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10月31日(月) マヤとオーラソーマ

来年前半のコーススケジュールをアップしました。3月にレベル3開催します。ご興味のある方はよろしかったらスケジュールのページをご覧くださいませ。・・・・と、日記のページで宣伝してしまってすみません。

そんなことよりっ!今日はすんごいことを聞いちゃって、i−making(表参道にあるオーラソーマのお店)のスタッフの人たちとギャーギャー言ってたんですよっ!

最近60番(ブルー/クリア)ボトルの下層のクリアがピンクに変色するという摩訶不思議な現象が世界的に起きています。色のついていたところが薄くなるなら分かるけど、もともと透明だったところになんで色がつくの!?でもそうなんです。我がサロンの60番ももう半年くらいずっとピンクです。あるのが売れて新しいのを置いてもやっぱりピンク。
何故そのような現象が起きているのかは、いろいろ言われてるけどはっきりしたことは分かりません。みんなそれぞれに感じるものがあると思います。
しかし、今日i−makingでスタッフの方と話しているとき、とあるオーラソーマのプラクティショナーさんでマヤにも詳しい人の60番ボトルに関して語っていたという話を聞いて、目からウロコが落ちちゃいました。

現在の文明の中では人工的に作られた12:60の計時周波数が当たり前に使われています。みんなその周波数に合わせて生きています。例えば1年は12ヶ月・1日は12×2の24時間・1分は60秒・1時間は60分・・・。ところがマヤでいう自然本来の計時周波数は13:20なのです。13の銀河の音・20の太陽の紋章・・・。
そして今2012年に向けて、人類は人工的な12:60のリズムから自然の13:20のリズムへ移行しようとしています。移行というよりも、本来のリズムを取り戻そうとしているのです。そしてオーラソーマの60番ボトルはブルー/クリア、20番ボトルはブルー/ピンク。今60番ボトルの下層のクリアがピンクに変わっているということは、60番が20番に変わっているということ。つまり12:60から13:20へ移行しているということ!!!

ねーーーねーーー、すごいことが起きていると思いませんかーーー!?そんなに驚く話じゃないかしら?いやもうこの話を聞いてあたしゃ腰が抜けるほどたまげたのよーーー。すげー!すげー!(あ、つい言葉が乱暴に)。
10月30日(日) ハート

昨日、オーラソーマの勉強会の中で、先日受講したカウンセリングコースで学んだ「ハートで人の話を聞く」ことを、さっそく生徒さんにもやってもらいました。実際コースでやったことをそのままやったわけではなくちょっとアレンジしてみたのですが。
クライアント役とカウンセラー役に別れて、カウンセラー役の人はクライアント役の人の話をただ聞いているのです。相槌を打つでもなく返事をするのでもなく、ただ聞いている。そのときに、前半はマインド(頭)で聞く・後半はハート(心)で聞くように意識してもらいました。

結果、ほとんどの生徒さんが「頭で聞いているときはただ聞いているだけだったけど、ハートで聞いているときはクライアントさんの気持ちが強く感じられてとても共感できた」と、感想を述べていました。

ハートに意識を合わせていると、物事を分析したり判断したりしないから、自然とありのままになります。そしてありのままの状態ではエゴが入り込まないから、エゴの奥にある本質の(愛の)部分でお互いを感じあえるのです。するとそこに深い共鳴とシンクロニシティが起こります。そのとき、最高のコンサルテーションが起きる・・・・のだと思います。だからハートに意識を向ける事がとっても大事。

これ、別にコンサルに限らず、普段の生活の中でもぜひお試しください。いやな相手といなくちゃいけないとき。ついムカついたりイライラしたりしそうなとき。ハートに意識を向けてみましょう。何が起きるかはぜひご自分で体験してみてくださいね。
10月29日(土) 今生の学び

学生時代、周りの友人達が恋愛関係や友人関係で悩んでいるのを横目に、私は人間関係の問題にはまることもなく、その辺はかなり淡々とマイペースで過ごしてきました。しかし悩み自体がなかったわけではありません。むしろ悩みすぎて病気になっちゃうくらい悩んでいたのです。私の悩みは人間関係とは全然違う事だったんです。

リレーションシップ(人間関係)に関しては、何故か分からないけど子供の頃から自分の中で完全にこうだと確信しているものがあって、いろんな人間関係が生じるたびに、そりゃその時々で感情は動くものの、迷うまでもなく内側ですでに答えは出ているんですよね。特に人間関係の中で、自分の(エゴではなく)本当の意志を貫く事が相手のためでもあること・お互いのスペースを保つ事がお互いのためである事。このあたり、得意分野です(笑)。

今回受講したカウンセリングコースの中でも、実習しながら本当にクライアントになって自分の人間関係の問題を打ち明ける人もたくさんいました。私はそういう悩みがほとんどないことにあらためて気づき、「自分は幸せ者だな〜」と感謝していました。
人間関係に悩む人の気持ちが理解できないわけではありません。とても分かります。ただ私自身はそこにはまらないのです。

思い出してみると、そのへんの問題に関しては前世まででほとんど経験済みなんですよ。いろいろ経験してすでに自分なりに答えが出せているんだと思います。だから今生ではそのテの問題はあんまりやってこない。
そのかわりとある別の問題はよーく発生しますよー。何とはあえて言いませんが。で、周りを見渡すと、私にとっては重大問題であるそのことに関してほとんど問題が発生しない人もたくさんいるんですよね。
私からすれば「私はそういうときにすんごく悩み苦しむのに、なんであなたはそんなに涼しい顔していられるの?」と、不思議でなりません(笑)。

