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12月31日(土) 大晦日の願い

夕べ遅い時間に海外に住むチャネラーをやっている知人と電話セッションしていました。
私ったらすっかり携帯電話でも国際電話が普通にかけられると思い込んでたら違うのねっ!家の電話があいにくそのとき使えなかったので仕方なく、お風呂上りのスッピン・パジャマ姿で家からサロンまでひとっ走りして、サロンの電話でセッションしていました。ああ、こんなとき近所に引っ越してよかったー(こんなことまずないけど)。
でもそのセッションを受けて今の私の頭ん中真っ白け状態がかなりすっきりしたのは事実。これで安心して年を越せそうです。

セッションを受けるって、その時間好きなだけ自分のことを話したいだけ話せて、相手からもなにかのヒントをもらえて、そこからまた話を広げていけて、そうすることでどんどん自分に整理がつく。だから時々誰かのセッションを受けるのは私には自分を確認・軌道修正をするという意味でとても大切なんです。

どうか来年も私自身が幸せでいられますように。そして私自身が幸せでいるために、どうかだんなさんも幸せでいられますように。そしてだんなさんが幸せでいるために、どうかだんなさんの両親も幸せでいられますように。そしてそしてだんなさんの両親が幸せでいるために、どうかだんなさんの両親の親戚・友人達も幸せでいられますように・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうか世界中の人たちも幸せでいられますように。そして世界中の人たちが幸せでいるために、どうか地球も幸せでいられますように。そして地球が幸せでいるために、どうか宇宙も幸せでいられますように。

・・・なんか来年はこういうことを日々感じながらいきそうな予感。今年の私のテーマ「個を越える」がきちんと浸透してきたのかな。

今年もありがとうございました。これを読んでくれている方で私がお会いした事のない方にも心から感謝しています。そして、どうぞ来年もみなさまが幸せでありますように。
12月30日(金) 祈り

明日で今年も終わりです。しかし、7月26日から1年が始まるマヤ暦を使っている私には、1年が終わるという実感がほとんどないんですねー。でもツォルキンではちょうど今日が260日周期の初日だったので、あえて言えば今日からが新たなスタートってかんじはあります。
ここ数年ほぼ毎年きちんと3が日のうちには初詣に行っています。10代20代の頃はほとんど行かなかったのにね。行っても6日や7日とか。初詣客ベスト3の定番・成田山のある成田に住んでいたにもかかわらず・・・です。
祈るという行為の意味がよく分からなかったんです。「祈りなんてナマケモノがすることよ。祈ってるひまがあれば行動しろ」って。偽善者ぶってるとすら思ってました。ああ、性格悪いなぁ。

でも最近ようやく祈ることの意味が少しずつですが分かってきたような気がします。祈りってとてもパワフルな行為なんだと思うようになりました。祈りって、自分ではなにもせずに誰か(神様とか)に依存する事ではなく、自分以上の大いなる存在にゆだねる事なのかなーと思うのです。諦めるのではなくゆだねる。流されるのではなく流れを信頼する。執着を手放す・・・。

更に最近の私は自分のことを祈らないようになってしまったんです。自分のことよりも(自分も含めていますけど)みんなのこと・全体のこと・人類のこと・地球の事を祈るのです。本心から全体のことを思い全体のために祈る気持ちに自然になりました。そう思えるようになったから、祈る行為を受け入れられるようになったのかな?うーん、よく分からないけど。
だって全体のことを祈ることは自分のことを祈ることなんですもん。ならば「商売繁盛」祈るより「地球の繁栄」・自分の健康より地球の健康を祈りたいんです。エゴの強い私もようやくそう思えるようになってきたよー。

なので今度のお正月、初詣に行きますよ。でもそれより今はおもちが食べたい。
12月29日(木) 信仰

私は特にナニ教の信者でもありません。宗教に興味はありますし信仰心もなくはないと自分では思ってるんだけど、じゃあなにがしかの宗教の信者かというと、別にどこにも属してはいません。聖書を読んでも仏典を読んでも「そうだよねー。良いこと言うよなー」なんて納得しちゃいます。

でも私は神様はいると思っています。この世には自分(人間)を越えた存在による、なにか大きな力が働いていると思います。それが神の力。その力にはどんなことをしてもかなわないのですよね。だから数日前の日記に「目標を持って努力することの意義が分からなくなった」と書きましたが、それは神の力には抗えないということに近いのです。どんなに努力したってかなわないときはかなわないし、努力しなくたってかなうときはかなう。それはまさに「神のみぞ知る」なのです。

