〜日記、がんばって続けてます〜 ブログはこちら  日記のバックナンバーはこちら 
a ・ m ・ a ・ r ・ l ・ i ・ e
a t e l i e r
getting to know you
 内なる声にそっと耳を傾けてみよう・・・ アマーリエへ
ようこそ

welcome to amarlie
 オーラソーマ英国認定スクール 
 個人セッション 
  
 ご予約・お問合 
プロフィール 
日記 
リンク 
home 
1月31日(火) エエ話しやなぁ

今回のコース中に私が一番印象に残った言葉は、帰りの新幹線の中で一緒だった人が言った一言でした(それじゃ「コース中」にならないけど)。

その人が職場の人どうしの意見を調整しようとどんなにがんばっても、みんな自分勝手なことばかり言ってなかなかひとつにまとまらずに苦労していたそうです。まあ、どこにでもある、誰にでも経験のある話しですよね。
そんなときある人に言われたひとことで彼女は目が覚めたそうです。それは「船が火事になったときは、その火を消そうとするのではなく、新しい船を作りなさい」というものでした。「新しい船を作ってそちらにみんなを乗せれば良い」。

うわーーーー、それを聞いた私もチョーーー感動!!そうか!そうすれば良いんだ!!

・・・こうしてまたひとつ目からウロコが落ちたのでした(笑)。
1月30日(月) オーラソーマとマヤ

行ってきました。熱海の町へ。いや、温泉が目的ではなくマヤの講師になるための研修を受けてきたんです。なんとか試験にも受かり、そのうちマヤのセミナーも開く事になるかもしれません。

3日間「時間はオーガニックオーダー(有機的秩序)」とはどういうことかについて考えまくりました。オーラソーマでもそうだけど、コースを受ける事の大切さや良さって、これだけゆっくりと集中して自分と向き合う機会を与えてくれるところです。そういう機会はなかなかないからすごく多くの気づきがありましたし、だからコースを受けるって大切だし自分の成長にとても良いんですよね。

マヤとオーラソーマは手段が違うだけで目的は同じだねと、今回参加したオーラソーマ仲間と話していました。
「すべての人(物)は宇宙の中のひとつの存在であるし、その中で自分だけに与えられた役割を持って生まれているから他の誰とも違う価値ある存在である。それを生きてゆくことが自分の幸福であると同時にすべての幸福にも繋がっている。だから、自分の色(KIN)を見つけてそれを生きるのが大事」

これが今回出した結論です。こんなことは前からそう感じていたことだけど、あらためてその思いを確信してきました。
こうやって思いを強くしてしていくことは自分に対する自信と信頼を育ててくれますし、自分に信念を持てると実際にそういう自分として生きてゆくことができます。それはひいては自分の幸福や人の幸福・宇宙の幸福に繋がってゆくことです。
頭でそう思っているのと確信しているのは全く違います。「そうなんだろうな〜」と思いながら生きるのと、実際にそんな自分を生きるのでは全く違います。私は少しずつでもいいから後者になっていきたいんですよね。
1月26日(木) 明日からお休みいただきます

明日27日から29日まで、マヤ暦の研修のため熱海の合宿(!)へ行ってきます。その間この日記もお休みいたします。いただいたメールへの返信も29日夜になりますので、ご迷惑かけて申し訳ありませんが何卒ご了解くださいませ。

タロットをやっている友人に今年の旅行運について見てもらいました。今の時点で決まっている旅行は、(全部仕事がらみなんだけど、涙)7月のイギリスでしょ、あと多分行くと思われるのが6月の北海道・・・くらいです。
友人にはそういうことは事前に何も言わずに見てもらいました。すると第一声で「7月が一番良い」だって。彼のタロットは確かによく当たるのだけど、相変わらず冴えてるねー。「7月の旅は自分の内面的な成長には今年の中で一番適している」。たしかに7月のイギリス行きはオーラソーマのコースを受けに行く予定なんですよね。それがおそらく今年最大のイベントになる予定です(今のところ)。
彼は続けて「あとは6月。でもこれはもう少し身近な・・・せいぜい国内で、ひとりというよりも身近な人と行くようなかんじ」だって。もー、これもばっちり!6月の北海道は行くとしても仕事で行くのですが、北海道では1年で一番良い季節だし、もし行けたら少し休みをとってついでに観光でもしようか・そして両親でも呼び寄せようかと考えていたんです。

つまりは今考えているスケジュールをそのまま実行して大丈夫という事ね。良かった〜、うれしいです。

私は占い好きですが、かといってそのまま信用する方でもないです。でも友人という気安さもあるし良いこと言ってくれたから、今回のは信じちゃう・・・というか思ってるとおりで良いのねと確認できました。

オーラソーマもそうだけど占いも、占って決めてもらうというよりもすでに自分で漠然と分かっている事をはっきり確認するというスタンスで受ける分には、とても良いのではないかしらん。