いろいろな学びがあるもんダー。
10月28日(金) 自分時間

3ヶ月ぶりくらいで会った友人と食事しながら近況報告などしていて気づいたことがあります。彼女に最近どう?と聞かれて、私は「特に変わらず元気でやってるよ」としか言えませんでした。この数ヶ月の間に私はこんなに劇的に変化しているのにっ?!
バイオレットに象徴される最近の私の変化はと〜っても奥深くにきているので、表面的には「変わりない」としか言えなかったんです。実際現実に大きな変化はないし。
なんとなく感じるのは、(今までもそうだったけど)変化ってまずは内側の深いところで始まるのですよね。だからその時点では自分の感覚としても胸騒ぎみたいな感じしかないのよね。「(何かが起きているぞ!)」みたいな。そしてそれがやがて意識に上り最後に現実が変化する・・・という順序があるような気がします。深い所で起きている変化に気づかずにいると、わけわからないまま現実が急激に変化したように感じるかもしれません。

今日、とある個展に行って、とある画家さんを紹介していただきました。京都に住む女性で、とてもホワンとした雰囲気の方でした。なによりも、メアドも携帯も持たず自分時間で生きてる感じがとても良かったです。だからとても自然体というか独特な感性溢れるユニークな人というか、とにかく誰にも似ていない魅力的な人でした。
私(私たちか?)が失いかけている何かを、彼女は失わずに持ち続けているのですね。素敵〜。
10月27日(木) ポジティブネガティブを超える感情

昨日カウンセリングスキルコースの最後で、講師のラハシャが「今回のコースを受けてハートでクライアントさんと対峙するということについて思いつく事をなんでもいいから言葉にして書き出してみてください」と言いました。私はホントに思いつくままに言葉をノートに書き連ねてみました。出てきたのは一見暗いかんじの言葉の羅列だったので、後でそれを読み上げるように言われたときはちょっと躊躇してしまいました。実際他のみんなは、おおよそ愛とか受け入れるとかの優しげな言葉が並んでいたし。
私が思いついたのは、まず「絶望」という言葉でした。あとは抜粋してみるとこんな言葉でした。

「絶望を抱きしめる。
代えられない過去。避けられない別れ。終わらない悲しみ。止まらない時間。
私にできることはなにもない。代えられるものもなにもない。
ただ私はそれを知っている。ただそれを見つめている。
最高の道を歩むのにしなければならないことはなにもない」

どうなのかな〜。わたしとしてはこの言葉を思いついたとき、決して暗いネガティブな気持ちになっていたわけではなく、むしろとてもポジティブな気持ちだったのですがね。
絶望していたわけでもないし、世の無常を嘆いているわけでもありません。なんかそもそも人の感情に、ポジテシブとかネガティブという境目がないと感じていたんですよね。

私は絵を描いたり詩を書いたりするのも好きですが、大体暗いんですよね〜(笑)。なんでって言われても分からんのだけど。決して自分では自分の作品が暗いとは思わないんだけど、人にはよく暗いと言われちゃいます。でも昔から、人生における闇の側面というか影の部分に興味があったので、そうなっちゃうのかなと思います。

今日コース中に2本目に選んでいた56番のペールバイオレットのボトルで瞑想していたとき、ポジネガを超える感覚を体験してしまいました。「あー、だからバイオレットは神聖な色なんだ!」と、すでに知っている事ではありますが、さらに発見しちゃいました。こういう発見がうれしいんですよね〜。
10月26日(水) コース15連ちゃん修了 ※ブログ更新しました↑をクリックしてご覧くださいませ

今日でハートからのカウンセリングコースが終わりました。あー、楽しかった!6日間コース漬けになって、じっくり自分と向かい合いました!おかげでいろ〜んな気づきと学びがありましたよ。
やっぱりコースは6日続けて受けるのが一番ですね。これからオーラソーマのコースを受けようという人には、断然連続コースをおすすめしますよ。
オーラソーマのコースは、単に色を学ぶというよりも自分を見つめて自分を知るものだと思います。その先に、色を通して人を知る・癒す事があるのです。コースの最中に自分のハートが開き自分が輝いてくるのを体験する人もたくさんいます。そのためには開きかけたハートを途中で中断しない方が良いのです。

今回の講師のラハシャのソウルボトルは私の今のチャレンジボトルと同じでした。なんかシンクロを感じます。

ハートを開く事。クライアントさんと向かい合うとき自分にできることは、ただハートを開いてそこに在ること。カウンセラーとしてクライアントさんに何ができるかというと、ただ自分のハートを開いてそこに在ること。ハートを開く事で自分の内側の深い部分を感じられ、そこには様々な感情に流されていない芯の(愛の)自分がいるのです。そして自分の愛の側面から相手に触れていれば、それだけでいいのです。
これはなにもカウンセリングの時だけのことではありません。むしろ日常の中で人と向き合うときにこそ、そう在るべきなのですよね。
10月25日(火) ボトルからのメッセージ

今日のクライアントさんに、サロンのボトルが綺麗だって褒められちゃいました。「今までに見たボトルの中でここのボトルが一番綺麗に見えます」って。きゃーーーー、うれしーーーーー。
もうこの言葉がなによりもなによりもうれしいのですっ!!!だって生徒さんやクライアントさんにはできるだけ良い状態のボトルでワークして欲しいし、それが本来のオーラソーマのボトルなんだと思って欲しいですもん。
たまぁに(どことは言いませんが)美しくないボトルが飾ってあるお店も確かにあります。あれをオーラソーマのボトルと思われてしまうのはとても残念ですもん。

