8月31日(水) シンクロ再び

3年以上もの間一度も売れることのなかったバイオレットのボトルが、この3日間で3本売れました。まるで、ある日突然ブレイクしちゃったお笑い芸人みたいだなー。
ね、こんなかんじでバイオレットブームが来てるんですよ。

今日は月に一度の波動水を作ってもらう日でした。
最近私は何故か、左ひざと右の顎のあたりが痛むのです。先生にもその話をしたら先生がびっくりした顔で「今日此処に来るのは上野さんで3人目なんだけど、3人とも左ひざと右顎が痛むっていう人なのよー」と言いました。そりゃ、こちらがびっくりだ!
左ひざと右顎が同時に痛んでいる人なんて、そうそうはいないですよね(笑)。それが3人続くとはけっこうな偶然・・・でも偶然じゃないのよねこういうの本当は。
というわけで、波動水のサロンでもシンクロが起きているのでした。

今日の勉強会に参加してくれた方も言っていたけど、今あちこちでシンクロ多発中ですよね。つまり波が来てるってことなのよ、何度もこの日記に書いちゃうようだけど。そして良い波が来たら、乗っかっちゃえば良いのではないかしら。大きな波だと波の行き着く先は見えなくても、必ず浜に向かっているのは確かなのだから波自体を信頼して(←これってブルーのテーマ)、乗ってみるのダ(←コレってレッドのテーマ)。つまりバイオレットなのだー。

アマーリエの生徒さんがくれた死海の塩を、今日からサロンに盛り塩にして置いてみました。いい!すごくいい(笑)!
波動水の先生に言われて作った塩水を初めて飲んだときも、最初の一口目で「これはいい!」と感じましたが、盛り塩も置いた瞬間「これはいい!」でした。やっぱり浄化が必要な時期なのかな。
そういえば、自分も含め周りに「身の周りを片づけしたい!整理したい!」衝動に駆られている人も多発中で、もういろんなシンクロが起きてて大変。

えーと、バイオレットでしょー、塩でしょー、浄化と身辺整理でしょー。・・・これらの関連性について誰か分かる人いませんか?私は私なりに感じるところありですが。
8月30日(火) カラーメディテーション効果

今日はとある会合に参加してきました。そして会の最中に、私はお腹が痛くなっちゃったんですね〜。

狭い部屋で大きなテーブルを囲み10人程がぎゅうぎゅうに座っていました。私はあいにく一番奥の方に座っていたため、中座するには5人くらいの人に一旦全部席を離れてもらわなければいけないほど狭かったんです。映画館で中座するときのような状況のもっと狭いようなかんじ。
会も盛り上がっていたので声をかけるタイミングもなく(私はホントに小心者です)、お腹はどんどん痛くなってくるはで、久々に冷や汗かく思いでいました。しかし・・・

「そうだ、こんなときこそカラーメディテーションよ!」

ポマンダーとかを持っていればそれを使えば良いでしょうが、なにも持っていないときでも、必要な色をイメージするだけでも良いのです。それだけでもすごく作用があるんですよ〜。
お腹が痛いときはゴールド。さっそく私は、会の話しそっちのけで聞いてるふりをしつつ、お腹の周りをゴールドの光が優しく包み込んでいくようにイメージしながら瞑想状態に入りました。
すると、みるみる間に痛みは消えお腹が落ち着いてきたんです。「ほ・・・」。

会の2時間はこうして無事に過ぎ、帰り道ゴールドの瞑想のことなど忘れて駅まで歩いている途中で、いきなりまたお腹が痛くなってしまい駅のトイレに直行しました(汚い話ですみません)。家に着くまで瞑想してれば良かったー。

8月29日(月) 夜更かし ※ブログ更新しました↑をクリックしてご覧くださいませ

今、コース中じゃなくて少し朝寝できる・・・とはいえ今、午前5:00です。もうそんな日が数日続いています。これ、よくないよねー。

子供の頃からですが、夜更かしなんです。放っておくと0:00を回ったくらいからゴソゴソ活動し始めて、気づくと夜が明けているんです。
「翌日仕事がある」みたいな状況がないと、本当にそんなかんじ。一時期プータローしてたときはまさに昼夜逆転の生活でした。