※みなさまどうぞ楽しい週末をお過ごしくださいませ。
1月25日(水) NOのレッスン

先日、突然知らない人から地方でコースを開いてくださいとの依頼を受けました。サロンを開いて以来サロン以外のところではコースを開いていなかったから、これは新たな機会になると思っていたのですが・・・・・・・・・考えた末結局お断りさせていただきました。依頼していただいた方、せっかくなのに本当に申し訳ありません。

いつもの私ならこういう新たなチャレンジはまず間違いなく受ける性格です。「話が来るという事は、そこに必ずなにかの学びがあるということなんだわ!だからやれってことなのよ」なんて思っちゃって、けっこう無理してでもがんばっちゃうほうなんですよね。あとは「こんな私にそういう依頼をしてくれるなんて感謝感謝。だから答えてあげたい」とかね。
なのに今回は最初からあまり気乗りがせず、もちろん気乗りしない理由はあったのですが、それにしても断るなんて自分でも意外でした。
断った理由をあまり詳しくは言えませんが、でも自分がオーラソーマに関して持っているポリシー(信念)を曲げられなかったという事なんです。

すでに6月に地方でコースを開催する予定があります。そちらは受ける気満々ですでにそのつもりでいます。この感覚の違いはなんなんだ。

断るという結論を出した事によって、この先なにかがどうにかなるのかならないのかは分かりません。でもその話を引き受ける事は、なにか自分にとって新たな機会を得るという喜びよりも負担になってしまうという感覚のほうが強かったんです。そして、自分の内なる喜びを優先して良いんだ。それが宇宙の喜びとシンクロしているなら、私の喜びはみんなの喜びなんだ。と信じるようにしてみます。そのレッスンなのかなぁ。
1月24日(火) インラケチな人になるべく

またしても昨日の日記の続きなんですが。

マヤ人の挨拶「インラケチ」の意味とは、「私はもうひとりのあなたです」です。いい言葉やなぁ(涙)。これが日常の挨拶だなんて、マヤ人ってホント進んでるー。
昨日の日記に「これからは取られないようにする(奪い合う)やり方で自分を守るのではなく、分かち合う(与え合う)やり方で自分を守る時代なんだ」と書いたのはまさにこのこと!この精神なんですっ!!だってもし奪う相手がもうひとりの自分なら奪う必要もないじゃないですか。むしろ与える事でもらえるんだから、そのほうが余程楽しくないかっ!?精神世界での定番コピー「自分が与えたものが返ってくる」も、同じことを言っているのだと思います。

とはいえ、こんなこと書いてる私がいつでもインラケチな人かというと全然そんなことはなく(涙)。
しかしインラケチなときに、どんなに自分も人もうれしくて楽しくて感謝できて満たされる感覚になれるかはすでに知っています。それを味わったことがあるから。だから24時間のうち、1分でも1秒でもインラケチな自分を長く保ちたいと思いながら、意識して日々を過ごしているのです。

そうなるべく現在まだまだ奮闘中。多分一生奮闘中。
1月23日(月) これからの時代って〜

昨日の日記に書いた、無料で部屋をレンタルできるお店があるという情報を人に伝えるのは、同じサービスを提供している私にとっては、たしかに自分の首を絞める行為かもしれません。そんな私はただのお人よしなのか、馬鹿なのか、偽善者なのか!?なんなんでしょう。

自分の身を守るために自分の持っているもの(才能・技術・お金・物的なものetc)を隠して取られないようにするのは当たり前といえばあまりにも当たり前の事です。今までみんなそうやって生き延びてきたんだと思います。
でも私はそれはもう古いやり方だと思うのです。これからは、自分の身を守るために自分の持っているものを分け合う時代なんだと思うのですよー。自分の持っているもののうち余分なものはない人にあげて、自分にないものは持っている人からもらえばいいのよ。この世に何も持っていない人はいないのだから、そしたらみんな平等ですよ。これって新しいやり方じゃなくて、昔はみんなそうしていたような気もするのですがね〜。赤ひげ先生とかね。「病気を治してもらったお礼にオラの家で採れた野菜をあげる」とかサ(笑)。

私は昔からそういう自分の思いに何故か強い信念を持っていて、おそらく自分の身を持ってそれが正しい事を自らに証明したいのかもしれません。もちろん自分の中には自分の物を取られないようにしている自分もいるから、いつでもふたりの自分の間で葛藤してはいるのです。で、負けちゃうときもありますよ、そりゃね。

私は前世でも一度そのようなことをしています。信念を貫いて自分は人に与えていたけど人からは与えられず、敗北感と屈辱感に打ちひしがれて最後はボロボロになって死んじゃったのよ。お腹がすいて死にそうなのにそれでも人に「ください」と言わなかった(前世の)私。そうなるともうそれは、信念ではなくてあてつけですね。
自分が今でもそれを引きずっているのはよく分かります。あー、この話をすると長くなっちゃいそうなので止めとこう。なんか思い出して気分がヘコんできたし。
1月22日(日) いやいや病

