紹介されていました。そのうちのひとり・ピアニストのケリー・ヨストの音楽が素晴らしくて、この2日間彼女のCDしか聴いていません。
彼女のピアノは、とても気品に満ちていて謙虚です。環境保護活動家でもある彼女は、自然に対する感謝の気持ちを「祈り」として捧げているのが自分の音楽だと言っていました。

そしたら昨日今日と別の人たちから、いずれも音のセラピーに関する情報が集まりました。音叉を使わせてもらって、気持ちよくて酔っ払ってしまいそうでした〜。

・・・なんでこんなに音づいてるんだ!?
月の月15日・KIN201赤い律動の竜[9月6日(土)] ブルーイエロー

昨日くらいから妙な胸騒ぎがあったんです。うーん、昨日じゃなくておとといくらいからかな?定期的に訪れる発作っぽい感覚。インカネーショナルスターがぐらぐら揺れるような感覚です。
なので、今日久しぶりにボトル選びをしてみました。そしたらやっぱり2本目に42番のイエローがきました。

今日の順番は、9(いつもの)→42(スターが揺れてるときに良く選ぶことが分かってきました)→2(これは普段選ばないボトルですねー)→62(これは定番)。

数字で見ると面白いことに、42(=6)と2で62と見ることもできます。つまり2本目+3本目=4本目ということです。
更に色で見ても、2本目(イエロー)+3本目(ブルー)=4本目(ターコイズ)なんですよねー。
更に更に4本目の62を6+2=8としてみると、8番はイエロー/ブルーで、これまた2本目+3本目の色と全く同じです。
つまり。今チャrンジしていることが未来の自分にそのまま繋がるということです。

オーラソーマって本当に面白いですね。ボトルは直感的に選んでいるだけなのに、こうして次々に必然が見えてきます。すべてのボトルは選ぶべくして選ぶんですね。

2本目のイエローのボトルを見ていると、ちょっとした反抗期の子供というか怒りの感情が沸いてきました。苛立ちといったほうが近いかな。
「大きな意志(ブルー)に小さな意志(イエロー)を手放す」とは、まさに今日のコースで自分が話していたことじゃない!イエローを見ていて感じる苛立ちは、(分かっているんだけど)手放されることに対する小さな意志の抵抗なのかなと感じました。

でもね、私の中のイエロー(小さな意志)よ。手放すと言っても、おまえは決してポイ捨てされるわけじゃないのよ。おまえのしていることを否定しているわけじゃないのよ。だから心配しないで。
おまえあっての私。だからこれからも此処にいてください。私は人間であってカミサマじゃないのです。私は私の責任において、これからも「私」を生きてゆくのです。それにはおまえがいなければ始まらないのです。

ブルーの大いなる保護の下で、イエローな私は自由に遊んでいきましょう。私のイメージでは、ブルーが親でイエローは親友みたいな関係かな。それがターコイズの個性化だと思うのです。
月の月14日・KIN200黄色い倍音の太陽[9月5日(金)] 自然って素晴らしい!←皮肉

今日っきゃないっ!ということで、久しぶりに行ってきました、産土神社へ。しかし・・・・・・・。

前にも書いたけど私の産土神社は、九十九里に近い田舎の裏山の竹薮の中の獣道を登ったところにあります。
最初に行ったのは今年の2月でした。全く手入れされていない道ならぬ道を登らないとそこには行けなくて、如何にそこに普段人が行かないかが良く分かりましたし、打ち捨てられたようなさびれた様子がかえって汚れていない感じでそれはそれはもう素晴らしい波動の場所でした。
次に行ったのは確か春頃で、竹薮から青い竹がスクスクと伸びていたのが印象的でした。
そして今日。

ある程度ソレを覚悟していたので、肌が出ないような長スボンと運動靴・カーディガンも持って行きました。
しかし山道に足を踏み入れた瞬間!足下の草の中からおびただしい数のやぶ蚊がもわ〜〜っと湧き出てきて(恐いー)、さらに足下に注意がいった一瞬の隙をついてでっかい蜘蛛の巣にひっかかってしまい、思わず「ひょえ〜」と叫びながら戻ってきてしまいました。肝試しじゃないんだから。
「こ、このままじゃ産土様までたどり着けない・・・。ど、どうしよう」と悩みましたが、こういうときこそチャレンジ精神が出てしまう私なので、行かないなんていう選択肢はありませんでした。
(暑かったけど)カーディガンを着て、万が一のために用意してきたスカーフをほっかむりにし、蜘蛛の巣を払うためにその辺に落ちてた棒切れを拾い、いざ出陣。
道の途中あまりの蜘蛛の巣の量に驚き、棒切れを闇雲にブンブン振り回しわーだのきゃーだのひとりで叫びながら、普段5分の道のりを15分くらいかけてなんとか産土神社までたどり着きました。蜘蛛の巣って光に当たると虹色に輝くんですね、初めて知りました(涙)。

