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太陽の月25日・KIN197赤い月の地球[3月31日(土)] オーラソーマ・新タロットコースその弐

今日も楽しかったー。

今日はある受講生の方が選んだボトルを例にあげて、マイクがサンプルリーディングをしました。そのボトルとは、19番とそのリターンジャーニー(レベル3でやる内容です)の97番でした。
マイクは、ボトルの色はもちろんですがそのボトルの数字からみられるボトル同志の関係性や、生命の木上でのそのボトルの周囲にあるボトルとの関係性・さらにはタロットとの関係性など、本当にさまざまな角度から関連性を見出しながらコンサルしてくれて、しかもそうしてみてみると、あるボトルとあるボトルが同じ色だったり同じ数字を持っていたりとたくさんのシンクロがあって、その深さと必然性には驚くばかりでした。「ああ、やっぱり選んだボトルはある種の必然性をもって選ばれたボトルなんだな〜」とあらためて強く感じざるを得ないほど、ボトル同志の関係性は、出来過ぎと言えるほどにみごとなストーリーを紡いでいるのです。

そして私はあることに気づいたのです。「マヤ暦では今日のKINは197。今マイクがリーディングした19番と97番にまったくシンクロするじゃない!!」と。

マイクはマヤとの関係性についてはなにも話していなかったから、私はどうしてもマイクに確かめたくてマイクに直接聞いてみました。「今日のKINナンバーとさっきのボトルの数字がまったくシンクロすることをマイクは知っていて、あえてそのボトルでサンプルリーディングしたのですか?」。
すると、マイクはあっさり「YES」とお返事。そうなると私も黙ってはいられなくなってしまい、「(私)あともっと気づいたんですけど、今のウェイブスペルは黄色い戦士(16番目の紋章)だから、それもさっきの話に出てきたミカエル(16番ボトルのリターンは94番の大天使ミカエル)とも繋がりますよねー」「(マイク)それもあるし、僕は赤い地球のウェイブスペルの人なんだけど、今日も赤い地球の日なんだよねー」(←それって自分の話じゃん・・とは突っ込まなかったけど、笑)。

まあそんな調子で、その後またいろいろと考えているうちに他にもたくさんのシンクロを見つけてしまいました。あり過ぎて書かないけど、こういうのがもうホントに楽しくてたまらなーい。

しかし、マイク自身も「僕はこうやってボトル同志の関係性を見つけていくのが楽しくてたまらないんです」と、本当に顔を真っ赤にしてエキサイトしながら話してましたよ(笑)。本当に好きなんだなーというのがよく伝わってきました。

いやー、オーラソーマってほんっっっとうに、楽しくて奥が深いものですね!
太陽の月24日・KIN196黄色い磁気の戦士[3月30日(金)] お勉強週間突入

昨日から、マイク・ブースによる新タロットのコースに参加しています。久しぶりのお勉強週間。

オーラソーマのコースでは朝一番に自分の4本のボトルを選ぶところからコースが始まります。今回も例に漏れずなのですが、今回は更に4本とは別に、お腹のスターの意識でも1本選びます。昨日のコース中に、お腹で選んだ1本を使ったあるペアワークをしました。ひとりが選んだボトルが生命の木のどこにあるか、そしてそのボトルの周辺に置かれるカードとボトルとの関係性などを見ていくというものでした(レベル3をやってない人にはわからない内容ですみません)。
そしたら、私も私がペアを組んだ人もほとんど同じような流れになったのです。生命の木のパスでいうと「死」「塔」「運命の輪」など。これをお互いにコンサルしたところでは、「手放し」「メタノイア(全質変容)」「カルマとダルマ」などのテーマが重なっていて面白かったな〜。しかも二人とも自分のサロンを引っ越そうという、今置かれている状況も同じだったんですよね。

「運命の輪」のところをやっているとき、マイクがカルマとダルマの話をしました。

「キャベツの種をまいたらキャベツしか育ちません。バラの種を蒔いたらバラ以外のものは育ちません。だから、もし美味しいものが食べたいと思って種を蒔くなら、バラの種じゃなくてキャベツの種を蒔かなくてはいけません。何の種を蒔くのかは完全に自由ですが、自分で蒔いた種は自分で刈り取るのがルールです。蒔くものや刈り取ったものに対しての責任はすべて自分自身にあります。」これすなわち、カルマとダルマの法則です。

今日も、今日お腹で選んだボトルでペアワークをしたのですが、今日もペアを組んだ人と私はまったく同じボトル(95番)を選んでいました!となると当然出てくるタロットも同じような感じになって、お互いにゴールドのテーマでした。
今日、マイクが話していた「知識は外から得るものだが、知恵は自分の内側で発育させて洗練させていかなくてはいけない(「節制」のカードのゴールドのところでそんな話になった)」。

私の解釈では、何の種を蒔くのか(キャベツなのかバラなのか)を決めるのはハートのグリーンで(グリーンの真実や決断ですね)、蒔いた種を育てて刈り取るのはインカーネショナルスターだ(ゴールドの知恵と自己価値)ということです。更に言えば、自分はなんの種を持っているのか・自分の可能性を知っているのは95番の上層のマゼンタの部分です。持っていない種はそもそも蒔けません。

あああ、ホントはもっといろいろな発見と気づきがあったのだけど、長くなりすぎて書けません。でもこのような感じで今回のコースは進んでいます。楽しくてたまらなーい。
コースが始まる前、人見知りが激しい私はスペースのことを気にしてたし今でも気にしてないと言ったら嘘かもしれないけど、楽しい気持ちのほうが強いし休み時間とかも誰かと話したりできてるので(でもやっぱり緊張してるのだけど、笑)、ほっとしています。いい年してそんなこと気にするなよと自分につっこみたいですが。

やっぱりマイクのコースは面白い!1年に一度くらいはマイク詣で?したほうがいいですね。なにより今ティーチャーである私にとってマイクのエネルギーに触れることは、オーラソーマのエッセンスから離れないように確認できる場でもあるのです。
太陽の月22日・KIN194白い水晶の魔法使い[3月28日(水)] 神との対話

寝る直前になってからガサガサと調べ物や片付けを始める完全夜型・ゴ○ブリのような習性を持つ私ですが、夕べもちょっとしたことで「あー、あれなんだっけな」と、一度考え出したら思い出さないと気持ち悪くて眠れない気分だったので、久しぶりに本箱の奥のほうまでをガサガサ探しておりました。そして見つけた「神との対話」全3巻。懐かしいなぁ。

精神世界系の本の中でも、この「神との対話」シリーズはかなり好きなほうです。それまでいろんな精神世界の本を読んでいて、大体のものは良いんだけど肝心なところが書いてない・もしくは書いてあっても物足りないと感じていたことを、この本は非常に明解な言葉で書いてあったのです。だから、分かるようで分からなかった精神世界に関するもやもやが、この本でかなり吹っ飛んだ(笑)のを覚えています。それ以来ときどき読み返しますが、そのたびに新たな発見があり多くの気づきをもらっている、私にとってはとても大切な本なのです。でもこの2年くらいは全然読み返していませんでした。

