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太陽の月25日・KIN42白い電気の風[3月31日(月)]

再び抽選の話。
抽選は、私よりもヴィッキーにお願いした方が良い結果になるだろうと思い立ったのですが、では実際どうやったかというと・・・大したことはしてないんですけどね(笑)。

私は寝る直前に瞑想することが多いです。1日にやるべきことを全部終わらせてあとは寝るだけのこの時間が、余計なマインドの思考に煩わされることなく、一番瞑想に入りやすいみたいなのです。「あの人にメールするの忘れた」とか「この後あれをやらなくちゃ」とか、やるべきことが残っているとどうしても意識がそこへ向きがちになってしまうし。

なのでおとといの夜も寝る直前にベッドの上にあぐらをかきながら抽選しました。
やり方は簡単。みなさんに書いてもらったカードをベッドの上に広げて目を閉じながらかき混ぜ、ピンときた1枚を引くというものでした。
私のベッドサイドにはヴィッキーの写真が飾られてるので、そこに目をやりヴィッキーと繋がりそして目を閉じカードを引く。まるで私の手じゃなくて誰かの手みたいな感覚で面白かったです。

かき混ぜる手に意識を集中しながら、プレゼント品が当たった誰かによって使われることで、世界中の人が笑っている様子を思い浮かべていました。プレゼント品のエネルギーがその誰かを経由して、世界中にポジティブさが広がってゆくイメージです。もちろんそこで具体的な誰かの顔を思い浮かべることはありませんでした。
ただ「このプレゼントを一番必要としている人のところに届きますように」とは祈らなかったです。「その人だけでなく全ての存在にとっての良き未来のために一番相応しい人のところにこのプレゼント品が届きますように」、そしてすでにそれが誰かの手に届いていて、それによって世界中が幸福になっている様子をありありと思い浮かべていました。そうイメージするだけで、すでに私もとても幸せな気分になっていました。

そしてまた、かき混ぜる手でカードを書いているときの(誰か分からないけど)その人を感じるように努め、カードからなにかポジティブなエネルギーを引き寄せるような感じの一番強くあるものを選びました。まるでそれを書いた人が「その仕事(プレゼント)は私に任せて!」と言っているような感じの一番強くするものです。
こんなこと書くと、当選した方でもしこれを読んでいる方がいたら、ヘンなプレッシャーを与えちゃうでしょうか。

でもね、当選した方から返信のメールをもらっているのですが、けっこうたくさんの方が「当たると思ってたんです〜」と書いてくれてるのよね(笑)。
みんなポジティブね〜。おめでたい方たちね〜。さぞかし頑張ってくれるのね〜。やる気満々なのね〜と、読んでいて笑ってしまいました。
当選した方たちはそこまで思っていないかもしれませんが、その方たちの魂は世界に奉仕する気満々みたいです。そうかそうか、がんばってくれたまへ!
太陽の月24日・KIN41赤い月の竜[3月30日(日)] 抽選!

今日のサロンは、昨日いただいたお花で満開です。、外の桜と同じですね、とても綺麗。

昨日は1日じゅう息つく暇もないほどだったのに、全然疲れなかった・むしろエネルギーに満ち溢れていたのは、来てくれたみなさんや来てくれていなくても思いを寄せてくれたみなさんのエネルギーと交流していたからです、明らかに。
だって夜の間ずっと、なにか自分ではないような妙なエネルギーに包まれていたんだもん。それは嫌なんじゃなくて、くすぐったいような感じ。そしてそれはとてもポジティブで滑らかなエネルギーでした。思わずありがと〜って感謝しながら、夕べはずっとそのエネルギーのお風呂に浸かりましたー。

で、今日のサロンの空気もいつもと全然違いました、明らかに。
いただいたお花がたくさん飾られているから?それもあるでしょう。でもそれだけじゃないの。みんなのエネルギーが残ってるんです。

今日はぼんやり薄暗い雨模様。そんな中電気もつけず、昨日とは打って変わって静かで広く感じるサロンでクイントエッセンスを使いました。
自分のオーラを感じながらゆっくりていねいに使っていると、自分のオーラもとても滑らかなのが分かります。「ああ、昨日のサロンのエネルギーと同じだ」と思いました。
昨日来てくれた人たちにも少しでもこの滑らかで軽やかなエネルギーが残っていると良いのだけど。私だけじゃ申し訳ないです。本当にありがとうございました。

そして夕べはプレゼントの抽選をしました。これがまたすごかったんですよね。当選した方たちの顔ぶれは、思わずウームと唸ってしまうほどの必然性を感じる方ばかりでした。
詳しいことは言えませんが、ただ当たったんじゃなくてこういう形で来たかという当たり方なんです。そしてただ当たるよりそういうやり方で当たる方がその人にとって絶対良いのです。でもそんなやり方で当たることなんて考えつかないよね、普通・・・みたいな当たり方だったのでした。これはもう私じゃなくて、ヴィッキー?それか大いなる意志?の仕業としか思えません。
・・・そんな感じで、個人を越えたところにある大いなる力を認めずにはいられなかった抽選でした。当たった方、おめでとうございます。どうぞ有効にお役立てくださいませ。

あ、当たった方にはもうメールで連絡しているので、まだメールが来ていないという方は、残念ですが今回はご縁がなかったということでご了承くださいませ。またの機会(があるかどうか分からないけど、笑)にはぜひ当たることを願っております!
太陽の月23日・KIN40黄色い磁気の太陽[3月29日(土)] オープンルーム終了〜ありがとうございました〜

はぁ〜〜〜終わった〜〜〜が第一の感想です。

今日は終日、サロンを移転した記念として、「オープンルーム」と称していつでもどなたでもいらしてくださいというイベントを開催しました。
パーティー大嫌いな私。ホスト役は大の苦手な私です。こんなイベントを自ら開くことにしたは良いものの、内心どうなることかと思っていました。一番の懸念は「みんなリラックスして楽しんでいってもらえるかな」だったのですが。

結果どうだったかは分かりません。「すごく素敵なところですね!」とたくさんの方が言ってくれて、それは素直にとてもうれしいし正直ほっとしました。そうでなきゃ、いくら私自身が気に入っていても意味ないからです。

不思議なことに朝から晩までほとんど飲まず食わずで動き回っていたし、一応みんなに気を配っていたにもかかわらず、終わってみると心身ともに全然疲れていませんでした!!これにはびっくり!むしろ今、エネルギーが満ちている感じがします。

人数的には100人は来ていないと思います(まだきちんと数えていないけど)。しかし、朝一番の時間を除いて終日人が絶えることがありませんでした。常に10足以上の靴が置いてある感じ。それは一人当たりの滞在時間が長かったからだと思っています。長い人は6時間くらいいたかな?もちろんすぐに帰る人もいたし、それはそれで全然かまわないんですよ。来てくれただけで感激!なんですから。

