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律動の月19日・KIN212黄色い自己存在の人[12月31日(月)] 幸せです

どうしよう、1年が終わるという実感がまったく沸きません〜。
いつもの1日・いつもの夜。とりあえず年越し蕎麦を食べに行ったことくらいかな、大晦日らしいことと言えば。そしていつものようにこうしてPCの前に座っているのです。なんとなく私の感覚では、今年と来年ワンセットで1年・・・みたいな感覚があるんですよ。
明日からというよりももう少し暖かくなって春が近づいてくる頃に、なにか区切りを感じさせることがありそうな予感がしています。なんの根拠もありませんが(笑)。

とにかく光が前方に輝いている感じがするのです。それは私だけの話ではなく、世の中全体が光の方へ向いていると思うのです。
光が強まっているから振りかえれば影も濃くなっています。その対比がとても美しくて、みんな前を見たり振り返ったりしながらキョロキョロしているかんじ。
前方の光に向かっては、あたかもご来光のように感動の涙を浮かべながらそれを眺めている人もいます。とにかくみんな光を浴びて明るく輝いています。年が明けてからも、ますます輝いてゆくのですね〜。

個人的には今年は表向きはわりと淡々としていたような気がします。そしてとても幸せでした。幸せじゃないと感じる瞬間はなかったんじゃないかというくらい幸せでした。もちろん私も落ち込むこともたくさんありましたし、世の中にはとてもとても幸せなんて言えないような状況の中で生きている人がたくさんいます。が、それも含めてとても幸せでした。

来年は、ますます笑って過ごしたいです。そして今の私みたいに「私はホントに幸せものだーーー」と言える人が増えるように、なにかしていきたいです。

どうぞ良いお正月をお迎えください。そして来たる1年がより良い年になりますように、みんなでお互い助け合い協力し合って楽しくいきましょう!
律動の月18日・KIN211青い電気の夜[12月30日(日)] コンサルって奥が深い(今さらながら)

コンサルテーションって奥が深いですね〜。
・・・と、今さらいう立場でもないかもしれませんが、でもやっぱりいまだに毎回毎回新鮮な驚きと喜びと反省の日々です。

コンサルって、クライアントさんの悩みを解決することが最終目標じゃないんですよね。少なくとも私はそう思います。最近ますますそう思います。
もちろん悩みを解決してあげられればそれに越したことはないのでしょうが、そうするとアドバイスになってしまう可能性があります。でも、オーラソーマは無理強いしないセラピーなのです。
最終目標は、クライアントさんが「ありのままの自分を愛せるようになること」です。もしそれができれば、クライアントさんにとっての悩みはもうチャレンジとしての悩みではなくギフトになります。それは、悩みを解決すること以上の素晴らしいプレゼントになるでしょう。

ではどうしたら、クライアントさんがありのままの自分を愛せるようになるのでしょうか?
「自分を愛しなさい」とか「自分を愛することが大切です」なんて言葉で伝えても、あんまり効果はなさそうです。じゃあどうやって?

それは、プラクティショナーがクライアントさんをありのままに愛してあげることです。それが唯一、クライアントさんがありのままの自分を愛せるようになるために、プラクティショナーがサポートしてあげられることです。
クライアントさんが、自分がありのままでも愛されていると感じさせてあげること。言葉や態度以上にプラクティショナーの存在の在り方でそれを示すのです。そのとき、人はどれだけ癒されることでしょう。愛は伝達してゆくものなのです。

私はうれしいことに、コンサルテーション中にクライアントさんの中にある愛がふわ〜っと溢れ出してくるのを何度も目のあたりにしたことがあります。クライアントさんが、自分の中にもちゃんと愛があることを実感できた瞬間・自分をありのままに愛することができた瞬間。そういうコンサルテーションこそ、最高のコンサルテーションでした。
そういうときって、自分は大したことをしていないことが多いのですよね。ただシンプルに、クライアントさんに対して純粋な愛を感じているとき、とても良いコンサルになることが多いです。

そうはいっても、いつでもそんなコンサルができているわけでは到底なく(涙)。
良いプラクティショナー・そして良いティーチャーになるために、まずは私自身がどんなときの自分にも・そしてどんな人に対しても、愛を持って接することができるような人間になるために、今年も来年もますます精進していかなくちゃね。

いや〜、コンサルテーションって奥が深いですね〜。
律動の月17日・KIN210白い月の犬[12月29日(土)] 掃除していて出てきた懐かしいもの

私は特別綺麗好きではありません。かといって片付けられない女でもありません。「片付け」に関しては、ごく普通もしくはやや散らかす方くらいではないかと自分では思っています。

本は寝る前にベッドの中で読む癖があるので、ベッド横の床に読んだ本がだんだん積みあがっていきます。大体1年かけて、高さ50cm・幅70cmくらいの本のピラミッドができあがり、積んでも崩れてきてしまうようになると一気に片付けます。←みんなもそうだよね、きっと

昨日小掃除をしていたとき、そのピラミッドを1年ぶりに片付けていました。懐かしい本がいっぱい出てきたよー。
その中でも、ヘンリー・ダーガーの画集とジョエル・ピーター・ウィトキンを含むモノクロばかりの写真集はしばし読みふけってしまいました(だから片付けってなかなか進まないよね)。

私はモノクロの写真が好きです。
もちろん蜷川美花みたいなカラフルな写真も好きですが、基本モノクロ好きなんですよね〜。オーラソーマなんかやっているのにね。でも好きなんだからしょうがない。
モノクロ写真には色がない分、光と影がより目立つという特徴があります。私は光と影(クリアとディープマゼンタ)の対比というものに、何か特別な思い入れがあるんですよね。永遠の謎を感じるのです(ロマンチストだからサ)。
そして色がないことによって、そこにあるはずの色を想像する自由が許されているところも好きなんです。かえってモノクロの方が色のイメージが広がることが良くあります。実際にそこに見える色よりも、私の中で感じる色の方が自分の好きな色をおけるから、その方が好きなんですよ〜。