夕べ久しぶりにこの本を見つけて、なんとなく手にとってパラパラと読み返してみました。やっぱいいこと書いてあるわ〜。

ふと思ったのは、この「神との対話」シリーズ3巻の流れって、オーラソーマのレベル1・2・3の流れに似ているなということです。
「神との対話」3巻は、1巻目には個人のテーマ(仕事や人間関係・恋愛等)について語られていて、2巻は社会や地球規模のテーマ(戦争や環境問題等)について、3巻は宇宙規模のテーマ(霊性や存在の目的等)について書かれています。もちろん1巻に限らずすべては個人としての自分に深く関わることですから、3巻すべてが自分の人生や日常に生かせるものです。

オーラソーマの学びも色やボトルを通して、レベル1では個人としての自分への癒しや気づきを・レベル2では自分の中にある様々な側面をさらに掘り下げ、レベル3では宇宙の中ですべてと繋がりあいながら存在する自分に気づく・・・という流れがあると思います。レベルが進むごとに、個人から社会へ、さらに宇宙へと、自分自身という存在の認識がどんどん広がってゆくのを感じられると思うのです。それはそれは癒されるのよね〜(笑)。

まあ、そんなことで夕べは寝る前に「神との対話」3巻を読み返していました。そしたら今日、知人からのメールに「今ニール(=「神との対話」の作者)が来日していて、今日そのワークショップに行ってきた」と書いてあるじゃありませんか。あらら、またしてもシンクロです。
ニールが来日するなんて知らなかったしワークショップも受けなかったけど、ちゃんと彼とは繋がっていたようです。そうね、そういうことなら今夜も続きを読みましょう。

さぁて、46番ボトルを使い終わり次に使うボトルは47番に決まりました。キターーーーーー!47番!
太陽の月21日・KIN193赤いスペクトルの空歩く者[3月27日(火)] 創造性とは

植木等が死んじゃったよーーー。
私の記憶の中にある最初のお笑い番組である「ゲバゲバ90分」(あれ?60分の方だったっけな?)にも出演していて、記憶の中にある最初の芸人さんであるクレイジーキャッツ一番の人気者。
あの頃の芸人さんは、年をとってさらにかっこよい人が多いと思います。植木等他クレイジーキャッツの面々はみんなそうだし、ゲバゲバメンバーもそう(おひょいさん・大橋巨泉・前武さん)・あとグループサウンズから来た人(堺マチャアキ・井上順)・あとドリフの加藤ちゃんとか。粋で上品でスマートさがあるのよね〜。今の芸人さんで年を取ってああいう粋な感じを醸し出せそうな人が思い当たらないのがちょびっと悲しい。

今日は昼間「オルセー美術館」展を見てきました。印象派の時代の絵は、画家の個性や主張がタッチや主題に表れていて、画家によって絵が全然違うのが面白いです。
絵を見ていてなんとなく思ったのは、「人間の創造力には限界があるか!?」です。
例えばヨーロッパ絵画と日本の絵画には圧倒的な違いがあります。それは絵を描く個人の才能や資質の違いというよりも、そもそもの文化の土壌の違いです。ピカソがどんなに当時からすると斬新で今までにない絵を描いたと言われても、それはあくまでも同時代のヨーロッパ絵画の中での話であって、もし同じ時代に安藤広重が突如ヨーロッパに出現したらピカソどころの斬新さではなかったでしょう。しかし実際にはそんな人は出現しないのです。
ストラビンスキーの「春の祭典」はあまりの斬新さに初演時大ブーイングの嵐だったそうですが、それだって今の私たちからすれば同じクラシックの範疇に入るわけだし、そのときの観客も三味線聞かせたらもっとびっくりしただろうなと思うのです。
つまり創造性とは、すでにあるものからちょっとだけ新しいものを誕生させ、さらにそこからまたちょっとだけ新しいものを誕生させる・・・の行為なのですよね。いきなり10段階飛び越すことはないのです。

でもその「ちょっと」がものすごいことなんだろうな。そしてその「ちょっと」のエネルギーを生み出すのは、それを生み出す個人の力だけではなく、その人が生まれた時代や文化の背景が深く関わっているということです。だって全然関わっていなければそれこそ個人の力だけだから、10段階飛び越しだってできちゃうかもしれないですもんね。でもそうならないということは、やはり周囲の環境が個人の創造性に大いに関わっているということです。
ということは、創造性自体が「個人」だけのレベルで生み出されるものではないということになります。「個人」のようでいて、その背景にはその時代や文化の感性が土台となっている・それを集合意識といってもよいでしょう。だからターコイズには「集合意識」と「創造性」の両方のテーマがあるのね。ひとりの人間が、周囲にまったく影響されずにその人の創造性を発揮することは不可能なのだー。

そんなことを思いながら、マネやモネの美しい絵を激混みの会場で人の頭越しに見ていたのでした。
太陽の月20日・KIN192黄色い惑星の人[3月26日(月)] 緊張してきた

昨日真央ちゃんの衣装について書きましたが、真央ちゃんの滑っている姿はとても魅力的で、衣装の垢抜けなさも含め真央ちゃんらしさなんだな〜と思い直しました。あれ?これじゃかえって真央ちゃんに失礼だろうか・・・。まあとにかく、その人自身の魅力に比べたら衣装なんて大した問題じゃないということです。でも衣装も大きいと思うけど(笑)。

私は極端に人見知りな性格です。幼少期の私は母に言わせると「この子はこんなに引っ込み思案で、学校にあがってもやっていけるのかしら」と心配していたそうな。「それが今じゃこんなになって」とも言われましたが(苦笑)、お母さん分かってないなー、私は今でもあの頃となんにも変わってませんよ。
変わったことといえば、大人になった今は人見知りをしていない「フリ」ができるようになったというくらいです。初対面の人と普通に笑顔で話していても、心の中は緊張で吐きそうなんですよ(笑)。

これがオーラソーマでいうグリーンの「スペース」の問題なんだということ。自分はいつでもどこでもスペースを必要とする人間なんだということ。スペースを作れるかどうかは、周囲の環境よりもむしろ自分の心の問題なんだということ。
それらのことに気づいて,、いつもグリーンを選ぶ自分が何故極端に人見知りをするのかが分かりました。そして内側にスペースを作ることでより自分らしくなれることも分かりました(こうやって分かりやすく伝えてくれるところも、私がオーラソーマを好きな理由のひとつです)。しかし、まだいつでもどこでもスペースを作れるようになったわけではありません。
人の輪の中にいながらにして自分のスペースを作るのに神経すり減らすのが嫌で、ひとりでサロンを始めたわけなんですがね。このスペースは周囲を気にしなくて良いから本当に居心地が良いのですがね。もう少し人との交流もあったほうが良いとも思うのです。なのでグリーンが必要なんだよね〜。

外側ではなく内側のスペースが大事なんだと数日前に気づいた私。ちょうど今週来週は私にとっての「お勉強週間」で、オーラソーマのコースをふたつほど受講してきます。つまり、知らない人の集まりの中に参加してきます。まさに「内側のスペース」を学ぶ良い機会になるかもしれません。いや、良い機会にしようと思います。

あ〜あ、コースを受けるのは本当に楽しみなんだけど、そのことを考えると憂鬱だ〜。もうここ数日グリーン使いまくりで今から備えてますっ。
太陽の月19日・KIN191青い太陽の猿[3月25日(日)] 雨

今朝目が覚めたとき、部屋の空気にしっとりした重さを感じました。頬の周りに1枚ベールをまとっているようなかんじ。窓の外へ目をやるとガラスに雨粒がへばりついていて、「ああ、今日は雨なんだ」と気づきました。空気の重さは雨による湿度だったんですね。でもとても心地よかった。ここのところ乾燥していたから、この湿った空気はなにか安心感を与えてくれました。
サロンへの道の途中でも、道端の草花が喜んでいるのがありありです。草花だけじゃなくて、地面も喜んでるっぽかったようでした。私の細胞も喜んでいるのが分かります。私も地面も草花も同じように雨を喜んでいる・・・ということはやっぱり、私たちは同じものからできている同じ生き物なんだなぁ、なんて思いました。ホント、今朝の通勤路は気持ちよかった!