途中で飲み物が足りなくなってしまい買いに行かなきゃと思ったのだけど、私が外に出ちゃマズいよな〜でも行くしかないかと考えていたら、生徒さんが「じゃあ私たちで行ってきますよ」と言ってくれて、素直に頼んじゃいました。
もし私が生徒さんの立場でも同じように言っただろうし、きっと本当に生徒さんたちも大したことじゃないと思っていると思います。なのに、何故かすぐに素直に頼めない何かが、このときはすぐにすっと無くなりました。日常の中でよくありますよね、大したことじゃないって分かってるのに、妙に遠慮しちゃうとき。それが今日はすぐに無くなったのです。

こういうところもオリーブグリーンだな〜と思ったのです。
協力し合うこと・頼むことは自分が弱いからというわけじゃないし、シェアすることは自分の分が減ることじゃないのですよね。相手の分が増えることでもありますし、そもそもイエローにブルーの意識が入るオリーブとしては自分=相手なのですから、シェアするということは自分に与えているということなのです。
私は「頼む=負け」という意識が強く出てしまう方なのですが、こういうところがこれからすごく自分の中で変わっていきそうな予感がします。

昨日割れた99番のザドキエル・・・ホント、今日のサロンはそんな空気に包まれていたな〜。マイペースさと思いやりが良い塩梅(あんばい)で両立している感じがしました。それって理想的だなぁ。

他にもいろいろなことを感じましたが、あまりにもたくさんあるのでまた追々書きたいと思います。まずは本日はありがとうございましたー!

さぁて、これからプレゼントの抽選にはいりますよ!誰に当たるのかな〜。
あ、抽選をするのは私じゃなくヴィッキーにお願いすることにしましたのであしからず。→ある種の責任逃れかしら
太陽の月22日・KIN39青い宇宙の嵐[3月28日(金)] ザドキエル!

今日は、明日のオープンルームの準備でおおわらわな1日でした。
この1ヶ月くらいずっと明日のことが頭のどこかにあって、これが終わらないことには休むに休めない心境です(4月になったら休むゾ)。

そして夜、クライアントさんと私の目の前で突然パチーン!という音がしました。ボトルが鳴るのは時々ありますが、この音の激しさは割れたなと思い、ボトルスタンドに並んでいるボトルたちを調べてみると、99番の「大天使ザドキエル」が三角形に割れていました。

キターーーーーーーーーー!な気分です(笑)。

私の中でこのサロンはペールオリーブのエネルギーの場所にしたいというイメージがあり、今年に入ってからずっとホーリーグレイルのクイントエッセンスを使っていました。
あああ、他にもザドキエルが割れたことと明日のオープンルームの繋がりについて、感じることがたくさんあるのだけど、まだやらなきゃいけない準備がたくさんあるし、書ききれないのでやめておきます。また明日にでも書きたいと思います。

割れたザドキエルはサロンに置いておこう。なんかすごくイイ感じかも、ご利益がありそうで(笑)。

では明日いらっしゃる方はどうぞよろしくお願いいたしまする。ゆっくりとしていかれてください。いらっしゃらない方ももちろん、いつかいらしていただけたらうれしいです〜。
太陽の月21日・KIN38白い水晶の鏡[3月27日(木)] ポジティブにね

今日で3日間のティーチャーコースが終わりました。結論から言えばとても楽しかったです。
「ティーチャーの世界にもいろいろあるんだな〜」なんて他人事のように眺めていた私ですが、終わりよければ全てよしで、参加して本当に良かったです〜為になりました。

とにかくやっぱりなんといっても、ポジティブであることが一番大切だと痛感した3日間でした。

ポジティブというのは、いつも明るく笑っているということじゃありませんよ。おとといの日記にも書いたけど「何をするかよりどのようにするか」つまり「質」の問題です。「笑っているか」だけじゃなく「どのように笑っているか」が大事だということです。もっと言えば「どのような気持ちで笑っているか」です。

ポジティブに笑っているのはもちろん良し。ネガティブに怒っているのはなんとかせねば、です。
同じように、ポジティブに怒っているのは良し。ネガティブに笑っているのはなんとかせねば、です。

ここを誤解しないでね。
「何をするか」→笑っているか怒っているか
より、
「どのようにするか」→
ポジティブに笑っているかネガティブに笑っているか
の方が大事なんですよ〜。
太陽の月20日・KIN37赤いスペクトルの地球[3月26日(水)] 野草好き

先日イラストを書く必要性から「野に咲く花」という本を購入しました。写真満載の野草図鑑みたいなものです。

オーラソーマをやっていて言うのもなんですが、私は自然は大好きだけどお花には特に思い入れはありませんでした。観葉植物もすぐ枯らしちゃうし。
木は好きだけど花は特別好きでもない。何故かというと、木は放っておいても育ちそうだけど、お花は手をかけてあげないと枯れちゃいそうだからです・・・多分「育てる」という行為にあんまり楽しみを見い出せないのよね。

そんな私がティーチャーをやっているというのも可笑しな話ですね。でも私は、「生徒さんを育てる」なんていう意識は全然無いしなぁ。そんなおこがましいというか図々しいというか大きなお世話というかな行為はしたくありません〜。自分の力で育ってゆきたい方のお手伝いはさせていただきたいですが、自分が育てるなんて思ってないし、育てて欲しいなんていう人もちょっと・・・な感じです(笑)。
なのでお花達にも「勝手にどんどん育ってくれ」と言いたくなるのです(我儘)。

そんな私ですが、その図鑑を購入してから俄然お花好きになってしまいました。
ここのところ毎日その本を眺めては、「この花知ってるー」とか「この花綺麗ー」とか、心を弾ませています。おりしも町は花がいっせいに咲き始める季節。神楽坂の家々の庭も色とりどりになっていますし、今通っているコースで通る道にも桜が満開です。

昨日もふらっと通りがかりのお花屋さんに立ち寄ってしまい、ふらっとお花を購入してしまいました。店内にものすごく良い香りが立ち込めていてクンクンしていたらお店の人が気がついたらしく、「これは水仙の香りですよ」と教えてくれました。あああ、気持ちよい〜。水仙よ、ありがとう。おまえはその香りで物言わずとも人を癒すのね。

そんな今日この頃思ったのは、私は豪華なお花よりも野草が好きみたいです。お花屋さんでも薔薇や蘭より野草たちに目がいってしまいます。そういえば新サロンのカーテンも野草が散りばめられている柄だわ。

野草って放っておいても育ちそうじゃありませんか?(結局そこなのね)。
太陽の月19日・KIN36黄色い惑星の戦士[3月25日(火)] 何をするかよりどのようにするか

今日から3日間、マイク・ブースのコースが始まりました。

昨日の日記に「行きたくなくて行きたくなくてどうしようもない」と書いた舌の根も乾かぬうちになんですが、第一日目が終わった感想は・・・・・・あー楽しかった!です(笑)。

新しいスペースに入っていく直前になると嫌になるくせに、始まってしまうとやっぱり楽しいの。分かってはいるんですよね。毎回そうなんだもん。分かっているのにやっぱり直前の気分はサイアクで、昨日の日記に書いたような状態になってしまうのでした。