神社に着くといつもは、瞑想したりポマンダーやクイントエッセンスを使って、1時間くらいゆっくり過ごします。今日もそのつもりだったのですが・・・。
立ち止まった瞬間に蚊がものすごい勢いで吸い付いてくるので、じっとしていられないのです。なので、お参りもジョギングしながら(涙)。歩くくらいの動きじゃ蚊をよけきれない!ので、走るしかなかったのよー。蚊よけに夢中で、何をお参りしたんだか今となってはさっぱり覚えてません。
ポマンダーやアークエンジェロイエッセンスの動きもすばやいのなんの。普段のゆっくりした動きじゃ蚊に勝てないのです〜、奴目らが〜(怒)。
イメージ的にはポマンダーというよりラジオ体操ですね、それも第1じゃなくて第2。だって第2の方がイントロがアップテンポで動きが早い感じだもん。自分でやりながら笑ってしまいました。
こういうときはホワイトポマンダーが良くてすぐ使ったのですが、それでもさすがにダメでした。

昔TVCMで、蚊がたくさん入った箱に手を入れる気持ち悪〜いCMがありましたよね、虫除けスプレーかなんかの。大袈裟じゃなくその箱の中にいるような状態で、耐え切れずに5分で退散しました。スボンのわずかな足首のすきまとかカーディガンの上からもたくさん刺されちゃった。

私の産土さまには夏はもう絶対行かねぇ。


普段から環境問題に関心があり、日本の里山の自然を保とうなんて考えている私ですが、充分保ててるじゃん。今日は産土参りじゃなくて、里山の生態系の実施調査だったのです(涙)。
月の月12日・KIN198白い電気の鏡[9月3日(水)] 次へ進むタイミング

オーラソーマの生徒さんから時々質問されることのひとつは、「どのタイミングで次のレベルを受けるのが良いんですか?」というもの。

規則としては、最低3ヶ月を開けさえすればあとはいつでも受けられます。
たしかに私も、例えばレベル1を終えた翌週からレベル2を受けるのには賛成できません。なのでその規則があって良かったと思います。
コースで学ぶことはそもそもコース中にすべて理解・吸収できるものではなく、それは例えば食べ物を口に入れてゴクンと飲み込むところまでがコースの中でやれることだと思うので、その後消化・吸収するには誰でも時間が必要です。そのための3ヶ月なのです。ちゃんと飲み込んで消化吸収してないうちに次の食べ物を口に入れても、かえって体に良くないでしょ。食べりゃいいってもんじゃない。

しかし開け過ぎもどうかなーとも思います、個人的にはね。もしいつか次のレベルにも進みたいと思っているならば尚更。

オーラソーマの学びは、レベル1→2→3のステップの中にひとつの大きな流れがあります。3つでひとつの物語・・・みたいなところがあるのよね。そういえば、スターウォーズもマトリックスも20世紀少年も3部作だナ(笑)。
なので前にやったことや前のコースで感じた余韻を忘れないうちに次の流れに入った方が、より深く・分かりやすく学べるのかもしれません。間延びしない方が良いというか。
実際、次のレベルを学ぶことで初めて前のコースで学んだことがなんだったのかが見えてくる・・・というのはすごくあると思うし、次のレベルを学ぶことは単にそのレベルの内容を学ぶだけでなく、それ自体が前のレベルをより深く理解するという意味で前のコースの復習でもあるんですよね。

そう考えると、ただ受ければ良いとも思わないで欲しいけど、慎重になり過ぎないで欲しいとも思いますね。そもそも「完全な理解」というのがないものを学んでいるんだから、「まだ自分は前のコースで学んだことを理解できてない」なんて言ってたら、いつまでも次にいけなさそうダ(笑)。

コースの6日間って合宿みたいなイメージがあるんですよ、私の中で(笑)。
毎日の練習ももちろんすごく大事だけど、それだけではできないところを、合宿することでぐーんと前進させてくれます。私自身、学生時代吹奏楽部にいた経験で、上達のために合宿をすることの占めるポイントの高さはよーく分かっているつもり。

年に一度のコンクールの半年くらい前から曲も決めるし、あとはひたすらその曲を繰り返し練習するわけです。私たちのクラブは真剣に上位進出を目標としていたので毎日、朝練・昼練・放課後練と練習に明け暮れていました。
それでもコンクールの直前には1週間の合宿をはり、そこでは本当に起きてから寝る直前まで練習ばかり。テレビもないから本当に練習に集中するのです。でもそれで急激に力をつけられるんですよね。合宿に行く前と後では明らかに自分の実力が違うんです。それまでできなかったことが、すいっとできるようになってたりします。

