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宇宙の月4日・KIN28黄色い月の星[6月30日(土)] 超然

今のレベル3コースの中で、レッドの反発する傾向に光が当たって意識が拡大することで、反発を止めて超然としていること・そして自分に優しくあることから、あらゆる状況の中に愛を見出すことが可能だみたいなことをやっています。そのことを考えていて、いままさに私自身が「超然」と「自分への優しさ」を学んでいると思いました。

思い出したのは、数年前に起きた大阪の池田小学校事件です。あの犯人はすでに死刑が執行されてこの世の人ではなくなっていますが、彼ほど日本中から否定された人間はそうはいないような気がします。
彼の中に愛を見出すことができるかと言えば、今の私にはできると言えます。憎悪の塊のようだった彼の中にあった愛を確かに感じることができたのです。それは私と彼の間には直接的な関係性がないので距離を置くのがたやすく、超然としてそこに愛を見出すことが容易なのかもしれません。距離を置けばそこに愛を見出すことがより簡単になるんですね。
しかしもしも私があの事件の被害者の親だったらと考えると、犯人の中に愛を見出すことはとても難しいであろうことは明らかです。犯人に対しての反発(憎しみや怒りの感情)が強すぎて、距離を置くなんてとてもできなさそうです。でもそれでも犯人の中に愛はあるのです(愛がない人はいないのです)。

いつでもどんなときでも超然とすることは可能だし、全ての人の中に愛を見出すことも可能ですが、ちょっとした反発からとてつもなく大きな反発まで、実際の人生では起きるさまざまな出来事の中で、どこまでそれができるのでしょうか?願わくば、いつでもどこでも誰に対してもそれができる人間でありたい(と、欲しがるブルーな私)。

ちょっとした反発ならすぐに超然とできるようになってきたと感じていた私ですが、最近起きたある出来事はもうちょっとハードな状況でした。そんな中でも超然として愛を見出すことができるかどうかを、自分自身でその状況を作り出すことで学びたいんだなー私・・・と思っております。今はレッドというよりコーラルのテーマがあるのですが・・・ああ、優しい人になりたい。
宇宙の月3日・KIN27青い磁気の手[6月29日(金)] 13の月の暦のオフ会開こうかな〜

青い手のウェイブスペルが始まりました。「青い手」のキーワードは「遂行・知る・癒し」です。だからというわけではありませんが・・・(笑)。

オーラソーマと13の月の暦の関連についてのセミナーをいつか開こうと思いながら月日が経ってしまいました。なんかいろいろあって、どういう形で開催するのが良いのか考えあぐねていたんですよね〜。やっていいこととやらない方が良いであろう状況を考慮して、ちょうど年末年始でもあるこの時期に自分なりにようやく具体的な形が見えてきたので、この場をお借りして発表?&相談?してみようと思いました。

私が一方的に参加者の方に講義したりセミナーしたりするよりも、私も参加者の一人としてみんなでワイワイやりたいなと思うのです。オーラソーマと13の月の暦を楽しんでいる人たちで思う存分、語り合い&情報交換&交流を深める「場」をオフ会という形で提供したいと考えた次第でございます。
参加料もお茶菓子代としての¥100程度とかね、飲み物は持参とかね、らく〜な感じでやりたいのよね。私はグリーンの「スペースギバー」気質だから場を提供するのがメインで、あとは「好きにやっちゃって〜」とキムタク風にいきたいのです。

私自身この数年自分なりにオーラソーマとマヤを繋げて楽しんできて気づいたこともあるわけです。私以外にもそういう方もいると思うし、そういう人の話を聞きたいとも思うのです。でもそういうことをなかなか存分に話したり聞いたりできる機会もないしな〜。だからもし同じように考えている人がいて一石二鳥になるならば・・・というわけです。オーラソーマやマヤに興味はあるけどきっかけがないという人にも、良い機会になるといいな〜とかも思うのです。

どうなんでしょうね?やるとしたら年明けのG暦8月初旬の週末あたりを考えていますが、もしご意見などありましたらぜひお聞かせくださいませ。
私は想像するとワクワクしちゃうんだけど(笑)、自分だけ楽しくても楽しくないし(どっちなんだ)ね。
宇宙の月2日・KIN26白い宇宙の世界の橋渡し[6月28日(木)] 心のコンディション

自分の体のコンディションは誰もが多かれ少なかれ意識していると思うけど、心のコンディションは一体どのくらいの人が日頃意識しているのでしょうか。体と同じくらい心も大切ですよねー?

体の調子は、自分の体質や現在の状態を知ることである程度自己管理できるように、心の調子も自分の性質や現在の状態を知ることで自己管理できると私は思います。ただ、どうやって知るかが体に比べて難しいのかな。
体の調子なら器械を使えば数値で知ることもできるし、そういうことをしなくてもどこかが痛いとかだるいとかの感覚は実感を伴っているから、疑うこともないでしょう。でも心は?
心の調子は数値で知ることもできないし見ることもできない。物理的な痛みを伴うこともないし、自分以外の人から見えるものでもない。だから自分がちゃんと意識していてあげないと、調子が悪くて心の病気になるまで(下手すると病気になっても)誰も気づかないかもしれないのです。
これってやっぱり現代病なんだろうなぁ。

現代を生きる私たちの意識はどうしても外へ外へと向きがちです。それも無理はないと思います。
江戸時代だったら、江戸から京都まで1通の手紙をやりとりするのに2週間はかかったわけです。でも今は2,3分もあればできちゃう。そしたら残った13日と23時間57分はまた別のことをするわけです。あー、忙しい現代人。更に追い討ちをかけるように今の世の中には、暇をつぶすためにあるかのような様々な情報に溢れていますから、意識が外に向くのもしょうがないのかもしれません。
人間の心身は江戸時代も今も大して変わってないのに環境だけがこれだけ変化してしまうと、そりゃあ体も心も負担が多くなって調子を崩しても無理はないよ〜。

でもこういう時代になっちゃったんだから、今更あれこれ言っても戻れるわけでもないわけで、だから意識を内にも向けて自分を見失わないようにしましょう。自分の心や体のコンディションを整えて健康に楽しく暮らしたいものです。
宇宙の月1日・KIN25赤い水晶の蛇[6月27日(水)] 宇宙の月・クリア

今年もいよいよ残り1ヶ月になりました。この2日程夏らしい暑さがあるにも関わらず、秋の気配を感じるのは気のせいじゃないはず。そういえばお正月明けからすでに春の気配を感じてもいたなぁ。

昨日今日はコースで「失敗したー」と反省しなくてはいけないこともありました。同時にとてもうれしいこともありました。

私の性格はマイペースだと自分でも思うし人からも言われます。でも同時にすごーく人の意見を気にします。褒められれば天まで昇れるし、否定されたらめちゃくちゃヘコみます(涙)。叱られて「なにくそ!」と燃えるタイプじゃなく、完全に褒められて伸びるタイプなんです〜。

最近ボトルがよく割れます。今日もコース中に、生徒さんが瞑想に使ったボトルが生徒さんの手の中で割れました。以前にもよく割れる時期があったけど、またそんな時期なのかな?ここのところますますマスターや大天使の存在が身近で、それらの存在の光が世界にたくさん溢れてるとは感じてるけど、それとなにか関係がある様な気もします。
そういう私自身クリアを選び始めてしまいました・・・クリアかぁ。この光を世界中の苦しんでいる人たちに広げたいなぁ。

ありがたいことに私自身は今とても幸せだと感じています。でも本当はまだ足りないのです。テレビでは毎日毎日心が痛むようなニュースばかり流れています。世界にまだ苦しんでいる人がいる以上、その人たちのことを思うとやっぱり幸せではいられない。自分が本当に心から幸せだと感じるためには、世界中の人が幸せに暮らしていて欲しいのです。
だからそのために今の自分に何ができるか・・・どうぞ私にそのための勇気と力を与えてくださいと最近毎晩祈るのです。

「勇気と力・・・?」。そうなんですよね、今必要なのは「愛」とか「平和」とかよりも勇気と力だと感じるのですよね。強くありたい。
私が強くあるためにはマゼンタのサポートが必要で、今年はマゼンタとたくさんワークしてきました。残り1ヶ月、来年へ向けての準備期間のような気がしますが、光を迎え入れるための準備のような気がします(「気がする」ばっかりだな)。
水晶の月27日・KIN23青い惑星の夜[6月25日(月)] 地味飯

今日は「夜」の日。個人的に夜の日は好きです。夜の日のエネルギーって、夜更かしして大人向けのテレビを見たり、空想の中でいろんな時代のいろんな国へ行って冒険をしていたり・・・そんな事が夢じゃなくて現実だった子供の頃を思い出すのですよね。


