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倍音の月16日・KIN76黄色いスペクトルの戦士[11月30日(木)] 恥を知る

私が常々心がけているのは「誇り高くありたい」ということです。これができたら、ホントかっこいいよ、自分!って思えるのだけど、まだまだ道のりは長いのですよね〜。

昨日の「オーラの泉」で、美輪さんが「今の大人は恥を知らない恥知らずなのよ」と言っていましたが、同じことです。私はそれを「誇り」とか「プライド」といますが、それはつまり「恥を知る」ということなのです。
誰も見てなけりゃなにをしても良いなんて人にはなりたくないです。そこに誰もいなくてもお天道様が見ているし、ご先祖様が見ているし、神様が見ているし・・・それすらなくても、そんなことをしている自分自身が惨めです。

恥を知っている人って、品があると思うのです。別にお嬢様じゃなくてもいいの。お嬢様が品があるとは限らないし。私は人として品のある人になりたいのですよね〜。

しかし、「恥を知る」って、言葉で教えて学べることじゃないと美輪さんも言ってましたね。だから、それを人に教えるのは簡単じゃないのかもしれません。
じゃあどうやって教えるか?教わるか?というと、先日の日記にも書いたけど「存在」で教えるのだと私は思います。例えば親が恥を知っている人であれば、子供もそんな親の存在から学んで自然とそうなるのではないかしら。子供は親の背中を見て育つのね〜。
倍音の月15日・KIN75青い惑星の鷲[11月29日(水)] やっぱりボトルでしょ

久しぶりにテレビで浜崎あゆみが歌っているのを見たけど、びっくり!歌い方が演歌歌手みたいだったゾ、ビヴラート激しすぎ。これを歌が上手になったと言えばいいのでしょうか・・・でもなんかやだ。衣装も昔の松田聖子みたいなピンクの膝丈フリルだったし。ずいぶん変わったのね〜やっぱりあゆは大物なのね〜(←皮肉)。

ある方は、彼氏との別れ話の最中ずっとボトルを握り締めていたそうです。2時間おきにトイレに行って体にじゃぶじゃぶ使っていたそうな。その結果、ボトルを使うのってすごいかも・・・と言っていました。ボトル愛好家の私としては、とてもうれしいお言葉です。

その方も言っていたけど、ボトルのセラピー作用の良さのひとつは、使う人をなにかに依存させることなくサポートできるという点だと思います。なんせ、人間じゃなくてボトルだもんね。依存のしようもないですよね(笑)。
ボトルってとっても頼りがいがあるけど人間じゃないから、自然と依存にはならないのです。それに、自分の選んだボトルに助けてもらうって事は、自分に助けてもらうって事だし。「なにかに(誰かに)助けてもらうってよいですね」と、その方も言っていました。

私も今レッドのボトルを使っています。自分が選んだわけじゃなくて、ウェイブスペルのボトルだから使っているんだけど、どーも気が進まないのよね〜。レッドは今はお腹いっぱいなのかも。もうひとつ、自分が選んだので使っている31番のボトルはじゃんじゃん使っちゃってもうすぐ2本目突入ですもん。
倍音の月14日・KIN74白い太陽の魔法使い[11月28日(火)] ミクシィ

昨日のKINが「空歩く者」ではなく「月」になっていました。さきほど訂正しておきましたが、間違えて大変申し訳ありませんでした。

ついに私もミクシィデビューさせていただきました。すでに数名の方からマイミクのなんとか(←すみません、よく分かってなくて・・・)のメールが届いているのですが、勝手が分からないので恐ろしくてまだなにもしてません(涙)。せっかくいただいて本当にうれしいのですが、失礼千万、大変もうしわけありません!今週いっぱい忙しいけど来週になったら少し余裕ができるので、そしたらマイミクのなんとかにもお返事できると思いますので、いましばらくお待ちくださいませ〜。

そうはいってもちょこっとだけ、オーラソーマのコミュニティを覗いてみました。すごく面白そうだけど、なんか目くるめく世界が繰り広げられているみたいで、すぐに閉じてしまいました。読もうとするだけでそのスピードと量についていけない・・・もう年なのかしら・・・。まあ、慣れれば良いのよね。

実は、ミクシィ上にアマーリエのコミュニティを作ろうかと思っているのです。卒業生の方を中心に、でも誰でも参加できると良いかな〜とか、いろいろ検討中です。生徒さん同志のコミュニケーションの場としていけたらいいかなと考えています(私は無精なんで基本的にはノータッチということでひとつよろしく頼みます・笑)。
それは冗談として、なにか良いアイディアがありましたらぜひご一報くださいませ。楽しくて役に立つコミュニティにしたいです〜。

倍音の月13日・KIN73赤い銀河の空歩く者[11月27日(月)] 存在で伝える

ある生徒さんが言っていました。「オーラソーマってすごいですね。オーラソーマを始めてから、今までだましだましにしてこれたことが、できなくなってしまったんです。だから大変なんです」。そうそう、そうなのよ。オーラソーマをやってると、自分に嘘がつけなくなるんですよ。嘘をついているとかえって苦しくなって、本当の感情が溢れてしまうんです。でもそうすることで本当の自分に気づかせてくれるんですよ。
・・と、その生徒さんに言おうとしたら「それで自分がわーっとはまって、オーラソーマってすごいなーと思っていると、頭の片隅で先生(=私)の「でしょー」の声が聞こえてくるんです(笑)」だって。そうか、私、すでに言ってたのか。

マイク・ブースは「オーラソーマがたくさんの人に広がって欲しい。でも広がらなくても良い」と言っていたそうです。ヘンな言い方だけど、でもまさに私も同じように思います。
広がらなくても良いなんて傲慢な言い方ですが、少しずつだとしても正しい形で広がることが大切だという意味です。なんでもいいからとにかく広がれば良いワケではないのです。量より質とでも言えば良いのでしょうか。

では「正しいオーラソーマ」って何?・・これが難しいんです。これは、言葉で伝えられるものではない(と私は思う)のです。じゃあなにで伝えられるのか?というと、その人の「存在」で伝えるのです。少なくとも今の私はそれが一番だと思っています。ティーチャーの存在で伝える。プラクティショナーの存在で伝える・・・。

私はダライラマのことは遠目で見ただけです。でも彼の存在そのものが、1000の言葉以上のなにかを物語っていました。その影響は、この日記にこのようにしていまだに書きまくっていることからも分かるかもしれませんね〜。
私が生徒さんに「マイク・ブースのコースを受けてみてください」と言うのも、コースの内容以上にマイクの存在を肌で感じて欲しいからです。そこからたくさんのことを学べるからです。

