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銀河の月22日・KIN166白い惑星の世界の橋渡し[2月28日(水)] 器を広げる

グレゴリオ暦的にはもうおととしの暮れのことです。つまり1年ちょっと前のことですね。タロットをやる知人にみてもらう機会がありまして、その時「いろいろなものをそれぞれ入れられる器をたくさん作るよりも、いろいろなものを一度に入れられる大きな器をひとつだけ作りなさい」と言われました。
もちろんそれは例え話ですから、陶芸を習い始めなさいというわけではありません、習いたいけど(笑)

私はビジュアルタイプなので、なにかセッションなどを受けたときは、話を聞くとすぐに映像が浮かんできます。しかしその話を聞いたときは、映像が浮かびそうで浮かびませんでした。
言われている意味は腹の底ではよーく分かるのです。なんというか、私の細胞はそれを聞いてとても喜んでいたのです。「そうでしょうよ。私はそのために生まれてきたんだもの」と、私の細胞は沸き立っているみたいでした。でも、そのための具体的なビジョンがなにも浮かばなかったのですね。目的は分かっているけど手段が浮かばないようなかんじでした。

昨日、ふとそのことを思い出したのです。そういえば昨日は太陽の日(意志・脈動させる・実感する)でしたね。

私はすべてを自分の手の内に把握していたい人なのです。これはまさに仕事面で現れていることです。いまのところ仕事に関することはぜ〜んぶひとりでやってるのは、大変だけどそのほうがある意味楽だからです。でも同時に、私は抗いようのない大きなものに常に包まれてもいます。

・・・ここなんだよね〜、いつもひっかかるのは。3年ほど前に「個を超える」というマゼンタの大きな学びがあって、そのことについてはずいぶん分かってきたと思うけど、また新たなマゼンタのテーマがやってきてるのですよね、66番ボトルという形で。

器かー。全部を一度に入れられる大きな器かー。いや、ここでのポイントは器そのものよりも「全部を一度に入れられる」の部分なんです。あ〜これもまたマゼンタですね。
なんだか分かりにくい話ですみません。でもこのテーマは、私にとっては多分一生かけて学ばなくてはいけないテーマなのです〜。

今日は惑星の日(表明・仕上げる・生み出す)だから、寝る前にアファメーションしようっと。個人的に、惑星の日にアファメーションするのが好きなんですよ〜。
銀河の月21日・KIN165赤い太陽の蛇[2月27日(火)] コーディアル

サロンで個人セッションやコース時にお出ししている飲み物は、イギリスの伝統的なコーディアルというハーブティーです。

「コーディアル」とは、もともとはハーブをアルコールに漬けた飲み物だったそうです。さすがハーブの盛んな国ですね。
サロンで今飲んでいるコーディアルはノンアルコールで、例えて言えばカルピスのように瓶に入ったハーブの濃縮された原液です。これをお湯か水で割るだけなのでとても手軽で、しかもはちみつがブレンドされているから甘みがあってとても美味しいのです。ハーブティーが苦手な人でもジュース感覚で飲みやすいんじゃないかなと思いますし、ティーバッグや茶葉を煮出すのが面倒な(私のような)人にも作りやすいのでおすすめですよー。

最近あるハーブショップで、今飲んでいるのと違うメーカーのコーディアルを発見し、ずっと気になっていました。そちらは完全オーガニック製品なのと種類が今のメーカーよりもずっとたくさんあったのです。それで、今日ようやく試飲してみてそのうちの2種類を購入してみました。

いやー、これ美味しいワ!
今飲んでるメーカーに比べると、味が薄くてさっぱりしているかんじ。やはりハチミツはブレンドされてるそうですが、甘さがほんのりでくどくないのよね。
今日購入したのはローズとラベンダーですが、美味しいのはもちろんのこと味に上品さもあり色も綺麗、ハーブティーハーブティーしてないところも私好みです。


どうしよう。サロンオープン以来ずっと同じものをお出ししていたから、今度はこちらに切り替えてみようかな。ちなみに新たに導入しようかと考えているのはハーブショップ「生活の木」とイギリスのロックス&ツリー社の共同開発したコーディアルシリーズです。生活の木のHPで見られますよ。美味しいわよ〜。

銀河の月20日・KIN164黄色い銀河の種[2月26日(月)] 車、キターーーーー

1ヶ月ほど前に購入した車がついに我が家に納車されやってきました!わーい。しかも今日の日付と車のナンバーがまったく一緒!これもシンクロですねー。
ホントは購入時に好きなナンバーを選べるらしかったのですが、あえてお任せにしました。それで来たナンバーがベストナンバーなんだと思ったので。逆にそれでどんなメッセージ(ナンバー)が来るのか楽しみにしていたんです。2と6の組み合わせのこのナンバーからは、とってもポジティブで強くて明るい広がってゆく力を感じます。私にとってもだんなさんにとってもばっちり!みたいでうれしいです。
・・・と書いていたら今ニュースで、今日開かれたアカデミー賞の授賞式に、レオナルド・ディカプリオを始めとする10名以上の俳優たちがエコカーで来場していたと報道しています。あら、ウチの車と同じじゃありませんか。ウチの車もエコカーの元祖・プリウスでござんすのよ(いきなりセレブ風)。
もうそういう時代なんですね。エコカーに乗っているのが、一過性の流行でもなくお洒落なことでもなく俳優さんのイメージアップ戦略・・・はあると思うけどそれだけじゃなく、もっと大切なメッセージを発信しているんですね。ああいう人たちは時代が求めているものにとても敏感でしょうから、彼らの持つ影響力を良い方向にじゃんじゃん利用して欲しいと思います。
そういう意味でもナンバーが「バランスと調和」の「2」と「上と下を繋ぐ豊かさと力」の「8」なのは、我が家にやってきた車が予想以上の大きなメッセージを発信していることを感じます。こりゃあ、楽しいことになりそーだワ。

去年の夏、研修と休暇をかねて3週間イギリスへ旅行しましたが、今年も夏に休みをとってどこかへ旅に出ようと考えています。そこで問題は何処に行こうか?なのですが、先日占星術をやる友人に何処が良いか見てもらいました。友人はセドナかポルトガルが良いと言いました。次点でエーゲ海とも。
その瞬間から私はエーゲ海のとりこになってしまったんです。いや、もともとエーゲ海は大好きな場所ですよ。エーゲ海といってもギリシャには行ったことがないけど、トルコのイズミールには行ったことがあります。そして懐かしくて涙を流しちゃったのですよね〜初めて行った場所なのに。思えばあのときが私の初めての過去生体験でした。
なんで急にギリシャなんだ?そう思い今日引いたエンジェルカードには「今あなたの中に浮かぶアイディアは、これからのあなたや全ての人にとってとても大事なメッセージを含んでいますから、どんどんその考えを実行していきましょう」だって。