炊飯器を購入してから(それまでは外食派だったのに)すっかり自炊生活になりました。買ってよかったー。物事は中身が大事だけど、形から入るのも良いよね!
とはいっても料理嫌いは変わりません。どうせ自分の分だけだと思うと簡単なものしか作らないしお皿の数も少ないし、とっても地味飯になってます。でもそれがかえって良いみたい。

去年イギリスのオーラソーマの本部・デヴオーラへ言ったときのことを思い出します。
デヴオーラはド・田舎だから、近所にレストランなんてありません。デヴオーラでコースを受けるということは、その施設の中で1日じゅう過ごすということであって、食事ももちろんそこで出るものをいただくのです。デヴオーラの食事は完全オーガニック。肉は出ますがバイキング形式なので、食べたくない人は取らなければいいのです。
そこで8日間過ごしていたら、まずなんといってもお通じの良いことったら!体が軽く綺麗になってゆくのが実感できました。
更に、食事の量も減りました。間食するものなんてないから口にするのは1日3度の食事だけなのに、毎食おかわりもせず腹八分目で満足なのですね。日本ではお腹いっぱい食べてもまだなにか食べずに入られなくて甘いものに手が伸びていたのに、そもそもそういう気にならないんです。体が健康になったから必要以上のものを食べたいという欲求が自然に出なくなりました。

それと同じことが今起きつつあります。
もともと朝は食べませんし、昼は軽くパンとコーヒー(これはやめられない〜)で満足です。夕食も納豆と玄米ゴハンと簡単な具のお味噌汁(ワカメは必ず入ってます、笑)・お新香か酢の物・野菜系のお惣菜が1品・・・ね、地味飯でしょ。でもこれでちょうど良いのです。あとはせいぜい食後のデザートでヨーグルトとか食べる程度です。で、なるべく水をたくさん飲んでいます。

まだそういう食事に変わって2週間くらいしか経っていないのですが、あきらかに体調に変化を感じています。体の中が綺麗になっているのがはっきり分かります。体が軽いし、頭痛も治ったし、肌の調子も良いし、直感も冴えてます!

この食事ペースに早く慣れてしまいたいな〜。甘いものは今はほとんど食べたいとも思いません。あとはコーヒーかぁ。これだけはやめられなーい(やめようとも思ってないのが問題かなぁ)。
水晶の月26日・KIN22白い太陽の風[6月24日(日)] 祈りとコーラル

とある本によると、同じ病気を持ったふたりの患者さんに対して、ひとりには誰もお見舞いしたり心配したり直るように祈ったりせず、もうひとりにはその家族だけでなく見ず知らずの人からもその人が直るように祈ってもらったところ、同じ治療を受けていたにもかかわらず祈ってもらっていた人の方が明らかに回復したそうです。そういう実験をしたんだって。

人間の意識にはエネルギーがあるというのはもはや科学の世界では常識のようですし、先端科学の話だけでなく身近なところでもそういった話はありえると考える人も増えているのではないでしょうか。

クイントエッセンスとは「祈り」ですと習ったとき、私は正直「祈り」ってなんなんだろうと考えてよく分かりませんでした。祈ってる暇があるならなにかしろ!くらいに考えていました。
でも最近になって少しずつですが祈ることがなんなのか分かり始めたかもしれません。

上記のように、祈りで人が救われたり人と人が繋がることができるのならば、私も誰かのために祈りたいです。身近な人だけでなく見ず知らずの人にでも祈りたい。
最近の自分のテーマがコーラルなので「繋がり」やその反対の「孤独」に敏感なの(笑)。孤独な人生をたくさん歩んできた私ですが、やっぱり孤独はやだなーとしみじみ思うのです。
「どうせ自分が死んだって誰も悲しまない」というゴールドの自己価値のテーマを過ぎ、「いつでもすべては神の恩恵に包まれている」というマゼンタのテーマを過ぎ、「自分を愛するという新しい愛の智恵」というコーラルのテーマに行き着きました。人と愛で繋がる代わりに孤独への不安と戦わなくてはいけない・・・わけじゃなくて、自分を愛することで不安なく人と繋がることができるんだという気づき。というか、人と繋がらずには自分は生きられないんだという気づきかな?
とにかくコーラルなんです!今のワタクシ。
水晶の月25日・KIN21赤い銀河の竜[6月23日(土)] 光を解き放つ

来月の旅行に生理がぶつからないようにするためには、あと2回来るであろう生理をぴったり28日周期で来るようにしなくてはいけない・・・・と、1ヶ月ほど前に日記に書いたと思います。
2,3ヶ月前、暦をあまり意識していなかったら28日周期で来なくなってしまったので、この1ヶ月慌ててダイアリーも毎日必ずつけてきっちり意識し直してみました。そしたらちゃぁんと来ましたよ!28日ぴったりで!
よしよし。あと1回、来月も28日ぴったりで来れば、旅行の直前にちょうど生理が終わるはずです。この1ヶ月もしっかり暦を意識するぞー。勝負だ(笑)!
でもホント、なんと分かりやすいのでしょうか。意識していれば28日ぴったりで来るし、しなければ以前のように30日以上来ないのです。本当にシンプルなんですね。


先日レベル1を終えた生徒さんたちが、自主勉強会?と称して数名でレンタルルームしに来てくれました。
みんなコースが終わってからのわずかな期間に本当にいろいろな変化を体験しているみたいで、みんなのオーラの輝きがまぶしくて見とれてしまうほどでした。「すごい光だなー」と思っていたら、みんなの前でいきなりあるボトルが割れていました(笑)。ちょうどある生徒さんの家に置いていたボトルが割れたという話をしていた直後だったから、みんな驚いてましたね。でもそうよね。私はもう慣れてるけど考えてみたら、触れてもいないボトルが割れるなんてオカルト現象だもんね〜。

ボトルが割れるのって、膨らましすぎた風船が割れるようなかんじかなと思います。ボトルの中に光が溢れてるみたいなんです。何故なら割れたボトルの輝きって半端じゃないんですもの。もちろんいろんな意味を見つけられるでしょうが、私の感覚では今日割れたボトルもそんな理由に思えます。

みんなが光に満ちていて本当に輝いていて、その光をまた明日からも職場や家庭やいろんな場所で振りまいていけば、周りの人もきっと光り輝き始めるでしょう。そしてその人からそのまた周りの人も・・・・・。

そう考えるとひとりの力はやっぱり大きいんだな。直接関われる人数に限りがあっても、そのエネルギーは伝達して広がっていくのです。すごーいネットワークですね。地球全体が光に包まれているビジョンが見えます。そうして地球が癒されてゆくのです。

そのくらいの光をみんなが放っていたんですよね〜。オーラソーマを学んで光り輝く自分になってゆく・・・ティーチャーとしてこんなにうれしいことはありませんね〜。
水晶の月24日・KIN20黄色い共振の太陽[6月22日(金)] やっぱ瞑想でしょ

先日会った友人に「きれいになったね〜」と言われました。顔のことではなくエネルギー(オーラ)のことですが(笑)。でも実は自分でもそう感じてたところだったので、やっぱりそうなのかーと思いました。

電磁波が体や心やサトルボディに良くないのは昔から感じていましたが、今思えば1年ほど前から他にも体や心に良くないものに敏感に反応するようになってきました。
最初にその兆候が現れたのは超音波美顔器です。使った翌日の肌が劇的に良いので以前は普通に使っていましたが、1年ほど前からは使った数時間後にめまいがして立ち上がれなくなってしまうようになったんです。最初は何かの病気かと思ったけど必ず美顔器を使った後にめまいがすることに気づき、超音波の作用のような気がして(医学的根拠はありません)それ以来使ってません。実際それ以来一度もめまいはありません。お肌にはホントに良いと思ったんだけどね〜(涙)。

あとは日記にも書いていますが食べ物や衣類にも反応するようになってきたので、最近は布ナプ・下着・食べ物・化粧品など身近なものを本当に良いものに取り替えざるを得ない状態になってきました。でもこれによって体の中から良くないものが排除され綺麗になっているのが実感できるんです!さらに体だけでなくエネルギーというかそういう部分もすごく浄化されて綺麗になっていると感じています。
そんな風に変化すると内なる自分と繋がりやすくなるので、より直感的になっているし、いろんなことが思い浮かぶし、気づきも多いし・・・そしたら瞑想せずにはいられなくて、最近は毎晩瞑想しています。

もともと瞑想はするのですが疲れてるときなんかはやらずに寝ちゃったりしてたんだけど、今は疲れてるからこそ瞑想してから寝るのよ。それが義務でもなんでもなくてむしろ瞑想したくてたまらない。1日の中で瞑想してる時間が一番楽しいのです(笑)。でもやっぱり瞑想はいいね〜。1日10分でも、やるとやらないとでは全然違うのよ。
こういってはなんですが、瞑想の良さってやってみないと分からないのかもしれません。布ナプの良さを使ったjことのない人に語っても結局使ってみないと分からないのと同じです。使っている友人たちにさんざん良さを語られたけど、自分が使ってみて初めて彼女たちの言っていたことがよーく分かりましたもん。瞑想も同じだと思います。

瞑想することのメリットは・内なる自分と繋がりやすくなる・体や心が敏感になり良いものと良くないものがはっきり分かる・心が乱れずにいられるから物事に素早く対処でき解決できる・健康になる・・・などなど

こんな生活をしていたら、なんだか自分のオーラがどんどん軽く・明るく・透明になってくるような気がしていたのです。そしたらそういうことに敏感な友人に綺麗になったと言われたというわけです。
うーん、この生活をもっと続けていきたいわ。というか、もうこうじゃない生活には戻れないかもしれないなー。戻らなくてすみますように。
水晶の月23日・KIN19青い律動の嵐[6月21日(木)] コーラル

あーーーん、またしてもショックぅなことが!!!一体どうしたこと!?