私も、ダライラマやマイク・ブースのように「存在」で伝えられるティーチャーを目指しています(恥ずかしい〜)。そう考えるとまだまだだなぁ。
倍音の月12日・KIN72黄色い共振の人[11月26日(日)] お幸せに

今日でレベル2コースが終わったのですが、最後に私ったらなにを血迷ったのか、生徒さんに「お幸せに〜」と口走ってしまいました(苦笑)。コースを受けることが、少しでも生徒さんたちの未来の幸福に繋がってゆくことを願っています的なことを言いたかったのですが、なんか違うゾ。

先日の日記にも書きましたが、ダライラマも言いました。「人生の目的は幸せになることです」と。

今自分が幸せだとは思えない人は、ぜひ幸せになってください。幸せになるためにできることを精一杯やってください。
そして、今自分は幸せだ〜と思える人は、ぜひその幸せを周りの人にも分けてあげてください。

オーラソーマを学んでから、自分が変わったと思えることはなんですか?と、コース中にみんなでシェアしていた時、ある生徒さんが言っていました。「以前自分には無理だと思っていたことが、今はできるようになりました。そうなったら、自分の周りにいるまだそれをするのは無理だと思っている人を励ましている自分がいるのです。私、変わりました!」。
彼女が、自分が変わったと感じる前に使っていたのはゴールドのボトルでした。ゴールドのテーマは「知恵・幸福・不安・自己価値」などです。
彼女はそれをやってみることに不安や恐怖心を持っていて、やったことがないから自信もなかったのです。でも勇気を持って(その第一歩を踏み出すのにボトルがサポートしてくれるのよね〜)実際にやってみることで、不安や恐怖を乗り越えて自信を持てるようになったのです(自己価値)。そうなったら、周りの人にもその楽しさを伝えたくなっちゃったのかもね(笑)。良いことですね〜。
倍音の月11日・KIN71青い律動の手[11月25日(土)] 形から入る

私は習慣というほどのものが、ほとんどありません。呼吸法も瞑想も気が向いたときにやるだけだし、オーラソーマの製品を使うのは私にとってはご飯を食べるのと一緒だから習慣とは言えません。でも、ひとつだけ毎日欠かさずやっていることがあります。それは「アファメーション」です。
寝る前にお布団に入り目を閉じたときに、必ず「どうもありがとうございます」と声に出して言います。具体的な人の名前を出しながら言うときもあるし、自分に向かって言うときもあるし、誰に向かってというわけじゃなく言っているときもあります。

いつのころからか(多分5年くらい前から)始まったこの習慣。とってもお手軽なので続いてるってところは大きいけどねー。
私は「終わりよければ全て良し」の精神の人なので、楽しかった日はもちろんのこと、嫌なことのあった日は尚更これをやるのです。ムカついている人に向かって、最初は嘘でもいいから「ありがとう」を繰り返します。言っていることと感情が逆でも良いのです。とにかく繰り返しているうちに、あら不思議!だんだんと気持ちが落ち着いてきて言葉と感情が同じになってきます(こないときもあるけど)。で、いつのまにか寝ちゃうのです(笑)。

1日の最後に発する言葉は素敵な言葉で締めくくりたいものです。これをやると1日の自分の感情などをリセットできて気持ちよいし、とにかく単純に気分良く眠れてストレスが溜まりにくいような気がします。

俳優さんが役に入り込むのに、衣装を身につけるとスイッチがはいるなんて話を聞きます。何日か前の日記にも書いたけど、大事なのは顕在よりも潜在意識の自分です。それは表面ではない・自分の内側にあるものですが、その自分を意識するのに外側の形から入るのもいいですよね。決して外側の自分を否定しているわけじゃないし、せっかく意識的にコントロールできる部分なんだから、上手に活用すると良いと思います。
倍音の月10日・KIN70白い倍音の犬[11月24日(金)] 肩に力入ってる?

なにかに夢中になるって大事だよねーと思います。夢中になれるものがあると日々が楽しく充実してくるし、その人自身が内側から輝いてきます。それは、誰か人でもいいし仕事でもいいし趣味だっていいんです。好きな人ができると表情もイキイキしてくるでしょ。仕事が楽しくて夢中であれば、忙しかろうが遊ぶ時間がなかろうが充実してるでしょ。

「夢中になれるものが欲しい!見つけたい!でも見つからないの」とお嘆きのあなたへ。こういう考えはいかがでしょうか。「夢中になれるものを探すことに夢中になろう」。
こう考えれば、今すぐにでも夢中になれるものが見つかるってことですし、毎日をイキイキと輝かせることもできますね(笑)。

ちょっと厳しい言い方になってしまうかもしれませんが、夢中になれるものが見つからないという人の多くは、そもそも探してすらいない人が多いような気がします。もしくは、探しているのかもしれませんが本気度が低い。例えば、部屋の中で消しゴムを無くした時に、椅子に座ったまま目だけ動かして「見つからないな〜」と言っていても見つからないでしょう(笑)。面倒くさがらずに椅子から体を起こしてちゃんと探せばいつか必ず見つかるでしょう。本気で探しているつもりだけど見つからないという場合は、あきらめないことが大事です。

あああ、私のジャッジ癖が出てしまっているかもしれません。やることやらずにぼ〜っとしている、もしくはやりもしないで不満を言っている人が私はどうも苦手なんです。
ほにゃ〜としていて特になにに夢中というものはないけど、十分今で満足だしシアワセだという人も世の中にはたくさんいます。もしかしてそういう人から見れば、私のような人間こそ「なんでそんなに肩に力入れてるの?」と聞かれちゃいそう。

ええい、でもこれが私なんだいっ。
倍音の月8日・KIN68黄色い電気の星[11月22日(水)] 愛すべき性悪人

性格の悪い人ってどんな人か、考えてみました。嘘をつく人・自分勝手な人・傲慢な人・媚びる人・意地悪な人・平気で人を傷つける人・・・みたいなかんじかな〜。
しかし、これらの性格の人が、かならずしも嫌われているとは限らないのではないでしょうか。

ある学生時代からの友人は、可愛くて成績も良くて男子にもモテモテでしたが、相当に高飛車で周りの生徒を見下しているのがみえみえでした。プライドが高く、嫌われ者なんていうと自分の立場が悪くなると思える程度の賢さはあった彼女は、一生懸命そういう部分を隠そうとして振舞っているのですが、性格の悪さは隠しきれず(苦笑)、みんな表向きは普通に接しているものの、本当はみんな彼女を嫌っていました。
私はそこそこに付き合っているという程度の、彼女にしてみれば数少ない友人でした(なんか分からないけど、私は昔からクラスの嫌われ者と仲良しなんです)。