しかし、ヘンリー・ダーガー(画家)もジョエル・ピーター・ウィトキン(写真家)もあまり有名な芸術家ではありませんが、知っている人が聞いたら私は変態かと思われてしまうかもしれません。
特にウィトキンはねー。死体とかフリークスとか、あまりにもグロテスクで見るに耐えない人の方が多いでしょう。私も最初はぐえ〜って思いました。
でもそこで目を背けないでもう少し見てみると、ウィトキンが決してただの悪趣味変態おじさんではない何かが感じられます。やけに神聖な・・・「聖なる」写真にさえ見えてきます。後でウィトキンが敬虔なクリスチャンだということを知りましたが、それですごく納得できました。

敬虔なクリスチャンで且つ死体フリーク。こういう複雑な人が好き。いや、人間誰でも複雑だと思うのですが、その複雑さをそのまま恐れずに表に出している人に興味があるのです。
律動の月16日・KIN209赤い磁気の月[12月28日(金)] 変わらないけど変わる私

今日から赤い月のウェイブスペルが始まります。テーマは「普遍的な水・清める・流れ」。
昨日までの黄色い戦士のウェイブスペル中、ほとんど日記も書かずに此処にいないかのような変な感覚に包まれていましたが、今度はどうなるでしょうか。

今月はまたしてもぴったり28日で生理が来ました。こうなると、先月だけ23日できたのは何故でしょう。それはこの日記にも書いたけど、私が旅行と生理を重ねたくなくて自分の体にずれてくれるようにお願いしたからです。そうとしか思えません。最近ダイアリーを真面目につけていなかったけど、もうそういうことじゃなくて、自分のマインド以上に深いところの自分と直結している部分=体は、すでに自然のリズムに繋がってるんですね。良いことだわ〜。

年末の大掃除ならぬ小掃除をしていたら、7、8年前に受けたチャネリングセッションのメール内容をプリントアウトしたものが出てきました。読んでいてびっくり。その頃悩んでいたことはすっかり解決していて、もう全く悩んでいないことなのです。
悩みといっても仕事とか恋愛のことじゃないのが私っぽい(笑)。「自分の性格をもっと直さなきゃ」みたいなことが書いてあるのです。でもチャネラーさんの返答は今私がコースの中で話していることそのものでした。「性格は直らないし直さなくて良い」って。でも今はそれは他人の考えではなく、自分の信念になっているんですね。ちょっと感動しちゃいました。
「直さなくて良い」と心の底から思えてから人生変わりました。それが6,7年前の大体35歳くらいのこと。

先日受けたあるチャネリングセッションでも「35歳が転機だった」と言われて・・・確かにそうだと思います。その辺からようやく自分をありのまま受け入れられるようになり、そしたら自分も周りも変わり始めて、仕事も人間関係も上手くいき始めたのです。特別な出来事があったわけではありません。自然に風向きが変わったのです。
まあそこへ行くまでの回り道がかなり激しかったと思いますが(苦笑)、そのチャネラーさんに言わせれば「苦しいのは35歳までで終わりにしようと決めてきたみたい」だそうです。「もう充分学んだから、その後は学んだことを生かして楽しくに生きていく」んだって。マジー!?そりゃうれしい〜。確かに数秘でも私は35歳が転機なのよね。その次の転機は○歳。どうなるのかな、楽しみ。

私は今も昔も変わっていません。昔からの友には「変わらないねー」とよく言われます(おまえこそ、と言いたいヨ)。
でも私は変わりました。何がというと、「自分を否定している自分」から「自分を肯定している自分」に変わったのです。だからやっぱり私は私、変わっていないのです。
これからも私は変わらないけど、変わり続けるでしょう。「普遍的(変わらない)な流れ(変わるもの)」なのですね。
律動の月15日・KIN208黄色い宇宙の星[12月27日(木)] 人と社会のかかわり

ふと手にしたチラシに素敵なことがたくさん書いてあったので、ここでシェアしちゃいます。読みながら共感して、一人(心の中で)ぎゃあぎゃあ叫んでしまいました(笑)。

マイクロソフト社の重役を辞めて、途上国の子供たちに教育の場を与えるNGOを立ち上げ活動しているアメリカ人起業家、ジョン・ウッドのインタビューからです。

・(マイクロソフトを辞めた理由について)すでにリッチな人をもっとリッチにするような仕事に精を出すのはもうやめて、途上国の子供たちに教育という生涯の贈り物を届けようと。
→適材適所というヤツですかね。人も仕事もお金もそれを必要としているところに行き渡るのが一番良いと思いますもん。自分のことしか見ていないと「まだ足りない」と思うかもしれませんが、ちょっと周りを見渡してみれば自分よりもっとそれを必要としている人がたくさんいるのです。・・・で、そこに気がついたらあとはそれを実行できるかどうかの問題なのですが・・・(気づいていても実行してなきゃ気づいてないのと同じ)。

・(人生の転換を実行できたのは何故?の質問に)自分が辞めても会社が困るのはせいぜい1,2ヶ月で穴は埋まる。でも貧しい村に学校や図書館を作る仕事をしようという人間がどれだけいるか?自分が挑戦しなくてどうする?と、自分に問いかけました。
→そうなんだよねー。これは私も会社を辞めるときに思いましたね。辞表を出すとき「辞めないで」なんて引き止められて一瞬躊躇したけど、私が辞めたら辞めたでなんとかできることも分かっていましたから、やっぱり辞めました。ていうか、なんとかしてこそ組織だろ。そういうとこ、非情です(笑)。

・人生を変えたいと思っている人にアドバイスを)新しいことをやろうとすると、それができない理由を並べ立てる人がいます。自分もそうでした。ひとりで考える時間が長くなるほどネガティブな力に引っ張られて取り込まれやすくなります。本当にやりたいことがあるなら、いつまでも考えていないで思い切って飛び込んでみること・行動してみることです。
→そうよねそうよね。目的が決まったから行動できるというより、行動してみるから目的が見えてくることも多々あるのです。本当にやりたいかどうかも、それをやってみることで分かってくるでしょう。

