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共振の月22日・KIN243青い太陽の夜[月31日(金)] 犬の鼻

あ〜〜なんだかもう〜〜な気分です。

1月中に入居審査の結果が出ると言われていたのですが、今日までに結局返事はもらえませんでした。不動産会社の担当の方から電話があって「明日には必ず」と言っていただいたのですが、そもそも審査ってそんなに時間がかかるものなのかしら〜。今まで部屋を借りたときにこんなに時間がかかったことはなかったし、待つしかないから待ちますが「やっぱりだめなのかな〜」なんて、どうしても不安がよぎります。あ〜なんだかも〜。

夕べミカエルのエッセンスとボトルで瞑想していたときの体験があまりにも素晴らしく、今朝は天気も良かったから尚更気分揚揚と家を出たのでした。
しかしお昼になっても連絡は来ず、昼休み中には緊張からか?お腹が痛くなってしまいました。「お腹が痛いよ〜心細いよ〜お母さ〜ん」と心で呟き、なんとか食事はしたもののなんか食べた気がしないし(涙)。
今はレベル2のコース中なので、コースをやっている時だけはそんなこと忘れてコースに集中していられるのですが、休憩時間とかにふと気になってしまいます。あ〜なんだかも〜です。

それにしても夕べの瞑想はすごかった!!

もっと天使に助けを求めていいよとエンジェルカードに出たので、それ以来今回の件をミカエルにお願いしています。夕べの瞑想時もミカエルとコンタクトしていたのですが、気がついたらあれよあれよという間に私は完全に地球と一体化していました。私の中に地球があるというか、地球の隅々まで私で覆われているというか、説明しがたい感覚です。
そしたらふと「この感覚ってミカエルの視点なんだ」と感じたのです。地球のグリッドを調整して地球を守ってくれているミカエルって、こういう感覚でいるんだーと思ったのです。ということは、そのとき私はミカエルに同一化していたわけで、それはそれは素晴らしい体験でした。
地球って素晴らしく美しい純粋な生き物なんだと瞑想しながら感じたのですが、少しだけ悲しい感じもしました。私はなんとかして地球の悲しみを癒したいと思いました。だって地球は私のトモダチだもん・・・みたいな感覚(笑)。

そんな体験があって今朝浮かんだのが、今日の日記のタイトルの言葉です。
最近、とあるプランを思案中で(引越し騒ぎで今は動かしていませんが)、近いうちにそれに使うキャッチフレーズのようなものが欲しいな〜と考えていて、良い案が浮かばずにいたのですが、これだ!と決まりました。「犬の鼻」。なんのことじゃいとお思いでしょうか(思うよね)。そのうちに登場してくるかと思います〜。

まだ引越しも落ち着いていないのに、キャッチフレーズが決まったせいで、なんかすごーく楽しみになってきました。
しかし!おいおい、その前に引越しはどうなるかだろうよ。あ〜そのことを思い出すとなんだかも〜です。
共振の月21日・KIN242白い銀河の風[1月30日(水)] 続・振り返る

昨日今日と、何故か昔を振り返るようなことを思い出してしまいます。

今朝の夢ではついに!千原ジュニア様に登場していただきました。
私たちは中学生で、夏休みの林間学校で田舎に行って大騒ぎ・・・という夢でした(でも今の年齢の顔なんだけどね、笑)。そうはいっても内容的に楽しい夢ではなかったのですが、私は楽しい夢って滅多に見ないのでそれはかまわないのです。ジュニアと友達だったことが妙にうれしいのですぅ。

そして、今朝からある音楽が頭の中でローテーションしています。やはり中学時代に聞きまくって、聞き過ぎてレコードを擦り切れさせてしまった曲(当時はまだCDじゃなくLPだったのサ)。それはワーグナーの「ジークフリート牧歌」というクラシックなのですが、何故かその曲を新しいサロンでひとりで聴いている情景が目に浮かびます(まだ決まったわけじゃないんですが)。

さらに、私が初めてオーラソーマのコンサルテーションを受けたときのことも思い出していました。もう10年くらい前のことです。
そのとき選んだボトルは、33番→3番→98番→忘れた・・・でした。その当時は、後に今みたいな仕事をすることになるなんて想像もつかなかったな〜。人生ってホント、面白いな〜。

98番は最近は全く選びません。33番は今でも時々1本目に選びます。そして3番・・・。
3番のハートボトルは今の私にとっては1本目の定番です。2本目に選ぶことはありません。でも当時は2本目だったんですね。でもそれ、すごーく分かります。

3番のテーマでもあるスペースに関して極端に敏感なのは当時も今も変わりませんが、当時はそんな自分を徹底的に否定していました。「人に対してオープンになれない今の自分はダメだから、もっとオープンにならなければ」と思っていたんです。だから2本目だったんですね、きっと。
ハートの敏感さ・感受性の強さは、私にとって一番の個性であり自慢できるところだという思い(だって1本目に選ぶボトルでもあるから)と同時に、そこが一番のコンプレックスでもあったわけです。だから屈折していたし、自分はこういう人間だともっと人に分かってもらいたいのに、ハートをオープンにできないから分かってもらえないジレンマ、そしてそんな自分に対する苛立ちがいつもありました。
そのセッションでプラクティショナーさんに3番を使うことを薦められて、素直に買って帰り使い始めたとき、(すぐには分からなかったけど)いつの間にかそんな自分に対する否定的な気持ちが和らいできたのです。それまでいろんなヒーリングを受けて、それでもなかなか変えられなかった自分が、ボトルによって自然に変わってゆくのを実感し、「ボトルってすごいな〜」と感心したのを今でも覚えています。

今日は、そんな昔のことを思い出していました。なんだかね。
共振の月20日・KIN241赤い共振の竜[1月29日(火)]  最近の流れを振り返る

昨日からまたミカエルの94番のボトルを使い始めています。・・・というか、一時的に2日間だけ25番を使っただけで、またミカエルに戻ったという方が正解です。

去年の夏にギリシャへ行ってから私の中のどこかでモソモソと動き始めた何かがあるのですが(それをその頃「パンドラの箱が開いた」と表現していたな〜)、10月のリコネクション・12月のメキシコを経てようやく整理がついてきたようです。
さっきコズミックイダイアリーを読み返していて、暦とそのとき使っていたボトルを重ねてみていてそう感じました。

ちょうど「行為のリズムを拡張する」最初の月である倍音の月あたりからモソモソが表面化してきて、その頃オレンジのボトルを使っていたのです。その頃受けたリコネクションセミナーとオレンジのエネルギーが妙にリンクしていて、私の中の何かの配線工事をしてくれたような感じなんです。なにかを修正(調整?)していた感じ。まさに「繋ぎなおす(=リコネクション)」感覚です。その感じはメキシコまで続きました。メキシコへは、その辺の最終調整をしに行ったような感覚があります。

そのせいなのか、メキシコから帰ってきた後には「終わったー」という気分になりました。そしてオレンジはぴたったと使わなくなりました。
そういえばメキシコの写真を全然UPしていないことを、今思い出しました(苦)。なんだかもう私の中では終わったことになってしまっていて、すっかり忘れていました。ものすごーく過去のことみたいな感覚。普通、旅行に行くとしばらくは思い出したりするものですが、今回は旅はとても楽しかったけど、思い出に浸る感じがここまでない旅も珍しいです。引越しが落ち着いたら必ず写真はUPします。ああ、でももう誰も待っていないかもしれません。すみません・・・。