最近ずっと絶好調だったのに、昨日からいきなり不調に陥ってしまいました。昨日はあまりにも気分が沈みすぎて、家に帰ってからも何もできず化粧も落とさず寝てしまった・・・。
この1週間くらい胸騒ぎがしていたんです。なにかイライラするような焦っているような急かされているようなカンジで、落ち着かなかったんです。あまり気にしてなかったけど、ここへきてガーッと来てしまいました。もっと自分に意識を向けなきゃダメだな〜私。
なんか急に自分に自信がなくなってしまって、今朝は家を出るときに「行きたくないよー」なんて、だんなさんに向かって駄々をこねてしまいました。今日のお客様に本当に申し訳ない・・・。

あっ!ところで、昨日発覚したミスがあります!これもあって余計に落ち込んじゃったのよね〜うう。
オーラソーマのプラクティショナー登録をしている方には知っておいて損はないであろう情報を、とっくにお伝えしていると思っていたら伝えてなかったみたいなんです。なのでこの日記上ですみませんがお知らせいたします。

東京・表参道に「i−making」というオーラソーマの専門ショップがあります。ここのコンサルテーションルームは、プラクティショナー資格を持っている方なら誰でも無料で30〜60分お部屋を借りる事ができるのです。もちろんショップのボトルを使えますし、その場で商品を購入する事もできます。お部屋も綺麗だし便利な場所だし、私も自分のサロンを始めるまではよくお世話になっておりました。
予約制なので使用する際は必ず事前にお店にご連絡してくださいね。「i−making」のサイトはここです。

http://www.i-making.co.jp/shop/index.html

もっとちゃんと早くにお伝えしていれば利用していた方もいるかもしれません。ごめんなさい!
1月20日(金) カラーローズ

カラーローズとは、オーラソーマのボトルに使われている色の色相環のことです。バラの花のように見えるのでそう呼ばれています。そしてそれは、オーラソーマの一番大切な根幹の部分でもあります。
あくまでも私個人の考えですが、このカラーロースは曼荼羅のようなものだと思っています。カラーローズの世界は色を通して見る宇宙の縮図に見えるのです。とてもシンプルな絵なんだけど、そのくらい奥が深くて多くを語っている絵だと思うんですよね〜。あの絵を見ているだけで色に対していまだにたくさんの発見や気づきがあるし、だから私はあの絵が大好きなんですよ。

今日までレベル1コースだったのですが、カラーローズのバイオレットとレッドの関係性について話しているときに、自分でも思っても見なかったようなことを語っていました。語りながら自分自身が「そうか、この2色の間にはこういう関係性もあったんだー!」と発見してしまったのですよねー。気づいた事を話すのではなく、話しながらリアルタイムで気づいてゆくということは時々ありますが、こうして私はこれからも「教えることで自分が学びそれを更に教えてゆく」というティーチャーをやっていくにあたっての自分に与えられたテーマを学んでゆくのかしらね〜。

ちなみに今日気づいたのは、バイオレットの魂の使命をレッドにグランディングさせる過程で、時計回り(バイオレット→ブルー→グリーン→イエロー→オレンジ→レッド)の過程を辿るのか、反時計回り(バイオレット→マゼンタ→レッド)を辿るのかによって、やり方とスピードが違うみたいなことです。バイオレット/レッドラインのボトルを選ぶ人が、考える事と行動が直結してるのも分かりますよね。思考のエリア(時計回りの通り道)を迂回せず、バイオレットからレッドまでいきなり降りてくる(反時計回りの通り道)んだもんね。そっちの方が近道だしそりゃ早いよ、4次元的です。
それ以外にもいろいろと気づいちゃった。面白ーい。これだからオーラソーマは止められない。

オーラソーマを学んでいるみなさま、カラーローズでいろいろ遊んでみてね。まだまだ掘れば出てくる新たな発見がたくさんあるはずヨ。
※オーラソーマを学んでいない方にはさっぱり分からない内容ですみません(苦)
1月19日(木) 愛・故に

・・・傷つくのですよね〜。でも人は愛する事を止めようとしないのはなんなんでしょうね〜。
愛と恐れは同居し得ないと言いますが、傷つく事に対する恐れよりも愛する気持ちのほうが強いときもあるし、恐れる故に素直に愛せないときもある。

誰かを愛したらどうするかな〜!?(←今更何を言うですが)
愛しているが故に守ろうとする?愛しているが故に手放す?愛しているという自分の感情を優先するのか、愛している相手の感情を優先するのか。

今日見たお芝居は、相手を飲み込んでしまうほどに激しく愛する人たちばかり出てくるお話でした。とてもエゴイスティックで残酷で、私には時々見ていて心が痛くなるほどでしたが、それでもそういう感情もひっくるめた非常に深い愛に満ち溢れているものでもありました。愛とは綺麗な側面ばかりじゃない事・でもそれすらも越えて愛する事などなど。
私は美しくないとされるものの中にこそ美しいものがあると思っているので、今日の芝居もとても美しいと感じたのでした。

