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惑星の月27日・KIN227青い律動の手[4月30日(祝)] コミュニケーション

この連休おひまな方へ、こんなイベントもありますよ。「チベットスピリチュアルフェスティバル2007」 

ダウンタウンの松ちゃんが映画監督デビューしたそうですね。先日そのインタビューがとある雑誌に載っていました。で、「映画監督には社交性が必要だが自分にはそれがない・・・」みたいなことが書いてあったんです。例えば、携帯電話を使うあるシーンの撮影中の話。

スタッフ「監督(=松ちゃん)。携帯電話の色はどうしましょう?」
松ちゃん「(そんなん大して重要じゃないけど)ほなら赤で」
スタッフ「はい!」
しかし赤い携帯電話がなかなか見つからず撮影が進まない・・・
松「・・・(撮影を中断してまで赤にこだわってるわけじゃなくて、もしあるならできれば赤がいいという程度の重要度だから、赤がないなら緑でもいいんだけど、それでもし自分が「緑でもええねん」と言ったら、今度は緑を探して三千里になってしまうのだとしたら、いっそこのまま言わないほうが良いのか・・・続く)」

そんなことの繰り返しだったそうです。

コミュニケーションって難しいですよね〜。こちらでは「言わなくても分かるだろう」と思ってることが全然伝わってなかったり、「こんなのイチイチ伝えるほどのことじゃないよなー」という微妙なニュアンスを、案の定伝わってなくてイライラしちゃうくらいならやっぱり伝えるべきだったのか、いつも悩みます。面倒くさがらずにきちんと伝えればよいのでしょうが。

昔ある人に「あなたは3しか話さずに10を分かってもらいたがる人」と言われたことを思い出します。きっと松ちゃんもそうなのね。でも私はそういうコミュニケーションが好きなんですよ。
10分かってもらいたいときに10話すのは、当たり前すぎるしひねりがなくて面白くないと思っちゃうのです。いかにして3しか話さずに10を分かってもらうか!?みたいな、裏の読み合いみたいなコミュニケーションが楽しいのです〜。

面倒くさがりと言いながら、自ら面倒なことをしてるのね。
惑星の月26日・KIN226白い倍音の世界の橋渡し[4月29日(日)] ええ話やなぁ

昨年末に日本で開催された
サッカークラブ世界一決定戦決勝で、ロナウジーニョ率いるバルセロナがインテルに敗れた際に、熱烈なバルセロナファンの日本人少年がスタンドで号泣する写真がスペインスポーツ新聞の一面で大きく報道されました。これが意外にもスペイン国内で大きな反響を呼び、バルセロナの会長が「チームの為にこんなにも泣いてくれる子供がいる」と感動し、「この子の笑顔が見たい」からと是非スペインに招待したいという提案をしたのです。
先日それが実現し、この号泣少年は憧れのバルセロナの本拠地・カンプノウへ立ち、大好きなロナウジーニョを始めとする選手からカードやサインをプレゼントしてもらったそうです。バルセロナの主将も「この写真をロッカールームに貼り、自分たちのモチベーションを上げる必要がある」とまで言っていたそうな。

それは確かにすんごくインパクトのある写真でした。あまりの人目もはばからない号泣ぶりは、その少年が本当にバルセロナが大好きで、負けて本当に悔しかったんだなーというのがよーく伝わってきて、そのバルセロナ愛!は遠く異国のスペイン国民をも感動させてしまったんですね。

その泣き顔の写真を見てると、私は笑いがこみ上げてきて止まらないんですよ、バカみたいに愛らしくてゲラゲラ笑っちゃう(笑)。彼は悲しかったのでしょうが、そんな彼の泣き顔が世界中を幸せな気持ちにさせてくれちゃったのですね。 号泣写真はコレだ、必見!

それにしても、バルサの会長も粋な計らいをするわね〜。テレビや雑誌は、こういう心温まるニュースをもっと大きく報道しても良いと思うのですがね〜。
惑星の月25日・KIN225赤い自己存在の蛇[4月28日(土)] 余白

今日コンサルをしていてクライアントさんと話していたこと。

私の考えでは「生きる」とは「魂の成長のための機会」です。だとすれば、私達が誰かにあげられる最高のプレゼントは、その人の魂の成長の機会をあげることかもしれません。
例えば10のサポートを必要としている人に対して、10与えるのが一番良いとは限らないということです。あえて7しか与えずに残りの3をその人が自分でなんとかできるように残しておくことで、その人が成長する機会を与えられるかもしれないのです。

マイク・ブースが私の質問に言葉少なにしか答えてくれないのは、マイクがいじわるだからではなくマイクが答えられないからでもなく(笑)、あえて私が自分で考えて答えにたどり着くための余白を残しておいてくれたのです。おかげでその質問に対して後日ちゃんと自分で答えを出すことが出来ましたし、それによって私は成長できたと思います。もしもマイクが1から10まで全部答えてくれていたら私の成長はそこで止まっていたでしょうし、逆に何も答えてくれなかったらそのことに答えを出すのにあと2年かかっていたかもしれません。

マゼンタの「適切な愛」とはそういうことなのではないでしょうか。

相手を思うほどにその人のために自分の持っているものを与えたいと思うのは、自然なことですし素晴らしいことですよね。ただ求められたものに全部答えようとする気持ちがあるとき、以下のような可能性を考慮してみると意外と裏に隠し持ってたりするんですよねー。
・「そうしないと相手に嫌われちゃうかも」という不安や恐怖
・「私はこんなに持ってるすごく優れた人間なのよ」という優越感やエゴ
・「相手が喜んでくれたから自分には価値がある」という依存心

こういった隠された感情を超えてそれ以上の愛で誰かを愛せたとき、マゼンタの愛情になるのではないかしら〜。素敵ね〜なかなかできないけど〜。
惑星の月24日・KIN224黄色い電気の種[4月27日(金)] ボトルにコンサルしてもらった

サロンにある今日のボトルたちは一段と綺麗でした!(自画自賛)

自分のボトルは自分の鏡であるから、使っているボトルは自分のエネルギーを反映して変化することがあります。同じように、ボトルセット全体も持ち主のエネルギーを反映して変化することがあると私は確信しています。

今の私は泣きたいような気分です。今日はいろいろあって、悲しいやら悔しいやら情けないやら切ないやらで心の中はぐちゃぐちゃでした。人知れずひとりサロンでホントに泣いていました。
それなのに、ボトルたちは相変わらず綺麗。それどころかいつも以上に一段と綺麗。なんでこんな日なのにこんなに綺麗に輝いてるんだろう〜と思うと、もっと泣けてきちゃうのでした。

私の中のぐちゃぐちゃな部分とそれでも綺麗な部分と両方がボトルの中に同時に感じられて、ボトルたちはどちらの私に対しても分け隔てることなく優しくて、もうそれで充分だよ・ありがとうと私はボトルたちにそっと囁きました。
ぐちゃぐちゃな気分が無くなるわけではありません。それでも私は自分の鏡である綺麗なボトルを通して、ぐちゃぐちゃな自分すらも愛おしく思えたのです。そして自分をぎゅっと抱きしめてあげたくなりました。それでも(ぐちゃぐちゃでも)自分の中の輝きは失われないと教えてもらったのです。