しかし社会人になったある時期から、彼女は変わり始めたんです。それまで甘やかされてたからやりたい放題だったけど、若くなくなってきてちやほやされなくなり目が覚めたようでした。といっても、人を見下さなくなったわけではありません(笑)。人を見下す底意地の悪〜い自分の性格を隠さなくなったんです。そこで謙虚にならなかったのが、彼女の良いところです(いや、ホント)。

少なくとも私から見れば、彼女はとても魅力的な人間になったように見えました。魅力的だから性格悪くても憎めないんですよね〜。そして私はいつのまにか彼女のことが大好きになっていたんです。自分の気持ちの変化にも驚きましたね。

人は長所もあれば短所もある。短所(だと思ってる部分)を隠したり直そうとするよりも、そんな自分を受け入れて自分であることを楽しんでいるとき人は輝くんだなーと、私は彼女から教えてもらいましたヨ。
なのでやっぱり「自分を愛する」が全てなんですね。
倍音の月7日・KIN67青い月の手[11月21日(火)] 潜在意識の自分と繋がるコツ

またしても、ひとりの女性の生理周期がぴったり28日に整ってしまいました(笑)。コズミックダイアリーを付け始めてそうなったそうです。28日ぴったりでくることがなかったようなので、本人がびっくりして私にわざわざメールをくださったのです(笑)。そりゃびっくりするよね。私も自分がそうなったときはたまげたよー。

月が地球に大きな影響を与えていることなんて、潮の満ち引きを考えれば当たり前のことなのに、日頃実感する機会ってなかなかないですよね。でも海の水をあれだけ動かせるってことは、ものすごい大きな力ですよねー。人為的に同じ事をする技術は、こんなに科学が発達した現代でもまだないですもんね。
だから人間が月の28日周期の影響を受けていないはずはないんです。もし本当に月の持つ自然のリズムに自分も合わせていられたら、生理が28日周期になるのも、それこそ自然のことです。

ただ「私もダイアリーつけてるし暦も日々意識しているのに、生理が28日周期になりませーん(涙)」と言う人も当然いるわけです。この違いはなんでしょうか?
はっきりとは私にもなんとも言えません。これはオーラソーマにも通じることだけど、「こうすれば必ずこうなる」と証明したり断言したりできないのがこの世界の常識です、なんと無責任な(笑)。
なのでここから先に書くことは、私の超個人的な考えになります。

人間の「意識」には、確かにモノを動かす(現実を動かす)エネルギーがあります。これは物理の世界では証明されていることです。だから例えば13の月の暦でいうところの自然のリズムに自分の意識を合わせることで、体や心がそのリズムに同調した結果、生理周期が整うということも起き得るわけです。ここで大切なのは、合わせるのは「顕在意識」ではなく「潜在意識」であることがポイントだということです。
実は、顕在意識(マインド)よりも潜在意識(魂)の方がはるかに強力で、現実を動かす力も強いのです。だから顕在レベルでどんなに意識していても潜在レベルできちんと意識していないと、現実が変わらない(生理周期が整わない)・・・ということが起きるのかもしれません。
ではどうしたら潜在レベルでも意識できるのか?自分で意識的にコントロールできないからこそ「潜在」というものを、どうやって意識的に意識できるのか?私も以前はさんざんそこで行き詰って悩みました〜。

でもね、これには「コツ」があるんですよー。いつでもできるわけじゃないけど、コツをつかんだ今はそれが分かる(笑)。
じゃあその「コツ」を教えてーと言われそうですが・・・それを伝えられる術が見つからない半人前のワタシ・・・すみません。あえて言うとしたら、「ひたすらやってみる」です(乱暴な結論だ)!でも本当にそれくらいしか言えません。私の場合は少なくともそうです。とにかく瞑想したりワークを受けたり、ひたすら自分と向き合い内なる声を聞こうといろいろやっているうちに、徐々にコツをつかみました。オーラソーマなんかはそのサポートにすごくなってくれました。
現実を変えるためにとにかく大切なのは、潜在意識の自分と繋がることです。

潜在意識の自分と繋がるコツ。誰か良い案があったら逆に教えて欲しい。
倍音の月6日・KIN66白い磁気の世界の橋渡し[11月20日(月)] これもシンクロ!?

おとといの夜中から昨日にかけて面白いことが起きました。

11月16日の日記に書いた、絶交した友人と突如仲直りしました(笑)。何年ぶりかでメールをもらって・・・元気そうでした。絶交のことは忘れていたようです。あっけないものだなーと思いましたね。
と同時に、体調を崩して以来連絡が取れずずっと気になっていた知人からも連絡があって、元気そうでほっとしました。こちらから連絡しても繋がらなかったりして、どうしたんだろうと思っていたんです。
以前から気をもんでいた友人知人と立て続けに連絡が取れて、しかもどちらも良い感じの結末になったのです。

18日で水星レトログレード(逆行)が終わったからなのか!?(レトログレード中はコミュニケーションや通信・交通にトラブルが出やすい)。赤い空歩く者(空間・探る・目覚めの状態)のウェイブスペルが終わったからなのか!?91番のボトルを使い終わったからなのか!?(悪夢も見なくなりました)。

自分の思いが現実を作るんだということをつくづく感じます。だって、絶交していた(と、私が思い込んでいた)友人にとってはこの数年間、別に絶交していたわけでもなんでもなかったわけです。気をもんでいたのは私だけであって、彼女の現実の中では私は変わらず友人だったのかもしれません。

現実というのは相対的なものなんです。事実はひとつでも、真実はひとつとは限らないのです。
倍音の月4日・KIN64黄色い水晶の種[11月18日(土)] 普遍的責任

今は「赤い空歩く者」のウェイブスペルなので、それに対応する13番と91番のボトルを使っています。13番はもう使い終わり、今は91番のオリーブグリーンなのですが・・・。

ここから先は私の超個人的な感想なので、みんながそうだと思わずに読んで欲しいのですが。

私はグリーンは大好きで、いつも心地よく使っています。でもオリーブグリーンは何故かだめなんですよね〜。オリーブを使っているとロクなことがなくて・・・似て非なるものがこのふたつの色にはあるのです。
102番のディープオリーブを使っていたときのこと。いつもボトルはエッセンシャルオイルの良い香りがするのに、これだけはわかめが腐ったような磯の香りがして臭いのなんの。気持ち悪くて途中で使うのを断念してしまいました。
91番を以前使ったときも、悪夢にうなされるしなんとなく気持ちが晴れなくてあまり良い感触はなかったんです。今回久しぶりに91番を使ってみて、やはりここ数日あまりの夢見の悪さに発作が起きそうですよ。なんなんだ!オリーブの色自体はそんなに選ばないけど決して嫌いな色でもないんだけどねー。