でもね、そこで勘違いしちゃいけないのは、自分は無力だと思っちゃうこと・なにもしなくなっちゃうこと・夢や希望を描かなくなっちゃう事・・・です。そういうことじゃないのよ。
だって神様は私の中にいるんだもん。私が神様なんだもん(わー、ずいぶん大胆な事言うなー私。誤解されそう)。

「神には抗えない・そして私が神である」とすれば?この世にかなわないことはないってことになっちゃいます。
で、そこでまた勘違いしちゃいけないのは、自分は神様です。それはOK。でもみんなも神様なんだということ。だから自分が一番エライわけじゃないのよ。

なんかすんごいエラソーだな、私(笑)。
12月28日(水) 未知の世界

〜時には自分がどうしてこのような行動に出るのか、完全な理由がわからないまま、先に進まなければならないことがあります。でも、心の中でこれが正しいと知っているときは、躊躇してはいけません。未知の世界へ踏み出すためには、強い信仰心が必要です。つまり、自分が行っていることは神に導かれていて、絶対に上手く行くということを感じることが大切なのです。(『心の扉を開く』アイリーン キャディ)〜

この言葉はまさに今の私。

昨日はマヤ暦の私のツォルキンバースデーでした。私の銀河の署名は「白いスペクトルの鏡」キーワードは「解放 溶かす 解き放つ 果てしなさ 映し出す 秩序」です。
ね、なんだかどの言葉もあやふやというか実体がないかんじがしませんか?自意識が強くて自意識によっていままで自分の存在意義を確かめてきた私には、こういう生き方はなかなかキツいものがあります。鏡じゃ実体がない・鏡じゃなにをやっても自分の手柄にならないじゃないって、私のエゴが叫んでいるのが聞こえます。
でもすでに私は新しい(本来の)自分の使命を生きることに決めてしまったようです。マインドではまだ抵抗してるんだけど、どこか深いところではもうそちらに向かって船出してしまったみたい。

私の行く道は今はまぶしすぎて見えません。だから不安だし地に足がつかない感じもします。けれどこの道は神に導かれていることを絶対的に信じている自分もいます。だから分からないまま進んでもいいのだと、自分に言い聞かせている今の私です。

大天使カードで2度続けて「YOU ARE SAFE」を引きました。「あなたの道は私が守っているから大丈夫。不安の側面ではなく愛と光の側面に意識を向けてください」だって。うれしくて思わず涙出ちゃいましたヨ。
12月26日(月) 自己管理

最近私がよーく聞かされる言葉です。
先日引いた大天使カードでも、フェアリーカードでも、そして今日知人にみてもらったタロットでも、「自分のスケジュールは自分で管理しなさい」と言われちゃいました。「自分の好きにスケジュールを決めて動けるなんてうらやましい」と日頃言われている、私みたいな自由業の人がそんなこと言われるなんて、なんだか妙な気もします。私もそう言われてもなんのことを言われてるのかイマイチ分かりません。
でもこれだけ立て続けに言われるという事は、なにかあるんだよね〜。実際今の私は偏頭痛というストレスがたまると出る持病の症状が出ちゃってるし、気づいてないだけでどこかで自分に無理をしてるんだろうな〜。でもどこに?

タロットでは「自分の時間や空間を自分の好きなように作って」と言われました。それは引越しをした今、実行している最中の事です。

カーテンも気に入ったものを吟味して先日購入しました。まだ届いてないから着替えが不便だけど、早く来ないかな〜とウキウキです。
天井からライトをつけるのが嫌で間接照明の部屋にしたくて、やはり先日、以前から目をつけていた素敵なスタンドを、ちょっと高かったけどえい!ってカンジで購入。
そして浄水器もえーい!ってカンジで購入しちゃいました。

ああ、出費が激しいな・・・。がんばって働こう。そういってちゃ、自己管理も何もあったもんじゃないですねー。
12月24日(土) 咄嗟の瞑想

私は瞑想する習慣があります。毎日必ず・・・とは言いませんが、「やらなきゃ」ではなく、自然にやろうという気持ちになります。瞑想のよさをようやく分かってきたからだと思います。

明け方、例の頭痛で目が覚めました。まだ痛くなり始めのところでした。このタイミングで何らかの方法で上手に処置をして、痛みを抑える事ができるとすぐに直るのです。しかしこのタイミングを逃してしまうとどんどん痛みが増し、そうなるともう瞑想しようがポマンダーしようが薬を飲もうが効きません。事態は急を要します!
私はすぐに起き上がり、まずは枕元に置いてあるロイヤルブルーのポマンダーを施しました。するとすぐにすーっと痛みが引いてかなり楽になりました。「よし」。でもまだ痛みは残っています。この程度では下手をするとまた痛みが復活する可能性があるのです。
そこで引き続き、先日のビワ温灸で明らかになった第六チャクラのあたりが暖まって開いてゆく様子をイメージしながら、ベットの中で上半身だけ体を起こしながら瞑想に入りました。

