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宇宙の月4日・KIN133赤い電気の空歩く者[6月30日(月)] オーラソーマ学習法

オーラソーマを学ぶときに使うツールは、大きく分けて以下の2種類ではないでしょうか。

・自分の内なる直感
・本などの外から得る知識

オーラソーマでは「偉大なる教師は内側にいる」ですから、ボトルや色を通してまず自分の内なる感覚(体験)を感じることが大切です。そしてその後で資料や本などで確認することで、そこに明晰さと理解を与え整理することができるんです。
ここでは「感じる」のが先であることがポイントです。本は後なのヨ。

例えば、この2種類をこんなふうに使って学びを深めることができましたという、私自身の体験談をひとつシェアさせてくださいませ。


昔受けたとあるオーラソーマのコースで、その日2本目に選んだボトルで瞑想する時間がありました。
私はその日2本目に選んだ67番のマゼンタのボトルで瞑想していたら、ふいにやりきれない感情が溢れてきて泣いてしまいました。そして瞑想が終わってシェアするときに、「私はホントは誰のことも愛してなんかいないんです!」と、泣きながら宣言してしまったのです。

その頃すでにオーラソーマを生業としていた自分が、そんなこと口が裂けても言えない!なんて自制する余裕すらないほど、感情が溢れてしまったのでした。
そのときティーチャーは落ち着き払った優しい目で、「あなたはそろそろ宇宙的な愛を知るときが来たのね」と言いました。でもそのときの私にはその言葉の意味が分かりませんでした。

後日67番のことを本で調べたときに、「絶望的に愛を求める」と書いてあって、あのときの自分の感情が何だったのかにハッと気がつきました。
あのときの私は感情的には、「誰のことも愛していない」というよりも「誰のことも愛するもんか」という気分でした。それは裏を返せば、「誰も自分を愛してくれないと分かっているのに、それでも愛を求めてしまう」ほど愛に飢えているということです。そしてそれが得られないから、反発しているのです。「どうせ誰も自分を愛してなんかくれない」って。
そこに気づけたときに私は、自分の中に深く根付いている「どうせ誰も自分を愛してくれない」という思い込みを、癒し手放す必要があることに気づくことができました。

そして本にはこうも書いてありました。「神聖な愛・そして小さなものへの愛」。これは67番ボトルの名前です。67番の名前は以前から知っていたけれど、上記のような気づきがあったときに初めて、その名前のより深い意味が分かったのです。
神から与えられる尽きぬことのない愛は常に降り注がれていて、その恩恵を受けていない存在はないということ。もちろん自分も例外ではない。この愛はとても大きくて広くて宇宙的で絶対に裏切ることはなく、終わることもない。全てにこの神からの愛を感じることができれば、それが「どうせ誰も自分を愛してくれない」の思い込みを癒し手放すことなんだ!それが67番のギフトなんだ!と。

・・・ここに至ったときに、ティーチャーの言っていた「宇宙的な愛」も自然に理解できました。

こうしてその後約1年間、67番を使い続け(シツコイ、笑)、本当に本当に深い癒しと成長を得ることができたのです。

今でもよく選ぶし、私にとってとても縁の深い67番ですが、今は私の胸にネックレスとして燦然と輝いています(笑)。なんだか誇らしげにすら見えます。「カミサマが全ての人に尽きぬ愛を降り注いでくれるように、私の中から尽きぬ愛が溢れ出しているのよ」って。
まあ、そこまで言うとおこがましすぎるし、さすがに自分がそうだとは思えませんが、少なくとも自分にそういう質があることは認められるのです。それだけでも涙が出るほどうれしくて誇らしいのですね。


ありがとう!オーラソーマ!
こんなに深い気づきと癒しと成長の機会を与えてくれて、言葉にならぬほど感謝しています。これからも私、がんばるよっ。

↑なんだか今日の日記の最後の2行のところは、書いてるうちに私の中から67番の愛が溢れてきて、今すでに泣きそうだよ〜(泣笑泣笑)
宇宙の月3日・KIN132黄色い月の人[6月29日(日)] コンサルテーションの目的

今抱えている問題が解決することと、癒されることは、必ずしも一緒とは限らないよね〜と思います。

誰かとの関係で悩んでいたり、自分は何がしたいんだろうとか、仕事を辞めようかとか、問題はいろいろあるでしょう。そういったことがなにも解決されなくても、なにか心がとても穏やかに・軽やかになるときってありませんか?そういうとき、きっと自分は癒されてるんですよね。
どちらが良いかと言えば、癒される方が良いよね(もちろん問題解決が重要ではないと言っているわけではありません)。

オーラソーマのコンサルテーションでより大切なのは、クライアントさんの問題解決ではなく癒しだと思うのよ。プラクティショナーはクライアントさんの抱えている問題を解決することに視点を置くのではなく、クライアントさんを癒すことに視点を置くのです。

じゃあ、どういうことが癒しになるのか?というと、「ありのままの自分を受け入れる」ことだと思います。
どうでしょうか?もし私だったらそれが最高の癒しなんだけどな。

子供の頃の私はいつだって、「ありのままの自分を見て欲しい・知って欲しい・認めて欲しい・愛して欲しい」と、心で叫んでました。「テストで0点とってきたら怒ってもいいけど、どうか私の存在をあなたたち(=親)の世界から抹殺しないでください」と、心で叫んでいましたね。
そして大人になって、彼らが私のことをありのままに愛してくれていたんだと分かったときに、人生最大の癒しが起きました。それは私自身が自分という存在をありのままに認めてあげられた瞬間でした。「自分をありのままに認めるってこんなに大きな癒しなんだ!」と知ったのです。

人は、誰かにありのままに愛されていると実感できると、自然と自分のこともありのままに愛せるものなんですね。

だからプラクティショナーは、クライアントさんと選ばれたボトルをありのままに受け入れてあげることが一番大切だと思うのです。そうすることで、クライアントさんがボトルを通して自らをありのままに受け入れることをサポートしてあげられます。かつて私自身がそうやって人生最大の癒しを体験できたように。

それは、そのとき抱えている問題の解決よりもずっとずっと貴重な・価値ある体験になるでしょう。というかもしそうなれば、問題はもはや問題ではなくなるかもしれません。

そんなコンサルができたらな〜と、いつも思うのですが・・・ね。
宇宙の月2日・KIN131青い磁気の猿[6月28日(土)] がっかりしたときの対処法

昨日再会した友人は、(職種は今は詳しくは言いませんが)とあるクリエイティブな仕事をフリーでやっています。フリー、またサービス業ならではの仕事の悩みとか、お互い共感できるところも多々あり、いろいろ話していました。

彼女は、クライアントさんのご要望にできる限り答えるべく全力投球で様々なプランを提案し、検討しますと一旦お帰りになったクライアントさんから後日、「申し訳ありませんが今回はちょっと・・・」とお断りされてしまうと、がーーーーっかり!してしまうそうです。
「でも私もおんなじだよ〜」と言ったら「やっぱりそうか〜」と、ちょっとだけ安心した顔をしていました。

例えばコースの無料説明会にきてくれた方が、「申し訳ありませんが今回はちょっと・・・」お断りされることは時々あります。そうすると私もやっぱりがーーーっかり!してしまいます。
頭では、100人中100人全員が自分を気に入ってくれるなんてありえないんだし、受講することを断られたからと言って自分の全てを否定されたわけではないことは分かっているのですよ、もちろん。でも感情は正直です、がーーーっかりしちゃうんです。一瞬体中の力がはいらなくなるの、ホント(笑)。

