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月の月9日・KIN195青い宇宙の鷲[8月31日(日)] 「まあいいか」はなしよ

先日ある人から、「そういうことはあまりして欲しくないな〜」と思うことをされてしまいました。されたこと自体は些細なことで、おそらく相手もそんなことをしたことすら覚えていないと思います。

その後もう一度その人に会う機会があったので、「ああいうことはあまりしないでください」と、本人に直接言おうと思っていたんだけど、なかなか面と向かってそういうことを言うのは勇気がいることや、時間が経って気持ちが少しおさまっていたこともあって、結局なにも言わずに終わりました。「まあいいか」と。

そしたら・・・あれから数週間たったのに、いまだに1日2回くらいその人のことを思い出してしまう自分がいます。思い出しては苛立ちを覚え、「なんであの人はあんなことをするのかしら!?プンプン」と、怒りの感情がいまだ消えないのです。

出来事自体は本当に些細なことだったんです。そのときの自分の不快感も些細なものだったし(些細だと思い込んでいただけかもしれませんが)、相手に苦情を言って話がややこしくなってしまうようなことになるのも嫌だったし、このままやり過ごせば自然に気持ちも治まると思ってしまったのです。でもそうでもないらしい(苦)。

そう考えるとやはり、その都度きちんと自分の感情と向き合わないといけないなーと思いました。

「不快感を持った」という自分の感情を雑に処理しようとするのではなく、丁寧に見てあげること。些細か些細じゃないかは関係なくて、「自分を大切にする」とはそういうことなんだよね、きっと。

やっぱり私にはマゼンタが必要なのかも。
月の月8日・KIN194白い水晶の魔法使い[8月30日(土)] セミナー初日を終えて

今日はオーラソーマ&13の月の暦セミナーを開催しました。

日頃、オーラソーマと13の月の暦の両方を日々の生活に取り入れて癒されたり気づきを得たりと楽しんでいる私ですが、そこで自分が理解してきたものをセミナーという形でお金をいただいて人にシェアするのは初の試みです。

当然のことですが初めて開催するセミナーの場合は、その前に1日の段取りやスケジューリング・内容などを考えて組み立てて、何度も頭の中でシミュレーションして、その都度訂正してまたシミュレーションして・・・と、準備をしてから臨みます。

しかし、(毎度のことといえばそうなのですが)やっぱり最初に開くコースは、予定通りに進まないものです。
もし時間が余っちゃったらやろうと用意するワーク・もし時間が足りなくなったらはぶいてもよいとしているワーク。その場の状況で臨機応変に対応できるように前もっていろいろ用意しておくのですが、今日の場合は予定していたものを全部できませんでした。

あとはやはり緊張していたので、言おうと思っていたことをすっぽり飛ばしちゃったり、段取りが悪かったり、逆に間延びしちゃったり・・・。なによりも参加してくれた方たちにどの程度の満足があったか。緊張のせいで余裕がなくて、オーラソーマのコースに比べると参加者の方への配慮ができていなかったことが一番の後悔です(オーラソーマのコースだっていつもちゃんとできないのにぃ)。

いつもそうといえばそうですが、初めてのセミナーやコースを開催した後は、喜びや達成感よりも、反省の方が断然多くなります。いまもアレコレ思い出してややヘコみ中です。

同じセミナーを明日も開催します。ヘコんでいようがいまいが明日はやってくる。時は待ってはくれないゾ。
なので、今からもう一度シミュレーションしなおしするぞーーーということで、今日はもうおやすみなさいませ。「やりすぎコージー」が始まるまでに、もう一度明日の予習をしておくのダ(コージーははずせない〜)。
月の月7日・KIN193赤いスペクトルの空歩く者[8月29日(金)] ありがとう

先日、ネットからある本を購入したのですがそれがとても良い本で、感動した私の気持ちを伝えたくて本の編集をしている人(知り合い)にメールしました。
そしたらその人もとても喜んでくれました。「出版して良かった」って。

で、今日突然その人から宅急便が届き、「なにか頼んだ覚えはないのになんだろう?」と中を開けてみたら、先日購入した本のシリーズになっているCDが入っていました。同封のお手紙(「お」をつけたくなる感じの丁寧な手書きの手紙でした)を読むと、私が送ったメールに対してのお礼だということでした。

じぃ〜〜〜ん・・・・・・・・・・と、しばし感動。うれしくて(CDをタダでもらえたことじゃないよ。その人の気持ちが、です)。

私は別に見返りが欲しくてメールしたんじゃないわけです。ただ感謝の気持ちを相手に伝えたかっただけです。
そして相手の方もきっと私がメールしたことに感謝してくれたのでしょう。今の私のようにじぃ〜んときたのかもしれません(笑)。もちろん私には、彼をじぃ〜んとさせようという意図的なものはありませんでした(笑)。

なんかこういうの、いいなぁ。

私はなかなか素直に感謝の気持ちを伝えられないところがあります。感謝すればするほど「ありがとう」の代わりに「バーカ」とか言っちゃうのよね。ツンデレなのれすぅ。

ま、そういうのも好きなんだけど、やっぱりちゃんと表現することは大切ですね。こんなことでこんなに幸せな気持ちになれるなら、幸せってお手軽だなー。
月の月6日・KIN192黄色い惑星の人[8月28日(木)] リアルな体験

今朝、過呼吸で苦しくて目が覚めました・・・と言っても夢の中での話で、実際にそうなったわけではありません。

夢の中で私は普通に道を歩いていて、なにか難しいことを考えながら歩いていたらだんだん苦しくなってきて、突然過呼吸の発作が起きてパニック状態になり、はっと目が覚めたのでした。あー、夢でよかった。

普通呼吸って、吸って吐いて吸って吐いての繰り返しを、意識してなくても自然におこなっていますよね。でも過呼吸になったときは吸って吸って吸ってで、頭では分かっているのに息を吐けなくなってしまいました。息の吐き方を忘れてしまったかのように、とにかくできないんです。吐けなくて苦しいことでパニックになり、余計に吐けなくなるかんじ。「どうしよう、死んじゃう!」と冷や汗をかいたところで目が覚めました。

私は実際には過呼吸発作を起こしたことはありません。なのにそれはあまりにもリアルな体験でした。過呼吸になったらこうなるんだというのをすごくリアルに体験してしまいました。もちろん本当にそうなるのかどうかは分かりませんが。