瞑想を始めて3分もしないうちに、頭から肩にかけての最近コリまくっている部位が突然ふっと軽くなりました。そしてのしかかっているように感じていた重たいものがはずれて、頭が軽ーく爽快になるのがはっきりと感じられました。「あああ、もうこれで大丈夫ぅ」。

おかげさまで薬も飲まずに直すことができました。瞑想って自分の内側に向かうのにはとても良いですが、こんなことにも良いのですよね。本当に楽だ。
12月23日(金) 知らない人の輪の中に入るってやっぱりコワイ

今日の夜はだんなさん関係の忘年会に私も参加してきました。だんなさん関係の集まりだから、当然のことながら私の知っている人はほとんどいない状況でした。人見知りの激しい私はそういう場が大の苦手です。

だんなさんが誰かに挨拶に行ったりしてて私が席にひとり残されるとき、周りのみんなが楽しげに会話している中でひとりぼ〜っとしているのはかなりキツいです。私から誰かに話しかければいいんだけど、そういうとき何を話していいのか分からないんですよ。多分笑顔もひきつってるし。ハートがガチンガチンにこわばってしまって、結局何も話せないんです。
かといって、気を使って話しかけてもらうのもなんだか惨めな気分で困ります。気持ちはとてもうれしいのですが、そういうときはなんかやけになってしまって「もう私のことはほっといて!」みたいな気分になってしまいます。
結局、ひとりでいるのもツラいし、誰かと話してるのもツラいんです。

そしたら前に座っていた年収5億円のおじさまに「つまらないんだったら無理に来なくていいんだよ」と言われてしまいました。あまりに図星!というか、おそらくみんな私がつまらなそうにしていることに気づいていても言わないだけなんだろうけど、その人には率直に言われちゃったんですねー。私、返す言葉もありませんでした。

けどね、その人のその言葉は決して私を傷つけるものではありませんでした。「せっかく来てるのにそんなつまらなそうな顔するな」と言いたかったわけではなく、本当に正直に私に良かれと思って言ってくれているのが感じられたので、図星で恥ずかしくはありましたが、傷つきはしませんでした。むしろ言ってくれてうれしかったです。

その会の人たちは本当に良い人ばかりで、私は決して参加するのがつまらなくて嫌なわけじゃないんです。それは本当に正直な気持ちです。ただその輪の中に入っていけないんです。

「輪の中に入るってどうすれば良いの!?」こんな人生の初歩的な質問、今更自問自答してどーするってか!?
12月22日(木) 教授のライブ

明日から大晦日まではノンストップで仕事三昧なので、今日は今年最後のお休みでした。とはいっても家で休んでいたわけではなく、引越しの片付けと足りない家具やらなんやらを買いに行ってたんですけどね。でも自分の家の家具選びってホント楽しいですねー。夢が膨らみますよねー。

そして夜は坂本龍一のライブに行きました。これが今年のライブ納めでもありました。

坂本龍一がここ数年「NO WAR」「エコ」などと声高にうたっているのをご存知の方もいると思います。すでに25年以上(!)教授ファンの私からすると「あの教授がこういうことを先頭に立ってやるなんて意外だなー」と思っていましたが、今回のライブでもエコ全開でした。

グランドピアノが2台置いてあるだけのシンプルなステージだったけど、ステージ上は終始薄暗くて教授の顔も良く見えないの。そしてピアノの上に数個のキャンドルの灯がともされていて、ゆらゆらととても綺麗でした。これは、ライブで使う電力をすべて自然エネルギーでまかなっているからだそうです。それによって18トンの二酸化炭素の排出を抑える事ができるそうです。

坂本龍一のすごいところは、自分の信じる事を、声高に叫ぶ前にまず自分が率先して実行するところだと思います。そして叫び方にしても決して相手を非難するような主張の仕方をしないところもいいなあ。「僕はこう思うけど、君はどう思う?」とクエスチョンを投げかけてくれるやり方で、みんなに考えるスペースを与えてくれるのですよね。