実行するのはいいですよ。でもそれがこれからの私とどう繋がるのか?分かんなーーーいっ、何々!?
銀河の月18日・KIN162白い律動の風[2月24日(土)] 困ったときのオーラソーマ

今レベル2を受講している生徒さんが言いました。

「レベル1が終わってからレベル2までに大変な時期もあったけど、そんなときこそオーラソーマを使ってみればよかったのに、全然忘れていました。今毎日コースでボトルやオーラソーマと触れていると、やっぱりすごく良いし癒されるし、自分は家にボトルセットも持っているのに、今思えばどうして大変な時期こそオーラソーマを使わなかったんだろうって思います。」
そうよねー、そうでしょうねー(笑)。

オーラソーマはセラピーなわけですから、落ち込んだり傷ついたりしているときにそれを癒してハッピーに生きてゆくためのものなのです。当たり前と言えば当たり前のことですが。

私は、「オーラソーマを学ぶ」ことと「オーラソーマで癒される」ことを別のものとしないで欲しいと願います。それらは切り離せないものだからです。コースを受けて、6日間スクールの部屋に座っていることで「オーラソーマを学んだ」とは言い切れないと思うのです。オーラソーマで癒されたと実感したことのない人が、オーラソーマのプラクティショナーになれるのかな〜?と思うし。

例えば食べ物の味は、いくら写真を見たりレシピを暗記しても、実際に食べてみないと分からないのと同じです。オーラソーマがセラピーである以上、その良さは自分がそれによって癒されたとき初めて分かるのでしょうし、それがオーラソーマを学ぶことだと思います。だから、オーラソーマをじゃんじゃん自分のために生かして欲しいし、そのために私はレベル1コースでは、オーラソーマ製品1万円分プレゼントなんて特典もつけちゃってるんだもんね。

毎日が上手くいっているときはセラピーを受ける必要はないですよね(私にとってオーラソーマは、特に悩み事がなくても日々の生活の一部になっちゃってるけど)。上手くいかないときこそオーラソーマの出番です!せっかくなんだから、どうぞオーラソーマで存分に癒されて欲しいと願います(笑)。
銀河の月16日・KIN160黄色い自己存在の太陽[2月22日(木)] 銀河の活性化の正門

神楽坂の街中には、沈丁花の良い香りが漂っています。

ここのところ毎日続いているある感覚があります。春先・ちょうど卒業シーズン(春休み)によく感じる感覚でもあるし、子供のころ風邪を引いて学校を休んでいる日によく感じた感覚でもあるし、浪人時代にいつも感じていた感覚でもあるのですが・・・。浮遊感というのかなぁ。毎朝起きた瞬間「ここはどこだっけ?今いつだっけ?」と、一瞬分からなくなってしまうような感覚です。
学生時代に(よく仮病を使いました〜)学校を休んだ時って、本当なら今頃学校にいるはずなのに家のベッドにいたりするので、いるべき場所にいないということで自分の存在が薄れていくような感覚がありました。自分が消えてしまいそうなかんじかな。春休みの時期も、自分が1年生でもなければ2年生でもないというのは、一体自分はどこにいるんだろうと思っていたし、浪人時代はそれこそ学生でもなければ社会人でもない自分がなにものでもないというそこはかとない不安感や浮遊感をいつも抱えていたものです。そんな感覚が最近毎日続いています。

今年は暖かいから、まだ2月だけどすでに3月下旬くらいの気分になっちゃってるのか?それともこれもまた66番ボトルの作用なのか?

そういえば、2月8日から17日は13の月の暦では銀河の活性化の正門の日でした。
(※注:この日は銀河の門(ゲート)が開いて、宇宙とのコンタクトがとりやすくなると言います。ツォルキンの260日中に何度かそういう日がありますが、大体それは1回に1日だけのことなのです。しかし今回は10日間続いたのでした。260日中2回だけ、銀河の活性化の正門が10日続く日があります)

それかぁ〜!?この時間軸がぐんにゃりと捻じ曲がったような、自分がどこにいるのか分からなくなるような感覚は!?・・・そう思って、前回の10日続いた日の日記(12月30日〜1月8日)を読み返してみてびっくり!!なんと、今回の10日間とほとんど同じようなことを書いているではありませんか!なんか面白ーい。

どうでしょうか、最近過去と未来と現在が交差しているような、妙な感覚ってないでしょうか。私だけ?(←だいたひかる風)。
銀河の月15日・KIN159青い電気の嵐[2月21日(水)] 無条件の愛

ある本を読んでいたら「まさにレッドー!」なことが書いてありました。

それによると、愛と憎しみはある見方をすれば同じ感情だとのこと。たとえば、誰かを愛すれば愛するほど、なにかあったときには憎しみも深くなります(可愛さあまって憎さ百倍)。・・・ここまでは以前にも何かで読んだことがありますし、自分もそのような体験をしたことがあります。
その本にはさらに、「愛することが少なければ少ないほど、その人の憎しみは強くなる。人間の生のなかに愛が少なく欠けていれば、それだけ嫉妬に満ちてくる。人間は愛することが少なければ、それだけ多くの争いを知ることになる。人々はその生において、愛が欠けているのに比例して悩み、不幸になっている。」
愛が少ないほど苦しみが増えるのならば、愛すれば愛するほど苦しみは少なくなるということでしょうね。なんか分かる気がします。

愛するが故に人は悩んだり苦しんだりする存在ですから、この思想には反対意見の人もいるかもしれません。でもオーラソーマでいうピンクの無条件の愛で愛せれば、そこに苦しみはありえないんですよね。ピンクはレッドに光があたった色。レッドの意識が拡大した色です。意識が拡大した状態の愛とは、苦しみを伴わない愛なのです。

なぁんか理想論を書いてしまったでしょうか。実際にはまだまだ私たちは愛に悩み苦しみますよねー。でもね、少しずつでもいいじゃないですか。今生でどこまで行けるか分からないけど、意識を拡大して光の方向へ進んでいくこと自体が生きることだと思うのです。
銀河の月14日・KIN158白い月の鏡[2月20日(火)] オーラが硬い