先日ある生徒さんからもらったメールに「多くを語らなくても優しさを伝えられる人になりたい」と書いてありました。彼女はコンサルに関してのことを書いていたのですが、私も全く同じように思います。
何を言うかよりもどのような存在としてそこにいるか。コンサルに関しては結局いつもそこに行き着きます。それがオーラソーマの「無理強いしない魂のセラピー」なのです。今日の私はボトルたちにコンサルしてもらったような気分でした。言葉でなにかを語られたわけではもちろんありませんが、実際とても癒されたのです。これはコンサル時に限らず、いつでもそのような人で在りたいものです。

辛い経験をするほど人に優しくできる人もいるし、辛い経験をすることで人を恨むようになる人もいます。

・・・・・あああ、もう日記終わりにしよう。これ以上書いてるとまた泣けてくる(涙)。
惑星の月23日・KIN223青い月の猿[4月26日(木)] ちょっと面白い話

先日ある方から聞いた話が面白かったのでシェアしてみます。

以下の4つの言葉を声に出して言ってみましょう。どれが一番言いにくさを感じますか?(口にしたとき抵抗を感じるかということ)

「ありがとう」
「ごめんなさい」
「愛しています」
「愛してください」

一番言いにくさを感じる言葉が、あなたにとってのチャレンジだそうです。

私はやはり「愛しています」が断然言いにくい!←こんな私がセラピーのティーチャーをやっているのもなんとも・・・ですが(苦)

与えることと受け取ること。私は(今は)受け取ることに抵抗はほとんどありません。好きな人ができても、自分から告白するより告白されるのを待つタイプだし(笑)。私には与えることの方が難しいです。与えようという気持ちがないわけじゃないんだけど、どうしても躊躇してしまうのね。「なんでこのアタクシがあなたなんかに与えなくちゃいけないの」的な傲慢さと、「こんな私の与えたものなんて誰も受け取ってくれない」的なコンプレックスが混ざり合っている状態なのです。いずれにせよ自分のことしか考えとらんのよ、コイツ(←私のことね)。
こういうところが私が一番嫌な自分の側面なのですが、それが上記の「愛してます」が一番言いにくいという所に現れてるんですね〜。面白ーい。

おそらく昔の私だったら「愛しています」どころか4つともすごく言いにくかっただろうな。実際「ありがとう」も「ごめんなさい」も、思ってないわけじゃないんだけど言えない性格でした・・・。今でもそういうところはありますが、随分変わってきました。でも「愛しています」はまだなんだな〜。
惑星の月22日・KIN222白い磁気の風[4月25日(水)] 「2」の日

今日は「2」並びの日ですね〜。G暦にしても、2007.4.25だから「20」→「2」、4.25にしても「11」→「2」ですよー、すごーい。

2はリレーションシップ(関係性)の数字。今日で終わったレベル1コースの中でもそれぞれの生徒さんの中で、たくさんの関係性が生まれたくさんの関係性が癒されたのではないかと思います。

町を歩く人をぼんやりと眺めていて「みんな何を思いながら歩いてるのかな〜」なんて、よく考えます。
極悪非道でもなく有名人でもない普通の人が日々思うこと。友達と遊んで笑ったり誰かの心配をしたり将来のことを想像したりしているのでしょうね。私も当然普通の人だからそのようなことを考えています。
そんな普通の人は、たまには誰かを傷つけてしまったりするとしても、ほとんどの人は思いやりがあって誠実です。でも同時に、傷ついている部分や不安を抱えていたりどろどろした思いがあるんですよね。当然と言えば当然なのですが、いつも明るいアイドルが本当にいつも明るいわけがない(笑)。

みんな傷を抱えながらも生きている。
飲み屋さんの隣のテーブルで楽しそうに笑っている誰かは、傷ついていないわけじゃないのです。そのとき笑ってるからって寝てもさめても笑ってるわけじゃなくて、家に帰れば一人で泣いてるかもしれないのですよね。自分が傷ついていてとても笑えない心境のときに笑ってる人が傷ついてないわけじゃないの。傷ついているのは自分だけじゃないの。

傷が治らなければ笑えないわけじゃなくて、傷を抱えながらも人間笑うことはできるし、生きていくことはできるのです。みんなおんなじ。だから傷ついたもの同志、助け合って生きていきたいものです。

「1」で生まれて「2」で関係性を知る。そんな人間という生き物が愛おしいなぁ。
惑星の月20日・KIN220黄色い水晶の太陽[4月23日(月)] ポジティブってなに?

オーラソーマをこの世に初めて誕生させた人・ヴィッキー・ウォールは言いました。「私達が自分に対してひとつだけ責任を負わなければならないことがあります。それは決してネガティブにならないことです」。

スピリチュアルな世界では「ポジティブであることが大事だ」とよく言います。いまやそれはスピリチュアルな世界のことに限らず、誰でもが口にしていますよね。
でも私、この「ポジティブ信仰」とでも言うべき風潮にちょっと反発を感じちゃうのです。喜び・優しさ・愛情などの感情は良くて(=ポジティブ)、怒り・悲しみ・憎しみなどの感情は良くない(=ネガティブ)という風潮。私は自分がどっちかというと後者の感情をよく感じるからなのか、ブルーが強い性質(権威に対する反発)だからなのか、心情的にはどうしても後者の肩をもってしまうのですよね。

でもヴィッキーの言うことはよく分かります。私もそのとおりだと思います。でもそれじゃ言ってることが矛盾してるように思えるでしょうか。いやいや、矛盾してませんのよ。

おそらくヴィッキーの言う「ネガテイブにならない」とは自分を否定しないということであって、怒らない・悲しまない・憎まない・
・・ということではないのです。「人を憎んじゃいけない」なんて言う人を私は信用しませんよー。すみません、天邪鬼で(笑)
どんな感情でもそれはただの感情であって、そこにポジティブ・ネガティブの区別はないのです。なにかの感情を自分が否定したとき、それはネガティブになるのです。
例えば「怒り」。それ自体はポジティブでもネガティブでもありません。怒りの感情を適切に表現できればそれはポジティブな怒りです。例えば、親や友達に怒られてもそれが自分のためにそうしてくれていると感じられれば本当の意味では傷ついたりしないですよね。
でも「怒りは良くない感情だ。誰かに対して怒っちゃいけない。誰かに対して怒りの感情が沸いてくる自分はなんて未熟でネガティブな人間なんだ」なんて自己否定したとき、本当にそれはネガティブになっちゃうのです。そのように適切に表現されなかった感情は自分の内側でストレスとなって溜まり、しまいには体を壊したり他者を傷つけたりするかもしれない。それをネガティブといいます。

そんな仕組みなのです。

怒りや悲しみや憎しみといった感情を持ち続けるのは確かに自分自身が一番辛いものですが、まずはその感情を否定しないこと。そしてそれを受け入れられたとき、初めてそれを超えることができるのです!怒りを押し込める(否定する)ことで怒らない人になるんじゃなく、怒りを超えることで怒らない人になれるのよ。

怒りや悲しみや憎しみそれ自体は決してネガティブじゃないんだぞーーーっと、あくまでもマイノリティの味方な私です〜。
惑星の月19日・KIN219青いスペクトルの嵐[4月22日(日)] 言葉の人

昔からいろんな人に「あなたは言葉の人」だと言われてきました。言葉の使い方が上手とか言葉を通して表現する才能があるという意味です。でも私自身は、言葉の使い方なんて特に意識したことがなかったし、言葉での表現には才能もないと思っていたので、そう言われてもピンときませんでした。むしろ言葉は一番あてにならないものだと思っていましたし。いや、今でも思っています。