夢って不思議だな。経験したことがないものを、想像ではなく本当に経験したかのようにありありと5感全部で体験するんだもん。というか、夢ももうひとつの現実なんでしょうね。そう考えればあまりにもリアルなのも分かる。
月の月5日・KIN191青い太陽の猿[8月27日(水)] 奇跡の瞬間

コース中・セッション中に生徒さん・クライアントさんに大きなヒーリングが起きる瞬間があります。
それは言葉では言えない・・・その方が自分(の魂)に出会う・・・自分の中の愛に触れる瞬間・・・みたいな感じかなぁ。そこには理屈では言えない、それこそ魂が震えるような感動があります。そんな瞬間にしばしば立ち会うことができる自分はなんて幸せモノなんだろうといつも思っています。

私もその現場にいて、少しはお手伝いできているんだろうとは思うし、それは私にとって最高の誇りではあるのですが、でも自分の力じゃないとも思うのです。

それは、誰かが自分の魂に触れる瞬間があることに対して、少なくとも私が意図的にお膳立てをしていることではないからです。そんなことを意図的にできる人もいるのかもしれないけど私にはできないし、思うにこういうことは人間が意図してもできないような気がします。

だってそういうヒーリングが起きるときって、絶対に計算してもできないようないろんな要素が偶然(じゃないんだろうけど)にも重なって、思いもよらないような絶妙なタイミングのときにそれが起こるんです。

だから誰かに大きなヒーリングが起きるとき、いつも人間以上のなにか大きな存在を実感せずにはいられません。その存在の意図によってそれが起こるとしか思えません。すごいことですよ、これは。そんな現場に立ち会える私は本当に幸せものダ。ありがとうございます。

私は人見知りが激しいしひとりでいるのが好きな人間だけど、でもやっぱり人とコミュニケーションしたいんだなぁ。人と人の魂と魂でコミュニケーションしたい人なんだなぁとつくづく思います。


さっきものすごいシンクロが起きました。なんなんだ。そのうち書ける・・・かな?
月の月4日・KIN190白い銀河の犬[8月26日(火)] 慈悲

「世の中に悪い人はいません。悲しい人がいるだけです」。

昭和の写真家・渡辺克己の言葉です。
先日読んでいた本に書いてあったこの言葉に衝撃を受けました。

私にはずっと長いこと許せないでいる人がいます。憎しみの感情を持ち続けることは自分自身が何よりも苦しいのですが、どうしても消すことができないでいたものです。
そかしこの言葉を読んだとき、初めてその人に対して憎しみ以外の感情を感じました!
それは「憐れみ」とでもいうものでしょうか?上から目線の同情的な憐れみじゃなくて、相手の中にある「悲しみ」に触れたような感じ。(私に対して)あんな酷いことをしてしまうほどに相手の中に深く刻まれた悲しみに共鳴した瞬間でした。心の中でなにかがガラガラと崩れていきました。ホントにそんなかんじで、ガラガラの音が聞こえそうな勢いでした。
なんかね、それまで全力で相手を否定していた私が、その瞬間魂のレベルでは相手に歩み寄って握手をしたかんじなのです。「私と同じくらいあの人も苦しかったんだな」と。和解したのです、なんか。

私はそのとき本屋さんで立ち読みしてたんだけど、泣いちゃって恥ずかしいから本屋を出ました(笑)。

何が私を泣かせたのか?それは「愛」です(あー恥ずかしい)。「悲しみ」という名の愛。苦しい感情を誰かと分かち合うことによって得られるカタルシスです。

世の中に悪い人はいない。悲しい人がいるだけ。
そういう見方でいると、人を恨んだり憎んだりという(自分をも苦しめる)感情に浸らなくてすみます。そういう見方で人を見られること・それが「慈悲」なんだろうな。だって慈悲という字は「悲しみを慈しむ」って書くんですよね。
月の月2日・KIN188黄色い律動の星[8月24日(日)] 特効薬

5年前に受けたコンサルテーションでプラクティショナーさんに傷つけられるようなことを言われてしまい、その傷がトラウマとなってしまっているという人がいるそうです。そんな話を聞くだけでも私もショックです。

私はその人に何が出来るのか?・・・直接会いに行ってハグをすることではないでしょう。私はその人の名前も知りませんし。
私は名も知らないその人に愛と光を送ります。その人に愛と光を送って、その人がそれを(無意識下で良いので)受け取って、自分のことを愛することができますように。そうすることで傷を癒せますように。そうすることで傷つかない強い人になりますように。そうすることで今度はその人が自分を傷つけた相手を許し、愛と光を送れますように。そうすることでその相手の人が愛と光で包まれて・・・・・キリがありませんね(笑)。
でもそうやって愛が伝わってしてゆくことを願います。そうやって伝わってゆくものだから。

地球上の全ての人が傷つかずに生きていける世界になるためには、全ての人が自分を無条件で愛することができていなくてはなりません。そうなるにはまだしばらく時間がかかりそうですから、まだこれからも傷つけられるような機会はないとは言えないでしょう。というか、あるでしょう。では、傷つけられるような機会に遭遇してしまったとき、どうすればよいのか?

私も以前クライアントとしてコンサルを受けたときに、自分が選んだボトルを「寂しい色」と言われて大いに傷ついたことがあります。たったそれだけのことで傷ついてしまうものなんですね。

しかしすぐに自分でその傷を癒すことができました。
オーラソーマを学んで一番良かったことのひとつは、傷ついてしまったときに自分で傷を癒すことができるようになったことです。その特効薬は「自分への愛」です(笑)。
この薬を手に入れてからは、本当に私の人生は変わりましたねー。外側の変化ではなく内側の大いなる変化のことね、これは。

私はオーラソーマのコースやセッションを通じて、生徒さんやクライアントさんにこのお薬を手に入れて欲しいと思っています。オーラソーマの一番の目的はそれだと思っているので、そうなるように細心の注意を払っているつもりです。
そして同時に、クライアントさんや生徒さんを傷つけることがないように・そのことにも細心の注意を払わなければいけないと、あらためて気持ちを引き締めました。一人の人がコンサルで傷ついてしまったことを無駄にしないように。
月の月1日・KIN187青い倍音の手[8月23日(土)] 才能って

オーラソーマのコースでは毎朝必ず瞑想の時間があります。そして瞑想の誘導は私がしています(ほとんどのティーチャーがそうしていることで、特別なことではありません)。
この誘導がとても心地良いと、生徒さんに褒めてもらえることが多いんです。「録音したい」とか「CD作って」とか(笑)。