最近、自分のオーラが硬い感じがします。
「オーラが硬い」ってヘンな言い方かもしれませんね。私もどう表現したら良いのか悩むのですが、でも硬いと表現するのが一番近い感じなのです。
例えばポマンダーを使っていてもあまり感じられないというか、体から30cmくらいのところでポマンダーの色が停止してしまうようなんです。そのあたりに見えないバリアが張られていてそれ以上中へ入れないみたいなかんじ。

もしかしてこの現象は、66番ボトルに対して頑なにそれを拒んでいる自分がいることが分かってからかもしれません。66番はいまだに使っていますが、相変わらず66番のなにかに抵抗している自分がいます。ボトルの作用として自分自身を受け入れることをサポートしてくれるにしても、1本目で簡単にそれを受け入れられるときもあれば、今回のようになかなか受け入れられないときもあります。そんなこんなで抵抗しているうちにオーラも硬くなってしまったのでしょうか?
いづれにせよあまり良い現象とは思いません。

(もともと大好きではありましたが)グリーンのエアコンを非常に欲する自分がいて、家でもサロンでもブシュブシュしています。ほんと、気持ちよいのです〜。ポマンダーもグリーンを一番よく使っています。
自分にスペース(=グリーンのテーマ)が必要だということは自覚していました。でも、それと自分にバリアを張ることはまったく別物だと思うんだけど、バリア張っちゃってるのかな〜?むしろ今日生徒さんに「センセイ、レベル1のときとは変わって、もっとイエローっぽくなった(親しみやすくなったというニュアンスだった)」と言って頂けたばかりなのにぃ。

ちなみにレベル1のときは、もっと近寄りがたい雰囲気だったそうです。そうなのか?自分じゃ自覚ないものですね〜、でもすみません(苦)。
銀河の月13日・KIN157赤い磁気の地球[2月19日(月)] 根性根性

今日から「赤い地球」のウェイブスペルが始まります。キーワードは「舵取り・発展させる・共時性」。

昨日くらいから風邪を引いてしまったようなので夕べは早くに寝て、いつもは目覚ましの5分前にかっちり目が覚めるんだけど(笑)、めずらしく今朝は目覚ましが鳴るまで起きませんでした。起きたら鼻づまりがひどくて1日じゅう頭がぼ〜っとしていました。微熱もあるかもしれません。

そのせいか!?今日のコースは非常にテンションが高かった私です〜。生徒さんがどう感じているかは分かりませんが、なんか妙に頭が冴えていました。ぼ〜っとしてるんだけど、だからこそ余計なことを考えずになにかに集中してるようなかんじ。自分が今風邪を引いていると思うと、余計に症状が悪化しそうなので、思考を停止しているのかも知れません。ある種の現実逃避ですね、これは。
微熱があるかもしれないけど、少なくともコースが終わるまでは熱は計らないでしょう。計ってみて本当に熱があったら、途端にもっと熱が出そうなんだもん。

「気力で乗り切る」とか「根性」なんて大嫌いな私ですが、結局いざとなると根性頼みなんですかね。
銀河の月12日・KIN156黄色い宇宙の戦士[2月18日(日)] 珍しく

今年は暖冬のはずなのに、今年に限って風邪を引いてしまうようです。
年明けすぐに風邪を引いてそれは大したことなかったのだけど、咳だけが今でも直りきっていません。そして昨日くらいからなぁんか鼻づまりと悪寒がするのです。
すごく乾燥しているから直りかけていた喉の調子がこの2,3日またちょっとだけ悪化してるかなとは思っていたのですが・・・。

明日からまたコースが始まります。というわけで今日は早く寝ま〜す!みなさまもくれぐれも乾燥には気をつけて風邪ひかないように〜。

銀河の月11日・KIN155青い水晶の鷲[2月17日(土)] プロの役者ならば

「人生はステージのようなものだ。全ての登場人物はその役を演じているに過ぎない」 by シェイクスピア

これは66番ボトルのテーマです(最近66番の話ばかり)。
自分自身も何かの役を演じているのだとすれば、それはどんな役なのかな?一番演りたかった役かしら?それとも本当は演りたくない役だけどそれを演れと舞台監督から指名されたのかもしれません。でもたとえそれが自分が演りたかった役だろうとそうでなかろうと、与えられた役をきちんと演じることが舞台全体の成功のために自分ができる唯一のことです。いや、深いレベルで見れば、一見演りたくないと思える役でも本当は演りたい役なんです。演りたくない役を演っている人はひとりもいないのです。
・・・ここまでは頭では分かっていたことです。頭では、ね(苦笑)。

自分がどんな役を演じることになっているのかは、ようやく分かるようになって来ました。そしてそれはとても演りたかった役なので、演じるのはとても楽しいです。今私は自分の役を演じることが楽しくてしょうがありません。
しかし舞台を成功させるためには、自分の役を上手に演じることだけじゃだめだったんです。まだやらなければならないことがあるのです。私は大事なことを忘れてました!

舞台が成功したかどうかは演者が決めることじゃない、観客が決めることだと思うんです。役者がどんなに自分たちの演技に満足していても、観客が楽しんでいなければ意味がないことです。だって、舞台上で演じながらどんなに自分の演技に満足していても、カーテンコールで拍手がないと途端に満足感はなくなるでしょうし。

自分の役を上手に演じること・そして楽しんで演じることは大切だと思います。まずそれがないと観客には楽しんでもらえないでしょうから。でも自分目線だけでなく、そこに観客目線も加えることも大事なんだろうな。演じている自分も楽しくて、見ている観客にも楽しんでもらえてこそ、舞台は成功したと言えるのではないでしょうか。
66番はそのことに気づかせてくれました。

私はまだ自分が演じている楽しさに浸っていたい気分です。でもプロの役者はそれだけじゃだめだよねー(プロの役者じゃないけど、笑)。そろそろもう少し大人になろうよ・・・と、ボトルに言われてる感じですぅ。
今日は水晶の日だしね。「協力・捧げる・普遍化する」ちょうどそんなことを考えさせられた1日でした。
銀河の月10日・KIN154白いスペクトルの魔法使い[2月16日(金)] 夢見が悪くて