で、メキシコで何かが終わって、そしたらミカエルのペールブルー/ペールイエローになっちゃったんですよね。そして良い物件を見つけちゃったという流れです。スペースはミカエルをシェイクしてできるペールグリーンのテーマですし、ミカエルは場の調整をする大天使です。そして私も、新しい「場」を見つけたかもしれません。ちなみにペールグリーンには「スタートする・正しいときに正しい場所にいる」などのテーマもあります。

うーん、こうして振り返ってみると見えてきました、ここ最近自分に何が起きているのか。共振の月は「奉仕を行為へと調律する」んです。だとすれば・・・。
共振の月19日・KIN240黄色い律動の太陽[1月28日(月)] まな板の上の鯉

あーなんか落ち着かないなー。合格発表を待つ学生みたいな気分です。

でもね、こんな落ち着かない気分でも、心の奥の方ではすごーく穏やかで平和なのがよく分かります。こんなときによくそんなに平然としていられるわねと、自分に突っ込みたくなるくらいです。

やっぱりね、自分の心が平和か平和じゃないかを決めるのは、外側じゃなく自分の気持ち次第なんですね。

今の私の状況だけをみれば、私じゃなくて外側(管理会社)次第です。受かるか落ちるか、私はまな板の上の鯉状態です。そうなるとつい「どうか管理会社の人が私を入居させてくれますように」と祈るしかありません。でも祈ったって受かるとは限らないんだから(シビアだけど)、どうしたって不安はつきまといます。自分以外の人(もの)は操作できないのです。

自分次第で操作できるのは、唯一自分自身です。まな板の上の鯉状態である今の私は、この状況下でどう在りたいのか?これならば自分で操作できます。そしてそれが決まれば、不安にはならないのですよ〜。

3日前にそれを決められてからは本当に平和になりました。その数日前、自分の気持ちを決められなかった時と外側の状況は何も変わっていないのに、内側は180度違うのよ。そして内側が平和になった途端、それまでの肩凝りや頭痛が消え気分が楽になったのです。平和です。穏やかです。人間って面白いな。

まあそうは言っても、不安が全然ないわけじゃなりません。時々ふと「だめだったらどうしよう」なんて思って不安になります。無の境地のようにはなれないです。

今日引いたエンジェルカードでは「あなたの不安を解消するために、もっと天使に助けを求めてください」と出ました。
甘え下手だからついなんでも自分で抱えてしまう私ですが、そうですか、ありがとう!じゃあお言葉に甘えさえていただきます〜。
共振の月17日・KIN238白い自己存在の鏡[1月26日(土)] 人事を尽くして天命を待つ

はぁ・・・そんな心境です。入居審査の結果を待つ今の私。
広辞苑でこの言葉を調べてみるとこんな風に書いてありました。
「人間として出来るかぎりのことをして、 その上は天命に任せて心を労しない」。

たしかに、今回の引越しで気に入った物件に入居できるかどうかは、オーナーさんが決めることで私じゃありません。
そのお部屋に入居しても家賃を滞納したり迷惑をかけたりはもちろんしないし、むしろヒーリングエネルギーに満たされて良いですよ〜とアピールはしました(笑)。「出来るかぎりのこと」をしたつもりです。だから後は任せるしかないのも事実。でもなかなかそんな「心を労しない」境地には達せないし、どうしても不安になってしまうのも無理はありません。でも最近は随分手放せるようになってきました。現に今も「労して」いません。

私はブルーの「欲しがる傾向」が強いので(レベル2を学んだ人なら知ってるよね、笑)、いつも欲しがってばかり。「このお部屋をサロンにしたいな〜」なんてのも、この欲しがる傾向です。そして「欲しいものが持てない苦しみ」には「信頼」が大切だということもレベル2で学んだよね。

ここでいう信頼とは「天命(=ブルーの大いなる意志)に任せて心を労しない」ことです。つまり、「私は絶対この部屋に住める」という「自我に対する信頼(イエロー)」よりも、「この部屋に住めようと住めなくてもそれが天の意志である」ことを信頼するという意味での「大いなる意志への信頼(ブルー)」なのです。

そして何故今私がその信頼ができているかというと、昨日3度目の内覧をしたから、つまり人事を尽くしたからです。
やれるだけのことをやると、後はもうお任せしますの心境になれます。どういう結果になろうと後悔はしないという気分になれます。そのためにはまず人事を尽くすことが大切です。

人事を尽くさないときって理由があります。「頑張ってそれでもだめだったらと思うと怖い」とか。
私自身昔はそう思っていたので、何事にも本気を出すのをためらってスカしていました(恥ずかしい・・・)。でも最近思うのだけど、本当に本気で向き合ったときって、結果に左右されないんですよね。結果を受け入れる強さが身につきます。

そしてもうひとつ大切だと思うのは、人事を尽くしている時間こそが、一番充実している時間だということ。何かに向かって本気で向き合っているその瞬間こそが、人生最高のプレゼント・生きてる喜びなのだ。結果じゃないのよ、実は本当に意味があるのは。
共振の月16日・KIN237赤い電気の地球[1月25日(金)] 腹が決まった

最近引越しの話題ばかり。
今日は、もう一度物件の内覧をさせてもらいました。我儘言って申し訳ありません、不動産屋さん。しかも内覧中にちょっとしたトラブルが発生して、不動産会社の担当の方が管理会社の方に叱られてしまったみたい。あああ、すみません、私のせいなんですぅ。

それでも今日もう一度内覧させてもらえて本当に良かった!先日内覧したときに一箇所だけ気になっていた点は、これで完全に解消されました。

なにが気になっていたかというと、上手くいえないんですけど全体の雰囲気というか居心地?みたいなものでしょうか。
設備や環境やなにやらは(家賃以外は、笑)すべて完璧に近かったのです。ただ前回の内覧時に、なんとなく部屋が落ち着ける感じがしないわけじゃないけど、でもなんとなく落ち着かないような気がしたのです。本当になんとなくなんですけど。
でも、そこが一番大事なポイントだということを思い出したのです。「なんとなくの居心地」が良くなければ、今回引っ越す意味がないじゃないか!他の素敵な部分(設備やなんとか)に目を奪われて一番大事なところに目をつぶろうとしていたわ、私・・・と気がついたのです。
そうなると、いてもたってもいられなくなってしまいました。
こんな気持ちのままじゃ、もしこのまま入居審査に受かって入居が決まったとしても、手放しで喜べない。もしそこが居心地の良くないサロンになってしまったら、自信を持ってお客様を呼べない。私自身も楽しくない。ということは、来ていただいた方にも楽しんでもらえなくなっちゃう。
こんな中途半端な不安を抱えているのは嫌だったので、もう一度確かめるために今日内覧をしてきたというわけです。

今日は時間をかけて部屋に居させてもらいました。ひとりで部屋のアチコチに座り込んでぼんやりしていたら、落ち着けてとても心地良かったです。向かいの公園から子供たちの声が遠く聞こえてきます。大きな窓から西日が部屋に入ってきて、当然暖房なんてないのに寒くなかったです。それで胸のつかえが取れました。