先日検査した毛髪ミネラル検査の結果が戻ってきました。それによると私のミネラル年齢は実年齢より4歳も若かったです、えっへん。食生活に自信がなかったのでひとまず安心。
しかし、砒素の値が許容量を超えて高かったんです!砒素が高いと特に肌に悪影響がでやすくなる・・・そして私はまさに肌が弱いのです。いやーん。たしか砒素って、一度たまったら解毒しにくいんじゃなかったっけ。

私は意識していないと水分補給が少なめになってしまうほうなのですが、やはり水をたくさん飲むのがシンプルなやり方だけど解毒には一番良いような気がします。そうか、だから今朝の湿気があんなにうれしかったのか〜。自分の細胞が喜んでいるってかんじだったけど、それだけ細胞も水分不足だったということですね。ごめんなさい、私の細胞よ。

ところで、フィギュアスケート良かったですね〜。感動してもらい泣きしちゃいました。他人のことよりも自分自身のベストをつくすことが大事なんだとあらためて思いました。
けど、やっぱり気になる真央ちゃんの衣装。ミキティは色もデザインもセクシーなミキティらしさを引き出す衣装でいつも素敵だと思うのだけど、真央ちゃんの衣装は・・・誰か真央ちゃんにもっと垢抜けた衣装を着せてあげてぇ〜(悲鳴)。
太陽の月18日・KIN190白い銀河の犬[3月24日(土)] 突然の気づき

今日のコース中、生命の木の真ん中にあるスフィア(ティファレト)に置かれる46番ボトルの話をしているとき、急に大きな気づきがやってきて思わず大きな声で「あっ!」と言ってしまいました。その場にいた生徒さんたち、私事でヘンな態度を取ってしまって本当に申し訳ありませんでした!

46番は今私が2本目に選んでセラピーボトルとして使っているものです。もう泡ブクブク・どよよ〜んと濁ってしまっていて、ボトルに申し訳ないほどです(苦笑)。でもそんなところが愛おしいんだけど。
使い始めの頃は使い心地も良くなかったのですが、今はずいぶん楽になりました。
その前(1・2月頃)はマゼンタのテーマがあって66番を使っていましたが、それが終わって今使っている46番はマゼンタの上にグリーンが乗っているボトルです。私のチャレンジはマゼンタからグリーンへ移りつつあるのかもしれません。この一ヶ月はグリーンのエアコンとグリーンのポマンダーも使いまくっているのです。使わずにはいられないかんじです。

サロンの引越しの件もいまだ良い場所が見つかっていません。引越しを止めたわけじゃないんだけど、なかなかね〜。
でも今私に本当に必要なのは、サロンスペースよりもインナースペースなんです。「内なるハートのスペース」です。外の世界は内なる世界の鏡。だとすれば尚更、内なるスペースにもっと目を向けねば!

・・・と、いうことに突如気づいて大きな声を出してしまったのでした。ホントはもっとあるのだけどあまりにも個人的なことなので省略いたします。

自分でしゃべりながら誰かにしゃべらされてるような感じがすることはコースをやっていると時々ありますが、今日もそんなかんじ。でも生徒さんには本当にご迷惑おかけしました。重ね重ね申し訳ありません(なんか謝ることが多いなぁ)。
太陽の月17日・KIN189赤い共振の月[3月23日(金)] レベル3的な癒しについて

「自分は何処から来て何処へ行くのか」
今日のレベル3のコース中、どこかで聞いたことのあるようなこんなセリフを吐いていました。

生命の木の上にずらりと並べたボトルたちを見ていると、その中の何処かに自分のソウルボトルが置いてあります(あたりまえだけど)。木全体の中でそのボトルが置かれるポジションや、そのボトルの周りに置かれるボトルたちとの関連性の中で見てみると、全体の秩序の中で自分に与えられた魂の使命や目的(3次元的な自分)と同時に、時の流れの中で自分がどのような経験を経て今の自分がありそしてどこへ向かおうとしているかの4次元的な自分の両方が見えてきます。
どのボトルが欠けても木が完成しないとなると、1本のボトルの果たす役割は重大です。自分のボトル(つまり自分)がそんな貴重な存在だということを、この木を直に見ていると実感としてそんな思いがこみ上げて来ます。「ようし、生きるぞーーー!」みたいな気分になります(笑)。

レベル3をやっていると自然に、自分に対しても「個人」的というよりも「全体性の中での自分」的な見方をするようになると思います。
私としては、レベル1やレベル2は比較的個人としての自分と向き合い個人的な問題を癒していく感じで、レベル3はそれを越えたところにある全体の一部としての自分と繋がることで、さらに深いレベルでの気づきがある、そしてそのこと自体が全体性に帰るという一番大きな癒しを与えてくれると思うのです。
レベル3的な癒しとはそういうことかな、と。
今の私にとっては、(教える側であっても)レベル3が一番癒されるのです〜。

そんなことを考えていたら、どうも私のソウルボトルが上下層を入れ替えたほうが良いような気がしてきました。ターコイズ/グリーンよりもグリーン/ターコイズのほうがしっくりくるような・・・。
上層と下層の関係性について新たに大きな気づきがありそうだったんだけど、思いついたのが今日の昼休み中で午後の授業を始めなくちゃいけなくて時間切れになってしまったので、惜しいところで結論まで導けませんでした(笑)。今日の夜にでもまた続きを考えてみよう。こういうこと考えるのだ〜い好き。
太陽の月16日・KIN188黄色い律動の星[3月22日(木)] 気の緩み

またしても落ち込んでしまうことがありました。最近自分の言動が軽くなってしまっていると思うのです。認めたくないけど、気が緩んでいるのだと思います。
確か少し前の日記で「もっとわがままに生きるぞ!」と宣言したばかりなのですが、そしてそれを撤回しようとは思わないのですが、それとこれとは別の話です。この辺のバランスが私にはとても難しいところですが、とにかく人に不快な思いをさせてしまうのはいけません。もっと思いやりの気持ちをもって人に接していかねば。「いかねば」なんていうのも本当はヘンなのだけど。恥ずかしいけど今の私はそんな状態だと自分では思います。

それはそれとして、今の私のどこか深いところではとても心地よさを感じているのです。これは、今のウェイブスペル「青い夜」のエネルギーだと確信しています。この紋章がよほど私は好きらしい。
ワクワク感というかドキドキ感というか、夢の中でジェットコ−スターに乗っているような安全な中でスリル満点の遊びをしているような快感です(笑)。
そんな感覚が、ハートよりも深い・腹の底よりも深い・いや、深いのではなくそもそも次元が違う感じのどこかから湧き上がってくるのです。そうか、青い夜ってそういうカンジなんだー。