私はもともと夢を良く見るほうですが、66番を使い始めて以来同じようなパターンの夢を見ます。寝る直前にボトルを使わないときは夢を見ない日もあるのだけど、使ってから寝ると必ずといっていいほど夢を見ますし、たくさん使えば使うほどより鮮明な夢になるようです。面白いな〜。

同じパターンとはなにかというと、まず夢の登場人物です。必ず生徒さんたちが出てくるのです。それも1回の夢に大体2人。その生徒さん同志は受講時期が違っていたりして実際には直接知り合いではないと思われますが、夢の中では友達同志でそこに私が加わり3人でどこかを旅行しているような感じのシチュエーションなのです。これがお決まりのパターンその一。
お決まりのパターンその二は、内容的に気分の悪くなるようないや〜な夢だということです。なにか事件が起きるわけではありません。むしろ淡々と旅が続くロードムービー的なかんじです。なんだけど気分が悪くなるツボは、2人と私の関係性にあると思います。
・・・といっても3人の関係性も別に特別なことはないのですよ。友達同士なかんじ(ここではセンセイと生徒の関係ではない)。

夢の中で3人で仲良く旅してるんだけど、内心独りになりたがっている自分がいるのです。そうやって私の中の人間嫌いな部分を見せ付けられるのが、きっと嫌な気分にさせるんだろうなぁ。人間好きなんだけど人間嫌い・・・。

こういう仕事していてこんな風に言うのもなんですが、人間嫌いな自分が嫌なわけではないんですよ。それよりも「私は人間嫌いです」と言うことで、逆になにかから逃げている自分が嫌なんです。人間嫌いだと言いながら、その実それをなにかの言い訳にしていると思うんです、私。
多分、人と本気でぶつかることから逃げているのかもしれません(あ、言っちゃった)。知られたくない自分を隠しているんです。仕事では、つまりクライアントさんや生徒さんには、まったく違うモードはいってるからけっこう本気でイケルんですけどね〜。プライベートでは相変わらずまったくです。

スカした奴が私は嫌い。でもホントは自分がそういう奴なんです。だから夢見が悪いのよ〜。
銀河の月9日・KIN153赤い惑星の空歩く者[2月15日(木)] ボトルの年間使用量

昼間、サロンのお向かいのおうちの庭からうぐいすの鳴き声が聞こえてきました。ああ、のどかだな〜。
今日は実家から母が遊びに来てたので、ランチは神楽坂の天ぷらの名店「天孝」へ。夜だと2万円くらいしちゃうので、狙いはランチだったのです。まずは格子戸をガラガラと潜り抜け、L字型の小さなカウンターの席へ通されました。目の前で揚がる天ぷら・黙々と天ぷらを揚げるご主人・小さな窓から見える庭の緑と木漏れ日がとても明るくて気持ちよいです。そして天丼も美味しかったー。天ぷらはもちろんのことですが、しじみのお味噌汁の美味しいことったら!良いお店ってこういう店だっけナ・・・なんて思いました。
ホント、神楽坂は良い所です。

昨日ある生徒さんから聞いたところによると、2,3年前のある年・1年間で世界中で27万本のボトルが売れたそうです。
・・・と聞いたときは、正直言ってそれが多いのか多くないのかピンときませんでした。なので、早速計算してみましたよ(笑)。

まず27万本という数字が、50mlボトルだけの数字なのか25mlだけなのか両方合わせてなのかが分からないのですが、とりあえず合わせての数字ということにしてみます。
2,3年前というと世界中でレベル1以上を学んでいる受講生の数はおよそ3万人くらいだと思われます。単純計算で27万本÷3万人=9本。つまり、ひとりあたま年間約9本のボトルを購入しているということになります(もちろんオーラソーマを学んでいない人だってボトルを買ってるし、むかーし学んだきりオーラソーマから遠ざかっている人もいるでしょうから、本当にアバウトな数字ですが)。
ひとり9本購入しているとしても、実際に自分で使っているものとなるとそのうちの一部でしょう。プラクティショナーであればクライアントさんに売っている分も含まれますから、そうなると私の勝手な計算で9本中5本が自分の使う分としてみました。

ひとり年間5本かー。そう考えると、(これは本当に人によると思いますが)私からすれば少ないような気がしました。となると「それじゃあ私は一体年間何本のボトルを使っているのかしら?」と、俄然興味が沸いてきたのです。いままでそんなこと考えたこともなかったし。

私の場合、平均して1本の50mlボトルの使用期間は2〜3週間というところでしょうか。ということは年間使用本数は約20本くらいかぁ、ふぅん。そしてこれをベースにあとはチャクラボトルやレスキューボトルも使います。でもこれらのボトルは毎日使うわけじゃないからそんなに減らないし、たぶん年間10本くらいかなと思います。あとはプラスアルファのボトルというのがあって、例えば今だったら「ウェイブスペルボトルを使うとどうなるか」というテーマで1年間実験中なので、それが年間20本です。ということは、自分で使う分としては年間約50本になるんだ!!うわーーー、今気がついたけどびっくり!!やっぱり多いじゃん!
これに友人・知人・クライアントさん・生徒さんにお渡しする分も合わせると・・・・数えたことがないからまったく検討がつきませんが、とりあえず私ってとってもASIACT(オーラソーマの団体)に貢献してるんだなーということに気づきました(笑)。
銀河の月7日・KIN151青い銀河の猿[2月13日(火)] 未来日記

日記は普通その日に起きたことを書くものです。つまり過去の出来事を書いて記録するものです。でも最近、この日記に書いていることがその後の出来事にダイレクトに繋がっていることが多くて、なんだか時空を超えている感じです。未来の自分に向けて書いているような気がします(そんなつもりはとくにないのだけど)。

昨日の日記に、あることに対して「おかんむり」と書いた後で、自分の度量の狭さにやや自己嫌悪気味だったのです。
しかし、今日コンサルにいらしたあるクライアントさんが私に「上野さんは自分と違う意見を持った人のこともちゃんと認めてくれる」と(言葉は違うけど内容的にはそんなこと)言ってくれたときに「まさに昨日日記に書いて度慮が狭くてだめだと思っていた自分に対して、この方は(もちろん本人はそうとは知らないでしょうが)フォローしてくれているんだ」と思えたのでした。だってそう思えちゃうくらい、今の私が一番気にしてたことをばっちりフォローしてくれる一言だったんだもん。