それでも、毎回コース終了時に生徒さんにいただくアンケートには「分かりやすかった」「言葉が巧み」などと書いてもらえるんです。そして、そこまで言っていただけるのだったら本当に自分は言葉の人なのかもしれないと、最近ようやく(私にとってはまだ未知の)自分の才能について考え始めました(遅いか?)。

・・・でもまだよくわからないな〜。

言葉は、発した瞬間に物事を限定します。ということはそれ以外の可能性を潰してしまうと思うのです。でもそれは良く言えば、物事を明確にしてくれることでもありますが。そういうとこ、やっぱり言葉ってイエローよね。しかし物事の本質は言葉で表現できないレベルにあると考えている私からすると、言葉というのはなんとも物足りなくじれったい存在なのです。制限があるのって好きじゃないのよー。
コンサルやコースをしていても、本当に伝えたいことを一番伝えてくれるのは言葉ではないような気がします。言葉そのものよりも、それを発する私のエネルギーが強く伝わるのをいつも感じています。だから、何を言うかよりもどう言うか・もっと言えば自分自身がどういう状態で在るか、が相手にはちゃあんと伝わるのですね。もう嘘はつけない時代なのよ。表面だけでなにを言っても見抜かれてしまう時代についに突入しているのですよー。
そんな時代だからこそ、まずは自分自身が良い状態で在ることが大切なんです。良いコンサルをし良いコースをするために言葉の練習するよりも自分の心のコンディション作りの方が大事・・・・・ね、こんなこと考えている私はやっぱり言葉の人じゃないと思ってしまうのですが。

あ、そうか!今思ったけど、私が目指しているのは、言葉が巧みな人というよりも、分かりやすく言葉で表現しつつもそれ以上にそのエネルギーで伝達できる人かも。それはいわゆる「言霊」ってやつですかね。それならしっくりくるかも。

「言葉の人」もいいけれど、「言霊の人」と呼ばれたいなぁ。
惑星の月18日・KIN218白い惑星の鏡[4月21日(土)] 株式会社「宇宙」

今日のコース中に、マゼンタの「正しい生計」というキーワードの話をしていて想像していたこと。

あるところに、株式会社「宇宙」という会社がありました。社長は「神さま」です。
この会社は、社長と話し合った結果として自分の好きな部署で働くことが出来ます。更にすべての社員は、良い成績を上げれば上げただけ収入UP!完全出来高制なのです。とても公平です。しかも成績の良し悪しの基準は「どれだけ仕事を楽しんで幸せで在るか」なのです。この会社の目標は「社員が幸せに生きること」なので、幸せ指数に準じて収入が決まるのです。

自分で仕事を選べたり、完全出来高制の会社は実際にありますよね。それに会社の目標だって究極的には、「業績を上げる」という目標を達成することで、生活に不安なくしたいことが出来て幸せに生きたいからです。
つまり「宇宙」みたいな会社は普通にあると思うのです。

ただ違うのは「何をもって幸せとするか?」の基準かもしれません。
「宇宙」では、幸せ=魂の使命を生きることなのです。魂の使命を生きて自分が幸せになること(=業績を上げること)が会社の利益を上げますから、ひいては他の社員の幸せ=成績向上に繋がるというわけです。そんな優秀な社員には当然会社もボーナスたっぷりはずんちゃいますよねー。
そしてボーナスを弾む意味には「お疲れ様」という意味と「もっと良いもの食べてもっと良い家に住んで健康でいてもらって、そしてもっと我が社のために働いてねー」という2つの意味があるのですよ、きっと。うーん、やっぱり普通の企業とおんなじだ(笑)

前置きが長くなりましたが、マゼンタのテーマである「魂の使命をより実際的に奉仕すること」が正しい生計につながるというのは、そういう仕組みなのではないかと考えていたのですね。魂の使命を生きて楽しく幸せでいる人ほど他者への奉仕をしているから、神様からねぎらいともっとがんばって他の人にもそれを広げてねという意味で、生活に不安を抱えなくて良いように必要なものを提供してくれるのでしょう。

株式会社「宇宙」での仕事は自分で選んだ部署なんだし、ホントなら楽しめて当然なんですよね。
惑星の月17日・KIN217赤い太陽の地球[4月20日(金)] またしても風邪!?

今年の正月明けに珍しく風邪を引いてしまい、そのときは主に喉の調子を悪くしてしまいました。
・・・と思ったらこの2日ほど、またしても喉の調子が悪いです。コース中に時々咳が止まらなくなってしまいます。喉がイガイガするぅ。
1年に2回も風邪を引くなんて本当に久しぶり!一体どうしたこと!?(単なる自己管理の甘さか・・・苦)

どうも最近レッドに惹かれてしまうと思ったら、プロテクトしたかったんですね、きっと。それは風邪菌からなのか、それとも他の何かからなのか分からないけど。
これから先もっとこのプロテクト力が必要になってくると思うし、やっぱり私もう少し打たれ強くならないといけないわねー。そういうのは自分には一番ニガテな分野ではあるんだけど。

というわけで、今日はもう寝ます。さっき介助犬のドラマを見てて2時間号泣し続けたので、今寝ると明日の朝の目が腫れないか心配だけど・・・でもやっぱり寝ようっと。
みなさまもこの季節、体調にはくれぐれも気をつけましょう。薄着にならないようにしましょうね。

※「号泣」で思い出しました。昨日「アメトーーーク!」のドラえもん芸人特集を見ていて、不覚にも号泣してしまった私。やっぱりドラえもんはいいよね〜。私は台風の風子の話が一番泣けるのだけど、残念ながらそれは放送されなかったの〜。
惑星の月16日・KIN216黄色い銀河の戦士[4月19日(木)] ライフワーク

今開催中のレベル1コース中で、「ピンク」について話しながら「許し」の話になりました。話しながら私は「自分こそ許しが必要だ」と感じていました。

自分を傷つけた誰かを許すということは、傷ついた自分自身を癒すことに繋がり、さらに自分を傷つけたその誰かの中にある傷を癒すことにも繋がるのです。
人が人を傷つけるとき、必ず傷つけた側の人の中にも傷があるのですね。その傷が、自分以外の人を傷つけることに繋がってしまう(アメリカの銃乱射事件の犯人はそうなんじゃないかと思います)。そうして傷つけられた人は、いつかまた別の誰かを傷つけてしまうかもしれません。終わりのない迷宮です。そう考えると、世の中に加害者と被害者の区別はないことになります。

しかしね、そうはいっても実際に、被害者と呼ばれる人が加害者と呼ばれる人を許すのは難しいですよ。なかなか出来ることではない。
そう思うのはなによりも、私自身がかつて受けた傷と、傷つけた相手を許せないという感情を、今も癒せていないからです。

多分このことを話したらほぼ100%の人が「あなたは悪くない」と言ってくれるでしょう。私もそう思います。「自分は何も悪いことしてないのにどうして?」って今も思ってしまいます。頭ではどうすれば良いのか分かっているのですが、感情がどうしてもついていかないのです。自分を傷つけた相手が幸せになることが許せないという気持ち、今もあります。

このことについては、もしかしたら私にとって今生をかけて学ぶべきライフワークなのかもとすら、最近では思います。そのくらい、事あるごとに出てくるテーマなんですよね。
惑星の月15日・KIN215青い共振の鷲[4月18日(水)] 明るい未来