リレイという劇団の公演です。かあきじいんずさんの脚本が素晴らしい!大ファンです!
1月18日(水) すわ、一大事

今年の冬は特に寒いから、サロンの部屋を暖めるのも大変です。
暖房はもちろんですがそれ以外にも・ホットカーペット(暖房が高いところについてるから足元が寒いのよね〜)・ストーブ・便座ヒーターと、家中フル稼動です。その上今日は、エステで使ったタオルを乾かしたくて浴室乾燥もONにしていました。

「あと5分くらいで次のお客様が見えるな」と思っていた矢先、急に「ポーン」と音がして部屋中の明かりが消えました。揺れてもないのに「地震!?」とびっくりして部屋を出ると、外の明かりは何事もなく点いています。どうやら私の部屋のブレーカーだけがとんだようです。

あちゃー、こんなときのための備えがなんにもないのよー。懐中電灯なんてないのよー。でも早くしないとお客様がきちゃうーと、慌てて真っ暗闇の中を手探りでブレーカーのフタを開けようとしたのですが、どうやっても開かない。フタがどうなってるのかが見えればきっと簡単に開けられるんだろうけど、とにかく真っ暗でなんにも見えない。「なんでこんな簡単なことでつまづくの!?」でもこういうときに限って簡単な事ができないものですよね(苦)。そうこうしているうちにお客様が来ちゃいました。

とにかく上がってもらったはいいけど、暗いし寒いし一体なんだこのサロンはと思われたかもな・・・とほほ。
で、とにかくなんとかしなくてはと、もう無意識のうちに携帯電話を手に持ちONにしてその明かりで照らしてみたら、案外明るいんですね。フタの表面に「ここを押し上げてください」とシールが貼ってあるのを見つけ、無事フタを開けて明かりをつけることができました。良かった〜。
火事場の馬鹿力というか、咄嗟のときって人間意外と機転が利くものなんだな〜と、自分に感心。携帯電話ってこんなことにも使えるんだなぁ。

その話をさっそく友人にしたら「それって常識」と言われた・・・。えー、常識なのー。
1月17日(火) 無意識の共振

11月に富士山・河口湖でマヤの研修を受けたときの友人に、先日用事があって電話したんです。その友人とは大体用事があるときはメールのやりとりで済ますから滅多に電話なんかしないのですが、そのときの用事はできれば直接話をしたかったので、久しぶりに電話してみました。

彼女は私からの電話に驚いた風でした(まあ、滅多にしないことをしちゃったから驚くのも無理はない)。そして、電話の向こうで彼女が「やっぱり共振してるよねー」と言いました。なんのことかと思ったて聞いたら、なんと彼女はこの2日間仕事の予定がぽっかり空いたらしく、ふと思い立って研修を受けた河口湖の円形ホールに行ってそのままその日は河口湖に泊まっていたそうです。そこへ、一緒に河口湖へ行った私からの滅多にない電話が入った・・というわけで、ちょっと驚いたみたい。

私はまったくそんなこと考えもしなかったし、彼女の波動を感じていたというわけでもありませんでした。ただもっと前にも電話するチャンスはあったのに、なんとなく数日間延ばし延ばしにしていて、その日の夜になっちゃったんですよね。でもそれも意識的にしていたわけじゃないのよ。しかし、結果的にはベストなタイミングとなったのです。

こういうのって予め意識の上でも知る事ができたらどうなんでしょうね?案外、分かっていないから毎日が刺激的で面白いのかも・・・と思いました。出来事が起きた後で、それに意味づけをするほうが(時々しんどいけど)楽しいような気がするなー。
1月15日(日) あやまります

昨日の日記を読み返していて我ながらいや〜な気分になってしまいました。なんだか読んだ人を焦らせてしまうようなかんじがしたのです。
「私も波に乗らなきゃ」とか「波に乗るってこと自体がよく分からないこんな私はだめなの?」とか、もし思ってしまった人が(いなければいいのですが)もしいたら本当にすみませんでした。反省しております。

オーラソーマの一番大事なポリシーは「無理強いしない」です。私も本当にそれが大事だと思っているし、だからオーラソーマが大好きなのです。なのに、昨日の日記の私はちょっと調子に乗りすぎていました。自分が絶好調だから(苦笑)つい人にも自分のペースを押し付けようとしてしまったのかもしれません。

自分自身がいろんなことに気づき始めると、使命感のようなものが芽生えて「みんなにも伝えなきゃ」とムキになったりするかもしれません。そう、それは「ムキになる」のような気がします。自然なものではなくなるの。
今月は「共振の月」。共振とは、共振「させる」ものではなく、共振「してゆく」ものだと思います。自分以外のすべては自分の力でコントロールすることはできないのです。

だからいつなんどきでも大事なのはまずは自分自身。自分が自分で在れば自然に共振してゆくのです。はい、この言葉、今あらためて自分に言い聞かせてます(涙)。
1月14日(土) 波に乗れ!

今、私の周りの人たちが次々に夢を叶えています!これ、ホントッ!人生の打ち上げ花火がバンバン上がっているような光景。これはすごいことですよねーーー。
みなさん、この波に乗っていますか?「スユアの波」に乗ってるー!?