今日はクライアントさんをお部屋に迎えるときに、笑顔で迎えることを心がけました。そして「来てくれてありがとー」と感謝の気持ちを持つことも心がけました。そんなこといまさら・・・なことでしょうが、昨日の自己嫌悪以来、やはり最近の自分には感謝の気持ちが足りないと思って。
そしたら、なぁんかセッションが終わった後の自分の気持ちが良いんです。清清しいというか。自分の思い込みかもしれないけど、本当にクライアントさんとも良い時間を持てたような気がしています。

ああ、やっぱり・日常の繰り返しの中に思いやりと優しさを持ち続けることが、今の私には欠けていたのかもしれません。たまぁに持つのはできても、持ち続けるのは相当意識が高くないと難しいゾ。
こんな私は、66番ボトルも今日から3本目に突入です。66番が差し伸べてくれている手をいまだ握り返せないでいるのです。本当は手を差し伸べてくれているのがうれしくてたまらないのに、素直になれないの。まだ終わらないみたいなのー(苦笑)。
銀河の月6日・KIN150白い共振の犬[2月12日(祝)] 我思ふ故に我ありなのだ

自分がそうだと信じるものに対して、イチイチ人にそれを証明する必要があるのでしょうか。

時速100kmで走っている電車の中で座席に座って微動だにしない人は、動いているのでしょうか、動いていないのでしょうか?
コップに半分水が入っているとき、「あと半分しかない」のでしょうか、「まだ半分もある」のでしょうか?
病気で満足に自分の身の回りのことができないけれど愛し合うパートナーがいる人は、幸せでしょうか、不幸せでしょうか?

物事は常に相対的です。事実はひとつでも、人によって見方は違います。その人の意識がその人の現実を作っているのですね。だから、物理的な現実と概念的な現実にはギャップがあってしかるべし、だと思っています。「概念的な現実」とは矛盾する言い方かもしれません。でも、物理的な現実に感情や想念の入る余地はないかもしれませんが、そもそも人間は感情や想念なしに生きていませんから、結局現実とは概念に基づくものだと思うのです。「我思ふ、故に我あり」です。

人間ひとりひとり性格や環境が違う以上、あくまでもその現実は「その人にとっての」現実ですから、自分のそれとは違っていて当然です。だから、自分以外の人に自分の現実を押し付けるのは私はあんまり好きじゃありません。同時に、相手にとっての現実を押し付けられるのも好きじゃありません。

理屈っぽくてすみません、今ワタクシ少々おかんむりでございます。

例えば精神世界的なことに関しては、そういうことを信じない人がいても全然気になりません。私は私の信じるものがあるし、人には人の信じるものがあるでしょうから、それでいいじゃん、しか思いません。それを否定されても傷つかないし気にならない。「そういう考え方の人もいるのね〜」と、腕に止まったハエくらいにしか気にならない(笑)。
でも、今おかんむりになっていることに関しては(それがなにかはまだ言えない)そこまで超えられていないようです。

あー、今日はせっかく白い共振の犬(調律・チャネルを合わす・呼び起こす・ハート・愛する・忠実)の日なのに全然違うじゃん、今の私(涙)。
銀河の月5日・KIN149赤い律動の月[2月11日(日)] やっちゃったー

あああ、やっちまったあああああ。また、友人に余計なことを言ってしまいました。
今、水星逆行中なのよね。それに、別の占星術でも「余計なことはするな」と言われていたのに・・・気をつけてたつもりだったのに、やってしまいました・・・。これが星の力なのかしら。抑えることができませんでした。

どうして私は、時に非常に批判的になるのでしょうか。きついことをびしっと言ってしまうのでしょうか。

私の中の誰にも知られたくない闇の部分に触れられると途端にカッとなるんですよ。案外短気なのです。私は隠れレッドの人なのです。
子を抱えた母猫のように、自分の傷つきやすい部分(子猫)を傷つけられたくないから、ぎゃっと爪を立てちゃうのです。でも相手は悪気はないしわざとじゃない場合がほとんどなので、こちらの行為は相手からすると突然のことだし、びっくりさせて傷つけてしまうこともあります。

あああああ、反省。ヘコむなぁ。
銀河の月4日・KIN148黄色い倍音の星[2月10日(土)] 引き寄せる磁力

ここのところ立て続けにご予約に関するシンクロが続いてます。

数日前の夜こと。ある方からご予約のメールがはいりましたが、翌日の夜にやはりキャンセルしたい旨の連絡がはいりました。私はアマーリエHPの「予約空き状況表」の一度は×にした欄をもう一度○に戻した次の瞬間!同じ時間帯で別のご予約メールがはいりました。あまりのタイミングの良さに「この人はこの時間が空くのを待ってたのかしら?」なんて思っちゃったくらいです。
その方はコンサルテーションを受けてくれて、その日のうちにコースにもお申し込みをいただいたのです。つまりこれからまたお会いする機会があるということです。なにか縁を感じました。

さらに今日のこと。やはりある方からご予約のメールがはいり、希望日時を2パターン書いてくださっていました。どちらでもよかったみたいなので、なんとなく後の日の方でお願いしますと返信したのです(いつもだったらどちらの日でも良い場合は早いほうの日を選ぶのですが、今日はなんとなく後の方の日にしたくなったのです)。そしたらその直後!早いほうの日の時間帯で別のご予約希望メールがはいりました。その方は地方から出てくるそうで、セッションを受けられる日時に限りがあるようでしたので、最初のご予約を早い方の日にしていたら受けられなかったのです。なにか縁を感じます。

前にも書いたと思いますが、毎週読んでいる占星術サイト「筋トレ」の今週のてんびん座にはこう書いてあります。
「後で怒るくらいなら そんな仕事はやらない方がいいのです。 ぶつぶついいながらやるならやるな! と、誰かに言われたことはあるでしょうか。 まったくそのとおり、なのです。 今、貴方がやらなければならないことが 貴方にとってイヤで仕方がないことなら 今週以降、それを見直す時期にさしかかります。 好きでたまらない仕事をしている人にとっては その仕事をもっとスムースに もっと密度をこく もっと優先順位をクリアにするための 必要条件がそろいそうです 」

なぁんかね、よく分かってないんですけど、今仕事の流れがとてもスムースで必要なものを受け取っている気がするのです。そして必要でないものは受け取っていない気がするのです。いつもがそうじゃないとは言いませんが、今特になぜか分からないけど、自分の引き寄せるための磁力がパワーアップしているかんじです。これはイイかんじ。
銀河の月3日・KIN147青い自己存在の手[2月9日(金)] 裸の王様

もしも自分の周りに裸の王様がいたら、指摘してあげるのが親切なのか、してあげないほうが親切なのか?どちらでしょう?