不思議なものです。私は自分の瞑想の誘導が上手と思ったこともないし下手と思ったこともありません。「もっと上手になりたい」という欲求もさほどなければ、「自信ない〜」とコンプレックスを持つこともありません。
つまり大して思い入れがないのです。仕事だから下手なのはマズいと思うけど、だからといって上手になるために努力しているわけでもない。
そういう部分で褒めてもらえるのが不思議なのです〜。

努力せずとも・意識せずとも持っているもの。これが才能ってヤツなのかな〜なんて思ってみたりもするのですが、やっぱり自分にナレーション的な才能があるとは思えません。思えないというか考えたこともないという感じです。

私が子供の頃から欲しかった才能は、芸術に関することです。絵を描くとかバレエを踊るとか漫画を描くとか。でもどれもありませんでした。少なくともプロになれる才能はありませんでした。それは今でも思い出すと悔しさがないとは言えません、残念ダ、ホントに残念。

私の人生の中で一番仕事が順調にいっているのは今なのですが、じゃあ今やっている「先生」とか「セラピスト」の才能が欲しいと思ったことなんて、正直ないもんね(もちろんやっているからには努力はしているつもりですが)。なのに順調にいっている・・・。

その理由も今は分かるんだけど、でも面白いものです。「天職」と「適職」は違うんですね。この話、前にも日記に書いたような気がするな〜。

ちなみにオーラソーマのコースの中で、自分的には力を入れている部分に関しては、ウンともスンとも言われたことはありません(苦笑)。
磁気の月28日・KIN186白い自己存在の世界の橋渡し[8月22日(金)] 嘘の波

ちょっとしたことですが、嘘をついてしまいました。
日頃から小さな嘘は私はしょっちゅうついているのですが(いいのか、笑?)、今日の嘘はいろんな意味で興味深いものを見せてくれました。

ある人との話の流れの中でそうなってしまったのですが、嘘を話し始めた途端に私のエネルギー?が変わるのがはっきり分かりました。なんか、私から大波のようなエネルギーがぐわっと発生して、相手の人に覆い被さってしまうような感じでした。相手の人の息を止めてしまうような。それはそれは恐ろしい光景でした。いかんな〜と思いましたね。

そのことで分かったのは、嘘って自分のエゴで人をコントロールしようとする行為なんだということ。それがあからさまにエネルギーの波として感じられて、(一見何事もなく会話は続いているのですが)相手の人が波に飲み込まれてしまうのです、あああ。私は話しながらそれを感じて、思わず顔が引きつってしまいました。

私自身がその波をコントロールしていたということがショックです。私は人をコントロールするのが大嫌いと言いながら自らやってるじゃないかって、自分を責めてしまいました。相手の方、本当に申し訳ありませんでした。

多分嘘をついているとき、私の顔つきとかも違っていたんじゃないかなと思うのです。
だって、瞬間的に両腕の外側の毛が逆立つような感覚があったし、不自然な目力で相手を見つめてしまったし、不自然な笑顔で笑ってしまいました。相手が気がついているかどうかは聞いていないから分かりませんが、でも少なくとも無意識的には伝わってしまったと思います。だとすると、相手の人は無意識のうちにストレスを感じてしまったことでしょう。あああ、申し訳ありません。
磁気の月27日・KIN185赤い電気の蛇[8月21日(木)] 小さな幸せ

あるコース中の夕方に呼吸法の実習をしていたときのこと。

その実習はある種瞑想的なワークの時間で、静かに座って目を閉じながら呼吸をしていくもので、時間も20分ほどかけておこなうものです。
私はワーク中、みんなの邪魔にならないように窓際のソファに腰掛けて、静かに生徒さんの様子を見ていました。

ふと窓の外に目をやると、前の公園に作業服姿の60代くらいのおじさんがいました。公園の水道のところでなにやら上半身の服を脱いでいます。何を始めるのかなと思って、私はしばらくおじさんを見ていました。
どうもおじさんは、近所の工事現場で誘導の仕事をしていた人で、その仕事帰りのようです。その日はとても暑かったから、家に帰る前に汗をかいた体を拭いて着替えをしたかったみたいです。

なんかね〜見ていてちょっと感動してしまいました!おじさんのしぐさのひとつひとつがとてもていねいで。

おじさんはまず、脱いだシャツを乾かしたかったのか?植え込みの上にていねいに広げました。それから眼鏡もはずしたたんでベンチの上に置きました。そしてズボンのベルトをはずすと、リュックの中から違うベルトを取り出し取り替えていました。ちゃんと仕事用とプライベート用を付け替えるところがお洒落さんのようです。はずしたベルトも女性のように丁寧に4つにたたんでリュックにしまっていました。
そして水道で顔を洗い(洗い方はさすがにザブザブと男っぽかったです)、ついでに頭もさっぱりと洗っちゃって。おじさんだから髪の毛が、ね。
洗い終えるとリュックからタオルを取り出し、顔・頭・上半身全体とこれまたゆっくりていねいに拭いていました。ついでに水道のシンク周辺も拭いていました!
タオルも4つにたたみリュックにしまい、今度はオレンジ色のポロシャツを取り出して着替えていました。着替えも持ってきてたんだー。

一連の着替え作業が終了すると、リュックに警棒(誘導棒?)・ヘルメット・乾かしていたシャツ・腕章などのお仕事グッズをこれまたすべてたたみながら丁寧にしまっていました。かなりの量なんだけど、どうもおじさんなりのしまい方マニュアルがあるらしく、しまい直したりしながら見事に全部をリュックの中に納めていました。

最後に、眼鏡をかけなおしペットボトルの飲み物を飲んで、おじさんはさっぱりした顔で駅の方に向かって飄々と歩いていきました。その間15分くらい。

なんでしょう。私、おじさんから目が離せませんでした(生徒さんごめんなさい)。おじさんの優しい表情やおじさんの愛すべきお仕事グッズたち・その場全体から放たれているなんとも穏やかな光に目を奪われてしまいました。

夕暮れ時のほっこりした時間。こういうのもスペース。
こういうことで人は癒されるんだよなぁ(おじさんは自分がそんなに見られているなんて、ましてや自分が公園で着替えてることで誰かが癒されてるなんて気がついてないけどね、笑)。
磁気の月26日・KIN184黄色い月の種[8月20日(水)] スペース警報

にわかに忙しい〜です。予想はしていましたが、8月31日まではノンストップです。

忙しい=スペースがない・・・ことがこんなにもストレスを生むのだということを、特にグリーンを選ぶ私にはこの「スペース」がとても大切みたいです。
私は今の仕事がとても楽しいし大好きなことをさせてもらって幸せだと思っていますが、やはりそれとこれとは別なのね。

