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水晶の月1日・KIN257赤い惑星の地球[5月30日(水)] 面白すぎるーーー

今日から66番ボトルを使い始めようと思います。
数日前のショックがあったときに2本目に選んだのは67番のマゼンタ/マゼンタで、ものすごい勢いで1晩でほぼ使い切ってしまいました。それでかなりヒーリングされたと感じているのですが、昨日今日と2本目に67番は(気にはなるけど)選ばず、66番のペールバイオレット/ペールピンクを選んでしまいます。この人(=ボトルのことです)なら今の私の頭を優しくナデナデしてくれそうで(笑)。甘えさせてくれそうで。そして、今の私に必要な気づきを与えてくれそうで。でもこれもシェイクカラーはマゼンタだもんね。

昨日までのスペクトルの月に使っていたのは14番のクリア/ゴールドでした。ちょうど月が変わるときに使うボトルも変わりました・・・・・・あれ?じゃあ、先月以前はどうだったかしら?そういえば66番は少し前にも使っていたなぁと思い、今年の各月に使っていた主なボトルをさかのぼって調べてみると・・・。

水晶の月・・・66番(ペールバイオレット/ペールピンク)
スペクトルの月・・・14番(クリア/ゴールド)
惑星の月・・・47番(ロイヤルブルー/レモン)
太陽の月・・・46番(グリーン/マゼンタ)
銀河の月・・・66番(ペールバイオレット/ペールピンク
共振の月・・・66番(ペールバイオレット/ペールピンク)
律動の月・・・76番(ピンク/ゴールド)
倍音の月・・・31番(グリーン/ゴールド)
自己存在の月・・・51番(ペールイエロー/ペールイエロー)
電気の月・・・51番(ペールイエロー/ペールイエロー)
月の月・・・52番(ペールピンク/ペールピンク)
磁気の月・・・17番(グリーン/バイオレット)

面白い!面白すぎる!!!
これらのボトルを実際に1列にずらっ並べてみて眺めていたら、今年の自分のチャrンジがものすごーーーーーーーーーーーくクリアに見えちゃいました!そして今何故66番なのかも分かってきました!

それがなんなのかはあまりにも個人的なことなので言えませんが、その月のテーマと使っていたボトルのテーマ・13の月の暦的な1年のウェイブスペルの流れと使っていたボトルの変化の流れ。そしてダイアリーに日々記していた自分の内面の変化。これらが見事にはまったのです!

ちょっとー、ちょっとちょっと!
オーラソーマと13の月の暦をやってるみなさん!そしてボトルを使いダイアリーをつけてるみなさん!今年も残り2ヶ月。そろそろ振り返ってみるのも面白いかもしれませんよ〜。私はこれをやってみて今年を振り返ると同時に、残り2ヶ月何を意識して過ごそうか決めることができそうです。

スペクトルの月28日・KIN256黄色い太陽の戦士[5月29日(火)] NOの学び

スペクトルの月の最終日。今月は良いこともそうでもないこともいろいろあったので、気持ちを整理すべく久しぶりに大天使カードを引いてみました。

それによると、「あなたが何をすべきかはあなたの内なる智恵が知っているのです。そこと繋がっていれば混乱することはないのです」だって。まさに今月使っていたゴールドだわ。
更に「今はただ自分に優しくしてあげてください。優しい音楽を聞くなどしてあなたのスピリットが再び元気になるまで休ませてあげてください。今すぐ結論を出さなくても良いのです。」だと。これってマゼンタじゃないぃ?

今月は誰かに対してNOを言う機会が本当に多かったです。日頃NOを言うのがニガテなわたしなので、それはそれは疲れました。何故ニガテかというと、NOを言うことで自分も相手からNOと言われるのが怖いからです。そして最後には自分が誰かにNOを言われちゃった、やれやれ。

しかしここで学んだのは「NOには、肯定的なNOと否定的なNOがある」ということです。NOと言えば、すべて否定だというわけではないということです。相手の行為や言動を否定しても、相手の存在を肯定していることがとてもとても大事だということ。そしてもちろん、どんなときでも(誰かに否定されても)自分自身の存在を肯定していることが一番大事なのです。

NOと言うことで自分も相手にNOと言われるかも知れないという恐れの気持ちのもっと深いところで、根底には絶えず流れている「愛」(それ以外に言いようがない)に繋がることができれば、おのずと自分が何をするべきかは決まります。今の状況がどんなものであろうと、そこに愛をもたらすことができるのです。そこに気づいていれば傷つくことはありません。もしくは傷ついたものを癒すことが出来るのです。

もし相手がそこに気づいていない人だと、その人はそのときは傷つくかもしれません。しかし、その人が根底に流れている「愛」に気づくためのきっかけを与えることができるのです。もしいつかその人が根底に流れる「愛」に気づくことが出来たら、そのときその傷は癒えるでしょう。

マゼンタってすごい色だよ〜。自分をこんなに愛おしく思えるのは久しぶりだもん(笑)。
スペクトルの月27日・KIN255青い銀河の鷲[5月28日(月)] やっぱりまずは自分への愛!

昨日のショックから一夜明けて随分復活してきました。昔も今もすぐ落ち込む性格は変わらないけど、オーラソーマを始めてから、復活するまでの時間はすごく短縮できるようになってきました。

昨日2本目に選んだマゼンタのボトルを今すぐ使いたくて持ち帰り、お風呂上りに素っ裸の状態でボトルを前に正座です。そしてボトルに向かって「よろしゅうお願いいたします。ではいざ!」と、気合を入れてまずは左手でシェイク。しかし内なる自分に従って感じたままにふるまっていると、なかなかシェイクする手が止まりません。もうとっくに混ざっているのにいつまでもいつまでも振り続けてしまうのです。よほど強く共鳴させたいのね。
ようやくシェイクする手が止まり、さてどこに塗ろうかとまた内なる自分に任せてみると、まずはお腹のあたりに塗り始めました。次はハートのあたり。次は肩から首にかけて。そんな調子で腕から足から顔から頭の中まで全身塗りたくってしまい、それでも足りなくて重ね塗りしてしまいました。気づけばボトルの中身があと5ミリくらいしか残ってません。すごい勢いで使ってしまいました。

こういうことがあると、やっぱり自分は今ヒーリングが必要なんだなとよく分かります。でもボトルを使ったおかげで今日は随分復活できたんだと思います。

最近、愛という肯定的なエネルギーとそれとは別の否定的なエネルギーが、交互にやってきます。そしてその差がものすごくはっきりと感じられます。それは自分の身近なところのものだけではなく、テレビや新聞からも感じられるのです。どちらが良いかは言うまでもありません。

そして今とてもうれしく思うのは、私を否定した人のことを恨んだり憎んだりする気持ちが今の私の中にほとんどないことです。

私もその出来事で傷つきたくはなかったけど、傷ついてしまいました。でも今は、その傷に愛を与えて自分を癒してあげたいのです(だからマゼンタのボトルを使わずにはいられなかったのでしょうね)。何故って、ここできちんと傷を癒せれば相手を恨まなくて(否定しなくて)済むからです。相手を否定しなくて済めば、カルマとなって残ったり報復の連鎖となって残らずにここで終わらせることが出来るのです。
「目には目を」方式でやられた相手にやり返せば、自分のエゴは満足しますが本当の意味では幸せにはなれない。唯一幸せになる方法は、受けた傷を愛によって癒すことです。
数日前の日記に書いたラーメン屋のおばさんから受けた親切。あのときの暖かい気持ち(=おばさんの愛)を思い出すだけで、今回私を否定した人のことを否定する気持ちが消えてゆくのです。これってすごいことですよねっ。

誰かにしてあげたことが恩を仇で返すような形でしか戻ってこなくても。理由もなく誰かに否定されても。誰かを否定しなくて済むように、そんなときこそ自分に愛を与えてあげたいです。これは相手を否定しないように自分の気持ちを抑えて我慢することじゃありません。誰かを否定している自分を否定したら意味がありませんから。
あああ、まさにマゼンタだわ〜。


明日でスペクトルの月も終わりますが、なんだか激動の1ヶ月でした。小さな愛や小さな怒りをたくさん感じた1ヶ月。もちろんそれらはいままでだって日常の中で感じていることだけれど、今月はよりはっきりとひとつひとつの出来事を貴重なものとして体験させていただきました。
スペクトルの月26日・KIN254白い共振の魔法使い[5月27日(日)] キツいなぁ