最近フラワーエッセンス系のものをいただく機会が立て続けにありました。

今日もティーチャー友人から、彼女に私の本を貸したことのお礼で彼女のお手製エッセンスをいただきました。
私からは何もリクエストせずに、彼女の直感でブレンドしてくれたカラーエッセンス。しかしそのブレンドされた色は、バイオレット・インディゴ・マゼンタ・パープルなど、全部バイオレットがらみの色ばっかり!!「どうして分かるの!?」って思わず彼女に聞いたら、「どうしてもその辺の色ばっかりになっちゃって」ですって。

今日も昼間はカウンセリングコースを受けていましたが、その中で今日2本目に選んだ56番のペールバイオレットのボトルとワークしたんです。そのときボトルからもらったメッセージは「何もしなければいけないことはない」でした。それまで悲しげにしか見えなかったペールバイオレットの色が、その瞬間からすべてを含んだ深い自愛の色に見えてしまいました。光と闇とか愛と憎しみとかの区別がない世界でした。

「あなたが最高の自分であるためにしなければいけないことはなにもない」・・・・・ああ、美しすぎる〜。涙出そう。
10月23日(日) 新たなビジョン

もしかして・・・の話ですが、オーラソーマを地方に教えに行くかもしれません。サロンを始めてからはほとんどサロンでしか活動していなかった私ですので、もし実現したらすんごいうれしいですっ!

ティーチャーによってはしょっちゅう地方に教えに行っている人もいます。よくある話といえばそれまでです。
しかし私は自分のサロンを始めてからは、とにかくまずはそこでどこまで出来るかしか考えられなかったし、実際そうしてきました。そしてようやく起動に乗ってきた今のタイミングで、今回地方でコースを開くというお話を頂いたのは、私自身とアマーリエにとって新たな展開が始まるという合図のような気がします。

なんとな〜くのビジョンですが、もっと広く展開していく感じ。サロンも私自身も。とはいってもサロンの数を増やしてチェーン化しようというつもりはまったくありません。あくまでも自分のできる範囲でやることしか考えていません。が、その自分のできる範囲自体が広がる感じがしています。広げなくてはいけないというか・・・あ、なんかえらそーかな。
でも、そのための「個を超える」でありバイオレットです。

今受講中のカウンセリングコースの中で、ペアになってカウンセリングの実習をする機会が何度もあるのですが、個人的な悩み事を打ち明ける人も沢山いる中で、私は悩み事がないことに気付きました!カウンセリングの実習中に私が話すことと言えば、悩みではなく自分が今考えている事・自分のビジョンのことばかりです。ラクなクライアントだな〜(笑)。
10月22日(土) 自分の雰囲気

カウンセリングスキルコース2日目。今回のコースは実習的なワークが多くて楽しいです。

今日のワークでペアになった女性と、ワークが終わったあと雑談していたのですが、彼女は先日レベル1が終わったばかりで、私がティーチャーだと分かると「どうりでその落ち着き!」と言われてしまいました。
そう言われても私としては「そんなふうに見えるのかな〜!?」と不思議な感覚でした。

そういえばまだ私がレベル1のとき、マイク・ブースのコースを受けに行ったことがあります。コースの内容はともかくマイクという人に会ってみたかったんですよね。
そしてコース初日、集まった人たちがやけに落ち着いているというか堂々として風格を漂わせていたのに、すんごく恐縮してしまったのを思い出します。そのとき集まっていたのはほとんどがティーチャーで、レベル1レベル(?)の人なんて私とあと一人くらいしかいなかったんですよ。なんだか自分が場違いな場所に来てしまったような感じで、正直ちょっといずらかったです(涙)。

あのとき私がティーチャーたちを見て感じた事を、今日の彼女は私に対して感じていたのでしょうか。でも確かに、ワークの中でも積極的に発言したりしてるかも。自分の発している雰囲気って自分ではなかなか分からないものですね〜。
10月21日(金) カウンセリングスキルコース

昨日までのコース9連ちゃんが終わったと思いきや、今日から6日間は自分がコースを受ける番です。ふう、まったく我ながらハードスケジュールにしたもんだ。でもとても楽しみにしていたコースだったんです。ラハシャ(ドイツ人:男性)の「カウンセリングスキル」コース。正式には「ハートからのカウンセリングコース」です。

オーラソーマのコンサルをするときに大切な事はなんでしょう。プラクティショナーとしてクライアントさんに何ができるのでしょう。オーラソーマでは「内側に一番の教師がいる」と言います。つまりどんなに悩んでいても答えを知っているのは自分なんです。だったらプラクティショナーはなんのためにいるのでしょう。

正確な事・もっともらしいことを言うことではないと思っています。ついプラクティショナーしてのエゴが「クライアントさんがはっとするような名文句を言わなきゃ」と思わせてしまうときもあるでしょうが(笑)、違います。
私が思うには、クライアントさんが自分の内側にある答えを引き出せるようなスペースを与える事だと思います。もしくは、クライアントさんが自分の内側にあるなにを出してきても、それを否定せずジャッジもせず受け入れる事と言っても良いでしょう。

今日のコースで、その実習をしました。
詳しくは言えませんが、目からウロコの発見がありましたよ!今までだってハートを開いて人の話を聞くワークはやってきたけど、また新たなことを発見しちゃいました。ハートで人の話を聞いてると言葉が入ってこないんです。だからクライアントさんが何を言ってたのかうろ覚え(苦笑)。でもそのかわり、クライアントさんの心の動きがはっきりと伝わってくる・感じられるんです。そのほうが言葉よりも大切だと思います。