はい、確かにいろいろ考えさせられましたよ。
12月21日(水) ビワ温灸

先日友人の治療院で「ビワ温灸」を受けてきました。生まれて初めての体験です。ちょうど偏頭痛が最高潮の頃だったので、わらをもすがる思いで行ったのでした。

ビワのエキスをなにやらマラカスのような?器具の先端部分にいれ、熱くしたその器具を全身の各ツボにあてていくという、施術自体はシンプルなかんじのものでした。
最初はうつぶせになって足の裏から始め、徐々に上半身に上がっていきます。面白かったのは、お灸をあてる部位によってすぐに熱くなってしまう所となかなか熱く感じない所があることでした。特に腰の辺りはなかなか熱くなりませんでした。腰が冷えていたのかしら?
しかしなんといっても仰向けになって眉間のチャクラのあたりにその器具をあてたときがすごかった!かなり長い時間あてていても全然熱くならないんですよね。「暖かいな〜」くらいは感じるんだけど、熱くなりそうでならない。しまいには友人が心配して当て続けるのを止めてくれました。額がかなり赤くなっていたそうですが、私としてはまだまだ全然イケるわよ的なかんじでした。なんで熱くならなかったのか・・・いまだに不思議です。
偏頭痛は眉間のチャクラが弱っているとなると本に書いてありましたから、もしかするとかなーりそこのチャクラが弱っていたのかもしれません。
あんなに熱いお灸をあて続けても全然熱くないなんて、相当冷え冷えしてたのかな〜。そして自分のチャクラの状態がそんなに悪くなっていたのに気がつかない私って・・・いやねぇ。自己管理、ちゃんとしなくちゃね。

ビワ温灸は、お灸といってもとてもマイルドでしかも終わった後は体はポカポカでした。受けた日は頭痛は治らなかったけど、翌日から嘘のように痛みが出なくなりました。すごい効果ですねー。お値段もお手ごろだし時間的にもサクッと受けるにはとても良いと思いましたよ。
ちなみにビワ温灸が受けられる友人のサロンのHPはこちらです。ぜひお試しあれ〜。

(ふよう治療院)  http://www2.odn.ne.jp/fuyoh/ 
12月20日(火) パラダイムシフト

昨日ある知人から送られてきたメールを読んで愕然としてしまいました。今の私と彼女の状況がまったく同じだったからです。彼女のメールにはこんなことが書いてありました。

〜「目標を定めてそれに向かって努力する」という考えが私の中で崩壊しました。ある本の中に「努力とは自分がやりたくないことを鞭打って自分にやらせることだ。本当にやりたいことをやるならそれを努力とは思わない。」というのを見つけたのです。その人の才能というものは全く努力などを必要としないものだということです。「努力が必要。努力すべき。」とは観念だったのだということです。それから目標を持つということもできなくなりました。自分の好きなこと、やりたいことは何か?と考えることさえ捨て去りました。
私は今、これまでのやり方とは逆走しているように思います。その状態が地に足の着かないとても不安定な感じがして落ち着かないのです。でも、このまま行ってみようと思っています。どこに行き着くのかまったくわかりません。ゴールなどないのだと思います。〜

私も今、目標が見つからないんです。それは文字通りの意味ではなく、目標を持って努力するという事自体に意義を見出せなくなってしまったからなんです。今まで数十年間それをアンデンティティとして生きてきた私にとってそのシフトチェンジはかなり不安感を煽るものであります。でもそうせざるを得ないというか、なにかに突き動かされるように(かなり強引だゾ!)そちらに向かってしまっている自分がいます。
もう後には戻れない。戻る道すらない。2ヶ月くらい前ある人から「振り返ってももう帰る場所はないのよ。」と言われたのが今になって心に染みます。昨日の日記に書いたように、失うとかえって未練がましくなる性格の私だから尚更大変なのよー、とほほ。
夏からずっとバイオレットを選び、使い続けていたのはこのためだったのね。ものすごいパラダイムシフトです。

今の私には自分の将来の姿の想像もつきません。本当に今日この瞬間を生きるのに必死です。だってこんな自分を生きるは初めての体験なのですべてが手探りなんだもん。必死よ。正直、「怖いよー。誰か助けてー」ってカンジ。
12月19日(月) ホームシック

こんなに日記が滞るハズじゃなかったのに・・・。どうして私はPC関係でトラブることが多いのかなー。しかし、ようやく今日から再開できました。メールを頂いていた方たちも返信が遅くなりましてすみませんでした、お詫びいたします。

引越しはなんとか完了し、まだまだ片付いてはいないもののなんとか寝泊りできる程度にはなっています。だからまだ落ち着かないし、これはいつもなるからいいんだけど、ホームシックになってしまっています(笑)。前の家が懐かしくて帰りたくなっちゃうんですよね。
あんなに暗いだのうるさいだのと文句ばかり言って引越し引越しとどこかのおばさんのように騒いで、ようやく納得のいく家を見つけて喜んでいたのにもかかわらず、いざ引っ越してみるとホームシックです。私って本当に矛盾してるよな。これで慣れてくるとけろっと忘れちゃうんだゼ。もう自分のそういう性格は分かってるのに、でもこのホームシックが止まらないのは何故なのか。