今朝ものすごーくショックなことがあり、今も足が宙に浮いてしまった気分です。今日はコース最終日だったのに意識をコースに集中することが難しくて、最後がバタバタになってしまった・・・生徒さんごめんなさい・・・。

あまり詳しいことは言えませんが、やっぱりどういう形であっても誰かに否定されるのは辛いものです。一気に自信も元気も失ってしまって、もう誰にも会いたくな〜い・人に会うのが怖〜い気分になってしまいました、ふう。
こんなことがあるたびにイチイチ傷ついている場合じゃないのかもしれません。でもこの打たれ弱さが私の性格なんですよね。

ものすごーくヘコんでいる一方で、「こういうときってどんなボトルを選ぶのかしら」と興味津々の私。早速仕事終わりに4本選んでみました。
「やっぱりこういうときは、ショックボトルのオレンジとか選ぶのかな」という予想は見事にハズれて、2本目に選んだのは久しぶりのマゼンタでした。う〜ん、マゼンタか。

そうはいってもまだ全然そのことについて考える余裕はありません。頭の中はショックでいっぱいです。今日ははもう寝たほうが良さそうです。

しかし!こんなときに限って(こんなときだから?)、この数日ある理由により眠れないのです。眠れるのはせいぜい4時間くらいかな〜あとはウトウトするくらいで・・・とほほ。睡眠命の私なのにこれじゃぁ余計に仕事に集中できないよー(涙)。

重なるときは重なるのですよね。くぅーーー、キツい。
スペクトルの月25日・KIN253赤い律動の空歩く者[5月26日(土)] またしても布ナプの話

布ナプ歴約半年の私ですが、その歴史を振り返ってみると・・・。

最初に布ナプを購入したのは1年ほど前でした。ずっと前から興味があって使ってみたいと考えていたけれど、いざ使うとなるとまず使い方がよく分からない。そして洗うのがめんどくさそうだ・・・などの理由で、半年間はたんすの中で眠ったままでした。

重い腰を上げて?使い始めて最初の2ヶ月くらいは、多い日はケミナプで3日目くらいから布ナプを使うようにしていました。布ナプの機能性がどの程度のものなのか心配でしたから(やっぱりもれとか気になるしぃ)
しかし使い始めて、それまで8日ほどあった生理期間がいきなり5日になったことにまずびっくりしました!今のケミナプは吸収力が良過ぎて、必要以上に月経血を引き出してしまうと聞いたことはあったものの、初めて使ったそのときから生理がすっきり終わるようになったのです。それだけじゃなく、かぶれやかゆみやムレもない。普通のショーツを履いているのと同じ感覚だから、使い心地はむしろケミナプよりずっと良い。一番懸念していた洗う手間も、アルカリウォッシュという洗剤を使えば綺麗に落ちます。

やがて慣れてきて3ヶ月目くらいからは、初日から布ナプを使うことにチャレンジし始めました。でもまだ布ナプの下にさらにケミナプを使うという用心深さです。やっぱりもれとか気になるしぃ、笑。でも布ナプって優れもの。多い日用の吸収体の入っているものを使えば、機能性はケミナプと全然変わらないということが分かりました。

そして布ナプの使い方が分かってきた4ヶ月目あたりで、今度は様々なタイプの布ナプを買い集めました。ハンカチ状のタイプやホルダータイプなどいろんな種類やメーカーがあるので、どれが使いやすいか自分に合うものを見つけたかったのです。で、いろいろ試すうちに、「多い日はこのメーカーのこのタイプを使って、夜はこれで少ない日はこれ・・などと、最近徐々に使い分けられるようになってきたのです。楽しすぎる〜。
うれしい誤算は、予想以上に1回の生理の期間がどんどん短くなってきているので、買い集めた枚数を使わなくて済んでしまうところです。

目標は1回の生理中にケミナプを1枚も使わないことです。一番最近の生理では1枚だけケミナプを使ってしまいました。次回は完全布ナプにチャレンジする予定です。

余談ですが、13の月の暦を使い始めてから生理周期がぴったり28日になりました(それまで28日なんてなかったからびっくり)。今年の夏にギリシャへ旅行に行く予定ですが、このまま28日周期で来れば旅行には当たらないなーと思っていたのに、今月少々遅れてしまったんです。旅行まで(多分)あと2回の生理がぴったり28日で来れば当たらないのだけど、また遅れてしまうと旅行に生理が当たってしまいそう。それは困るぅ。

あと2回の生理をぴったり28日で来るようにできるかどうか、これは大きな賭けです(笑)。こうなったら気合を入れて、13の月の暦をもっとしっかり意識せねば。がおー(←気合)。
スペクトルの月24日・KIN252黄色い倍音の人[5月25日(金)] 愛は巡る

夕べの話です(日記なのにその日の話じゃなくていいのだろうか)。

仕事で帰りが遅くなり、しかも昨日は週に一度のお楽しみ「アメトーーク」の日だったので、食事は外でさくっと終わらせたくて近所のラーメン屋さんに入りました(私はひとりラーメンが好きです)。
そこは某有名チェーン店ですがお店も綺麗じゃないし決して美味しいとは言えず、近所の割には滅多に行かないお店でした。

カウンター席の後ろのコート掛けに買い物袋を下げてショルダーバッグはひざに置き、15分ほどでさくっと食べ終わりさくっと店を出ました。「よし、アメトーークに間に合うぞ!」と気は急いているのだけど何故かゆっくり歩いていたそのとき、後方から「すいません」という小さな声がしました。ちょうど逆光で顔が全然見えないのですが、どうも私を呼び止めているようです。ゆっくり戻って顔が見えてみると、さっきのラーメン屋さんのおばさんでした。
(わたし)「はい?」
(おばさん)「あなた忘れ物しませんでしたか」
(わたし)「・・・・・あっ!しました!買い物袋ですね!」
(おばさん)「あ〜やっぱりそうか。よかった〜。私、足が悪いから間に合うかどうか心配だったけど、間に合って良かった〜」

お店からその場所まで50mほど。戻りながらふたりで歩いていると、おばさんはたしかに少し足を引きずっていました。

(わたし)「わざわざすいませんでした」
(おばさん)「あなた家は遠いんですか?」
(わたし)「いえ、すぐ近くです」
(おばさん)「なら良かったけど、遠いのかと思って。もし遠いのだったら取りに来るの大変かなと思って」

お店に戻って荷物を受け取りお礼を言ってお店を出ようとしたとき、おばさんと調理場のお兄さんが笑顔で見送ってくれたのです。なんだかふたりの優しさにじぃんとして、帰り道で泣きそうでした(笑)。

やっぱり人に親切にしてもらうっていいよねー。お店が綺麗じゃないし美味しくないなんて思っていた自分なのに、またすぐにでも行きたくなってしまったよ〜。さらに私も誰かに親切にしたくなっちゃって、帰宅したら珍しくだんなさんがいたので、思わずだんなさんに眉カットしてあげちゃいました。

先日の日記に書いた腹立つようなおばさんもいるけど、やはり自分もできるだけ人に(たとえ見ず知らずの人にでも)親切に接したいと思いました。

ラーメン屋のおばさんの親切は、巡り巡って私のだんなさんの眉を整えさせ、だんなさんを喜ばせることに繋がったわけです。そんなこと当然おばさんは知らないし、もしかしておばさんの家では家族が病気でおばさんは大変な思いをしているかもしれません。それでもおばさんの愛は消えずにちゃんと受け継がれているんですよね。
ならば私がいつかどこかで誰かにした親切も、きっと誰かをシアワセにしているんだわ。無駄じゃないのよネ。

スペクトルの月23日・KIN251青い自己存在の猿[5月24日(木)] ドロシー・マクレーン

昨日の夜、ドロシー・マクレーンの講演会に行ってきました。ドロシーはスコットランドのフィンドホーン共同体の創設者の一人で、御歳87歳の女性です。私は彼女に(本ではなく)直接会うのは初めてでした。87歳には見えない、杖をついていたけれどとても元気そうで頭のよさそうな凛とした人に見えました。

彼女は精霊や天使とコンタクトをとるのですが、若い頃彼女がそういった存在たちとコンタクトをとり始めた頃彼らから言われたことを、今回いくつかシェアしてくれました。それは
「リアクション(反応)ではなく、アクション(行動)しなさい」
「あなたのスケジュール帳を私(=神)の仕事で埋めなさい」
※ここでいう神とは、いわゆる特定の宗教でいうような意味の神ではなく、自然界に存在する人間より高い波動を持った存在のことだそうです。