そんな感じなのかな、私の経験から言えることは。
物理的な事情などはもちろんそれぞれあるでしょうが、でも一番大事なのはいつだって自分の感覚ですよ〜。
月の月11日・KIN197赤い月の地球[9月2日(火)] 「ソレ」

ここ最近、コースを終えた生徒さんから同じような感想を聞きます。
「自分は何も変わっていない。でも何かが大きく変わったとも思う。過去の特定の出来事についての感情が癒されたわけでは特別ないけれど、とにかく今とても感動していて、世界が輝き全てに感謝したい気持ちがわいている。これが魂レベルでの癒しということなのかなーと思います」。

ああ、そうそう、それなのよ〜。

何か自分の中の一番大事なところが癒されるときって、そんな感じだと思うのです。
仕事が変わるでもなく、性格が変わるでもなく、人間関係が変わるでもなく(変わるかもしれないけどね)、でも何かが確実に前とは変わっている・・・。一番強力な癒しとは、自分の外側で起きていることとは全く無関係に起こり得るものなのです。

かくいう私も、今仕事のスケジュールが二転三転して人にも迷惑をかけてしまうしでストレスが溜まるし、なにか動きが鈍い感じがしているのですが、それとはまったく無関係にどこかがものすごい勢いで癒されているのを強く感じています。
生徒さんからの上記のような感想を聞くとき・ソフトボールが金メダルを取ったとき・仕事帰りに夜道を歩いているとき・コンサルをしているとき・・・あらゆる瞬間に「ソレ」を感じるのです。

ソレは私の中にもあるし外にもあるし、そもそも「どこ」とか言うレベルではない感じがします。世界が「ソレ」なんです。「ソレ」が世界。

100番から始まった私のゴールデンスレッドの旅は、今0番と22番まで来ています。その2本のボトルはタロットでは「愚者」に対応します。私たちの中に潜在的にあるあらゆる可能性と、そこに目覚めた意識を持って生きるということ。現実で起きているトラブルに目をつぶるのではなくむしろその逆で、でもそのトラブルに対しての心の動揺に全く影響されない私の中のソレを発見したのかもしれません。それは「私の」というより「私たちの」という感覚で自分の中に持っているものです。だから今、日常の瞬間瞬間にソレを感じているのかもしれません。

なんだろう、この感覚。腹の底で魂を揺さぶられるような感動の感覚。なんかこの感じってオレンジっぽいなぁ。

特に変化はないけど、なんだかとても幸せ」。これも最近生徒さんからよく聞く言葉です。
ダライラマは言ってました。「全ての人の目的は、幸せに生きることです」。そしてオーラソ−マは「自分の幸福に責任を取ることを助けてくれるもの」なのです。
オーラソーマを数秘に直すと26番のオレンジのボトルになります。

オレンジの「(意識的・現実的なレベルよりもっと深い)内側で起きる癒しと、幸福な自分を生きる責任を引き受ける、つまり真の自立を助けるのが、オーラソーマの役割なのかも知れません。
月の月10日・KIN196黄色い磁気の戦士[9月1日(月)] 今ある状態の中でベストを尽くす

福田総理大臣が辞任表明をしたそうです。さっき知ったばかりで詳細は分からないんだけど。安倍さんから1年、またかーと思いますね。

私は政治にあんまり興味がないし詳しくもないから、メディアを通して感じるだけのことを言いますが、福田総理の総理としての能力の問題以上に、総理の周りに協力者がいなかった(少なかった)のかなと思うのです。
「笛吹けど踊らず」状態で、自分が孤軍奮闘で頑張っても誰も協力してくれないのはものすごく辛いだろうし、やる気も失せるだろうなぁ。

悪いことをするのは当然罪だけど、誰かが悪いことをしているのを知っていながら放っておくのもナントカ罪(←分からない、苦)という罪なんですよ。
「アイツはだめだから協力しない」じゃなくて、もしダメならダメじゃなくなるように周囲で協力する方が建設的だと思うのです。だってだめだろうがだめじゃなかろうが、福田さんが総理大臣になったんだから、その中でまずは最大限に努力することが大事じゃないかな〜!?

北京オリンピックで野球が負けたとき、「審判が日本と違う」とか「ストライクゾーンが日本と違う」とか「マウンドの高さが違う」とか「食事が違う」とか「ロジンバックが違う」とか・・・いろいろ負けた理由を言っていたそうです。そんな中で、国際大会で負けたことがないという巨人の上原投手のコメントが面白かったです。

「出されたものを食べ、投げろといわれたマウンドで投げ、使えといわれたロジンを使えばいいやん」

なんかものすごく力強いお言葉。そして至極全うなことを言っているように聞こえました。