オリーブグリーンという今の時代を表す色のテーマでもあるのですが、自分自身の影の部分と向き合わされてるような感じです。見たくない自分を見せられているような。でもそうしないと次へ進めないぞーと言われてるような。今世の中で起きている嫌な出来事の原因となるようなものを自分の中に見出すこと。「私は絶対に家族を殺したりしないわ」じゃなくて、(もちろん自分は家族を殺さないにしても)家族を殺してしまうような人を生み出している社会の一員として、自分の中にその原因となるものを見出し、その事実を認めそこを癒すこと。

これはダライラマいうところの「私たちの社会に起きている問題は、全ての人が普遍的に責任を負うべき問題です」のことです。「普遍的責任」・・・でもそれは事実なんですよね。自分は関係ない・・・じゃないのよね。
でもこの事実を受けとめるのは苦しいよ。でも、ちゃんと受けとめて嫌な出来事のない平和で楽しい社会にしたい。でも苦しいよー。ホンット、半端じゃない悪夢なのよー!
倍音の月3日・KIN63青いスペクトルの夜[11月17日(金)] お馬さん

昨日は一ヶ月ぶりに乗馬クラブでおうまさんと遊んできました。まだ2回目なので全然上手に乗れませんが、とにかく楽しくてたまりませーん。ずっと長い間無趣味できたから、ここへきて習い事というのが新鮮でとても楽しいです。なにより馬とのふれあいが、動物好きの私にはたまりません〜。
実家では子供の頃から犬も猫も飼っていたので、動物は全然怖くありません。服に、よだれや毛がついても全然気にならないし。馬も犬や猫と同じで、私たちの体に自分の顔をすりすりしてくるんですよ。かわいー。違うところといえば、なんせ馬は体がデカいので、すりすりされると勢い余って体ごとのけぞってしまうのですね。向こう(=馬)に悪気はないので文句は言えませんが、もう少し軽くやってくれると良いのだけど(笑)。

・・・そんなかんじでとっても楽しい乗馬ライフがスタートしたのですが、昨日私が練習していたビギナー用の小さな馬場のとなりで中級?くらいの人たちが駆け足の練習をしていたのですが、なんと!女性がひとり落馬してしまい、救急車で運ばれていくのを目撃してしまいました!げ〜、怖い。

こういうのを直に見てしまうと、乗馬はやはり危険な部分もあることを思い知らされました。
私が練習していたときも、昨日乗った馬は気性が激しいらしく突如ヒヒーンといなないて後ろを向いてしまって、私もつい落ちそうになって「ひゃー」と声を上げてしまいました。だって後ろ向いちゃうなんて予想もしなかったんだもん。

当たり前といえば当たり前だけど、馬によって全然性格が違うのですね。
でも人間もそうよね。コンサルのとき、クライアントさんによって同じことでも言い方を変えたりしますもんね。相手の人を心で感じて、相手の立場になって思いやるのが大切ですね。馬でも人でも。

あああ、でも落馬はいやだなー。あの人大丈夫だったかな〜。たいしたことないと良いのだけど。
倍音の月2日・KIN62白い惑星の風[11月16日(木)] 友人関係

寒くなってきましたね〜。今日は1ヶ月ぶりの乗馬の日でしたが、乗ってるときはいいんだけど、前後の馬のお手入れなどのときはさすがに手がかじかんでしまいました。

10年近く前のことですが、ある友人と絶交してしまいました。今で言うダメンズだった彼女に助言のつもりで言ったことが、率直過ぎて彼女をいたく傷つけてしまい、彼女からの手厳し〜い捨てゼリフを最後に(それで私もかなり傷ついた)、それっきりお互いに連絡をとらなくなりました。その友人を仮にAとしましょう。
そして、私にもAにも共通の友人Bがいます。Bも数年前にAとちょっとしたことで絶交したのです。私とBは今でも時々話をするので、「まあ、Aは気性が激しい人なので、仕方ないね」という話をしていたのです。
そんな折、最近Bが偶然街でAと会って、今度飲みに行こうという話になったそうです。B曰く「Aは昔の絶交のことはすっかり忘れているみたいだった」とのこと(笑)。
「かおりちゃんのことも話しておこうか?」とBが言うので、「いやー、別にいいよ。なにかのついでに私の話題になったら、相変わらず元気だよって言っておいて」と言いました(苦笑)。

Aは、私の周りにいる数少ない気まずい関係の人です。
私は元々あんまり波風立てる性格じゃないし、もし何かモヤモするものがあって後を引きそうだと思ったら、割とその場で言うほうなので。モヤモヤしたまま暮らせるほど強くないのです。案外気にしぃだし。今解決できることなら、今解決したいのです。でも、人間関係は自分だけの問題じゃないから、いつでもすぐに解決できるとは限りません。そんなとき必要なのは「忍耐」だそうです(by ダライラマ)。

うーん、この辺についてはまだまだ修行が全然足りない部分です〜。
私はAの幸せを心から願っているけど、じゃあ自分がAのためになにかしようとは思わないんです。私が何かしてもかえってまたAを傷つけるかもしれないと思うのは、私が弱くて逃げているのでしょうかね。
倍音の月1日・KIN61赤い太陽の竜[11月15日(水)] チャレンジ

最近何故か、マゼンタのボトルを思い出します。
今、91番のオーリーブグリーンのボトルを使っているから、補色として出てくる・・・だけではなさそう。「利他的」というキーワードを意識するようになってからなんですよ。利他的とマゼンタのテーマは確かに繋がっていそうですよね。

今日、あるメルマガを読んでいたら、「チャレンジナンバー」のことが書いてありました。自分が人生でチャレンジしようと思っていることが、そのナンバーに現れるそうです。出し方は、単純に誕生日の数字を足し合わせるだけでよいそうです。例えば私は10月23日生まれなので1+0+2+3=6だから「6」がチャレンジナンバーです。
「6」のチャレンジテーマは「人生でふれあうすべての人に対して無償の愛を配ること」。わーお、まさにマゼンタであり利他的であります。はいはい分かりましたよ〜ってカンジです(苦笑)。