ハートを開く。今すべての人に一番大切なことだと思うんですよね〜。また次のコースではこうして学んだ事を還元できるように、がんばるわー。
10月19日(水) 死ぬって

身内が病気になりました。

私はホントに気が小さいです。こういうことがあると、途端に心臓が縮こまって悪い事ばかり考えてしまいます。そしてすでに涙を流しちゃったりしてるのです。別に命に別状があるわけではないのに。

子供の頃から死ぬ事とかよく考えてはいました。「どんなにお金持ちでも美人でも幸せな人でも不幸な人でも、いつか死ぬ事だけは一緒。どんなにがんばって生きててもいつか死ぬ事だけは決まっている。ならば何故生きるのか?何故生まれてくるのか?」みたいな、素朴な疑問がいつも頭の片隅にありました。
物語の結末が決まっているなら、あとすることは結末に至るまでをどうやって盛り上げていくか、ですよね。昨日の日記にも同じようなことを書いたけど、どうせいつか死ぬのなら、生きてる間を如何に生きるかだけが大事です。

こうしてまたバイオレットを学んでゆくのね・・・あああ、そろそろうんざりなんだけどな〜まだ終わりにはならないらしい(苦笑)。
10月18日(火) 新人類

今日からマヤ暦では「自己存在の月」です。テーマは「私の奉仕はどういう形を取るのだろうか?」。
ここでいう奉仕とは「宇宙の目的を生きる」ことです。オーラソーマで言えばバイオレット(まさに今の私のテーマ!)と同じようなかんじでしょうか。自己の存在意義を問う事は、宇宙の目的の中での自分の役割を問う事と同じだと、私は理解しています。それが「奉仕」です。
今年の私のテーマは「個を超える」ですが、だからこそ今年になってから私の選ぶ2本目のボトルはマゼンタ→バイオレットなんでしょうね。う〜ん、深い。

でも個を超えるってホント、なかなか手強いテーマですワ。

個を超えて大いなる存在(としか言いようがない)に自分を委ねることは、私にはまだとても怖いことです。「あなたに全てを委ねます」と宣言してしまったら、つまりそれこそ何が起きても!人のせいにはできなくなる、全てに責任をとらなければいけなくなりますから。破産しても病気になっても死んじゃっても、それを受け入れなければなりません。そんな仕打ち(愛)をする大いなる存在をそれでも赦せるほどに、私はまだ大いなる存在を信頼し愛しているとは言えません。

完全に個を超えてなおかつ人間として生きていた存在はイエス・キリストだと思います。

私は自分が生きてる間にキリストのようになれるとは思っていませんが、それを目指して生きることは今すぐにでもできることです。もうそうしてます、一応(弱気)。でもそれを実現することより、それを目指してそれを意識して目覚めて生きることのほうが大切だと思っています。
幸いな事に今地球にはキリストのエネルギーがたくさん降りていますから、昔に比べれば簡単な事になってきているし、誰だって目指す事ならすぐにでも始められますよ〜。これはまさにコーラルですね。新人類。
10月17日(月) 目上の人

先日、私の親ほど年上の男の人にコンサルをしました。時々そういう機会はあるけれど、毎回緊張してしまいます。

その方は会社の社長さんだし、いかにも男性的で貫禄があって威厳あるかんじの方でした。そんな方が私のような若輩者の言う事を聞いてくれるかしら。不快に思わないかしら。失礼に当たらないかしら。つい、そういう心配をしちゃうんですよね〜。
別に自分のコンサルに自信がないというわけではないのですが、なぁんかえらそうなこと言ってるよなーと思っちゃう事はあります、正直言って。

私は昔から目上の人を尊敬するのが大好きなんですよね。「尊敬するのが大好き」なんてヘンな言い方かもしれませんが、ホントそんなかんじなのです。
基本的に私は生きるってそれだけでとてもしんどいものだと思っている節があるので、年長者は長く生きているというだけで「自分よりも知恵を持っている人」と憧れちゃうのです。そういう人のそばにいて学びながら自分もいろいろな知恵を授かりたいし、大人になりたいし、早く自分もそうなりたいと思うのです。そしてそんな憧れの存在である年長者を尊敬しちゃうんです。

私は村の長老とかになりたい。長老ってエゴを超越してて飄々としていそうでしょ、思い切り空想の世界ですが。憧れます、そういう人。
10月16日(日) ターコイズ的コミュニケーション

宇多田ヒカルの新曲、好きだな〜。
彼女が15歳で「オートマティック」でデビューしたときはみんなたまげたものです。「こりゃ天才だ!」って。曲を作る才能もそうだし、歌の上手さもすごかったですよね。

でも最近って、彼女と同じくらい歌の上手な若いアーティストがいっぱいいるけど、宇多田ヒカルがデビューしたときほど驚かなくなってませんかね?ふとそう思いました。

ひとりの天才の出現によって日本人全体の歌唱力がアップしたと言っても過言ではない(ような気がする)。「若くてもあのくらい歌えるんだ」と、潜在的に日本人に刷り込みがあったんですよ、きっと。それで本当に歌が上手になっちゃう若者が増えた結果、今って若くても歌の上手な歌手、いっぱいいますよね。

人間が魂の存在だってこと・自分の意識が現実を作っているってこと。それらの事実(そう、これは事実です)に気づいてゆく人がひとり増えるだけで、世界全体にその影響は確実に広がってゆくんです。
「自分はシアワセだな〜」と心から思える人が一人増えるだけで、確実にその影響は広がって、多くの人が自分を幸福だと思える世界を作ってゆけるんです。そして「自分はシアワセだな〜」の人が「シアワセになりたいな〜」の人より増えて過半数を超えたとき、それは当たり前のことになります。そしたらますます「自分はシアワセだな〜」と思うのは、容易になります!