銃を使った事件が、日本とアメリカで続けて起きてしまいました。遺族の方たちのことを思うと・・・・・です。

事件の記事やニュースを見た私の正直な感想としては、長崎の事件の方がより衝撃的でした。それはおそらく今自分が暮らしている国で起きたことだから、自分と同じ国の人のことだからかもしれません。他人事とは思えなかったのです。
自分の国で自分と同じ国の人が起こしたテロ事件の恐怖の大きさ。でもこんなことがあって思ったのですが・・・。自分たちの住む国の中で毎日のようにこのようなテロが起きている国が、世界にはたくさんあるんですよね。そういう国に住む人たちの気持ちが初めて少しだけ実感として理解できたような気がしたのです。

アメリカで起きた事件の犯人ほどではないでしょうが、私も10代終わりの頃誰のせいでもなく、精神的にギリギリまで追い詰められてしまったことがあります。一歩間違えば・・・の状態でした。でも私が一線を越えてしまうのをとどめられたのは、「愛」のおかげでした。

「自分は、事件を起こして死刑になってもかまわない(あまりにも自己否定が激しいとそう思ってしまうのですね)。でも残された自分の親はどうするのだろうか?」に考えが及んだとき、あまりにも親が可哀相でとどまりました。「親が可哀相」と思えるくらいに、親に対しての愛情がちゃんと自分にあったんでしょうね。ということは、親に愛情を持てるくらいに、自分は親に愛を与えてもらっていたんでしょうね。そのことを思うと親にはただただ感謝の気持ちしかありません。
「愛」はすべての根源であり、すべてを解決できるのも「愛」なんだよな〜。

・・・と、キーボードを打っている今、テレビで「バグダッドでテロ発生」のニュースが。

それでも私には光が見えます。事件のショックや恐怖心は正直言ってまだありますが、絶望ではありません。むしろ光が見えるのです。それは・・・うーん、これ以上はあまり言うことではないと思うのですが、でもとにかく希望の光は全く消えていないし、今まで以上に明るい未来しか見えないのですよ。
惑星の月14日・KIN214白い律動の魔法使い[4月17日(火)] 近況

今日は仕事の後用事があったので、さくっと片づけをして出ようとしたその瞬間、ふいに「エンジェルカードを引きたい!」とひらめき、急いでばーっと引いてみました。
手に取ったのは女神のカード。「今、私がやろうとしていることに対してのメッセージをくださーい」と、祈りをこめてぱっと目に付いた2枚のカードを引いてみると、最初に引いた方は先日やはりこの女神のカードを引いてみたときと全く同じカードでした!そこに書かれていたのは「リスクを犯しなさい。恐れずに自分を信じて今こそ決断し実行するときです」。でもって、次に引いた2枚目のカードを見たときそこに書いてあったのは「リスクを犯しなさい」でした。あれ?私、同じカードを引いちゃったのかしら?と見紛うほどに、全く同じことが書いてあったのです。ドリーンさん(←カードを作ってる人)よ、こんなに似通ったカードを入れていいのか(笑)!?
ま、そんなわけで今夜は新月だし、女神様からお墨付きをいただいたので(あと、今使っている47番のおかげもあるな。だってこのボトルは「新たな目標を立てる」ボトルだもんね)、思いっきり大胆なことをソウルメイキングしちゃいました。特に今回の新月は牡羊座で起きているからパワフルですよ〜。

今レベル1を受講中の生徒さんが、布ナプに興味があるけど周りに使っている人がいないと言ってたので、私ともうひとり布ナプ愛好家の生徒さんで、その良さを思い切りアピールしてしまいました。私ももう一人の生徒さんも、布ナプを使い始めてから生理がおっくうじゃなくなり、それどころか楽しみになったという共通点がありました。手入れは思いのほか簡単だし、それよりも手入れをする手間をかけるのが楽しいんです、不思議。生理のことを愛おしく思う気持ちが出てくるのですよね。ということは、自分を愛おしく思うということよね。布ナプを使うことで、こんな良い作用もあるわけです。
そんなわけで、私が一番参考にさせていただいたお勧めの布ナプサイトのURLをお伝えしちゃいます。(「初めての布ナプキン」

昨日は昼間ご予約が入らなかったので、氷雨降る中お台場まで展覧会を見に行ってきました。この展覧会のために作られた期間限定特設美術館・ノマディック美術館で開催中の「グレゴリー・コルベール展」です(詳細はこちらから。
写真も良かったですが、会場そのものが素晴らしかったです。天井が高〜い上に木で作られた列柱が整然と並び、内部はエジプトの神殿の回廊みたいでした。作品の神秘性や瞑想的な雰囲気にとてもマッチしていて、しばしその世界に引きずり込まれてしまいました。ただめちゃくちゃ寒かった・・・。
コルベールの作品自体は非常に作り込まれた世界なので、「自然」というテーマに対してのある種の西洋人独特の傲慢さ?のようなものを感じてしまいましたが、それでもとても魅力がありました。
この展覧会で私が一番笑えたのは、作品集(¥16800、高っ!)を購入すると、ポスター(¥6800)とDVD(¥6800)がタダでもらえるという
・・・。ね、可笑しいですよね〜、おまけが豪華過ぎ(笑)。
惑星の月13日・KIN213赤い倍音の空歩く者[4月16日(月)] 3歩進んで2歩下がる

またしても反省しなくてはいけないことがありました。

あーーー、なんか自分の人間性をもっと成長させたいわーーー。
いや、確かに少しずつでも成長していないわけじゃないとは思ってます。なんだか、先日のコースで久しぶりに会ったティーチャー友達との会話を思い出しました。
(私)「元気〜?」
(友人)「まあね〜。3歩進んで2歩下がるってカンジかな〜。はぁ(ため息)」
(私)「でもいいじゃん。1歩ずつでも進んでるんならサ」
(友人)「そっかー、そうだよねー」
・・・ティーチャーの会話ってこんなもんなんですね(笑)。

良いプラクティショナーになるために一番必要なことはなにか?と聞かれたら、私だったら「自分の人間性を成長させること」と答えるかも。ボトルの名前を覚えるよりも沢山の人をコンサルするよりもレベル4まで行くことよりも・・・です。

マイク・ブースのことを私は本当に尊敬しています。彼のすごいところはいつも変わらないところです。まあ細かいところでは、体調が悪いときや別の仕事があるとき等態度が違うのだけど、もっと深いところではいつも変わらないのです。ほとんど個を超えているかんじです。強く大きく優しいのですね。

私ももっと個としての執着やエゴを手放した人間になりたいな。そのために、忍耐強く1歩ずつでも進んでいきます!我慢できずにやけになって手放すのは「手放す」とは言わない。それは「投げ出す」です(笑)。投げ出しちゃいけないよね〜。
惑星の月12日・KIN212黄色い自己存在の人[4月15日(日)] イエロー考察

今、レベル1のコース中です。
先日レベル3をやっていたときは「やっぱりレベル3が一番面白い!」なんて思っていたけど、レベル1をやっていると「やっぱりレベル1が一番面白い!」なんて思っちゃいます。この調子だと、どのコースをやっていてもその時のコースが一番面白いと思えるわけで、それはとても良いことですね〜(笑)。