でもご安心を。今回のショックは先日のと違って笑える出来事です。いや、本当は笑い事じゃないんだろうけど、でもあまりに自分がカッコ悪くて笑えます。
ばかばかしいほどに可笑しな話なので日記に書いてしまいたいんだけど、あまりにも恥ずかしくていまはまだ書けません。近いうちに書くかもしれませんが・・・今は穴があったら入りたい気分だよー、えーん(涙)。


夕べ寝る前に今回3本目に選んだ98番(ライラック/ペールコーラル)のボトルを使ってみました。目を閉じて、ただ直感に任せて、ぬる場所もぬる量も感じたままに使ってみました。ほとんど全身にたっぷり使ってしまい、もういいかなと感じる頃には残りは3分の1ほどになっていました。
次にそのボトルを持って瞑想しました。先日起きたショックな出来事に対して自分はどう在りたいのか知りたかったのです。

手から伝わるボトルの感触はとても優しいものでした。やがて浮かんできたのは、私が過去に傷つけられた人たち・報われなかった努力・世の中の不公平さ・孤独・悔しい思い・裏切り・・・・・・そして何故かキリストを裏切ったユダの話を思い出して、「何故あのときキリストは、ユダが自分を裏切ったと知りながらユダを行かせたのだろうか?」と考えていました。
そのときはっと気づいたのです!「そうか、だからコーラルは新しいキリストの光線なんだ!」。

そして私はこうつぶやいていました。「それでも私は私を愛しています」。どんなに傷ついてもどんなに裏切られてもどんなに報われなくても、私は私を愛しているとつぶやきながら、自分の言ってることに感動して泣いてしまいましたよ〜。
誰を責めるでもなく、自分を哀れむでもなく、同じ言葉を繰り返していたら、だんだん心に光が戻ってきました。自分の内側に在る光をまた感じることができました。

誰だって何かに傷ついているし誰かを傷つけたこともあるでしょうし・・・でもやっぱり憎しみや恐れで生きていたくはないよなぁ。だから、何かあったときに今すぐが無理でもいつか許せるときが来るように、内なる光を忘れないようにしたいものだと心から願います。
自分を心から愛していれば他人を愛することもできる。キリストがユダを愛していたようにね。それがコーラル・きっとそういうことなんです。
水晶の月22日・KIN18白い倍音の鏡[6月20日(水)] 天国と地獄

昨日何故この日記を書かなかったかというと、1日のうちにいろいろな意味で気持ちが激しく動揺することがあって、とてもとても冷静に文字に書くことができなかったからです。

昨日の朝方起きたある出来事がショック過ぎて全然眠れませんでした。それどころかガタガタ震えが止まらなくて、気持ちを落ち着かせるために瞑想しようとしてもじっとしていられず、部屋の中をうろうろ歩き回りながらひたすら水をガブ飲みしていました。
私は気分が動揺しているときはお笑い番組を見ます。そのときも「やりすぎコージー」(←芸人都市伝説)のDVDを見ながらようやく気分が落ち着いてきて、部屋に戻って瞑想しました。そしたらいつのまにか寝てました(笑)。

そんな調子で、昼間はなんとか仕事はしていましたがテンションを保つのが大変だったよ・・・。でもむしろ休みじゃなくて良かったのかも。ぼ〜っとしていたらかえって思い出してまた動揺してたかもしれません。

そして夜。
今だんなさんがカンヌへ出張中です。映画祭で有名なカンヌです。カンヌは毎年5月のカンヌ映画祭の後、同じ会場で6月に「カンヌ国際広告祭」が開かれます。世界中の様々な広告から優秀な作品に賞を与える、広告業界の人なら誰もが憧れるクリエイター達にとっての名誉ある祭典なのです(私も以前広告業界の端くれにいたから知ってるのです)。
広告業界の人であるだんなさんの仕事が今年のカンヌ広告祭にエントリーされたと聞いたとき、それだけでもとても栄誉あることだからすごいねーと言ってはいました。更に現地入りしただんなさんから最終選考まで残ったと聞いて、ますますありえないことだと思い(だんなのことなのに、笑)「すごいじゃーん」と言っていました。そして夜になって、なんとゴールドライオン(金賞のこと)獲得!とメールをもらい、私のボルテージも最高潮に!!
これもある意味動揺を抑えられずに、遅い時間にも関わらず私とだんなの実家へ報告電話してしまい盛り上がっていたのでした。今朝とは全然違う意味でやっぱりなかなか寝付けなかったです(笑)。

今日になってだんなさんからゴールドライオンのトロフィーの写真を送ってもらったけど、ホントに金色のライオン型なの。昔ビートたけしがベネチア映画祭でもらった金獅子賞のトロフィーを思い出しましたね〜。
そしてだんなさんが一夜にして天狗になってたのが可笑しかった。前日まで「やっぱ世界の壁は厚いかも〜」なんて珍しく謙虚なこと言ってたのに、いきなり「チョロいね」だって。

そんなわけで、今は落ち込んでもいるし喜んでもいるという、なんとも複雑な気分なのです。相反するふたつの感情でも、心の中に同居できるものなんですね。
水晶の月20日・KIN16黄色い電気の戦士[6月18日(月)] オーラソーマの学びの段階

電車に乗りながら、今週末のシェアリングデイでなにをしようかな〜と考えていて思ったことです。オーラソーマを学んでいく中で、何故レベル3まで受けることが大切なのかについて、ひとつ浮かんだことがありました。

オーラソーマは「意識の成長」のためのツールです。だからオーラソーマを学ぶことで「自分の意識の成長」ができれば、それが最高の形です。
例えば日常のちょっとしたことで怒ってばかりいる自分がいたとして、怒りじゃなくもっと愛を持って人と接することができる人間になりたいと思ったとしますね。
そこで、オーラソーマを学ぶことでどんな風に意識の成長ができるかの一例を以下に整理してみますが・・・。

「怒り」という感情。生きていて怒りを感じない人なんていないでしょう。レベル1でオーラソーマというものに深く触れる(それはイコール自分に深く触れる体験です)ことで、自分の正直な感情に気づくでしょう。だから怒りという感情が出たときに、いままで怒りを抑えていた人が抑えられなくなるかもしれません。でもそれは本当の自分を生きるための大切な第一歩なのです。
時にスピリチュアルや自分の意識の成長に興味のある人は、怒りという感情を持つ自分がダメ人間(笑)のように思えて、そんな自分を否定しようと(怒りを抑えようと)します。怒ってないフリをするのね。でもそれでは、意識の成長には繋がらないのです。まずはどんな感情でも自分の感情に気づくこと・そしてそれを否定せず受け入れること。オーラソーマはそれを強力にサポートしてくれますし、レベル1を学んだ後でそんな変化を自分に実感できれば、受けたかいがあったというもんでさー。

でもそれだけではまだ、怒りではなく愛を持って人と接することができる人間にはなりませんね。
自分の中の怒りに気づいてそれを否定しない段階をクリアすると、次はさらに深く自分の中に入って「何故怒るのか?」の原因までたどり着く段階です。原因が分かるからそれを変えることができるのです。
レベル2で学ぶ色の3つの傾向の見方は、怒りの感情にはまっていた自分から少し距離を置くこと・そしてそれを明晰に見ること・そして信頼することを教えてくれるでしょう。怒っている自分よりももっと深くにある自分に気づくことで、怒りを超越することができるのです。レベル2を学んだ後で自分の感情を超えたところにある自分を少しでも実感できれば、レベル2を受けたかいがあったというもんでさー。

もそれでもまだ、愛を持って人と接することができる人間にはあと少し何かが必要かもしれません。
レベル3で学ぶ生命の木ではすべてのボトルが木の中に配置されます。どれが欠けても木は完成しません。生命の木という世界(宇宙)のレベルで自分が選んだボトルを通して自分を見てみると、もうそこには自分と他人との分離はないのです。あなたは私であり、私はあなた。宇宙の一部としての私でありあなた。私たちは無限のなにかとてつもなく大きな存在に永遠に守られているし、繋がっているし、それを言葉で表すと「神の愛」としか言えないような感覚です。
生命の木は自分の外に広がる宇宙を表すものでもありますが、同時に自分の内側を表すものでもある。ということは神の愛は自分を包んでいると同時に、自分の内側にもそれはある。つまり自分自身が神の愛の表現なのですー。すごい!
レベル3を学んだ後でその感覚を少しでも実感できれば、そしてそのような自分を生きられれば、まさに「怒りを超えて愛を持って人と接することができる人間」のできあがりですネ(笑)。

それが意識の成長であり、それがオーラソーマを学ぶ最高の形だと思います。だからやっぱり、せっかくならレベル3まで受けるといいよな〜と思ってしまうのですね。イチバン美味しいとこだし(笑)。

もちろん、私自身まだまだ発展途上です。
だからこの学びに終わりはないのよー。

水晶の月19日・KIN15青い月の鷲[6月17日(日)] コーラル

今日ほどサナトクマラのクイントエッセンスを強く感じたことはありませんっ。なんなんだ!