一から多数へのコミュニケーション。集合意識でのコミュニケーション。水瓶座の時代・ターコイズのテーマですね。
10月15日(土) 色を感じる

昨日コンサルを受けに来てくれたクライアントさんはグラフィックデザイナーなのですが、以前盲目の方たちに色を感じてもらうイベントを企画した事があるそうです。京都の染色家の方と協力して、300枚の全部違う色に染め分けたタオルを用意して、それを盲目の方に自由にさわってもらうというイベント。
盲目の方たちは、全部同じ素材のタオルを触って「とても暖かいかんじがします」とか「草原の風のようにさわやかですね」などと、みんなそれぞれの色の違いを感じてとても楽しんでくれたそうです。
そういうイベントを企画したそのクライアントさんにも感激してしまったし、盲目の方たちが色を感じて楽しんでくれたという事実にも感激しましたー。そうそう、色って目でしか見られないものじゃないですもんね。

そもそもオーラソーマだって、何故か好きでもないボトルを選んじゃったり何故か普段好きな色のボトルを全然選ばなかったりって、普通によくあることです。それは視覚だけでない、内側の目というか自分の目だけではないどこかでも色を見ているからです。それは「見ている」というより「感じている」感覚だと思います。

そういえば、最近雑誌なので有名人のインタビューとか読んでると、目の前にありありと色が見えてきます。その人の色なのかなんなのか分からないけど、そのインタビュー記事を(大体立ち読みで、笑)読んでいるページに覆いかぶさるように、なんともいえないいろいろな色が浮かび上がります。
まあ子供の頃からそういうところはありましたが、最近意識的にそういう自分に気づいているようにしています。

だからどうなんだという結論に至るかどうかはともかく、無意識でしているのと意識的にしているのでは、その過程に雲泥の差があるもんね。
10月14日(金) 明日こそ!

ぎゃーーーー!!!

この2日とても忙しく、忙しいと言うことは身の回りでいろいろなことがあるので、日記に書きたい事もたくさんあるのだけど、どうにもこうにも疲れてて眠いので今日はもう寝るっ!

明日こそ書くぞー、書きたーい!ムズムズ。
10月12日(水) グリーンさまさま

この2ヶ月間で何本使ったか分からないバイオレットのボトル。今夜で使い終わった78番のバイオレット/ディープマゼンタのボトルはすでに3本目なのですが、いまだ自分の中でそのテーマは終わった気がしません(涙)。まだ使わなきゃいけなさそう・・・。
自分がそういうときって何故か同じボトルを選ぶクライアントさんが多いのですが、その気持ちが良く分かる気がします。「ああ、オタクもなのね」なんて。
でもね、このボトル好きなんだけど使い心地は決して良いとは言えないんですよね〜。「早くここから脱出したい」かんじなのです。なんかね〜ボトルには申し訳ないんだけど、目の上のたんこぶというか鬱陶しいんです。しかし!中途半端にしてもまたどうせどこかでやってくるテーマなんだから、今きちんと終わらせておかなきゃ!というわけで、4本目に突入するのでしょう。嗚呼、学習能力の遅い私(苦)。

ところがところが。
おととい自分で選んだ4本セレクトの3本目に選んだのは13番のクリア/グリーンでした。そのボトルはちょうど1週間前に、間違って余分に発注してしまって余っていたボトルだったのです。
「今こそ私が使うために多めに発注してしまったのか、多めに発注したから選んでしまったのか」なんてのはどっちでもよろしい。とにかく13番が使いたくて使いたくて、バイオレットにほとほと嫌気が差していた私には、13番のグリーンが救いの神様みたいに見えたのでした。

13番は78番と平行してさっそく使い始めてますが・・・・・ああああああああ、ラクぅぅぅぅぅ。
バイオレット使ってると、どうしても私の場合シリアスになってしまいがちなのですが、13番を使い始めてからまだ2日ですが、ほんと胸のつかえが取れたようにハートがすがすがしい。もっと早くからこうしていれば良かったぁ。

しかしね、じゃあ17番のグリーン/バイオレット使えば1本の中にグリーンとバイオレットが入っていていいんじゃないかと思うかもしれませんが、それがそうでもないところが面白いですね。
17番にしても38番(バイオレット/グリーン)にしても選ばないんだもん。お呼びでないのヨ、悪いけど。
10月11日(火) 塔

先日知人にタロットをやってもらったときに、私が引いた「現在」のカードは「塔(タワー)」の正位置でした。意味するところは「崩壊」「急激な変化」など。

その前に私が選んで使っていたボトルの意味は「予期せぬ変化」でした。そして相変わらず選び続けるバイオレットという色のテーマも「変化」。そして最近2本目に選ぶ16番のバイオレット/バイオレットのボトルはタロットに対応させるとまさに「塔」になるんです。
ボトル棚を眺めていても、どうしても最上段右上に並ぶ15番(クリア/バイオレット)16番のバイオレットの固まりグループ?のあたりが気になって気になって・・・「なんて美しいのかしら!」と、うっとり眺めてしまいます。そして眺めているととても悲しくなってきます。でも嫌な悲しさじゃないんです。浄化しているような気もします。