「やりたかった仕事の話が来た」「行きたい国に行けて仕事も見つけた」「病気が治った」などなど・・・。
もちろんみんな夢のためにがんばってはいましたよ。でも今までなかなか展開していかなかった。それがここへきて急に叶い始めちゃったんですよね。
グレゴリオ暦的に言えば年明け早々になります。しかしもっと正確にはマヤ暦の共振の月に入ってから(1月10日から)急激に・・・です。私の目が覚めたのもこの日からだし。

共振の月のテーマは「調律・チャネルを合わす・呼び起こす」。意味なんか考えるのはあとからでいーの。ただ宇宙に意識を向けてチャネルを合わせてみてー。いまならアンテナ取り付け0円よ!(あやや、可愛い)
身近なところで言えば、自分の体に意識を向けてチャネルを合わせてみてください。自分の体を調律する・自分の体とチャネルを合わす・自分の体を呼び起こす・・・これならできそうじゃありませんか?
1月13日(金) 信念なのよー

私はオーラソーマが本当に良いものだと思っていて大好きなので、オーラソーマに興味があって学んでみたい人には「もうどんどん学んでみてー」と言いたいです(笑)。そのために私で協力できることならできる限り協力したいです。それは本心。しかし、学んでみたい方にすべて合わせてあげるわけでもないです。それを協力とは思わないので。

「学びたいけど6日間は長いのでもっと短く」とか「今すぐプラクティショナーになりたいので3ヶ月より早めにレベル2を」とか、時々言われます。
オーラソーマを教えるときには、いろいろと決まりごとがあります。私は昔からあまり規則に従う性格ではなくて、学生時代は停学だの反省文だの校長室に呼び出しだのいろいろあったけど(でも不良じゃなかったです!)、自分が納得できれば規則にもちゃんと従ってたつもり。
オーラソーマを教えるにあたっての様々な規則も、中には守ってないものもありますが(苦)、これは大切だと思うものには従っています。あくまでも私が思う限りですが、でも自分なりに考えて信念を持ってやっているつもりです。それは自分のためというよりも学ぶ生徒さんのためでありオーラソーマのためとも言えるんです。マイクブースがいつも言っている「正しいオーラソーマ」を伝えていきたいから。それに「正しいオーラソーマ」を伝える事こそが学ぶ人にとって本当に意味あるものになると信じているから。あら〜カッコつけすぎかしら。いやでもホントにね。

だから学びたい方の要望にいつでもイエスは言えません。時には厳しいと思われる事もあるかもしれないし、もしかして反発を受けてしまうかもしれなくても、それに耐えうるだけの信念を持たなくてはいけないのね〜。くー、しんどい。ブルーのポマンダーが必要だわね。

そんなことを相談したくて先輩に会いたかったけど今海外に行ってるのよねーと思っていたら、なんと!今日ばったり会っちゃいました!すごーい。
1月12日(木) 今日も展開してますっ

今日、とある私の頭を悩ませることが発生し(ね、動き始めるとこういうことが起きるのよねー)、まだどうするか決めてはいません。自分の内側に聞けと大天使カードも言っているし、それをサポートしてくれるために「信頼」のボトルを使っているんだと思います。しかし、だからといって誰にも相談しないということでもないと思います。
今日はもう遅いから明日友人に電話して相談してみよう。あともうひとり信頼できる先輩にも相談してみよう。その上で結論を出したいと思っています。最終的に結論を出すのは自分なんです。

自分が動かずにいると回りも動かないから、問題も発生しないし傷つく事もなくてすみます。部屋の中にこもっているといやなこともないけど、楽しい事もない。
外に出る(自分が動く)ということは、変化があって楽しいけど怪我する(問題が発生したり傷ついたりする)こともでてきちゃう。
どちらが良いとかじゃなくて、きっとその両方が入れ替わり立ち代りで起きるのが人生(大袈裟)なのね。動いたり休んだり動いたり休んだり。
この数ヶ月の私は休む時期でした。昨日くらいから動き始めました。いつかまた必ず動きたくても動かない日が来るでしょう。それが当たり前の自然のサイクルだから。そう思えば、少しは怖さや緊張も和らぎますね。

あ、そうか、ということは今の私は外に出る・人と会う仕事をしてるから、休みの日は家の中に引きこもって電話も居留守にしちゃうのか。
1月11日(水) いきなり始まった

昨日の夜、ようやく目の前が開け始めたと思ったばかりなのですが、いきなり今日ものすごいシンクロが起きました。小さなシンクロにはすでに驚かない私でもこれにはびっくり!あー、書きたい。でもこれは人にも関わる事なので書けませんーごめんちゃい。いづれにせよとても良いことです。
しかし、マヤ暦はやはりすごいっ!自分の意識を地球にチューニングを合わせなおした途端これですもの。私は再来週、マヤ暦の講師養成講座に参加してきますが、自分が良いと思ったものを誰かに伝えたいのですよね。誰かと分かち合いたいんですよね〜。オーラソーマしかり、マヤしかり。