プロである以上、自分がどれだけ全力投球したかじゃなくてクライアントさんがどれだけ満足してくれたかだけが、自分の仕事の善し悪しを決めるすべてです。だから、クライアントさんのためにと思って自分なりにやれるだけのことを全力投球した結果が報われないから、余計なのかもしれません。

こういうときにがーーーっかり!しない術を、今のところ私は見出せていません。

これからもお断りされることはあるでしょうが、そのたびに私はがっかりするのでしょうか?・・・するんでしょうねぇ。時には断られるのもしょうがないと思うけど、それでもイチイチがっかりするんでしょうねぇ、ふう。どうにもならないよねぇ。

でもだからといって、この仕事を辞めようとも思っていません。だってがっかりする以上に喜びも大きいから!
先日もプラクティショナーやってる生徒さんと話してたことだけど、「とても良かったです」と言ってもらえたときの、「ああ、こんな私でもお役に立てたんだぁ」という充足感は、なにものにも変えられません。

あと、全力投球するのが怖いという人もいますよね。全力投球してだめだったときのことを考えると、立ち直れなくなりそうで怖いって。でもどうなんでしょう?私からすると、中途半端にやってだめだったときの方が怖いのですが。
だって、中途半端にやってだめだと後悔が残るじゃないですか。「もっとこうすればよかった」とか、たらればになってしまって、過去のことにいつまでも縛られてしまいそうです。
全力投球でだめだったときって、その瞬間めちゃくちゃがーーーっかり!するけど、立ち直りも早いのですよ。思い残すことがないから、さっと気持ちを切り替えられるのです。その方がよほどポジティブで健康的でストレスがないです。

そう考えると「がーーーっかり!」も悪くないのかな。
もしネガティブな「がーーーっかり!」ばかりだったら、多分とっくにこの仕事を辞めてるでしょう。何度も何度もがーーーっかり!しつつも辞めてないってことは、やっぱりそれでもポジティブでいられてるって証拠ですね(笑)。
宇宙の月1日・KIN130白い宇宙の犬[6月27日(金)] 再会

今日はとてもうれしいことがふたつもありました。そのうちのひとつは10年ぶりの友人と会えたことです。

お互い10年前はサラリーマンだったのに、今は独立してフリーで仕事をしているところも似てるし、そこに至るまでの経緯も似てました(笑)。
なんか面白い話がたくさんあったのだけど、今日は眠いので明日にするわ〜。検索ちゃんが始まっちゃうしお風呂も入りたいしネ。

ではではおやすみなさい。
水晶の月28日・KIN129赤い水晶の月[6月26日(木)] 数字遊び

数字をボトルに置き換える・・・私はいつもこれで遊んでいます。

数秘術とオーラソーマの関連はレベル2で学びます。名前のアルファベットを数字に置き換えてさらにそれをボトルに置き換えたり、誕生日からバースデーボトルを出してみたり。これは通常の4本ボトルを選ぶのとはまた違うけれど、ある意味それもまた自分なのです。

いつの頃からかそれを応用して、日常に出てくるいろんな数字をボトルに置き換えて遊ぶようになっていました。

一番よくやるのは電話番号です。家の番号でも携帯番号でも、市外局番の後に続くのは4ケタ+4ケタでしょ(東京の場合はね)。
例えばアマーリエの電話番号は5228−4575。これを「52番→28番→45番→75番」と、置き換えてみるのです。ちょうど4本だから、この4本でコンサルができちゃうわけです、オモロー!

自分の携帯番号の最初の「090」以下の8ケタを4本のボトルに置き換えてみると・・・なんかねーホント、そんな風になれたら最高だよね!な、ボトルになります。

あとは車のナンバーでもやるし、住所とか通帳の口座番号もやりますね。口座番号のボトルなんか・・・あああもうぅ〜な並びです(笑)。お金というものに対してもともと私が持っていた考えを、まさに支持してくれるようなボトルたちなんですよね。どれとは言いませんが。

まあこうして、日々遊びながらオーラソーマの勉強をしているわけです(いい加減だー)。


さて、明日からは「宇宙の月」。早いもので1年も終わりです。宇宙の月は「越える」月です。
なんか明日から私、一気に越えちゃいそうな予感。現実的なところは越えて、内面的なところは戻ってくるかんじかなぁ。
水晶の月27日・KIN128黄色いスペクトルの星[6月25日(水)] 一期一会

オーラソーマのコースは、本当に毎回毎回全く違うエネルギーを持っています。
もちろんコースのカリキュラムは基本的に同じ事をやりますが、例えばひとつのワークをした後の感想とかそのワークをどう受け取っているかとかは、個人個人の違いだけじゃなくグループ全体としての感じ方の違いもすごくあります。

例えばレベル2をいつ受けようかみたいな話も、コース中に自然とみんなの中で出たりするわけですが、最短の期間だけ空けてすぐに受ける人が集中するグループもいるし、かなり期間を開ける人が集中するグループもあります。
「私はすぐに受けるわ!」なんて誰かひとりが言いだしっぺになって、なんとなく全体がそういう雰囲気になっていくときもあれば、言いだしっぺがいるわけじゃないけど、なんとなくそういう雰囲気になっていくときもあります。
休み時間に連れ立ってトイレに行く中学生じゃないんだから(笑)、みんな周りに流されているわけじゃなく自分のこととして考えているのはもちろん分かります。でもそれだけでもなく、そこにはやはり周りの人とお互い影響しあっている部分も大きいんだな〜と思うのです。こういうのを無意識のうちに存在する自分(集合意識)と言うのでしょうかね。
ティーチャーという立場にいると、それぞれのグループを全体として見ることもできるわけなので、個人だけでなく集合的な部分も見えやすいのです。

ある生徒さん(具体的な人物を指しているのではない)は、そのメンバーでレベル1を受けたから、3ヶ月ですぐにレベル2を受けたのかもしれません。もし違うメンバーの中で受けていたらその方は1年後にレベル2を受けていたのかもしれません。
いづれにせよ、それはもちろんその生徒さん自身の決断ですが、それ自体が周囲の影響の中で下される部分もあるのかもしれません。

でもね、いつレベル2を受けるかのタイミングが、もしかしてその後の人生の流れを変えるきっかけになったりもするわけです(実際そういう生徒さんもいます)。「あのときあのメンバーでレベル1を学んだこと」が、その後の一生を決めるかもしれない・・・。そのメンバーと一生付き合いがあるかないかの問題じゃなく、そのときその場で出会ったことがとても大きな意味(影響)を持っているのです。

そう考えると、やっぱり自分の人生は自分だけで切り開いてるものではないんだなー。

大河になるためには無数の支流があるわけだし、今の自分の肉体が存在するために何百万人のご先祖様がいるわけです。
同じように、今の自分の価値観や意識が存在するために、一体どれだけの人が関わってくれているんだろうか。

私自身がオーラソーマを学ぶ生徒だったときに集合的な自分に気づくことがなかったけれど、今は一度でいいから「私」が属している集合意識から完全に離れたところから、私のことを見てみたいと思います。きっとクツミとかエルモリアとかが助けてくれるかもね。
水晶の月26日・KIN127青い惑星の手[6月24日(火)] 布ナプ