・お金を稼いだこと自体が素晴らしい人間を作るのではなく、そのお金で何をするかで人間の価値が決まるのです。
→そのとおりー。これはお金持ちの方たちだけの話しではありません。1円でも10円でも同じ事。お金はエネルギーって言うし、エネルギーは溜めるよりも循環している方が健全なのです。私もこの年になってようやく、自分の稼いだお金の額だけを気にする自分から脱することができるようになりました。それをどう使うかの方がずっと大事で、良いことに使いたいと今は心から思います。


ちょうど今自分が考えていたこととシンクロしていたので、感銘を受けてしまいましたね。しかしまずは私自身がもっと実行していくときです。来年はもっと実行しますよー。
律動の月14日・KIN207青い水晶の手[12月26日(水)] 何かが止まっている

なんだかね〜、メキシコから帰って以来、時間が止まったようなヘンな感じです。
旅行気分が抜けていないわけでは決してありません。むしろ今回はすぐに休みモードから仕事モードへ切り替えられていると思います。そういうのとはまた違う感覚なのですが・・・なんと言ったら良いのかな〜。

例えば、毎日付けている13の月の暦のダイアリー。旅行中も毎日ホテルで書いていました。なのに帰国以来ぱたっと止まっています。これじゃいかんと無理やり付けた日もあるのですが、結局ほとんど書いていません。こんなことは珍しいのよ〜。
そしてほとんど毎晩見る夢さえも、帰国以来ほとんど見ていません。なんじゃらほい?

心ここにあらずという感じでしょうか。いや、心じゃなくて「何か」です。体はもちろんここにいる。心もここにいます。そして魂もここにいると思うんだけど、あとひとつ何かがここにいないみたいなんです〜。何かって何?何だろう?

やっぱりマヤでUFOにでも乗せられたんだろうか(笑)。
帰国してから会ったあるヒーラーさんには、「あっち(メキシコ)でチャージしてきたのね」と言われたんだけど、どちらかというと「置いてきた」のだろうか。うーん、でもそれとも違う感じなのよね。

今とっても「静か」です。

※24日の日記で芸人さんは泣かないと書きましたが、あれはあくまでも「舞台上」での話しです。舞台裏では(嬉し泣き・悔し泣き含め)みんな泣いてるのが想像できるから、尚更泣かないことに感動しちゃうのよね〜。
キンコンの西野も悔し泣きしたそうですし、優勝したサンドイッチマンも番組終了後、芸人友達が泣いて喜んでくれたのを知って泣いちゃったってサ。くー、泣ける。みんな良くやった!←エラそうに
律動の月13日・KIN206白いスペクトルの世界の橋渡し[12月25日(火)] ギフトの側面

あるクライアントさんが以前別の場所でコンサルテーションを受けたとき、2本目に選んだ53番のヒラリオンを「表現したいことがハートの中にたくさんたまっているんですね」みたいなことを言われたそうです。
それは捉えようによってはポジティブに取ることもできると思うのですが、その話をしてくれたときの彼女の表情は歪み、「当たってたんですぅ」と言いながらも、「それってつまりは、今は自分を表現きていないんだ(苦)」と、ギフトではなくチャレンジとして受け取っているようでした。
それで私は「でもそれだけたくさんの表現できるものがあるってことでもありますよね〜」と言ったら、途端に彼女の表情がぱっと輝いたのです!
「それいいですね!そういう見方もできるんですね!」と、とってもうれしそうで、安心したような様子でもありました。

こういうことがあると、あらためてコンサルテーションはポジティブにって一番大事だよな〜と思います。ほんのちょっとの違いでクライアントさんの受け取り方が180度変わっちゃうんですよね。

おそらくこのちょっとした違いというのに、言葉の使い方の影響は確かに大きいです。でも言葉そのものよりも、「言い方」のほうがずっと大きいのではないでしょうか。もっと言えば、「言葉」に乗せる「波動」が一番大きいのです。
ポジティブな波動を乗せて送るか、ネガティブな波動を乗せて送るか。波動は目に見えるものでも聞こえるものでもないから、クライアントさんの意識レベルよりも無意識の部分に強く響くのです。そして結局、無意識に響くものの方がその人に与える作用もすっと大きいのです。

ポジティブな波動を送るには、自分がポジティブでいるしかありません。波動に嘘はつけないのダ。
なもので、ポジティブでいられるように自分のコンディションを整えることは、普段の生活を豊かにするためだけでなく、プラクティショナーやティーチャーとしても大事なのよ〜。私も気をつけねば。

私の場合は、普段からなにかがあったときに「この出来事をポジティブな側面から見るとどういうことなのかな?」と、考える癖がついてます。
この練習?をしていると、コンサルで選ばれたボトルをギフトの側面から見る練習にもなるんですよ。
なにより人生が明るくなります。根がネガティブシンキングな私でも、そんな風に思えるようになるんですよ(笑)。
律動の月12日・KIN205赤い惑星の蛇[12月24日(祝)] 感受性

私の周りにいる人たちはみんな感受性が強い人たちなんだということが、今日分かりました。
今日友人と話していて、営業職のその友人のお客様の中に感受性のあまりない人がいる・その人はこんなかんじだという話を聞いていて、自分の周りにはそういう人はいないと思ったのです。自分の周りの人がみんな感受性が強かったからそれが普通だと思っていたけど、世の中にはそうでもない人もいるわけですよね。友人によればむしろそういう人の方が多いくらいだとのこと。そうなの〜?