一体自分に何があったのかまだ把握できてません(笑)。でも今はきちんとグランディングしているので、昨日までのような不安定さは微塵もなく、でも頭は宇宙と繋がってる・・・なぁんてすごいな〜今の自分。今オーラソーマのコース中なのですが、(生徒さん的にはどうか分かりませんが、笑)自分的にはもうすんごいパワーアップしちゃってるかんじです。

「今だったら良いコースができるぞ!」と(別にいつも思ってないわけでは決してありませんが)やる気満々になってふと気づくと、1月・2月・3月あたりはいまのところですが、あまりコースのお申し込みもないんですよね。「あれ〜?」なんて拍子抜けしちゃいました。
面白いものですね。上り調子ではないときに順調にお申し込みが入り、パワー倍増のときにそんなにはいっていない。矛盾しているような気もしますが、それってなにを現しているのか・・・自分のパワーのベクトルをどこに向けたいのかを、再確認する機会になりそうです。

この内側にみなぎるパワーでもって、今一番何をしたいかを自分に問いかけてみると・・・1日じゅう寝ていたいですって!もっと正確に言うと時計を気にせず1日じゅう思索に耽りたいんですって。なぁんだ、やっぱり休みたいのか!?いやいや、そうではないでしょ。次なる展開に向けて今一度自分を整理しておきたいんでしょう(と納得させて終わります)。
1月10日(火) やっと眼前が開けたゾ!

今日の夜、マヤ暦の集まりに行ったら、とある有名スポーツ選手が来ていました。名前を言っちゃっていいのか分からないからあえて書きませんが、案外有名人でマヤやオーラソーマのようなスピリチュアルなことをやっている人は多いんですよね。

そしてやはり今の話ですが、突然ある仕事のお話をいただいて、それは私にとってはチャレンジになりそうな仕事だったので、受けようかどうしようか迷い、大天使カードを引いてみました。それでなくても今の私は先が見えなくなってるから、おとといにも引いたばかりだったのです。そのとき引いたカードは「YOU KNOW WHAT TO DO(何をするべきか自分で知っているはず)」。えーん、それが分からないから引いたのにーって思いました(涙)。
今日引くときも「また同じカード引いちゃったりしてね」なんて軽く思いながら引いてみたら、案の定同じカードが・・・(苦)。やっぱり自分に聞けってことなのね、分かりましたよ、はい。確かに今私が使っているボトルもポマンダーもゴールドですからね。「内なる知恵」ですよ。分かりましたよ、自分で解決しますよ、はい(涙)。

そんな今日だったのですが、マヤの集まりに参加している最中から急にいろんなビジョンやアイディアがばんばん浮かんできてしまって、帰りの電車でも「そんなこと実現するの!?」みたいなとっぴょうしもないことを「そうか!○○を実現するにはこうしてみたらどうかしら」などと、夢のような事を考えていたのでした。あまりにも恥ずかしくて書けないけど、でも実現するビジョンがありがりと浮かぶんですよねー。
もし実現しちゃったらどうしよう、ドキドキ(←気が早すぎる)。でもそれが自分のためだけのことではなく、全体のためのこと・宇宙の秩序・自然の摂理であるのならば実現するってことですから、やってみようと思います。実現したら報告するよー。

なぜか分からないけどいきなり目の前がひらけました。めくらまし状態からようやく抜け出せたようです。ほ。
1月9日(祝) ボトル効果

今年は、年末の引越しや体調不良が重なりついに年賀状が書けませんでした。もう9日だし今から出せないですよね・・・。ふつつかもので本当にすみません。

1年ほど前にクリアのボトルばかり選んでいた時期があって、54番のクリア/クリアのボトルを何本も立て続けに使っていました。そのころはとにかく自分の進む道が見えなかったです。まぶしくて目がくらんじゃって見えないかんじでした。
今も進む道が見えません。でもクリアは選びませんし、クリアの感覚とはなにかが違います。どちらかといえばディープマゼンタのボトルを使っているときの感覚に近いような気がするけど、ディープマゼンタも選んでないしな。今選ぶのはグリーン、そして2本目に選ぶのは76番のピンク/ゴールド「信頼」です。

「信頼」のボトルは去年の暮れあたりにも選んでいて一度使っていました。でもそのときは1本使って学びが終わった感覚だったので、次に使うのは違うボトルだったんです。でも年明けからまた2本目に76番がくるようになって、おとといついに「ものすごく使いたい!すごく今の私には必要だし助けてくれそう!」な気がしてしまって、お持ち帰りしてまた使い始めました。

使い始めてみて進む道が見えたわけではないけれど、なんなのかしらこの安心感は。自分が新たな道へ進むのをためらっている原因である何かに対する恐れの感情がやわらいでほどけてゆくような、このまろやか感。今私が向き合っている問題はかなり奥底の方にある恐れなんだとは分かるけど、なんぜ奥底の方にあるからよく見えないし手の施しようがなくて途方にくれていたんです。でもそういう状態も全部ひっくるめてボトルが「信頼」を与えてくれてるのが分かります。
お腹周りにぬるのですが、体から10cmくらい離れたところから温熱ヒーターをあててくれているようなあったか〜い感覚があります。
ボトルってやっぱりスグレモノ!
1月8日(日) 寒くて思う事