昨日の日記に「布ナプ」のことを書いたら何人かの方からメールをもらいました。「まだ使ったことはないけど、布ナプに興味あるんです〜」的な内容のものでした。

私の知る限りで一番オススメの、布ナプ情報サイトはこれです→「石けん百貨」

私が布ナプキンを使い始めたきっかけは、興味があったけどイマイチ手が出なかったところで、使っている友人からプッシュされたのが最初でした。
それで使ってみたいと強く思ったのはいいけど、どこで売ってるのか?どうやって使うのかもわからなくて路頭に迷いそうになってたときに、たまたま知人の経営しているオーガニックショップに案内してもらう機会があり、そこで布ナプが売っていたんです。で、その場で初購入。
ただそれをどう使えばよいのか分からなかったから、ネットで調べまくり見つけたのが上記の「石けん百貨」のサイトでした。そこに書いてある体験談を読みながら、とにかく手探りで使い始めた・・・というかんじです。

最初は怖かったから、多い日は避けて少なくなってきてから使ってみたり、仕事中はやめて家にいるときだけ使ってみたりしてました。半年くらいでだんだん慣れてきて、今は布ナプしか使っていません。時々、多い日に心配なときは、1枚だけケミナプを使うときもあります。

もともと探究心が旺盛なので使い始めたら面白くなっちゃって、いろんなメーカーのいろんなタイプのものを試しまくり、今は自分なりに「多い日→少ない日」にかけての、使う製品必勝パターンができあがっています(笑)。
まずは先発として、多い日の昼はウィムーンオーガニックのLサイズ・多い日の夜はすいーとこっとんのどでかい(タオルか!?)プレーンタイプを使います。そして中継ぎは、すいーとこっとんのウィング付きタイプで、抑え(少ない日)はプレジャープスのクリップオンタイプかメイドインアースのプレーンタイプで締めます。

・・・なんか他人の使っている生理用品の話なんて、聞きたくないかな。だとしたらすみません。

あー、布ナプの素晴らしさについて熱く語り合いたい(笑)!!
水晶の月25日・KIN126白い太陽の世界の橋渡し[6月23日(月)] 腰を上げて

仕事でよく行く青山に、ナチュラルハウスという自然食スーパーがあります。私もよく行きますが、そこのレジでマイバックを持参してレジ袋を断っている人の割合は、私が見たところ半分以上はいるでしょうか。さすがそういうスーパーにわざわざ買いに来るだけあって、環境への意識は高いようです。
ではウチの近所のスーパーはどうかしらというと・・・これが悲しいことにほとんど見かけません。
今日、近所のスーパーで買い物をしたついでに、時間があったのでレジでのマイバッグ率をチェックをしてみました(ヒマ人)。

買い物するフリをしながらさりげなくレジの周囲をうろうろしレジに並ぶ人を見ていたのですが、まず客層は・中年女性7割・老年男性2割・若者1割というかんじ。
15分くらいで大体50人は見たと思うのですが、そのうちマイバッグ持参でレジ袋を断っていたのは2人でした。ひとりは外国人の中年女性・もうひとりは30代くらいの主婦っぽい女性です。
この1年くらいは特に、メディアでも盛んに環境問題をテーマに取り上げているし、毎日なにかしら目に耳にしているのではないかと思います。でも現実はこんなモンなのね(ふてくされてしまいそう)。

私が思うに環境問題に関しては、どんなにメディアで盛んにあおっていてもなかなか広がらないのは
・せっぱつまった感がない
・自分で行動しなくちゃいけない
のが、ネックなのではないかなーと思います。

あのーでもね、別にエラそうなことを言うつもりはないのだけど、エコって案外実践しみるとそんなに面倒なことじゃないのよね。それどころか、楽しいものですよ。

例えばマイバッグで買い物したら、帰宅後バッグをまた畳まなきゃいけないわけです。最初はそれすら面倒なのではと懸念していた面倒くさがりの私ですが、実際は全然!「今私、良いことしてるじゃん」と思うと、全然面倒じゃないしむしろそんな良いことしてる自分が好きになります(ホントよ、笑)。だから楽しいのです。やはり気持ちって大事だよね〜。
例えば布ナプに替えたときも、毎回洗うなんてずぇ〜ったい面倒くさそうだとなかなか重い腰があがらなかったのですが、実際やってみたら全然!「私って自分の体を大切にしてあげてるな〜もっと大切にしてあげたいな〜」という気持ちが自然に沸き起こり、そんな自分が好きになります(笑)。だから全然面倒じゃないの、楽しいの。
これは布ナプを始めた人がみんな言うことなんですよね。やってみたら全然面倒じゃなくて、むしろ毎月の生理が楽しみになるって。生理が楽しみになるなんて想像できますか!?できませんでしたよ、私は。でも本当になっちゃいました。

だから環境に配慮する行動を起こすことは、地球にどうのということ以上に、自分の心が豊かになるし自分のことが好きになれるし、結果的に幸せで毎日が楽しくなるんだということを、しみじみ実感するのです。

使命感に燃えるのももちろんやりたい方はおおいにけっこう、大事なことです。でももっと単純に日々のストレスって案外こういうことの積み重ねからくるもので、逆にこういうことの積み重ねがストレスを減らしてくれるものだと思うのだけど。

これって、やってみないと分からないだろうなー。でもやってみれば分かるだろうなー。
水晶の月24日・KIN125赤い銀河の蛇[6月22日(日)] セッション後

あーーー、眠い!

木曜日にエーテリックヒーリングのセッションを受けてから眠くてたまりません。それにいつも少しイライラしています。
いや、正確に言うと、全くイライラしないときもあれば、ものすごくイライラするときもあるのです。その落差が激しいのと、イライラも落ち着きも瞬時に交代するようにやってくるので、なんだか自分の心の動きが予測がつかないのですよね。

とにかく眠いーので、もう寝ます。おやすみなさいませ。
水晶の月22日・KIN123青い律動の夜[6月20日(金)] キャンドルナイト前夜

明日は夏至・キャンドルナイトの日です。

キャンドルナイト・もう知ってるよね(笑)。一年で一番昼が長い夏至の夜に、明かりを消して省エネしようという試みです。年々盛んになってますし、ホテル等の公共の施設や、東京タワーのライトダウンが有名ですね。

私は元々電気をつけない人です。省エネ以前に電気をつけるのが好きじゃないのです。子供の頃からいつも電気をつけずに過ごしていました。

夜中、シーンとした部屋の中でかすかに聞こえる「ブーン」というモーター音。部屋中の電気を全部消してもまだ聞こえます。音が壁や天井の中を走っているのが分かります(ネズミか!)。あれが嫌なんですぅ。
最近じゃベッドを壁にくっつけるのができなくなってしまいました。僅かでもいいから壁から離して置くと違うような気がします(気のせいかもしれないけどね)。音のことだけじゃなくて、自分の心身への影響という意味でも、です。

自分の部屋の天井のライトも、1ヶ月に1度くらいしかつけないですねー。ベッドの横に間接照明が置いてあって、それくらいの明るさがあれば充分なんでもできます。間接照明だから動かしやすいので、本を読む等必要なときは必要な場所へ、その照明を動かせばよいのです。