私は思わず家に帰ってから、自分の今までのスケジュール帳を見返してしまいました(笑)。ここ数年はけっこういいセンいってるような気がしましたよ〜(笑)。

講演会の最後に質疑応答の時間がありました。ある人の質問に対しての答えが私には印象的でした、やっぱりな〜ってかんじで。それは以下のような質疑応答でした。
「(質問者)私もドロシーのようにエンジェルやディーヴァとコンタクトをとりたいのですが、どうすれば良いのですか?」
「(ドロシー)まず言っておきたいのは、彼らはいつだって私たちにメッセージを送っているということです。ただ私たちがそれに気づいて受け取れば良いだけなのです。そのためにはまず、自分の内側にある大いなる源とでもいうべきなにかに繋がっていることが大切です」

興味深かったのは、ドロシーが鮮やかなイエローのブラウスを着ていたことです。
オーラソーマではペールイエローのクツミに、人間以外の存在(植物や動物やディーバや天使等)とのコミュニケーションのテーマがあるし、キリスト教の「父と子と精霊」の見方では、ブルーが父・レッドが子・そしてイエローが精霊を象徴するのです。
やっぱりドロシーは「双方向のコミュニケーション」の人なのねと、ちゃんと洋服の色が現しているのが面白かったですね〜。
スペクトルの月21日・KIN249赤い月の月[5月22日(火)] 宣伝で恥ずかしいですが・・・

ひとつ。
先日の箱根九頭龍神社への旅をブログに画像などUPしました。箱根神社と元宮の方はまだなのですが、取り急ぎ九頭龍神社の方だけUPしてみたので、よろしかったらご覧くださいませ。ブログはこちら

ひとつ。
(13の月の暦的に)今年も残り僅かということで、来年に向けて久しぶりに13の月の暦1DAYセミナーを開催いたします!内容は前回と同じ「基本編」になりますが、(グレゴリオ暦の)7月26日から始まる新年・これを機会に13の月の暦を使ってみようかな〜と、ぼんやり(はっきり、笑)お考え中の方、よろしかったらぜひご参加くださいませ。 セミナーの詳細はこちら

自然のリズムに調和して生きるって心地良いものです。宇宙船地球号に乗って、新しい時間の旅へ船出しましょう〜。

ところで今日はとても面白いシンクロがありました。シンクロが当たり前に起きるのも自然のリズムに同調することの面白さですが、そのことを書きたいのだけどまだ詳細がはっきりしないので、2,3日中には書けるかもしれません。
夕べほとんど眠れなくてとても眠いので、今日はこの辺で終わりにいたします。明日の夜はドロシー・マクレーンの講演会だし。ドロシーはフィンドホーン共同体の創立者の一人です。会うのは初めてなのでこちらもとても楽しみ。

なんだか、宣伝だけで申し訳ありません〜。
スペクトルの月20日・KIN248黄色い磁気の星[5月21日(月)] 筋を通す

昔、とあるヒーリングのコースを受講していたときのことです。
ひとりすご〜く自己中心的な受講生の方がいました。よく質問をするのです。それ自体は全然かまわないのですが、質問がセミナーの内容に関することじゃなくてその人のプライベートに関することばかりなんです。その方はそのとき非常に苦しい時期だったようで、最初はみんな普通に聞いていたのですが、あまりにも質問の回数が多く内容が自分の個人的なことばかりなので、コース何日目かにはだんだんみんなの「(ここは個人セッションの場じゃないんだぞー)」という声なき声が会場内に蔓延するようになっていました。
あるときまたしてもその方が手を挙げ自分のことを質問し始めたとき、それまで温和な雰囲気だったティーチャーが冷静に・でも非常に厳しい口調で、みんなの前でその方を叱ったのです。その方もみんなも(私も)びっくりしてその場がシーンとなり、その方はそれ以降個人的な質問をしなくなりました。おかげでみんなもその後ストレスなくスムースに受講することが出来たのです。

そのティーチャーのことを、「ヒーリングを教えている人がああいう場で怒ることもあるんだね」という人もいましたが、私はああいう場でちゃんと怒れるからヒーリングのティーチャーをやれるんだろうなと思いました。というか、そのティーチャーは感情に任せて怒ったんじゃなくて、筋を通しただけだと思ったのです。その方のためにも他の受講生のためにも(おそらく)自分のためにも、言うべきことを言っただけだと感じたのです。その証拠に、怒られたその困った生徒さんは決して傷ついてはいず、怒られた後もティーチャーとは普通に話していたし、ティーチャーも普通にその人と話していましたから。
私は人を叱るのがニガテなほうなので、そのティーチャーを尊敬しちゃいました。むしろそういうのっていいよなーと思いました。

今、誰かに対してNOを言わなくてはならない状況が立て続けに起きています。

「(決してエゴではなく)筋を通しなさい。そして言う必要のあることをちゃんと相手に伝えなさい。ただし感情に任せて否定的な気持ちをぶつけるのではなく、相手の存在に敬意を持って、そして自分の存在にも誇りを持って、言うべきことを言いなさい。一時の感情よりもっと深いレベルでその状況を見てみれば、そこにエゴではない何かがあるのを見つけられるでしょう」。

自分が損したくないからとか相手がうっとうしいからとかじゃなくて、お互いの関係性にとってベストな道を選択しなさいだってサ〜。
これまた試しなのかもしれません。練習させられている感じです。がんばりまーす。

※これは自分の感情を抑えなさいとか蓋をしなさいという意味じゃないのですよ〜
スペクトルの月19日・KIN247青い宇宙の手[5月20日(日)] 腹立つわ〜

今日、仕事で青山に行った帰りの地下鉄内での話。

車内は、1両に10人くらい立っている人がいるけど座席は満席・・・くらいの混み方でした。
そしてひとりの中年女性が座っていたのですが、彼女の荷物はふたつで、ひとつ(ショルダーバッグ)は膝の上に置き、もうひとつ(ケーキの箱・6個入りくらいの大きさかな)を自分の隣の座席に置いていたのです。なのでひとり分の席がぽっかり空いている格好でした。立ってる人がいるのに堂々と座席に荷物を置いているのです。寝たふりでもしてるならまだしも(ホントはそれも良くない)、普通に目を開けて座っているのでした。

私と一緒にその車両に乗ったおじさんが一瞬そこに座ろうとしていました。おばさんはおじさんが席に座ろうとしているのにぜぇ〜ったいに!気づいているはずなのに(だって目を開けてるし)、目を合わせようとせずまっすぐ前を見据えたままです。そして座席に置いたケーキの箱をどかす気配はありません。おじさんは声をかけてまで席を空けてもらおうとは思わなかったみたいで、空席を求めて(かどうかは分からないけど)隣の車両へ行ってしまいました。

その様子を見ていた私はもう腹が立って腹が立ってもーーー。
そのおばさんの心理を代弁しちゃうゾ、もー。つまりこういうことだと思うのです。「あたいは荷物をふたつも持ってて、しかもケーキは孫たちへのお土産なんだから横にできないのよ。だから座席に置いちゃえ。もし誰かが座りたければそう言ってくれれば譲るわよ。でも言われないうちは置いとこう。だって言わないほうが悪いんだからいいのよ。」
なにが腹立つって、そのおばさん自身自分がなにをしているか自覚しているというところです。自覚しているのに指摘されないからかまわないだろうと思っている、その図々しい根性が許せない。

私は敢えておばさんに向かって「すみません。座って良いですか」と聞くと、おばさんはやはり目線は合わさないまますぐに譲ってくれました。お互いの間に一瞬張り詰めた空気が広がったのは言うまでもありません。

私は心の中でおばさんに向かって「私を、座席の狭い隙間におしりを入れて無理やり座る図々しいおばちゃんたちと一緒にするなよー。図々しいのはおまえの方だ!(でもそれを面と向かって言うほどの勇気と気力はないから)無言の意思表示をしたんだぞー。席を譲ってもらったのは決して座りたかったからじゃないんだからな。」と叫びました。でも同時に「私の今の気持ちはおばさんもお見通しなんだろうな。けど多分この人には全然伝わってなくて、またどこかで同じようなことをするんだろうな」という虚しさも味わっていたのです。ついには「なんで私がこんなことで腹を立てなくちゃいけないんだ。気分悪」と思ってしまって、がっくり疲れました。