夕べ久しぶりに発作が起きそうになって、慌てて残り少なかった66番のボトルを最後の1滴まで使いました。色からすれば下腹部や頭部にぬるのが良いのでしょうか、何故か左半身にぬらずにはいられませんでした。
しかし66番だけでは全然足りずまだ何かぬりたい!と感じたとき、最初は26番を手に取ったのですがなんだか怖い感じがして、87番に変えたのです。そして87番を右半身にぬりました。
それがすごく気持ちが良くて気分が落ち着いてきたのですが、もうひと手間かけたほうが良いような気がして、次に手に取ったのは4番。これをインカネーショナルスターのあたりにぬったところで、完全に落ち着きを取り戻しました。ふー。

それ以来、急にコーラルが気になりだしたのです。ここ数年コーラルなんて全然気にならない色だったのに。
そして今日帰りがけに4本選んでみたところ、やっぱり!というか、2本目に87番を選びました。久しぶりだね〜コーラルさん。
4月にインカネーショナルスターコースを受けて以来、私の1本目は9番で定着していました。今日も選んでます。そして2本目が87番・・・。レベル3を学んでいる人には分かるでしょうが、この2本は同じタロットカードに対応します。ふむふむ。

そして久しぶりにサナトクマラのクイントエッセンスを使ってみたところ・・・・も〜ものすごーく良いのよ!「サナトクマラってこういうことなんだ!」なんて、今更ながらこのマスターの理解がぐっと深まりお近づきになれた気がしました。クイントエッセンスの動作をしながら、矢印のような細い光の線が放射状に延びてゆくビジョンが見えて、それがたくさんの人と繋がってゆくのです。

私は基本的にひとりが好きです。今の仕事の状態もそうだけど、なんにつけてもスタンドプレーが一番やりやすいです。周りに人がいるとどうしても気を使ってしまうので、それがわずらわしくてね〜(苦)。
けれど同時にとても寂しがり屋でもあるのです。一人は嫌ですぅ。

今日、サナトクマラを使っていて「相互依存」を実感しちゃいました。そこには人肌のぬくもりがあるんですね。それはとても安心できる感覚です。ひとりが好きなんて言ってるけど、人一倍ぬくもりを求めている私。それがあるからこそ私はひとりでいることができるのです。ひとりじゃないと知っているから、ひとりでいられる。

「私」はひとりであり、ひとつである・・・ってかんじかなー。ああ、早くまたサナトクマラ使いたいぃ。

今日は「月」の日。月のテーマは「挑戦は何か?」です。更に「極性を与える」も、コーラル/ターコイズの補色というある意味2極の関係にある色のテーマでもあります。昨日から始まった「白い魔法使いのウェイブスペル」の私にとっての「受容する」テーマは87番のコーラルの中にあるようです。
水晶の月18日・KIN14白い磁気の魔法使い[6月16日(土)] ハートのコミュニケーション

今日から白い魔法使いのウェイブスペルが13日間続きます。キーワードは「永遠・魅惑する・受容性」。ちょうど来年(2007・7・26〜)が「白い月の魔法使い」の年ですから、この紋章のエネルギーを感じながら、来年をイメージしてみるのも面白いかもしれませんね。ちなみに「白い月の魔法使い」のKINナンバーは54。セラピスベイですよー、みなさん!

今日、友人関係についてふと腑に落ちてしまったことがあります。

私の友人たちは、性格や職業・趣味嗜好がバラバラなんです。あと例えば学生時代なんかは、クラスの嫌われ者みたいな人と私はむしろ仲が良いことも多かったです。私からすればどうしてみんながその人を嫌うのか・・・まあ理屈では分かるんだけど、私にはその子の個性は「こんなにユニークで面白い人なのにな〜」と感じてしまうんです。だから友人たちの個性はバラバラ(苦笑)、共通性がないんです。
でもそんな友人たちにも、なにかそこには共通することがあるはず。それってなにかなーと
いうことを見つけたんです。

それはみんなハートでコミュニケーションができる人ということでした。上辺だけでなく、言葉だけでもなく、心(ハート)で人と接することが出来ること。心で人を見ることができるということ。
私の感覚では、言葉だけでなく同時にハートでコミュニケーションできていない人からは、こちらから投げたボールを無視されるか(笑)、全然違うところに投げ返されるか・・・いずれにせよキャッチボールができない感覚なのです。
一応こちらとしては、相手が取れるような場所にボールを投げているつもりなんだけど、あちらからは返ってこない。もしくは違う場所に返ってくる。もしくはボールを投げていることにすら気づかれない。1回1回ボールを拾いに行くのも大変だし、そのうち疲れてなんだか空しさに満ちてきます(涙)。
こういう感覚って他の人は持たないものなのでしょうか?そんなことないよねー。

そしてキャッチボールができるのは最低限なのですが、かといってボールをいつも一番取りやすいところに投げたり投げてもらったりするだけなのも、いまいち面白くないんですよね。
私は、ギリギリでなんとか取れるところに投げたり投げられたりするキャッチボールが好き。たまぁにわざとハズしたりするのもOK(わざとってとこがミソです)。ボールを高くあげたり直球にしてみたり、わざと相手の嫌がるボールを投げたり・・・つまり、ただキャッチボールするのではなく、相手に優しい簡単で単純なキャッチボールでもなく、お互いが楽しめるキャッチボールができる人がとても好きです。
それが出来るためには相手をちゃんと分かってないとできないし、そこには思いやりがあって且つ遊び心がなければいけません。それってつまりはハートでのコミュニケーションが出来るってことだと思うんです。注文が多いなー、私(だから友人が少ないのかなぁ)。

そんなだから、クラスの嫌われ者でもかまわなかったのかもね〜。
私の友人たちはクラスの嫌われ者ではないけど(笑)、本当は心優しくもひねくれた、とても魅力的な人が多いのはそういう理由なんだと気づきました。
水晶の月17日・KIN13赤い宇宙の空歩く者[6月15日(金)] 友人との再会

最近「ドコモ2.0」のCMが、見ていてムカつきます(笑)。作り手側の「このCMクリエイティブだろ。面白いだろ。これを面白いと思えない奴はバカだぜ」という高飛車でひとりよがりの思いが伝わってくるので、「これのどこが面白いんだ、バカにするな!」と画面に向かってつぶやいてしまいます。売られたけんかを買ってしまいそう(苦)。

今日は昼間、オーラソーマのティーチャー友達と新美術館で開催中の「モネ展」に行きました。良かったけどめちゃくちゃ混んでたー。

その後、お茶しながらいろいろ話し込みました。オーラソーマについての真面目な話から、テレビの話題まで(お互いミーハーなので)。気のおけない友との会話はほんと楽しかった〜。

最近私の体がいろいろなものに反応しやすくて、本当に体に良いものしか受け付けなくなってきているという話をしたら、彼女が「だからマゼンタなんじゃない?」と言ってくれました。そこではっと気づいたのです!「そうか、だからマゼンタなのか!」って。

マゼンタのテーマは「身近な物事に対しての配慮や愛情」です。自分の体という、一番自分にとって身近なものを意識せざるを得ない今の私の状況。これはまさにマゼンタをグランディングすることの大きなサポートだったんですね。
今、私の身の回りのものが続々と変化しているという話は数日前の日記にも書きました。体に心地よいものが集まりつつあります。体に心地よいということは心にも心地よいのです。そしてそうすることで、本当に心がすっきりするし自分のことが好きになります。