今日改めて肝に銘じたのは、他人じゃなく誰よりも自分の気持ちに嘘をついちゃいけないということでした。
ちょっとでも不安があるとエネルギーが弱まるのがよく分かります。弱まるというかポジティブじゃなくなるという感じですね。ポジティブじゃない所にはポジティブじゃないものが集まります。そしてポジティブはポジティブを呼びます。今や私は、この部屋を見つけたときと同じくらい舞い上がって(笑)そこにエネルギーを注ぎ込んでいます。昨日までの不安は完全に消えました。もう数字のことなんて正直忘れてたよ。やっぱり大事なのは自分の気持ち。これに勝るパワフルなものはありません。

まあ、そうはいってもまだ入居審査があります。これで落ちればこんなに騒いでいても入居できないんです(苦)。でもその不安はありません。

受かる自信があるということではありません。受かるかどうかは私には操作できないことだから、それでだめになっても縁がなかったと思えると思うのです(そりゃすごく残念ですけどね)。でも昨日までのように、「本当に私はあの部屋に入居したいのかどうか?」という自分の気持ちに自信が持てないまま入居できてしまう方が、余程不安だったと思います。あとで後悔するのは大体こういうパターンを踏んでしまったときです。自分の気持ちが明確にならないまま流されてしまうパターン。ある知人はそれで新婚2ヶ月で離婚しました(今だから笑い話ですが)。

私は不言実行した方が上手くいく方なのでここでは名言はしないでおきますが、私の気持ちは決まりました。スッキリしたぞ。あとはお天道様にお任せします。全ての存在にとってベストの奉仕をもたらすために私はかくあるべきか、良きようにお取り計らいください(あ、なんか25番なカンジ。ものすごい勢いで使って夕べで使い終わっちゃったのヨ)。よろしくねー!
共振の月15日・KIN236黄色い月の戦士[1月24日(木)] イエロー考察

夕べ25番のボトルが気になって気になって一晩でほぼ1本使ってしまいました。そのせいなのか今日は気分もさらに落ち着きを取り戻し、昨日までのストレスによる肩凝りや頭痛もすっかり消えました。
物件の内覧は今日はできなかったのでまだ不安な部分もありますが、やはり気持ちはそこに行きたいのですね。もう数字のことは頭からすっかり抜けてしまっています。「そんなことは気の持ちようだ」なんて。

今日の勉強会の中で、コンサルするときに緊張しない方法について話していて、私は「期待しないことだ」と言いました。
「上手にやりたい」などと期待すると、不安が生じそれが緊張に繋がります。不安と緊張は同時に存在するものです。どちらもイエローですねー。

スポーツ選手などがよく言いますよね。「適度な緊張は良い結果を生むけど、緊張し過ぎていると実力が出せない」。この「適度な緊張」とは、多分「集中力」という意味のことを言っているのではないかと思います。これは緊張とは全く別のものです。まあ「集中」「緊張」どちらも、自分に意識が向いているという点でイエローですね。
コンサルに集中してそこで起きていることに「気づいている」つまり「明晰」でいることはとても大事だと思います。そして今に意識が集中しているとき、未来(結果)への不安はそこに存在しえません。あるのは「今」だけです。不安がないから緊張もないのです。これまたイエロー。

おー、今思い出したけど、今日の勉強会では74番(ペールイエロー/ペールグリーン)のボトルの話題も出ました。ちょうど74番っぽくもありますね。
緊張(ペールイエロー)しないからハートの真実からの正しい決断(ペールグリーン)ができるのか、ハートの真実からの正しい決断ができるからj緊張しないで楽しめるのか。
緊張や不安があると、決断ってすごく難しいですよね。「ああなのかな?でももしかしてこうかも。でもやっぱり・・・」みたいにどんどん混乱に陥ります。
74番を選ぶ人って、(良い意味で)決して自分を見失わない人ってイメージがあるなぁ。

あああ、今の私には74番が必要な気がしてきた(笑)。
共振の月14日・KIN235青い磁気の鷲[1月23日(水)] 粘り腰

昨日の「今度の物件はダメ!」ショックから1日経って、昨日よりは気分は落ち着いてきました。が、精神面のストレスはてきめんに体に現れます。特に最近そう。

まずは左肩から首にかけての凝りと、それに起因する頭痛。これが始まったら「今私ストレスが溜まってる」のサインです。
この初期の段階でストレス解消できれば良いのですが、そのまま続くとやがて今度は知恵熱が出始めます。遠足前夜の子供のようですが、けっこう出ちゃうのよね〜。風邪の熱じゃないのは明らかなのです。
さらにストレスを溜め続けておくと、お腹を壊したり肌荒れしたり暴飲暴食に走ったり眠れなくなったりします。
今の私は第2段階(知恵熱)レベルです。あれ?でもこういうの、知恵熱っていうのかな?微熱?

今日2本目に26番を選んでしまいました。やっぱり昨日のひとことはかなりショックだったみたい。でも一夜明けて落ち着いてみると、やはりなんとかして新しい場所に行きたい気持ちが強いみたいです。だって、今日も気がつくと「番地の数字が悪くても大丈夫」なんて理由をつけている自分がいるんです。そもそも「ダメ」なんて言われてあきらめてない時点で、そしてそう言われてショックを受けてる時点で気持ちはそこにあるのでしょう。ダメと言われてほっとする気持ちが少しでもあったら迷っていたということでしょうが、それはありませんでした。

しかし、その物件の中で一箇所だけ気になるところがあることも、今回の「ダメ」事件?ではっきりしました。逆にこの事件がなかったら舞い上がっててそのままになっちゃってたかもしれないと思うと、もしかして「ダメ」事件があって良かったのかも知れません。
気になるところは実際にもう一度内覧してみないと確かめられないので、明日にでも不動産会社にお願いしてもう一度内覧させてもらおう。そうじゃないと解決しないし、なんかモヤモヤしたままになってしまいます。それは嫌だヨ。

シツコイ客だと思われそうですがかまわないワ。だって2年も探し続けて、良いのが見つかりましたと言われても気に入らないと断り続けてきた時点で、かなりシツコイと思われているでしょうし。

何十回もお見合いをして気に入らないと断り続け、何十回目で理想の相手に巡り合い今はとても仲良く夫婦子供で暮らしている人がいます。あきらめず粘り続けてよかったと本人も申しております。周囲の人も胸をなでおろしていました。それは私の兄です(笑)。似たもの兄弟なんですかね?
共振の月13日・KIN234白い宇宙の魔法使い[1月22日(火)] 決断!

ぎゃーーー!

・・・と、叫びから始まることが多いような気がする最近の日記。
今日の「ぎゃー」の原因は、今検討中の新サロン用の物件を、ある人から「そこはダメ!」と言われてしまったからです。

その方は数字を見る人で、住所等の数字からそこが仕事で成功する物件かどうかなどを見てくれるのです。どういう出し方をするのかは知りませんが、どうやら私が見つけた物件はだめらしいのです。

2年以上探し続けてようやくピンと来るところを見つけたんです。正直かなり舞い上がっていました。しかし先日室内の内覧をしてみたら、一箇所だけ気になるところがあったのです。そこへきて今日の「ダメ!」のひとことでしょ。ぐらついてますよ〜、固まりかけた気持ちが(涙)。

気になるところなんて今の部屋に決めた時だってあったし、それでも決めて良かったと今は思っているんだから今回も大丈夫。・・・でも、やはり引っかかるということは、辞めた方が良いのかしら。でもやっぱり・・・のエンドレス状態です。
そんなわけで家にあるだけのエンジェルカードを引いてみることにしました(あー、やっちゃったヨ、笑)。