例えば、周囲の人の感情にあまり気づかない。それは単に無関心なのかもしれません。それか、感情というものの存在そのものをあまり感じていないのかもしれません。だからあまり傷つくこともない。
例えば、あまり好きじゃない人と普通に付き合うことができる。利害関係があるならまだ分かるけど、そういうわけでもない。そもそも好きとか嫌いとかの感情をあまり持たないらしく、ストレスをためることもない。
自分のことを好きという感情も特にないが、コンプレックスなども特にない。そんなこと考えたこともない(かもしれない)。
仕事に対して特に期待をしていないので、仕事に対してのストレスがない。
話題は洋服やグルメのこと。でも特にこだわりがあるわけではない。友人が言うには、仕事上の付き合いだから差しさわりのない話題に抑えておこうというわけではなく、本当にそれ以上聞いても何も出てこないんだそうナ。

うーん、いくらなんでもこれだけで毎日生きてる人はいないと思いますが・・・どうなんだろうか。私の友人・知人・生徒さんやクライアントさんの中でもこういう人はいないけど、多少こういう部分が見え隠れしているくらいの人はいるかもね。

ベストセラーにもなった「鈍感力」って読んでないけど、こういう人のことを言うんだろうか。確かに友人がいうそのお客様は、悩みがなくて幸せそうなんだって。でもそれって幸せなのか?きっとこれはポジティブというのとは違うよね(笑)。やっぱり鈍感なのかな。

鈍感で感受性が強くないことによって、傷つくことがなく平和に生きていけるとしても、私だったらこうなりたいとは思いません。面白くなさそうじゃん。
でも多分本人たちは面白いとか面白くないともあまり考えないのかもしれませんね。


昨日のM−1グランプリではサンドイッチマンが優勝しました。私は知らないコンビだったけど面白かったー。

お笑いの人たちはこういう場面でもほとんど泣かないところが良いですね。でも彼らが感受性がないわけじゃありません!むしろ逆!感受性の塊だと思います。
芸人さんは人を笑わせるのが仕事ですが、もっと深く見れば笑わせることによって人を幸せにするのが仕事だと思います。うれし泣きなら見ている人も幸せ感は味わえるから、別にM−1で優勝したときくらい泣いてもいいのでしょうが、彼らはほとんど泣きません。それどころか司会者の質問にちゃんとボケで返せるのです。すごいなー。どんなときでも芸人さんでいるところがすごいなー。
レコード大賞を取った歌手なら泣いてもまあいいけど、彼らは芸人さんなのよ。人を笑わせる仕事なんだもん。お涙頂戴には持っていかないんですね。そのプライドと優しさとサービス精神と感受性の強さが好きだー。

※だから今麒麟の田村は微妙な位置にいるのかもしれないな〜
律動の月10日・KIN203青い銀河の夜[12月22日(土)] コーラル

私はなんでも「やりたがり」です。誰かがそれをやっているのを見ると、自分もやってみたくなります。
でもなんかその性格せいで損してる気になるときもあります(笑)。

例えば、もう2年近くサロンの引越しを考えているのですが、なかなかピンとくる物件がなく保留になっています。
そこで、誰かが現れて「ちょうど引越そうと思ってたんだけど、よかったらそこに入らない?」なんて声がかかる・・・なぁんていう展開が、私にはめったに起きません。

先日もとある知人が一等地の広いお部屋にタダで入居できたという話がありました。引っ越そうと思って物件を探していたら、たまたま知り合いが自分の部屋を手放すことになって、事情があって家賃もいらないということだったそうなんです。

私は欲しいものがあっても、誰かに買ってもらいたくありません。欲しい気持ちが強ければ強いほど、自分で手に入れたくなります。「あげようか」の手をはねのけてしまいます。それは「自分で手に入れることに意義があるんだ!」という殊勝な気持ちがあるから・・・かもしれないけど、でも誰かにもらうなどして簡単に手に入れている人を、半ば嫉妬の目で見ている自分もいます。「うらやましいのかよ!だったらあなたもスネないで素直にもらいなさいよ」と、自分につっこみたくなります(涙)。

本当に純粋に自分でやりたいだけならば、もっと簡単に手にいれている人がいても、うらやましくなんかならないはずです。嫉妬心がでるということは、私も本当は誰かにもらっても良いと思っているはずなんですよね。なのに、それを受け取ることを拒む自分がいる。

そうなのよ。このなにかに「スネている」自分。これが、どうも私の中のコーラルのテーマだと思うんです。
私はコーラルはほとんど選びませんが、いつも選ぶターコイズの補色だもんね〜。
律動の月9日・KIN202白い共振の風[12月21日(金)] もっとラクに

もうすぐクリスマス・・・・・どうでもえー。それより早くお雑煮が食べたい。

13の月の暦を使い始めてから、年々この時期が年末だという実感が薄れてきているのですが、今年は一層それが強いです。特にメキシコから帰ってきてから全く季節感がありません。時が止まったようです。

4,5日前に空の感じがいつもと違って、なんとなくお正月の空気が街中にただよっていた日がありました。そして気持ちが切り替わったかのように、その日からホームページをいじり始めて、来年からのセッションメニューの改定などを実行し始めたのです。
あえていえばその日が私にとってのお正月みたいなものでした。なので、気持ち的にはすでに年が明けてるんですよ〜。


帰国してから、とある有名人ヒーラーの方に会う機会がありました。私もとても好きで尊敬している方です。
しかしその方の話を聞いていて、私はだんだん胸が苦しくなってきてしまいました(18日の日記に書いたことです)。

その方は、とても真撃にスピリチュアルを実践していて、知識も経験も豊富で、優しくて賢くて強くて・・・と、なにも問題なさ気に見えるのですが、私はなんで苦しくなってしまったのか。
それは多分(いや、間違いなく)彼女が自分を否定しているからなんですよね。「もっとこうでなければ」が強くて、それは良く言えば自分に厳しいのでしょうが、自分に厳しいのと自分を否定するのはまったく違いますからね。自分を肯定しながら厳しくするのは全然OKだけど、自分を否定しながら厳しくするのはやっぱり良くないのね〜と、彼女を見ていて感じました。見ていてこちらが辛くなってきますもん。
ストイックなこと自体は問題ないのですが、ストイック故に自分を否定するのが問題なんでしょう。これってクリアな感じかな。

やはりいつ何時も、自己否定は良くないですね。
その方はもうずっと体調を崩しているのですが、自分を責めたり否定するとネガティブなエネルギーが自分に向かうから、その影響で体調を崩すのかもしれません。その方を見ていてどうしてもそう感じてしまいました。