玄米生活も今のところ毎日続けています。布ナプにも替えました。マイ箸も毎日持ち歩いています。
毎日ゴハンを炊くのが面倒とか、布ナプを洗うのが手間がかかるとか、箸も使ったら毎日洗うとか、たしかに手間はかかるようになりました。でも、そんなことをしている自分のことがどんどん好きになってくるんですよ、面白いことに(笑)。
あああ、マゼンタだな〜。私の中にあるマゼンタの質ってこういう感覚なのかーと、今日は大きな発見がありました。

オーラソーマを学んでいる人同士で自分の体験をシェアするのって、自分だけでは気づかないことに気づかせてくれるという点もとても楽しいですよね。私たちの場合、お互いとてもオーラソーマが好きなので(ティーチャーなんだから当たり前か?)、日々使っているボトルのこととかそれに伴う心の変化なども自分なりにも思うところがありますが、やはり人の話って良い刺激になります。

今日は空がとてもとても綺麗でした。その友人とも話していたんだけど、なんか宇宙っぽかったです。5次元空間なかんじ。
ちょうどふたりで空を見上げた瞬間に美しい彩雲(虹)が見えました。祝福だなーなんて思っちゃいました。
水晶の月16日・KIN12黄色い水晶の人[6月14日(木)] 控えめな主張

我ながらセコいと思うんだけど、ついやってしまうこと。今日も喫茶店のトイレでやってしまったことです。

今日、とある近所の喫茶店でトイレに入り便座に座った瞬間「アチッ!」・・・は大袈裟にしても、便座の温ヒーターが最強になっていたんです。驚きの熱さでびっくりしたよーもう。「この時期になってこの暖かさはいらないでしょー。電気がもったいない。」と、壁に取り付けてあるウォシュレットとかのスイッチのふたを開け、便座温ヒーターのスイッチを最弱にしておいてあげました(余計なお世話、笑)。

だって完全OFFにしたら、かえってお店の人に気がつかれてまた最強に戻されちゃうかもしれないでしょ。最弱ではあってもONにしていれば、その方が気づかれないかな〜と思って。それにもしかしたら、何かの事情で便座が暖かくないと困る人がいるのかもしれません(いないよナ)。
これ、意外と多いのよね。デパートやチェーン店のカフェなんかは、今だに便座が不自然なほど暖かいとこが多くて、私はそのたびに上記のように人知れずスイッチを調節して、東京のCO2削減に貢献しているのです(笑)。

あとトイレに関しては、部屋の電気自体も消しちゃうときがあります。デパートなどのたくさんのトイレがあるようなところではさすがにしないけど、トイレがひとつしかないような小さなお店では、入ったときに電気が点いていると「やれやれ」とため息をつき、出るときに消して出ます(だから大きなお世話だけどサ)。

レストランなどでマイ箸をバッグから出すとき、カチャカチャという音をわざとやや大きめにたてたりもします。
周りの人が音で振り返ると、そこにはマイ箸を使う女(つまり私)の姿があるわけです。「お、マイ箸使ってる人がいる。よし、俺も使ってみよう」みたいな展開を期待しているわけなのですが、セコいな〜(苦笑)。
声高に主張するようなやり方は好きじゃないので、そういう風にセコい主張になってしまうのね。小さい人間だなぁ。
水晶の月15日・KIN11青いスペクトルの猿[6月13日(水)] クリエイティブとは

コースが終わった後の雑談の中で生徒さんに「最高のクリエイティビティは、やっぱり自分をクリエイトすることじゃない〜?」などとエラそうなことを言った後で、「じゃあ自分をクリエイトするってどういうことなんだろう?」と、今一度自問自答してみました。ちなみに私はいつもなにかしらに問いを発しています。「どうしてこれは○○なんだろうか?」「どうして自分は○○なんだろうか?」「どうして世界は○○なんだろうか?」・・・。それが楽しいし、それをせずにはいられない(笑)。そして、1本目にターコイズを選ぶ私にとって究極の問いは、ターコイズのテーマである「私とは何者か?」です。

創造の第一歩は自分の内側で起こります。例えば、「こんな洋服が欲しい」と思い浮かぶ感じです。

浮かんだら次は、思い通りの服を実際に手に入れようとしますよね、普通。そのとlき、お店を回って探してもなかなか思い通りの服なんて見つからないでしょう。「あと少し丈が短ければ・・・」なんていう風に、どこかが微妙に違うものです。それなら「じゃあ自分で作っちゃえ!」という発想になるかもしれません。自分で作った服は世界で1枚しかないオリジナルな服になります。それがクリエイティビティかなと思うのです。

ターコイズには「理想主義」というテーマもあります。現実にはない服を思い浮かべ、それを欲しがるようなところにそれが現れています(ちなみに、欲しがる傾向はターコイズに近いブルーの傾向ですね)。
大事なのは、こんな服が欲しいと自分の内側で創造が行われていることに気づいていて、それを否定しないことです。湧き出る泉はせきとめてはいけません。その流れはやがて多くのものに恵みを与えるのですもんね〜。
そしてもうひとう大事なのは、理想どおりの服をどうやって手に入れるか・・・です。「こんな服が欲しいな」と思いながら家の中にいてもストレスが溜まるでしょう。だからまずは外に出ないとね。
外に出てお店を回っていると、理想どおりの服が見つかるかもしれないと思うから、しばらくはストレスから解放されるかもしれません。でもお店をたくさん周っても理想どおりの服が見つからなければ、また徐々にストレスが溜まりますよね。
で、最終的には「やっぱり自分で作るしかないのか」という結論に至るでしょう。自分で服を作るという手間を面倒くさがっちゃいけないし、作れないなどと思う必要もないのです。試行錯誤しながらもやってみるとどんどん上手になるし、上手になればなるほど作る作業自体がとても楽しいのです。だってそれこそがもっとも自分らしい自分(クリエイティブ)なんですもの。

自分の未来がどうなるかを不安に思うことは誰にでもあるでしょう。でも未来はもらうものでもなく、選ぶものでもなく、創造するものなんだ!と思えれば、あとは自分次第。欲しい服が見つからなくても心配しなくて大丈夫。だって自分で作ればいいんだもん。つまり、自分で作ることさえ出来れば、いつだって好きなときに欲しい服を手に入れることが出来るんです。

私が思うクリエイティビティってそんな感じかな〜。上記の「服」の部分を「自分」に直してみるともっと面白いかなと思います。
まだまだこの件については思うところもあるのですが、長くなり過ぎそうなのでこの辺でやめときます〜。
水晶の月14日・KIN10白い惑星の犬[6月12日(火)] シンプルな世界

「コンバット」見てますかー?いやー、オバ芸最高っす。毎晩8チャンネルで「すぽると」の後にやってます。面白いよー。


オーラソーマのコースでは、毎朝必ず瞑想することから1日が始まります。瞑想によって自分に対してより意識的になり、その状態で色やボトルと向き合うことで、普段なかなか気づきにくい内なる自分のからのメッセージを受け取ることを容易にしてくれるからです。

瞑想のリードはティーチゃーである私がするのですが、最近もっと良いリードの仕方について考えていました。「何故瞑想をすることが大事なのか?」なんてよーく分かっているつもりだけど、もう一度考えて改めて瞑想のやり方を変えてみたのです。そしたら・・・。

オーラソーマのコース中に涙を流す生徒さんはたくさんいます。でも朝の瞑想中に涙を流すことはあまり記憶にありません。しかしリニューアルした瞑想を初めてやってみたその日に、瞑想中に数名の生徒さんが涙を流したのです。瞑想しながらいろいろな感情や思いが心に浮かんで、自然に涙が出たというようなことをシェアしてくれました。つまり瞑想が良かったということなんだと思います(自分でいうのもなんですが)。

それで改めて確信したのは、波動ってちゃんと伝わるということでした。

瞑想のリードの内容というよりも、その日の私の瞑想にかける意気込み(笑)?は確かにいつもと違いました。
自分なりにより良いやり方を考えリニューアルして初めての瞑想だったから、緊張はしていませんでしたがいつも以上に意識を集中していましたし、なにより生徒さんに伝わるように・生徒さんにとってより良い瞑想の時間になることに集中していました。そして自分なりには、やりながら手ごたえを感じてもいたんです。
確かに伝わっている感というか、生徒さんと言葉こそ交わしていないもののなにかのエネルギーが広がってゆくような包んでゆくような共有しているような、そしてそれがとても心地よいような感じがしていたんです。愛と平和のエネルギーというんですかね。
そしたら瞑想がとても良い結果になりました。

世界ってこんなにもシンプルなんだな〜と改めて思いましたね。自分の発するものがそのまま伝わって、そして帰ってくる。それだけなんです。本当にそれだけなんですね。
水晶の月12日・KIN8黄色い銀河の星[6月10日(日)] プラクティショナーって