会場にはティーチャー同期の友人が数名いて、隣の席も友人で、お昼も彼女たちと行きました。ひとりぼっちじゃなかったです(笑)。
でもそれよりもなによりも、そういった例えばお昼に行く時とかに、彼女たちが行くのに遅れないようにとか(秘かに)気を使ったり使われたりしないで、自然な自分のままでいられたことが一番ほっとしましたね。
そうなんだよなー。いつだってちゃんと友達がいてくれて、結果的にはひとりぼっちじゃないんだよね。なのに私は何を恐れているんでしょうね〜。


1年ぶりに会ったマイク・ブースは、とても男性的なエネルギーが強くなっているように感じました。
マイクは一気にしゃべるし内容の密度も濃いから、ノートをとるのに精一杯です。でもすんごく面白かったです。

今日何度も繰り返された言葉。「何をするかよりも、どのようにするかが大事です」。これはレベル1のテキストにも載っていますね。

例えば誰かに「あなたは何をしていますか?」と聞かれたらなんと答えますか?
「オーラソーマのティーチャーをしています」と答えるでしょうか。もちろんそれはそうです。しかしそのこと(=何をしているか)にフォーカスするよりも、「どのようにするか」にフォーカスしている人の答えはこうでしょう。
「私は人々に思いやりと優しさの質を広げています」。もしくは「光の身体に気づきを与えるサポートをしています」。まだまだいろいろありますよね。

大事なのは、ティーチャーという肩書きよりもそれをどのようにしているかなのです。もしティーチャーとして「思いやりと優しさを広げる」ことをしているならば、それはティーチャーじゃなくてもできることです。主婦だってサラリーマンだって子供だってできることです。

そして「何を」よりも「どのように」の方がより自分の本質に近いので、「どのように」の自分が現実化するのです。だからなにか現実化したいことがあったら、自分の中の「どのようにしたいのか」を明確にすることがとてもとても大切です。

もしオーラソーマのティーチャーになりたいのならば、それが目標なんじゃなくて、それを通して自分はどのような存在で在りたいのか?を決めましょう。もちろん他の物事でも同じことです。
「自分はそれをどのようにしたいのか」がはっきりしている人ほど、どんなことでも上手くいくのよ。だから肩書きに捕らわれないようにしましょうね。
太陽の月18日・KIN35青い太陽の鷲[3月24日(月)] どうにかならないものか・・・

昨日の日記の最後に「新しい人間関係の始まり」と書きました。その舌の根も乾かぬうちに反対のことを書きます。

明日から3日間、オーラソーマのティーチャーのためのコースが開催されます。参加不参加は自由だけど、今年はいろいろと規定も変わるから参加しておかないといけないよな〜と思い、参加することにいたしました。普段あまりヨコの繋がりをとらない私ですが、こういうときはティーチャー仲間にも会えるし、それはとても楽しみです。

・・・なんだけどね〜。今の心境としては、行きたくなくて行きたくなくてどうしようもないのぉ。明日のことを考えると怖くて怖くてもう休んじゃいたい(苦笑)。別に何が嫌なわけでもないのですが。

なんなんでしょう、私のこの性癖は。子供の頃からなんだよね。
遠足とかすごく楽しみなのに直前になると急に行きたくなくなっちゃって、ヒドいときは本当に当日の朝お腹が痛くなり(時には仮病で)休んじゃうのです。

多分スペースに対して極度に敏感なんです。
明日からのコースも・初めて行く場所・初めて会う人たち・どんな内容になるのか・・・などなど、物的にも人的にも初めてづくしのスペースの中に入るとき、期待よりも不安の方が圧倒的に勝り緊張しまくり、しまいには全てが嫌になっちゃって投げ出してしまいそうになるのです。イイ歳して困ったもんだ。

「朝行ったらどこに座ろうか。席、空いてるかな」とか「隣の人とおしゃべりできるかな」とか「お昼は誰と食べようか。誰かに声かけられるかな」とか・・・あー、中学生じゃないんだから!と自分に突っ込みたい。しかし、そういうことが心配で冷や汗かいてる私です。

こうなるともう「新しい人間関係」どころじゃなくなります。そんなことに気をもんでいる自分が嫌になり、ヤケクソ気味になって誰とも目を合わせないように、誰からも話しかけられないように、ひたすら自分の存在を消してしまいます。だって自分が存在しなければそんなことで気をもまなくていいんだもん(←虚しい空論だ)。
そのくせひとりぼっちも嫌なんです。休み時間にみんなが楽しくおしゃべりしながらお茶を飲んでいるときに、部屋の隅っこで
ひとりでお茶を飲んでいる自分を想像すると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぞっとします。
ね、新しい人間関係の始まりどころじゃないでしょ(笑)


こういうのってみんなも同じなの?それとも私だけ?←だいたひかるになってしまった、ヤバい(汗)
太陽の月17日・KIN34白い銀河の魔法使い[3月23日(日)] 種を撒く人(by ミレーじゃなくて私)

昨日の勉強会で、「今ラツィエル使ってるんだけど、なんか胃がムカムカするんですよね〜」と言ったら、同じく使っている生徒さんが「私も使い始めてから吐き気がするんです」と言っていました。そうなの〜!?

新しいボトル「大天使ラツィエル」を使い始めて約1週間が経ちました。ここから先は、超個人的なラツィエルを使った現時点での感想です。

ラツィエルを使っていると何故かゴールドを感じてしまいます(特に14番のクリア/ゴールド)。
前回の日記に書いたように、このボトルを使い始めてから私はどことなく情緒不安定で、胃がムカムカして、ゴールドのスターが揺さぶられているのを感じています。ラツィエルはスターを刺激するボトルのような気がするのです。
ラツィエルが誕生したときのマイク・ブースのリリースに書いてあったように、「ラツィエルは錬金術のマスターであり、彼は純粋なゴールドへ向けて、内なる錬金術を通して条件付けのパターンを変容することができます」ホント、そんな感じなのよねー。だって14番はタロットでいえば錬金術のテーマのある「節制」のカードに対応するしね。

このボトルはカルマを解消してくれるというよりも、カルマの種を刈り取ることにもっと自発的・積極的に関わる意志を持たせてくれるものだと感じています。嫌々ながらじゃなくて「刈り取ろう」と思わせてくれる感じなのです。
ラツィエルの前のアズラエルのボトルは、カルマの種を刈り取るための準備として、撒いた原因となったなにかを癒すためのボトルだったのかもしれません。「自分はどんな種を撒いたのか」そして「恐れなくて良いんだよ」と教えてくれるボトル。
そしてこのラツィエルは、いよいよ刈り取り始めるにあたって「ポジティブな気持ちで刈り取る」ことをサポートしてくれるのかな。たしかにどんなことでも、やる気があるのとないのとでは全然得られるものが違いますもんね。