ちなみにチャレンジナンバーが1の人は「自らの人生に責任を持って、リーダーシップをとること」

2の人「縁の下の力持ちとなってサポーター役にまわること」
3の人「天真らんまんな子供心を失わず、人生を笑いとともに大らかに楽しむ」
4の人「人としてキチンと真面目に、正しく生きること」
5の人「大空を自由に飛び回る鳥のように、世界中を自由にとびまわり、人と人をつなぐコミュニケーターを目指す」
7の人「自らの経験を通して真理を求め、自分の力で物事をやりとげること」
8の人「どんな困難な状況に陥っても、決してあきらめず、物質的な成功を手にいれること」
9の人「みんなが平和に仲良く暮らせる社会を実現すること」

バースナンバーが1の私には、1のチャレンジテーマである「自らの人生に責任を持って、リーダーシップをとること」は、チャレンジとしなくても若い頃からけっこうできてたと思うんです。やはり私がチェレンジすべきは6なんですねー。
自己存在の月28日・KIN60黄色い銀河の太陽[11月14日(火)] 自己存在の月を振り返る

夜、仕事が終わってサロンから外へ出たら、外はとっても暖かかったです。それだけでとってもシアワセな気持ちになりました〜。

今日で「自己存在の月」が終わります。振り返れば私にとっては怒涛の一ヶ月でした。

リコネクティブヒーリングのセッションを受けて、偶然ダライラマ来日の記事を見つけ、思い立って日帰りで広島まで会いに行ってきました。その直後、自分の内側で深いヒーリングが起きたのです。これは自分にとって本当に大きな変化でした。そして、ヒーリングが起きた後に来たキーワードは「利他的」。
「自己存在の月」のキーワードは「私の奉仕はどういう形をとるのだろうか?」。まさにその新たな形を教えられて終わった一ヶ月でした。

なにが面白いって、その月のキーワードに関して、何らかの形でそれを教えられるような展開になるにしても、こんな形で教えられるとは夢にも思わないということです。一ヶ月前の私は、広島に行くなんて思ってもみなかったし、ダライラマに会えるなんて思ってもみなかったし、広島に行ってダライラマに会うことでこんな大きなヒーリングが起きるとも思ってもみませんでした。当然よね〜。事実は小説よりも奇なり。現実はいつでも予想の範囲を大きく超えてやってきます。

明日からは「倍音の月」が始まります。そのキーワードは「輝き・力を与える・行動する」。そしてこれからの4ヶ月は自らの行いを宇宙に拡張させる4ヶ月です。倍音の響きのように、次元を超えて広げてゆくのですね〜。ワクワク。
自己存在の月27日・KIN59青い共振の嵐[11月13日(月)] 古傷を癒す

自分が誰かに傷つけられたときって、自分の殻に閉じこもってしまったりもしくは相手を攻撃してしまったりします。それはどっちにしろ相手を否定することです。
自分が傷ついているときは気がつかないものだけど、その行為は自分もその相手を傷つけていることになるんですよね。
それでは堂々巡りをするだけで、お互いに癒されないし解決しないし幸福にはなれないです。

だからといって、傷ついたものを我慢しろということではありません。
私が考えるのは、誰かによって傷つけられてしまったら、自分が傷ついたということを正直に相手に伝えたほうが良いと思います。ただし、相手を否定しないように。相手の行為を否定しても、相手の存在そのものは否定しないことが大切です。そうすることで、お互いがこれ以上傷つかなくてすむのです。つまりその問題はその場で解決できるのです。
人間だから、意図的じゃなくても誰かを傷つけたり傷つけられたりすることはあるものです。それ自体よりも、そうなったときにどうするかが大事だと思います。

理想論を言っているのかもしれません。実行するのはとても勇気がいるかもしれないし、感情的にも相手を許すのは簡単ではないでしょう。

私が傷つけてしまった人のこと・自分が傷つけられた人のこと・・・ここのところそれを考えさせることが立て続けに起きています。これはチャンスなんです。古いパターンを終わりにするためのチャンスなんです。今私はどうしたいのか?どうするべきなのか?
自己存在の月26日・KIN58白い律動の鏡[11月12日(日)] ティーチャーとしての自分について

今日でまたレベル1コースが終わりました。ほっと一息です。

コース後の儀式?である、誰もいないサロンで心地よい音楽(大抵クラシック)を聴きながらの全ボトルの浄化作業(この時間が大好きです!)をしながら、考え事をしていました。

私は他人のスペースに入っていくのが苦手です。そのかわり他人が自由に出入りできるようなスペースを空けておくのは得意です(笑)。
「こっちへおいでー」と先導するよりも、「どっちへ行きたいの?行きたいほうへ行っていいよ。見ててあげるから」と、声をかけてあげるほうが得意。得意というか好きです。もし自分だったらそう言われたいので。ティーチャーとしての私の教え方ってそんなかんじだと思います。

しかしそれって忍耐が必要なんですよね〜。「あああ、あんな方まで行っちゃって、危なっかしいな」とか「私だったらあんなとこまで行かないのに」とか・・・。一緒についていったりはしないものの、見ててあげるということは相手に意識を向けるわけだから、ほったらかしとは違うし。先導したほうが余程早いし楽なんじゃないかと思うこともしばしばです。しかしかといって、私が先導したとおりについて来られるのはもっとストレスなんですよねー(苦笑)。
生徒さんに、私の言うとおりにして欲しいとは全く思いません。だからといって言うとおりにして欲しくないわけじゃないけど、生徒さんにはまず自分で考える・自分で感じることをして欲しいと思うのです。そして自分の感じたことをまず一番に信頼して欲しいと思うのです。だって、答えは私が知っているわけじゃない・生徒さん自身の内側にあるんですよ。

そう考えると教師というのは利他的な仕事なんだな〜と、ボトルを拭き拭き浄化しながら思ったのでした。
なかには利己的な教師もいるとは思いますよ。それが悪いとも言い切れないけど、少なくとも私は利他的な教師でありたいなぁ。

普段の自分は思いっきり利己的なのですがね。利他的で在ることを教師という仕事を通して学んでいる、人を思い通りにコントロールしようとしないことを学んでいるのです。それは引いては、その人のありのままを受容することに繋がります。それって忍耐を必要としますけどね〜。ダライラマ言うところの「精神的鍛錬」には良い仕事っスよ、教師って(苦笑)。
自己存在の月25日・KIN57赤い倍音の地球[11月11日(土)] 利他的

今日は1:1:1:1の日です!ゲートが開く日です。今日いらしたクライアントさん(生徒さん)が、11番の50mlと25mlのボトルを購入していきました。おおお、まさに1:1:1:1ではありませんか!?