昨日会った友人は玄米暦7,8年。玄米に変えてから生理周期が28日に安定したそうです。
私も玄米ゴハンは好き。栄養がどうの以前に単純に味が好きです。ごま塩をふりかけて食べる玄米ご飯は最高やね。ただ炊き方が難しくて、今我が家にある20年前の2合炊き炊飯器じゃどうしても芯が残ってしまうのよね。一人暮らしでやはり安い炊飯器で玄米を炊いているその友人によると、炊飯器の性能は大事だ!とのこと。その子の実家で使っている圧力鍋で炊くのとその子の炊飯器で炊くのでは、全然玄米の美味しさが違うんだそうです。
ということで、本日さっそくビッグカメラへ走りましたよー、炊飯器を買いに。アレルギーの解消のためにも、これで明日から玄米生活に・・・できるかな〜なんせ料理が嫌いな人間なので。でも玄米食べたいからがんばるわ。

オーラソーマの学びのシステムが少し変更されるみたいです(今すぐの話じゃないしまだはっきりしない部分もあるので、細かいコメントは今この場では控えますしご質問いただいてもお答えできませんのであしからず。6月のシェアリングデイではもう少しお伝えできるかも)。プラクティショナーの人にはおそらく、勉強しなくてはいけないことが増える方向に変わります。そうなると時間的にも金額的にも、費やさなければいけないものも増えるでしょう。しかし、私個人の意見としてはその変更に賛成です。
そんなことを考えていたら、テレビでコムスン問題について桜井よしこ(←字が分からん)がコメントをしているのを聞いて、ますます賛成だと思いました。

彼女が言っていたのはこんなことです。

「介護とは、もちろん技術も大切なのだが、介護する人の「心」がとても大切な仕事なのだ。介護に関わる会社では、介護に従事するスタッフの技術の訓練だけでなく心の教育を大変重要に考えているし、そこに時間やエネルギーを注いでいる。しかしコムスンでは利益追求が第一でそういった点をどのようにとらえていたのか・・・」云々。

プラクティショナーという仕事も全く同じだと思いました。コンサルの技術よりも(そもそもコンサルの技術ってなんだ?ということもありますが)むしろ技術を提供する人(=プラクティショナー)の心がとてもとても重要なんです。だからプラクティショナーという仕事をしていくのならば、必然的に自分自身の人間性と向き合わざるを得ないでしょうし、そこには葛藤や苦しみもあるでしょうが、それが良いプラクティショナーへの道なんですね。
そして自分自身の人間性に向き合いその成長をサポートしてくれるのがオーラソーマなのですよ。だから私は、少なくともオーラソーマというツールを使ってプラクティショナーをしていこうという人ならば「オーラソーマを日常生活に取り入れてください。ボトルや製品を使ってください。オーラソーマを通してまずは自分と向き合ってください」とシツコク言うのですよ〜(苦笑)。

そのことが分かっているプラクティショナーさんは、言われなくても進んでオーラソーマの学びを深めているのだと思いますが、個人の自主性を尊重するだけではなく規則として「もっと学んでね」という方向に変更しなければいけないというのは、ティーチャーとしての私からすると少し寂しいことにも感じる今日この頃です。
水晶の月11日・KIN7青い共振の手[6月9日(土)] ね、眠い・・・!

持病の偏頭痛は、私の場合1年半に1度くらいしかその症状が出ません。その代わり1度症状が出始めると、1ヶ月ほどの間毎日続くのです。
最初は19歳のときでした。それ以来の付き合いだから随分長いわね。

どういうときに偏頭痛が出るか考えてみると、まず言えるのはストレスが溜まっているときです。それは間違いない。では私はどんなときストレスが溜まるのか・・・分かるような分からないような・・・でもそれが今日なんとなく分かった気がしたんです。

でもあまり詳しくは語れないのですよね、すみませんが。これからやろうとしていることに関係しているので(なんのこっちゃ分かりませんね、すみません)。

私は、クリエイティブさがなくなると途端にストレスが溜まるのです。エネルギーが流れていることが大事で、動きがなかったり淀んでいたり溜まっていたりすると、魚のように酸素不足で死ぬ〜になるのです(笑)。なので、あることを実行してみようと思いました。

それは今年になってから、いろいろな人にやれやれと言われながら手をつけずにいたことです。自分でもやりたくないわけじゃないんだけど、なんだか動いていなかったのです。意識化ではすでに動き出しているのは分かっているので、意識上の自分との間にどんどんギャップが出てきて、それがストレスなのかもしれません。

偏頭痛の影響でもう2週間近く横になって寝ていないから、眠気が溜まっているみたい。眠い〜、なので今日はもう寝ます。みなさまもストレスには意識的でいるのが大事ですよ(自分ができてないから説得力がないなぁ、苦)。
水晶の月10日・KIN6白い律動の世界の橋渡し[6月8日(金)] サービス精神

またしてもダウンタウンの松ちゃんの話ですみません。

松ちゃんはよく自分で「僕は天才だから」的なことを言います。そういうのを聞いて不快な気分になる人もいるんだろうけど、私はならないのです。
私が松ちゃんファンだからならないわけではありません(私って盲目的に誰かを好きになることがないんです、いいのか悪いのか分からないけど)。不快な気分にさせずにそういうことを言える人だから好きなんです。

でも、そういうことを誰が言っても不快にならないわけでもありません。言う人によってはめちゃくちゃムカつきます(笑)。じゃあ何故松ちゃんの場合は不快にならないのか・・・?
先日松ちゃんが「浜田はサービス精神がないところが嫌いだ」と言っていました。それを聞いて理由が分かったのです。松ちゃんの我褒めは松ちゃんなりのサービス精神なんですね、きっと。

私が考えるサービス精神とは単純に人を笑わせることだけではありません。サービス精神旺盛な人は世の中にたくさんいるでしょうが、中には自分本位なサービス精神を持っている人もいます。そして思いやりのあるサービス精神を持っている人もいます。松ちゃんは確実に後者です。彼の発言を聞いていて、言っていることとは裏腹な聞き手への優しさが感じられるから不快にならないのです。
そういうのを聞いて不快になる人には「もっと松ちゃんの深いところを見てあげて」と言いたくなる(笑)。まあ、誤解されやすい人なんだろうなーと勝手に推測するのですが、昨日の日記にも書いたように私は複雑な人が好きなので、むしろそういう感じが良いんですよね。

松ちゃんは自分のことを思いやりがある人とは口が裂けても絶対に言わないでしょうねー。その代わりにサービス精神がある人と言うのでしょう。でもこのふたつは同じことのような気がします。分かるわー、自分もそうだから。
私ももし誰かに「あなたは思いやりのある人」と言われても(もちろんうれしいのだけれど)困ると思います(苦笑)。「分かるけど(←分かるのかよ!とひとり突っ込み)ちょっと違うんだよなー」って。でも「サービス精神のある人」と言ってもらえたらものすごくうれしいし素直に受け取れます。

思いやりのある人と言われなくてもいいけど、サービス精神のある人とは言われたい。それは私にとっては同じことですし(でも違うんだけど)、それが私流の優しさの表現でありたいのですね〜。
水晶の月9日・KIN5赤い倍音の蛇[6月7日(木)] ヘンリー・ダーガー

ようやく行けました「ヘンリー・ダーガー展」
2年前に版画家の友人に大推薦されて初めて知り、彼女が良いと言ったアーティストは間違いなく良いので、早速画集を購入したのです。で、案の定私も大好きになってしまって日本で展覧会やらないかな〜と心待ちにしていたのですが、7月まで品川の原美術館でやってますよ〜。

精神障害者の造る芸術作品をアウトサイダーアートと呼びますが、彼らのオリジナリティ溢れる独特な世界はとてもインパクトが高く、なによりも溢れんばかりのエネルギーに満ちているのがとても興味深いのですよね。彼らの描く夢のような世界・・・のはずなのに、生きているエネルギーに溢れている妙なリアリティが、障害者ではない私から見ると妙に捻じ曲がった空間に見えるのです。でもそうなると、現実って何を持って現実というのだろうかと思います。彼らにはあの捻じ曲がった空間が現実なんだろうしな。

ヘンリー・ダーガーもアウトサイダーアーティストのひとりとされています。普通の社会生活が営めるほどではあったけれど、極端に孤独な人だったらしいです。病院の皿洗いの仕事をしながら生涯友人らしい友人もなく天涯孤独の身で
、毎日同じ時間に仕事に出・同じ時間に帰宅し・日曜日の朝は必ず教会に出かける生活を死ぬまで続けていたそうです。
だから彼が死ぬまで彼の部屋に入った人もいなかったから、死後アパートのオーナーが遺品の整理のため部屋に入り、膨大な量の絵を発見するまで、ヘンリーが絵を描いていたことは誰も知りませんでした。