寒いです。

数日前の通勤途中、近所のお家の庭の池に氷が張っていました。思わず小石を投げて氷を割って遊んじゃいました。「パリン」なんて。さらに霜柱も立っていたので、その上を歩いて踏み潰すという行為も久々にやったゾ!「ザクザク」。そしてそれらの行為が久しぶりだったという事実に気づき、ちょっと驚きでした。
私が子供の頃は毎年12月には池の氷も張ってたし霜柱なんて普通にありました。今年は異様に寒いと思ってたけど、当時はこのくらいの寒さは当たり前だったという事なんですかね〜。たったの30年前ですよ。ああ、それに当時は学校で1年中体操服を着させられてたので、冬でもブルマーだったな〜。今の自分ではありえない話ですね。

寒さのせいかなんなのか、今年の冬は空も異様に綺麗。前にも日記に書きましたが、夜には東京とは思えないほどたくさんの星を見ることができます。
月も輪郭がくっきりとシャープで艶々しててまるでハイビジョン映像を見ているよう。

どんなに寒くても雪で大変でも、冬の寒さに本気で文句を言う人はいません。文句を言ったところで自然には逆らえない。こちらが自然に合わせるしかないんですもん。どんなにテクノロジーが進歩してもそれは変わらない。どんなにテクノロジーが進歩しても、人間食べなきゃ生きていけないのは今も昔も変わらない。どんなに努力しても願っても絶対にできないことっていくらでもあるんですね。
なんか今年の寒さは、あたりまえすぎるくらいの「この世には抗えないものがある」という実感を与えてくれます。
1月6日(金) 競争より共同創造

今日の日記のタイトルは、オーラソーマではオリーブグリーンのテーマでもあります。そしてオリーブグリーンは今まさにこの時代の色とも言われています。ということは、「競争より共同創造」とは今を生きる私たち全員にとってのテーマでもあるということですね。

同じ目標に向かっている2人の関係をライバルと言います。辞書で引いたらライバルとは「競争者・好敵手・恋敵」だそうです。
たしかに相手さえいなければ自分がそれを手にする事ができるのにーって思うと、相手が邪魔に思えたり憎く思えたりうとましく思えたりすることもありますよ、そりゃ。「アイツさえいなければ・・・」とか。

昔の話ですが、F1にセナとプロストという、共に同じチームにいながらチャンピオンを争っている、まさにライバル同士のドライバーがいました。ふたりの確執はそれはもうすごかったみたいです(チームスタッフはさぞかし気を使って大変だったろうな〜)。
でも思うのですが、そのふたりにはふたりにしか分かりえない世界があったはずなんですよね。チャンピオンであるプレッシャーとか情熱とか、あそこまでいくと誰もが理解できるようなレベルの話ではなかったはず。登りつめた人じゃないと分からないというか、「選ばれたる者の恍惚と不安我にあり」の世界だったと思うのです。
だからこそ余計にお互いを強烈に意識しあっていたのでしょう。そしてその相手を強烈に意識する感情がネガティブにでてしまったから、ものすごい罵り合いに発展するほどになってしまったんでしょう。チャンピオンになれるのはひとりだけですからね。

私が思う「競争より共同創造」とは、競争するなという事ではないんです。セナとプロストに譲り合って仲良くやってもらいたかったわけじゃない。それじゃ勝負として面白くもなんともないですもんね。
たったひとりのチャンピオンの座をGETするために、自分自身が最大限の努力をしていれば良いのではないかしら。そして、相手をけなす(否定する)のではなく相手の力を認めて(肯定して)いれば良いだけだと思うのです。その結果がどうなろうと、そこにはなにか大きなポジティブな力が生まれ、分かりやすく言えば見ている人に感動を与えられるのです。それが「共同創造」じゃないかな〜。

スポーツの試合なんかでそういうエネルギー交流の場面をよく見ますよね。ライバル同士の戦いが競争ではなく(本人は競争してるつもりかもしれないけど)何かの感動を生み出している(共同創造)シーン。あれ、見てて気持ちよいですよね。
1月5日(木) 鏡

マヤ暦での私のKIN「白いスペクトルの鏡」の銀河の署名を生きることに決めたものの、まだまだ新米な私にはなにをしていいのか分からずただ右往左往しているだけのような気もします。まるで新入社員がいきなり現場に行かされたみたいな気分(笑)。
そのせいか最近ちょっと情緒不安定気味です。先日の日記にも書きましたが、去年後半あたりからの自分内大変革以来、自分の実体が上手く認識できなくなってしまったんですね。

鏡としての自分というポジションに慣れるまではこんな不安定な状態が続くのかな。もしかしてそもそも鏡としての存在自体がそういうものなのかもしれません。ならば今までの私のように自意識で自分を確認するやり方では上手くいくはずがないですよね。根本的に自分に対しての認識方法を変えなくては!