もう寝ます・・・。明日も朝寝しよう・・・。
8月28日(日) ちょっと混乱中 ※ブログ更新しました↑をクリックしてご覧くださいませ

最近ブログを毎日更新しています。旅行の写真をアップしているからです。しかし、アップした画像のサイズが大き過ぎてポップアップウィンドウが見にくかったことに昨日気付きました、すみません(苦)。さっきとりあえず旅行の画像分は全部サイズを修正したので、もし画像をご覧になる場合は今度はちゃんと見られると思います。

ブログの最大の特徴と言われる「トラックバック」もやってみたいけど、まだやったことありません。どうすれば良いのかなんかよく分かんないんだもん。私、人見知りが激しいからさー。知らない人に突然話しかけるなんてコワくてできないよー(・・・ってそういうことじゃないのかしら?)。

最近バイオレットがマイブームでよく自分でバイオレットのボトルを選んじゃうのですが、どうもバイオレットのことがよく分からなくなってきました。ティーチャーやっててこんなこと言うのもなんですが。
分かっていたと思っていた部分に関してはよいのですが、まだその奥にあったもっと深い意味が開けてきたようなかんじ。「あれ・思ってたよりももっとああなんだ、こうなんだ」みたいに、どんどんバイオレットの深みにはまって、ちょっと混乱というかカオスの中に突入しちゃったような。
こういうときって、感覚としてはすごく分かるんだけど、それを言葉に変換するのが非常に難しいのですよね。でもこんなときに限ってクライアントさんが何故かバイオレットばかり選んでゆく・・・。いや、こんなときだからこそそうなんだろうなー。

夕べなんか、寝る前にバイオレットのボトルを頭にたくさん塗りたくってから横になったら、ものすごいいろんな映像やら言葉やら感覚やらが頭の中に同時にうわーっときて、パニック寸前になってしまいました。
一体自分に何が起きているんだ?何かは確実に起きている。でもなんなのかがまだ分からない。あー、うっとうしい。
8月27日(土) シンクロニシティ  ※ブログ更新しました↑をクリックしてご覧くださいませ

今日も昨日もおとといも、コンサルに来る人来る人みーんなバイオレットのボトルを選んでいきます。なんなんだ、このバイオレットの多さは。

実はここ1ヵ月半ほど、私自身がバイオレットブームにはまってるのです。バイオレットブームとはつまり、私が普段ほとんど選ぶことのないバイオレットのボトルを、私自身が何故か選んでしまっているのです。なので必然的に最近使っているボトルもバイオレットばっかり。この1ヶ月でもう4本目だよ〜。
で、こういうときに来てくださるクライアントさんがこれまたバイオレットばっかり選ぶのって、なんか不思議ですよね〜。

こういうシンクロ現象は、オーラソーマに関わっているともはや珍しいことでも何でもなくなってくるのですが、でもやっぱり不思議。面白い。

私が今バイオレットだからバイオレットのクライアントさんを呼んでいるのか、はたまたバイオレットの人が集まるから私もバイオレットになってしまったのか。いづれにせよ、バイオレットのクライアントさんと向き合うことで、今私はクライアントさんを鏡にして自分自身を学ばされているのを強く感じます。クライアントさんに言っているようで、実は自分に言い聞かせているような確認しているような感じ。まさに「教えて学ぶ」テーマどおりです!