最初に大天使カードのうちの2枚を引いてみました。そこには「Aii Is Well(すべて大丈夫)」と「You Are Safe(守られています)」が。なぁんかすご〜く安心してそれ以上カードを引く気にならず、それでやめました。
でもよくよく考えたらそのカードの意味だって、今回の物件に決めるにしても決めないにしてもどっちにもとれる内容ですよね。結局答えはやはり自分の胸の中にあるのですよね。分かってるんだけどさー(苦悩)。

そんな今の状況を表すように、今日の2本目にジュワルクールを選びました。決断だー。あああ、頭が痛む。首も凝る。悩む〜。
共振の月12日・KIN233赤い水晶の空歩く者[1月21日(月)] アセンションに向けて

にわかに忙しくなってきました。引越しがいよいよ本決まりになりそうだからです(まだ決まりではないのですが1月中には決めたい)。
引っ越すと間取りが変わるから、様々なシステムの細かいところも変更の必要が出てきました。前から考えていたことではあるけれど、いよいよ具体的にしなくてはいけません。こうなってみると、今年からセッションメニューを変更しておいて良かったな〜と思います。変更を決めた時点では引越しのことはなにも具体的になかったから、やっぱり「なんとなくそろそろかな」の直感に従って正解でした〜。

やらなければいけないことや考えなければいけないことが増えてきて、いままでなら一休みしていたセッションの合間の空き時間が、スケジュール帳からどんどんつぶれていきます。楽しいことだから全然かまわないのだけど、忙しくなればなるほど合間を縫って漫画喫茶に行ってしまう傾向がある私。一種の現実逃避なのでしょう(笑)。神楽坂は大好きな街なんだけどひとつ不満なのは、良い漫喫がないことですねー。これ、なんとかして欲しい。


リコネクティブヒーリングのご予約も順調でありがたい限りです。みなさん、興味を持ってくださって本当にありがとうございます。
リコネクティブヒーリングって何をヒーリングするんだろう?って、ずっと考えていました。分かるような気はするんだけど、どう説明して良いのかがイマイチ分からなかったんです。
今日感じたことは、肉体とかサトルボディを含みつつそれらをも越えた自分のなにかの側面を、再結合(リ・コネクト)しているということです。例えば、複雑な機械の中身のたくさんある配線を、ひとつも間違いないように繋ぎ直している感じかな〜。たしかに、セッションを受けたクライアントさんの多くが「整体を受けたような感じ」「調整してもらった感じ」などと言います。それも「体だけじゃない何かを調整してもらった感じがするので、まるで宇宙人みたいな人(物)にやってもらったみたい」なんてことも言います(笑)。私には、作業服を着た宇宙人がペンチとかを持って、配線を繋いでいる図が目に浮かんでしかたありません〜。
でもそうすることで、自分自身がよりパワーを発揮できるようになるのです、きっと。本来の自分に目覚める。宇宙のパワーとの(再)結合です。
これはこれからますます地球に住む全ての存在にとって大切なことになってくるんだろうな。だからこそ今この時代にそれをサポートするために、このリコネクションのエネルギーがもたらされたんだろうと私は考えます。


さっき、考え事をしながら雑巾絞りをしていたら、気づいたら手のひらの皮が3箇所も剥けていました。雑巾を絞り終わって服を着替えようと服に手をかけた瞬間手のひらに激痛が走り、よく見たら皮がべろ〜んと剥けていました。よほどキツク絞っていたらしい。でもなんで絞っていた時点で痛みに気がつかなかったんだろう?ホント、意識が現実を作っているんですね〜(苦)。

なんだか今日の日記は脈絡がないな〜。
共振の月10日・KIN231青い惑星の猿[1月19日(土)] セルフリコネクション

今朝の夢は怖くはありませんでした。そして昨日の混乱と不安が嘘のように気分が落ち着き、そしたら不安の元がほぼ解決するような出来事がありました。意識が現実を創造する・・・やっぱり分かりやすい。


私はほぼ毎日瞑想しています。10年以上かかってやっとまともに瞑想できるようになりました。できるようになってみるとやらない方が気持ち悪いので、5分でも良いからやっています。
そしてリコネクションを学んでから瞑想時に面白いことを発見しました。

あるとき瞑想中にセルフリコネクティブヒーリングをしようと思いたったその瞬間!すぐさま体がぐるんぐるん周り始めたのです。これは明らかにリコネのエネルギーに反応しているものだと分かりました。あまりの即効ぶりに驚きました。
まず瞑想に入るのに、目を閉じて色をイメージする必要もなく、キャンドルの灯火をイメージする必要もなく、呼吸に意識を向ける必要もなく、ただリコネのことを思い出しただけで瞬間的にそのエネルギーを受け取っていたのです。
リコネのエネルギーがお手軽だということは感じていましたが、あらためてそのお手軽さに感激しちゃいました。

私は道を歩きながらでも電車の中でも瞑想しますし、そういう状況でリコネのエネルギーにアクセスしたこともありますが、その時は体がぐるんぐるん周ったりはしなかったので気がつきませんでした。でも、意識しただけで本当にアクセスしていたんですねー。

確かに、エリック・パールの本にも「この本を読んだそのときからすでにこのエネルギーへのアクセスが始まっている」みたいなことが書いてありますし、意識が現実を創造するのだから確かにそうとも言えることは分かっていました。しかし本当に分かりやすくそれを証明できたのが面白かったんですよ。

その後も、家でゆっくりと瞑想しているときにリコネのエネルギーにアクセスしてみると、100%の割合で体が動きます。体がえびぞりになったりすると「私ってこんなに背筋強かったっけ?」なんて笑いそうになりますが(笑)。
実際にセッションを受けているときには私はほとんど体が動かないのですが、セルフヒーリングしているときはすんごく動くのよね〜。
共振の月9日・KIN230白い太陽の犬[1月18日(金)] 不安と信頼

3日ほど前からちょっとした心配事があります。
久しぶりに「不安」を抱えている状態なのですが、不安というもののパワーは大きくてさっそくその影響と思われるいろんな出来事が起きています。

例えばこの3日間、急に夢にうなされ始めました。今朝の夢ではついに私は殺されてしまいまして、怖くて明け方ばちっと目覚ましてしまいましたよ〜。
そして同じく今日のこと、レストランで注文したものがお店のミスで来なかったり、送ったメールに来るはずの返信が来なかったり、今日と約束したはずの電話が来なかったり、届くはずの郵便物が届かなかったり。1日でこれだけ続けて起こると、さすがにただの偶然とは思えません。

自分の意識が現実を創造するということをヒシヒシと感じます。流れに逆らっていると、シンクロニシティの逆のことが起きるんですね。物事がスムースに進まないのです。
では何故、不安になるということが流れに逆らうことになるのでしょうか。

「不安」になるということは、「信頼」していないということだからです。何を信頼するのかというと、それは自分かもしれないし誰かかもしれないし大いなる存在かもしれません。今回の私の場合はやはり一番は「大いなる存在」ですかね〜。大いなる存在を信頼することが、つまりは流れを信頼するということでもありますからね。