自分で幕を引くというのは、怖いものですね。自分で決めて終わらせるというのは、身を切られるような感じがします。「誰かが幕を下ろしてくれればいいのにな〜」と思っちゃうんだけど、どうしてもそうはさせてくれないみたいです。

私はけっこう自分でも自立してる方だと自分で思ってたんですよ、お恥ずかしい話ですが。けど、とんだ見当違いだったみたい。本当に本当に自立していかなければいけないのね。でも今私が思う「本当の自立」とは、人に頼らずなんでも自分で決めることではなく、「自分の力ではどうしても抗えないものがあるということを受け入れること」です。

今バイオレットを選ぶ人が本当に多いけど、みんななにかを壊して作り直す「塔」の時期なのかしらね〜。
10月10日(祝) ボトルを使う大切さ

今日ある卒業生の生徒さんと話していたのですが、彼女はボトルセットを持っていて、毎日それを使ったり眺めたり友人にコンサルしたりすることを通してもう日々驚きと発見の連続らしく、ひとつひとつのエピソードを子供のようにキラキラした目で興奮しながら語ってくれたのでした。
そんなとき私は「ああ、オーラソーマっていいよね〜」としみじみ思うのです。自分の生徒さんがどんどん幸せになってゆく姿を見るのは、別に自分が教えた成果だということでは全くなく、単に仲間が増えるのがうれしいのよね〜。これからもどんどんオーラソーマ愛好家の仲間を増やしちゃうわよー(笑)。

オーラソーマは「求めよ。さらば与えられん」です。オーラソーマを身近なものとして日々の中に取り入れる人ほど様々な気付きと喜びがあります。これはすべての人に平等です、断言できますっ!逆に言えば、取り入れずにいたらそれまで・・・かもしれません。
だから、どんどん使って欲しいと思うのです。

オーラソーマも含めこういう5感に訴えるものはすべて、まず自分の5感で味わって見なければなんにもならないと思います。どんなに美味しいケーキだって、人から聞いてるだけじゃどんなふうに美味しいのか・本当に美味しいのかどうか分からないですもん。何百人の人に食べた感想を聞くよりも、たったの1回自分で食べてみればそれで分かる事ですもん。
実際、オーラソーマがなんなのかを分かっている人ほどボトルなどをよく使っています。そして、よく使う人ほどオーラソーマの本質を分かっているようです(上記した生徒さんなんてまさにその典型だワ)。使う事によって、まず自分自身が身を持ってオーラソーマの良さを知り自分の可能性に開いちゃうんですよ。それってとても素晴らしい事です!そうしたらコンサルなんかも自然と良いものになってゆく・・・良い循環ですね〜。
10月9日(日) 自分にオープンであること ※ブログ更新しました↑をクリックしてご覧くださいませ

コンサルテーションのときに自分のハートをオープンにしておくことは、私が一番心がけている事です。そしてこのことは、自分自身にとっての大きな課題でもあります。

とにかく私は人見知りが激しい。初対面の人に対して、ものすごい自意識過剰なまでの警戒心と猜疑心を持って挑んじゃうんです。相手の人はなんにも悪い事してないのに、これじゃあ相手ははさぞかし嫌な思いするだろうな〜と頭では分かってはいるのですが、ハートがカチコチになっちゃってどうにもならないんですよ。だからパーティーとか大嫌い。
仕事で私に会う人からは、そうは見えないと言われることもよくあります。なんでなのか自分でも分からんのだけど、仕事になるとスイッチが切り替わるんですよ。なぁんかいきなりオープンな人になっちゃうんですよ。
じゃあいつでもオープンでいればいいものをそれは無理なんですぅ。そんなふうにオンオフの切り替えが激しい自分だから、やはり引っ越し先は自宅と仕事場を完全分離しなくちゃだめなんだろうなー。

これだけ日常の中でハートがオープンなときとクローズなときの差が激しいと、オープンなときにどうなるのか・クローズなときにどうなるのかがよく分かります。
オープンなときってやっぱり気持ちがラクですよね。風通しが良いカンジでリラックスしていて自分でいることが心地良く感じられます。
しかしクローズなときは・・・・・これが意外と良いものなんですよね〜(笑)。
つまり何が一番問題かというと、クローズでいるときにそういう自分に対してクローズになってしまうのが一番いけないんですよ、きっと。「こんなにクローズじゃいけない!」なんて思い込んでしまうと、ますます苦しくなります。
しかし、クローズな自分に対してオープンでいられればオープンなときと同じくらいラクチンです。全然苦しくない。

つまりは他人に対してオープンだとかクローズだとかよりも、自分に対してどうなのかが大事だという事ですよね。例えば他人にオープンでも自分にクローズだったらやっぱり苦しいだろうし。
10月8日(土) 腑に落ちた・・・

なぁんかおとといキャロルのセッションで良いことばっかり言ってもらって以来、すっかりここ最近つきまとっていたどよ〜んとしたものが吹っ飛んでしまったようです。なんて単純な私!!