でも今の自分の気の緩みをウェイブスペルのせいにするわけではありません。それとこれとはまったく別次元の話です。気を引き締めるゾ!
太陽の月14日・KIN186白い自己存在の世界の橋渡し[3月20日(火)] 1本とられました

今日からレベル3コースが始まりました。1ヶ月の中でレベル1・2・3を全部開催するのは初めての試みです。どうもやはりコースのレベルによっても気持ちの切り替えが必要らしく、頭ン中がごちゃごちゃになりそうですが気を引き締めてがんばりますっ。だってやっぱり楽しいし。

今日は初日ということもあり緊張感もあってコースのことしか考えてなかったから、おとといの落ち込みは本当に消えてしまいました。打たれ弱い自分の性格は直りませんが、いろんな人の優しさや励ましの言葉に勇気付けられています。ううう、ありがとう〜。

今回のコースに参加してくれている、先日島根に旅行してきたという生徒さんからお土産にいただいた、ゲゲゲのキタロウの「目玉親父てぬぐい」が、私のハートを射抜いた最高のプレゼントでした!(水木しげるセンセイは島根県境港市出身)これでかなり元気を回復したゾ(もちろんそれだけではありませんが)。
この可愛くないけど可愛い(キモカワ?)、もらっても正直うれしいようなうれしくないようなギリギリの線をついてくる、でも笑いがとれればOKみたいなこういうセンスが好きだー。1本とられたよ。誤解なきように言いますと、いただいてとてもうれしいのですよ、ありがとー。

この、誰もうらやましがらないであろうてぬぐいを見せびらかしながら、どこかの温泉に行きたいな〜。
太陽の月13日・KIN185赤い電気の蛇[3月19日(月)] 生きるための知恵の言葉

「世界全体が自分の家、空はその天井、大地はその床、すべての木々はその庭、と感じられた日、あなたは本当に「家」にたどり着いたのです」

昨日からの落ち込み・・・今の気分はというと、もう全然元気でーす。年々立ち直りが早くなってきている私ですが、今日はさらにとても素敵なことがあったのでそれが後押ししてくれました、ありがとうーーー。嫌なことがあれば良いこともあるのね。
こうして浮いたり沈んだりしながら日々は過ぎてゆくわけですが、またしても今の私の救いになるようなメッセージが届きました。もうイチイチ書き写すのが面倒なので、そのURLをお知らせしちゃいます。そこには優しさに溢れた「生きるための知恵」が書かれていると思います。

今日の日記の冒頭に書いたコメントもそこから抜粋させていただきました。本当に良い言葉だな〜。
私はこれをもっと実感したいがためにオーラソーマを学んでいるし教えてもいるし、もっといえば生きているのだと思っています。昨年11月にダライラマに会いに行ったとき彼も言っていました。「世界中の人たちが自分の家族だと想像してみてください。私たちは地球人というひとつの家族なのです」。ジョン・レノンも「イマジン」の中で同じことを歌っていますよね。

日常の中で様々なことがあると、こういう感覚をときには忘れてしまうものです(昨日の私のように)。そのこと自体よりも、またこの感覚を取り戻すことが大事なんだと思います。最初はたまにしか取り戻せないかもしれません。でも徐々に(本当に徐々に)その新しい感覚のほうで過ごせる時間が長くなり、やがてそっちでいるのが普通になってきます。そうなったら人生は苦痛よりも(苦痛も含めた上で)とても豊かなものになります。必ずそういうときがきます。大事なのはあきらめないこと!←ダライラマさんもそう言ってたヨ。あきらめないでって

そんなことを思っていたらさらにあるメールで「忍耐で過ごす時間は無駄ではないとにいつか気づくでしょう」と書いてありました。ううう、うれしい。これまた今の私が一番かけて欲しかった救いの言葉です(感涙)。

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太陽の月12日・KIN184黄色い月の種[3月18日(日)] 久々にヘコみぃ

「自分がものごとをありのままに見ていないことを私は知っている。自分が見たいようにみているのだ」(by 心にひびく知恵のことば)

今朝は上機嫌で「やっぱりウェイブスペルが変わったら流れも変わったわ〜」なんて浮かれていました。なのに今、あることが起きてとても落ち込んでいます。これも見ようによっちゃぁ流れが変わったと言えるのでしょうか。

今回の落ち込みの原因は、誰のせいでもないし誰を傷つけることでもありません。自分の問題です。「もっとこうすればよかったのに・・・」と思うことができなかったのが悔しくてならないのですよ。
誰に関わることでもないからこの日記に書いても差し支えはないのでしょうが、恥ずかしくて書けない。恥ずかしいというより悔しくて書けません。いや、悔しいというより「こんなこと書いたらみんなが呆れて私から離れてしまうかも」と恐れているのかなぁ。私はやっぱりまだまだ器の小さな人間だなぁ。
ここ数日でとても器の大きな人に会ったり見たり聞いたりしたせいで、余計に自分とのギャップに落ち込んでしまいました。ティ−チャーをしている人間がそんなことでいいのか!?とかね・・・。

こういうときいつも思い出す感情があります。日記に何度も書いていることでもありますが、差し伸べられた手をとることをためらうなということ。
せっかく親切な誰かが自分に手を差し伸べてくれてるのにその手を跳ね除けてしまう自分、本当はうれしくてしょうがないのに。跳ね除けても跳ね除けても手を差し伸べてくれる誰かを求めているのです。そんなことを繰り返していたら、そのうち本当に誰も手を差し伸べてくれなくなっちゃうことを恐れているくせにね。ツンデレというほど可愛げもないよね、そんな人。

あー、結局私の問題はいつもここへ行き着くのですよね〜。一行目の言葉は今の私には救いです。

今日は愚痴を言ってしまいました。嫌な気分にさせてしまっていたら本当に申し訳ありません。明日には元気に戻ります!
太陽の月11日・KIN183青い磁気の夜[3月17日(土)] レディナダ

今日もクイントエッセンスの威力!を実感することがありました〜。

今日は聖パトリックデイ。
「聖パトリックは、5世紀頃アイルランドにキリスト教をもたらした宣教者です。彼はそれまでの自然信仰や慣習とキリスト教を共存させながらキリスト教を平和的に広めていきました。彼の熱心な布教活動のおかげでアイルランドは敬虔なカトリックの国となり、アイルランドの守護聖人として1500年経った現在も親しまれているのです。その聖パトリックの命日が3月17日、この日をセント・パトリックス・デイ (聖パトリックの日) とし、アイルランドでは最大級の祝祭日として国を挙げて祝います。」
明日は表参道で大規模なパレードがあるらしいですが、今夜もお祭りの一環であるアイリッシュバンドのライブに行ってきたのです。

私は、ライブの前にいつもレディナダのクイントエッセンスを使います。レディナダは音楽の女神様。音楽を楽しむことをサポートしてくれるからです。
いつもはライブが始まる前に使うのですが今日は忘れてしまって、ライブ中に気づいて慌てて使いました。そしたらその瞬間、音が・・音がーーー!がらりと変わって耳に届くのです!音が、鮮やかに輪郭がくっくりとつややかに彩り豊かに聴こえてきたんです!音楽ってこんなにきらきらしてて美しいんだ〜〜と感動です。
始まる前に使うと最初からそのように聞こえるから、使用前使用後の違いを実感しにくかったのかもしれません。「レディナダを使うとこんなに違うんだ」とびっくりしてしまいました。
ライブ時のレディナダ、おすすめよ。