オーラソーマでは「判断しようとするのを止めること」「ありのままであること」と、よく言います。
おそらく今日本で暮らす私たちの多くは「如何に的確に・如何に素早く物事を判断できるか」が大事だと教育されています。それが出来る人ほど優秀だという価値基準が一般的にはありますね。判断力によってすべてを何かの枠に当てはめられれば、混乱なく幸福に人生を送ることが出来るはずだと人間は考えたのでしょう。
しかし世界は元々矛盾に満ちているので、このような「すべてを何かの枠に当てはめる」ことがどうしてもできないものもたくさんあるのですね。「人はすべて同じである」「人はひとりひとりみんな違う」のふたつが共存することは、この考え方ではあってはいけないのです。それをむりやり枠にはめるとズレが生じてストレスになるし、枠にはめられないとなると混乱します。それが今の世の中かなと私は思います。

そんなときに「ありのまま」が良いのですね〜。矛盾しているものを矛盾したまま受け入れてみると、あら不思議!混乱しないじゃありませんか!?それどころか、散々考えて分からなかったことに簡単に気づけちゃうかもしれませんよ。イエローには「混乱」と同時に「明晰性」のテーマもありますが、このありのままに見るということが明晰性ということです。

まずは「世界は矛盾に満ちている。だからすべてを判断することはできない」ということを、潔く認めること。案外これが出来ない人も多いのではないかしら。
そして、「判断するのを止める」こと。
どちらにしても根本的に物事の理解の仕方を変えるということですから、
判断癖がついている人には難しいかもしれないけど、やってみてはいかがでしょうか。今まで知らなかった世界が開けて、分からなかったことが分かるようになって、すっきりするし楽しいよ〜。
惑星の月11日・KIN211青い電気の猿[4月14日(土)] ビジネスライク

私は合理主義的なところがあるので、常に権利と責任の所在をはっきりしておきたい方です。そうすれば、何かあったときにごちゃごちゃしなくて済むし、ごちゃごちゃすることで無駄な時間や無駄な手間や無駄なストレスをためなくて済む。非常に非情なところがあるのです〜。

例えばどこかのお店で買った商品が不良品だった場合、当然客である自分には抗議する権利があるし、当然店員はそれに対してなにがしかのフォローをする義務があるという考えです。そのお店が忙しいとか定休日だとか定員の数が少ないだとか、そんなのは店側の事情であって自分が抗議を止める理由にはならないという考えです。そこに私情をはさむ余地はない方が良いのです。

そういう考え方は、間違ってはいないはずなんです。それは隙のない正論であって、万人が納得するためには権利や責任の所在をはっきりさせ、合理的・論理的に物事を進めていくのが一番ではないかと思います・・・というか、思っていました(過去形)。

今でもそういうやり方が間違っているとはまだ言いきれません。が、もうそういうやり方は古いとも思っています。

上記の例でいけば、店に抗議をするなと言うことではないのだけど、そこに思いやりが欲しいなと思うのですね。思いやりのある抗議と思いやりのない抗議では、受ける店の人としてもストレス度合いが全然違うと思うのです。同じ抗議に対してフォローするのでも気持ちよくしたいものですし、気持ちよくフォローしてもらえるように抗議する側も思いやりを持っていたいものです。それはお店の人のためでもあるし自分のためにも。ビジネスライクなやり方ってこれからはもう流行らないんじゃないの〜って思います(笑)。

コンピューターじゃなく人間が対応しているんだもんね〜。
いままでは、そこに感情というあやふやなものを交えないことで物事を明晰にするというやり方が良しとされてきたけど、そうすることで知らないうちに人間はストレスを溜めてしまっているのが今の世の中ではないかと。ならばこれからはそういうやり方ではなく、クレームでさえも思いやりの気持ちを持ってやりたいなと思うわけです。

でも、これって自分に言い聞かせているんですよ〜(苦笑)。

惑星の月10日・KIN210白い月の犬[4月13日(金)] GNP(国民総生産)とGNH(国民総幸福)

さっき報道ステーションで面白いニュースをやってましたね。

ブータンの国王が、「我々の国で大切なのはGNPよりもGNHだ」と言ったそうです。GNHとは国民総幸福(HAPPY)のことだそうです。ちなみにGNPは国民総生産(PRODUCT)の略なので、国王はこれをもじったわけです。

ダライラマも言っています。「私達が生まれてきた目的は幸福になることです」
。ホント、そのとおりだと思います。
私達が、転職するのも引っ越すのも結婚するのも離婚するのも、すべて究極的にはそうすることで自分がより幸福になれると思うからですよね。多くの人がGNPを気にするのだって、それが自分の幸福のバロメーターだと信じてたからでしょ。

私の場合は、自分にとっての幸福が他人にとっての幸福と同じとは限らないと(それこそ子供の頃から)思っていたので、周囲がどんどんなんらかの道を見出して進んでいくのを横目で見ながら、焦ったりくじけそうになったりしながらもひたすら自分と向き合っていました(笑)。ここ5,6年でしょうか。ようやく自分のことを幸福だと心から思えるようになってきたのは。
しかし、いざそう思えるようになってみて気づいたのです。「自分にとっての幸福とは周囲の幸福あってのものなんだ。それらは切り離して考えることが出来ないものなんだ」と。この世で、周囲がみんな不幸で自分だけが幸福になることは不可能なんだと、ようやく分かったのね〜。それからですね、人様のお役に立ちたいと本気で思うようになったのは(気づくのが遅くてスマン)。

ブータンの国王はこうも言ったそうです。「GNHに必要なのはまず、自分たちが生きるために最低限必要な食べ物や空気(つまり自然)が良い状態であること。そして自分が暮らしているコミュニティ(つまり人間関係ということでしょう)が健全な状態であること。つまりお互いが助け合って生きているということ」。

先日、オーラソーマの4日間のコースをふたつ受講しました。どちらのコ−スでも、朝のポマンダーを使う順番が同じでした。それはピンク(初日)→ゴールド(2日目)→オリーブグリーン(3日目)→コーラル(4日目)の順でした。
この順番にはとてもとても大きな意味があると思うのです。今日の日記の内容ともとてもリンクしていると思います。私は偶然にも両方のコースを受講していたおかげで、この順番に意味があることに気づかさせていただきました。これは今という時代に新たな指針をまだ見出せずに迷走しがちな先進国を生きる私たちへの、大切なメッセージを含んでいると(大袈裟でなく)思うのですよ。

今、私達はどう在るべきなのか・なにを指針として生きていけばよいのか・自分にとっての幸福とはなにか・どうすれば幸福に生きていけるのか・・・。それらの問いに対しての答えが、ブータン国王のメッセージやこのポマンダーの順番に現されていると思うのです。そう思いませんかね〜?
惑星の月8日・KIN208黄色い宇宙の星[4月11日(水)] ウェイブスペルとオーラソーマ

今日で黄色い戦士のウェイブスペルもおしまい。私にとってはまさに「知性・問う・大胆さ」どおりの体験をした13日間でした。実際にお勉強週間だったので、自分に対して、そしてオーラソーマ対して様々な角度から様々な問いかけをし、確かになにかをつかむことが出来ました。ボトルで言えば16番や94番。タロットでいえば「塔」です。私としては、壊したというよりもミカエルのサポートと共に再生(結合?)した感が強いですね。