これはパリに住んでいる友人宅へおじゃましたときに学んだことです。

そこは築100年とかの住宅だから、天井に明かりをとりつける装置がありませんでした。そのかわり部屋のアチコチに間接照明が置いてあって、それ自体がインテリアになっていました。そのうちのいくつかを好きなようにつけて、薄暗い中でおしゃべりしているときのなんともいえない穏やかで落ち着く感じが忘れられませんでした。
友人曰く、「パリの家は大体そんなもの」だと。確かにヨーロッパのレストランは「なんでこんなに暗いの!?」っていうくらい、照明が暗いです。でもそれがすごく好きになりました。考えてみれば、必要なだけの明るさがあればこうこうとつけておく必要はないわけです。実際そのくらいの明るさの方が、肌や顔も美しく見えるのですよ。
更に、暗いということは神経が休まるのです(寝るときは暗くするでしょ)。なので本来暗いはずの夜に明るくしてると、神経を休められる時間に休ませてあげられないので、ストレスになるんですね。

ボトルも、ライトスタンドで見るよりも自然光で見る方がナンボか美しいですとよー(なんで方言なんだ?)。
水晶の月21日・KIN122白い倍音の風[6月19日(木)] いろいろあったよ

今朝は満月、そして今日はアクシオトーナルアライメントのセッションを受けてきました。それって何かというと、話すと長くなるし私もきちんと説明できないので、省きます(笑)。詳細は、なんらかの変化や作用を実感し始めたら書けるかな〜。

日頃から自分の体調を自己管理するように、自分のエネルギーも管理しているつもりですが、自分ではどうにもできないこともあります。そういう時は人にやってもらうわよ〜と、今日のヒーラーさんも言ってました。
私の場合は、それもあるし、あとは単純にいろんなヒーリングを体験するのが大好きだというのもありますねぇ。


さて、そろそろ13の月の暦的には今年も終わりということで、新年度版の商品が販売開始になり始めました。

今めちゃくちゃ悩んでいるのは、来年使う手帳をどれにしようか・・・です!

こよみ屋さんの手帳が一番オーソドックスなのでしょう。いろんな情報が載ってるし。あととにかく書きたい人には、日記帳として使えるコズミックダイアリーがお勧めですよ。それプラス、去年初めて発売されたお洒落な白の手帳が、来年の色(青)になってまた出るのです。これがお洒落なだけじゃなくてとても使いやすいのよねー。
今はコズミックダイアリーを使っています。日々感じたことや起きた出来事を書きながら暦を体感して学んでいたので。この「書く」というやり方は、私的には暦ビギナーの方には非常にお勧めです。
私の場合も毎年書きまくっていましたが、何故かメキシコ以来ぱったりと書かなくなってしまいました(それでも生理はちゃんと28日で来てるんですけどね)。しかしそうはいってもやっぱり多少は書くしな〜。そうなると小さめで持ち歩きしやすい・そしてお洒落で使いやすい・さらに価格も値下がった・・・ということで、今の気持ちは青い手帳にかたむいています(笑)。
ま、実物をまだ見てないから分かりませんが。

手帳の画像はアマーリエHPの「13の月の暦」ページにUPしましたのでご興味のある方は見てみてくださいませ。
水晶の月20日・KIN121赤い自己存在の竜[6月18日(水)] 誰かのため・3

昨日の続きで私が思うこと。

「自分の求めているものを満たす」=(最高のように見えて実は)そこそこの道
「自分の求めているものを満たし、他人が求めているものを与える」=最高の道

クマの本をくれた生徒さんは「コンサルテーションをしてクライアントさんが喜んでくれたり、感謝してくれたり、その人のオーラが輝く瞬間を見られると、自分の魂も磨かれる気がする」と言っていました。

自分の魂を磨くのは自分なんだけど、そこには必ず他者の存在がある。ここでも自分と他者の関係性があります。

あ、でも、自分の魂を磨くために、わざわざ助けを必要としている人を回りに集めなくてもいいんですよ。それは依存になってしまいます。
自分の存在意義を他者を助けている自分に置いてしまうと、助けを必要としている人を生み出すことになります。全ての人の平和を願いながら、ホントにすべての人が平和になっちゃったら自分が助ける人がいなくなっちゃう→自分の存在意義がなくなる→平和じゃない人を生み出す・・・にならないようにね。
依存にならないためには、「他人は自分である」という感覚が大事なのかもしれません。

あー、なんかもう、まだるっこしい(笑)。
他人を助けるということは自分を助けることなんです。「自分」と「他人」という区別はないのです。「誰が誰を」とかない世界。
水晶の月19日・KIN120黄色い電気の太陽[6月17日(火)] 誰かのため・2

56番のペールヴァイオレットのボトルは「サンジェルマン」と言います。サンジェルマンのテーマは「最高の道を歩む」。
また、バイオレットという色のテーマには「奉仕」「魂の使命」なんてのもあります。
つまり、魂の使命を生きることがイコール奉仕であり、それこそが最高の道である・・・ということですね。ここで言っているのは、そこそこの道じゃなくて最高の道なんです。
昨日の日記の最後に書いた「人間は、自分以外のもののために生き始めたときから、本当の人生が始まるんだよ」とは、まさにこのことを言っているような気がします。

昨日紹介した「クマともりとひと」の本の中で、中学生は自分たちがクマを守るんだと決意したときから、使命感に燃えて猛勉強をするようになったそうです。自らが高い志を持った瞬間から、勉強しろなんて言われなくてもどんどんし始めたのです。
そしてその志が、自分だけのためのものだったら苦しくなったらやめてしまうかもしれないけど、自分が助けてくれるのを待っている何かのためだったら苦しくても頑張り続けられるのです。中学生たちはそうやって国を動かすことができました。

「自分が誰かの役に立っている」という感覚、これこそが自分の存在意義をもたらすものなのかもしれません。ということはやっぱり、アイデンティティとは他者の存在なくしては成り立たないものなのですかね〜。人間の究極の恐れは「孤独」に対する恐れだっていうしねぇ。この辺はイエロー・バイオレットの補色の関係性のテーマですね。

また、55番のクリア/レッドの「キリスト」は、自らの実存に光と神聖さをもたらすボトルです。そこにあるのは自己犠牲的な愛。自分のすべてを他者に捧げるような愛です。それがレッドだということは、そういうふうに生きることが最高の「生」だということなのかもしれません。

私たちの魂には、今生のブループリント(ブルー)があります。それがなんなのかを意識のレベル(イエロー)で知ることが真実の道(グリーン)の発見であり、そのブループリント(ブルー)を生きる(レッド)のが最高の道(バイオレット)なんですね。

「他者のために生きるのが自分にとっての最高の道」「自らの最高の道を歩むことが他者への奉仕」。どっちが先なんでしょう?ニワトリが先か卵が先か。
私が思うのは、どちらが先でもなく、このふたつの側面が完全にひとつになりながら生きていることが最高なんではないかと。
水晶の月18日・KIN119青い月の嵐[6月16日(月)] 誰かのため

最近、私の周りが熱い!です。周りというのは周りの人たちという意味です。生徒さんやクライアントさん・友人・知人・・・。私自身も加速していると感じているけど、周りはそれ以上に熱く加速しているように感じます。盛り上がってるな〜!←そう思ってるのは私だけかもしれないけど

実際になにか行動している人ももちろんいますが、特段何があったというわけではなくてもいいみたいです。ただなんというか目覚めていく感じというか、なにかに気づいてゆくというか、ますます輝いてゆく感じなのです。その人が問題を抱えていてもいなくても同じで、どちらの人もどんどん良い方向へ向かっているように見えます。
そういう人たちが身近にいるのは、私自身もすごく励まされるし、勇気付けられます。力をもらえます。ありがとうございます!