明日から始まるコースのために、帰り際にボトルを全部浄化していました。でもやっぱりその心配事が頭から離れずにぼんやりしながら浄化していたら、手が滑って危うくボトルを割ってしまうところでした。
その瞬間「こんなことばかり考えているのはもう嫌!」とついにキレて?、思わず手に取ってしまったのがピンクポマンダー。「ピンクーーー!」と叫びながら、10分くらいかけてポマンダーワークをものすごく丁寧に自分と心配事の相手にしてあげました(本人はいませんが)。
ハートに手をあてるところでは、自分のハートが無条件の愛で満たされるまで(それを実感できるまで)しぶとく当て続けていたら、そのくらいの時間になってしまったのです。
ハートに意識を持っていってピンクを感じていたら、少しずつ少しずつ本当にハートが暖かくなってきます。そのうち少しずつ少しずつ気持ちが落ち着いてきて不安が消え去ってゆきました。いつもはもっと早く感じられるんだけど、こういうときは時間がかかるのよね〜。

今はまた不安が戻ってきています。しょうがありませんね。あまり自分を責めることはやめようと思います。ただ、寝る前にもう一度ピンクポマンダーを使いましょう。そして今夜は良い夢を見られますように。
共振の月8日・KIN229赤い銀河の月[1月17日(木)] ハートのコミュニケーション

私が苦手なタイプの人の共通点ってなんだろうと、ずっと分からないでいました。外見にこだわらないのは昔からなのですが、性格もみんな一見違うんです。そして必ずしも一般的に言う性格の悪い人ってわけでもないんです。嘘つきとか我儘とか意地悪でも、好きな人は好きになれます。みんなの嫌われ者とむしろ仲良くなれる私なので。じゃあなんなんだろう?

でも昨日だったかな?道を歩いていて、ふいに分かりました。
それは「ハートでコミュニケーションできるか、できないか」だったのです。ハートでコミュニケーションできない人に対して、私は無性に虚しさや苛立ちを感じるのでした。

同じ人間なのに意志の疎通ができないって虚しいですよね〜。犬や葉っぱや宇宙人とだって(彼らの場合言葉が通じないから余計なのか)ハートがあればコミュニケーションできるのにねぇ。

でも、ハート以外に一体どこを使ってコミュニケーションするのですかね。
言葉・体・第三の目・5感・・・まあそりゃいろいろあるでしょうが、そのどれをフルに使ったとしてもやっぱりハートがなければだめなのよ・・・と感じてしまう、そんな私はやっぱりグリーンなのかな。
共振の月6日・KIN227青い律動の手[1月15日(火)] 「学ぶ」じゃなくて「在る」こと

昨日読んでいたある本に書いてあった言葉。「愛が、あらゆる言葉や行為に溢れ出るようになれば、それを「慈悲」と言います」。
なんか、これってマゼンタだな〜と思って。
この境地までいくにはまだまだですが、私の中で去年の夏頃から続く「溢れ出してる」感は、こんな感じなんですよね。※「溢れ出してる」感については夏頃の日記に散々書きまくっていたのでここでは省略)

3、4年前にマゼンタのボトルを2本目に選び続けていた時期があって、1年くらいマゼンタのボトルを使い続けていました。それまでマゼンタは私にとって一番選ばないし好きじゃないし縁遠い色で、一番敬遠していた色でもありましたが、その時期を経てマゼンタという色の理解がすごーく深まったのでした。

しかし理解は深まったけど、それでもあまり好きな色じゃありませんでした。「慈悲とか愛とかカッコ悪いじゃん」みたいな感じで(苦笑)。

ところがところが!去年の夏頃から、それまで2本目にしか選ばなかったマゼンタを、なんと1本目に選ぶようになってしまったのです。自分では何故なのか分かるような分からないような、なんだかくすぐったいような気分で選んでいたものです(ちょうどその頃から「溢れ出してる」感が強烈に始まり、それは今でも続いているのです)。
でも秋頃からはまたマゼンタは選ばなくなっていました。1本目は定番のターコイズに戻っていきました。

でも、上記の言葉を読んだときにはっきり気がついたのですよ。「今の私はすでにマゼンタになってるんだ」って。マゼンタを学ぶとかマゼンタを取りれるとかじゃなくて、もう私自身がマゼンタを生きているんだワって。
3,4年前のマゼンタのボトルを使い続けていた時期がマゼンタを学んでいた時期で、その後どれだけ学べたのか分からないでいましたが、いつのまにかそれは自分のものになっていたようです。そうなのよね、ボトルの作用って気づいたらそうなってた・・みたいなことが多いのよね。

これはよく「自転車に乗れるようになるまで」の話に例えられます。
自転車に乗れなくて練習しているうちは、自転車をこいでいる自分を意識していないと乗れないけど、一度乗れるようになってしまうともう全然別のことを考えていても乗れちゃいますよね。呼吸をするのと同じくらい自然に足や手が動いて自転車を操縦できてしまいます。それがグランディング。

だとすれば、私はようやく自分の中のマゼンタをグランディングさせることができたようです。

あ、でも相変わらず「慈悲とか愛とかカッコ悪いじゃん」とは思ってますけどね(笑)。そういうことじゃなくて、でもやっぱり今の私はマゼンタなのよね〜。
共振の月5日・KIN226白い倍音の世界の橋渡し[1月14日(祝)] 小さな親切

私の無愛想ぶりは相当だと思います。亡くなった祖母によく言われました。「あなたは女の子なんだからもう少し愛想良くしなさい」って。そんなとき心の中でいつも反論していました。「したくてもできないんだってばー」。

週4の割合で通いつめるお気に入りのカフェが近所にあり、マスターとも当然顔見知りで旅行に行けばお土産を渡しちゃうくらいの仲ですが、それでも普段の会話は「こんにちわ」「○○ください」「ごちそうさまでした」だけです。見事なまでにそれだけ(笑)。マスターが私に話しかけてくれようとする雰囲気を察すると、さっと目をそらし手にした本に集中しているフリをしてしまう・・・これは私の性(さが)なんでしょうか(涙)。

そんな私ですが、最近ちょっと違うんです!お店の店員さんやレジの人にやたらと愛想が良いの。
レジでマイバッグを広げ「この袋にいれてください」と、大きな声でハキハキと。そして店員さんと目が合えばにっこり。帰りがけには「ありがとうございます」なんて声をかけちゃいます。

こんなことが無理なくできるのは、今自分自身の精神状態が良いからなのはもちろんです。あとはそういう小さなことが案外大事だよな〜と思うからです。
もし自分がレジ係だったらと考えても、お客さんがムスッとしているのと「ありがとう」と言ってもらえるのとでは、気持ちが全然変わると思います。ストレスがたまっているときは尚更それだけですごく幸せを感じられると思うし、その気持ちが次のお客様に笑顔を向けられることに繋がるかもしれません。そしたら次のお客様が今度は気持ちよくなるのです。広がってゆくんですよね〜。
今はストレス社会でうつ病や犯罪が増えていると言われますが、日々のストレスを無くすためにも、こんな小さなことの積み重ねがとても大きいと本気で思うのよ。

あらためてそう思ったのは、先日のとある小さな出来事がきっかけでした。

神楽坂の商店街をよそ見しながら歩いていて、前を歩いていたおばあさんの引いていた買い物カートを思い切り蹴っ飛ばしてしまったのです。その勢いでカートが浮き上がっておばあさんがよろけてしまうほどでした。
「あ!どうもすみません!」
「あぁら、いいわよ〜」(にっこり)

そのおっとりした口調と素敵な笑顔に私はノックアウトされてしまい(笑)、その日は1日中気分良く過ごせたのです。1日中ですよ!
おばあさんはそんな出来事すぐに忘れちゃってるでしょう。でも私は忘れなかった。その一瞬の笑顔の余韻に1日中浸れたのです。