こういう日常のささいなストレスが実はけっこう大きいと思うのですよね。そういうストレスがある日爆発して大事件を起こすかどうかは分かりませんが、そうならないためにも日常の小さなことに思いやりの気持ちを持ちたいものです。とは言っても、私も今日の件については完全におばさんを悪者扱いしてるわけです。

はぁ。昨日の日記にかいたばかりなのにまたコミュニケーションのテーマです。1ヶ月くらい前の日記にも書いたダウンタウンの松ちゃんのコメントのコミュニケーションの難しさを、私も痛感いたします。怒りの日記ですみません。。。
スペクトルの月18日・KIN246白い水晶の世界の橋渡し[5月19日(土)] 奉仕とゴールド

奉仕ってなんなんでしょうね〜。今日のコースで生徒さんがシェアしてくれていたことを聞いていて、私も考えちゃいました。

友達の不倫の相談に親身になってのっていたら突然全然違う人と結婚すると言われたとか、知人に頼まれてあることを代わりに手配していたら直前にキャンセルすると言われキャンセル料を払う羽目になったとか。
別に見返りを求めて相談にのったり代わりに手配してたわけじゃないんですよね。頼まれたり相談されれば普通は「なんとかしてあげたい」と思うでしょうからとくに断らないでしょうし。だけど相手にそういうことをされてしまうと、決して気持ち良くないし傷ついてしまったり損した気分になったり。実は私も今ちょうど同じようなテーマで考えさせることがたくさん起きているのです。

そして、その不倫相談の生徒さんとキャンセル料を払った生徒さんと私と、3人とも今ゴールドのチャレンジなんですよね。

他者への純粋に奉仕したい気持ちと、ゴールドの自己価値という部分をどうバランスしていくのが良いのか。自分は誰かの召使ではないわけだけど・・・うーん。私自身が今この辺を課題としてるのでこれ以上はまだ書けません。だから14番なんだよね〜。うーん。
スペクトルの月17日・KIN245赤いスペクトルの蛇[5月18日(金)] ロハスデザイン大賞

アマーリエは定休日がありません。その代わりといってはなんですが、前日までに予約が入らなければその時間が私にとってはお休みになるのです。
今日は午前中が空き時間になったので、思い立って新宿御苑に行ってきました。お目当ては、園内で20日(日)まで開催中の「ロハスデザイン大賞2007」です。
「チーム・マイナス6%」が共催のイベントで、様々なメーカーの様々なロハスな開発や試みや商品が広い園内の芝生の上に点在していて、ゆっくり回りながら見ているだけでも大変お勉強になりました〜。おとといの日記に書いた、まさに「お手本」が見られます。この週末お暇な方は足を運んでみてはいかがでしょうか。新宿御苑って気持ち良いですよ。「ロハスデザイン大賞2007」
ついでに御苑の新宿門近くにあるオーガニックレストラン「ぴーまん」もお勧め。ここの生ジュースは種類の多さとボリュームがすごいんです!

このテのイベントでは最近必ずお見かけするアメリカ元副大統領のゴアさん。ここでも大活躍でした。

私の感覚では、今年に入って急激にエコ関連(特に地球温暖化)のニュースやイベントが増えたと思います。ニュースで取り上げられる数も増えてるし、企業の広告でも、特にメーカー系の製品の広告では本当に増えたよね〜。
ゴアさんの映画「不都合な真実」が公開されゴアさんが来日したのってたしか2月でした。彼の働きだけじゃないのは明白ですが、でも彼の影響は本当に大きいと思います。あるインタビューでもゴアさんは「温暖化防止を推進するのが自分の使命」と明言しています。がんばれっ。

これは本当に個人的に推測することですが、おそらくゴアさんは来年のアメリカ大統領選挙を見越して、あえて今のタイミングで映画や7月7日に開催する大規模なライブなどの計画を進めているんだと思います。
私は筋金入りのアンチアメリカですが、それでもアメリカが世界中に与える影響力の大きさは認めてます、もちろん。だからこそ、アメリカ大統領に誰がなるかは環境問題だけでなく、経済問題・戦争問題などすべての地球・人類全体にとってとても大事なことだと思っています。
ああ、私にとっても(誰にとっても)こんなに大きな影響のある大事なことなのに投票権がないのがもどかしい。・・・だからゴアさんを信頼し彼にそれを託すのですし、私にできることをしてゴアさんに協力することが、間接的な投票のつもりなんですよね〜。

そんな遠い関連性しかないことまで考えるのか、と思いますか?考えるんです!!自分の半径1キロ圏内のことしか考えないから、今いろんなことが大変なことになってるわけです。

あわわ、つい熱くなってカゲキなことを書いてしまったでしょうか。いかんねー。
スペクトルの月16日・KIN244黄色い惑星の種[5月17日(木)] さらばポッキー

もうバカバカバカーーー!これで何回目だろーーー眼帯をするのは!自分の自己管理の甘さに情けなくなります。
目が腫れた話は以前から何度かこの日記も書いていますが、セッションなどを受けて浄化があったとき・そして甘いものを食べ過ぎたとき(特に白砂糖)、翌日にぶわっと目が腫れてしまうのです。この半年ほどそんな症状が出るようになりました。特に今回の目の腫れがが一番ひどくて、眼帯じゃ間に合わず今日は1日じゅうサングラスをかけていました。しかもそれしか持ってないからピンクとイエローのサングラスです。とほほ。いや、とほほじゃないのよ!バカバカ。今日のクライアントさん、大変申し訳ありませんでした。

おととい箱根に行った帰りのバスで大好きなポッキーを1箱食べてしまいました。ポッキーって1箱の中がさらに2袋に分かれてますよね。その日かなり歩いたし体が疲れていたから糖分を体が欲しているのは分かっていたんです。でもポッキーを食べると目が腫れることを繰り返していたのでずっと食べてなかったし、糖分なら果物とかで補給したらよいのに・・・の内なる声を最後の最後で無視してポッキーに手が伸びちゃったんですね〜。1袋目はあっという間に食べてしまい、そこで内なる声は「もう充分」と言っていたのに一気に2袋食べきってしまったんです。悪しき習慣とは恐ろしいものです。

そしたら夕べから目が・・・目がぁ。赤くなるしヒリヒリ痛いし痒くてたまらないし、腫れで顔全体がすごいことになって見るも無残なものです。「このまま直らなかったらどうしよう」的な心細さと情けなさで、悲惨な自分の顔を見られなくて夜中にひとり泣いてしまいました。
毒素を抜くために水をがぶ飲みしお風呂で汗をかきポマンダーやボトルを使い思いつく限りの手を尽くし、最後に(それはもう明け方でした)瞑想しているとき真っ先に浮かんだのは「ごめんなさい」でした。自分が自分に言ってるのね。何の罪もない自分の体が可哀相で(涙)。
これも必然なのか今朝の4:27がちょうど新月だったので、起きているのを良いことに時間ぴったりにソウルメーキングしちゃいましたよ。

そのとき決意表明したのです。「もうポッキーは食べない」って(笑)。

ああ、寂しいな〜。子供時代からの定番おやつ。母にねだって買ってもらったのもいつもポッキー。今でもコンビニで何を買うってポッキーかチョコフレークですもん。
そんな思い出深いポッキーを、ついに卒業するときが来たのかもしれません。大袈裟じゃないのよ、この感傷的な気持ちは。

でもね、実は目が腫れるようになってからもう何度もポッキー卒業宣言をしてるのです。でもそのたびに決意を破ってしまっているのです。意志が弱いよね〜。でももういい加減ホントに止めよう。でも止められるかな。でももうあの悲惨な顔はいやだよぉ。ほんと、ああいうひどい状態を経験して尚食べたいと思ってしまう・・・欲望ってパワフルですね。
スペクトルの月15日・KIN243青い太陽の夜[5月16日(水)] お手本がほしーの

昨日のショートトリップ中に起きた不思議のひとつを思い出しました。

たくさん歩くことは分かっていたからスニーカーを履いていったのですが、このスニーカー・左足の靴紐がすぐにほどけてしまうんです。歩いていると大体10分に1度は結びなおさないといけないのが難点なんです。昨日も家を出てから新宿でバスに乗るまでは、いつもの調子でちょこちょこ結びなおしていました。が、箱根に着きバスを降りてからは一度も紐がほどけなかったんですよね〜。そのことに気づいたのが今日だったので、昨日の日記には書きませんでした。何故今日になって気づいたかというと、今日もそのスニーカーを履いていたのですが今日はほどけたからです。そのとき初めて「そういえば昨日は一度もほどけなかったな」と気づいたのです。面白いね〜。