私は変化に対応するのが遅い方です。とても遅い方です。そしてとても怖がりでもあります。新しいものに対して、期待感よりも不安や恐怖感の方が圧倒的に勝ってしまいます。いつでもそう。
旅行が大好きで、計画を立てているときは楽しみで楽しみでしょうがないのに、前日くらいから急にやっぱり行きたくないと思ってしまうのです。で、不安に駆られたまま旅に出る。現地についてもまだ不安は残っている。しかし、帰る日が近づくにつれやっぱり楽しくて帰りたくない・もっと残って旅をしていたくなるんです。どーなってるの!?ですよねー。

不安ならやめとけば良いのに、それもやなんですよ。だってその不安は自分の本当の気持ちじゃないことが分かっているから、やめたりしたらそれこそ後悔しちゃうし、そんなのやだもんね。それにこれだけ何度も同じ経験をしてると、始めてしまえばやっぱり始めてよかったと思うのももう分かってるんです。
あああ、弱い人間だな。
12月14日(水) 引越し準備完了

・・・とはまだ言えませんが、なんとか明日の朝までには終わる見通しが立ちました、ふー。

この家には5年半住んでいました。
・高い(6階なの)・暗い(北東向き)・うるさい(前は大通り)と、嫌いな条件が3拍子そろった家だったけど、それだけ住めたんだな〜。いや、ここまで住んでみて初めて、それらの条件は私にとってとても大事なんだと気づきました。だから今度の家を探すときは(今のサロンも)、それらの条件がそろっている事が最低限譲れませんでした。おかげさまで今度は静かにゆっくりと暮らせそうです。

ずっと前にもこの日記に書いたような気もしますが、私は自宅に人を呼ぶのが嫌いなんですよ。自宅は私のサンクチュアリだもん。オンオフの差が激しい私には、本当になにものにも気を使わなくても良いスペースが必要なのよ〜。だからお金はかかっても自宅とサロン(=仕事場)も別々が良いのです。

幸いだんなさんも同意見なので、ふたりして「人の来ない家にしようねー」と言い合っています(笑)。普通反対だろうとも思いますが、別にいいもん。

ありがとね、今の家。
12月13日(火) 整理整頓

昨日までは普通に仕事モード全開でした。そして今日からいきなり引越しモードに大突入だっ!
朝からひたすら捨てるものと必要なものの仕分け、そして捨てるものはバンバン捨てる捨てる。マンション下のゴミ捨て場まで今日だけで何度エレベーターを往復した事か。
物がなくなって部屋の中が広くなると、心も広ーくなるのは本当ですね。今、とても気分が良いです。

今日は実母と義母ふたりが手伝いに来てくれたので作業もはかどり、思ったより早く荷造りが完了しそうです。私とだんなさんだけでは終わらなかったかも。もしくは2晩徹夜だったかもしれません。ありがたや〜母。

明日明後日ともしかしてメールが滞ってしまうかもしれません。そうはならない予定ですが、一応万が一の事を考えて(この日記上ですみませんが)お断りさせていただきます。

新居で願う事は、まずは家族の健康ですね。何故なら昨日からだんなさんが腰痛で苦しんでいるもので、やはり体が元気な事は大事だとあらためて実感しました。
よりにもよってこんなときに腰痛になってしまって、一番心苦しいのはだんなさんでしょう。でも本音を言えば「こんなときにー(怒)」という気も少々。あー、情けなや。
12月12日(月) 練習

努力とか練習なんて言葉は、私には聞いていてあまり気持ちよいものではありません。その行為自体が嫌なわけではなく、そういう行為を他人に知られるのが嫌なんですよね〜。「だっさーい」なんて思っちゃう。いやねぇ、私ってホント見栄っ張りだから、影で努力や練習をしているとは露ほども感じさせずに、表向きは涼しい顔してスマートになにかをやりこなしてしまうってのがいいんですよ(笑)。それでもって「すごーい」って言われたい(恥)。

今日、ある本を読んでいたら「霊的なレッスンを学ぶためには、それが習慣となるまで何度も何度も練習しなくてはならない」と書いてありました。

はあ〜、現実の世界も霊的な世界もまったく一緒なのですね。まあ、分かっていましたけど〜。

霊的なことに興味を持つと「自分が自分の現実を作り出す」「思った事が現実になる」なんてそのテの本には書いてあるから、ついなにもしなくても思っているだけで願いが叶っちゃうように思って、なにも努力をしなくなってしまう人もいると聞きます。
たしかに「思ったことが現実を作る」のです。でもそれは魂のレベルの自分が思ったことが現実になるのであって、意識のレベルの自分の思いとは限らないんですよ。魂と意識の自分の思いに違いがあるときは、どんなに思っていてもそのとおりにならないものです。

だから練習すべきは、「魂の自分」と「意識の自分」を繋ぐこと。自分の中のふたつの側面をひとつにすることです。それができたときに、いとも簡単に自分の思った現実を自分で作り出す事ができるのです。
私もそのふたつをひとつにする練習を始めてもう10数年。まだまだなんですよね〜、これが(苦笑)。
12月11日(日) 良いコースって?