今日から「青い夜」のウェイブスペルが始まります。キーワードは「豊かさ・夢見る・直感」。個人的にはこの紋章のキーワードは、20種類の紋章の中でも相当好きなほうなのです。
夢を見ているときの自分が、エゴから解き放たれてある意味一番自由かもしれません。この紋章からは、夢の中でこそ解き放たれる自我を感じるのです。
太陽の月10日・KIN182白い宇宙の風[3月16日(金)] パラスアテナ

1ヶ月ほど前からでしょうか、なぜかパラスアテナのクイントエッセンスを使うようになっていました。「何を使おうかな」と思う前に自然と手にとっているのです。何故パラスアテナなのかは分かりません。
こんなときは「何故?」という答えの出ない問いにエネルギーを注ぐのを止めて(つまりマインドを鎮めて)、感じるままに使うのが一番です。何故なら感じることの中に大いなる自分からの導きがあるからです。まずは感じるままに・・・ということを何度も実践し経験していくうちに、そうすることがとても面白い結果を導いてくれることを今では確信するにいたっています。マインドより先に深いレベルでは分かっている。今の常識とはむしろ逆かもしれませんが、慣れてしまうと(笑)そのほうがストレスがないし楽だし楽しいし良い結果を生むようです。

というわけで、パラスアテナを使っていたおとといの夜、突如気づいたのでした!「私、ギリシャに行くんだっ!」

やはり1ヶ月ほど前から急にギリシャに行きたくなってしまって、夏休みのギリシャ旅行計画を進めていたんです。いまや毎日バッグの中はギリシャのガイドブックとギリシャ神話の本が3冊ほど詰まっていて、バッグが重いのなんの(苦笑)。特に行きたい場所のページなんかもう何十回読み返したことか・・です。

突如ギリシャ漬けになってしまった時期と、パラスアテナを使い始めた時期がぴったり重なるのです。パラスアテナはギリシャ神話に出てくる女神様・そしてパラスアテナを使うことの作用のひとつに「ギリシャの神々と繋がること」というのがあります。まさにそうじゃん。分かりやすいな〜。
パラスアテナにそういう作用があることは知識としてすでに知っていることでしたが、使い始めたときは全然そんなこと考えてなかったのよ(鈍感なことに)。でもこうしてちゃぁんと選んじゃうんですよねー、オーラソーマってやっぱり面白ーい。

そのことに気づいてから感じるのは、今回のギリシャ行きは「行きたい」だけじゃなくて「「行かねば」な気分が強いこと。それも「今、行かねば」なのですよね。
今日、ペールターコイズの62番ボトルを眺めていたら、それがまさにエーゲ海の色でとにかく懐かしくて涙がでてきました。20年前に初めてエーゲ海に行ったとき同じ感覚に襲われたことがあります。あのあたりには何度も転生している私ですがずいぶん昔のことだし、エーゲ海に限らずターコイズは私が帰る故郷の色なの〜(それは多分地球じゃないの)。
太陽の月8日・KIN180黄色いスペクトルの太陽[3月14日(水)] 私流コンサル

私がコンサルテーションをするとき。

クライアントさんが選んだ4本のボトルをその方の前に並べたら、私は大体クライアントさんの斜め横くらいの位置に座ります(クライアントさんがボトルを眺めるのを妨げないように、目の前には座りません)。
そうしてボトルを眺めたときに(そう、見るというより眺めるという感じ)いつも思うのは、「なんて綺麗なのかしら〜」ということです。これは例外がありません。誰が選んだどんなボトルでもいつもとても綺麗!こんな綺麗な組み合わせの並び順は、計算してもなかなか出てこないよねーと思います。
そしてボトルと一緒にクライアントさんを見ると、クライアントさんもとても綺麗に見えます。それもそうです、ボトルとそれを選んだクライアントさんの間に違いはないんですもの。

そうやってボトルとクライアントさんを眺めていると、私の中でクライアントさんの中のとても綺麗ななにかが見えてくるのです。それはまるで心の目で見て共鳴しているようです。そこにジャッジはありません。おそらく一般的には、判断や分析をすることが物事を理解するために必要だと言うのでしょうが、それがかえってものごとの本質に近づくのを妨げてしまうこともあるのですね。判断や分析を手放したとき、なにかが見えてくるのです。そうしてコンサルテーションが始まります。

オーラソーマのコンサルテ−ションの癒しとは、「分析することよりもありのままでいること」の中にあるといいます。だから私もできるだけありのままにクライアントさんを見ます。とてもシンプルですね。

・・・と、さも自分はいつもこのようにしてコンサルをしているかのように書いてしまいましたが、当然いつもできているわけではありません。できるように心がけてはいます。
ボトルとクライアントさんを前にしていても何も感じないときもあります。でもそれはおそらくクライアントさんやボトルに問題があるのではなく、それを見る自分の問題だと思われます。自分の心身のコンディションが良くないと、例えば心配事で頭がいっぱいだったりイライラしていると、どうしてもボトルもそんな風に見えてしまいます。

コンサルテーションって、シンプルかつデリケートだよね〜。
太陽の月7日・KIN179青い惑星の嵐[3月13日(火)] 傷つかない

ある生徒さんによると、コース受講前にいくつかのスクールの説明会を受けた結果アマーリエを選んだのは、その人が「オーラソーマってうさん臭い」と言っても、ティーチャー(=私)がむっとしなかったからだそうです(他のティ−チャーに同じことを言ったらむっとされたそうだ)。
たしかにそのとき私はむっとはしませんでした。表情に出さなかったんじゃなくて、ホントに別に平気だったからです。
そういう人の気持ちも分かるし、それにその人が本心からオーラソーマを否定して言っているようにも感じなかったんですよね。本当にそう思ってたらそもそもコースの説明会には来ないだろーと思ったし(笑)。

こういうのが無条件の愛なのかな〜。
私が、「モー娘。が好き」と言って白い目で見られようと、グラドルに夢中になってあきれられようと、オーラソーマがうさん臭いと言われようと、全然傷ついたりしません。だって私はそれら(彼ら)が大好きでそれがとっても幸せでそれで十分満たされているんだもの。

私はまだ私自身を無条件で愛するにはいたっていないので、私自身を否定されてるのだとしたら傷つくでしょうが、私が無条件で好きな人(物)を否定されても傷つかないのです。逆に言えば否定されても傷つかない(気持ちが揺るがない)ときは、私はそれを無条件で愛せているということだと思っています。むっとしたりヘコんだりするってことはまだまだ無条件じゃないのよ。

私はオーラソーマが大好きだし、オーラソーマが大好きな自分のことも大好きです。私はしょっちゅういろんなことで傷ついていますが、少なくともそのことに関しては誰も私を傷つけられないと思います。無条件の愛で満たされているとき、人は傷つかないのです。

だからやっぱり自分を無条件で愛するって大事なんだなぁ。
太陽の月6日・KIN178白い太陽の鏡[3月12日(月)] ビートたけしリターンズ

すみません、今日の日記は再び私の青春の思い出話です。おとといの日記を読んでくださった同じくたけしファンの生徒さんからいただいたメールで、私の中のたけしファン魂に火がついてしまいました!