指摘してあげないでいるとその人はいつまでも周りの笑いものです。それは気の毒だ。でも指摘することによって、本人が一時でも恥ずかしい思いをするでしょうし、場合によってはこちらが逆恨みされちゃうかもしれません。
かといって指摘しないでいるのもどうなんでしょう。知らないでいれば本人的には幸せでしょうけど、いつか本人が気づいたときにかなり傷つきそうですよね。

今、友人にまさに裸の王様になってる人がいて、どうしたものか悩んでいます。ま、今の私はそんな友人の状況を楽しんで見物してるので深刻じゃないんですけどね(笑)。悩んでいるのは、どうしたら友人が傷つかないように指摘してあげられるかじゃなくて、どうしたら一番笑える結果を
出せるかだもんね。
豚もおだてりゃ木に登るといいますが、その友人はまったくそのとおりの性格なので、先日ヘコんでいた友人を私がちょっと褒めたら、一気に東京タワーの上まで登る勢いになってしまったんです。「そこまで褒めてねーよ。調子乗るな!」と言ったのも後の祭り。ホントに幸せな奴です。

そうなるとこちらも作戦を考えねば。いかにして奴を東京タワーのてっぺんから引き摺りおろすか!?奴を傷つけないように、でも最高の笑いを取るにはどうすべきか!?

どうして笑いに持っていきたいかというと、単純そういうやり方が好きなのと、深刻なことも笑いにしちゃうと傷ついたり後を引いたりしなくて済むからです。ま、このやり方は通じない人もいるので、要注意ですが(シャレの通じない人っているからなぁ)。でも人に言わせれば、私はシャレがきつ過ぎるみたいなので、私こそ裸の王様にならないように(調子に乗り過ぎないように)気をつけます。
銀河の月2日・KIN146白い電気の世界の橋渡し[2月8日(木)] 中小企業の社長の気分

G暦的お正月明け1発目のボトル選び初めで、2本目に66番のペールバイオレット/ペールピンクを選び、そのときから使い始めました。現在2本目に突入し残り4分の1くらいです。
使い始めのころは特になんとも感じなくて、ついうっかりと使うのを忘れちゃったり面倒くさくなってしまったりしていました。でも1本目を使い終わったとき「ここからが本番」・・・な気がして、実際またしても4本のうち2本目に選んだりもしたので2本目に突入したのです。
そして黄色い種のウェイブスペル(2月6日)以降、急に浴びるように使いたくなってしまったのでした。寝る前にボトルを塗りたくらないといられないのです。で、悪夢にうなされる日がこの数日続いています(なんなんだ)。

「黄色い種」のテーマは「開花・目指す・気づき」です。今の私は開花しそうでしないもどかしさに、辟易してるのですがね。
そんなことを考えていたら、ある人からのメールにこんな一文が載っていました。

「神のために働くか、働かないかを決めるのは自分自身である。
神のために働くとき、私たちは自分だけでなく、世界全体に良きことをもたらす。
神のために働かないとき、自分からも世界全体からも、良きことを奪い取る。
それは、本来貢献すべき自分の創造力を無にしているからだ」 by トルストイ

私は最後の一行にズキンときました。「神のために働く」ことをオーラソーマでは「奉仕(スピリチュアルサービス)」と言って、これはバイオレットのテーマです。
クリエイティブ・つまり「誰からのなんの制限もなく純粋に自分の内側からくる創造性を自由に惜しみなく表現すること」こそが自分らしさだと思っている私には、自分よりも他者を優先することに抵抗があるのです。だから「神のために働く」なんて嫌よ、と思っていました。
しかし、神のために働くのを優先するのか自分のために働くのを優先するのかのレベルではなく、そもそも神=自分なんだとすれば・・・?
神=自分とは、またずいぶん大胆な発言でしょうか。しかし私たちはみんな神の一部なのだとしたら、この図式は成り立つのですよね。そうなれば、どちらが優先かなんて問題ではなくなります。

こういう考えが最近では普通のこととして理解できるのですが、時々まだ神とは別の存在としての個の自分が神=自分の図式を認めたがらなくて抵抗するんですよね〜だから66番なのか。
神という大企業に吸収合併されるのを拒んでいる、子会社の社長みたいな気分によくなりますもん(笑)。

銀河の月1日・KIN145赤い月の蛇[2月7日(水)] 思いやり

昨日の日記で、包装が過剰だみたいなことを書きました。でもよくよく考えてみると、油っぽいパンとそうじゃないパンを同じ袋にただバサバサ入れられても気分悪いかもと思いました(苦笑)

例えば、お店の人が一言「袋をお分けしますか?」と聞いてくれたら「同じでかまいません」と気持ちよく答えられるし、レジ横の見えるところとかに「当店では過剰包装を控えております」などと書いてあれば、やはり気持ちよく同じ袋に入れてもらいます。同じ袋にパンを入れてもらうという行為自体はなんら変わらなくても、どのようにして?の違いでこんなにも受け取る側の気持ちが変わるんですよね〜。

この「どのようにして?」の違いとは、相手に対する思いやりの違いだと思われます。相手の行為を禁止するにしても、相手の存在そのものを否定するのではなければ、決して嫌な気分にはならないのよね。「受容的に否定する」これがポイントだ(そういうのは本当は否定ではないのだけど)

そういえば、近所のとある2軒の家の門前に、それぞれの家主が書いたと思われる同じ内容の手書き立て看板が掲げられています。
1軒は「飼い主へ この場所へのペットの放尿禁止!」と書いてあり、もう1軒は「ワンちゃんへ ここへおしっこをかけるのはやめましょうね」と書いてあります。

私は後者の家の看板を見るたびに、ほっこりしたあったかぁい気分になっています。これを見たら飼い主も嫌な気分にならずに、でもここにおしっこをかけさせないようにするんじゃないのかなー。それにシャレも利いてますよね。こういうの、好き(笑)。
共振の月28日・KIN144黄色い磁気の種[2月6日(火)] 不都合な真実