今日でレベル2コースが終わりました。なんとか体調を悪化させずに無事乗り切る事ができました。今回「絶対に風邪を悪化させてはいけない!」と毎日マスクをつける日々でしたが、今のマスクってマスクの中に隙間があって苦しくないし、かえって暖かくて良いんですね、初めて知りました。

コースの後サロンの片づけを終え、生徒さんたちに書いてもらったアンケートを読みながら(私、この時間が大好きです〜。仕事の後の一服ってカンジ)、「生徒さんにとっての良いコースってどんなコースなのかな〜」とあらためてぼんやり考えてました。

私はいつも「もし私だったらこういうコースを受けたい」と自分が考えるようなコースになるように心がけています。でも「それって自分勝手かな?」と思うときもあります。なんか自己満足なだけになっちゃってないかしら?なんて。
でも違うんですよね。それで良いんです。
だって「こんなコースがいいかな、あんなコースがいいかな」って考えるのって、結局は自分がこういうコースを受けたいと思うものしか浮かばないし、もしそれと違うコースをやったとしたら、いまいちリズムがつかめなくてやりにくそうだし楽しくもなさそうですよね。
だからまずは自分がやりたいようにやるのが一番です!そうすると不思議な事に自分の好きなやり方に賛同?してくれる生徒さんが集まるのですよ、きっと。つまりは自分とどこかで共鳴する人が集まる。それは私にとっても生徒さんにとっても良いことじゃないかしら。
生徒さんの意向を無視するのでは決してなく、でも生徒さんに媚を売るのでもない。そのバランスが大事だと思います。

私は、自分だったらどんなコースを受けたいかというとまずは「楽しい」こと。そして「シンプル」なこと。そして「ハートがオープンである」こと。そしてそして「本物である」こと。
最後のは自分で言うのは恥ずかしいな〜。じゃあ自分がそういうコースができてるかと聞かれると、それは私にはなんとも言えませんもん。それは私が決める事じゃなく生徒さんが決める事ですもん。私にできる事は、そうであるように全力投球するのみ!です。

来週は引越しのため仕事の予約はあまりお受けしていないので、これでようやく引越し準備に集中できそうです。私は一度にひとつのことしかできない性格なんですね〜つくづく。
12月10日(土) 日記が短い・・・(苦)

大変だー大変だー。今日も引越しの荷物を1箱も詰めませんでした。いつになったら終わるのか、自分でも見物です。

今やっているコースも(いつでもそうだけど)とても充実していて、毎日が良い刺激になっています。
明日でコースは終わるけど、それが終わらないと荷物の事を考える余裕がないのです(言い訳)。

そんなわけで今日はもう寝るぞ!あー心配だー。
12月9日(金) 愛は勝つ

生きていればそりゃ完璧でいられるはずもなく、時には誰かに傷つけられたり誰かを傷つけたり。・・・普通のことです。特別な事ではない。
そしてそんなとき、相手を恨んだり憎んだり罪悪感に苛まれたりするのも多分自然な感情だと思います。「憎んじゃダメだ」なんてのは言うはやすし行うは固しの事かもしれません。そしてそういう感情は苦しいから、これ以上苦しまないために人は心を閉ざすのですよね。だって心が開いているという事は他者を受け入れるという事だから、なにをされるか分かりませんもん。また傷つけられちゃうかもしれないもん。家の鍵を開けっ放しにしてたらいつ空き巣にはいられるか分からずビクビクものですよね。

ハートをオープンにしていなければ、愛を受け取る事も与える事もできない。でもオープンにするということは、愛以外の感情も与え受け取るということだから、その中には決して好ましくないものもあるでしょう。傷つく事もあるでしょう。ではどうすれば良いの?