ある業界の人が言ってましたが、当時のお笑いビッグ3はそれぞれ自分のホームグラウンドとも呼べるべき番組を持っていたそうな。それはタモリにとっての「タモリ倶楽部」・さんまの「さんまのまんま」・そしてたけしにとってはラジオの「オールナイトニッポン」だそうです。うん、なんか分かる。自分らしさを全開にできる番組ってことかな。
このうちタモリとさんまの番組はいまだ継続中、すごいな〜。しかし、たけしのはすでに終了しています。

たしかにオールナイトニッポンの終了とともに、たけしはビートたけしから北野武へ・芸人から映画監督へ・足立区のたけしから世界の北野へ、変わっていったような気がします。私が考えるたけしの大きな転機って、フライデー事件(あの日のことは今でもはっきりと覚えています)とバイク事故はもちろんですが、オールナイトニッポンの終了もそうだと思うのよ。あのあたりからたけしの中でなにかがシフトしたんだろうな。

かつて、たけしの番組をほとんどすべて見ていた私。「ひょうきん族」でしょー。「元気が出るテレビ」でしょー。「たけし城」「スポーツ大将」「スーパージョッキー」「気分はパラダイス」「お笑いウルトラクイズ」・・・。ホント、どれも最高に面白かったなぁ。私は特に「気分はパラダイス」と「スーパージョッキー」内のがんばるマンが好きでした(今こうしてキーボードを打っていても思い出し笑いが止まらない、笑)。
しかし今、たけしが出演しているテレビ番組を毎週かかさず見ているわけではありません。最近好きなたけしの番組は「コマネチ大学」くらいです(みなさん、知らないですよね・・・)。

でもね、テレビでの勢いがかつてほど無くなったくらいで、ファンをやめるようなワタクシではございません。映画監督としてのたけしはもちろんのこと・文筆業(今流行の作家芸人のはしりです)や俳優業でのたけしも好き。でも特に好きなのは歌手・たけしなのです!

いまやカラオケにもはいっていないたけしの歌。いかにも酒の飲みすぎでかすれた感じの声で、上手じゃないけど味があるのですよ〜。なんといっても歌詞が良い!もちろん自分で書いてます。「嘲笑」や「浅草キッド」は必聴です(だからカラオケにもはいってないんだってば)。
久々に聴きたくなってしまいました。でも持ってるのがLPだから聴くことができないのです、悲しい(涙)。

ついでをいえば、私が東ファンなのは名前が同じだからでもあります。私、旧姓が東(ひがし)なので。
太陽の月5日・KIN177赤い銀河の地球[3月11日(日)] ワンダラー

今使っているボトルは46番のグリーン/マゼンタ「ワンダラー」です。
少し前に「最近のもやもやを晴らすにはこの1週間が勝負」と感じて日記にもそう書きました。それは、やるべきことをはっきりさせて動き出したいということだったのですが、「そうか、だからワンダラーなのか!」と気づいたのです。

ワンダラー、つまり放浪者。このボトルのことは、ちまたのオーラソーマ本などには「上からの愛を降ろすためのスペースを作る」とかなんとか書いてあるはずです。ま、それはさほど重要ではありません(笑)。あくまでも「私」がどう感じるかが重要です。

使い始めは正直あまり心地よくはありませんでした。66番を使っていたときにも通じる心地悪さ(苦笑)。自分が一番嫌いな自分を感じるのです。
それは、私の中のカッコ付けたがりの部分です。ワンダラーは私に「なにカッコつけてるの。そのほうがよほどカッコ悪いわよ(何故か女言葉なの)」と、あくまでも優しく諭してくれるようです。私もどこかではそのとおりだと思っているのだけど、なかなか素直に従えないのね。そしてそんな自分がますます嫌になっちゃうのです。
何かに従うことは「負け」だと思ってしまうのです。そもそも勝ち負けの問題じゃないところにジャッジをいれてしまうのも、長いことチャレンジである部分です。こう思ってしまう私の性質には過去生との関連があるのですが、なかなか許すことができずにいるのですよね。

でもワンダラーがこの部分にとても良い作用を与えてくれることは分かっています。今私にはハートのスペースが必要なの。それはマゼンタな自分を受け入れて生きるため。グリーンのボトルは他にもたくさんあるけど、あえてワンダラーなのはそのためです。そうなったときに、3月3日の日記に書いたようにあてもなく動くことは無くなるんだろうな。だから、もうしばらく使ってみたいのです。

それにしてもシェイクしたときに上層のグリーンだけが異常に泡立つの!あまりにもブクブクが激しくてびっくりしましたし、正直言うと気持ち悪いくらいです。ごめんね〜ボトルよ。
太陽の月4日・KIN176黄色い共振の戦士[3月10日(土)] 東国原英夫サマへ

確定申告が無事終わり、ほっとしたのか昨日も今日もやたら眠い・・・のですが、夕べは久しぶりに深夜ラジオを聞いていて明け方近くまで起きていました。なにを聞いていたかというと「東国原宮崎県知事のオールナイトニッポン」です(笑)!

「またまたぁ、ミーハーなんだから〜」と言うなかれ。私は筋金入りの東ファンですもの。

正確に言うと筋金入りのビートたけしファンなのです。MANZAIブームのときからたけしを追っていたから、東クン(当時のファンはみんなこう呼んでいた)のことも、たけしに弟子入りしたときから知ってるのです(親戚のようだ、笑)。付き人時代→ツーレロ時代→軍団時代→不祥事謹慎時代→早大生時代→今に至る。
たけし軍団の中では東クンが一番好きでした。彼は当時から、笑いのセンスないし変態だけど、知性が溢れてたし良い意味でたけしを崇拝していなかったからね〜。

そんな(どんな?)東クンの知事ぶりをメディア越しに見ていて、今までいろんなタレント政治家がいたけど、今度こそ違う!と感じているのです。知名度だけのタレント議員じゃないと思うのです。もしかして本当に宮崎が変わるかもしれません。

夕べのラジオでは主に10代の若者とトークしてたのですが、若者たちに「がんばってください」と言われると、「僕も全力でがんばりますが、あなたもがんばってください。一緒にがんばって宮崎を盛り上げましょう」と言っていたのがとても良かったです。安易な安請合いをしていないということですし、つまり本気と言うことです。
それに政治的なことを話してるのだけど、とても庶民目線で分かりやすく話してくれるので、小学生でも理解できると思いました。それができるのは、元芸人ということもあるでしょうが人柄のほうが強いと思うのです。サービス精神と思いやりがあるから、相手にちゃんと伝わるように話すことができるのでしょうね。
政治家の話って自分たちにしか分からない内容や言葉や話し方で全然共感しないことが多いけど(これだからエリートってやつは、笑)、その辺は心得ているのでしょうし、なによりもそういうところが計算以上に純粋に宮崎のためにやっているのが伝わるので、今のところは支持されてるのだと思いました。

何かの本に書いてありましたが、どんなことを練習するのでもお手本があってやるのとなしでやるのでは、お手本があるほうがずっと早く容易に上達するそうです。東クンから始まって、もし本当に宮崎県が良くなったら、その影響は他県にも必ず広がるでしょう。なんかね〜、今度こそそれが実現できちゃうような気がするのよ。