青山にクレヨンハウスという絵本やさんがあります。そこは絵本だけではなくて、オーガニックレストランやオーガニックショップも併設されていて、仕事で青山に行くたびに立ち寄ってしまうほど大好きなお店です(オーガニック製品がここまで充実しているお店ってそんなにないし)。
以前あるクライアントさんに「オーガニック製品を買うということは、自分の健康のためというだけでなく、オーガニック製品の生産者さんの生活を助けることに繋がるし、オーガニック製品が売れればそういうものを作る業者がもっと増えることにも繋がるんです」と言われました。
それまで自分のために買うという意識しかなかった私には、目からウロコな発想でした。そしてそれ以来、さらにせっせとオーガニック製品を買うようになりました(笑)。

エコ関係のとある本が欲しくて、今日仕事で青山に行ったついでにクレヨンハウスに寄り探したのですが、目当ての本はなかったんです(クレヨンハウスは絵本だけでなくオーガニック関係の本も充実しています)。

そしたら今日の夜いらした生徒さんから1冊の本をいただきました。それは熊や日本の自然林・そこに住む生き物たちを守ろうという「日本くま森協会」という団体が出版している小冊子でした。始めに欲しかった本ではなかったけれど、環境に関する本が手に入ったのも妙にシンクロしていて興味深かったですが。

その本は、ある新聞記事をきっかけに、中学生たちが絶滅寸前の野生の熊を守るために立ち上がり行動を起こし、徐々にその運動が広がりついには行政を動かしてゆく様子(実話)を、簡単な文章でまとめた本でした。実話だということや、中学生たちのひたむきな気持ちが簡単な文章の中にストレートに伝わってくることもあり、環境問題がとても分かりやすく身近なものとして読むことができました。
中学生だったから純粋に熊を助けるためにあそこまで行動できた・・・じゃなくて、本当は大人がやらなきゃいけないことなんだろうなと、考えさせられました。この本、お勧めです。よかったら見てみてくださいませ。「クマともりとひと」

この本の作者は、その中学生たちの先生です。この先生が中心となって熊を守るための運動を起こし、今その先生は「日本くま森協会」の会長として全国を飛び回っているそうです。その先生の師があるときこんなことを教えてくれたそうです。

「人間は、自分以外のもののために生き始めたときから、本当の人生が始まるんだよ」

これを読んだとき、私は胸がずっし〜んとなりました。感動と、あとはなんというか・・・身が引き締まるようなかんじかなぁ。
水晶の月17日・KIN118白い磁気の鏡[6月15日(日)] 白い鏡

今日から私のウェイブスペルだわ〜(白い鏡)。

前回の白い鏡のウェイブスペルのとき(260日前ということね)、自分がどんな状況だったか知りたくて、ダイアリーを読み返してみました(こういうときのためにダイアリーつけてると良いのよ)。
あーーー、そうだった!前回の時はとても大きな出来事があったのでした!

それは、ある決断を迫られる出来事でした。自分への真の「愛」に基づいて決断するか、自分を認められないから人から認められたいという「恐れ」に基づいて決断するか。で、前者に基づく決断をしたのでした。美味しいエサをちらつかせられる感じで決めるまでは迷ったけど、決めたら後はすっかり忘れてしまって、今ダイアリーを読み返してようやく思い出すほどです。大したことじゃなかったのね、実は。
結果的にはその決断で大正解だったので、やっぱり何事も自分の内なる声に従って良いんだと、そのときあらためて「内なる大いなる意志への信頼」を強められた出来事でした。

それ以外の仕事面でもプライベート面でも、前回の頃と今回で似たような状況にいるんですね、面白いことに。
そして前回のときも今回も67番を使ってるんですよねー。

今回のウェイブスペル期間(13日間)はどんな13日になるのでしょうか。
今のところ仕事的にはそんなに忙しくならない予定です。でもその分、1週間前から急に変わった自分のエネルギーに関して探究する時期にするつもりです。「自己メンテナンス週間」です。
水晶の月15日・KIN116黄色い水晶の戦士[6月13日(金)] 天声人語みたいな話

最近、時事ネタが多い気がしますが・・・今、私がそういうモードなんだろうか。ま、いいか。
今、世界中から関心を集めている中国のこと。

チベット問題が起きたとき、中国は世界中から非難を受けました。「なんて酷いことをするんだ!」って。そしたらそんな矢先に四川大地震が起きました。悲惨な光景がニュースでたくさん流れました。
あのとき、みんなはどう感じたんだろう。

小学生のとき、クラスじゅうから嫌われていたいじめっこの家が火事になったときのことを思い出しました。
そのとき中には「ざまあみろ」と言う子もいました。中には複雑な気持ちのままカンパする子もいました(私もそのうちの一人)。中でもいじめっこのことを一番激しく嫌っていた女子が一番カンパに熱心だったのが、当時の私にはよく分かりませんでした。「あれ?嫌ってたんじゃないの?」って思いました。
でも多分彼女からすれば、そのときは嫌ってるとかいないとかの問題じゃなかったのかもしれません。困っている人を助けたいだけだったのかも。そのくらい愛情深い子でした。愛情深かったからこそ、いじめっこが人をいじめるのを許せなかったんだろうし。

一連の中国で起きたことは、中国がチベットにしている行為を認めなくても、中国や中国人を認めないのとは違うということ・そこを混同してしまわないことの大切さを、私の中で今一度確認させてくれる出来事でした。
「その人の行為に認められないものがあった時ちゃんとNOを言うことは、お互いの成長と学びのためにとても大切です。しかしそれはその人の存在を否定することとは違います。全ての人は存在する権利があるのです」。

先日の水泳の水着問題で、北島選手とミズノが出した結論。あれがまさにこのことの一番良いお手本だと思うのです。
北島選手は、金メダルという最大の目標を達成するためにミズノは着ない(NO)と堂々と宣言しました。でもそれはミズノそのものを否定するのではない・むしろ今後ますます強い信頼関係を結び、ミズノのために貢献するとも宣言しました。ミズノもそれを支持しました。

長い目で見ればその方がミズノとしてもメリットがあると思うのよね。一時的にスピードの水着の方が売れることがあったとしても、今回の件でミズノの製品は駄目なんてほとんどの人は思ってないだろうし、むしろミズノのイメージはぐんとUPしたよね、「ミズノは誠実な会社だ」って。だからミズノ製品はますますこれからも売れるでしょう。そんなもんかって?そんなもんじゃないの〜(笑)。

NOを言うことがすべて相手を否定していることではないということです。ポジティブなNOにはデメリットはないのです。

北京オリンピック、大成功して欲しいと心から願います。
「中国はけしからん国だから協力しない」なんてレベルにとどまらないで、一歩先に進んで欲しい。オーラソーマでいう「小さな意志を手放して、大きな意志を生きる」です。そうすることでより良い世界を創造していけるんだってことを、オリンピックの成功という形で世界中に見せつけ・勇気づけて欲しいものです。
水晶の月14日・KIN115青いスペクトルの鷲[6月12日(木)] 直感的って知的だよ

直感って、ある人からすれば、いい加減とかテキトーとかって思われるのかもしれませんね。でも私はそうとも思っていません。
いい加減にやっていることの言い訳として直感という言葉を使う人もいるでしょう。でも本当の意味での直感って、とても知的な作業だと思うのですよ。

多分、理性的であることを知性的だと思っている人が多いんだろうなぁ。でも「理性」と「知性」は違うのよ。

「知性」を辞書で引くと、「認識・理解する能力」とあります。そして「理性」は「道理に基づいて物事を判断したり行動する能力」だって。ついでに「直感」は「勘の働きなどで物事の真相をただちに感じ取ること」だそうです。
ね、「理性」も「直感」も、物事を知る能力であることには変わりないのよ。