セッションの合間の空き時間にちょいと有楽町まで出向いて映画「不都合な真実」を観てきました。環境問題に熱心で、スライドを使った分かりやすい講演を開きながら世界を周って温暖化防止を訴えている、アメリカのゴア元副大統領のドキュメンタリー映画です。
平日の昼間だったからなのか、客層は年配の男性がほとんど。年配の女性は(珍しく?)まばらで、あとは大学生くらいの若者でした。

見終わっての感想としては、面白くて分かりやすいしとっつきやすい映画だから、まだこういった問題に意識がない人や最近興味を持ち始めたなんて人が見るには良いと思いました。
私自身は正直言うと「見なくてもよかった・・・」と思ってしまいました。気温上昇を示す右肩上がりのグラフや南極の氷山が溶けて崩れる映像なんて、今更見なくても良いのかも知れません。すでに環境に対しての意識はある私が今やるべきことは「行動することのみ!」なんだということがよく分かりました。そういう意味では映画を見に行って良かったです。

別に私が環境問題のなにを知っているかなんて言われたら、大したことは知らないのだと思います。最近増えている「エコに興味を持つ人」の一人に過ぎません。だからえらそうなことを言うつもりはないのだけど、情報を仕入れているよりも今できることを実行する方が余程大事なんだとあらためて思ったのです。最近よく見る、鈴木京香が国会議事堂みたいなところで「分かっているだけでは変わりません!」と演説するCMを思い出しました。

とりあえず今実行しているのは、エコバッグを持ち歩いていることですかね〜。コンビニやスーパーでビニール袋をもらわなくて済むし、雑貨屋さんや本屋さんでもできるだけ包装は断っています。

包装といえば、パン屋さんとかなんであんなに何重にも包んでくれるのかな。海外ではそうでもないと思うのだけど、日本って包装が(良く言えば)すごくていねいですよね。でも私はいつも帰宅してパンを包んでくれたビニールを捨てながら「ここまでしてくれなくてもいいんだけど・・・」と思ってしまうのです。同じ袋に入れることで、油っぽいパンとそうじゃないパンがくっついちゃうくらい全然構わないよー。なもんで、最近はこれも断ってます。
バブルのころは「より良いサービス」とは「手取り足取りなんでもします。お客様はなんにもしなくてかまいません」てな風潮があったと思いますが、今は違うのではないかと個人的には思っています。「より良いサービス」とはモノでサービスすることだけじゃない!なんてね。
共振の月27日・KIN143青い宇宙の夜[2月5日(月)] 男性性と女性性

いつもピンクのボトルをたくさん選ぶ男友達がいます。今日、一時帰国中の彼に会いました。

ピンクはオーラソーマでは女性性を表す色です。その友人もピンクの質を多々持っているからなのか、ふたりでいても男の人といるという感じがないんですよね。外見はまったく女性的ではないし(むしろがっちり体系)、物腰が柔らかということもないです。物腰などの表面じゃなくてどことなく女性のようなエネルギーを持ち合わせているのです。
彼は、人と接するときや仕事上では非常に論理的で理性的な(男性的な)思考回路が働く側面もありますが、本質的にはすご〜く感情的な人だと思います。情に厚くて(なんだかんだいって非情になれない)嘘がつけないし、直感的で本能的かもしれません。仕事上での決断は理性的だけど、そもそもどんな仕事をしようかの決断に関しては「そんな理由でいいのか?」みたいな直感的な決め方をします(笑)。その辺は理屈っぽい男性的な性質とは違うかも。
概念ではなくもっと実際的な部分を重視するところも女性的と言えるでしょう。女性性と男性性が面白いようにくるくると入れ替わり立ち替わり表に出てきます。

反対に私は女性だけどピンクはほとんど選びません。自分ではかなり男性性が強く、結果的に中性的な性格だと思っています。

私の肉体は女性なわけですから、DNAに組み込まれた女性としての質と、社会的に数十年間女性として扱われ生きてきた後天的な女性としての質の影響はもちろん大きいものの、そういったレベルとは違う魂の潜在的な質として持っているのは、むしろ男性としての質が強いのだと思っています(選ぶボトルの色からしてもそうなのよ)。それらが複雑に混ざり合って「私」というひとりの人間ができているのです。私だけでなく、みんなそうなんだと思います。

「誰でも自分の内側に男性性と女性性という両面性を持っている」と言います。このことについて例外はありません。
そしてそれらのバランスを取るのが大切だとも言いますが(20番のボトルはそれにとても良い)、それは相反する2面性のどちらも自分である以上、どちらの自分も理解してあげて否定せず受け入れることで「自分」という存在を統合することができて、本当の自分で在ることができるからなのです。
共振の月26日・KIN142白い水晶の風[2月4日(日)] リコネクティブヒーリング

おとといのことですが、個人的に最近注目の「リコネクティブヒーリング」2回目を受けてきました。

ヒーラーの方に「体に好転反応が出ることもある」とは聞いていましたが、早速出ましたよー(笑)。
そのヒーラーの方は「体に好転反応が出るときは、今特に弱っているところやもともと弱いところに出やすい」と言っていましたが、まさにそのとおりでした。

私は子供の頃から胃腸が丈夫なほうではありません。ちょっと雨に濡れて体が冷えたり、冷たいものを食べるとすぐにお腹を壊します。
セッションが終わった後ヒーラーの方と30分くらい四方山話で盛り上がっていたのですが、そのときから実はもうキテました(笑)。でもすぐにトイレに駆け込むほどではなかったのでその場は何も言わず帰りましたが、サロンに戻ってから(つまり1時間後くらい)即効トイレに駆け込みました〜。
まだあります。
1年ほど前から、右まぶたが赤くて痒みもある失神ができることが2回くらいありました。原因はまだはっきりとは分かりません。
セッションを受けて2時間後くらいからなぁんか右まぶたが痒くなってきて、夜には赤くなっていました。翌日(昨日)はもう赤いのが目立つし、ものもらいみたくなってしまってどうしようかと思いましたが、なんとなく「これはセッションの好転反応で明日には直る」という予感があったので、特別な手入れはしませんでした。そしたら本当に今朝はほとんど赤みも痒みも消えたのです。以前赤くなったときは1ヶ月近く直らなかったのに、今回は早くて良かった〜。

こういった症状が何を意味するのか?なにをもたらすのか?まだ分かりません。でも体は一時的に調子を崩しましたが心の状態はとても良いんです。ここのところの空模様のようにすっきりと澄んでいるかんじです。なにかがぽこんと抜け落ちたようです。そういえば1回目を受けた後も、急にいてもたってもいられなくて広島までダライラマに会いに行っちゃったのよね。

リコネクティブヒーリングって面白い。こんなにシンプルで且つパワフルなヒーリングってありそうでなかったような。なによりこのヒーリングの創始者エリック・パールという人が、(著書を読む限りですが)良い意味でごく普通の感覚を持った人なんです。本もビジネス本のようにも読めるし、スピリチュアル本のようにも読めるし、なんといっても親しみやすくてユーモアに富んでいて読みやすくて楽しい!