メディアでは今日も悲惨なニュースが満載。そういうのを見ると「世も末」的な空気になるのも無理はないでしょう。ニュースに出るような人は全体のほんの一部なんでしょうが、そこをクローズアップしてばかりいると多くの人が悪い人のように思えてしまうかも知れません。そうすると、そうじゃなかった人までが知らないうちに悪い人になってしまうかもしれません。実際そういうところからの無意識下における集合意識への影響が大きいんじゃないかと思えてなりません。
もしそうならば、良いニュースをたくさん流すことで逆の効果を得ることも必ずできると思うんですけどね。

「このままじゃいけない!」(←むか〜し早見優が映画のワンシーンでこのセリフを言ってたなぁ)と危機感を煽るよりも、「こうしよう」と具体的なものを提示すること・そしてすでに実行している人の姿をもっとメディアで見せること。つまりお手本を見せることがとても大事で効果的じゃないかと思うのです。
最終的にはすべては個人個人でやらなくてはいけないことですが、そこにモデル(お手本)が目の前にあるほうがずっと簡単だしやる気が出ると思います(何故なら自分にも出来ると実感しやすいから)。

メディアというのは、世の中を良くするためにも「お手本」をもっとたくさん紹介して欲しいと願うのですよ〜。
私はもともと妄想癖はすごいけど(笑)最近そういうアイディアがじゃんじゃん溢れてきて、
「こんなことすると良いんじゃない?」と考えてしまう。こんな私はやっぱりターコイズ。
スペクトルの月14日・KIN242白い銀河の風[5月15日(火)] ほんとうの私の声を聞く練習

先日生徒さんがある本を貸してくれました。そこには、成功の秘訣・幸せになる秘訣・欲しいものを手に入れる秘訣は「ほんとうの自分の声を聞くこと」だと書かれていました。
それはオーラソーマでも言っていることですし(偉大な教師は内側にいる)、スピリチュアル好きな人なら一度は耳にしたことがあるでしょう(笑)。スピリチュアル本じゃなくてもビジネス本などでも、結局言ってることはそのことだったりしますよね。
私も日頃からそれを意識して過ごしていますがせっかく生徒さんが本を貸してくれたのだし、改めて「本当の自分の声に耳を傾けて、それを実行するとどうなるか?」を実践してみました。

昨日の私。まずは自分に「明日どうしたい?」と問いかけると「東京を脱出して緑に触れて気の良い場所に行きたい」と言います。浮かんだのが箱根の九頭竜神社だったので、今日はそこへ行ってきました。
今日起きたことを全部書くと長〜くなってしまうほどいろいろなシンクロがあって、まさに「ほんとうの自分の声を聞き、それを信じて実行する」ことの楽しさと大切さを学びなおしましたね。そうするとスルスル〜と物事が労せずしてスムースに進むんです。

ひとつシェアすると、まずは高速バスで新宿から箱根に着いたとき。予報では今日の箱根地方は晴れ時々曇りで降水確率は10%でした。だから傘なんて持っていきませんでしたし、実際バスの景色も晴れていたんです。ところが着いた途端ホントに絶妙なタイミンングで、雷ゴロゴロ・雨ザーザー降ってきたんです。
「さっそく試しがきたなー」と思い、とりあえず建物の中に入り椅子に座って寝る振りしながら瞑想です。「ほんとうの私は今何を思ってるの?」すると「焦らなくて大丈夫」との言葉がポンと浮かんできました。その言葉を心の中でかみしめていると、あっという間に気持ちが落ち着いてきました。それは、雨がやむことを信じられたんじゃなくて、雨が降ろうと降り止まなかろうとそれで神社に行けない結果になったとしても、「これでいいんだ」と思えると分かったからです。
そんな風にして20〜30分寝たふり瞑想していたら、隣に座って同じように雨がやむのを待っていたおばさんが「あら良かった。空が明るくなってきたわ」の声が聞こえて、私も目を開けたら本当に雨もやみ青空が。
その後神社まで歩いて30分ほどの距離の気持ち良いこと!雨上がりだから一層緑が生き生きと綺麗で空も澄んでいて、鳥は鳴くは虫は飛んでるは、雨が降って良かった〜って感じです(笑)。

そんなことがつつけざまにあった今日1日のショートトリップ。また近日中に写真をUPしますので、よろしかったら見てみてくださいませ。今回行ってきたのは、箱根の九頭竜神社・箱根神社・箱根神社元宮です。
スペクトルの月13日・KIN241赤い共振の竜[5月14日(月)] コンサルってこんな感じ

上手くいったときのコンサルテーション(=クライアントさんに深い部分での気づきや癒しがあった・愛に満ちていた等)がどんな風だったかを振り返ってみて、こんなことに気がつきました。

まず、自分がコンサルテーションをしているときって、同時に4人の自分の視点があるような感じなのです。

ひとりは、クライアントさんのチャレンジ(痛みや悲しみ)に同調していてクライアントさんと一緒に(心の中で)泣いている自分。
ひとりは、クライアントさんのギフト(一番輝いている側面)に同調していてキラキラした目で笑っている自分。
ひとりは、コンサルをしているプラクティショナーとしての自分。
ひとりは、それらコンサルの全体を少し離れた所から客観的に眺めている自分。

最初のふたりの自分は、自分というよりもクライアントさんと一体化してクライアントさんの視点になってる感じです。そして3番目がいわゆる「私」としての自分で、最後のは自分でもクライアントさんでもないような感じ。

この4人の連係プレーが上手くできるほど、コンサルテーションが上手くいくような気がするのですよね。更に言えば、3番目の自分は前に出ないほうが良くて、2番目の自分を強く明確に実感できるほど良い結果になるような気がします。そして、1・2番目の自分はクライアントさんに同調しているほど良い。逆にこれらが上手く出来ていないときほど,、単なる性格診断みたいでコンサルが浅く終わってしまうような気がします。
いずれにしろ、こういう感じって理屈じゃないし計算してるわけでもないので説明しきれないのですが、自分の中で整理するために文章にしてみるとこんな感じかなぁと思うのです。

私は3番目の自分を前に出さないようにするのが一番難しいですね〜。意識していないとつい出てきちゃう、前に出たがりなのよ(笑)。しかし面白いことに、4番目の離れた自分でいるのは比較的簡単なんです。

1・2番目のクライアントさんに同調するのはとても大事だと思うのですが、それはどのようにすれば良いかというと・・・そこでボトルの出番なんですよー。クライアントさんの選んだボトルに同調することは、すなわちクライアントさんに同調することです。オーラソーマのコンサルって、ボトルがあるおかげですごくシンプルで分かりやすいですよねー。だから好きサ。
じゃあどうすればボトルに同調できるのか・・・だからそのためにも日頃からボトル達に親しんでいると良いのよ〜。

まあこんなこと言ってるけどそんなに毎回良いコンサルが出来るわけじゃないから(涙)、あとは日々精進していくだけですよね。頑張らねば〜。
スペクトルの月12日・KIN240黄色い律動の太陽[5月13日(日)] 私たちの背中に羽は生えていないのダ

今日のようなタイトルを書いてしまうと、もしかして一部の方からは「なんでそんなこと言うの。羽は生えてるわ!」とひんしゅくを買うのか、また別の一部の方からは「そんなの当たり前じゃん!」とやはりひんしゅくを買うのだろうかと心配。でもまあいいか。
私としては、「羽は生えてるのよ」という方を否定しているわけではないんです。私自身も羽は生えてると思ってるし、でも一方ではタイトルのように「羽なんか生えてないよ〜」とも思っていて、今日はこっちの考えについて書きたくなったんです。

オーラソーマの製品を熱心に使っているのに、自分は何も感じない・変化もないという人はたくさんいます。オーラソーマじゃなくてもいろんなセミナーやワークショップに参加しているのに、ちっとも変わらないという人もたくさんいる。夢のない話ですみませんがでも現実はそうです。
「同じようなことをしていても、実際に変化する人としない人がいるのはどうしてなんだろう?」というのは、いつも考えていることです。で、昨日その理由についてひとつ発見があったんです。こういうことなんじゃない!?って。