再びマイクのリリースより。
「問題にうっかり関わってしまうのではなく、むしろ解決の一部として自分の役割を担うのに必要なことを表現できるために、私たちが正しいことをすることをラツィエルは力づけます。過去のカルマの種に取り組むということは、何かもっとポジティブなものへ向けてそのカルマの種を変容し、克服することができるということで、それも真実です。そして私たちがしていることが何であっても、その瞬間に自分がもたらす質の結果であるものに向けて、カルマの種を変容し克服することが可能だとも言えます。そして、この瞬間の驚くべき素晴らしさと共にあって、自分自身を見失わないことです」

あーこれこれ!まさにこんな感じなのっ。今読み返してて気がつきました。おんなじこと書いてるじゃん、マイクと私(笑)。

自分がカルマの種を撒いた畑の土の上を歩いている農夫であるイメージがあります。私は畑の様子をチェックしながら注意深く歩いています。その注意深さの理由は、作物を踏んでしまわないようにするためというよりも、自分が歩いた後の地面に花を咲かせるためというようなイメージです。←お釈迦様みたい、笑

再びマイクのリリースより。
「過去の経験の苦味を甘さに変えることは、条件付けのパターンを克服して、条件付けの鉄格子を緩めることであり、内側にある知恵の観点に向かうことです」

そうそう。ラツィエルは、私たちが内なるゴールドへと向かう旅の突破口となってくれるでしょう。
今私もゴールドのスターへ繋がるパイプの詰まりをとっている真っ最中です。だから胃の辺りがムカムカするのよね。この詰まりがとれたとき、14番のリターンの92番が出てきそうな気がします。新しい人間関係の始まりだぁい。
太陽の月15日・KIN32黄色い律動の人[3月21日(金)] オーラソーマさまさま

夕べは大変でしたー。

ヘコんだ状態のままベッドに入ったら、神経が高ぶっていたようで全然眠れませんでした(アメトーーク!見たんだけどな〜)。
そのまま悶々と1時間くらい経った頃、体がビクビクし始め久々に発作が起こりそうになりました。

なんだか最近分かるのです。発作が起こるときって真のオーラがガタガタ横に揺れているって。

オーラソーマでは、ショックを受けると真のオーラが左にずれると言います。それとはまた少し違うような気もするのですが、とにかく発作が起きそうになるときって真のオーラが地震のように横揺れするんですよ。
なのでそうなったら即効でゴールドのポマンダーを使ってケアします。そうするとす〜っと揺れが収まるのです、ホントよ。ゴールドポマンダーがないときは、ゴールドの光で自分を包むだけでも良いのです。
夕べもそれですぐに収まりました。で、いつの間にか寝ていました。

そんな経験から思うのは、神経症的なものとゴールド(真のオーラ)って、本当に密接に関係してるんだなということです。
私が発作を起こすときは「恐怖」が大きいときなのです。何に対しての恐怖かというと、自分の存在に対しての恐怖です。とてつもなく大きな無価値感に襲われるとき発作を起こしそうになります。
そこまでは分かってるのよ。しかし、何故そんなに大きな無価値感に襲われるのかの原因は分からないのです(それもまたゴールドだね。理由の分からない恐怖)。昨日のヘコむ出来事だって、そこまで大きな無価値感に襲われるほどのことじゃないと思うのですけどね。

原因が分かっていればなんとかしようもあるでしょうが、分からないからお手上げ状態です。しかし、そんなときだからオーラソーマの出番なのです。

オーラソーマが、医薬品でもないし医療行為でもないということは断っておきます。が、しかしそれを了解した上でやっぱり私は、できるだけ薬よりもオーラソーマにお世話になりたいのです。
太陽の月14日・KIN31青い倍音の猿[3月20日(祝)] ややヘコんだ日

あー、今日はヘコんだ1日でした。

徹夜明けの昨日、なんとか朝から仕事をして夕方から新宿へそして夜は有明へとあちこち移動して、疲れが出たのか夜はお腹を壊しちゃいました(私は疲れるとまずお腹を壊します)。そして夕べも家での仕事があったので、寝たのは3:30くらいでした。

今日は昼間はコースだったのですが、なんだかコースに集中できなかったのです。体の疲れよりも意識がぼ〜っと散漫になってしまったような感じで、生徒さんたちに意識を合わせていなかったような気がします。ティーチャーが生徒さんに意識を合わせることはとても大切だと思っているのだけど、今日はそれができなかった・・・。そこがヘコみの原因です。

やっぱり中途半端な体調・精神状態でコースはできないということのようです。少なくとも私は複数のことを同時進行でできない・そこまでタフというか器用ではないようです。
それも分かっていたのだけど、やってしまった。分かってるならそういう状況にならないように自分でなんとかするべきだし出来るはずなのに、やってしまったというところが一番の反省点です。

ただ、忙しくても一定のレベルのコースができるようなタフなティーチャーになりたいかというと、そういうことではないかなぁ。
そもそもコースをやっているときはコースに集中できるような環境でやりたいんです。特にオーラソーマのようなものは、リラックスできる環境の中で学ぶことがとても大事だと思いますから、教える立場の自分がセカセカしてちゃ良くないよね。
あ、でもじゃあ、コースに集中できるような環境さえあれば良いコースができる自信があるのかというと・・・それはどうなんでしょう(汗)。

そういうことは自分が決めることじゃないと思うのでその判断は委ねますが・・・でも「一生懸命やってます!」とだけは自信を持って言えますっ。それだけしか言えないけど、でもそこだけは信じて〜(別に疑われてもいないのでしょうが)。

とはいえ今日は反省の1日です。今夜は早めに寝て充分に休もう、そして明日はもっと良いコースをしよう。その前にアメトーーク!を見てね。
これは精神安定上、睡眠と同じくらい重要なことなのです〜。
太陽の月12日・KIN29赤い電気の月[3月18日(火)] 仕事モード

ただいま午後6時。珍しくこんな夕方早い時間から家にいます。

さっきまでサロンで仕事をしていましたが、空き時間があったので家に戻り事務作業をしていました。またもうすぐサロンに戻りお客様をお迎えし、終わって帰宅したらまた作業です。
今夜は徹夜なので、今のうちに日記書いちゃおうと思って。

今夜の仕事は久しぶりのイラストの仕事なので、プレッシャーと同時にワクワクしています。こういう作業ってどうしても夜中の方がはかどるんですよね。

昨日からパン1個しか食べてないし、引越し前後から(つまりはこの約2ヶ月)20代の頃以来の忙しさなのですが、体は一応大丈夫みたい。

昔スピリチュアル系のある人に「人間、無理は良くない。けれど時には、無理してでもやらなきゃいけないときもある」と、言われました。
私は、今まさに無理してでもやらなきゃいけないときです。だって今やらなきゃいつやる!?後でやっても意味ないし、今以外にできるときはないんだもん。やるしかないのよ〜。

3月いっぱいはこの調子で行くのでしょう。ゴールデンウィーク頃には少しは落ち着いていたいものです。で、秋くらいに休みを取ってどこかに旅行に行けたらな〜(遠い話だな)。