私の考えでは、理性的に知るとは「個」としての知性を使うことであり、直感的に知るとは「大いなる存在(内なる教師)」が持っている知性を使うことです。だとすれば、両方使うほうがよりよく知ることができると思いませんか〜。

「内なる教師」の知性ってすごいと思うのよ。彼らはの知性はアインシュタインもびっくりなくらいに、賢いし「頭いいよねー」な感じです。私なんかが100人集まっても考えつかないような方法で、問題を解決してくれるし道を示してくれるのです。あ、内なる教師も私のことなんですけどね(笑)。個としての「私」以上の「私」のことですね。

その内なる教師と繋がる方法が「直感」なんだとすれば、やっぱり直感を使うってとても知的な作業です。

ちなみに、私はけっこう両方バランス良く使えてる方だと思っております(笑)。元々知的欲求がとても強い性格だと思いますが、その「知り方」は理性・直感両方の側面から知ろうとします。
なんかあるとすぐ辞書を引いちゃうようなところは、すごく理性的に知りたいタイプです。数学や物理も好きで、それこそ「理にかなっている」のが好き。
でも理性で測れないことにもオープンかなぁ。理由がなくてもそれで良いと思ったら受け入れます。そのときの「それで良い」と思うのは直感です。「理」で割り切ることのできない、人間の心の奥深くとか芸術的なものも大好きです。

一番好きな人間のタイプは「直感的な科学者」とか「理論的な芸術家」みたいな人ですかね。でも本当のところを言えば、科学ってとても直感的な部分を使うものだと思うのですけどね。その辺の境目は本当はないというか。
水晶の月13日・KIN114白い惑星の魔法使い[6月11日(水)] 変化する

先日レベル1コースを終えたばかりの生徒さんの話。

「オーラソーマを学んだりボトルを使い始めてすぐに、人に対する自分の態度や気持ちが変わったことにまず驚きました。そしてその日のうちに相手の自分に対する態度も変わったことに更にびっくりしています。正直な気持ちが相手に(無意識のうちに)伝わってしまう。こんなにすぐに反応が出るものなんですか!?」。

また別のある生徒さんの話。

「最近、オーラソーマのすごさを実感します。もうオーラソーマを知らなかった昔には戻れない。嫌なものに対する適応力がどんどんなくなっていく。それはいいことなのかもしれないけど、ちょっぴり複雑でもあります。」

オーラソーマは、今この変化の時代に、私たちの意識の成長と変化をサポートするためのツールです。そして今の変化とは「本来の自分になる」という意味での変化だと私は感じています。
そう考えれば、上に書いた生徒さんたちの話も分かるよね。

この大きな変化は、有無を言わせないものだと思います。この変化の波に乗らない人は例外なくいません。地球に生きている全てがこの変化の船に乗らなきゃいけないの。というか、もう乗ってるんだよね。乗らずにいることはできないのよ。だって地球自体が変化しているから。
地球自体が変化しているから、地球に生きるものも必然的に全て変化しています。
でも私たちは、地球自体が変化していることを承知の上でこの時代に地球に生きることを(それこそ昨日の日記に書いたけど)「選択」してきたのですから、本当は変化に反対する人はいないはずなんですよね。

変化に不安はつきものです。変化に適応することも大事だけど、同時に自分を見失わないのも大事。だから今ゴールドなんだろうな。
水晶の月12日・KIN113赤い太陽の空歩く者[6月10日(火)] 世間では

世界記録の北島選手と、秋葉原事件の犯人は同い年。
奇しくも同じ日に、腹のそこから沸き起こるような止められない衝動や感情を爆発させていたという点で、現れ方のベクトルは真逆でしたがふたりは何か同じものを体現していたように見えました。

これは私にとってはとても象徴的な出来事でした。他人事ではなく、自分の中に北島選手な自分もいるし加藤容疑者な自分もいるのを感じます。もちろん私はオリンピックで金メダルを取ることは一生ないし(断言)、無差別殺人を犯す可能性もほとんどないと分かっているつもりですが、行為のことじゃなくて「質」のことです。
両方の質があるということは、どちらにでもなり得るということです。そして多分今一番私たちが気づかなくちゃいけないのは、「どちらを選ぶかは自分の選択で決まる」ということでしょう。親のせいでもなく、社会のせいでもなく、運が悪かったのでもなく、どうでもいいと放棄するのでもなく。
だからきちんと自分で意識的に「選択」しなくちゃいけないのでしょう。もし今まで好まないものを選択してきてしまったのなら、そんな自分を責める必要はありません。次から好きなものを選択すれば良いのです。そのために自分自身と向き合うことが大切です。そして何より自分を愛すること。


もうひとつ、私からするととても象徴的だと感じることが巷を賑わせています。やはり水泳界の話題ですが、水着問題。国内メーカーは、契約を結んでいる選手がスピード社の水着を着ることを認めるのか?

ここでは、国内メーカーは「個の利益と全体の利益のどちらを選ぶか」を迫られていると感じます。これまた今私たちひとりひとりにとっても、とても重要なテーマです(私はそう思っているのだけど)。
個の利益を考えることが悪いとは思いません。おおいにけっこう。そして全体の利益とは「自分以外の全て」ではなく「自分も含めた全て」であるのだから、全体の利益は個の利益でもあるはずなのです。でもそこでどうしても「自分が先!」と考えちゃうところが、人間のエゴですよねー。今私たちはそこに成長のテーマがあると思うのですよ。
どれだけ「エゴを越えたところで選択できるか?」。ミズノはどういう決断を下すのかな〜。

つまり

・自分の人生は自分の選択で決まる
・その選択を、個の利益のためにするのか全体の利益のためにするのか

この辺が今とても大切なテーマなんだなぁと思うのです。
本当に、今ニュースで見る出来事は、個人の内面で起きていることの鏡です。世間を賑わすニュースや出来事・人たちはからは、今私たちはどうすれば良いのか?とてもたくさんのことに気づかせてくれます。

あとは見る私たち側の意識の問題なんだろうな。気づきを持って見ているかどうか。どう見るかは人によって違うでしょうが、意識的に見ることがとても大切だと思います。せっかく(ニュースに出るような)たくさんの人たちが、私たちに何かを気づかせようと体を張ってくれているんです。その厚意を無駄なものにしたくないと思うのです。
水晶の月11日・KIN112黄色い銀河の人[6月9日(月)] キーワードはレムリア

あーーーーー、びっくりした。まだ興奮冷めやらぬ・・・です。

何がびっくりかと言いますと、今日起きたことなのですが。

今朝から自分の中で何かエネルギーの流れが変わった気がしていました。

昨日でコース8連チャンが終わり(←無謀なスケジュールを組んでしまった、苦)、2008年の明けとともに始まったサロンの引越しやそれに伴う怒涛の忙しさが一段落して、6月は少しゆっくり過ごせそうだ・ここしばらく体調もいまひとつだし、なにか意識が前に進んでいかない感じがしていたけど、それももうすぐ終わりで、やろうと計画していたアイディアを実行に移すタイミングがもうすぐ来るかなと、予感はありました。

で、今朝起きたときに、なんとなく新たな流れが始まった気がしたんです。まあ、ホントは昨日まで忙しかったから少し休暇をとってから始めたかったけど、どうもお上は待ってはくれないようです(笑)。