例えば、セッションとセッションの合間に5分でも良いからひとりの時間が欲しい。それが私にとってのスペースであり、そこでなんというかリセットできるというか気持ちの面でも体力的な面でもエネルギーを補給?する感じなのです。
だから前のお客様がいるときに次の方が来てしまったりするのは、お客様にとっても申し訳ないのですが自分的にもちょっとしんどいです。そういうときは後のお客様にお茶をお入れするフリ(笑?)をしながらリセットしています。でも本当はもっとちゃんとリセットしたいです。

私の場合は、このリセット作業をするときにある種の儀式のようなあることをしています。これをすると本当に楽なのよねー。しかしこの儀式?はとても人様に見せられるものではないため(←絶対に大笑いされそうなことをしている)、前のお客様と次のお客様がバッティングしてしまうとこれが出来ないのがしんどいのですよね〜。

あとは、近所のカフェでコーヒーを飲むのも私にとってのスペースですし、サロンの前の公園で緑を眺めたり木に触れているのもスペースだし、お笑い番組を見るのもスペースです。今これらのスペースが失われつつあります。レベル4くらいの危険水域に入りました。

スペースがないと、途端にイライラする自分がいることが最近になって分かりました。分かったから、イライラしないために忙しいなりにもできるだけスペースを確保するように努めようと思います。それは自分だけでなく来てくださるお客様のために、自分の調子が良いことはとても大事だと思うので。

これも100番のおかげかも。100番は本当に鏡です。この2,3日鏡を24時間見ている気分です、良くも悪くも。
磁気の月25日・KIN183青い磁気の夜[8月19日(火)] 砂の城

おととい100番を使い終わり、今はゴールデンスレッドの旅の次のボトルを使う前に、少し100番の余韻に浸っているところです。
なんだかね〜不思議な感じがします。前方に見つけた光を、掴みかけたところでふわっと消えてしまったような・・・。確かだと思っていたものが、幻想となって崩れ落ちてゆくような・・・。

母が電話口で咳き込んでいました。聞けば風邪を引いたとか。それだけでもう母が死ぬんじゃないかと心配で泣いてしまいそうです(笑)。死んだときのことを想像してしまうのですよね。母のお葬式に出ている自分の姿とかがありありと浮かんでしまって、そういうときに限って「意識が現実を創る」みたいなことが頭をよぎり、想像してしまうということはそれが現実化してしまうんじゃないかと怯え、頭をブンブン振ってその想像を振り払うのが大変です(笑)。

今の私は、頭の中に浮かぶイメージが入れ替わり立ち代りあって、どれが現実なんだかいまひとつはっきりしない感じです。
具体的に今、決断できない案件がひとつあるのですが、そのせいもあるかもしれません。「決断」できないんです。決まりかけていたものがそうじゃなかったのよ。というか、もう決まっていると思っていたものが、やっぱり気が変わったような感じ?

「気が変わる」というのは、どうしてもいい加減なイメージがあって好きになれない気持ちもあるのですが、自分の直感に従うには臨機応変さも必要なんですよね。
最近は私も随分「気が変わる」に対応できるようになったと思いますが、例えば誰かに、一度した約束を「やっぱり気が変わったからやめる」なんて言われちゃうと、正直むっとしてしまいます(笑)。

昔あるティーチャーに聞いた話ですが、あるコースで「直感に従っていいんですよ」と聞いたひとりの生徒さんが、休み時間jに出されたお菓子を独り占めしてしまったという実話があります。

本当の直感に従えれば人に迷惑をかけたり傷つけたりしないのでしょう。でも一見直感に見える(実は)エゴに従うとそうはならないかも。そこが見分けるポイントなのかなーと思います。

なんか今日の日記は脈絡がないかんじ。まさに今の私の魂の状態を表していると思いました(笑)。いろんなもの(こと)をまとめられないのー。
磁気の月24日・KIN182白い宇宙の風[8月18日(月)] セルフコンシャスネス

イチローは、バットのグリップの太さが0.5m違うとすぐに分かるそうです。
藤原紀香は、体にお肉が100gつくとすぐに分かるそうです。

そんな彼らが特殊能力を持っているのかと言えば、多分違いますよね〜。彼らはただ自分の手や体に意識を集中して感覚を研ぎ澄ましているから、わずかな違いに気づくことができるのでしょう。

レベル1コースではオーラを磨くワークをやりますが、オーラの存在そのものに半信半疑な人も、存在は信じるけど自分にはそれを感じる力はないと思っている人も、そこでなにも感じない人はほとんどいません。
難しいことをするわけではありません。ただ相手のオーラと自分の手のひらに意識を集中して、静かにていねいに感じればいいだけです。

繊細で微妙なものに雑に接していたら気がつかないのは当たり前で、逆にていねいに接すれば気がつくのも当たり前。

昨日食べたものが今日の自分に与える影響。昨日言われた一言が、今日の自分に与える影響。
昨日見知らぬ人にハンカチを拾ってもらったことが、今日会社の人に優しく言葉をかけてあげられる自分にさせてくれているのかもしれません。今日ちょっとしたことで彼氏に暴言を吐いてしまったのは、昨日上司に言われたちょっとした一言にイラッとしたことが原因かもしれません。だとしたら彼氏は悪くないかもね。

霊感とか直感とか別になくても、意識すれば誰でも気づけることだと思うんです。だから自分に意識的であることってとても大事だと思うのよね〜。
磁気の月23日・KIN181赤い水晶の竜[8月17日(日)] ルールに従うか直感に従うか

生徒さんからよくある質問のひとつ。
「友人が今○○で苦しんでいるので、何かボトルをプレゼントしてあげたいのですが、どのボトルが良いでしょうか?」。

こういうとき私はこう答えています。「その人にとっての大いなるガイドは、私でもなくあなたでもなく常にその人の内側にいるのだということをお忘れなく。その人がどんなヒーリングを一番必要としているかは、その人自身=その人が選んだボトルの中にその答えがあるのです。なので極力まずはその人にボトルを選んでもらってください。そしてそこから何かのボトルをお勧めしてあげてください」。

チャクラボトルやレスキューボトルは、ボトルを選んでもらえない状況にある人にこちらからお勧めするには確かに良いボトルでしょう。しかしそれらのボトルは、その人にとってベターではあるでしょうがベストとは限らないのです。ベストな選択はやはり選んだボトルの中にあります。