スピリチュアルってなんでしょうね?修行僧のように厳しい修行の果てに悟りを得ることでしょうか。それもそうかもしれませんね。そうしたい方は好きなだけどうぞ(笑)。
でもこれからのトレンド?はそうじゃないと思うのよ。これからはもっとラクに悟れると思うのです。だからそうじゃなくスピリチュアルしている人が体調を崩しちゃったりしているのではないかと思ったりします。これはオリーブグリーンのエネルギーです。

人って案外「人生、ラクしたーい」と言いながら、いざとなるとしり込みしちゃったり遠慮しちゃったりするものです。でも、もっとラクに・簡単に・単純に・シンプルに。それを自分に許せた人から、どんどん幸せになれると思うのよね〜。
律動の月8日・KIN201赤い律動の竜[12月20日(木)] UFO

今週はあまり忙しくないからメキシコの写真をUPできるぞーと予定していたのだけど、HPのリニューアルに追われていまだUPできず・・・。自分としても旅の思い出が遠くならないうちにと思っております。今年中にはUPし始めていきますのでどうぞよろしくです。

ところで、旅行前に「最近UFOシンクロがきている」と書きました。これはもしかしてメキシコでUFOに遭遇か!?と期待したものの、それはかないませんでした。が、この数日にわかにメディアでUFO論議が活発になっているのを知って、もしかしてこのことかなと思ったりもしています。
今日は石破さんが真面目な顔で(むしろうれしそうに)「UFOが存在しないことが証明されていない以上、いる可能性も考慮した方が良いと考える」みたいな発言をしていましたね。よく見てなかったけど、ゴジラだのなんだの言ってたような・・・(笑)。あともうひとり誰か忘れましたがナントカ大臣も「UFOはいると個人的には考えている」と明言したそうナ。

私の考えですが、こういうことは必ず裏で情報操作している存在がいると思っています。今このタイミングで日本という国でUFOについて公人が発言するという現実は、何者かによって意図されたものだと考えます。
意図したのは福田総理じゃないことは確かです(笑)。少なくとも言いだしっぺじゃないはず。それはブッシュ大統領(を操る裏の黒幕)なのか、NASAなのか、はたまたフリーメーソンなのか!?
うーん、やっぱりそれは「大いなる意志」ですよねー。「宇宙」と言っても良いかな。

こういうとき私も大いなる意志になったつもりで、何故このタイミングでこういう現実を作り出したのかを推測してみるのです。「もしも私が大いなる意志だったら?」とね。推測というより想像してみるのです。それでどうするってわけじゃないけど、想像しているのが楽しいんですもの〜。

木スペの矢追純一時代からUFOを追いかけている私です。夢の中では何度もUFOに乗ってますし、実際見たこともあります。

マリア様が現れて今聖地となっているファティマやルルドやグアダルーペのように、いつか何処かにUFOが着陸して、そこがアミューズメントパークみたいにならないかな〜。「あなたも宇宙人と友達になれる」とか「次元間移動お試しできます」とか、いろんなアトラクションがあるの。
そう考えれば、マリア様もUFOも同じことなのね。
律動の月6日・KIN199青い自己存在の嵐[12月18日(火)] エゴな自分は愛すべき自分

新ボトル入荷は1月中旬に延期だそうです。残念ですね〜まあ気長に待ちましょう。


今日「エゴは死ね!」なんて言葉を聞いて、思わず胸が痛んでしまいました。
その場にいた人たちは、みんななんとかして自分のエゴをなくそうとしていました。魂の成長のために、内なるエゴと格闘していました。何故ならエゴは苦しみを生み出す原因だから・・・です。

でもそれを聞いていた私のハートは、きゅーっと縮こまってしまって苦しくなってしまいました。何故でしょう?
自分のエゴというのは自分の一部なわけですが、その一部をみんなで悪者扱いしていじめてるみたいで、エゴが(つまり自分が)可哀相になってしまったのよね。

私が思うにエゴとは、無くそうとしたり押しやるべきものではなく、愛してあげるべき自分だと思うのです。自分の中で愛を必要としている自分の表れだと思うのです。一番愛してあげるべき自分を一番否定しているから、胸が苦しくなったんです。「そんなにいじめないで。おまえは駄目な奴だって言わないで!」とエゴが叫んでいるのが感じられます。
自分のエゴの部分を否定するのではなく、愛してあげたとき、初めてそれは自分を苦しめるものではなくなります。

以前の私は「探求好きな自分」は良くないと思っていて、こういう自分を変えなくちゃいけないと格闘していました。「ありのままを受け入れる」が良いのならば、「何故?何故?」と探求したがる自分は、ありのままを受け入れていないからだめなんだと思っていたのです。でもそれは自分の一部を否定しているわけだから苦しかったです。
しかしあるとき、「ありのままっていうのは「探求する自分」に対してありのままでいればいいんだ」と分かって、何故?何故?思う自分を否定しなくなったら、あ〜ら不思議。あの苦しみはどこへやら。今じゃ、探求好きな自分は大好きな自分なのです。探求好きだと、人生に飽きるということがないんですよね(笑)。いつでも面白いことばっかり。

自分の幸福は自分が決めることです。そしてそのために大切なのは、どんな自分でも自分を否定しないということです。これに尽きますねっ。エゴ、万歳(笑)。
律動の月5日・KIN198白い電気の鏡[12月17日(月)] グアダルーペのマリア

今日も1日マリア様と一緒でした(笑)。ん?一緒?んーでもそんな感じなんだよな〜。

マリアが現れた3大聖地というのがあるらしい。ファティマとルルドは知っていたけれど、あともう一箇所が先日行ってきたメキシコシティ郊外のグアダルーペという場所だそうです。毎年12月12日のマリア出現の日は聖マリア祭というメキシコ最大のカトリックのお祭りがあって、メキシコ(世界)じゅうからグアダルーペの大聖堂に人が集まるそうです。私がメキシコにいた間も、12日のお祭りのために自転車や徒歩でグアダルーペに向かう人たちを、沿道でたくさん見ました。まだ1週間近くあるのに、遠いところから歩いてくるなんてすごい情熱ですよね。ある種の巡礼です。メキシコ人は特に信仰心が強いと聞きましたが、老若男女・寒い夜も暑い昼間も炎天下をひたむきに歩いている姿に驚きました。
私は11日にメキシコを発ったのでお祭りは見られず入れ違いだったのですが、そういうことも関係してるのかな?