そして明日からは「赤い月」のウェイブスペルが始まります。キーワードは「普遍的な水・清める・流れ」。・・・あーーー、分かるなーーー(笑)。
何が分かるのかを言葉で説明するのが難しいのだけど、とにかく分かるわーーー。「赤い月」は、ボトルでいえば9番や87番ですよ〜。タロットでは「隠者」ね。

このウェイブスペルの出し方ですが、まず銀河の音の13日サイクルが始まる日(=磁気の日)の太陽の紋章を見ます。ちょうど明日が磁気の日なのですが明日の紋章を調べると「赤い月」ですね。なので、明日からの13日間を「赤い月のウェイブスペル」と呼ぶのです。もちろん日々変わる紋章のエネルギーがまずあるのですが、この13日を通して赤い月のエネルギーが潜在的に関わってくるのです。

この時々書く「今日からは○○のウェイブスペル」というのをどう解釈したら良いのか?以下はまったくもって私流の個人的な見方だということを前提として書いてみます。

これをボトルに例えてみると、潜在意識を表す下層にあたるのがウェイブスペルの紋章・顕在意識を表す上層がその日ごとの紋章・・・という感じでしょうか。だから例えばですけど、下層部は13日間変わらず上層部は日々変わるような毎日のKINに対応するボトルがあると思ってみてくださいませ。

私のイメージでは、目を閉じた隠者が探求する洞窟の中(タロットの9番の絵ね)には、澄んだ冷たい水が流れているのです。隠者は真実を見つけるために洞窟に入ったのですが、その流れに足を浸して感じることで彼は悟ります。普遍的な真実はないということを。真実は確かに存在しますが、それ自体が変化し続けるものだということを。それこそが「普遍」なのだということを。そして隠者は里に降りて(87番の絵ね)目を開けるのです。そのとき彼の目に写るのは、いつもの部屋でありつつもまったく違う風景でした。隠者は目覚めたのです。


・・・なぁんてね。
こういうこと考えるのめっちゃ楽しいわ〜。だって考えてる分には自由だもんね。
惑星の月7日・KIN207青い水晶の手[4月10日(火)] セッション前に瞑想

先々週・先週と、オーラソーマのコースを2つ続けて受けて以来好調な私です。

マイクにも「(タロットとリスニングトゥザスターの)ふたつのコースを続けて受けるのはとてもいいんだよ」と言われました。でもホント、それがよく分かります。
いつも言うことですが、オーラソーマのコースを受けるのは単に色の勉強をする目的よりも、それが自分自身の癒しや気づきに繋がるということが、大きな目的であり魅力なんですよね。
2つのコースを受けながら、瞑想に浸り、自分に向き合い、オーラソーマに触れていることで、今年に入ったくらいから続いていたもやもやがどこかに吹っ切れました。今、とても澄んだ心の状態でいます。

私は、セッションとセッションの間はできるだけ時間的にゆとりを持ちます。それは、クライアントさん同志が鉢合わないようにするためでもあるし(私は大体時間オーバーしちゃう方なのです)、片付けや準備でバタバタしないようにするためでもありますし、セッション前に瞑想するためでもあります。この瞑想をするかしないかの違いは大きいんだよなーーー。

例えばクライアントさんが大幅に遅刻してきたとき、どうしてもイライラしてしまいます。それは無理のないことだと思うので、イライラする自分を責めないようにしています。でもそんな気持ちでは良いセッションにはならないかもしれません。それも嫌だ。・・・そんなときに瞑想なのですっ。

瞑想前にポマンダーを使うことが多いです。どの色を使うかはそのときによりますが、そうして瞑想しているうちに徐々に心穏やかになってくるのです。イライラしている気持ちの奥にある変わらぬ自分を見つけることが出来るのです。そっちの自分の方がより本質の自分だということはすぐ分かるし、その自分にフォーカスし続けることでイライラではない、今目の前にいるクライアントさんと向き合うことが容易になります。つまり、その方が遅刻したという事実は本質の自分からすれば過去の話であり、大切なのは過去ではなく今この瞬間なのでそこに意識を集中することができるのですねー。

セッション前の瞑想はいつでもできるわけでもないのですが(今日も予約が詰まっていてできなかったし)、できるだけ、ね。
惑星の月6日・KIN206白いスペクトルの世界の橋渡し[4月9日(月)] 聖地にて

人の体に経穴と呼ばれるエネルギーポイントがあるように、もしも地球が生きているのであればそこに「経穴」的なポイントがあってもおかしくはないのかもしれません。神殿・ストーンサークル・ピラミッドなどの建造物は、古代人による地球のエネルギーポイントの目印だとも言います。そういう場所のことを聖地と言ったり今ではパワースポットなんて言ったりもしますね。
「そこでは惑星の生命力が湧き上がり、それによって私たちの意識が高められ、私たちはその場所を神秘的・超自然的と感じます。つまり光で満たされ、スピリチュアルに生き生きとし、かつ喜びに溢れます。その場所にずっと居たいと思います。そこには何かが存在しているのです」 BY リチャード・レビトン

私も聖地と呼ばれる場所に行くのは大好き!そういう場所に行ってエネルギーチャージするのです。地球からエネルギーをもらうような感じ。

しかし、先日マイク・ブースはこう言いました。「私たちが聖地に行くとき地球からエネルギーをもらうこともできますが、私たちが地球に何かを与えることもできるんです。」

そうか。そういう発想は今までしたことがなかったわ!今まで自分のことしか考えてなかったわー!と、目からウロコがポロリと落ちたのでした。

7月の終わりに夏休みをとってギリシャへ行く予定です。
私自身が行きたいから行くのはもちろんなのですが、なにか今回はギリシャへ呼ばれてる感じがするんですよねー。ご招待?されているのです(笑)。この感覚はなにかしらと思っていたら上記のマイクの話を聞いて、なんとなくその理由が腑に落ちたのでした。
ギリシャの土地にはいろいろお世話になったから(←過去生での話ね)お礼参りに行くような感覚なのと、それに関連してとあるミッションを果たしに行くような感じです。あまり詳しくは話せませんが、地球に対してのヒーリングに関することです。

みなさまももしどこかの土地へ行くときに(聖地と限らない話だと私は思います)、「自分が地球に対してなにかを与えることができる」というのを意識してみてはいかがでしょうか。地球もきっと喜ぶよー。
惑星の月5日・KIN205赤い惑星の蛇[4月8日(日)] 変わらなくていいの

友人からのメールに「変わらなければいけないという苦しみから自由になること」と書いてあり、「そうだよな〜」と納得してしまいました。

オーラソーマを学ぶことで変われます!なんて言ってしまいがちだけど、それは今の自分じゃない自分に変わるんじゃなくて、本当の自分に近づくこと・・・そういう意味での変化なんですよね。さらに言えば、今の自分は本当の自分じゃないわけでもありません。そもそも自分は自分以外の人間にはなれないのだから、本当の自分じゃないときなんてないのです。だから私たちがすべきことは、今この瞬間の自分をただ受け入れてあげればよいのです。そのとき自然に変容は起こります。逆説的だけどそういうこと。今の自分が変わるから本当の自分になるんじゃなくて、今の自分が本当の自分だと受け入れることで変わる・・・。