ものを動かすにはそれにエネルギーを加える必要があります。床に置いてある荷物を机の上に動かすには、誰かがそれを持つ(=エネルギーを加える)ことで初めて動かせます。自分や自分の現実を動かすときも同じことで、そこにエネルギーを加えればそれは変化するのですが、現実というのは物体ではありませんから意識の力でもってエネルギーを加える必要があるのですね。「意識はエネルギーを持っている」とは今では科学の世界では常識となっていますから、自分の意識の持ちようで自分や自分の現実を変えられるはず。
そう、そこまでは分かっている、なのになんで変わらないのー・・・と悩んでいる人は多いんじゃないかな〜と思います。私もかつてはそんなひとりでした。

ただ意識を持ってるだけじゃ変わらないのかもしれません。ちゃんと地に足をつけた上で意識を持つから初めて現実が動くんじゃないかと思ったわけです。
だって、宙に浮いてたって力なんか入らないじゃないですか。私たちは人間だから、水の上を歩くことは出来ないし雲の上を歩くことも出来ないわけです。歩けるのは地面の上だけです。地面に足をつけて踏ん張るからモノを動かすことも出来るし、その状態で意識をもってエネルギーを送るから現実というとても現実的なものも初めて動かせるのではないかと思うのですね。

「絵に描いた餅」じゃあもったいないよね。餅は食べてこそなんぼ(笑)。グランディングって、だからやっぱりとても大事なのよー。グランディングしていて初めて、本当に自分は変われるのかもしれません。
スペクトルの月11日・KIN239青い倍音の嵐[5月12日(土)] 忙しいからこそ!

昨日から急に体も心もテンションが下がってしまいました。まるでしぼんでしまった風船のようです。それだけならまだしも、今朝起きたときには頭痛がしてますますテンションさがっちゃった〜。
もともと私は頭痛持ちなところがあります。薬は極力飲まずオーラソーマの製品などでケアするようにしていますが、時には吐いてしまうほど痛いのでそういうときには薬に頼ります。今朝の頭痛は薬を飲むほどではなかったものの、時間が経つにつれ痛みが増してきて、コースだったのですがぼ〜っとしてしまって焦りました。私の場合、頭痛がそのまま首や肩の凝りに繋がり更に頭痛に繋がるという悪循環になりやすく、今日のはまさにそれ!朝は凝りはそれほどなかったのに昼には凝りが酷くて、生徒さんの前であんまり首を回したりするのもなんだしな〜と思いつつ、ぐりぐり回してしまいました。
どうも私はサイキックゲートが無防備?なのかもしれません。

そんなかんじだったもので、朝からピンクポマンダー・ホワイトポマンダー・ロイヤルブルーポマンダーなどを使いまくり、なのにほとんど効いてる感じがなかったのです(涙)。「もうこうなったら」と、昼休みにフィジカルレスキューをサイキックゲートとこめかみと第三の目のあたりに少し塗ったら・・・。多分10分後くらいかな〜気づいたら痛みはすっかり引いて同時に首の凝りも直っていました。良かった〜。

今日ある生徒さんが話していましたが、その方は会社の昼休み中に誰もいない会議室で瞑想してたりするそうです。10分でも良いんだって。でもそれをするようになってから仕事がはかどるようになったらしく残業しなくなったそうですよ。
確かに私も瞑想の効果はよーく実感しています。5分でも良いから瞑想するとしないとでは、内なる平安さ(笑)がまるっきり違う!つまり確実にストレス削減になるのです。別に静かな部屋で座禅を組まなくてもいいのです。電車の中でつり革につかまりながらでも良いのです。

体調が悪いからこそ・落ち込んでいるからこそ・ストレスがたまっているからこそ・そんなときのためのオーラソーマでありスピリチュアリティなんですよ〜。
私自身そうだったからよく分かりますが、忙しいとつい瞑想やらオーラソーマを使うやらといったことが後回しになってしまったり自分の内なる声を聞くなんて忘れがちになったりしますよね。

でもできるだけ忘れないでほしーの。そんなときのためのオーラソーマやセラピーだもの。使ってみて役立ててほしーのよ。
スペクトルの月10日・KIN238白い自己存在の鏡[5月11日(金)] 久しぶりのアラスカエッセンス

今日は起きたときからいきなりテンションが下がってしまいました。別になにがあったわけではありません。何もする気が起きなくて朝ギリギリまでぼ〜っとしていたり、考え事もせずに本も読まずにテレビも見ずにソファでぼ〜っとしていたり。「ぼ〜」ばっかりの1日でした。

まあこんなこともあるけどね〜と、テンションが下がったこと自体はあまり気にはしていません。けど何故こうなったかについては気になります。

昨日久しぶりにアラスカエッセンスのセッションを受けて、自分用のエッセンスを処方してもらいました。
そこでヒーリングもしていただいたのですが、もうセッションの最中からトイレに行きたくて何度もトイレを借りてしまいました。こういうセッションでは良くあることですけどね。で、夕べからさっそくエッセンスも飲み始めています。
そしたら今朝からこんなんでしょ〜。

ここのところ、自分の体内?から何かが放射(浄化)されてる感じはずっとしているんです。スペクトルの月のテーマである解き放つとか、今使ってるボトルのクリアの浄化とか、今たびたび引くエンジェルカードの手放すとか、今は月相でも新月に向かう時期でこれまた浄化や放射ですよね。
自分の中で古いものと新しいものがごちゃごちゃに混在してるような気がしています。もう新しいものがやってきてるんだけど古いものをまだ整理してないから、入れないような感じかな?目の前にあるものに手を伸ばしたいのに伸ばせてないような・・・そんな自分がもどかしいのです。
スペクトルの月8日・KIN236黄色い月の戦士[5月9日(水)] 良いモノは良い

最近ますます身の回りの「モノ」にこだわるようになっています。こだわらざるを得ないほど、「モノ」の持つエネルギー?波動?オーラ?・・・のようなものに、自分の心身が大きな影響を受けていることを実感するからです。
例えば肌に触れる服。例えば口に入れる食べ物。化粧品やシャンプー・リンス・文房具や本・CD・電化製品などなど。その「モノ」から、それを生産している人の思いが伝わってくるのです。

ほとんどの場合生産者はその製品を作りながら、今自分が作っているモノを誰が使うのか、その顔は見えないわけです。けれど、その製品を使う誰かが、それを使うことで少しでも健康になったり幸せになりますようにと、祈りをこめてていねいに作っているかもしれません。それとも、そんなことどーでもよいってかんじで、ただ作られているものもあるでしょう。その違いを、その「モノ」を使いながらなんかすごーく感じちゃうのです。どちらの方が使っていて良いかは言うまでもありません。

使う人のことを思いやりながら作られている「モノ」を使っていると、こちらもとても優しい気持ちになります。自分のことをもっと大切にしようって自然に思えてくるし、生産者さんに感謝の気持ちが沸いてきて、自分も誰かを大切にしようとも思えてきます。ホント、良いことづくし。

今日、先日ネットで注文していた布ナプキンが届きました。私は凝り性だし探求心が旺盛なので(笑)いろいろ試したくなるのです。なのでいくつかのメーカーの製品を比べてみようと思ってまとめて購入してみました。
肌が弱いしせっかくケミカルじゃない製品を使うのだから、オーガニックの布ナプばかりです。次の生理が楽しみだわ〜。封を開けていて、まさにどのメーカーのものも優しさを感じられて、またしても私までとても優しい気持ちになりましたよ。
こんな小さなことでも日頃のストレスを解消することができるんですね。というか、こんな小さなことで知らないうちに私たちはストレスを溜めてしまうのかもしれません。だからこそ、良い波動の「モノ」を身の回りに置くって大事なんじゃないかな〜と思うのです。

前にも日記に書いたような気もしますがこういった良い「モノ」を買うということは、自分が気持ちよいとか自分の体に良いというだけじゃなくて、生産者さんを経済的にも潤すことに繋がるのです。それはつまり、本当に良い「モノ」を作る生産者さんを増やすことに繋がるし、ひいてはますますそういう「モノ」が世に流通するから使う人が増え、多くの人が健康になって世の中がもっと良くなり、地球も健康になるってもんでサー。

良い「モノ」は安価ではないことが多いです。布ナプだってケミナプより高い。でもずっと使えると考えれば、むしろ安いのだー。

それで思い出したけど、先日購入した歯磨き粉・すっごく良いのです。しかし1箱¥3600!思わずちびちび使ってしまいます(涙)。
スペクトルの月7日・KIN235青い磁気の鷲[5月8日(火)] 昨日の続き

大変失礼かもしれませんが、この場をお借りして今年版のコズミックダイアリーとオーラソーマ・マヤカレンダーのSALEのご案内をさせていただきます。
マヤ暦では1年はグレゴリオ暦の7月26日から始まりますから、今年も残り僅かになってきたので在庫一掃というわけです。詳細は当HPの「13の月の暦」ページをご覧くださいませ。

昨日の日記を書いてから、おそらく人一倍嫉妬心の強い私が、何故オーラソーマに関する自分に限ってそういう気持ちにならないのか、今一度考えています。

私は今でもたいていの場合、自分のしていることに対して周囲からの評価を求めてしまうしそれが気になるところがあります。周囲の評価によって、自分のしていることが正しいのか・誰かのためになっているのかを確認しているようなところがどうしてもあります。でもオーラソーマをやっている自分にはそれがほとんどない。ということはオーラソーマをやっている自分に対しては、周囲の評価を気にしないで良いくらいそれが正しいことで誰かのためになっていると信じているということなのでしょうか?私はそんなに自分に自信があるのでしょうか?