ヘンリーの絵は人に見せることを前提とした絵ではないからかっこつけもへったくれもあったものではありません。遠慮なく本当に自由で誰の真似でもない世界がそこには広がっています。彼の一連の絵のシリーズはその名も「非現実の王国」と名づけられていたと言います。

ヘンリーの絵は、色使いが天才的だとか構図のセンスが素晴らしいとか言われますが、私はとにかくその圧倒的な生命力とでもいうべき迫力とパワーに驚きました!
そしてとても親しみを感じました。私の中の一部が求めてやまない(けど分別みたいなもんがそれを止めている)世界を彼の絵はむき出しにしていて、私の中の知られざる一部を刺激するのです。「目覚めよ!」と言われているよう。

これはレッドの感覚で、レッドにはグランディングとか現実的などのテーマがあります。非現実な世界を生きたと言われるヘンリーの絵からそんなこと感じるなんて妙かもしれませんが、でもそんな感じなのです。単に現実的な意識を持って生きることだけが「目覚め」なのではないということが、よく分かります。レッドの目覚めとは現実的に生きるというレベルの話だけではなく、自分自身をありのままに恐れずむき出しに出来ること・・・そもそもむき出しにしようという意識すらない状態のことです。

私は複雑な人が好きですね〜。
水晶の月8日・KIN4黄色い自己存在の種[6月6日(水)] 嘘がつけない

「オーラソーマをやっていると自分に嘘がつけなくなってくる」と、よく聞きます。そうでしょうね〜。だってオーラソーマはその名もイクイリブリアム(=均衡を取るという意味)だもん。本来の自分自身へバランスをとるためのものなのだから、嘘をつかなくなる=自分に正直になるのも自然なことですよね。

嘘がつけなくなるというのは感情や精神的な部分に限りません。肉体的にもどうやら嘘がつけなくなるようです。

この半年ほど時々顔にアレルギーの湿疹が出てしまいます。特に甘いものを大量に食べると出てしまうのです。前にこの日記にも書いたけど、そのことがあってから大好きだったポッキーを絶っています。ポッキーだけじゃなく、チョコフレークや麦チョコももう長いこと食べてないな〜寂しい。
更にここへきて、長年使っていた化粧品も合わなくなってきたらしく、やはり顔に湿疹が出てしまうので、化粧品を変えざるを得なくなってしまいました。私は元々肌が弱いのですが、ケミカルなものが多少入っていても前は大きなトラブルにはならなかったのに、最近はダメ。なんだか反応してしまうんです。
更に更に洋服生地にも反応するようになってきてしまいました。ものによっては着た途端肌がかゆかゆになっちゃうのぉ、困ったものです。これは布ナプに替えてから特に顕著になってる気がする。そんなだから先日も「まずは直接肌に触れる下着からだわ」と、オーガニックの下着をネットで探しまくりようやく可愛いのを見つけて購入しました〜。オーガニックの下着って可愛いのが少ないよね(笑)。

そんな調子で、食べ物や化粧品・洋服など日常の身近なものを、オーガニックなものに総とっかえしなければいけなくなっています。「オーガニックの方が良い」ではなく「オーガニックでなければ合わない」になってきている・・・。心だけでなく体も嘘をつけなくなっているのです。

でもこれは良い傾向なんだと信じています。今はまだ以前の習慣が残っているからいろいろとトラブルが出て正直しんどいときもあるのですが、こんなことでもないといつまでも体に良くないものを身の回りに置き続けていたと思いますもん。
この数ヶ月で変えたものリスト→歯磨き粉・歯ブラシ・洗顔料・化粧品類・シャンプー・ボディシャンプー・ナプキン・お菓子類・水・下着・などなど。でも少しずつ身の回りのものが、自分にとって本当に合っていて心地よくなっていく様がとても良い感じですね〜。
水晶の月7日・KIN3青い電気の夜[6月5日(火)] グランディング一考

先日行った箱根神社と元宮の画像をブログにUPいたしました。よろしかったら見てくださいませ。


最近「グランディングってなんだろう?」と、よく考えます。そしたらある生徒さんからまさに「グランディングってこういうことか!」と思わせる内容のメールが届きました。
その方は今レベル2まで終えているのですが、レベル1と2を受けたときの違いについて、自分と一緒に学んでいる受講生の方も、レベル2ではオーラソーマに対する意識がより高く更に本気で取り組んでいると感じて、「やはりレベル2ともなるとみんなオーラソーマに対する意識がさらに違うんだな」と思ったそうです。1のときは今思えばオーラソーマを学んでいるという事実が自分ではまるで夢の中にいるような感じだったのが、そういう周り人達の影響もあってレベル2ではより現実的になってきたと言うのです。学べば学ぶほどオーラソーマの奥深さを実感するし、だからもっと自分の中にオーラソーマを根付かせたい。だからレベル3も受けたいと・・・。

オーラソーマに限らないことだけど、なにかを学び進めるということはそれをさらに深く学ぶことでありますが、ということはより自分の中にそれを根付かせることでもあります。根付くことによって日常の中にそれを生かすことが出来る・そのとき初めて学んだことが生きてくる・つまりそれがグランディングです。グランディングって生きてる自分を実感するってことだもんね。
オーラソーマの場合学び進めれば進めるほどスピリチュアル度も高まってくるのですが、天に近づくほどに実は地に近づいていることに気づくのがオーラソーマのレベル3コースかしらね〜(笑)。


さっき、以前私がマイク・ブースから受けた授業のノートを見返していたら、マイクがグランディングについて話していた部分にちょうど目が留まりました。マイクがそんなことを語っていたことはすっかり忘れていましたが、「これっていつも私が生徒さんに言ってることと同じじゃな〜い」と思いまして(笑)、ここにもう一度書いてみますね。
「グランディングとはどのように成されるのか?」→「実践すること・日々の暮らしの中に取り入れること〜(具体的には)注意を足に向けること・呼吸に意識を向けること・レッドポマンダーを使うこと」

グランディングできると何が面白いって、頭の中で考えていることと現実が重なってくるところです。「思ったことが現実になる」とか「願いが叶う」とかって、グランディングの結果なのではないかしらん。でもそれって生きてる中で最高のギフトよね。
水晶の月6日・KIN2白い月の風[6月4日(月)] 勇気と信頼

今の私にぐっとくる言葉を聞きました。

「悲しみとは、Viveka(識別)が曇っていることを意味します。Vivekaとは、すべてが変化している、ということを知ることです。あなたの身体、感情、周りの人々、世界―すべてが変化しています。何度も何度も、この現実に目覚めなければなりません。
あなたは、変化を恐れています。安定したものに安心を感じますが、変化は様々な領域において避けられないものです。人生を向上させるためには変革が必要だと分かっていても、あなたは古いパターンの中にいて安心しているのです。必要な時はいつでも、変革を実行する勇気を持たなければなりません。そのプラス面とマイナス面の価値を見極めなければなりません。それがあなたに、短期的な喜びをもたらすけれども、後には悲しみとなるものなのか、それとも、短い苦しみがあるけれども、長期にわたる喜びとなるものかを、理解しなさい。人生は、変化と不変が組み合わさったものです。ですから、あなたの知性を使って、変化が必要だと感じれば、勇気を持って変革を実行しなさい。」 by シュリシュリ

38番のバイオレット/グリーンのボトルの名前は「吟遊詩人・識別」です。
内側にある真実(グリーン)とちゃんと繋がっていれば、いつだって世界は秩序だっていてシンプルです。でもそれは安定しているということではなく、むしろ変化していることを知っているという状態なのでしょう。自然の木々が日々刻々とその色を変えつつ常にそこに在るように、自然の一部である自分も変化しながら存在し続けます。
時間というものを長いスパンで見てみればこの世に変化しないものはないのですが、一瞬という時間の中ではすべては不変です。しかし時間とは一瞬の積み重ねではないかしら。だとしたら、さて?私たちは変化する存在なのでしょうか?それとも不変の存在なのでしょうか?

まあ小難しい話はいいとして、私は今変化が必要だということは分かっているのです。古いパターンがあって、それがもう古いものだということまでは分かっているのです。だから、あと必要なのはそれを変える「勇気」なんですよねー。だから66番を使ってるんだろうな。66番のテーマは「人生はステージだ」です。

現実に起きていることが全て台本通りなんだとすれば、結末の分かっている映画を見るようなもので、なにも恐れることはないですもんね。ただね、「結末の分かっている映画を見るなんて面白くないじゃん!」という意見もあるでしょう。確かにそうよね。だからこういうことだと思うんです。
エンディングがどういうものかは決まっている。人によって違いだろうけど、とにかく自分にとって最高のエンディングであることは間違いないんです。でもエンデイングまでにどんなことが起きるのかはアドリブなんです。その瞬間瞬間に決められるんです。
となると、最高のエンディングに必ず行き着けるという「信頼」が大事ですよね。それがあれば勇気を持てるし恐れはなくなります。だから「勇気」と「信頼」はとても密接な関係があると思います。
これってどちらもブルーのテーマだな〜。バイオレットもグリーンもブルーを含む色だし。・・・あ、そうか!今日2本目に選んだのは50番のペールブルーでした!そういうことだったのか!←ひとりで納得しちゃいました
水晶の月5日・KIN1赤い磁気の竜[6月3日(日)] 新サイクル始動!