よっしゃー!そろそろ仕事にとりかかるぞ、バシバシ!←頬を叩く音
太陽の月11日・KIN28黄色い月の星[3月17日(月)] 握手喝采

大天使ラツィエルを使い始めて3日。何故か下層のミスティライラックだけがどんどん減っていきます。

今朝着替えているときに、ふいにこのボトルの作用と思われる感覚がありました。

毎週楽しみに読んでいる「ジョナサン・ケイナー」の星占いサイト。今週の天秤座のところには「あなたの方から握手を求めてください」みたいなことが書いてあったんです。
その占いがUPされるのは毎週金曜日。先週の金曜日にそれを読んだときはさほど何も思わなかったのですが、今朝ふいに「そうだ!握手しよう!」って思いました。
そのとき何人かの知人の顔が浮かび、さらに今私が計画中のことが浮かびました。「それを協力し合いながら勧めていけばいいんだ。そのために私の方から(「私のほうから」ってとこがポイント)握手を求めよう」。それからしばらくの間、私がその知人たちと握手をしている図を思い浮かべていました。

ペールオリーブはアーサー王の円卓の騎士たちの色でもあります。新しいサロンに行く前後にやたらと選んでいたオリーブグリーン。この色を思うとき、私はいつも大きな羽のついた帽子をかぶったちょうちんブルマーの騎士の姿の自分を思い浮かべてしまいます(妄想癖が強いので)。しいて言えば、ランスロットが良いかな〜。

「ひとりはすべてのために。すべてはひとりのために」。

あー、まだ書きたい事があるけど、やっぱりもう無理〜寝る〜(最近こればっかり)。
太陽の月10日・KIN27青い磁気の手[3月16日(日)] 生きてるだけで丸儲け

「私である事自体が贈り物な感じがするんです」

先日レベル3を終えたある生徒さんが今日言った一言です。自分のことをこんな風に感じながら1分1秒を生きていけたら最高ですね〜。

それでも自分の外側の世界では相変わらず日々トラブルが起きるでしょうが、外側までコントロールはできないんだからそれはしょうがないです。だからこそ大切なのは、自分でコントロールできる(はずの)内側なのです。自分の内側が穏やかで愛に包まれていられたら、外側がどうであろうと幸せいっぱいです。そこにはなんの迷いも苦しみもありません。

この生徒さんがこれからも今の感覚を持ち続けていられたら、きっと24時間365日幸せな人でいられるでしょうね。

まあ実際は、外側のトラブルにより今の感覚を忘れちゃうこともあるでしょう。でもね!一度でもこの感覚を実感できると、戻すこともできるようになってくるのです。戻るべき場所に一度でも到達できると、もう離れても迷子にはならないのですよ。糸の切れた風船じゃないの。

レベル3はレッドのグランディングのコースと言われます。この生徒さんも着地(グランディング)できたみたいですね(笑)。
さぁて、これからが本番!本当の意味で自分を生きる旅(オーラソーマタロットのアウトワード・リターンジャーニーです)の始まりです。
ここから先は楽しいよー!

「生きてるだけで丸儲け」 by 明石屋さんま
太陽の月9日・KIN26白い宇宙の世界の橋渡し[3月15日(土)] 情緒不安定な日

そっかー、今日は「世界の橋渡し」の日なのね。だからかな。

私、なんとなく世界の橋渡しの日は情緒不安定になるような気がします。しかも今日の銀河の音は「宇宙」だし、「パカルボタンの特別な13日」でもあるし、26番ボトルでもあるんですね(KINナンバーが)。情緒不安定になる要素が重なってる気がする(笑)。

とはいっても現実は待ってはくれない。今日からラツィエルの発送作業で大変な状態になってしまいました。ご予約いただいた方に発送するのですが、量が多いんです、ありがたいことです!
もう何時間机の前にいるでしょう。目が回る〜。私は会議室より現場が好きなの〜。

というわけで今日の日記もおしまい。もう無理〜。
太陽の月8日・KIN25赤い水晶の蛇[3月14日(金)] 初めまして、ラツィエルっス

今日は書きたい事がたくさんあるのに、こんな日に限って忙しすぎて・・・もう寝ます。
でも今日待ちに待った大天使ラツィエルのボトルが入荷したので、せめて画像だけでも貼らせていただきますね。

 如何?
太陽の月7日・KIN24黄色いスペクトルの種[3月13日(木)] 愛しのサロン

引越しして約3週間。ようやく新しいスペースになじんでこれたような気がしています。
前より広くなって自分の器がどうのこうのと引越し直後の日記によく書いていたけど、器的にはまだまだですがとりあえず徐々にフィットしてきました、ほ。

で、最近このスペースが大好きになってきちゃいました(笑)。日に日に好きになってゆきます。「やっぱりここに決めて良かったー」って、本当に噛みしめています。

まだまだ安心はできません。これからも長くここでやっていきたいと思えるような場所だしやっていきたいけど、やっていけるかどうかはここに来てくれる人がいるかどうかで決まるわけだから、とりあえず1年くらいは続けてみないと分からないと考えています。でもね、心のどこかではやっていける気満々でいます(笑)。

なによりも、オープン以来来てくれた人たちの声が心強いのです。多分とても好評です。「多分」としたのは、良いと思ってない人はわざわざそれを口にして言わないだろうと思うので。でも客観的に来てくれた方を見ていて、おおむね好評と捉えてよいだろうと思っております。

褒めてもらえると「良かった〜」と「でしょー」という気持ちになります。

まず私自身が気に入っていて自信を持って人を呼べるスペースであること。そして実際に来てくれた方たちが気に入ってくれること。この2点のどちらが欠けてもだめなのです。

まあとにかく、わたしゃこのスペースが好きだワ〜。しあわせだにゃあ。
太陽の月6日・KIN23青い惑星の夜[3月12日(水)] 隠者さま、ごめんなさい

わーーーん(泣)!

9番ボトルのペンダントを無くしちゃったよー。

9番は私のソウルボトルなのでよくペンダントをつけていましたが、最近ヘッドのキャップ部分が緩んできたなとは思ってたんです。
そして今日、帰宅してペンダントをはずそうとしたら、キャップだけが首元に残っていて肝心のペンダントが忽然と消えていたのです〜。

やっぱり昨日の日記でからかっちゃったからかなぁ。
別に悪気はなかったんだけど。むしろ好きの現れなんだけど。ほら、つい好きな子のスカートをめくってしまう男の子の心理ですよ。でもやはり真面目な隠者様には、そういう冗談は通じなかったのかしら。

いやー、多分違うでしょう(笑)。逆に、冗談には冗談でという隠者様のいたずらの逆襲でしょう(笑)。うーむ、だとすればなかなかやるじゃないの。なんだかドッキリにひっかかっちゃった気分です、私。こういう洒落の通じるところが好きサ、9番って。