最近やたらと目に耳にするのが「利他的」という言葉です。「利己的」なら知ってるけど、利他的とはね〜。でもいい言葉だな、利他的。

他人のためになにかをする。自分よりも先に他人のことを考えて行動する。・・・これは、電車の中でお年寄りに席を譲ることさえためらってしまう私には、簡単なようでいてなかなか難しいことなのです。相手が欲してないものをあげてしまうことや、それによって相手の自尊心を傷つけてしまうことに、恐れを持っているんですね。私って自尊心が強いからさー。そのへんには人一倍敏感なんですよ。

しかし今日、ハタと気づいたのです(ていうか、前から知ってたのに忘れてたこと)。
オーラソーマのポマンダーの動作って、左手にポマンダーを落とした後、まず最初にそれを与えるのは自分じゃなくて世界なんですよね。自分に与えるのはその後です。

うーん、これってとっても利他的ですね〜(笑)。そうか、その精神なのか。それなら私にもできるかも。ただ与えること。相手がそれを受け取るかどうかは構わなくて、ただ与えること。まあ、それはそれで難しいものではありますけどね(苦笑)。
自己存在の月24日・KIN56黄色い自己存在の戦士[11月10日(金)] 人生の目的

ダイエットに良いオーラソーマ製品はありますか?と聞かれました。
オーラソーマの製品は医薬品ではありませんから、法的に言えばそういう効果効能があるものはないと言うしかありません。もしくは、何故その人はダイエットをしたい(しなくてはいけない)と思うのか?太っているならば何が原因で太っているのか?から、考慮する必要があるでしょう。その点でオーラソーマは、対処療法的なものとは違ったアプローチをするものと言えるでしょう。
でも本当を言えば、ダイエットをしてもしなくても(やせてもやせなくても)、その人が幸せならば良いはずです。だってそうだよね?その人がダイエットをしたいのがどんな理由からだとしても、突き詰めれば「それによって自分が今よりも幸せになれる」と期待しているからですもんね。その観点からならば、その人の期待に添えるような製品を薦めることもできるかもしれません。それがオーラソーマだと思っています。表面的なことよりも、根本的なことにより深く作用するもの。

お金持ちでもそうじゃなくても・美人でも美人じゃなくても・モテモテでもモテなくても・富と地位と名誉があってもなくても・健康でもそうじゃなくても・・・幸せなら良いよね。

じゃあ幸せってなに?それは「自分自身を生きること」です。じゃあ自分ってどんな自分?そう!それを知るためにオーラソーマがあるのです。幸せになるためのサポートとしてオーラソーマはあるのです。
ダライラマは言いました。「人生の目的は幸せになることです」・・・いいなぁ、シンプルでいいなぁ。

ダライラマの本はいくつか読んだことがありますが、また読み返しています。なんかホント、夢中よ(笑)。
自己存在の月22日・KIN54白い月の魔法使い[11月8日(水)] ダライラマとオーラソーマ

広島で彼を見かけて以来、毎日毎日ふと気づくと彼のことばかり考えています。寝ても冷めても頭から離れません。まるで恋しているかのよう(笑)。

彼の誕生日が知りたくて調べたところ、1935年7月6日生まれでした。ということは・・・いろいろ出してみましたよ。そして驚愕の事実を発見しちゃったんですっ!

ダライラマさまは、占星術的には蟹座生まれ。そしてオーラソーマ的な蟹座のテーマカラーは「ゴールド」。数秘学的にみると誕生数は「31→4」。これをオーラソーマのボトルでいうと31番はグリーン/ゴールドの「泉」、4番はイエロー/ゴールドの「サンボトル」。さらに、マヤ暦的なKINナンバーは14の「白い磁気の魔法使い」でした。これをボトルに直してみると14番はクリア/ゴールドの「新しい時代の叡智」・・・。ちょっとー、すごくなーい?これでもかというくらいのゴールドづくし!!!あー、面白すぎる〜。

実際、私が彼を直に見て感じたのはゴールドの光でした。
想像もつかないないような苦しみを体験しているにもかかわらず、
茶目っ気たっぷりな仕草。この上なく高い身分のお方なのに親しみやすい笑顔。顔立ちも日本人に近いせいか、近所に住んでるちょいと優しいおじさんみたい(笑)。ところが一旦話し始めると、低く張りのある声で非常に鋭く率直に明晰に語るのです。深い洞察と内なる知恵の部分から語っているのが分かります。さらに優しさと慈愛に溢れたまなざし。人類の未来にそれでも希望を失わず明るく前向きに捉えている。「この人はとてつもないオプティミストなんだな」と感じました。これすべてゴールドの質です。

奇しくも今日は、彼と同じ白い魔法使いの日です。ついでを言えば、ヴィッキー・ウォールも白い魔法使いのKINの人です。

白い魔法使いのキーワードは「永遠・魅惑する・受容性」。オーラソーマもブディズムも受容的であるという点で、その思想はよく似ていると思いますし、奇跡のようなオーラソーマのボトルを生み出したヴィッキーも、こんな時代に私たち全ての人にゴールドの輝きを広げ続けるダライラマも、ある意味魔法使いですよね。
自己存在の月21日・KIN53赤い磁気の空歩く者[11月7日(火)] 信仰とは

私は宗教家ではありません。宗教的なものに興味はありますが、なにか特定の宗教を信仰することはきっと今後もないと思われます(笑)。宗教を信仰することは、自己責任放棄なかんじがしていたんです。それに引き換え、オーラソーマの場合は「自分の内側に教師がいる」なところが自分の思想と合っているから、好きなんですよねー。
ダライラマにはかなり思想的に同意できる部分があって、(あつかましい言い方ですが)好きだし興味もあるのですが、彼は宗教家であり自分は違います。この違いはなんだろうと考えます。

おとといまでの日記に書いた自分の実例で言えば、例えば憎しみという感情を超えてゆくためには、それに打ち勝つだけの強固な意志が必要不可欠だとダライラマは言いました。そして強固な意志を持つためには、かなりの精神的な(例えば瞑想などの)鍛錬が必要だとも。そのために宗教というものがあるのでしょう。
たしかに、信仰心の厚い人の持つ意志の強さにはすごいものがあると思います。時に信仰は、自らの命よりも重要になったりします(それで戦争が起きたりする)。

信仰とは、自らの外側に在るなにかではなく、内側に在る神と繋がることなのかなと思いました。更に言えば、自らの内側に神が在ると認めることでもあるでしょう。そうだとしたら、何かを信仰する気持ちも理解できますね。
しかしね、信仰とはそれだけとも違うと思うのです。自分よりも偉大ななにか(神・宇宙・自然など)に対して畏怖の念を持つことも、信仰なのかと思います。「自分が世界でイチバン!」と思うのはとても傲慢で、そこには対立や憎悪や嫉妬が発生してしまいます。かといって自分には力がないと卑下するのでもありません。そもそもイチバンなんてないのよ。ナンバーワンよりオンリーワンなのよ、きっと。