マリア繋がりで、もうひとつ面白いことがあります。
帰国以来会った数人の人に「お母さんぽくなった」と、同じようなニュアンスのことを言われました。え?まさかこれもマリア様っぽいってこと!?マリア様のエネルギーが私の中にあって、それがそう見えるんだろうか!?と、(誰もそんなこと言ってないんだけど、笑)ひとり密かに興奮してしまう私です。

キリストのエネルギーは数年前から感じてはいました。でもマリアのエネルギーはこんなにはっきり感じたのは初めてで、二人のお役目?がそれぞれ違うということも今回初めて少し分かったような気がします。ちなみに私はキリスト教の信者ではありません。特に何教の信者でもないんですけどね〜。

オーラソーマでも13の月の暦でもそうだけど、「分からないからダイアリーがつけられない」「分からないからコンサルできない」じゃないんですよ。逆です。
「ダイアリーをつけるから分かる」「コンサルしてみるから分かる」のです。実践してみるから、初めてそこで分かるのです。わからないからといってやらないでいたら、いつまでたっても分からないでしょう。こういうことは他人の話を聴いて理解するものではないのです。

ティーチャーの役目って、何かを教えるのではなくて、自分の中にすでに答えがあることを信じさせてあげる・自信を持たせてあげて可能性を開かせてあげてポジティブさを与えてあげることなんじゃないかと思いますし、私だったらそういうティーチャーでありたい。「私が教えます」なんていうティーチャーにはなりたいと思いません。
マリア様もそうみたいですよ。ただそこに佇んでいるのです。もしかして今までもずっとそこにいてくれたのかもしれません。なんて忍耐強く・寛容なんでしょう。そのことに私がようやく気づけたんだとしたら、この上ない教えを受けた感じです。

グアダルーペの聖母に関してこんなサイトがありました
律動の月4日・KIN197赤い月の地球[12月16日(日)] 聖母マリア

ようやく時差ボケから脱出できたようです。オリオン&アンジェリカは機内で常に使っていたんだけど、今回はイマイチ利かなかったようです。

さっき気づいたんだけど、今年の私は「青い宇宙の夜」の年だったんですね〜。
先日までの青い夜のウェイブスペル中にメキシコ旅行に行ったのは故意ではありませんが、やはりこれもシンクロで行くべき良いタイミングで行けたんだと思います。「豊かさ・夢見る・直観」かぁ。

直観といえば、帰国以来なんとな〜くですが、聖母マリアのエネルギーを感じています。今日、帰国以来初めて引いたエンジェルカードでもばっちり「聖母マリア」を引いてしまいました。
メキシコのプエブラという中世の街を訪ねたとき、ある聖堂に行きました。大聖堂とその横の小さな礼拝堂と両方入ったのですが、私はマリア様を祭っている礼拝堂の方に強く惹かれました。清んだ空気が満ちていて穏やかですごく心地よかったです。
そういえば帰国する日、チェックインするために空港のカウンターに並んでいるとき、ふっと百合の香りがしたんです。百合はマリアの花。もちろん近くに百合があったわけじゃありません。でも確かに香ったんです。それもそうなのかな。
言葉で説明できない感覚ですが、マリア様のエネルギーは初めてなのでなんだかワクワクしますね。なんなんでしょうね〜。


※関係ないけど浦和レッズおめでとう。ACミランもおめでとう。
ところで前から思ってたんだけど、ミランのガットゥーゾって漫画「シャンペンシャワー」のマルロに似てませんかね?イケメンじゃないから女性人気はないけど、野郎に熱狂的なファンが多いところとか(笑)。天才型じゃなくて雑草魂的なところとか、タフでしつこく相手に喰らいつき、いやらしいプレーも辞さないところとか(「シャンペンシャワー」と言われても知ってる人はまずいないと思われますが・・・)。
律動の月3日・KIN196黄色い磁気の戦士[12月15日(土)] ギフトのためのギフト

律動の月が始まっています。テーマは「同等を他の人にも拡張するには?」。「挑戦を執り行う」です。
先月の倍音の月に集めた資源(手段)をいよいよ使い始めるのです。

13ヶ月のうち磁気の月から自己存在の月までの最初の4ヶ月は、私にとって4本ボトルのリーディングみたいなものなのです。ということは、2ヶ月目の月の月に使っていた56番のサンジェルマンは、今年1年を通しての私にとっての2本目・ギフト(チャレンジ)ボトルなのかなと感じています。
そして、先月の倍音の月から銀河の月までの4ヶ月は、1年を通してのチャレンジ(今年の場合は56番)をギフトに変えていくための4本ボトルのリーディングみたいなものなのです。そしてその2ヶ月目に当たる今月・律動の月はギフトのためのギフト(2本目の中の2本目)の月なのです。月の月も律動の月も同じ次元パルサーですから。意味、分かりますかね?