ボトルを選ぶことの大切さをまずは分かっていてもらえたら良いですね。

また、こんな質問もよくあります。
「自分が選んでいないのになんとなく使いたいと感じるボトルを使っても良いのでしょうか?」。

そんなときはこう答えるでしょうか。「私も、自分が選んでいないボトルを使うことはありますよ。でもまずは、オーラソーマのヒーリングはボトルを4本選ぶことがとても大事だということも、よーく分かっているつもりですよ」。・・・禅問答のような答えですね(笑)。

確かに直感を信頼するのはとても大事。でもホントにそれだけで良いのならば、ガイドラインは必要ないことになってしまいます。そうじゃないのよ。

「・・・で、結局選んでいないボトルを使っても良いんですか?いけないんですか?」ってぇ?それは自分の大いなるガイドに聞いてくれぃ。


※久しぶりにブログを更新しました。よろしかったらこのページ右上の「ブログはこちら」をクリックして見てみてくださいませ。先日行った軽井沢の宿のことを書いてます。
磁気の月21日・KIN179青い惑星の嵐[8月15日(金)] レディナダでコンサート

クイントエッセンスというオーラソーマ製品がありますが、その中でペールピンクのレディナダは音や音楽をサポートする作用があります。
私はライブに行くのが大好きなのですが、開演前には必ずこのレディナダを使います。そうすると音がすんごく!クリアにそして美しく聞こえてくるのです(ホントよ)。

今日は、今年初(そんなに長いことライブに行ってなかったとは!)のライブに行ってきました。ライブというかクラシックコンサートですが。

仕事の都合で開演5分過ぎくらいに会場に着いたらもう1曲目が始まっていて、場内には入れずロビーで待たされました。曲が終わってMCの間に案内係のお姉さんに案内されて場内に入ったら、ずんずん座席の間を抜けるように進みついには最前列へ!!
ロックならいざしらずクラシックだったのでチケットの席順なんて全然確認してなかったから、まさかそんな良い席だったとは思いもよらず、こんなことだったら是が非でも早く来るんだったと、小さく後悔です(涙)。

席についてからすぐにレディナダを自分のオーラに使いました。最前列だし(えへん)、目立たないようにこっそり、ね。

やっぱり良いんですよ、これ。レディナダを使うと、音が生きているのをはっきり感じます。

演奏者が発した音は瞬時に消えてなくなるものではなく、その音が消えても(もしくは別の音に変わっても)、演奏者の周りに残っているものだと感じました。それはシャボン玉のようにふわふわと漂っていたり、まっすぐに客席に向かって飛んだりしながら、残像のように色つきで演奏者の周りにしばらくの間あって、やがて消えてゆくようです。「音色」とはよく言ったものです。

その音がまるで演奏者と戯れているように見えたので、「生きているみたい」に思えたんです。音が、自分を生み出してくれた演奏者に感謝している様子が伝わってきました。「音霊」とでも言うべきものなのでしょうかね?

そして聞いている私自身もその音霊と戯れていられるのです。それがとても気持ちよいのですよね。

レディナダを使うと本当に音がよく「見えます」。オススメですよー。
磁気の月20日・KIN178白い太陽の鏡[8月14日(木)] 休憩

あー、眠いっす。軽井沢に行ったあたりから、無性に眠いです。日食の影響?

なので、今日はこれまで。明日も早いので。おやすみなさいませ〜。
磁気の月19日・KIN177赤い銀河の地球[8月13日(水)] 日々の成長

サロン玄関先に置いてあるオリーブの木が日々成長してゆくのを見るのが、最近の楽しみです。

オリーブの成長はゆっくりなのか日々の変化は小さくて、毎日見ていても成長しているようには一見思えません。でもある瞬間にふいに気がつくのですね。「あれ?先週まではこんなに延びてなかったよ」という茎や葉が、確かに大きく長く成長しているのです。

この「ふいに気がつく」感覚がいつも不思議でなりません。先週と、こんなに延び具合が違うのに、なんで昨日まで気がつけなかったんだろうって思います。

これは例えば、顔に出来るシミ・ソバカスなんかも同じだよね(涙)。
毎日顔を洗うのだから、一応は毎日自分の顔をチェックしているわけです。そうするとそんなに自分の顔が変化しているとは気がつきません。そしてある日ふいに、頬に小さなシミが出来ているのを発見するわけです(えーん)。
シミは一夜にして誕生するわけはなく日々着々と成長しているはずなんだけど、その変化が小さいから気がつきにくいのでしょう。そしてある程度大きくなってたところで急に発見するのです。その瞬間から自分の顔が前とは違って見えるわけです。
昨日までだってシミはあったでしょう。でも気がつかなかったから昨日までの自分は「シミのない自分」だったのですが、気がついた瞬間から「シミのある自分」に変わり、人によっては気になって気になって大変なことになってしまうかもしれません。
そして一度気がついてしまったら、もう気がつかなかったときの自分には戻れないのです。コンシーラーで隠して表面的には戻れても、意識の上ではシミのない自分にはもう戻れません。

こういうことはシミの話だけではなく、人間関係にも肉体的な症状にも自分の思考にも、あてはめることができます。

変化というのは、急激にやってくることもあるけど、多くの場合は少しづつ少しづつやってくるんだと思います。

例えばオーラソーマのボトルを使っているんだけど、あまり変化を感じないなんて人も当然いるでしょう。でも安心してネ。使っているということは自分に働きかけているということは確実なわけですから、今気がつけなくてもきっと気がつくときが来るでしょう。もっと言えば、気がつかないままだっていいんですよ。変化はちゃ〜んと起きてるんですよ。
磁気の月18日・KIN176黄色い共振の戦士[8月12日(火)] これでいいのだ

なんかね、今までの人生で起きたいろんな出来事は、すべて予め書かれた台本どおりなんじゃないかな〜と、最近思うのです。

最大のピンチだった19歳の春。生死を分かつ手術をした30歳の夏。愛しい人の死や出会いや別れや就職や結婚や・・・その内容や時期はすべてあるべくしてあったんだと感じます。
これもまた、100番から始まったゴールデンスレッドの旅が見せてくれる作用な気がします。

先日ある人から「あなたはどうやって今のような仕事をできるようになったんですか?」と聞かれて、上手く答えられませんでした。

私の場合は、最初からオーラソーマティーチャーになろうと思って学び始めたわけではなく、心の向くままに流れているうちに此処までたどり着いたとしか言えないのです。
でもじゃあ流されていたのかと聞かれたら、決してそうではないと思うのですね。流れに乗ろうと決めたのは私の意志だけど、流れを作ったのは「私」じゃなく「私以上の存在」なような感じかな。
しかしもっと深く考えていくと、30代半ばのあの時期に流れに乗ろうと決めたのは、そもそも私以上の存在が最初からそう決めていたから・・・な気もするのですね。「私」の意志で決めたようでいて、実はそれすらも台本どおりだとしたら・・・。