ホント、面白いなー人生って。
太陽の月5日・KIN22白い太陽の風[3月11日(火)] 世界のナベアツ

もう〜可笑しくて可笑しくて誰かに言いたいっ、聞いてー。

今レベル3コース中です。レベル3ではオーラソーマタロットカードを使います。先日も、みんなでタロットカードの絵柄を見ながら勉強していました。

「隠者」(=9番ボトル)のカードは、ひとりの男が洞窟の入り口に立っている絵です。その洞窟の右の縁には、人間の横顔が岩壁として隠し絵のように描かれています。私が「男は洞窟に入ることで人間の内面を探求してゆくという意味で、この岩壁は人間の横顔としても描かれているんだよ。」と説明したら、みんな「わーホントだ。気がつかなかった」みたいに言っていたのですが、ある生徒さんが「この横顔は女じゃなくて男に見える」と言いました。

私が「どうして?」と尋ねたらその生徒さんは、「横顔の額から上部分が前にせり出していて、それがリーゼント頭に見える」と言ったのです。
ぎゃーーーーー!ホントだ!気がつかなかった(ココは気がつかなくて良いポイントですが、苦笑)。その時は可笑しくて可笑しくて、もう大爆笑してしまいました。

それ以来その絵の横顔がリーゼントにしか見えなくなっちゃって、見るたびに笑いが止まりません。というか、何度も見かえしたくなってしまいます。そして見かえしては笑っています。
もっと正確に言うと、ただのリーゼント頭の男じゃなくて「世界のナベアツ」にしか見えないのヨ。

今日のタロットカード ←コレコレ。この絵の右側の岩壁部分っス。世界のナベアツ・・・キテるよね

太陽の月4日・KIN21赤い銀河の竜[3月10日(月)] 精神的貧乏性

夕べ久々にだんなさんと夕食を共にし、楽しくてけっこうはしゃいでいたのですが、ちょっとしたことがあって一気にしょぼーんとなってしまいました(そのことにだんなさんは関係していない)。
1分前までのハイテンションと今の暗〜くて重〜い気持ちのギャップに、自分でもびっくりした程。

しかしその2時間後その出来事が急変し、あれよあれよというまに問題は解決してしまったのです。その瞬間霧が晴れたように気分が明るく軽くなってしまったのでした。霧の摩周湖も晴れた瞬間を狙って写真を撮るように、気分の良い今のうちに仕事のメールを書こうと思い立ち一気にメールを打ってしまった程。だってメールとか手紙とかって、書いているときの気持ちが文面以上のなにかに現れて、絶対に受け取る側に伝わると思いますもん。

昔からともいえるのですが特に最近、いろんな人の笑顔の向こうに悲しみが見えます。みんな悲しいんだな〜って思うのです。
今悲しいわけではないかもしれないけど、いつか昔にとても悲しい時期があったのかもしれない。小さな子供の顔にすら悲しみが見えちゃうんだけど、いいのかな?まあいいか。

で、「そんなに悲しいのになんで生きてるんだろう?」とか、考えちゃうわけです。これはその人に・・・というより、むしろ自分に問いかけているような感じです。でもみんなにも聞きたくなります。「どうして世界はこんなに悲しみに満ちているのに、それでも生きようとするの?」。

今、100番のクリア/ディープマゼンタを使っています。このボトルを前に使ったときもそんな気分になったなぁ。でも大好きなボトルなんです。

世界の半分は喜びと希望に満ちているのは分かります。けれど、もう半分は悲しみと絶望に満ちていると感じます。そしてそれは無くならないのです。少なくとも私の中ではそれは永遠にあり続けるもので、これから何年生きていこうとも影のようについて回るものなのです。100番はこの影の部分に光を当てるボトルです。

私の性格上、「愛」とか「光」ばかりにフォーカスしていることがあまりしっくりきません。だって世界の半分は影なんだもん。「影に光を当てる」とは、「影を光に変える」ことではないと私は思います。「影を影のまま愛する」ことなのです。

かつて絶望の淵にいるときに、「でも世界の半分は光なんだ」と思い出すことで、闇から抜け出すことができました。しかし逆に希望に満ち満ちていると今度は、「世界の半分は影なんだ」と思い出し、悲しくなっちゃうのよね(笑)。幸福に浸りきれない〜。

あーあ、精神的貧乏性な私です。
太陽の月2日・KIN19青い律動の嵐[3月8日(土)] またしても産土礼賛

今日の夜セッションに来てくれた生徒さんは、私が以前この日記に書いて大絶賛した「産土神社」を知りたくて井上さんに連絡を取り(2月6日の日記参照)、調べてもらって早速行ってみたそうです。

で、私とおんなじで大感激したみたいでーーーふたりでおおいに盛り上がってしまいました!

彼女も産土神社に向かう車を運転しながらすでに来るものがあったそうで、神社に着いたら号泣したそうな(笑)。そうそうそうなのよねー。

普通の神社とはあきらかに違います。その神社に行く人みんながそう感じるわけではないのだと思います。自分の産土だからこそそう感じるのでしょう。そこが産土神社のすごいトコ!

普通神社へお参りに行くときって「○○が叶いますように」とお願い事をしに行くことが多いと思うのですが、産土ではそもそもそんな気持ちになりません。とにかく「ありがとーーー」という感謝の気持ちが溢れ出てきちゃうのです。「ありがとうございます。本当に本当にありがとうございます」・・・それで号泣)なのね(笑)。今日の生徒さんもそうだったみたい。

あともうひとつその生徒さんと同じ感想だったのは、産土様は「人」じゃないということでした。
というか「人」の姿をしていないという感じかな。神様って大体人間っぽい姿で描かれたり想像したりしますよね。でも明らかに産土様は人型じゃないのです。
じゃあどんな姿かたちかと言われても上手くいえません。姿かたちはない・・・のかなぁ。そういう存在じゃなさそうです。

てなことで、産土様と繋がることがとても大切だということを、あらためて今日の生徒さんと確認しあいました。
何故大切かというと・・・うーん、説明するのが難しい。自身の幸福のため・世界の平和のため・地球のため・・・たしかにそうなんだけど、なんか空々しいな。

私たちはいつでもなにか大きな偉大な存在に守られている、そして愛されている、愛されていない瞬間はないのです。深く果てしなく大きな愛で包まれているという実感と感動の嵐が吹き荒れます。そして私たちには帰る場所がある、だから孤独でいる必要はないのです。そう思えたときの例えようのない安堵感。生まれてきてホントよかった。ありがとう。産土様ありがとう。みんなもありがとう。みんな、もう大丈夫だよ、怖くないよ。みんな一緒なんだよ。だからもう怖がらなくていいんだよ。こんなに世界は素晴らしいんだよーーー。

・・・みたいな感じ(笑)。
太陽の月1日・KIN18白い倍音の鏡[3月7日(金)] いつだって「愛」に気づいていよう

サロンのセッションルーム室内の画像を「オープンルーム」のページにUPいたしました。まだ家具が揃っていないので全体に白っぽい印象になってしまっておりますが、取り急ぎの画でよろしければぜひご覧くださいませ。



正直、あまり好きではない知人がいます。わざと人を傷つけるようなことをいうので、あまりお近づきになりたくない感じなのです。

今日、仕事が終わるのが遅かったのでファミレスに寄って帰りました。そして注文を終えてぼ〜っとしているとき、ふいにその人のことが浮かびました。
と、これまたふいに、その人が人にそういう態度をとるその奥に、そういう態度をとるしかなかったその人自身の深く傷ついている部分が見えました。さらにその人の傷ついている部分のその奥に、とても純粋で優しい愛がちゃんとあるのも見えました。見えたというか感じました。