これくらいのことなら自分でも出来る。というか、自分がして欲しいことを相手にしてあげようという、しごく単純なことにあらためて気づかされたのでした〜。
それにね、そんなことをしている自分って、けっこう好きになれますヨ。自分のことを好きになることが、なんといっても最高ですもんね。
共振の月4日・KIN225赤い自己存在の蛇[1月13日(日)] 守護霊パワー

なんだか今朝の空は妙じゃありませんでしたか?昨日もそうだと感じたんだけど、東京の冬の空という気がどうしてもしなかったんですよね。軽井沢とか清里とか、日本ではあるけど東京より郊外の自然のある場所の、30年くらい前の(いや、30年後かな?)3月初めくらいの空な感じ(細かいなー)。
神楽坂周辺だけなのか、東京全体なのか、はたまた地球全体なのか分かりませんが、またしても土地のエネルギーが変わったような感じです。


今開催中のコースにきてくださっている生徒さんが産土神社を見られる人で、以前から自分の産土神社を知りたかった私はこの度念願かなって調べてもらいました。
産土神社とはなにかというと、私も全然詳しくないのですがその人から聞いた話をまとめるといこういう感じかな。

「その土地土地に宿る神霊のことを産土の大神といい、産土神社はその大神をまつる神社である。産土の大神は、その土地で生まれた自分に一番縁のある、生まれてから死ぬまで(死後まで)守ってくれる一生の守り神という存在であり、自分が生まれた土地の産土神社を知りそこへお参りすることはとても大切なのである。」

幸いなことに私の産土神社は千葉県なので日帰りでいける距離だし、早くお参りに行きたいです。自分がここまで無事に生きてこれて今とても幸せなことに、どうしてもお礼が言いたい。生まれた町にはもう知り合いもいないし、35年くらい行ってないので懐かしいだろうな〜。

その方は産土神社だけでなく、私の守護霊様のことも少し見てくれました。そしたらとてもうれしいことに、私を守護してくれている守護霊様の数が普通の人の3倍くらいいたそうなんです〜。とてもたくさんのご先祖様たちに守ってもらっているそうです。ぎゃーー、うれしーー。
今の自分の状況がどう考えても実力以上のものであることはずっと前から感じていましたし、自分が誰かに守られているのもこの数年365日24時間感じ続けていました。それは大いなる意志とかハイヤーセルフだと思ってたけど、守護霊様でもあったのね。うれしいな〜。すごくうれしい、ありがと!

そういえば私はこの数年、神社やお寺にお参りに行っても願い事とか全然しなくなりました。
「神様仏様も、一方的にお願いばかりされるよりも感謝してもらった方が気持ちよいし、そういう人を助けたくなるものなんだよ」とあるとき知人に言われ、言われてみれば確かにそのとおり、と納得した私は、それ以来「どうか○○が叶いますように」ではなく「いつも守ってくれてありがとうございます」と、お願いではなくお礼参りになっていました。でもやっぱりそれが良いんですって。

守護霊様の数は日頃の行いによっていくらでも増えたり減ったりするそうです。ならば今度どこかの神社仏閣へお参りに行くときは、お願いだけじゃなくて感謝の気持ちを伝えてみてはどうかしら。神様の労をねぎらうのです(←エラそー、笑)。
そうして守護霊様のヘルプをいただいて開運しちゃうのだー。
共振の月3日・KIN224黄色い電気の種[1月12日(土)] ニュースペース

もう最近ホント!ホーリーグレイルが大好きだー!

ホーリーグレイルとはペールオリーブのクイントエッセンス(オーラソーマの製品)のことです。
少し前の日記にも書いたけど、お正月明け一発目で選んだ4本のうち2本目に選んだ94番・大天使ミカエルのボトルと一緒にホーリーのクイントエッセンスも使い始めて、それがもうばっちりみたいでねー。気持ち良いことったらないんです〜。ミカエルにしろホーリーにしろ以前にも使ったことはありますが、比較にならないくらい今回は気持ちよいです。

実は今、新しいサロンのスペースが見つかるかもしれない状況です。1週間くらい前にふいにピンとくる気にいった物件を見つけてしまいました。この2年ずっと探し続けて見つからなかった新しいサロン。それがここへきてようやく見つけられたのです。まだ決定ではないからなんともいえませんが、このタイミングで見つけたことと、見つける数日前にミカエルのボトルを2本目に・そして91番のオリーブグリーンを4本目に選び、直感的にホーリーのクイントエッセンスを使い始めたことにどんな意味があったのか、こうなってみてよく分かります。
ミカエルは地球の磁場調整をしてくれる大天使です。そしてミカエルをシェイクするとスペースを意味するグリーンになります。オリーブグリーンも新しいスペースと個を尊重しながら全体性を生きる共同創造の色ですよね。ホーリーは新しい次元とつないでくれるクイントエッセンスだし。
さらに新しいボトル・106番の大天使ラツィエル。これまたペールオリーブとライラックの組み合わせですが、今言ったようなオリーブの質を通しての奉仕の色ですよね。新しいボトルはすべての人にとってのギフトです。私にとってラツィエルの誕生は、ニュースペースへの祝福のメッセージだったのかもしれません〜素敵すぎ〜にゃ〜(←喜びの声)

そういえば今日の勉強会でもなんと!ふたりの方が、自分のスペースを得てプラクティショナーとして本格始動しますと報告してくれました。すごーいね、みんなニュースペースなのね。

もともと自分の性格は、団体行動が大の苦手で、何事も単独プレーを好みます(笑)。だからサロンもひとりで始めたのです。
そんな私がホーリーを使い始めてから、やけに「みんなで作るんだ!」なんて熱く入れこんじゃってるのです。自分でも可笑しいんだけど。
で、何を作るのかがよく分からなかったのですが、新しいサロンに良い物件を見つけちゃったものだから、「これだったのか!新しいスペースは、私だけじゃなくみんなで作るスペースなんだ!」と気がついたというわけです。

まあみんなで作るといっても、いわゆる団体行動をとるということじゃないと思います。だって私、団体行動は苦手なんだってば。そういうことではなく、何か深い意識のレベルでの共同創造なんだろうな、今度の場所は。集合意識的なレベルでの共生とか調和はむしろ大好きですから。

どうなることやら。1月中には決めたいところですね。
共振の月2日・KIN223青い月の夜[1月11日(金)] 書を捨てよ、街へ出よう

スピリチュアルなことを探求している人の理由はいろいろでしょうが、突き詰めれば多くの場合「自分をより深く知ることで、豊かで幸福な人生を送りたい」からですよね〜。
しかしスピリチュアルなんて全然興味ない人やむしろ否定的な人の中にも、豊かで幸福な人生を送っている人はたくさんいます。そしてとても熱心にスピリチュアルな探求を重ねているのに、全然豊かで幸福になれない人もたくさんいますよ、実際は。
この違いは何でしょう。スピリチュアルなんて本当は人間の幸福に関係ないのでしょうか?