なんかつらつらと結論の出ないことを書いてしまいました。今ダライラマの本を読んでいるので、いろいろと考えさせられるのです。

しかしこの目で見たダライラマはすごかった。いや、オーラびんびんじゃありませんでしたヨ。とても静謐で清らかな、そして庶民的で人間っぽいオーラでした。親しみやすいんです。でもって、完全に個を超えてました!そこがすごいっ!
自己存在の月20日・KIN52黄色い宇宙の人[11月6日(月)] 久々に13の月の暦について

ここのところ13の月の暦のことを全然書いていませんねー。でも忘れていたわけではありませんっ。ちゃんと日記もつけてますよ。

今日で「黄色い太陽」のウェイブスペルが終わります。振り返れば怒涛の13日間だったなぁ。
「黄色い太陽」のキーワードは「普遍的な火・照らす・生命」です。この紋章に対応するボトルとして、今は22番のイエロー/ピンク「再生者〜目覚め〜」を使っているのですが、まさに目覚めのカンジ。私の中のどこか深いところで、まだ小さいけど強烈に明るい炎が灯されました。クツミを使っていて明晰すぎて混乱していた時期が過ぎ、目の前が開けたらそれが見えたんです。

今日のコース中、ポマンダーをみんなで使った瞬間に部屋のエネルギーが明らかに変わりました。言葉で表現しがたいのですが、なにかとても暖かくて心地よい空気に包まれたんです。これは、広島にいる時にずっと私の周りを包んでくれていたのと同じもののように感じました。生徒さんも、天井がピンク色に見えるなど言っていました。
そして、私だけでなく生徒さんたちがそのなにかに包まれているのをはっきりと感じました。そのとき私が感じたのは、その何か分からない大きなものに対しての感謝の気持ちでした。
今思ったのですが、その何か分からない大きなものとは「慈悲」なのかもしれません。慈悲心ってああいうかんじなのかな。ダライラマからも同じものを強烈に感じたのですよね。

明日からは「赤い空歩く者」のウェイブスペルが始まります。キーワードは「空間・探る・目覚めの状態」です。今度はどうなるか・・・楽しみです〜。
自己存在の月19日・KIN51青い水晶の猿[11月5日(日)] 広島の収穫・その3

広島での収穫のひとつはもみじ饅頭でした(笑)。今開催中のレベル1コースで休み時間のお茶菓子に、お土産に買ってきたもみじ饅頭をみんなで食べたのですが、今っていろんな種類があるんですね!あんこだけじゃなくて、チーズ・クリーム・抹茶・りんごなどなど・・・。美味しかったですぅ。

昨日の日記の続きです。

過去生で、私は自分の父親を殺されたことがあります。誰か個人に・・・というよりも、民衆に殺されたというかんじ。なので、私には社会全体を憎んでいるところがいまだにあります。大好きだった父を罪もないのにボロボロに殺されたことを、私はどうしても許せないのです。
しかし、憎みながら生きることは辛いものです。憎むことだけが生きるパワーになっていた時代も(過去生では)ありましたが、それでは自分は永遠に幸せにはなれないこともようやく分かってきたのです。でもやはり感情は理性とは違うから、許せないものは許せないのです。

おとといの夜ふいに気づいたことは、私の中で憎しみの感情よりももっと深いところで究極にある思いは、父の幸せを願う気持ちだけなんだということでした。父が幸せでいてくれさえすれば、父を殺した人たちのことなんて別にどうでも良いんだということに気づきました。どうでも良いどころか、父を殺した人たちの幸せさえも心から願うことができるんです。私は、ただただ父が幸せでいてくれさえすればそれで良いんです。
憎しみの感情があまりにも強くてそれに支配されていたから、長いこと(過去生から含めると100年近くだワ)そのことに気づきませんでした。が、おとといの夜ふいに気づけたんです。なぜかは分かりません。ただ広島に行ったことは、気づくための大きなきっかけになったと確信しています。

その生での父親は、今生でも私のとても近しい人として存在してくれています。やはりこの数日で気づいたのですが、その人が幸せになってくれることを私自身が心から願っているから、私がその人の幸せを助けてあげられるように、今生でそのような近い関係の人として生まれてくることを自ら選んだのです。私自身が、そのとき父を助けてあげられなかったという罪悪感を持っているので、それも関係しているかもしれません。

ダライラマ法王もツツ大主教もベティ・ウイリアムズ女史も、口をそろえて「実践することがとても大切です」と、説いていました。
だから私も、その人の幸せのためにさっそくあることを実践し始めましたヨ、なにをしているかは照れくさいので言えませんが(笑)。そう考えると、人間の行動原理はやはり究極的には「憎しみ」よりも「愛」なんですね。父を殺した人たちが憎いからなにかをするのではなく(報復では幸せにはなれない)、父を愛しているから父の幸せのためになにかをする(それは、父を殺した人たちと和解することを意味します。それが真の和解なんですね)ことに決めました。とても清清しい気持ちです。

その人が幸せかどうかは別としても、そのためになにかを実践していること自体が、今の私には非常に大きな癒しなんですね。
自己存在の月18日・KIN50白いスペクトルの犬[11月4日(土)] 広島の収穫・その2

昨日からお腹の調子がイマイチ。広島ではやけにトイレが近かったし、疲れが出たというよりも体内浄化しているのでしょうかね。こういう症状は私の場合、ヒーリングが起きるとよくあることです。

昨日の日記に引き続き、広島で得てきた中から印象に残った話を載せたいと思います。本当は言葉だけじゃなくて彼らの存在そのものから得るものがとても大きかったのだけど、それでもなにか伝わるといいなと思います(アマーリエの卒業生の方には同じ内容のメールをすでに送りました)。