コンピューターの世界では、考えうる限りのあらゆるパターンが予めプログラミングされていますが、スピリチュアルな考え方もそんな感じ。この先私に起こりうるすべてのパターンの台本がすでに書かれているのです(プログラミングされている)。
だとすれば、私がどんな流れに乗ろうと乗るまいと、すべては台本どおりということになります。

100番を使っていると、太平洋のどこかに落としてしまった小さな指輪を探すような感覚に陥ります。「見つかるわけないだろー」と思うでしょ。それがそうでもないんですよ、何故か(笑)。だってどこかにあることは間違いないんです。見つけられなくても、どこかにあるというだけで安心なのです。
磁気の月16日・KIN174白い倍音の魔法使い[8月10日(日)] 秋の気配

4日前の昼間、晴れた空を見上げたとき「秋がキターーー」と思いました。なんかそのときの空はとても高くて清んでいて、でも夏空のものではなくちょっと切なげだったのです。小学生の頃の秋の運動会の日の空みたいでした。

それがこの夏最初の秋の気配でした。

今日はもっと秋を感じました。最近の中ではやや涼しかったせいもあるかもしれませんが、なによりも秋の虫が鳴き始めました。この夏最初の虫の声です。
例年虫の声をその年最初に聴くのは何故か決まってお盆中なので、「虫たちはどうして暦を知ってるんだろうと」いつも不思議でした。でも今年は早いな〜。もしかして今年は、今は暑いけど秋が来るのは早いのかなとうれしい予感です。

暑い夏の最中、ちょっとだけ秋の気配を感じ始めるこの季節が大好きです。
というか、「季節の変わり目」が大好きなの。そこはかとない不安定さとはかなさと曖昧さがあって。色も原色より混色が好きです。
磁気の月15日・KIN173赤い自己存在の空歩く者[8月9日(土)] 駄目な私

あああ、私ってだめな奴ね・・・。

ここのところゴールデンスレッドの話が続いていますが、今回私のスレッド上には11本のボトルが並びました。スレッドの旅ではこれを順番に全部使っていくのですが、まだ1本目なのに早く最後のボトルを使いたくてしょうがないのです(苦笑)。
最後のボトルを使い終わった後にどんな自分になっているのか?どんな感覚を持つのかが、今からもう知りたくてたまりません。

これは「焦り」ではなく「せっかち」ですね〜。

3週間ほど前から英会話を学び始めたんだけど、いまだペラペラになってない自分がもどかしくてたまりません(笑)。
「3週間でペラペラになるわきゃないだろー!」なのはもちろん分かっているんだけど、すでに自分の中ではペラペラになってる自分が想像できてるので、「なのに何故今そうじゃないんだ!」と腹立たしく感じるのです。あー、しょうもなー。

「今」よりも「未来」に焦点を合わせちゃってるのね。

せめてもの救いは、こんなだめな自分を笑い飛ばすことが出来てる点でしょうか。笑い飛ばせてるから、(ボトルがまだ1本目でも・ペラペラじゃなくても)なんだかんだ言っても全然ストレスじゃないのよね。
「あーあ、私ってホントだめな奴ー(でもそんな自分もけっこう面白い)」という、ホントだめな奴です。
磁気の月14日・KIN172黄色い電気の人[8月8日(金)] オレ流!セルフコンサルテーション

今日の日記のタイトル、わたくし中日の落合監督の大ファンなもので、つい「俺」なんて言っちゃいました・・・えへ。

で、100番ボトルなんですけどね。

年明けとともに使い始めたから今日で約2週間、4分の3くらい使いました。ボトルの色からして全身に使えるオイルですが、何故か太陽神経巣のあたりばかりに使ってしまいます。
使い心地は最初は快適だったんだけど、ここ2,3日急に雲行きがアヤしくなってきました(笑)。混乱して発作っぽくなっています。これはイエローを選ぶときによくあるパターンなのですが、確かに年明けに2本目に選んだのはペールイエローの51番だったし、だから100番も太陽神経巣に塗りたいのかもしれません。100番によって、第3チャクラ(太陽神経巣)の影の側面にスポットライトを当てて拡大して見ている感じがします。拡大しすぎて全体像が見えなくて混乱を招き、かえって意識が散漫になってるみたいなかんじ。決して悪い感じじゃないんですけどね。

ゴールデンスレッド的にも100番から始まるのですが、その次に来るのは0番なのです(その説明は長くなるから省きます。詳しくはレベル3にて、笑)。
100番の隣に0番を置くと、なぁんとも複雑な気持ちになりました。
普段は0番って大好きなボトルなのですが100番の次となると、うーん・・・叶わない夢を見ているような、ガラガラ車?の中を永遠に回り続けているハムスターみたいな気分になっちゃって、ちょっと虚しいのです。分かるのよ、分かってるんだけどさーみたいな。でもその事実を突きつけられるのはちょっと・・・な気持ちになりました。
なので、その次に53番のペールグリーンを置いたときには、「救世主がキターーーッと思いましたね(笑)。なんかそこには生命を感じたというか、血の通った交流がある気がして。「ああ、あなたなら私の気持ち分かってくれるよね」みたいな気分かな。0番では宇宙空間にいたのが、ここでは地球上のどこかにいます。相変わらず人気はないのだけど草原という自然の生命の中で、風として存在している自分がいます。とても気持ちよい感覚です。
でもその次に83番を置いたら更に安心しました。53番ではまだ草原の風だったのが、ここではちゃんと個体として草原の中にいるって感じかな。だんだん人間としての自分に近づいているのです。意識というものが個体化(個性化)していくプロセスが、このボトルの流れを感じながらすごーく体感していけます。
自分はこうして今存在しているのね。ああ、オーラソーマって奥が深い〜。


私が自分のボトルをセルフコンサルテーションするときは、いつもこんなかんじでやっています。

まずは準備として、スペースを作るのが大事です。時間を気にしながらでは、内側に入ってそこの自分を感じることは難しいと思うし、携帯も切るし、ひとりの時にやりますね。

そして選んだボトルを並べたら、まずはただぼんやり眺めたり手に持ったりして、とにかくボトルから受ける印象やボトルに触れて内側から出てくる感覚や感情に、(それが小さなことでも)ただ気づくようにします。ボトルを通して内なる自分を感じ引き出す時間なのです。この時は、10年近くオーラソーマに携わって得てきた知識や経験はまったく使いません。まったく!ですね。「前はこうだった」とか「たしかこのボトルは・・・」みたいなことはいらんのです。