いやー、私の考えではやっぱり豊かさや幸福のために、スピリチュアリティはなくてはならないものだと思いますよ。
スピリチュアルに興味ないのに豊かで幸福な人をよーく見てみると、もうすでにスピリチュアリティを生きている人が多いです。あえて学んだり意識する必要もないくらいに、もうそれがその人の一部になっているのです。だから決してスピリチュアルじゃないわけじゃないの。むしろそれを探求している人以上にスピリチュアルなのです。

これすなわちレッドのグランディングね。
スピリチュアルは(何事も)グランディングして初めてそれが現実になるのです。知識として知っているかどうかなんてたいして重要じゃないのです。それを実践する中から学んでそれを自分のものにして(これがゴールドの知恵です)、それが自分の一部になって初めてグランディングなのよ。
ブループリント(ブルーの魂の使命)を地に降ろす(レッドの実践して生きる)=最高の道を歩む(バイオレット)。そしてそれが最高のヒーリング(これまたバイオレット)でもあるのです。

逆に、熱心に探求しているのに全然変わらない人のことを皮肉をこめて「チェアウォーマー」と言うそうです。様々なセミナーに参加しまくり、様々なグッズを集めまくっている人のこと(笑)。(セミナーの)椅子を暖めるだけの人という意味です。こりゃ、昔の私のことだワ。昔の私はまさにチェアウォーマーでしたねー。暖めまくりでホッカホカよ〜。

私の結論!スピリチュアリティは幸福な人生のために不可欠なものです。しかしそれはグランディング(実践)されていなければいけないのであーる。
スピリチュアルに興味のある人ほど、案外上(スピリチュアル)ばかり見て足元(実践)を見ていない人が多いのが、皮肉です。

「書を捨てよ。街へ出よう」も大事ですよ〜。
律動の月28日・KIN221赤い宇宙の竜[1月9日(水)] 無理強いしないとは

競馬騎手の武豊が以前インタビューで面白いことを言っていました。

「どうやって馬の能力を最大限に引き出しているんですか?」との問いに対して、彼はこう答えていました。「例えば馬にもっと右に行って欲しいときに、「右に行け」とは言わないんです。それよりも「右に行くともっといいよ〜」と馬に伝えます(笑)」。

この感覚って、オーラソーマの「無理強いしない」精神だなーと思ったのです。

オーラソーマがどうやって人を癒すのか?それはその人を否定しないことによってです。その人の存在を受容(肯定)することで、その人の中にある可能性や光や愛がその人自らの意志と力で自然と溢れ出てくるのをサポートすることで、その人を癒せるのです。

馬に対して「右へ行け」と言うことは、同時に「今の方向では違う」と言っていることになります。つまりその時点では馬や馬の行動を否定していることになります。そして、人は(馬も)、自らを否定されると否定し返すのです。だから馬にしてみれば自分を否定されたと感じるから、能力を充分に引き出せないんです。引き出そうという気が無くなるんですね、きっと。
そして「右に行くともっといいよ〜」と言うことは、その時点の馬のことを肯定しているんです。これだったら馬としても気持ちよく方向転換できるってもんでサー。

私たちだってそうでしょう。お母さんの大切にしている壷を割っちゃってあやまろうと思ってたのに、その前にお母さんに「なにやってるの!謝りなさい!」なんて言われちゃうと、途端に謝る気が失せませんか(笑)?逆にお母さんが何も言わずにせっせと割れた壷を片付けてたりすると、いたたまれなくなって「ごめんなさい。私がやったことだから私が片付けます」なんて言い出しちゃったりしませんかね〜?


ああ、イマドキ壷を大切にしている家庭なんてあるか〜?古臭い例え話をしてしまいました〜ごめんなさい
律動の月27日・KIN220黄色い水晶の太陽[1月8日(火)] 即興演奏

ある生徒さんに「アマーリエのスペースは気持ち良い」と言っていただきました。いやー、ありがとうございます。
たしかに自分でもこのスペースはけっこう気に入っています(笑)。でも「私のおかげよ」とは別に思いませんね〜。だからと言って「私なんか全然。すべてみなさんのおかげです」という感じでもなく。
私も含め、そしてアマーリエに来てくれた人たちも含め、そして神楽坂という土地も含め・・・。この場所に関わるいろんな要素がピタリピタリと合わさった結果としての「気持ち良さ」に繋がっているような気がしています。
どれが欠けても、その生徒さんが感じた「気持ち良さ」にはなっていなかったと思うし、きっと中には気持ち良いと感じていない人だっているのでしょう。

この感じは音楽でいうところの即興演奏みたいなことかなと思います。

ジャズでよくやりますよね。数人のメンバーが、それぞれの楽器でその場のアドリブで合わせていくの。あれ、すごいですよね。
次に曲がどう展開していくか決まっていないのに、言葉でコミュニケーションしていなくてもちゃぁんと曲が展開していくの。彼らは言葉ではなく何でコミュニケーションしているのか?
あえて言えば「気」かな。気を合わせるってやつ。あとは「息」を合わせるなんてのも言いますか。
そのためには相手を感じ取らなくてはいけないし、相手を思いやらなくてはいけないし、複数の場合は全員でそれをやりあわなくてはいけません。それってオリーブグリーンのフェミニンリーダーシップだったり共同創造だったりするかな〜。そういえば今年になってから使い始めたクイントエッセンスはホーリーグレイルだよ〜。

アマーリエに集まる人たちの中で、自然とお互いを思いやったり感じあったりしてひとつの「場の気」を作り上げるなにかがあるんだとしたら、すごいですよねー。でも、なんとなくあるような気がするんだけどな〜手前ミソですが。

例えばコースなんかでもそうです。
同じ時期に同じ場所に集まった人たち。そしてコースが進むうちに徐々に全員でひとつの場の気を創造してゆくのを、私は毎回目撃しています。
そうなんです。場の気が良いからそこにいるというよりも、そこにいる人たちで良い気の場を作り上げているのです。だから誰かが欠けても場の気は違うものになりますし、だから全ての人がそこにいるだけの価値があるのです。

このテーマって、明日で終わる「律動の月」にも関係してますよね。「同等を他の人にも拡張するには?」。
今の私の感想としては、その答えは「共に創りあげること!」ですね。

ということなので、アマーリエに来ていただきまして本当にありがとうございます〜とホントに感謝感謝でございます。
律動の月26日・KIN219青いスペクトルの嵐[1月7日(月)] シンクロについて

ぎゃーーー、今日ものすごいシンクロが起きました!あーびっくりした。
でもまだここでは話せないのがつまらないよー、ごめんなさい。1ヶ月以内には話せるようになってるかな〜そしたらご報告いたします。

でも最近起きるシンクロはなんだか順番が逆というか、もうなんだかよく分かりません(でも分かるーなんだけどね、笑)。
例えばこういうことです。昨日あったちょっとしたシンクロの話です。

夕べ仕事帰りにふらっと本屋に入りました。別に買いたい本があったわけではありません。立ち読みは私の趣味なので(ごめんなさい本屋さん!)用がなくてもいつも寄るのです。で、とある5次元についての本を偶然見つけたとき、「あ!」と気がついたのです。そうだ、私、5次元に関する本を探してたんだって。そんなつもりで本屋に寄ったわけじゃ全然ないのに。

ここで面白いと感じるのは、このシンクロが起きる順番です。

少なくとも今までは、まずはマインドレベルで自分が欲しいものを具体的に意識して、それからそれが思わぬ方法で実現化するという順番でシンクロが起きていたのです。今回の本の例えで言えば、私が「5次元に関する本が欲しいな」と考えていたら偶然見つけちゃった、みたいなかんじ。
しかし今私の周りで起きるシンクロは、最初はマインドレベルで全然意識してないことなのです。それが実現化したときに初めて自分がそれを欲していたことに気がつくのです。