引越しの事も、気に入っていた物件の審査に落ちてから、頭では分かっているんだけどどうしてもどこかでポジティブに考えられない自分がいて、納得のいく物件がみつかる気配がしなかったんです。でもおととい以来、もうすんごい物件の具体的なイメージは沸くし、「良い物件が見つかって引越しできるに決まってるじゃん」くらいの勢いで気持ちが変わっているのです。実際に良い物件が見つかったわけでもないのに、根拠のない自信に満ち溢れています(笑)。
でもこんな気持ちにさせてくれたキャロルに感謝です!私自身もこういうセッションをクライアントさんに提供してゆきたいです。

人間気の持ちようですね。つくづくそう思います。「なにを持っているか」ではなく「どう在るか」だけが大事なんですよね。
自分が幸せか不幸せかを決めるのは、他人ではなく100%自分です。もうその事実から逃げたくはないですね。ここ2〜3ヶ月ずっと使い続けているバイオレットのボトルから私へのメッセージは以下のようなものだと自分なりに理解できました。そしてようやくそれを受け入れる事の決心もついたようです。

「最高の人生を歩む事を自分に赦してください」よぉーし!
10月7日(金) レベル3

私は今オーラソーマのレベル1・2は教えているけど、まだレベル3を教えてはいません。教えるための資格は持っています。でもね・・・。

「カバラの生命の木のこのスフィアにはこのボトルが対応していてタロットだとこうなって」みたいなことなら今でも教えられると思うんです。でもそれじゃ全然違うんだよなー。それがレベル3なわけじゃないんだよなー。
レベル3までいくと、色を学ぶとかコンサルのやり方を学ぶコースというよりも、、「人間とは魂の存在である」とか「宇宙の秩序」とかそういうものを、色やボトルを通してより深く見てゆくコースだと思うんです。それを言ったらレベル1や2だってそうなんだけど、よりそういったスピリチュアルな側面、つまりはオーラソーマの真髄・核心に近づくのです。
私自身は「人間が魂の存在である」ことを知っています。「信じてる」ではなく「知っている」です。しかし、それを人に教えてゆくほどに知識じゃなく(知識なら知ってるけど)人間として成熟しているだろうかと自分の胸に手を当ててよーく考えてみると、そんなことないと思っちゃうんですよね〜。そして私の性格からして、そんな自分の状態でレベル3をやっていくのは、生徒さんに対しても自分に対してもいやなんですよね〜。

ところが最近になってなんだか私の中に新しい波が押し寄せていて、その波の中にはレベル3を教えるというのも入ってるんですよ。

今日帰り道を歩きながら、そんなことをつらつらと思っていたら、私が尊敬するある外国人ティーチャーに言われた言葉をふいに思い出しました。
「かおりはレベル3は教えないの?」「いつかはやりたいですが今はまだ・・・」「そう。でもね、レベル3をやることで、逆にレベル1や2で何をやれば良いのかがはっきりと分かるわよ」
そうかーそうだった!私はそれを聞いたとき目からウロコだったんですよね。ちょっと高いハードルだからこそチャレンジしがいがあるんだってね〜。飛べる高さしか飛ばずにいたら、飛べるようにはならないですもんね。

・・・というわけで、近いうちにレベル3開催計画をたてようと思いますた。どうぞよろしくお願いいたします。
10月6日(木) 数秘学

数秘学の第一人者(と言っていいと思う)キャロル・アドリアンヌのセッションを受けてきました。キャロル自身にも以前から会ってみたかったし、今回の来日セッションで通訳をしてくれている文美子さんは2年前の夏富士山に一緒に登ったお友達という事もあり、彼女との再会もとても楽しみにしていたのですが、本当に面白かったです。

キャロルは最近数秘学の本を出していますので、読んだことのある人もいると思います。基本はピタゴラス的な解釈だと思うのですが、彼女の研究に基づく独自な読み方もかなりあり、とても興味深かったです。

それにしても感じたのは、こうしたセッションを受けるのって楽しいな〜ということ。
もともと私は自分がセッションする側になるなんて夢にも思っていませんでしたし、20代までは逆にセッションを受けまくっていました。自分がなんなのかをとても知りたかったんです。人間ってなんだろうとずっと思ってたし、その答えはこの精神世界と呼ばれるジャンルの中にあると直感したんです。で、いろんなセッション受けてました。
今自分がセッションする側になっても、あいかわらず人のセッションを受けに行くのは大好き!オーラソーマのセッションを受けに行く事もあるし、数秘やらなんやらなんでもいいんです。

しかし今はただ受けているわけじゃなくなりました。セッションする人の態度や言い方などがとても気になるのです。「こういうこと言うとよくないな」とか「こういう目線は優しい感じがして良いな」とか、プラクティショナーとしての自分を振り返る良い勉強の機会にもなっています。
その点今日のキャロルはとても良かったです。物腰が柔らかで攻撃的でないオーラをだしてたので初対面でも安心感を持って接する事ができたし、言ってくれた事もポジティブなことが多くて、私すっかり良い気分になっちゃって自信がついちゃいました(単純)。

こういうセッションで言われた事って、もしかして本当にその後の一生に大きく影響を与える事もあるんです。私にも、いまでも鮮明に覚えていて今の自分に強い影響を与えている言葉がいくつかあります。
オーラソーマのコンサルでも「ポジティブに言ってあげてください」と言います。それってほんとーーーーに!大事よね〜。再確認。
10月5日(水) バイオレットの弊害!?