他人に向かってえらそうな発言に終始した今日の日記でしたが(苦笑)、なんか25年も前から応援してる人の一大事だから、他人事とは思えなくて〜。
太陽の月3日・KIN175青い律動の鷲[3月9日(金)] 人生は美しい謎

3月6日の日記で引用したシュリ・シュリ・ラビ・シャンカール(愉快な名前ですね)の文章に対して、オーラソーマ仲間から素敵な感想メールをいただきました。

「人生の目的とはなんだろう?」との問いが心に浮かんだときから人生が始まるのならば、物心ついたときからそんなことばかり考えていた私は、ほぼ実年齢どおりに年を取っていることになります(笑)。
「今はまだ分からないけど、人生には何か目的があるんだ。」と信じてはいたけれど、それがなんなのかが全然分からなかったから、20代くらいまではとても不安定でした。世間一般が示してくれるものは自分にとっての目的にはならず、でもじゃあなにが目的なのかが見えなくていつもどこか不安でした。

今はおかげさまでずいぶん安定してきました。でも人生の目的を見つけたかというと、そういうことではないのです。

このことは何度かこの日記にも書いていますが、見つけたかどうかの結果よりも見つけるために試行錯誤することこそが人生を生きることなんだと思うのですね。だから、人生の目的を見つけたときが生き始めるときなんじゃなくて、「人生の目的とはなんだろう?」との問いが浮かんだときからが生き始めるときなのです。

シュリ・シュリも書いているように「理解しようとすればするほど混乱する。人生は美しい謎・その謎に生きなさい。それが人生の喜びであり、このような観点で人生を見つめるとマインドが明晰になり人生が向上するのです」なのです。これはまさにイエローのテーマです。
イエローの明晰性とは、物事を理解するというよりも、偏見を持たずにただ認識するということではないでしょうか。そもそも答えのないものに答えを出そうとすると混乱します。理解しようとするのをやめて・・・謎は謎のままに・・・。


ある人が言っていた「子供のように無邪気でいなさい」という言葉も思い出しました。これは考えるなということじゃないのです。ただ明晰でいなさいということなのだと思います。うーん、これまたイエローですよね〜。

太陽の月2日・KIN174白い倍音の魔法使い[3月8日(木)] だだをこねてみました・パート2

接客業に忍耐はつきもの。先生業にも忍耐はつきもの。それはいまさらどうこういうことじゃない・・・・んだけど、あああああーーーー。

昨日で確定申告の書類作成を終わらせる予定だったのに、書類が揃わなくてできませんでした。で、今日、書類を取りに区民センターに行ったら「ここには置いてません」と言われました。えー、夕べネットであるって調べたのにー。・・・というわけで、今日も書類作成ができない。でも明日しか税務署に行ける日がないからとにかく計算だけでもしておかねば・・・。
そしてこんな日に限ってさまざまなメールが届くのでした。

わー、久々にてんぱってます、私。そんなわけで今日も日記はこれで終わりにします。いまから恐怖の確定申告の書類作りにはいります。いやだよぉ。
太陽の月1日・KIN173赤い自己存在の空歩く者[3月7日(水)] だだをこねてみました

今日から太陽の月が始まり・・・ましたが、まず最初にやることは確定申告の書類を書くことです!すっかり忘れてたっ!

一番嫌いな仕事がこれです。1年に1回しかないのにその1回がツライ・・・。「え、もうあれから1年経っちゃったの!?」としか思えない。
やりたくないよー(でもやらなきゃ)。でもやりたくないのよーーー(でもどっちみちいつかはやらなきゃいけないのよ)。やっぱり明日にしようかな(そんなこといっても今日しかやれるときがないよー)。

というわけで今から書類作成に入りますので、今日はこの辺で・・・とほほ、いやだぁ。
銀河の月28日・KIN172黄色い電気の人[3月6日(火)] 今月も終わり

いままでいろいろな呼吸法を学んできましたが、いまのところ一番気に入っている呼吸法の創始者(インド人)からのメッセージを読んで、目からうろこが落ちました。それは以下の内容でした。


「自分の人生の目的は何だろうか?ということを考えたことがありますか?人生の意義とは何ですか?人生とは何なのでしょうか?これらの問いは、とても、とても貴重です。この問いが心に浮かんで初めて、あなたの人生は始まります!しかし、この問いが生じたからといって、答えを求めるのを急がないでください。知っている人は教えないでしょうし、教えようとする人は、答えを知りません!この問いは、自分自身を深く探るための道具であり、答えはあなたの内側から来るものです。この問いが生じると、あなたはただ「存在」するだけでなく、人生を「生き」始めるようになります。

私たちが人生でもがき苦しむのは、もっと知りたいと思うからです。自分の気持ちや感情をできる限り理解しようとすることで、ますます混乱していきます。これは、今日心理学において起こっていることです。心理学は、どうしてそう感じているのか、ということを説明しようとします。この「どうして」は、あなたが不幸なときに生じるものです。あなたは「どうしてこんな問題が私に?」と問うでしょう。誰も「どうして私はこんなに幸せなんだろう?」とは問いません。あなたは「どうして私は気分がよくないのか?」「どうして私は怒っているのか?」ということを理解したがります。理解しよう、明らかにしようとすればするほど、いっそう理解できなくなるでしょう。謎は深まりますが、「私は知っている」かのような錯覚が生じます。しかし、それは少しの間だけです。私たちは、自分自身が知らないのに、他人に説明しようとします! 説明するのをやめなさい。説明することで、自分を苦境に落ち入らせ、他人をもさらに混乱させます。あなたは自分のマインドで何が起こっているのかを知りません。マインドは、ジェットコースターのようなもので、とても混み合っています。「私は知りません」というシンプルで無邪気な状態でいなさい。この人生は、美しい謎・ミステリーです。その謎に生きなさい。
人生の謎を完全に生きることが喜びです。
このような観点で人生を見つめると、マインドが明瞭になり、人生が向上します。」

by シュリ・シュリ・ラビ・シャンカール

さて、今日で銀河の月(完全性・調和させる・かたどる)が終わります。同時に「行為のリズムを拡張する」4ヶ月が終わります。明日からは太陽の月(意志・脈動させる・実感する)。そして「行為を変換する」4ヶ月が始まります。いままでこねくり回してきたものを、そろそろ形にしていきましょう(苦笑)。
私にしても、マゼンタの学びで得たものを表現していくのに、もう一度グリーンで土台を整える必要がありそうです。だからワンダラーなのね、きっと。

銀河の月27日・KIN171青い月の猿[3月5日(月)] あと少しで分かりそうだ

私にとってはとても勇気がいることをひとつアファメーションしてみます。

「もっとわがままになろう!」
「もっと高飛車になろう!」
「もっと自己ちゅーになろう!」

何故勇気がいるかというと、自分が周りの人からこういう人間に見られるのが一番抵抗があるからです。
こうして書いてみた今一番怖いのは、「おまえはすでにそういう人間じゃねーか!」と、私の知らぬところで誰かに思われているんじゃないかということです(涙)。私だけが知らない→裸の王様→恥をかく・・・この図式が一番怖いのヨ。