この1週間ほど持病の偏頭痛が出てしまっていて、ちゃんとベッドで横になって寝られません。私の偏頭痛は体を横にすると痛くなるので、今はソファの背もたれによりかかるような形で寝ています。夜行バスで毎日寝ているような感じなので熟睡できないし、夜中に何度も目が覚めてしまいます。う〜辛い〜。
そんな調子で常に眠い今日この頃なので、さっきテレビを見ながらついうたた寝して、いつのまにかソファに横になってしまっていました。1時間ほど横になっていたようです。頭痛で目が覚めたのです。「やばい!きた!」。
偏頭痛の痛みはひどいときは吐いてしまうほど激しいものです。最初はわずかな痛みでも、放っておくとずんずん痛みが増してくるのですよねー、恐ろしい。
なのですぐにソファから起き上がって寝室へ戻り、まずはロイヤルブルーのポマンダー(以前はバイオレットを使ってたけど最近はこちらがお気に入り)。これでおさまると楽なのですが、今回はおさまらなさそう・・・。そこで次に使うのは「いざというときのフィジカルレスキュー」です。こめかみから第三の目のあたりとサイキックゲートも忘れずにたっぷり塗って、あとは瞑想に入ります。そのときによって違うのだけど、今回は呼吸にのせて吸う息とともにロイヤルブルーの光をハートから入れて、吐く息とともに痛みをサイキックゲートから体の外に吐き出しました。そして何故か?ベースチャクラとクラウンチャクラを繋いでみました。するとみるみるうちに2,3分で痛みが消えて無くなったのです。
ああ、もうフィジカルレスキューさまさまだわー。なんといっても薬に頼らなくて済むのが、最近体に負担がかかるものに更に敏感になっている私にとってはうれしい〜。

今日からツォルキンの新しい260日サイクルが始まりました。260日後はG暦でいうと来年の2月17日です。この260日・どんな260日になるのでしょうか?
とりあえず今日のKINナンバーの1番ボトル(=フィジカルレスキュー)を、図らずも使ってしまった私ですが(笑)。

昨日から公開された映画のおかげで、松ちゃんや武のインタビューなどを目にする機会が多いのですが(ふたりとも好きなのでつい読んじゃうのです)、ふたりに共通するものがまさに今の私に必要なメッセージなのですよね。それがなんなのかはここでは言いませんが、今回の260日サイクルではインカネーショナルスターの強化と○○(←ここは言えない)を復習(確認)しておきたいですね、次のステップを確実なものにするための準備として。
例えば、大事な会議の前日に必要な書類にもう一度目を通して確認するような感じかな。この260日は、私にとってはそんなサイクルになりそうです。
水晶の月4日・KIN260黄色い宇宙の太陽[6月2日(土)] ツォルキン1周

今日で260日のツォルキンのサイクルが終わります。私のイメージでは今回のサイクルはペールイエローなかんじで、明日からのサイクルはペールターコイズかペールブルーなかんじがします。ツォルキンを意識することを通してますます上野香緒里としての上野香緒里を手放していくのかな〜。いけると良いな〜。

今日公開の映画のプロモでダウンタウンの松ちゃんが番組でしゃべってるのを聞いていて、僭越ながら「私と同じこと考えてる〜」と思うことがたくさんありました(もともと、松ちゃんと私は同じ系統の人間だと思ってはいますが)。
「本当は自分はぐうたらでなんにもしたくない人間だけど、まあもうちょっとやってみますかぁ」
「(今後監督になっていくのかお笑いを続けるのかは)自分が決めることじゃない」←かといって吉本のお偉いサンが決めるという意味でもない
「もし自分が結婚しても、陣内みたいな派手な式はずぇ〜ったいに!やらん!」
などなどの松ちゃん語録に、何か同志的な共感を覚え深くうなずく私でした(笑)。
早くたけしと松ちゃんの映画を見たいわ〜。

私の場合は生きてゆくのに「笑い」のエッセンスはぜひあって欲しいものです。だからお笑い番組もお笑い芸人さんも大好きです。彼らのおかげで私は何度人生のピンチを乗り越えてきたことでしょう(大袈裟じゃないの)。今日の夜は勉強会でしたが、終わって生徒さんを追い返すようにして帰宅したのは、「人志松本のすべらない話」が見たかったからです(生徒さん、許して・・・)。面白かったよー、キム兄の菊池の話。

ここで私もすべらない話をひとつ。

最近は物騒な事件が多いせいか、地下鉄の車内アナウンスで車掌さんが名前を名乗ることも多いですよね。昨日地下鉄に乗っていて、私は座って本を読んでいたのですが、車内アナウンスで「この電車は半蔵門線各駅停車・中央林間行きです〜。ただいまの運転手は小木・車掌は矢作でご案内いたします〜」と、たしかに言ったんです!私が思わず顔を上げると、数名の(主に若い)お客が携帯をいじっていた手を止めて、私と同時に顔を上げました。目が合ってお互い「(オタクもそう思った?)」と、一様ににやりと笑いました。もちろん偶然でしょうが可笑しかったです〜(すべっていたらごめんなさい)。
水晶の月3日・KIN259青い水晶の嵐[6月1日(金)] 色の波動を体で感じる

昨日は私のツォルキンバースデーでした。スケジュール的には昼間仕事をするいつもの1日(あ、でも夜はクレイジーケンバンドのLIVEに行ったけど by Zepp Tokyo)でした。が、心の中はなにかざわついている感じがしました。嵐が巻き起こっているようなかんじ。でも昨日はまさに夕立と雷雨で嵐のようでしたよね。
しかしよーく心の中を見ていくと、もっと深いところでは静まり返ったような静寂があるのも分かりました。
13の月の暦が3次元的な時間の流れを現すのに対して、ツォルキン暦は4次元的な時間を表します。その静寂は4次元的な時間の中にあるかんじでした。4次元世界って言葉で説明できない世界ですので、これ以上表現できないのがもどかしいですが(それとも単なる私のボキャ不足か!?)。

ついでに私の勝手な見解ですが、オーラソーマでいうヒュー(色相)の違いは13の月の暦の3次元的世界観に近くて、クリア〜ディープマゼンタ(明度)の違いはツォルキン的な4次元的世界観に近いような気がしています。座標軸がそれぞれにあって、その交点に自分が立っている感じ。

今日、自分に合う波動の色を見つけるというセッションを受けてきました。そのやり方がとても面白かったんです。

部屋に入ると、テーブルの上にたくさんの色の布が4つのグループに分かれて置かれていました。イエローベースで彩度の高いグループ・イエローベースで彩度の低いグループ・ブルーベースで彩度の高いグループ・ブルーベースで彩度の低いグループの4つです。ぱっと見で私は、ブルーベースで彩度の低いグループが一番好きだし自分っぽいと思いました。
セッションでは、まずいきなり目隠しをさせられます(色のセッションなのに)。そして、それぞれのグループの布を肩や頭の上にあてて体の感覚の違いを体感するというものでした。もちろん、今どのグループの布をかけているのかは教えてもらわずに感じてみるのです。

面白いもので、はっきりと違いを感じるのですよね〜。あるときは暖かさを感じたりあるときは重さを感じたり、暗い感じがしたり当ててる気がしないほど無感覚だったり。
布を当ててる気がしないほど自分に同化しているのがあって、それが一番自分に合ってると思ったのですが、いざ目隠しをとってみて、やはりそれが最初に自分っぽいと思ったブルーベースで彩度の低いグループでした。わーい、当たったよ(当てものじゃないけど、笑)。
そのグループの布を当ててるときは、あまりにも同化していてまるで空気みたいで、自分が裸になったようでした。好きとか嫌いとかいう感覚じゃなかったんですよね。でもそういう感じってオーラソーマのソウルボトルに近いかもしれません。

知人が、盲目の方に手触りで色を楽しんでもらうというイベントを企画したことがあります。同じ素材のタオルを何十色にも染め分けてそれに触れてもらうというものだったそうですが、みんな色の違いをちゃんと感じてくれたと言っていました。でもその感じ、分かります。
人間は視覚以外に皮膚からも色を知覚しているというデータもあるそうですし、単に顔色に合う合わないだけじゃなく、自分のオーラの波動に合う色があるんですね。