バイオレットのテーマである「変容」、そして「ブループリント(ブルー)を地に降ろす(レッド)」もバイオレットのテーマです。
エゴを超えて自分を大いなる意志にゆだねるとき(それもまた自分なんですけどね)、そこにはブルーの信頼の質がとても大切になります。ここにも逆説があって、なにかを実現したからそれを信じられるんじゃなくて、信じるからなにかを実現することができるのです。もし今の自分がブループリントを降ろして(生きて)いると信じられたら、自分を変える必要は何もありませんよね。つまり自分をありのままに受け入れることができます。そのとき、変容は起きるのです。

自分をありのままに受け入れることによって起きる変容とは、自分の世界観が変わるようなかんじなので、仕事が変わったり人間関係が変わったりするとは限りません。でも、仕事が変わったからといって前より幸せになれるとは限らないですよね。こういうとき起きるのはそれよりもっと根本的な変容であり、それは外側ではなく内側で起きる変容なのです。「外側」という自分ではコントロールできないものに影響される幸せではなく、「内側」で確固たる幸せが存在するようになるのです。そういう意味での変化なのね。

なんか理屈っぽくなっちゃったかな〜。
惑星の月4日・KIN204黄色い太陽の種[4月7日(土)] 謎解き

4月2日の日記に書いたタロットの「愚者」のボトル(0番と22番)についての新たな気づき。

そのとき私がマイクに質問した内容は「愚者以外のリターンジャーニーのボトルは全て小アルカナのボトルの後(79番以降)なのに、愚者のリターンだけが小アルカナの前(22番)にあるのは何故ですか?」でした。
それに対してマイクは「22番ではまだ旅が始まっていないんです」とだけ答えてくれました。

正直言うとその説明だけではいまいちピンと来なかったのですが、あえてそれ以上は聞き返しませんでした。何故なら、マイクは説明しようと思えばいくらでももっと詳しく説明できるのだけど、あえてそれ以上の説明をしないのだということが分かっていたからです。「このことを理解するのに必要なことはこれで充分だよ。だからここから先は自分の内側で見つけるんだよ」と、暗に言われたのです。その人にとって要なことは必ず教えてくれるのだけど必要以上は言わない、マイクのその絶妙なさじ加減にはいつも脱帽です。「ちくしょーーーー。ありがてぇじゃねぇか(なぜかべらんめい調)」ってな具合です(笑)。

でもね、今日分かったんですよ!マイクの言っていた意味が!!

私の解釈はこうです(あくまでも私個人の解釈ね)。
「リターンジャーニー(戻る道)」というからには、まずは旅に出ていなくてはいけません。それがアウトワードジャーニー(行く道)のボトルになるのですが、愚者に関しては22番をリターンジャーニーとは言わずに、愚者のマスターシップと言います。タロットカードは「愚者」から始まりますがその番号は「0」です。通常数字は「1」から始まるので、「0」が意味するのは始まる以前の何かであり、それがボトルの0番にそのまま反映されます。つまり0番ではまだ旅が始まっていないのです。ならばそもそもリターンもあり得ないわけで、だから22番は0番のリターンと言わずマスターシップと言うのです。
0番では愚者はまだ目覚めていません。しかし目覚める可能性に満ちているのです。愚者は手に持った袋の中にすべて(4元素)をちゃんと持っているのです。そして22番で起きる愚者の変容は4月2日の日記に書いたとおりです。マスターシップとは「母船」「支配力」などの意味があるようですが、自分が持っていることに気づいているかいないかの違い。崖っぷちを歩いているという事実は変わらなくても、それに気づいているのかいないのかの違いは全然違います。そのことだったんですねーーー。わーい、またひとつ分かっちゃったよー。

あれ?でも今思ったけど、もしかしてこんなことオーラソーマのレベル3を学んでいる人なら誰でも知ってることなのかしら。私ったらこんな基本的なことを知らずにティーチャーやってて、さも自分はすごいことに気づいたなんて勝ち誇ったような顔をしてるだけなのかしら(苦笑)。げー、だとしたらめちゃくちゃ恥ずかしいじゃん。
・・・そう考えるとちょっと怖いけど、でも書いちゃおう。だってマイクから出された謎々が解けてうれしかったんだもーん。

惑星の月3日・KIN203青い銀河の夜[4月6日(金)] お勉強週間終了

今日でお勉強週間も終わりです。自分に吸収する期間が終わり、明日からは今度は吸収したものを還元していく・つまりは自分のコースが始まります。
私は、自分が自己探求好きなのは分かっていましたが、ティーチャーになってみて分かったのはシェアするのも好きなんだということです。今、自分が吸収したことをシェアしていける場があり、さらにそれを分かち合い同じことに共感できる人達(それはつまりは生徒さんとかクライアントさんとか仲間とか)がいることに心から感謝!しています。

今回のコースでも、私を教えてくれたティーチャーもいたし、私が教えた生徒さんもいたし、同期の友人もいたし。でも上下関係とかではなくて、みんなオーラソーマが好きでオーラソーマを通してとても真撃に自分と向き合っている同じ仲間という感じがしたのですね。お互いの人間性を尊重しあいながらも連帯感があるという繋がりがとても気持ちよかったのです。

コース前に私が課題にしていた「スペース」のことにも学びがありました。人見知りする性格は変わっていないと思います。ただ、知らない人だから恐れることもできるけど、知らない人だから出会いにワクワクすることもできる。どちらの気持ちでいるかを選ぶのは自分であり、その選択によって現実や結果が本当に180度変わり得るんだということです。人は自分の鏡であり人に与えたものが自分に帰ってくるという真実を実感しました。だから何も恐れることはない・・・。
マイクも言ってたけど、感情的なパターンを変えるには練習が必要です。 こういうことはあるとき劇的に変わるといった類のものではありません(稀にあるかもしれないけどね)。今回の経験で私は、初対面の人に対しての感情に変化を体験しましたが、次からはもう大丈夫なんて言いませんよ(笑)。次の機会には、また意識して今回と同じ自分でいられるように・・・練習です(一番ニガテなことだ、苦)。そしていつか、いちいち意識しなくても自然体のままで初対面の人と会える自分になれたらいいな〜。

しかしねー、今回のコースでは自分の立場というものを知らされました。日頃自分のサロンに引きこもりがちだから、たまに外の世界の空気を吸うのはやはり大切ですね。
知ってる人にたくさん会ったこと(以前はコースに出ても知ってる人なんてほとんどいなかった)。私は知らないけど向こうは私を知っているという人から声をかけてもらったりしたこと。一緒に写真をとってくださいなんて頼まれてしまったこと・・・。
「ああ、私もこの業界(オーラソーマ業界)で長くいる方になってきたのねー」としみじみです。つい先日も私の生徒さんから「今度ティーチャーコース受けます」なんてお知らせが来たりして、感慨深いものがあったというかなんというかとにかく大感激しちゃいました。

どんどん輪が広がってゆく。うれしい限りです。やっぱりオーラソーマ好きだからさー、仲間が増えるのはうれしいよね。今回のコースであらためてオーラソーマの楽しさを実感した私ですが、得るものがあり過ぎて整理できてないので、その辺のことはまた追々・・・。

惑星の月2日・KIN202白い共振の風[4月5日(木)] 調子良いナ

惑星の月になったからなのか、お勉強三昧だからなのか、先日の満月の影響なのか、セラピスベイを使っているからなのか・・・・とても調子が良いです。
肌の調子はむしろ悪いのだけれど、魂の調子は絶好調!