これって単に私がニブいだけなのかな〜?でもなんかそれとも違う感じなのよね。
律動の月25日・KIN218白い惑星の鏡[1月6日(日)] 分かんないけど分かる

今日の日記のタイトルは最近の自分の口癖だと今日気がつきました。「なんかよく分かんないけど、でも分かるー」って。
というのも、今日の夜オーラソーマのコンサルを受けに来てくれた友人が、コンサル中にこのセリフを連発していたのです(笑)。コンサルの後半で、彼女が選んだ4本のボトル以外の裏に隠されたボトルを1本出してみたときに、特にすごかったのよ。「正直、4本のボトルだけを見ていても良く分からなかったけど、このボトル(=隠されたボトル)を見たら、なんか分かんないけどでもすごーく分かった〜」みたいなことを言ってました(笑)。

そこで私も気がついたのです。同じことを私もよく言ってるなぁって。

「分からないけど分かる」。もう少し正しく言うとそれはおそらく「(頭で考えても)分からないけど、(より深い側面の自分では)分かる」ということなのでしょうね。で、こういう分かり方をしているときって、それについて話そうとすると頭が真っ白になっちゃうのよ。何故なら言葉は左脳の働きなので、「より深い側面(右脳)」で分かっていることを変換することが非常に困難なのです。言い表しようがなくて、言葉に詰まっちゃうのですよね。

あとはこうも言えると思います。「(論理的には)分からないけど、(直感的には)分かる」。直感的に理解することって、その根拠を説明できないですよね。

その自分の口癖に気がついてからよくよく振り返ってみると、私って「よく分かんないけどサー」と前置きしながら「でもこうでこうでこういうことじゃない?」なんて、よく言ってますねー。それだけ断言しておきながら「よく分かんない」ってどういうこと!?全然分かってるじゃん(笑)。
・・・うーん。でもやっぱり分かってないのよ。分かってないんだけど、分かってるのよ。で、そういうふうにして分かってることの方が、案外正しかったりするのです。これは後になって振り返ってみればの話なんですけどね。

友人も私もリコネクションを受けてから特にその傾向が激しくて、「今までのやり方はもう古い」みたいなことを話してました。
予測する→実行する→結果が出る、という図式はもう古いのかも。これは4次元とも少し違うような・・・もしかしてこれが5次元なのでしょうか。そこには馬車と新幹線くらいのスピードの違いがあるような気がします。いや〜馬車とワープくらいの違いか!?同じ3次元の中でどれだけスピードを速めるかの問題ではそもそもなく、次元間移動って感じかも。

なんかよく分かんないけど、でも分かるわ〜そのカンジ。
律動の月24日・KIN217赤い太陽の地球[1月5日(土)] その人はその人

お正月に実家に帰ったら、子供の頃からお世話になっていたある人(私はその人が大好きでした)が犯罪者になって逮捕されていたと両親から聞いてびっくり。「まさかあの人が!?」みたいな、テレビのニュースでよく聞くあのセリフを自分が言っていました。
被害者と呼ぶべき人もいるにはいますがそれよりも、その人の家族や仕事場に大迷惑をかけてしまったようです。当然その人自身も今まで築いてきたすべてを失ってしまいました。

私も今その人に連絡を取ることはできません。しかし、もし会えたらいつものように挨拶をすると思います。
だって犯罪を犯した事実なんて、私にとってはさほど問題には思えないのですよ。

その話を聞いたときたしかにすごく驚きました。しかしだからといってその人に対して嫌いとか軽蔑とか疑念とかの感情は全く浮かびませんでした。何故なんでしょう?分かりません。でも私からすれば、別に嫌いになる理由もないのよ。犯罪を犯していようがその人はその人なんです。前以上に好きになるでもなく、いままでどおりです(笑)。

こういっちゃあなんですが私の場合、あまり人に本心から心を開くことはないです。ないというか、なかなかできないのです(苦)。その代わり?一度心を開けたらその後ずっと開きっぱなしになるみたいです(笑)。
幸いなことに、さほど心を開けていない人に裏切られることは時々ありますが、心を開けた人に裏切られたことはありません。

でもそれってもしかして、常識的に見れば裏切りに見えることを、私自身がそう受け取っていないだけかもしれません。今回のことだって、人からすれば犯罪者になるなんて裏切りかもしれないけど、私にとってはそれくらいのことじゃ裏切りではないんですから。
カッコつけた言い方をすれば心を開くとは、その人の存在すべてを受容することなのかもしれませんね。

私もなかなかそこまで思える人はいませんが、ほんの数名います。数名だけでもいるなんて、自分はやっぱり幸せモノです。

そんなことを考えていて、最近の自分は以前と変わったと感じました。
昔は「愛されたい」ことしか考えていなかった私ですが、最近は「愛したい」と心から思います。何故なら愛することで相手の人を癒してあげられるから。
これは、今自分が幸せだと思えるからです。自分がそう思えるようになって初めて、他の人にもそうであって欲しいと(「嘘」や「フリ」ではなく)、純粋にそう思えます。
そしてそれって健全だなーと思うのです。愛されたいがために愛するのでもなく、愛することに自分の価値をおくから愛するのでもなく、ただ自分が愛を持っているからそれを人にもシェアしたいと思うのです。歪んでいないし、依存的でもない愛。

この年齢になってようやくかよ!と突っ込まれるかもしれませんが、はい、遅くてすみません(苦)。この年齢になってようやくここまで来れました。
律動の月23日・KIN216黄色い銀河の戦士[1月4日(金)] いつだって人生の明るい側面を見よう

♪ Always look on the bright side of life (いつだって人生の明るい側面を見よう) 

明けましておめでとうございます。みなさまにとってこの1年が、キラキラ輝いた素晴らしい年になることを心から願っておりますよ〜。


年が明けてから、この曲が頭の中でヘビーローテしています。

「モンティパイソン」ってテレビ番組知ってるかな〜知らねぇだろうな〜(←古い・・・)。30年くらい前に日本でも放送していたイギリスのコメディ番組で、当時イギリスでは大大大人気でした。先日クラウディア・ブースがコース中にちらっとこの歌を歌っていたから、やっぱりイギリス人なら誰もが知っているんだろうなと思いました。
日本では深夜の放送だったので見ていたなんて人は(私のような、笑)よほどのマニアでしょうが、今でもカルト的な人気がある伝説の番組なのです。
テレビ以外にも映画や本などモンティパイソン関係グッズはたくさんあるのですが、この曲は確か映画版のエンディングでかかっていたと記憶しています。

口笛をバックに能天気な明るい曲調。数年前になにかのCMでも使われていたから、聞けば聞いたことある人はたくさんいると思います。CMでは、野球の野茂投手とかサッカーの小野選手とかが、試合中失敗するシーンが流れるバックにこの曲が流れるの。「気にするなよ。いつだって明るい方を見ようよ」とね。粋ですねー。
当時私は小学生だったけど、落ち込むたびにこの曲を心の中で口ずさみ元気を取り戻していたものです。基本的に私は生きることが悲しいと感じてしまう方なので、どうしようもなくなった時にふと今でも心の中をよぎります。別に今悲しいわけじゃないんですけどね。
良い歌詞でしょ。生きるって良いものだな〜と思わせてくれます。まさに!人生を明るい側面から見せてくれるのです。音楽の力ってすごいな。

あ、今視聴できるサイトを見つけちゃいました。よかったら聞いてみて〜。この曲を聴いて今年も日々を笑って過ごしましょ