あるマヤの本の白い鏡の欄にこう書いてありました。
「なにかをするときに特に自分らしさにこだわる必要はない。そもそもなにをどうやったって自分がしている事である以上、そこに自分らしさが加わらない事はありえないのだから」
まあ確かにそうですよね。自分を意識していようがいまいが、自分がやっている以上そこに自分の色が入らないはずはない。去年から私の魂が「個を越える」テーマに取り組んでいたのは、そういう鏡としての自分を理解するためだったのかもしれないな〜。

個人を越えたところに存在する自分。大きな全体の中の一部としての自分。でも一部とはいっても、その自分がいなければ全体は全体として存在できないほどそれは重要な存在でもある。ジグゾーパズルだって1ピース足りなくても完成したとはいえないしね。個は全体にとって欠かせない存在であり、全体は個にとって欠かせない存在である・・・この世界の全てはホログラムの構造なんですよー。
全体としての自分から個の自分(=今まで自分だと思ってきた自分の姿)を見られるようになってきたのが最近の私の成長であります!あとはこの感覚をできるだけ日常の中で保つ事と、この感覚の自分がするべきことを実行することですね。がんばりたーい。
1月4日(水) 原点回帰&新たな始まり

またしても友人から今の私の状況にそっくりな内容のメールが届きました。その友人も2005年が今までの自分を清算する大きな変わり目の1年で、2006年・清算の後に来る新たな始まりに関しては、それがどういう方向性なのかまだ見えていないとのこと。

去年1年の私は、前半がマゼンタの「個を越える」・後半がバイオレットの「終わりと新たな始まり」のテーマを持っていました。だって2本目に選ぶボトルがもう明らかにそんなのばっかりなんだもん、いやでも分かります。
だから時にしんどくても真面目に向き合ってきたつもりだし、意識の上では分からなくて混乱してたけど「でもこれでいいんだ」と自分に言い聞かせ、手探りではあったけど直感を信頼して立ち止まらずに歩いてはきたつもりです。

そして年が明けました。
今の私の感覚は「螺旋階段を一回りして同じ場所に戻ってきた。でも以前より高い位置にいる」かんじです。だからある意味原点回帰でもあるんです。なんだけど、確実になにかは違っています。もう下の段には戻れないのです。これが不思議ね。知らなかったときは知らなくてすんでいたのに、知ってしまうと戻れなくなるものなのね〜。

より高い意識で、でもこの肉体を持ってこの地上で生きるという意味では以前となんら変わりません。もしかして意識が高くなればなるほど、未来のことは決まらなくなるのかな?決める必要がなくなるというか。だから今もまだビジョンが決まらずにいるのかも。
今日来た別の人からのメールには「人間の成長はマインド→ハート→ビーイングの段階がある」と書いてありました。魂(ハート)の段階を過ぎるともうそこには「ただ存在する(ビーイング)」しかないそうです。なんか分かるな〜。
自分がその境地に達したわけではまったくありませんが、そこにちょっとだけでも確実に近づけているとは思います。達したかどうかよりも近づけているかどうかこそが私にとっては大切だから、未来のビジョンはいまだ見えなくても自分を信頼できるのですよ〜。
1月3日(火) 自然の流れのままに

2006年が始まりました。明けましておめでとうございます。

今年ほど年が明けた実感が湧かない年はないかもしれません。マヤ暦を使っているからかもしれないけどそれだけでもない気がするし、何故かは分かりませんが・・・。
去年から「地球」とのつながりを実感し始めた私としましては(笑)、なんとな〜く感じるのは「今日を境に年が変わるのはあくまでも人間にとっての都合だけで、地球にとっては別に普段の1日と1日の境目となんら変わりはない」ということ。私がそう思い込んでいるだけと言ってしまえばそれまでですが。

できるだけ自然の流れに沿って生きていたいと願う今の私です。自分の体にとってもそれが一番良いと思うし、体だけでなく心や自分のエゴにとってもそうだと思います。
しかしそれにはまず自然の流れを知っていなくてはなりません。自然の流れって自分だけで作っているわけではなく、自分も含めた人間・そして人間だけでない人間も含めたすべての生物全体で作っているものだと思います。だから自然の流れを知るという事は、自分が自分だけで生きているのではないと知る事であり、同時に自分を知る事でもあります。

先日のセッションで、今の私には「星を癒す」というテーマがあることが分かりました。
「癒す」という言葉にはどうしても抵抗があるのですが、(地球を含めた)星・あるいは自分も含めた全体・・・を日々感じそこに繋がり、その中での自分という個人に与えられた役割を果たしていきたいのです。

そんなことで、今年は外に向かって開いていくことになりそうです。外向きはあまり得意ではないけれど、地球と繋がりながら流れを信頼して勇気を持って進んでいきたいです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。みなさまにとっても良い1年になることを心よりお祈りいたします。