倍音の月の私のテーマはオレンジでした。その頃72番や26番を使っていました。そして倍音の月の終わりにメキシコ・マヤへ行き、今月使い始めたのは4番と78番。第3チャクラと第6チャクラのバランスです(補色同志だよね〜)。

これは56番のギフトを受け取るためにまずオレンジが必要だったんだと感じています。過去のパターンの解消。だから昨日書いたようにメキシコ旅行のリターンジャーニーに79番のオレンジ/バイオレットがきたんですよ。というか、79番がリターンだと分かったときにそう思いました。全ては必然ですからね〜。飛行機の座席番号だってなにかのメッセージだと思えばそうなんです。思うか思わないかはその人の自由だけど。

律動の月頭に選んだ4本ボトルの中に31番と82番がありました。31番は3+1で4、82番のアウトワードは4番です。更に31番にも82番にも色的に4番が隠されています。ボトルを見ていてなんとなく直感的に「4番が使いたい!」と思ったのと、もうひとつ選んでいた78番はどうしても使いたかったので、今その2本を使っているというわけです。

なんかね、旅行中からなんだけど、ちょっとしたことでイライラしてしまう自分がいるんですよ。でもこれはもともとある自分の1面でもあります。すぐに人を判断したり批判的な見方をしたり見下したりする自分。でもそれは、1番認めたくない自分の姿でもあるんです。なんていうかな〜、判断力のある明晰な自分は好きなんだけど(笑)、人を馬鹿にしたように見下してる自分は嫌なんですよね。私自身人から見下されるのは大嫌いだし、そういう人には「あなた、何様?」って思う。でも自分もそうなのよ。

その辺の永きに渡るテーマが浮上している今日この頃。第3チャクラと第6チャクラだよね〜。
律動の月2日・KIN195青い宇宙の鷲[12月14日(金)] 座席番号からの気づき

オーラソーマでは、タロットカードにボトルを対応させる見方があります。中でも大アルカナには1枚のカードに2本のボトルが対応し、それぞれがそのカードのテーマの「行く旅(アウトワードジャーニー=探求する旅)」と「戻る旅(リターンジャーニー=分かち合う旅)」を意味するのです。レベル3でやりますよ、はい。
そこで、今回の旅の行きの飛行機の座席番号と帰りの座席番号を、「アウトワード&リターン」としてボトルに対応させてみたら何か見えてくるかもしれない・・・さっそく見てみましたよ〜。

行きの座席番号は64番でした。ジュワルクールね。ほほぉ。そして帰りの番号は79番。駝鳥さんです。ははー。

まず64番。
ジュワルクールは真理を探究するマスターです。特に、占星術や天文学など宇宙(自分を越えたところ)にある真理を探求するのです。マヤ文明の最大の特徴は暦や天文に対する驚くような知識や技術ですから、それはまさにジュワルクールのサポートによるものかもしれません。
またジュワルクールのグリーンには「正しい時に正しい場所にいる=シンクロニシティ」というテーマもありますから、これまた13の月の暦がもたらすものですね!正確な天文や暦を使うことで宇宙や自然との繋がりを保ち、あるべきときにあるべき場所に存在する・・・自分も自然の一部として周りの全てと調和しながら生きる。これはマヤの人が実践していたものでしょうし、13の月の暦によって私達が再び取り戻すことのできるものかもしれません。
またグリーンはハートの色でもあります。ハートにバランスをもたらして、表現できなかった涙(感情)を解放してくれるボトルでもあります。そのときに(自分の越えたところにある)真実が見えてくるのです。
更にこのボトルは風の世界のケテルのスフィアに対応しますから、これは神の意志を奉仕で現すことへの表明なんですよー。だから・・・・・あわわわ、きりがなくなってしまいました。この辺で止めておきましょう。
ま、とにかくこれらが、3次元から4次元に移行しようとしている今の時代に現れたジュワルクールというマスターのサポートなんですね。つまり、古代マヤの人々の知恵の中に今私たちに必要なテーマがあり、今回の旅はそれを探求しに行く旅だったのかもしれません。や〜ん、面白すぎー。

では戻る旅の79番はどうでしょう。79番はオレンジ/バイオレットです。
上層部がグリーンからオレンジに変わったということは、ブルーが消えてレッドが加わったことになります。マインドのレベルでよりグランディングされています。これは、解放されなかった感情に直面する勇気と洞察が与えられたということかもしれません。そしてそれを「恐れ」としてではなく「喜び」として受け止めることをサポートしてくれるのかもしれません。そういえば、まさにそのような感情の波が旅の途中でありました。
下層部での変化は、クリアの光からバイオレットにスポットが当たっています。スピリチュアルな側面への気づき・そしてヒーリングの色です。
このボトルは1番のフィジカルレスキューのリターンボトルです。フィジカルレスキューの中に64番のジュワルクールは隠されています。あらゆるヒーリングの可能性。

数秘的に見れば、64番は→10→1へと繋がります。そして79番は16→7へと繋がります。79のアウトワードの1番は64の中に色としてだけでなく数的にも隠れているんですね。そして79に隠された7番。「プロセスを信頼する」。これは79番の癒しを得るために不可欠なことではないでしょうか。それを疑っては洞察にも至れないのかもしれません。

ああ、そういえば私は昨日から78番のクラウンレスキューを使い始めてるんですよね。これまたレスキューボトルですね。なにかね、包括的に包み込んでそして越えてゆくことが大切なような気がしています。

なんだかつらつらと書いてしまいました。でもまだまだこれでは序の口な気もします。もっと深く感じてみたいですね〜。

みなさまもなんでもいいからこじつけてみてください(笑)。思わぬ洞察が得られるかもしれませんよ〜。
律動の月1日・KIN194白い水晶の魔法使い[12月13日(木)] ただいま帰りました

まずは無事メキシコから帰国いたしました〜。

今回は10日間の旅。前半は主にユカタン半島のジャングル地帯を周り、マヤの遺跡をたくさん見てきました。後半は高地のメキシコシティを中心に、スペイン侵入後のキリスト教文化の残る街や教会などを周りました。
タイトなスケジュールだったのと気候の変化が激しくて体調管理が大変でしたが、ギリシャのようにお腹を壊すこともなく元気に乗り切れました。

旅ではUFOこそ見ることはありませんでしたが(笑)、空からのたくさんの美しい祝福を受け取りましたよ〜。

最初に訪ねた、13の月の暦でよく出てくるパカルボタン王の国・パレンケでは、遺跡に入ると同時にベテランガイドさんも「こんなに激しいのは初めて」というくらいの土砂降りの雨に見舞われ、遺跡を離れると同時に晴れるという奇跡?に出会いましたし、ユカタン半島を離れる前の最後の地・カンクンでは大きな虹が出て、まるでユカタンに来た自分を見送ってくれているようでした。送迎会みたいなもんかな(笑)。歓迎の雨と送迎の虹。