学生時代絵を描いていたとき、私が一番苦手だったのは「大胆な筆使い」というやつでした。色を重ねるときも少しずつちまちまと重ねるのです。そっちの描き方のほうが好きだし描きやすいし、むしろ大胆に重ねるのはできないのですよね。
あてもなく仕事を辞めたり英語もできないのにひとりで外国へ行ったり学校へ行かなかったり、人から言わせると私は大胆に行動する方みたいでそれも確かにありますが、ちまちま色を重ねてたあの自分のほうがより本質に近いと思うのです。絵には正直に自分が出るしサ。

そんな私にしてみれば、ちょっとやりすぎかなと思うくらいでちょうど良いのかもしれないと思うのです。今までにもいろんな人から「もっと派手にやっちゃっていいのよ(←何をだ?笑)」とありがた〜いアドバイスをもらっていますし、そんなわけで上記のアファメーションになったのです。

先日の日記で、最近のモヤモヤを終わらせるぞと決意表明したし、そろそろまたボトルを使いたくなってきたので、今日はいつも以上に気合を入れてボトルを4本選んでみました(いや、いつも気合ははいってますけどネ)。そして2本目に選んだグリーン/マゼンタと3本目のレッド/ブルーで迷った結果、2本目の「ワンダラー」を使うことに決めました。そう!そうなのよ!今私、グリーンが必要なのよ〜。

ソウルカラーって自分の一番良い側面なんだけど、いつもいつの日もチャレンジでもありますね、ホント。それを学ぶために今生生まれてきたっていうけどホントそうね。上記のアファメーションもそうだけど、私にとってグリーンのテーマである「スペース」はいつでもついてまわる問題なのです。
銀河の月25日・KIN169赤い宇宙の月[3月3日(土)] 満月の決意表明

今朝起きたら、目の赤みはまだ目立つけど腫れはほとんど収まっていました。なのでもう眼帯はしませんでした。夜には赤みもずいぶんおさまってきたし、やっぱり1日だけのことなのかって感じ。不思議ね〜。

今、漠然と感じていることがあります。1月くらいからそうなんだけど、何かが分かりそうで分からない。喉まで出掛かっているんだけど出そうで出ない。見えそうで見えない。あとちょっとなんだけどなーというジレンマを、この2ヶ月くらいずっと感じているのです。これは66番ボトルと関係していそうなんですよね。
今週で3本目の66番も使い終わってしまいました。今はボトルは使わずに66番の余韻を感じたり、次に何を使うべきなのかを決めている段階です。もう1本66番を使うのが良いか、もう違うボトルに移ってよいのか。

この2ヶ月ほどは、こういった漠然とした感覚に対して「うーん、なんだろう?」と、答えを見出すまでには深く探求してきませんでした。意識がやや散漫になっていたのです。でももうこんな状態は止め止め!!

もうね、はっきりさせたいんですよ。これ以上先延ばしにしたくないんですよ。早くなんらかの答えを見つけて動き出したいんですよ。いや、今も動いていない感覚はないのだけど、当てもなく適当に動いてる感じなのでちゃんと目的地を決めて動きたいんです。
そして、はっきりさせるにはこの1週間くらいが勝負な気がするの。まさに直感です。

そうか!今気づいたけど、明日の朝は満月だし、明日から白い犬(ハート・愛する・忠実)のウェイブスペルも始まるし、意識を集中しつつ開放することにチャレンジしてみたいと思います(こfれってまさに私のキン・白いスペクトルの鏡ですね(果てしなさ・映し出す・秩序・解放・溶かす・解き放つ)。そしてこのモヤモヤしていた2ヶ月を終わらせるゾー。
銀河の月24日・KIN168黄色い水晶の星[3月2日(金)] 眼帯

今日の夜は3回目のリコネクティブヒーリングを受けてきました。

今までの2回のセッション後には右まぶたが赤く腫れてかゆみが出たりしました。1回目はちょっとだけ・2回目はセッション後1時間くらいでばぁっと腫れてきました(いづれも1日で直ったけど)。さて、今回は・・・。

今朝はなんともなかったのです。けど昼前くらいからなんか右まぶたがかゆいなと思って、あれよあれよという間に気づいたらお岩さんのように腫れていました。ぎゃーーーっと(心の中で)叫び、昼休みにあわてて薬屋さんで眼帯を購入・装着しました。眼帯をするなんて何十年ぶり?だから、つけ方が分からなかったよ、とほほです。

面白いのは腫れ始めたのがセッションを受ける前だということです(もちろんまぶたの腫れとセッションに関連性があるかどうかは分かりませんが、私はあると感じています)。
リコネクティブヒーリングに限ることではないと思いますが、セッションを受けた後だけじゃなくて、受けると決めたときからそのエネルギーの影響を受け始めるのですよね。チューニングが合うような感じ。これはオーラソーマのコースでも同じで、受けようと決めて受講料を振り込んだ途端変化し始める方もいます。
今回も数日前からクラクラする感覚がありましたし、これはパワースポットに行くとよく感じる感覚なのですが、リコネクティブヒーリングのエネルギーの影響を受け始めていたのかもしれません。うーん、この件についてはまだまだ熟考する必要がありそうですナ。

セッション中に、自分は寝ているだけなのに眼帯が動くような感覚と、腫れているまぶたがうずくような感覚もありました。
セッションを受けて数時間経つ今は少々腫れがおさまってきています。でも明日の朝、どうなっているかは分かりません。お願い、治って〜。
銀河の月23日・KIN167青いスペクトルの手[3月1日(木)] ソウルカラー

以前、ある女性が「子供が欲しい。自分のDNAを残したいから」と言っていました。それを聞いて私は感心しきりでした。だって私は自分のDNAを残すことにまったく興味がないからです。体なんて死んじゃえば無くなるものだし、それでけっこう。あえて言えばDNAよりも思想を残したいと思う私は、やっぱりレッドよりもブルーな人間なんですね(ま、ホントは思想も残さなくていいんだけど)。

ソウルカラーって良きにつけ悪しきにつけ自分の中に一番あるものです。その色を選ぶということはその色に意識が向いているということだから当たり前なのですが、要するに最大派閥なのね(笑)。私にとってのグリーンもそうです。

私がいつもこだわってしまうのは「スペース」です。例えば今新しいサロンのスペースを探しているのだけど、なかなか見つかりません。納得がいかないのです。ちょっとでも満足できないと気になってだめなんですよ〜。
それに比べて全然こだわらないこともあります。上記の「DNA」もそうだし、あとは例えば「愛情」や「結婚」なんかもそうです。結婚願望とか全然なかったから、かえってさくっと結婚しちゃいましたし、だから上手くいってるのかもしれません。妙な期待・つまりエゴや執着がないのです。でもスペースに関してはどうしてもエゴや執着が出てしまいます。
おそらく、ソウルカラーに関してはとても感受性が高くなるのかもしれません。だからその色の良い部分とそうじゃない部分の両方を体験しちゃうし、その差が激しくなるのかもしれません。ふり幅が広くなるような感じです。

まあ、だからこそソウルカラーは「今生の学び」なんですよね。それは学ばなければいけない質であるのと同時に、内に秘めた最大の才能でもあるのです。そうしてその色の質の自分に対して「良い」「悪い」の判断が無くなったとき、そのときこそ自分自身が統合されるときです。