で、次に気づいたことや浮かんだことを書き留めます。言葉だったり絵だったりわけのわからないものでも何でもいいから、書き留めます。そうしながらどんどん展開が変わってゆく時もありますが、それもそのまま気の済むまで書いて(描いて)ゆきます(だから時間を気にしなくて良いときにやるのがいいのです)。
レベル3ではマインドマップという絵を描く時間がありますが、それに近い感覚ですかね〜。私はこの工程が大好き。

出るだけ出したら、今度はそれらを知識を使って整理する作業に入ります。ボトルの名前や色のキーワード・タロットカードや数字等をヒントに、今自分が描いたり感じたのはこういうことだったんだーなどと、顕在意識上での理解に至らせるのです。いわゆる「腑に落ちる」ってやつですね。

・・・こんなかんじでしょうか。
でも、毎回ここまで丁寧にセルフコンサルしているわけでもないですけどね。

思うにヒーリングや気づきは、ほとんどの場合前半の工程の中で起きます。

ボトルは本当に語るからねぇ。経験した人は分かるよね〜その感じ。
磁気の月13日・KIN171青い月の猿[8月7日(木)] ゴールデンスレッド

今、100番のクリア/ディープマゼンタのボトルを使っています。13の月の暦的に今年最初のボトルです。

新年1発目に選んだ4本があまりにもワクワクする並びで(7月26日の日記参照)、その中でも4本目に選んだこの100番をどうしても使いたくなったのでした(通常は2本目を使うと良いと言うのだけど、なんかコレ!だったのです)。

ボトルを選んだときに、なんとなくその気になったのでこの4本でゴールデンスレッドを作り、今回の4本でゴールデンスレッドの旅をしてみようと思い立ちました。でもゴールデンスレッド上でも旅は100番から始まるので、どっちにしろ100番を使うので良かったのねと、なんかすとんと納得したのでした。

ちなみにゴールデンスレッドとはレベル3で学びますが、生命の木と4本のボトルを対応させてコンサルをするやり方です(ざっくり過ぎる説明ですみません)。そして、ゴールデンスレッドの旅をするというのは、スレッド上に並ぶボトルを全部順番どおりに使っていくことです。私は過去に2回ほどこのゴールデンスレッドの旅をしたことがあります。
スレッドによるけど、ボトルは少なくても10本弱・多いと20本を越えますから、それを全部使うとなるとけっこう長旅なのよ〜(笑)。

レベル3を終えた生徒さんの中にはこの旅を始めてみる人もいて、「オタクも好きね〜」と思いつつ私も好きモノですから(笑)、うれしくなっちゃいます。
何故かというと、この旅によって今までたどり着いた地点よりもっと更にずーーーっと深遠なる世界に入っていけるからです。ここがオーラソーマのてっぺんかと思っていたところが、実はまだ序の口だったことに気づくでしょう(笑)。そう、オーラソーマは思っていたよりもずぅ〜っとスピリチュアルなものなんです。

「癒し」とかを越えたところにある自己への目覚めというか、深遠なる淵を歩くような感覚でしょうか。ああ、自分にボキャブラリーがないのがもどかしい。
カバラというものが現している自己・存在・宇宙の関係性とはこういうことなのかななんて、ナマイキなことを言うようですがそれを感じます。スレッド(糸)上に並ぶボトルを順番に使うことで、自己の内面であり宇宙であり物理的な世界を超えた存在をなぞる旅をしているんだと思うのです。

これぞ、オーラソーマの醍醐味!あああ、オーラソーマを学んでいる人には少なくともいつか、ぜひこの深遠なる旅をしてこの世界を垣間見て欲しいわ〜。

自分の偉大さに気づく旅。神聖さに気づく旅。輝きに近づく旅。

ま、そんなわけで100番で始まる旅なのです。これがまたねー。
・・・が、100番を使っている感想を書こうと思ってたのに、前置きの方が長くなってしまったので、今日はこの辺でやめます。また明日続きを書きましょう。

そうそう、それで今回旅をしながら改めてゴールデンスレッドの面白さを体感してるので、アマーリエのセッションメニューに「ゴールデンスレッドコンサルテーション」を正式に加えることにしました。今までは裏メニューでしかやってなかったのですが、表メニューにしました。

結局宣伝かよ(←自分つっこみ)。いやー、そういうつもりで書いてたわけでもないのよーホント。
磁気の月12日・KIN170白い磁気の犬[8月6日(水)] お天道様にゃ嘘はつけねぇ

先日コンビニで買い物したときに、レジで受け取ったお釣り銭が100円多かったんです(いつもお釣りとか確認しないんだけど、こういうときに限ってなぁんか気がついちゃうことってありますよね、笑)。
でも「(ラッキー)」とだけ思って、(少々の罪悪感を伴いつつも)何も言わずに受け取ってしまいました。
そしたらその後、サロンのお釣り銭の中で何故か100円玉だけがバンバン出て足りなくなってしまい、この1週間で2回は銀行で100円玉を両替しています。こんなこと今までなかったのに。
これって「100円に笑うものは100円に泣く」。100円玉の呪い!?なんてね。←意味不明

誰にもばれないと思ってたし確かに誰にもばれてないんだけど、お天道様(=大いなる存在)にはばれてたのねと思いました。「ばれた」というのは、100円取っちゃったことというより、私の心の中の罪悪感がばれていたということです。

今日もそんなことがありました。

人が関わることなので詳しくは言えませんが、ちょっと小ズルいことをしようとたくらんだのですが、見事にできませんでした。間違いじゃないし悪いことと言うほどでもないかもしれないけど、まあ少々手抜きをしようとしたわけです。
でもそこで、基本が真面目な性格の私なので(笑)、やはり少々の罪悪感を持ってしまったのですね。それがモロにお天道様に通じてしまったのか、できないはずはないことなのに、できなくなってしまったんですね。