夕べの自分はいったいなんだったのか・・・。

昨日の夜10時頃、仕事が終わってサロンの片づけをしているときに無性に眠気が遅い、起きていられなくてしばらく床に横になっていました。「明日もコースがあるし、寝るなら早く家に帰ってちゃんと寝よう」と思ったのですが、どうしてもすぐに起き上がれなかったんです。で、横になってしばらくしして、これじゃいけないとようやく起きて帰路についたものの、駅まで歩いていてもどうにも眠い。まるで睡眠薬を飲んだときのようなどうにもならない睡魔に襲われてしまったんです。歩きながらでも眠れそうな勢いでした。「今すぐ横になって寝たいのよ!」。それは無理だと分かってるのに、どうにも我慢ができなくて腹が立ってしまったり・・・。
そんな状態でなんとか家まではたどり着いたものの、そのままベッドへ直行。その後の記憶はありません。ベッドにうつぶせになった瞬間寝てしまったようです。いやー、眠かった!あちらの世界へ一直線です。

まあ、思い当たる事はあるんです。この数日でまた地球規模でなにかがうごめいている感じがすごーくするんです。その変化に対応しきれていないのかもしれません。日食だったり新月だったりお空の上でもいろいろあるしなー。
そしてやはりここのところ使いまくっているバイオレットの影響もあるのは間違いありません。

仕事中でも、どうしても気持ちが内向きになってしまうんです。今この瞬間に意識が集中しにくくて、地に足をつけるのが一苦労です。ひとりのときならいいけど、仕事中はそれはマズいよー。でも、今の私にはバイオレットがどうしても必要なんですー。レッドポマンダーをガンガン使ったりしてるけど、どうしたらよいの〜。

バイオレットを使い始めてもう2ヶ月以上たつでしょうか。バイオレットにはまればはまるほど、最近バイオレットに恐怖を抱いている自分もいます。怖いんですよねー。ああいう風に(どういうふうだって言われそう)なってしまうのが。まあコンサルする立場としては、色の理解が深まってとても良いんですがね。
バイオレットにはひとつ自殺願望なんてテーマもありますが、私の場合は自殺したいとは思わないけど、最近「生きてる必要ないかな〜」と思ってしまう瞬間があります。「帰りたいな〜」とも思っちゃう。

違うの違うの!私が帰るのはあちらの世界じゃないの!下町は江東区の古びた茶色いマンションなのよー!
10月3日(月) 自分で気づく

「あなたの中にすべてがあります。あなたは自分の内にすべての知識、すべての知恵、すべてを理解する力を持っています。いつも、必要なものをその無限の供給の中から引き出せばいいのです。あなたはすでに真理を知っています。その真理こそ、あなたがなすべきことを可能にします。そのことを常に感謝してください。いつも完全なやすらぎの中にいきてください。」(アイリーン.キャディ)

今日も何人かの生徒さんからメールをもらいましたが、なんだか似たような内容のメールでした。みんなコースを終えて、その人なりに製品を使ったりコンサルをしたり・・・オーラソーマを取り入れていきながら自分の中でいろいろと気づいた事があるみたいで、でもそういうことが自分にとってのギフトとタレントになるし(←だから2本目を使うと良いんですよねー)、プラクティショナーとしてコンサルなんかにもとても役立つということが書いてありました。
そういうのを読むのは本当に楽しい!まるで、同じ趣味の仲間が集まってオフ会開いてるような感覚になります。まあ実際そういうとこあると思いますが(笑)。

上記の一文は、そんな今の気分にぴったりのメルマガがちょうど届いたので、添付してみたしだいです。

人に聞くなということではないんです。ひとりで考えろという事ではないんです。でも、自分の内側とつながっている人ほどオーラソーマの本質を理解しているし、楽しんでいるし、リラックスしているし、ますますオーラソーマが好きになっていくようです。
だから自分で気づくこと・自分の内側にある黄金を見つける事が大切ですよね。あ、これゴールドだ。
10月2日(日) 買い物

もうずいぶん前から、バッグが欲しいと思って探していたんです。仕事で必ず使うA4の書類がすっぽり入るサイズで、でも大き過ぎず、流行を追わず長く使えるデザインで、機能的・でもおしゃれで、カジュアルにもフォーマルにもどんな服の色にも夏でも冬でも合わせられるバッグ・・・。
そんなバッグなかなかないよねーというわけで、探し始めて半年くらいたつでしょうか。ついに今日見つけちゃったんです。理想どおりのバッグを!

しかしまあ見つけちゃったんだけど値段がね〜、生まれてこの方私は(スーツケース等以外では)バッグに5万円以上かけたことがないと思います。ブランドバッグとか持ってないし。そんな私にはかな〜りハードルの高いお値段だったんです。
でももっと本音を言えば、値段が高いからハードルが高いというよりは、自分がそんな素敵なバッグを持つに値する人間かという点で買うのに勇気と決意がいるハードルの高さなんです、私には(苦)。

そんな状況に陥ってふと考えました。「高いブランドバッグを持っている若い人って、どういう感覚でそのバッグを持って使っているんだろう」。自分で買ったのかプレゼントしてもらったものなのか。一生物として使っているのか、シーズン物のつもりで使っているのか。そしてなによりも、自分がそのバッグを持つに値すると思ってるのか。

みんなそんなこと気にしないで使ってるのかしらね〜、普通は。なんか私は子供の頃から妙にそういうことにプライドを持ってるというか、ふさわしくない人が持っているのはみっともないというのがあるんですよね。ブランドバッグはもともと欲しいと思ってないから良いのですが、例えば絵画とか欲しいのあるんだけど、自分はまだそれを持つにふさわしくないという考えがあって、買おうと思えば買えるのに買わずにいるものがあります。「いつかふさわしい人間になって、正々堂々と買ってやる〜」みたいなね(笑)。

しかし、ふさわしい人間になるまで待っていてもいつまでたってもなれないかもしれません。だから、ちょっと背伸びしたものをまず持って、そうすることでそれにふさわしい人間になれるのではないか・・・。ということで、今日のバッグは購入しました〜、うれしい〜。