そして今日、ミネラルフェアに行きました。昨日までは行く時間がなかったしね、行けて良かったです。
特に買いたい石が決まっていたわけではなく、ピンとくるものに出会ったら買おうという感じでした。でもその方がどんな石と出会うのかの期待でワクワクできるんですよね。で、出会っちゃいましたー。今回の出会いはレムリアンクォーツ。目にした瞬間「(何故か)懐かしい〜」・手にした瞬間ほわ〜と優しくて、確かにレムリアな感じです(どんな感じなんダ、笑)。

夜帰宅して、レムリアンクォーツがどんな石なのか知りたくて、早速ネットで調べてみました。そしてあるサイトにたどり着いてレムリアンクォーツに関する記述を読んでいたら、なんと!突如文章の中に私の名前が出てきたのです!うぎゃーーー!なんじゃこれ!?偶然!?でもその文章は、まさに私がやろうとしていることに繋がる内容だったんです(まだ詳しく言えないのがもどかしい)。あまりにもびっくりしてしばらく心臓のドキドキが止まりませんでした。

その後自室に戻り、今日届いていた海外に住む友人からの手紙を開けました。普段はメールのやりとりだから手紙なんてとても久しぶりです。で、中から出てきたのは新聞の切り抜きでした。そこには、私がやろうとしていることにどんぴしゃな記事が!!私、彼女にその話してないよーーー。なのになんでこんな記事をわざわざ送ってくれるの!?なんで知ってるの(だから彼女は知らないってば)!?そしてなんでこのタイミングで送ってくれるの!?ようやく落ち着いた心臓が前にも増してバクバクです。

出会ってしまったレムリアンクォーツ・サイトで見た私の名前・友人が送ってくれた新聞記事・・・。
1日で3回も偶然が起きてなにがなんだか興奮してしまって、エンジェルカードを引いてみることにしました。「このことにはどんな意味が?」と心で唱えながら1枚引いたところ・・・。
「同じメッセージを3回続けて受け取ったら、それは天からの導きです」だと。

それを読んだときは、もうあっはっはと笑ってしまいました。笑うしかないってカンジ。
ちょろっと流れ始めたと思ったらとんでもなくて、堰を切ったように流れ始めたようです。昨日と今日とで別世界に行っちゃったみたいに、私を取り巻くエネルギーが違います。13の月の暦的にも、今銀河の活性化の正門も開いてるしね。

偶然って偶然起きるんじゃないんですね、面白すぎー。

キーワードは「レムリア」。あともうひとつあるけど、それはまだ言えない〜。
水晶の月9日・KIN110白い律動の犬[6月7日(土)] トゥーランドット

おととい書いたポール・ボッツの話がやけに反響があります。テレビでやったからかな?

ポールが歌ったのはオペラ「トゥーランドット」のアリア「誰も寝てはならぬ」。トゥーランドットってイイ話なんですよ〜。

昔々、中国に氷のような冷たい心を持った絶世の美女・トゥーランドット姫がいました。姫は言い寄る男たちに絶対解けない難しい謎々を出し、これが解けたら結婚してあげると言い、案の定解けないとさっさと殺してしまっていました。そこへ現れたのがナントカ王子(名前忘れた、苦)です。姫の美しさに一目ぼれした王子はなんと謎を解いてしまいます。
まさか謎を解ける男がいるとは思っていなかった姫は、解けたら結婚すると約束したにもかかわらずこの期に及んでゴネ始めます。
そこで王子は提案します。「では明日の朝までに私の名前を当ててください。もし当てることができたら私は潔く死にましょう。でも当てることができなかったら約束どおり結婚してください」(なんて寛大なんだっ)。

そこで姫はやっきになって一晩中王子を知る人間を探します(そこで歌われるのが「誰も寝てはならぬ」)。
姫は王子のことを密かに慕う奴隷の女・リューを探し出し、ひどい拷問にかけて王子の名前を聞き出そうとするのですが、リューは決して明かそうとしません。氷の心の姫からすれば、何故こんな痛い目にあってまで王子をかばうのかが分からないのです。そしてリューは「それは愛ゆえにです。いつか姫様の心が溶けて愛が戻ったら、そのとき私の気持ちが分かるでしょう」と言って自害します。
ついに名前が分からないまま朝を迎え、王子は姫に求婚の熱い口づけをします。その口づけとともについに姫の氷の心は溶け始めて、姫は最後にこう言います。
「あなたの名前が分かりました。それは「愛」です」。(エンディング)

わーん感動ー、泣けるーーー。

私は特にリューのエピソードに涙が止まりませんー。
だってさー、リューは王子のことが好きなんだよ。好きな人(王子)が別の人(トゥーランドット)を好きだっていうだけでも辛いと思うんですけど。しかも自分が名前を明かさないということは、好きな人が別の人と結ばれることになるわけですよ。それなのに明かさないなんて!拷問まで受けて!そこまで深く王子を愛しているんですね。自分が王子と結ばれたいという気持ちや自分の命よりも王子の幸せを願うほどに、王子のことが好きなんです、リューは。
あああ、こうして書いてても泣けてくる・・・。
水晶の月8日・KIN109赤い倍音の月[6月6日(金)] 勉強会

今日は反省の1日でした。教えるって難しい・・・とほほ。

アマーリエではオーラソーマを学んだ方へのフォローとして定期的に勉強会を開いています。そして時々「勉強会に参加したいけど、日頃勉強不足なので参加するのが不安だ」ということを言う方がいます。
あのー、オーラソーマの勉強をするのが勉強会の目的ですから、勉強会に参加するために勉強しなくても大丈夫なのよ(笑)。もちろん勉強会以外の時間にも勉強するのはとても素晴らしいことですが。

ま、でもつい心配してしまう気持ちは分かります。

私自身も学んでいた頃は、自分のスクールの勉強会に毎月のように参加していました。それこそティーチャーになる直前まで。
オーラソーマのことはまだ全然分からなかったけど、勉強会に参加することに不安はなかったです。でも別に自信があったわけではありません。「分からないから勉強会に参加するんだ」・・・くらいに開き直っていただけです(笑)。

もし私が勉強会の中で知らないが故になにかとんちんかんなことを言ってしまったら、やっぱりすごく恥ずかしく感じると思います。でもそれは別に傷つくことではありません。
そしてもしそのことで馬鹿にされるようなことがあったら(そういう人はいなかったけど)、むしろ馬鹿にする人の方に癒す必要のある何かがあるんだなと冷静に感じていると思います。だから傷つくことはやはりありません。

そう考えていたので、参加することに不安がなかったんだと思います。

ま、でもホントのところは、あんまり深く考えていませんでしたけど。とにかくできるだけコンサルテーションをやってみたかったし、オーラソーマについて熱く!語り合いたかっただけだったかな〜。
水晶の月7日・KIN108黄色い自己存在の星[6月5日(木)] シンクロ

昨日、ポール・ボッツの話を日記に書きましたが、今日の「奇跡体験アンビリーバボー!」で彼の特集をやったそうですね、私は見られなかったけど。

なんかシンクロで楽しいな〜。

私は彼の話は結構前から知っていて、昨日の夜ふと思いついて日記に書いただけです。でも偶然にも同じタイミングでテレビでも放送するなんて面白いですね。なにかテレビ局の人と私が共鳴していたのでしょうか。

いや、どちらかというと、ポールのことを知って心を綺麗にしたいと潜在意識で願っている世界中の人に共鳴したんだと思いたいです(笑)。私もテレビ局の人もね(テレビの方が影響力はずーっと大きいが)。

ポールの話は、これからの時代に自分が幸福になるには何が大切かをあらわしているエピソードですもんね。世界中に広まるはずですね〜。
水晶の月6日・KIN107青い電気の手[6月4日(水)] 良い時代が来たな

ブサイク歌手・ポール・ボッツをご存知でしょうか?