その瞬間、私がその人の愛に包まれて(私が包んだのかも、まあどっちでも良い)その人を愛おしく感じてしまい、感動のあまり涙が溢れてきてしまいました。さっきまでずっと長いことその人のことを嫌いだったのに、一瞬にして好きになってしまいました。

そこへタイミング良くウェイターさんがお料理を運んできたのですが、ボロボロ泣いている女(=私)を見てぎょっとして、でもぎょっとしたのを悟られないように平静を装っているのがありありと分かり面白かったです(笑)。面白かったので、泣き顔を見せつけるかのようにわざと顔を上げて「そこへ置いてください」と言ってみたけど、やっぱり目を合わせてくれませんでしたね。
しかもそのとき読んでいた本のタイトルが「ダライラマ・幸福と平和への助言」ですから、気持ち悪い女がいると思われたかな〜。

それはさておき、いつでもそんな見方で人と接することができると良いなと思いました。

どんな人にもどんなときでも、内側に純粋な愛を持っていない人はいないのです。
その人のネガティブな部分だけを見て「嫌だな」と自分もネガティブになってしまうより、その人の愛の部分にいつでも気づいてあげられる自分でいたい。良いプラクティショナー・ティーチャーとはそういう人のことを言うのだと思います。

何故ファミレスで急にそんな思いになったかというと、ダライラマの本を読んでいたからだと思います。彼はまさにそういう人だと思うので、本を通して私もそこに共鳴して、私の中にある「いつでも人の愛の部分に気づいてあげられる側面」が引き出されたんでしょう。

今日のように時々はできるようになったのですが、それでもまだまだね。
銀河の月28日・KIN17赤い自己存在の地球[3月6日(木)] 明日から新たな月ですよ

今日で銀河の月も終わりです。「行為のリズムを拡張する」4ヶ月の終わりでもあります。
私流の解釈ではこの4ヶ月は、1年というひとつのサイクルをオーラソーマのコンサルでいうところの4本のボトルの流れに見立てたときの、2本目・ギフトチャレンジにあたる4ヶ月なのです。

いやー、大変でした。私にとってこの4ヶ月は、メキシコ旅行から始まりサロンの移転で終わるという、まさにチャレンジとギフトな4ヶ月でした。
この間使っていた主なボトルの流れは、メキシコ前後の26番のオレンジから始まり、その後94番のミカエルを長く使い続け(今でも使っている)、そのギフトとして新たなスペースを見つけ移動したのかもしれません。さらに面白いのは、「4ヶ月の締めくくりだ〜」と今日選んだボトルの3本目に26番が戻ってきたことです。

最近3本目に26番のオレンジがくるのよねー。

去年夏のギリシャでパンドラの箱を開けて以来オレンジがチャレンジで、その頃はオレンジにはややしんどい感覚がありました。ところがメキシコですっかり終わったらしく(いや、実際に終わったんです)、それ以来オレンジが妙に好きになっています(笑)。オレンジってなんて素晴らしい色なんだーーー。

オーラソーマでオレンジは、時に「ショック・トラウマ」なんて耳にあまり心地良くないテーマがあります。けっこうこういった側面は(それこそショックを与えるのか)生徒さんたちも覚えているみたいで、26番とか選ぶと「ぎょえー」なんて言う方もいます(笑)。

でもね!オレンジって言葉に表せぬほどの、腹の底から沸き起こる喜びとエクスタシーの色でもあるんですよ。
そこに理由なんて要らないの。自分でいることが最高にうれしい!この生を100%楽しんでいる色でもあるのです。

最近よく感じるのです。「なんか分からないけどサイコー。なんか分からないけど、とにかく自分に生まれてきたことがうれしー」って(恥ずかしいな)。
銀河の月27日・KIN16黄色い電気の戦士[3月5日(水)] 勝手な言い分

行かないでくれーーー!
どうしてみんな行っちゃうのーーー!?
私を置いて行かないでーーー!!

・・・・・と、どんなに泣いても叫んでも、もう遅いのです。この願いは届かないのです。悲しいです、悔しいです。諦めるしかないなんて・・・。

「くりぃむナントカ」が4月からゴールデンタイムに移動してしまうのです。

今現在、テレビ朝日で毎週月曜日の23:15からやっている番組ですが、最近視聴率が良いのは知ってました。そしてテレ朝のこの時間帯のバラエティ番組は、人気が出るとゴールデンに移動してしまうのも知っていました。今まで一体いくつの素敵な番組がこの帯からゴールデンに行ってしまったことでしょう。

「くりぃむナントカよ、おまえもか」。

好きだから見ているんだけど、そのことが結果的に自分から離れていく原因になってしまうなんて・・・どうしたら良いの?

私のような生活をしている人間には、平日の19:00や20:00の番組なんて見られないんだってば。深夜番組ファンにはそういう人も多いはず。ファンを切り捨てるなー(怒)。
深夜からゴールデンに行くと、ほとんどの番組は牙の抜かれた狼みたいになっちゃうジャン。それはそれで新たなファンを獲得できるのでしょうが、じゃあ今までのファンの気持ちは!?
空いたところにもっと面白い番組が始まるのかもしれません。それはそれで良いのでしょうが、じゃあ「くりぃむナントカ」を毎週楽しみに見ていたファンの気持ちは!?

テレ朝には「タモリ倶楽部」という、深夜族の深夜族による深夜族のための長寿番組があるじゃないの。あれを見習えー。・・・でもきっと、「タモリ倶楽部はタモリ倶楽部だからあれで良いのであって、ああいう番組はふたつもいらない」と言われそう。

このぉ、深夜族を怒らせると怖いんだぞー(←説得力ない・・・)。
銀河の月26日・KIN15青い月の鷲[3月4日(火)] 私にとっての「ありのまま」

スピリチュアルな本などを読むとよく「ありのままの自分を愛しなさい」と書いてあります。

でも、私は目の前にないものをまず思い浮かべて、それが欲しいと思ってしまう方なのです。今回の家探しもそう。「こんなサロンがいいな」と、まず理想のサロンを思い浮かべてそれを現実の中に求めるので、そうそう見つかるはずもないのよね。

そんな私だから、目の前に現れたものをありのままに受け取るなんてできないのよ〜。
不動産屋さんが紹介してくれる物件は、確かに私が提示した条件を満たすものばかりでした。なのに私の心は動かなかったのです。条件だけではない「ピン」と来るものがなかったのです。
こういうとき、「でもこうしてやってくるということは、これも何かの縁で今の私に必要なのかもしれない」という思いも浮かびました。「だからありがたく受けとらなきゃいけないのかな」と、迷いました。でもだめでした(苦笑)。「こんな部屋じゃないのよ。私が求めているのは」という思いがどうしてもあって、納得できないし満足もできない。そんなことで決めても絶対に良い結果を生まないのはもう分かっていることだしね。それで2年もかかっちゃったのです。
私は欲しいものがあったら、来るのを待つほうじゃなく自分で取りにいく方ですし、「ないものは欲しいと思わない」人間でもありません。これ、ブルーの「欲しがる傾向」ね。