10代20代の頃、自意識過剰でコンプレックスの塊だった自分。でもその頃からひとつだけ自分に対して確信を持っていたことがありました。それを言葉で表現するのが難しいのですが「真実を見る力」とでも言えばよいのでしょうかね。物事の核心とか本質を見抜くような力(カッコ良過ぎか!?)。自分のそういうところに関してだけはなんの根拠もないのに、それが正しいという妙な確信を持っていたのです。
けれど当時は、自分が自分の中のなにかに確信を持っているということにすら意識的には気づいていなかったもんね。だから物事の真実が分かっていてもその価値は分からなかったし、それを誰かに表現することもできませんでしたし、いつも自信と不安の間を揺れ動いていました。

そうして自分をなんとかしたくて自分と向き合ううちに、徐々に自分の中の一番確信を持てる「真実を見る力」みたいなものに気づき、それの価値も分かりそれを表現する手段を持つに至ったという感じです。その手段が今はオーラソーマなんだと思います。

大事なのは「何をしたいのかよりも、どういう存在で在りたいのか」だと言います。私にとっては、オーラソーマのティーチャーをしたい自分よりも、自分が真実を表現している存在で在ることが大事なのです。それこそが自分の核だと今は思っているので。そしてそこまでいくと、周囲の評価は自然と気にならなくなるものなんですね、きっと。すごーい(←自画自賛みたいですみません、恥)。

核となる部分が決まると、そこさえちゃんとしてれば手段(=オーラソーマを職業としている自分)は変わっても良いとも思えるわけです。だから執着がない・だから人の成功を素直に喜べる・ライバルよりも仲間と思える・という結論にいたりました(長いナ)。

なんか今日の日記の自分はカッコ良く書き過ぎてるような気がします。24時間そんな素晴らしい人なわけではないということを、分かっているとは思いますが一応フォローしておこう。
スペクトルの月6日・KIN234白い宇宙の魔法使い[5月7日(月)] 仲間とライバル

この4月・5月にレベル1コースを終了した生徒さんたちからぞくぞくとお便り(メールのこと)が届いています。もちろんそれ以前にコースを終えている方たちからも!
みんないろんな気づきや変化を経験して、驚いていたり喜んでいたり時には戸惑っていたり・・・。私はこういうメールを読むのが本当に好きです。私自身もかつて体験したことを同じように体験している方たちの声にうれしくなっちゃうし、仲間が増えたってかんじで読みながら「でしょー。オーラソーマってやっぱり面白いでしょー」と、心の中でほくそ笑むのです〜(笑)。なによりも生徒さんが少しでも自分のことを、以前より肯定的に思えたり良い方向に進み始めたり幸福を感じられたりしてくれているのがうれしいです。

それにしてもここ最近の生徒さんたちのパワーには圧倒されるものがあります。みんなすごいなー。私はそういう方たちからパワーをもらって、そしてまた還元できたらと願うし、お互いの間にそういう循環があるのだとしたらとても良いことですよね。

以前誰かに、「生徒さんが開業したりティーチャーになったりするとあなたにとってはライバルになるわけだから、そういうの嫌じゃないんですか」と聞かれたことがありました。私はそれまで本当にそういうことを考えてもみなかったので「なるほど。そういう考えもあるのか」と思いましたし、そういうことを考えてもみなかった自分にちょっと驚きました。

もちろん私自身も、誰かに対して嫉妬心やライバル心を持つことはあります。相手の動向を気にしたり周りの反応を気にしたり、時には相手が失敗しないかななんて酷いことを考えちゃってそんな自分に自己嫌悪したりします。
しかし、このオーラソーマのティーチャー・プラクティショナーという自分に関しては本当にそれがないんですよ、不思議なことに。
この仕事やこういうことをしている自分に執着心がそんなにないので、誰かが自分よりも良い仕事をしてても別にかまわないから、そもそも他人の動向が気にならない(笑)。そんなだから、誰かが自分と同じことをして自分より成功していても手放しで「良かったね」と言えるのだと思います(笑)。
だから生徒さんが開業したりティーチャーになったと聞くと単純にうれしいです。楽しそうにしてる生徒さんを見てヨカッタヨカッタという気持ちと、仲間が増えてうれしいという気持ち。ホントにただそれだけ。

オーラソーマと関わっている自分に対しては、何故か肯定的な気持ちでいられるのです。自信があるというのとはちょっとニュアンスが違うのだけど。自分自身を肯定できるとき、周りの人(この場合生徒さんとか)に対しても、その人の才能や努力や実績に対して無条件で肯定できるのですね。

「ライバル」と「仲間」って、自分と同じことをしている・目指している・考えている他人という意味で、同じなんですよね。でも全然逆にもなりえる存在でもある。こんなことも自分の心のあり方しだい。面白いですね。
スペクトルの月5日・KIN233赤い水晶の空歩く者[5月6日(日)] ペールコーラル

昨日の日記に書いた「チベットスピリチュアルフェスティバル」の会場となった護国寺には、たくさんのチベット関連のテントが出ていました。チベットの民芸品を売っていたり、(例の)バター茶が飲めるチベットカフェがあったり。そしてあちこちに旗(のぼり?)が立っていました。

旗の色はオーラソーマでいうところのプライマリーカラーの3色です。つまり青・黄色・赤の3色。それに白い部分もありました。そしてもう一色あったのですが、私はそれがとても気になったのです。その色は「ペールコーラル」。
私には分からないけど、この配色には何か意味があるはずです。

ダライラマが変わらず説いている利他的の精神とは、相互依存を理解するところから始まります。
それは、生きるために最低限必要な食べ物や着る物や家などを、私たちは他者に依存しているんだということを理解すること。そしてそれらのものをもたらしてくれる他者(や自然)への感謝の気持ちを持ち、同時に自分も他者へなにかをもたらしている(奉仕している)存在であることを知ること。それにより、誇り高く・謙虚に・慈悲と思いやりの心を持って生きることが、争いのない平和な暮らしを創造するために不可欠なのだということです。

そして、オーラソーマで相互依存を現すのがコーラルなのです。

旗の色が、プライマリーの3色と全ての色を含み光そのものを現すクリア(白)・そしてそこに何故ペールコーラルが含まれていたのか、とても興味深く思ったのです。

ペールコーラルは珊瑚の色。珊瑚のように繊細で傷つきやすくもあり、しかしそれ故に誰よりも優しくて思いやり深く愛する喜びを知っている人。
スペクトルの月4日・KIN232黄色いスペクトルの人[5月5日(祝)] 砂曼荼羅

この3,4日なぁんか妙なんです。スペクトルの月になったからなのか、満月だったからなのか、連休だったからなのか(これは私には関係ない)・・・。足元がふらつくし力が入らないしやたらとレッドポマンダーが使いたくなるし89番のペンダントをつけたくなるし。しっかりつかまってないと飛んでいっちゃいそうな感じです。
エネルギーがますます渦巻いていてボルテックスみたいになってて、どこもかしこもまるでパワースポットのようになってきたような。うーん、よく分からない。