「おまえは今バイオレットな時なんだぞー」と誰かに言われてるのよ(苦笑)。
8月26日(金) 少子化 ※ブログ更新しました↑をクリックしてご覧くださいませ

最近の調査で、出生率より死亡率のほうが増えたそうです。つまり日本の人口が減り始めたということ。

私はこのニュースにほっとしているのですが、世の中が少子化問題なんて騒いでるところを見ると、こういうこと言うとやっぱりひんしゅくなんですかね?なんかこういうことに全くうといので、この発言が人にどう思われるのかさっぱり分からないんですが。

だって人口が増え続けていったらどうなるかを考えると、その方が余程怖いですよ。
エレベーターにも乗り物にも定員制限があるってことは、定員オーバーは危険だし心地良くもないってことですよね。地球の面積にも限りがあるんだから、定員オーバーはやっぱり良くないよね〜。

資本主義社会はモノが売れてナンボだから、買ってくれる人がいなくなっちゃったら世の中破綻します。だからみんな大変だって騒いでるんですよね(よく分かんないけど)。けど、そもそもモノを作るための原料だって限りがあるんだから、今のままモノを作り続けることだって不可能なんだし。
なんだか少子化や人口減少は、減るべくして減ってるって気がするのです。人間の集合無意識の中で、「そろそろ人口を減らさなきゃ。自分達のためにも」と、感じ始めた証拠なのではないでしょうかね〜。

なんか今日の日記は、すんごく無責任なこと言ってるような気もします。大丈夫かな?メーカー勤務の方、すみません。
8月25日(木) ゼロ磁場 ※ブログ更新しました↑をクリックしてご覧くださいませ

先日の旅行で行ってきたゼロ磁場のことを書こうと思ったのですが、画像をアップしたくて先にブログの方に書き込みしたら午前4時になってしまいました(涙)。
なのでこちらの日記は今日はこれでおしまい。よろしかったらブログを見てみてくださいませ。

明日からはブログのほうに、諏訪大社(春宮・秋宮・本宮・前宮)や宿泊した宿(素晴らしかった!)のこともアップしていきまーす。だってどこもとても良かったんですものー。

それにしても外が静かダ。ホントに台風来てるのかな?
8月24日(水) ゴールまでの行き方

今日からまた日常に戻りました。
昨日の日記を読み返してみると、さも浄化されすっきりしているような感じですが、さっそく腹の立つこともあり疲れることもありの、いつもの日常です(笑)。わたしの中にいつもしこりのようにある手放せない感情が甦り、旅先で浄化してきたつもりでも変わりなくそれは私の中に存在していることが分かりました。
でも私は別に旅が無駄だったとか、悲観的になっているわけではまったくありませんよ。旅に行って本当に良かったと思ってます。

すべての人の魂が最終的にたどり着く先は決まっています。それは神に帰ること・光の源に帰ることです。すべての魂は必ずいつかそこへ帰り着けるのです。何故ならすべての魂はそこからやってきているから。つまりゴールは決まってるのです。どんな道を辿ったところでいつかは誰もが必ず帰り着けるのですから私たちがすべきは、ゴールがどこなのかを探すことではなくて、そのゴールまでどの道を辿ってどのようにして帰り着くのかを自分の自由意志で決めることなのです。

「浄化したなんていうけれど、そんなに簡単に感情を浄化できるわけがない」。はい、ごもっとも。
それでもいつかはこの感情を手放せるときがくる、それは分かってる。でもだからこそ、それまでの時をどう過ごすかが大事だし、その過ごし方によって人生の充実度が違ってくるような気がして、死ぬときに「悔いがなかった〜」と言って死にたい私は、つい時間を惜しんであれこれやってみちゃうんですねー。ゼロ磁場行ったりパワースポット行ったり(笑)。
8月23日(火) 自然に帰る

先ほど2泊3日の旅行から帰りました〜。もうすんごいリフレッシュです。オーラのクレンジングです〜。

まず初日は長野県長谷村のゼロ磁場へ行きました。
あいにくの小雨混じりのお天気(龍を連れてるウチのだんなさんと行く旅はいつも雨なのダ)。でもこういう天気の方が人も少ないし雨のおかげもあるのか、場の空気がキーンと整っているような気がして私は好きです。私たちにとっては都合の悪いように感じる雨だけど、植物や土にとっては関係ない・・・どころか恵みの雨とも言うようにむしろ雨を喜んでるような気がして、そういう中にいるのはとても気持ちが良いのです。雨に打たれている木や濡れた地面って、彼ら自身がとても気持ちよさそう。