目論見どおりに行かなくなって、でもどこかでほっとしている自分がいたときに、やっぱり自分の(表面ではなく)意識で発しているものがそのまま現実になることを、まざまざと見せ付けられた感がありました。
そして「できなかった」の方が現実化したということは、私の中の目論見どおりにかなくてがっかりしている部分よりほっとしている部分の方が、より本当の自分だったということでもあります。がっかりしてる方の自分がエゴの自分なのね。心の底から目論見どおりにいかせたいと思っていたら、そのとおりになったはずです。でもそうはならなかった。
そのことが分かって「ああ、私ってやっぱりそんなにやなヤツでもないのね」と、ちょっぴり安心しました。

しかしそれでもがっかりしている自分もいるわけで(苦笑)、エンジェルカードを引いてみました。すると「All Is Well」が!「全ては順調にいってますよ」だと。目論見どおりにはできなかったけど、やっぱりそれで良かったのね、ようやく納得(笑)。

人や自分に嘘はつけても、お天道様は本当にすべてお見通しです。そしてそれもまた自分です。

悪いことはできないものです。姑息なことしてもばれちゃう時代のよ、とほほ。
磁気の月11日・KIN169赤い宇宙の月[8月5日(火)] まずは造ってみよう

かつて師に教わり、今でも胸に刻み込んでいる言葉。

「もし自分が乗っている船が火事になったら、その火を消すことにエネルギーを注ぐよりも、新しい船を造りなさい」。

これを聞いたときはまさに目からウロコでした。それ以降、なにかあるといつもこのことを心がけています。

火を消すことにエネルギーを注ぐのが悪いとは全然思わないけど、単に私がこういう考え方が大好きなんです。だってそっちの方が、建設的でクリエイティブでチャレンジングじゃん(笑)。

フィンドホーンのドロシー・マクレーンもこう言っていましたっけ。「リアクションではなく、アクションしなさい」。

自分の外側で起きることにただ反応(リアクション)するだけではなく、自分の内側の衝動に気づいてあげてそれに従って行動しなさい(アクション)ということです。人がやってくれるのを待つのではなく、人の顔色をうかがうのでもなく。

・・・というわけで、アクションを起こした生徒さんのブログを紹介しちゃいます。 「21日間の奇跡」

船、造ってます。
こういう事実を知ると、造り方が分からないとか分かるとかの問題じゃないんだなって思います。だって造り方は、実際に造ってみるから分かるようになるんですよね。造り方が分かってから造ろうとしてると、永遠に造り始められないのよね。なんかそこのとこ逆に思ってる人がけっこう多いような気がします。
「船の造り方が分からないからできません。誰かが造ってくれれば手伝うけど」なんて考えてると、船は沈んじゃうよ。

ならば、造り始めますか。ぜーーーったい!そっちの方が楽しいって!!
磁気の月10日・KIN168黄色い水晶の星[8月4日(月)] 復活

PCが戻ってきたので、今日から日記も再開します。

PCが人間ドッグ?に入っている間、私も大好きな軽井沢の温泉で静養してきました。2泊3日の、短いけど中身の詰まった夏休みです。
宿泊した旅館?ホテル?(最近ってどっちとも言えないような新しいタイプの施設が増えてるよね)もとても素晴らしかったのですが、そちらはまた近いうちにご紹介させていただきます。

お部屋には半露天のお風呂が付いていて、窓からは鮮やかな緑と野鳥の声が聞こえます。お部屋が高台の一番上だったので眺めは良いし、お風呂上りに裸でテラスに出ても誰にも見られません、サイコー!
テラスには2人でゆっくりゴロゴロできる大きなソファとテーブルセットがあるので、ソファで本を読んだりうたた寝したり。食事もほとんどルームサービスでテラスでゆ〜っくりとりました。蚊はいないし涼しい風が吹き抜けるし汗をかくこともなく、気が向いたら散歩に出かけて、お腹がすいたら何か頼んで、眠くなったら寝て・・・。

こういった休日は年に一度くらいは取るようにしているのですが・・・なんなんでしょう、今回のリラックス度合いは半端じゃありませんでした。
面白いことに、体も頭も神経も究極にリラックスしているのと同時に、冴え冴えともしていました。緊張というのではなく「冴えてる」って言葉がぴったり来る感じを、滞在中終始感じていました。むしろリラックスしていたから冴えてたんだろうな。
これは自分にとってとても良い状態だなと思いました。ちょうど休暇中に新月と日食が起きたことと関係しているような気がします。なんかこの「冴えてる」エネルギーが、上jから降り注がれてる感じだったんですよねー。あとは今使っている100番ボトルのサポートも確実にありますね。

そんなかんじで、滞在中は静かに自分と向き合いながら過ごしていたのですが、朝、自然に目が覚めて、敷地内を散歩しながら小川沿いの土手の芝生に寝そべって、流れる雲をぼんやり見ながら思いました(昭和の時代の不良みたいに)。

もし自分が愛されているって思えたら、今起きているすべての問題は解決するんだなーって。

それは誰からでもいいんです。人じゃなくても構わないんです。「自分は愛されている」ってもし心から思えたら、全ての人は自然と自分のことを大切にし始めます。ここに例外はありません。そして、自分のことを大切にし始めると、自然と周りのことも大切にし始めます。ここにも例外はありません。そして、全ては解決し始めるのです。
「ホントはとてもシンプルなことなんだよなー」と思います。

例えば、多くの人にとって一番身近な存在である親が、それを感じさせてくれる存在であれば一番良いのかもしれません。
でもその親自身が「自分は愛されてる」って思えているかどうかが分かりません。

私は今回つくづく、自然に触れることはとても大事だと思いました。何故なら、自然はいつでも変わらず「自分は愛されている」という実感を与えてくれるから。それが自然というものだから、です。

自然に触れることで何かを取り戻すことが出来ます。時間・ゆとり・健康・自分・・・それをオーラソーマではグリーンのテーマとして「スペース」とか「真実」と言います。
でも究極は「自分は愛されている」という感覚を取り戻す事ができるのではないかしら?「ハート」のグリーンでもあるのですから。

この「自分は愛されている」という感覚。最高です。この感覚を持っていられれば、何が起きても全ては大丈夫です!私自身がそうじゃないときとそうでいられるときを体験しているし、だからこそ心からそう思うのです。
ひとりづつでもいいからみんなが少しでもこの感覚でいられるように、そして世界が平和で調和的で安心して楽しく生きていけるように、お手伝いできる自分でありたいと願います。

今月は1年の始まりの磁気の月。磁気の月のテーマは「今年の目的は何か?」。
なにをするかというより、どんな自分で在りたいかが大切です。さて、どんな自分で在りたいしょうか。私の場合は「100番ボトルな自分」なんですー。きゃー、素敵過ぎ!がんばります〜。