と、思っていたら知人からのメールに「5月はすべての人にとって重要な月です。変容の巨大なエネルギーが地球をおおうので、自分の感情や肉体や意識に変化を体験するかもしれません。ですからそれらに注意を向けましょう。大切なのは変容に抵抗しないことです」だって。ふーん。ではできるだけこのエネルギーの渦にオープンでいましょう。そして流れに逆らわずにいられるように心がけましょう。そしたらどうなることやら楽しみですね。

4月30日の日記に書いた「チベットスピリチュアルフェスティバル2007」に行ってきました。今日はお天気も良かったし、会場の護国寺まで家から歩いていきました。チベットまで行かないと見られないと思っていた砂曼荼羅があると聞いて、どうしても見たかったの。
砂曼荼羅は直径約1mくらいでしょうか。赤・青・黄色といった彩度の高い色がたくさん散りばめられていて、本堂の薄暗い中にあってもとても綺麗でした。絵柄もとても繊細で細かく、製作にもすごく気を使うだろうし忍耐力も要りそうです。だって、ちょっと踏んだりこすったりしても絵が崩れちゃうもんね。以前テレビで見たところによると、砂曼荼羅を完成させるまでの過程そのものがある種の修行のようなものだとか。たしかに、見ているだけでもそこに祈りがこもっているのが分かります。
会場ではチベット名物のバター茶も飲めるようになっていて、もちろん飲んでみましたよ〜。ダライラマの自伝なんか読むと美味しいと書いてあったのだけど、私は・・・正直イマイチ(イマニ)でした。ただのお湯にバターを溶かした飲み物を想像してみてください。それがバター茶です(笑)。

5月1日の日記で「親のいない子供を引き取って育てたい」と書きました。それを実行しているハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーのインタビュー。
「子供には親が必要だって分かっているでしょ。私には子供を育てられる力があるのだから、どうしてそれをしない理由があるの?」

最近純粋に心から、私にできることをしたいと思います。「純粋に」ってとこがミソね。そう思えるようになってこれた自分を褒めてあげたい(笑)。そして少しづつかもしれないけど実行しています。
チベット仏教では「相互依存」「利他的」の考えをとても大切にしているそうです。そのように生きることが本来の人間らしさならば、私にとっての人生ってまだまだ始まったばかりなのかもしれません。「私のために生きる」ことが「人のために生きる」と重なること・・・最近そんな気分になるんですよー。
スペクトルの月2日・KIN230白い太陽の犬[5月3日(祝)] ゴールド〜

夕べからさっそく14番を使い始めました。「今」使わなければいけないような気がして。食べ物だって旬なうちに食べるのが一番ですもんね。
使ってみての感想は・・・うーん、なんだか胸が焼ける感じです。胃がムカつく感じ。でも自分ではなんとなくそれも分かる気がします。

「ずるい」という言葉が浮かびます。自分の中にあるずるさが浮かび上がってくるようです。
「誰か、こんな私のことを分かってくれないかな」「私は悪くないって言ってくれないかな」「私が言っていることは言い訳じゃないって言ってくれないかな」・・・。
そう、「言い訳」です。14番は、言い訳している自分を見せてくれるような気がします。

私にとっての最大の言い訳は「愛せない理由」よりも「愛する理由」だと思います。もしくは「不幸でいる理由」よりも「幸福でいる理由」。
「自分が不幸なのは世の中のせい・誰かのせい」と言っていれば、少なくとも自分は悪者ではなくなります。けれど「自分は幸福」と宣言するということは、自分自身に責任を取るということで、もう誰のせいにもできなくなるということです。それは怖いことかもしれません。
同じように、「自分が愛せないのは世の中のせい・誰かのせい」と言っていれば、少なくとも自分は悪者ではなくなります。けれど「自分は愛します」と宣言するということは、自分自身に責任を取るということで、もう誰のせいにもできなくなるということです。それは怖いことかもしれません。

14番のゴールドは「自分自身が輝く」色です。輝きたいのに自ら輝くことへの責任が怖い。だから誰か輝かせてくれないものかと責任回避し、誰も輝かせてくれないから輝けないと言い訳をするのです。あにゃぁ〜(←イタいとこ突かれたという意味の心の叫び)。

ちなみに身近なゴールドの存在としてウチのだんなさんがいますが、彼は積極的に責任を取りたがる人なんですよね。ズルくないんです。普段は力を振りかざしているくせにいざというときに責任を取りたがらない人が多い時代に、珍しい人です。でもそういうところは大いに尊敬しています。ゴールドっていいな〜。私もそういうゴールドな人になりたいわ。

スペクトルの月1日・KIN229赤い銀河の月[5月2日(水)] 自由と解放

今日は満月。そして今日からスペクトルの月(解放・溶かす・解き放つ)。どちらにしても、なにかを手放し(レットゴー)放出するにはとても良い日ですね。

そんなことを感じながら、さっきコズミックダイアリーにこんなことを書いていました。
「憎しみ・悲しみ・寂しさ・悔しさ・惨めさ・・・私の中にあるこれらの思いを解放します。私はあなたの元であなたの手となり足となりあなたに仕えます。それが私の喜び。それが私が生きている証。それが私が誰かのためにできる最大の奉仕。ありがとうございます。こんな素晴らしい使命を与えてくださったことに感謝します。」
「あなた」というのは大いなる意志のことなんだろうな、多分。自分で書いておきながら「多分」っていうのもなんだけど。

最近、昔自分を傷つけた人たちのことを許せる気持ちになってきました。それだけ、過去の辛い出来事を距離を置いて振り返ることができるようになってきたのでしょう。時間が経って、ようやくここまでくることができました。

私にとってなによりも大切なのは「自由」であることです。
21世紀になって私たちの多くは自由に生きられる時代になったのです(昔は窮屈だったよね。女だってだけで虐げられたり、身分が低いってだけで虐げられたり・・・)。自分の外側の世界に自由が与えられた今、あと必要なのは内側の世界で自分が自分につけた鎖を外してあげること。憎しみや悲しみといった、私の中の満たされていない可哀想な私を愛で満たして解放してあげたいのです。ごめんね、私。もう自由になっていいよって。

今日選んだ4本の2本目が14番のクリア/ゴールド。3本目が73番のゴールド/クリア。しかも4本目のマトリックスはやはり14番。ゴールド、キターーーーー。
惑星の月28日・KIN228黄色い共振の星[5月1日(火)] 赤ちゃんポスト

熊本市の病院で、賛否両論ある中「赤ちゃんポスト」が開設されました。
「赤ちゃんポスト」とは、経済的事情・家庭の事情などなんらかの理由により出産後に子育てが出来ない親が赤ちゃんを捨てる(そう、捨てるんです!)ことが出来るシステムのことです。赤ちゃんポストを作ることによって捨てられた子供の死を防げるという利点もあるでしょうし、このシステムを開設した病院側の善意は素晴らしいものかもしれませんが、かえって安易に子供を捨てるある種の育児放棄の助長に繋がるという声もあり、なんとも難しいところです。

私は賛成ですね。
たしかに間違いなく、このシステムを利用して安易に子供を捨てる親が出てくると思います。世の中そんなに賢い人ばかりじゃないし、優しい人ばかりでもないですからね。このシステムに関係する人たちも初めから全てOKだなんて考えていないでしょう。
でもそれでも誰かが新しいことを始めなくては、その次すらも生まれないのです。このシステムを実践することで、いつか赤ちゃんポストよりももっと良いシステムが出来るかもしれないし、出産・育児に対する親の考え方に変化を生み出すことも出来るかもしれないのです。いろいろな問題提起をしたという点でも、このシステムを始める意義は大きいと思います。

私自身は、自分の腹を痛めた子供が欲しいとは全然思っていません。なんでって言われてもとにかく、生まれてこのかた「自分の子」にはなんの思い入れもないんです(笑)。
しかし、自分自身がかつて親のいない寂しい子供時代を送ったことが相当こたえているらしく(過去生での話ね)、親のいない(もしくは親から愛情を与えてもらえない)子供を見ていると心が痛んで痛んでもうたまらなくなります。
いつの日かそういう子供を引き取って自分が親となって一緒に楽しく暮らせていけたらなと思います。寂しい思いをしている子供を、世界からひとりでもふたりでもいいから減らしたい。それが夢なんですよね。

この「親のいない子供をどうするか問題」(←と、勝手に名づけている)についてはまだまだ考えていることもたくさんあるのですが、話すと長くなるのでまたいつか書くこともあるかもしれません。
とにかく今は、赤ちゃんポストの関係者の方たちを応援します。