私が今思う事ですけどね、自分を傷つける人の中に「愛」を見出す事かな〜と。そうすればもうオープンでいることも怖くないでしょ。だって愛しか来ないんだもん。
自分があんなに欲していた愛は(一見思わぬ形でかもしれないけど)ちゃんと与えられているんですよ。いつでも。
傷つけられたと思うような現実の中に愛を見出す事はできます!そういう出来事があった直後はその現実に囚われてしまうから、傷つけられた直後には難しいかもしれないけど、でもできます!
そんなときこそハートの色であるグリーンのスペースが大事なんです。スペースを持つ事によって、自分の感情におぼれてしまわずに、出来事の中に潜む愛の質に気づけます。

これは確信を持っていえますが、どんなに酷い現実の中にも愛はありますし、愛以上にパワフルな感情もありません。どこかで聞いた事のある歌の題名みたいだけど「愛は勝つ!」んです。

あー私、あの歌大嫌いだったんだけどなー。「だっさーい」なんて言ってたんだけどなー(苦笑)。
12月8日(木) 空模様

今年の夏の終わりくらいからずっと感じていた事なんですけどね・・・。

私は東京の真ん中で生活しています。たまに田舎に帰ると、空気は澄んでるわ星は沢山見えるわで、そういうのを目の当たりにするにつけ「やっぱり都会は空気が悪いな〜」と思っていたんです。
しかし今年の夏の終わり頃、駅からサロンまでの道すがらふと空を見上げると、その空の綺麗なことったら!空が高くて雲が真っ白でその反対に青がまぶしいくらい鮮やかで、なんだかここが空気の悪い東京だってことを忘れてしまうくらい。しばし立ち止まってぼーっと空を見上げていました。

それ以来、晴れた日は毎日のようにその綺麗な空なんです。東京では、空気が澄んでいるお正月くらいしかお目にかかることのできなかった美しい空の色に、まるでどこかの田舎のあぜ道を歩いているようなノスタルジックな感覚になってしまうのです。
それは秋の始まりから秋真っ盛りの時期も晩秋も、そして冬になった今に至るまでずっと続いています。最近晴れの日が多いので、本当に毎日空を見上げるのが楽しいのです。

なんでこんなにきれいなんでしょう?そう感じるのは私だけなのかしら?またなにかあったのか?地球。
12月7日(水) 自堕落(苦)

あー、引越しの準備が進まないっ!もうあと1週間なのにぃ〜(笑)。引越しやさんにも「荷造りは自分達でやります」なんて言ってあるのに、まだ1箱も詰め始めていません。こんなんでホントに大丈夫!?

夏からなのですが、家のエアコンの3台中2台が故障中なんです。11月まではなんとかなっていたのですが、今はさすがに寒い!しかし、そうこうしているうちに引越しが決まり、今度の家はエアコンがついているので、あらためて買う必要もないし直す必要もなくなってしまったので、今家の中では毛布にくるまりまがら移動してます。寒いよ〜(涙)。これじゃ風邪が直るはずないってか!?

これ以上仕事を休むわけには行かないから、風邪を悪化させるわけにはいかない・・・というわけで、毛布から抜け出す事もできず、よって引越し作業がはかどらず。

昨日は久々に早めに帰宅したので「今日こそ引越しの準備を!しかしその前にちょっとテレビでも」と、「ロンブーハーツ」「リンカーン」「ぷっすま」と立て続けに見てしまい、気づいたらソファでうたた寝をしていました。

あーーー、堕落してるーーー!!こんなんじゃだめだめーーー!!
12月5日(月) ハレとケと病気

今夜は、三日月の横の金星が綺麗でした。

ある本を読んでいたらこんなことが書いてありました「病気になる事は、日常生活が一旦停止し非日常的な時間空間を旅する貴重な体験」。

病気という言葉の由来は、日常(ケ)が止まること、つまり止む(病む)ケ(気)にあるそうです。
日常(ケの日)の中にたまに非日常(ハレの日)がある。祭りやおめでたい日(晴れの日)は毎日あるものじゃないもんね。そして、たまにだからハレの日は意味あるものになるんだと思いますし、ハレがなければケもケの意味を成さないものかもしれません。つまりハレとケは常に一対の補完関係にあるのです。
ということは、病気と健康も対立するものではなく、互いに補い合って私たちを形作っているのかもしれません。どちらも必要なもので、どちらかがあるからもう片方が存在すると言えると思います。

その本の著者はこうも言っています。「日常(ケ)世界から抜け出して非日常(ハレ)の世界を体験する事は、自己発見と心の成長の契機となる」。

私もそうだと思いますよ。どんな病気でもそれは魂の状態の現れだから、そのことを通して自己発見と心の成長を遂げていけるんだと思います。
でも鼻が詰まって苦しいよー。
12月4日(日) 破壊と再生

私は、人と対立してまで自分の意見を押し通そうとは思わないので、結果的に人と上手くやっていくためには自分を押し殺す・・・だから表面上は協調性があるように見えるというのが、私の今までのパターンでした。でもホントは全然協調性ないんですよね。
だから、開き直って?ひとりで仕事をしている今の状態は、大変な面もそりゃあるけど、今までのような思ったとおりにやれないストレスから解放されてとても楽しいんです。