南アのアパルトヘイト問題の解決に尽力しノーベル平和賞を受賞したツツ大主教は、わたしたちが困難なことに出会ったときに「3つ」の選択があると言いました。
1つ目は、何もなかったことにする、忘れてしまおうとする、仕方ないと諦める、ということ。
2つ目は、攻撃されたらやり返す、仕返しをする、というもの、これは多くの人(国)がしていること。
3つ目は、起こったことに対して、まっすぐ見据えて真実を見つめようとすること。
この3つ目の選択をとることが大切なことです、と言いました。 そして、このことは感情的にはとても困難を強いるものであり、とても許すことはできない、と思うものではありますが、でも、これが一番有効なことです、と。 わたしたちは、真実を見つめ、悪いことは悪いとし、同時に「許しあう寛容と和解の精神」がとても重要です、と話していました。
許すとは、憎しみの感情のさらに奥にあるもの(=真実)に気づけたときに起きることだと思います。憎しみの感情でいっぱいになっているときは気づくのは難しいかもしれませんが、それでもその奥にあるものを見つめようとすることが大事です。そうすると必ずその先にあるものにいつか気づけるのだと思います。そこにあるのは、敵味方なくただ愛する人の幸せを願う気持ちだけです。そして憎しみを超えてゆくのです。


夕べちょうどこの日記を書くためにPCに向かっているときに、ふいにとても大きな気づきがありました。そしてどわーっと涙が出てきました。ヒーリングが起きたんです。
私の中に長年積もっていた「許せない」という憎しみの気持ち(今生じゃなくて過去生のことなんですけどね)。あまりにも苦しすぎてとてもとても相手を許すことなんかできないと頑なになっていた気持ち。憎んでいても解決しないんだと頭では分かっていたけど、感情ではどうしても抜け出せなかった気持ち。
それらの心のわだかまりが解きほぐされてゆく気分でした。私の心の中の扉が目の前で開いて、とても美しい虹色の光の中へ進み出てゆくような感覚がありました。まさに憎しみを超えて「和解」できたんです。
そのとき、すべては自分の気持ちしだいだということをまた実感しました。相手が謝るかどうかじゃないんです。自分がそのことに対してどう感じるかで決まるんですね。「和解」は私の中で起きました。
相手がどうしたわけじゃありません。でも「和解」できたんです。事実、今自分の心はとても穏やかで平和なんですよ。
自己存在の月17日・KIN49赤い惑星の月[11月3日(金)] 広島の収穫

昨日は結局広島へ行ってきました!ハードスケジュールで行こううかどうか最後の最後まで迷ったけど、でもほんとーーーに行って良かった。まずは無事に帰ってこられて、何事もなかったかのように(笑)今日からのコースを開催できたことでほっとしています。そしてやはり、会議の参加者のノーベル平和賞受賞者の3名に会えたことはなんと言っても・・・・うううううう、感動。
3名が語った中で印象に残った言葉は数知れずありました。それらを少しずつでもシェアできたらうれしく思います。

その中のひとつ、ダライラマ法王が語った言葉。私は泣きました・・・。

ブッダはこう言った。「自分は自分の主である」 。
あなたの現実がどんなものだとしても、あなたはまず自分から何かをしなくてはいけない。何か行動を起こさなければならない。 もちろん、あなたを助けてくれる人は大勢いるでしょう。 でも、あなたはあなたの肩に重荷を背負いながらも、 希望を見失わず明るい見通しを持って、自分を信じてください。

「自分は自分の主である」これはオーラソーマの言う「あなたの内側に偉大なる教師がいる」と全く同じことです。そのとおりです。
自己憐憫からはなにも生まれない。それは停滞を意味します。前に進んでいかないのよ。でも、自分が変わることで周りを変えることができるし、現実を変えることができるんです。だからいつでもまず自分から始めることが大切です。
そして、肩に重荷を背負いながらも・・・ということもポイントでした。ここで私は泣きましたー。だってそのとおりだと思ったから。生きるってこと自体重荷を背負うということなんだと私は思っています。重荷を背負うことを自ら引き受けることが生きるということなんだと言い換えてもいいです。でもよく周りを見渡してみると、重荷を背負っているのは自分だけじゃないことに気づくハズ。みんななにかしら荷物を背負っています。大変なのは自分だけじゃないと思えたら、それだけでも少しは気持ちが軽くなりませんか?そしてそうなったら、つぶし合いじゃなくて助け合って(希望を持って)前に進むこともできるはずです。

この「相互依存」はコーラルのテーマです。そしてオーラソーマでコーラルは「新しい時代の目覚め」の色です。今こそそれが必要だから「新しい時代の・・・」なんだと思います。「許しあう」こと。「助け合う」こと。

まだまだ昨日今日だけでも書ききれないほどの気づきと癒しが私の中で起きています。そしてそれを人に話したいと言う気持ちが(めずらしく)あります。
この日記に会議の感想をまた書きますので、よかったら読んでくださいませ。
自己存在の月15日・KIN47青い銀河の猿[11月1日(水)] ピース

今日明日の2日間・広島で開催されている「広島国際平和会議2006」に参加したい!と、思い立ったが吉日でチケットを取ったはいいけど、この忙しい時期にわざわざ日帰りで広島まで行くなんて無謀だと一度は思い直したのに、やはり行きたい気持ちもやまやまで・・・。行くなら明日4:30に起きて朝一番の飛行機に乗らなければなりません。だから早く寝なくちゃ・・・でもホントに行くのか!?・・・と、いまだに迷っている私です。

今日のサロン帰りに自分のボトルを選びました。イエローはそろそろ終わったかなと感じてはいたのですが、果たしてイエローには全く目が行かず、代わりに選んだボトルを並べてみて笑ってしました。

3番(ブルー/グリーン)・2番(ブルー/ブルー)・60番(ブルー/クリア)・50番(ペールブルー/ペールブルー)。

この上なく青〜いボトルがずらりと並んだのでした。一応断っておきますが、選ぶときは自分が明日平和会議に参加するかもしれないなんて事はすっかり忘れていたんです。むしろ選んだボトルを並べてみたときに、はっと思い出したくらいです。でもこれで腹が決まりました(笑)。私の意識はすでに広島にチューニングを合わせていたんですね。ボトルを見て分かりました。だってブルーは「平和」の色だもんね。

しばらくの間ボトルのブルーをただぼんやりと眺めていたら、今回の会議のHP上に載っているダライラマのメッセージが浮かんできました。
「私たちの社会に起こっている問題は、すべての人が普遍的に責任を負うべき問題です。」
この言葉はまさにブルーのテーマそのものだと思いますが、これを重たく受け取らなくて良いんだと思います。真面目に誠実に向き合うのは大切ですが、罪悪感を感じたり「ねばならない」的に感じる必要はないと思います。自発的に自然にそう思えたときに初めて、ポジティブなエネルギーを広げていけるのですから。

ブルーは、青空のように全ての人に平等に存在しているものの象徴です。自分自身が、今多くの人が理解している単なる個人としての自分だけではなく、もっと大きな存在であるということを象徴しているのです。自我を超越して存在する自分。この自分と繋がれたら・・・平和ですよ〜(笑)。