今受講しているコースは実習の時間も多くてエネルギーが動いているのが良く分かります。こういうときはむしろ体調を崩すことも多いのだけど、今回は良いほうへ変化しているようです。

しかし、眠いのだ・・・。シフトアップするときって決まって眠くてたまらなくなるのよね〜。

ホントは書きたい事がたくさんあるのだけど、それはまたコースが終わってからにして、今日はもう寝ます〜ZZZZZ。
惑星の月1日・KIN201赤い律動の竜[4月4日(水)] 44のシンクロ

そっか、今キーボードを打っていて気づいたけど、今日はG暦では4月4日なのね。今日はやけに44の数字を見ると思ってたけど、これまたシンクロだったんですね〜。
44番はペールバイオレット・ペールブルーの「守護天使」のボトル。今日のコース中にやったグループワークで、ある人の選んだボトルを他の全員がひとりづつそのボトルのギフトを語るというものがありました。色の言語等の知識的なことはここでは関係なく、今そのボトルから自分が感じることを語れば良いのです。
私が感じたのは、果てしなく広がるイメージ。世界の果ての隅々まで、空にも地面にもあそこにもここにもそれがない場所はないようなイメージです。「私たちは決して離れることはない。いままでも今もこれからも、何時でも何処でも一緒だよ。」と、その方に囁いているようでした。その事を伝えて、あと私以外のみんなもいろいろ素敵なことを伝えていて、その方は涙を流していました。私もなんだかほっこりした気持ちになりました。
帰りがけにカフェにはいって新聞を読んでいたら、とある作曲家の呼びかけに賛同した44人の芸能人が出演するチャリティソングのプロモーションビデオが出来たという記事が載っていました。売り上げはNGOに寄付されるそうな。

今日だけで44シンクロがあと他にもふたつくらいあったんだけど、あとは思い出せない〜。

44は強力なグランディングの数字。これまた、今日のコースでやったアーススターの大切さにシンクロします。
私たちがまずしなくてはいけないのは、アーススターを意識して活性化させること。(オーラソーマを知らない人でも分かるように言うと)それはつまり、今この場所でこんな環境の中でこんな自分で生きているという現実を受け入れることです(我慢することじゃないよ)。それが仮に望まない現実ならばそれを望む現実にするためには、否定では解決にはなりません。なったように思えてもそれは一時的なものでしかないのです。

あーーー、やっぱり行き着くのはピンクだなー。特に今の私はピンクがより深く分かりかけてる時だから、どうしてもピンクに意識が向いてしまいます。
太陽の月28日・KIN200黄色い倍音の種[4月3日(火)] 自然体

今日で太陽の月も終わりです。みなさんにとってはどんな1ヶ月だったでしょうか。太陽の月のテーマは「意志・脈動させる・実感する」です。これらの言葉を頭ではなく心で感じてみましょう。
私にとってこの1ヶ月はけっこう慌しかったです。表面的にはいつもどおりのスケジュールでしたが、内側ではたくさんのものがぐつぐつと煮立ち始めました。お水を沸かすと徐々に煮立ってくる、ちょうど70度から90度くらいのあたりにいるようなかんじです。分かりにくい例えですみません。

明日からは惑星の月。テーマは「表明・仕上げる・生み出す」。これまた頭よりも心で感じてみましょう。お湯の温度は90度から100度へ、そして沸騰するのかな?それが私にとっての表明・仕上げ・生み出しなのかもしれません。

今日からまたしてもマイクのコースが始まりました。今回は人数がすごいです。100人超えてます。オーラソーマのコースでこの人数は初めてですが、人見知りの激しい私にとっては、人が多過ぎてかえって気分的に楽かもしれません。田舎暮らしだとみんな知り合いだから時にうっとおしいけど、都会では隣人でも知らない人だから楽チン・・・みたいなかんじ。

とはいっても知り合いに沢山会いました。アマーリエの生徒さんや勉強会で会った他校の生徒さん・ティーチャー仲間など。休み時間のたびに誰かに声をかけていただいたりこちらからかけたり。
こういうとき、いままでの私だったら見つからないように避けまくったり(嫌な性格!すみません)してたのに、今回は何故か自然体でいられます。誰かに話しかけられようがかけられまいが、そもそもそういうことを気にしていなかったら、あちらからどんどん声をかけてもらえたのです。そして私も誰かを見つけたら自然に声をかけていました。この変化はなんなのかしら?多分使いまくっているグリーンポマンダーのおかげね。

自分が自然体でいるほうが結果として人と話せる。人と話したい、でも話したくない・・みたいな屈折した感情でいると、かえって話しかけてもらえないのだけど、自然でオープンな自分でいると話しかけてもらえる。この見事な逆転現象を今日は目の当たりにしました。
理屈ではわかっていたことをまざまざと見せてもらいました。このエネルギーの法則・自分が現実を作っているといういたってシンプルな法則をあらためて感じましたね〜。本当はね、私だって話したいのよ、誰かと。

あとうれしかったのは、マイクが私に手を振ってくれたことですね。なんで手を振ってくれたのか分からんけど、人が沢山いる中で私を意識してくれたという事実に、ミーハー心をくすぐられてうれしかったです(笑)。やはり私が、マイクのことを必要以上に意識していなかったのが良かったんだろうな。マイクはそういうのにホントに敏感だもんなー。
太陽の月27日・KIN199青い自己存在の嵐[4月2日(月)] またしても「無条件の愛」について

昨日で4日間のコースも無事終わり、家に帰った途端朝まで爆睡してしまいました。コースはとても楽しかったけれど、やっぱりくたびれたのかしらね。

爆睡しながらもベッドの中でぼんやり考えていたのは、「無条件の愛」についてでした。

コース中に私は「愚者」のボトル(0番と22番)についてマイクに質問しました。そのときマイクが言っていた言葉。「自分を変えることはできません。だから自分を否定するということは、自ら自分を幸福から遠ざけることです。深いレベルで見れば今の自分は自らが望んでそのような状態で在るのですから、本当は変える必要はなにもないのです。幸福であるためには、ただ今の自分をありのままに愛すれば良いのです。なにをするかを変えるよりもどのようにするかを変えるのです。きこりは悟りを開いた後またきこりに戻るという話しがありますが、「並外れた在り方で普通で在ること」が、本当の目覚めなのです(22番はベースチャクラボトルである5番に光があたった色です)。
言葉はこのとおりではなかったけど、ニュアンスとしてはこんな感じのことを言ってました。

もし自分が今の自分を無条件で愛していたら、自分を変えようとはもはや思わないでしょう。誰に何をされても傷つくことはないでしょうし、人を傷つけることもしないでしょう。
だって考えても見て!自分が満たされていて気分が良いときって、すれ違いざまに誰かに肩をぶつけられても全然怒らないよね。めちゃくちゃ寛大な気持ちで許せちゃう(笑)。メールを出すにしても、ていねいで優しいメールをあげられます。
なにかで賞を取った人がインタビューで必ず周りの人への感謝の言葉を述べます。あれだって、自分が満たされたからあとは自然に周りにそれが広がってゆくだけのことです。その人がことさら良い人だってわけじゃなく・・・というか、人は根本的には誰でも思いやりや感謝の気持ちをどこかに持っているということですね。自分自身が愛で満たされていさえすれば、誰だって他人にも愛を広げることができるのですね。

レベル3のテキストにも書いてありますが、私はこの「並外れた在り方で普通であること」という言葉が大好きです!それこそ私が目指している自分です。