そして明日は帰国という旅の最後の日。世界でも有数の排気ガス検出量を誇る(誇るなよ〜)、メキシコシティのお世辞にも綺麗とは言えない空に、まさにハートの形をした大きな雲が浮かんでいました。街のど真ん中・街のシンボルであるスペインからの独立記念塔の真横のビルの谷間に、奇跡のように大きな美しい形をしたハートがぽっかり浮かんでいて、それはそれは感動しましたねー。

そして帰国の途に就いた飛行機の中からも虹を見ることができたのです。最後の最後まで自然からの祝福でした〜うれしい。

旅の途中で感じた・経験したいろいろなことは、また今日からの日々に反映されてゆくのだと思います。
どうかたくさんの人の幸せに繋がってゆきますように。私も私の家族も友人もみぃんなも、みんなで一緒に幸せになりましょう。
倍音の月18日・KIN183青い磁気の夜[12月2日(日)] いざ、メキシコへ

明日からメキシコ・マヤの旅に出ます。

なんか、さっきまでいつものようにコースをやっていて、明日の今頃は太平洋の真ん中あたりを飛んでいるなんて、実感が沸きません。まあ休暇の前日まで働いて直前に支度するのが最近では普通になっているのですが、私も大人になったもんだぁ(笑)。

しかし帰り間際に選んだボトルには、旅に出るということがしっかりと現れていました。まず1本目に選んだのがオレンジ。そして2本目にマヤボトルの83番、ね。

今回の旅は、帰国日が倍音の月の最終日。さらに今日から始まった「青い夜」のウェイブスペルの13日中10日が旅に費やされます。青い夜のキーワードは「豊かさ・夢見る・直観」です。さらにKIN184〜193に当たるので、これはちょうどマヤのタイムシフトボトルである89番・90番にかかり、大天使ボトルの前で終わるのです。更に旅行中に新月もあります。
あと、13の月の暦に直接関係ないけど、この1ヶ月急に「UFO」シンクロが起きています。どこに行っても何を見ても飛び込んでくる「UFO」の文字や写真。なんなんでしょうね〜。短絡的に考えれば、メキシコでUFOを見ちゃうってこと(笑)!?だとしたらうれしいけど〜。

この辺を合わせて飛行機の中でいろいろ感じてみたいと思います。今日は今から準備しなくちゃいけないから、考える時間はなさそうだし。
なんせ向こうは、遺跡のあるジャングル地帯は昼間33度を越す真夏日で、首都のメキシコシティ周辺は高地ゆえに夜は2度まで下がるそうな。その差なんと31度!どないせいっちゅうねん。服をどうしようか悩みます。生理を避けることができたのが幸いです。

そのような感じで、行ってきまーす。
みなさんもどうぞ風邪など引かずに楽しい年末をお過ごしくださいね。13日からまた日記再開します。旅の画像もお楽しみに〜。
倍音の月17日・KIN182白い宇宙の風[12月1日(土)] カーボンオフセット

先日とある環境保護系の会議に参加してきました。

カーボンオフセットという言葉を聞いたことがあるでしょうか?
カーボン(炭素)オフセット(相殺)の名のとおりなのですが、自分が排出したCO2は自分で吸収させて、排出と吸収をプラマイゼロにしようという試みのことです。

今、温暖化の原因になるとしてCO2削減だなんて騒いでいますが、人間が生きているだけで呼吸とともにCO2を排出しているわけです。だからCO2の排出自体は今に始まったことじゃありません。ただ、排出されたCO2は自然(主に樹木)によってちゃんと吸収されていて、かつては排出と吸収のバランスが取れていたのですが、現代では排出量が極端に増えてしまって吸収量とのバランスが崩れてしまったために、様々な環境問題が出てきたとされています。
しかし、今のライフスタイルに問題があるとしても、私達が今すぐ縄文時代のような暮らしに変えることは、現実問題として不可能です。減らす努力はできますが、無くすことは不可能。ではどうしたら良いのか?
そこで「カーボンオフセット」です!排出したらその分をちゃんと吸収できれば良いのです!

ではどのように吸収させるか?具体的には植樹などが一般的みたいです。ただそれを自分がやるのはこれまた現実問題難しいですよね。植樹するために車に乗ってまた新たなCO2を排出しちゃうし、そんなに暇もないだろうし、植樹の技術もないし。
なので、自分が排出したCO2を吸収するために、実際の手間ではなく「お金」という形で還元していくのがこのシステムです。植樹やそれをキープするための人件費などに必要な「お金」を出すことで、吸収のお手伝いをするのです。画期的なシステムですね〜。

会議に出席していた高知県の橋本知事も言ってました(この人、すごいっス。尊敬)。「高知県でやろうとしている植樹事業への協力を、他県の人に呼びかけてもなかなか賛同してもらえない。しかし、空気を綺麗にすることなんて、高知県だろうが(例えば)香川県だろうが同じことじゃないですか。高知県の空気が綺麗になれば香川県だって綺麗になるんですよ。境目なんてないんですから!」。
そうだそうだ、わ〜と拍手してしまいました。

来年の年賀状でも、カーボンオフセット年賀状が発売されてます。通常のより5円高くて1枚55円ですが、その5円は年賀状1枚作るのに排出されたCO2を吸収する事業のために使われ、つまり自分が出したCO2はちゃんと自分で吸収してプラマイゼロにできるのです。
年賀状という超メジャーな場で、このシステムが採用されるのはとてもうれしいです。まずはこういうやり方があって、こういうやり方で自分も温暖化防止に関わっていると実感してもらうことは、意識を高めるために大事だもんね。ただ、5円高いところをみんながどう捉えるか・・・ですね〜。

これって、「与えたものが返ってくる」カルマの法則だなーと思ったのでした。ツケは必ずどこかで払わなきゃいけないのよね。

※CO2の「2」の文字を小さくする方法が分からないよ・・・(涙)