自分のことにしても、「もっとこういう人間になりたい」という思い(理想)ばかりが強くて、ありのままの自分を愛する(受け入れる)なんてできませんでした。だから、スピリチュアル本を読むたびに、「こうなりたいとかあれが欲しいとか思っちゃいけないんだ。今の自分をありのままに愛するんだ」なんて言い聞かせつつ、できませんでしたねー。

でもあるとき、気がついたのです。「ありのままとは、欲しがらないこととは違うんだ」と。
「私のありのままって・・・こうなりたい・あれが欲しいと思ってばかりいるのが、ありのままの私なんじゃないか。だからそういう思いを我慢したり抑えたりするのではなく、ありのままに欲しがらせておいてあげればいいんじゃないか」。
つまり、本質的にブルーの傾向がある私はつい「もっとこういう人間になりたい」と思ってしまうのですが、それを否定することがむしろありのままではない状態を生み出していたということに気がついたのです。

それからは、欲しがる自分に対してありのままでいられるようになったので、「ありのままの自分を愛する」に近づけていると思っています。だって昔より全然ラクだし、そんな自分のことが好きだモン。

なので相変わらず私はいーっつも、ないものねだりの欲しがりやさんです。なかなか欲しいものは手に入りません。それが私の一生なんだろうと思っています。別に嫌ではありません。欲しいものを手に入れるためにあれこれやっている時が何よりも充実しているし、それに欲しいものがなければ自分で創り出せばいいのです。
そうして人生の中で、ブルーの「信頼」を学ばせてもらってるし、ブルーの「創造」を学ばせてもらってます。私は「ないものを創り出す」とき、至上の喜びを感じる人間なのです(そういうところ、やっぱりターコイズだよね)。
銀河の月24日・KIN13赤い宇宙の空歩く者[3月2日(日)] 一人遊び

お知らせというか宣伝になってしまいますが・・・3月29日(土)に新サロンオープン記念?で「オープンルーム」というイベントを開催いたします。
イベントと言っても特になにかをする予定は今のところないのですが、この日は終日サロンを開放いたしますので自由に遊びに来てください、見に来てください、という趣旨のものです。この場所をオーラソーマのレンタルスペースとして、学んでいる方たちに活用してもらえたらなと考えているので、ご興味のある方にまずは見てもらえたらという思いです。オープンルームの詳細はこちらをご覧くださいませ


今日の夜、いつものようにボトルを全部浄化していました(黙々とやるこのひとり作業が私にはリラックスタイムで大好きな時間です)。
この作業時間中いつも大体BGMをかけながらやるのですが、私はテレビの音量は小さめだけど音楽を聞くときは大音量が好きで、今日はラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を大音量で流しながら作業していました。「この曲良いでしょ。しかも(ラフマニノフ)本人演奏の貴重な音源のリマスターバージョンなんだよ」なんて、ボトルと会話しながら浄化してるのね。良い音楽はボトルもうれしそうに聞いてくれてるような気がします。

私は、クラシックを聴いていると自然にバレエを踊り始めてしまいます。かつてクラシックバレエを習っていたからでしょうか。
ポップスやロックではそうならないんだけどねぇ。時々ヒップホップとか聞きながらラッパー風に踊ってると、だんなさんに「チョーだせぇ」」と言われますし、それは自分でも分かります(涙)。やっぱりラッパーにはなれないのね・・・。

今日も浄化の手を止めて途中で踊り始めてしまいました。そのとき「ひ、広い」とまた気がついてしまいました(笑)。
ターンをしてもなんにもぶつからないんですよ〜。足を思い切りあげても(あがらないけど、苦)ぶつからない。飛んでも跳ねてもぶつからない!すごい!感動〜。

あんまりバタンバタンしては近所迷惑です。でもバレエは、どんなに高く飛んでも音を立ててドスンと降りちゃいけないの。静かに優雅に降りるのです。だから美しく飛べれば近所迷惑にはならないはず。やるのよ、香緒里!・・・と、(多分)なにかのバレエ漫画の主人公になりきって延々踊っていました。人様には見せられない姿です。

ラフマニノフの2番はとても有名なので、聴けば誰もが知っていると思います。私は特に第一楽章の導入部分が大大大好きで、今日も踊り疲れたら今度はCDデッキの前に座り込み、何度も何度もその部分だけを繰り返し聞いては悦に入っていました。

ラフマニノフを含めロシア音楽には独特の哀愁があります(特にソビエト共産主義以前の19世紀の音楽)。かつての帝国ロシアがどんなにヨーロッパの真似をしてもそうはなりきれなかった熱い血を感じます。広大な大地・長く寒い冬の厳しさの中で生きること・文化圏の端っこ培われてきた独特の民族性。
もうたまらなく郷愁をそそられます。私にとってロシアは憧れじゃなくて懐かしさを感じるものなのです(過去生がらみで)。

今日もラフマニノフを聴きながら、どうにもならない郷愁にとらわれてしまったというわけです。
そのときの私は愛しい人に会うために命かけてたんだけど、そのときのことを思い出してしまうのです。でもこういう時間がなによりも好きなんですよね。自分の世界に(過去の回想に)浸っているのが(笑)。
銀河の月23日・KIN12黄色い水晶の人[3月1日(土)] 椅子派?床派?

新しいサロンの話題ばかりで恐縮ですが(苦笑)。

今度のお部屋では、一番広いリビングはコース用として、そしてリビングの端の方の一角に小さなソファセットを置いて、そこを(コンサルテーション等の)個人セッション用に使っています。

オープンしてからの約10日間、レンタルスペースで知人などを連れてコンサルしに来てくれる生徒さんたちが、なぜかソファセットを使わないんです。コース用の広いスペースの床に直接座ってやっているのです(コースは直接床に座ってやっているので、リビングは家具が全然なくてただ広いのです)。

私が椅子派ではなく床派だからでしょうか。たしかに以前のサロンでも、コースも個人セッションも直接床に座ってやっていましたが、その影響で生徒さんたちも床が好きになってしまったのでしょうか(笑)。
「ここでどうぞ」と最初にソファの方へ案内するのだけど、気がつくとみんな床にだら〜んと座って、かなりくつろぎながらやっています。←良い意味で言ってますヨ

今日の方も床でやっていて、聞いたら「なんとなく落ち着くから」だって。そうなんだ〜。

今のソファセットはとりあえずのソファなので、近いうちにもっと椅子の低いものを入れる予定です。やっぱり目線が床に近い方が落ち着くので。そしたらどうなるのかしら。それでもみんな床でやるのかな〜面白ーい。

「せっかくソファを入れたのにな〜」と苦笑いしつつも、同じ嗜好なことがなんかとてもうれしくも感じる今日この頃なのです。