ポール・ボッツはイギリス人のオペラ歌手です。
幼少の頃からブサイク故にいじめられ続け、歌だけが友達だったポール。大人になって携帯ショップの店員をしながらほとんど独学でオペラを学び歌手を目指すものの、オーディション直前に交通事故にあうなど不運続きだった彼ですが、とあるテレビのオーディション番組に出演し、その歌声で観客をあっという間に魅了し優勝!一夜にして人気者になったのです。今デビューアルバムが世界中で売れているらしい。更にそのサクセスストーリーの伝記映画もハリウッドで製作決定だとか。

ユーチューブでオーディション番組出演時の映像を見たけど、確かにポールが舞台に登場した瞬間、審査員も観客もあまりのブサイクさにドン引きしてるのがありありです。しかし、曲が始まりイントロから第一声を歌いだした瞬間に会場の空気ががらっと変わるのもありありでした。その魂の歌声で瞬時に会場を自分の色に染め変えたのです。
曲が終わる頃にはスタンディングオベーションと感動の涙に包まれた会場。しばしコメントも言えぬほど感極まっている審査員たちと、舞台上ではにかむポール(はにかみ顔もブサイク)。

こういう話を聞くと、つくづく「良い時代が来たな〜」と思います。

「自分を生きている」人が正当に評価され幸せになれる時代に突入したのですね。それはこれからそうなるんじゃなくて、すでにそうなってるんですよ。
すでに自分を生きてる方が生きやすくなってるんです。だからもう自分に嘘をつくのはやめようよー。

オーディションでポールが歌ったのは、かの有名なオペラ・トゥーランドットのアリア「誰も寝てはならぬ」。←荒川静香がオリンピックで使用してなかったっけ?
この曲は、氷のように冷たいトゥーランドット姫の心を溶かすために王子様が歌う愛の歌です。そしてポールの歌声は確かに「愛」でした。その愛によって会場中(世界中)の人の心を確かに溶かしたのです。
今のポールの中に、いじめられたときや不遇時代の様々な傷や痛みがないわけはないと思います。それでもあんな歌が歌える・人はどんな境遇にいても「愛」を失うことはないんだというところが、私は一番感動するのです。
水晶の月5日・KIN106白い月の世界の橋渡し[6月3日(火)] 母へ

時々生徒さんなどから「自分がオーラソーマをやっていることを、家族や友人に反対されたり理解してもらえない」という話を聞きます。「センセイはどうですか?」とも。

はぁ、私は別に反対されてません〜。
あまり近しくない人たちに眉をひそめられた事はありますし、それはもちろん気持ちよいことではありませんでしたが、だからと言ってその人たちとの関係が悪くなることもなかったし(そもそも悪くなるほど仲良くなかったし)、その人たちを説得する必要もないことですしね。

でもじゃあ私の周りの人たちが、私がやっていること(=オーラソーマ)を理解しているかというと、むしろ全然!なんですけどね。

今年の2月にサロンを引っ越したときに母が遊びに来てくれました。新しいサロンを見た母は「(前のところに比べて)随分広くなったわねー。さぞかし繁盛してるんでしょうねー(←軽いおちょくり)。こんなに頑張ってるんだったら、そのうち先生になれるんじゃないの?」だと。
あーびっくりした。私、もう4年も前から先生やってるんですけど。先生で頑張ってるから、広いとこに引っ越せたんだってば、母よ。

ま、でもそのくらいでいてくれた方が私としてはらくちんです。だって私は、身内に反対されたってやりたいことはやる性格です。

多分私の周りの人たちは、私がやっていること(オーラソーマ)は理解してないけど、私自身のことは理解してくれているのでしょう。でも私からすれば、そっちの方が100倍大事で100倍ありがたいことです。

4年前にサロンを開業するときに、さすがの母も心配していました。大丈夫なの?って。そのとき私はナマイキにもこんなことを言いました。
「心配してくれるほど私の幸せを願ってくれるなら、どうかそっと見守っていてください。私がやりたいことをやって、それが上手くいくかどうかはやってみないと分からないけど、充実して悔いのない人生を歩んでいくことを心の中で応援してください。それで充分だし、それが私の幸せなんです。私がなにをしているかより、なにをしているとしても私が幸せでいる方がお母さんも安心でしょ」。

・・・こんな娘ですみません。心配ばかりかけて。お母さんのことはとても大切に思っていますが、でもこんな自分をやめるつもりもない私です(苦)。

水晶の月3日・KIN104黄色い宇宙の種[6月1日(日)] 他人のボトルを使うということ

先日、ある方がこちらのレンタルスペース利用中に、その方とクライアントさんの目の前で1本のボトルが割れたそうです。特にクライアントさんの方はかなり驚いていたそうです(そりゃそうだよね)。
そのボトルはしばらくそのままサロンに置いてありましたが、昨日自宅に持ち帰ってきました。割れた時にひびが入って中のオイルが少しずつ漏れ出してきていたし、このまま置いていてもどうにもならないと思って、なんとなく家で私が使ってみようかなと感じたのです。

しかし家でしげしげ眺めてみるにつけ、どうしても体に塗る気がしないのですね。迷った挙句、バスオイル代わりにお風呂に入れてみることにしてみました。このやり方は以前生徒さんに聞いて以来時々やっているのですが、すごく良いのよね〜。私は特にボトルを全身に塗ることがよくあるので、お風呂に入れると簡単に全身にオイルを塗るのと同じ状態になれて良いのです。毛穴中からオイルが浸透していくみたいな。

そのボトルは体に塗る気がしなかったのに、何故かバスオイルに使ってしまいました。そしてその後とんでもないことになりました。

お風呂で早速そのオイルを湯船に入れてみたところ・・・・・・・・・・その瞬間「違ったーーーーー!!!」と分かったのです!

ぞわわわわーーーと体中の毛が猫のように逆立ちました。お風呂の中なのに鳥肌が立ち、膝がガクガク震えてきました。このオイルは明らかに私のエネルギーじゃないのです!ものすごい違和感!
割れたときにその場にいた方のものなのか、違う誰かのものなのか、はたまた人じゃないなにかのものなのか・・・それは分からないけど、少なくとも私のものではなかったようです。はっきりと分かりました。

もうなにがなんだか体が震えてじっとしていられなくて、突如裸のまま洗い場の床を磨き始めてしまいました(笑)。一心不乱に磨きましたー。
それでもまだ震えが止まらなくてお風呂あがりにホワイトポマンダーをと思ったら、こんなときに限って切らしてるしー(涙)。結局今朝起きるまでその震えは止まらず、仕事大丈夫か気が気じゃありませんでした(仕事をしていたらいつのまにか治っていた・・・ワーカホリックな私)。

ボトルの厚いガラスが割れるということは、余程エネルギーを加えないとそうはなりません。そんなボトルをむやみに使うものじゃないのねーと、あらためて肝に銘じました。

別にネガティブなエネルギーだと感じたわけじゃないんです。ただ、私のものじゃなかったということです。やっぱり一度左手でシェイクしたボトルは他人に使ってもらうのは止めましょうね(知ってると思うけど)。