「ひとりでやれることには限界があるのは分かっている。でも私はそこまでして自分の仕事を拡大しようとは思っていない。自分のできる範囲でやれるところまでやれればそれで充分」と思っています。いや、思っていました。
でも最近、なぁんかそうではない路線が見えてきてる・・・というか、人と協力し合ってもっと大きななにかをしていく方向へ、向かわされているのをひしひしと感じるんです。なにか大きな力が働きかけているんです。

そちらへ向かうのは、私にはかなり勇気がいることです。「やっと自分に自信を持てるようになって、毎日を楽しむ事ができるようになってきたのに。いまのやり方が私には合っていると心から思えるようになったところだったのに、また方向転換か!?また価値観の変換をしなくちゃいけないのか!?」ってかんじ。がんばってやっと築きあげたものをすぐに壊してしまうのがもったいないんですよね。いづれ自分で壊すんだともう分かってはいるのだけど、まだ今の状態でいたい。もったいない。

あー、でももうあとわずかで壊さなきゃいけないんだろうな。もったいないけど(苦笑)。意外と未練がましいなぁ、私。
12月3日(土) 体の反応

風邪、まだまだ継続中。またコースが始まったけど、咳が止まったのは幸いです。

体調が悪いときって反応が敏感になっているから、こういうときは自分が本当に必要としているものを肉体のレベルで教えてくれます(もちろん他のレベルでも教えてくれるんだけど)。肉体のレベルということは、つまりは食べ物の事ですね。

風邪を引いて以来、食べたくなくなったもの。
1.コーヒー(大好きなのに!好きすぎて飲みすぎちゃまずいと思って1日1杯までにセーブしてるのです。昔は1日ブラック10杯とか飲んでた)
2.チョコレート(これまた大好きなのに!チョコは自分の体調を計る格好の材料で、無性にチョコが食べたくなるときは生理前か疲れてるか毒素が溜まってるときなんです)
3.肉・魚(これは普段からそんなに食べるわけじゃないけど、昨日なんかおさしみが出たのに1口も食べたいと思いませんでした)
逆に風邪を引いて以来、無性に食べたくなったもの。
1.野菜(最近外食がちで野菜不足なのはわかっていました。でも例えば今コンビニで買うのは、菓子パンやおにぎりではなく、珍しくサラダなんか買っちゃっています)

どうして人間って、分かっているのにやめられないんでしょうね〜。もうひとりの(←4次元に行っちゃったきりいまだ帰ってこない)私にとっては何の価値もないことなのに。
 
12月2日(金) サトルボディの調整

今日はなかば強引に仕事を再開しました。
多分熱があるんだけど、体温を計ってその数字を見たらもっと具合が悪くなりそうだから、あえて計ってません(笑)。

マヤの富士山セミナー以来、私のサトルボディがどうしても上手に地球と噛み合わないんです。4次元から相変わらず帰って来れないんですよね。だから熱があるからという以外に、なんだかフラフラしてしまうのです。妙な夢も見るし、生霊にも会っちゃうし、起きているのに夢うつつなかんじ。

以前からいろいろな人に言われていたことではあるのですが、どうも私は宇宙と繋がりやすく、そうすると地球と繋がるのがおろそかになっちゃうみたいなんです。そういう自覚がないのはあまり良いこととは思えないので、自覚しなくてはいけません。今の自分の状態は、地球と繋がっていないとどうなるのかを確認するのにちょうど良い機会なのですが、だからといってなかなかセルフコントロールできないんだよねー。

3次元と4次元と両方足をかけておく必要がある。・・・まだまだ鍛錬が必要だなぁ。
12月1日(木) 2度目の失敗

1年前にやはり体調を崩したときは、朝はそこそこ具合が悪い程度だったのが昼にいきなり悪化したので、その日の午後のお客様が来てからその場でお断りするというサイアクなことをしてしまいました。

今日は1日家で寝てました。今日のご予約のお客様には、昨日のうちにお断りさせていただいてのことです。
その場で断るよりはまだまし・・・なんてのは言い訳にもならない。お受けしたご予約を直前で断らなくてはいけないなんて、アーーーー自分が情けないーーーー!本当に申し訳ありませんでしたっ。

それにしても頭痛にバイオレットポマンダーは本当によく効く!効くって言っちゃホントはいけないんだけど、風邪だけでなく偏頭痛でも悩まされてる私には、痛くなってきたらすぐポマンダーですよ。本当にす〜っと痛みがひくんだもん。目には見えないけど、ポマンダーの色が体にちゃんと作用してるんだなー。実感。

明日は仕事再開!早く治そう〜。