「リコネクション」というタイトルの本、おすすめですよ。新しい時代のヒーリングってこんなかんじかもねと思わせてくれるのです。
共振の月24日・KIN140黄色い惑星の太陽[2月2日(金)] ピープル・ツリー

昨日の日記を書いてからまたいろいろ考えたのですが、前世や天使といった見えない存在を信じていなくてもスピリチュアルに生きている人ってたくさんいるなぁと思いました。
私にとって霊的に生きる(=スピリチュアリティ)とは、「自分自身や自分の幸福に責任を持つ」ことだと思います。だとすれば、前世や天使を信じていなくてもそのように生きている人はいます。逆に、そういう存在を信じていても自分に責任を持っていない人もいるしな〜。

今日は満月・そして惑星の日にふさわしく?いろんなことがあって、書きたいこともたくさんあります。どれを書こう〜。

去年、生徒さんに教わって初めて知った「フェアトレード」という言葉。
「フェアトレードとは、貧困のない公正な社会をつくるための、対話と透明性、互いの敬意に基づいた貿易のパートナーシップです。フェアトレードは、アジアやアフリカ、中南米などの農村地域や都市のスラムなどに暮らす人々に仕事の機会を提供することで、貧しい人々が自らの力で暮らしを向上させることを支援しています。小規模農家や手工芸職人に継続的な仕事をつくり、農薬や化学肥料に頼らない自然農法や、生産地で採れる自然素材と伝統技術を活かした生産によって、持続可能な社会を目指しています。」(フェアトレード会社「ピープル・ツリー」のHPより

仕事で青山に行ったついでに、以前から興味のあった「ピープル・ツリー」のショップへ行って来ました。
オーガニックの衣類・雑貨・アクセサリー・食品など、水色を基調としたお店には、外国で暮らす私の知らない誰かが作ってくれた品物がいっぱいです。衣類や雑貨は生産者が主に中南米系の人が多いだけあってどことなくエスニックです。

洋服1枚買うのも、それによってそのブランドの販売員の人やその会社の経理担当の人やどこかの工場で縫っている人を助けることになるんだと思えば、消費することをあまり悪くも思えません。でも、それが特に明日食べるものにも困っている人を助けられて環境にも優しいことで地球を助けることに繋がるならば尚うれしいです。ピープルツリーの良いところは、製品の生産者の顔が見えるように工夫されているところです。それによって、私たちは繋がっている・間接的に協力し合っていることを実感させてくれます。

私は24時間そんなことを考えているわけじゃないし、いい人になろうとしているわけでもありませんが、最近その考え方が特別なことじゃなく普通になってきました。自分が生かされている感覚がますます強まっているので、自然とそういうことに興味が向くのでしょう。


私の性格からして、どんなに地球に優しいエコでもオーガニックで体に良くても、気に入らなければお義理ではあんまり買わないのですが(シビアな性格ですみません、苦)、洋服とか本当に可愛いのです〜。エスニック柄は嫌いじゃないけど、「いかにもナチュラルライフしてます(←分かるでしょうか、その感じ)」なのもあんまり好きじゃない、そんな方にも好きになってもらえそうなデザインでした。私はイエローのカーディガンとベーシックなカットソーを購入しました。特にカーディガンがふんわりしたちょっと変わったシルエットで可愛いの〜。
さすがシエナ・ミラーもご推薦ブランドだけありますね(笑)。
共振の月23日・KIN139青い太陽の嵐[2月1日(木)] スピリチュアルと科学

「オーラソーマはスピリチュアルなセラピーです」なんて日頃軽く口にしている私ですが、あらためてスピリチュアルってなんだろうと考えてみました。ウィキペディアによるとスピリチュアル(霊性)とは「霊魂などの超自然的存在との見えないつながりを信じるまたは感じることに基づく、思想や実践の総称」だそうです。

オーラソーマには前世と繋がりがあると言われるボトルや天使の名前のボトルがあります。そういう意味でもやはりオーラソーマは、スピリチュアリティと切り離せない側面があるのでしょう。でもじゃあ前世や天使の存在を信じていないとオーラソーマを理解できないかというと、私はそんなこと全然ないと思うのです。
オーラソーマでは「まずあなた自身の幸福のためのものであってください」というし(ダライラマも「人生の目的は幸せに生きることです」と言いますね)、だとすれば前世や天使を信じていようがいまいが、自分が幸せになるためにオーラソーマが役に立つと思えればそれで十分だと思うのです。あの綺麗な色のボトルを通して自分のことを知り癒すことができるならばそれでいいじゃありませんか。

私個人は「超自然的な見えない繋がり」を日常としていますが、決して自分が非現実的な世界の住人だとも思ってないんだけど・・・どうかしら。人からはそうは見えないかもしれないし、分からないけど。

例えば、相対性理論でいうところの「時間が伸び縮みする」はどうなんでしょう。日常を過ごしている分には現実味がないかもしれないけど、私たちがカーナビを使ってリアルタイムで自分の車の居場所を確認できるのは、この理論が裏づけされてるからなんですよー。
あとは例えば、超ひも理論によると世界は11次元まであるらしい。もう4次元があるとかなんとか言ってる場合じゃないのよー(笑)。ああ、楽しい。

数百年前の人たちは、「地球が太陽の周りを周ってる」なんて信じられなかったでしょう。でも逆に今はそれを疑う人はいないでしょう。そう考えれば、今非現実的だと思われているようなことがいつか当たり前のことになる日が来てもおかしくないわけです。個人的には、スピリチュアリティと科学はそんなに違わないと思います。

別に前世や天使を信じていない人を批判するつもりはまったくありません。そう思う気持ちも分かるし。それらを信じるか信じないかはたいした問題ではないと思います。

一体私たちはなにをより所として現実を認識しているんでしょうかね?