そして宿泊は松本市郊外の扉温泉「明神館」へ。ここがまたサイコーに気持ちよい宿でした。
食事・お風呂・施設・アロマセラピーなど、みんな良かったけど、なによりもホスピタリティがとても良かったです。自分がサービス業をやっているせいか、その辺を一番厳しく見てしまうのですがとても心地よく滞在できて、2日目は(私にしては珍しく)一日宿から出ることなく、温泉→アロマ→散歩→読書→食事・・・という、最高に贅沢な時間を過ごしました。携帯も通じない山奥で時計の無い部屋で過ごす時間。でもこっちの過ごし方が人として普通なんだよね〜と思います。だって時計がないと体内時計の音に気がつきますモンね。「お腹が空いた」とか「体が軽いから散歩に行こう」とか、なんか心身がとても敏感且つヘルシーになったようです。
最後の日は、諏訪湖周辺の4つの諏訪大社を全部巡りました。いやー、ここも噂にたがわずパワースポットだったわ!
私が特に気になったのは、上社・本宮の後ろの山と森!すんごい気を発していた!「あの中まで入りたい!」と思いました。家に帰って早速調べてみたんですが、やっぱり諏訪大社本宮は後ろの守屋山自体がご神体になっているそうです。あと前宮も良かったですねー。

宿の裏手の山には白樺林があって、林の真ん中にぽっかりと木のない空間があり、滞在中そこがとてもお気に入りの場所になっていたのですが、最後の日の朝・その空間の真ん中に座り込んでぼ〜っとしていたときに感じたことがありました。あまりにもプライベートなことなので詳細を言うつもりはありませんが、とにかくああいう気の通った場・自然の中にいることだけで、自分の気が通るんですよ。「自然の調和」がどういうことなのか、そしてそれがなぜ大切なのか、知識ではなく実感として感じられるんです。これってグリーンのテーマよね。
8月20日(土) 休暇だー

今日で一旦仕事収め。明日から3日間、遅めの夏休みをいただきます。
ずっと前から行ってみたかった個室露天風呂付の温泉旅館・そしてやはりずっと前から行きたかったゼロ磁場!あああ、楽しみだ〜。

日頃の仕事が忙しければ忙しいほど、休暇を存分に楽しめます。昔からそういう性分でした。

社会人になって最初はグラフィックデザイナーをやってましたが、これが非常に忙しい仕事だったんです。ロクに有給も取れず毎日終電で帰るような生活を何年か続けた後、会社を辞めて最初にしたことは、1ヶ月間のヨーロッパ一人旅でした。そのときは「これは今まで一生懸命働いてきた自分へのご褒美よ。」とばかりに、思う存分自分の時間を満喫したものです。
それとは逆に、結婚して1ヶ月間だけ仕事をせずに専業主婦をしていた時期があったのですが、その時期はひとりで温泉旅行とかもしてたんだけど、あんまり楽しめなかった。「こんなことしてる場合ではないんじゃないだろうか」なんて、余計に不安が募ってしまったんです。

光が強いほど影も濃くなる。言い方を変えれば「仕事を楽しめているときほど、休暇も楽しめる」法則が私にはあるような気がします。「仕事を楽しむ」とは、仕事の手を抜くということではありません。むしろその反対です。仕事に集中するほどに遊びにも集中できる。
でもこれってなんか損な性分?貧乏性というか苦労性というか(涙)。

23日までこの日記もお休みです。どうぞお元気で残暑をお過ごしくださいませ〜。
8月19日(金) これってネガティブ?

例えば「怒り」という感情は、ついネガティブでよくない感情と思われがちですが、私は必ずしもそうだとは思いません。
生きていれば怒るときだってあって当然。問題は、怒りの感情が出てきたときにそれを無理に抑えようとすること。そのほうが余程ネガティブではないかと思います。だって、感情は抑えたところで消えてなくなりはしないから。そのとき抑えられてもいつかどこかで違った形で出てきてしまうから・・・です。

真面目で純粋で繊細な人ほど「こんなことで怒っちゃいけない」と、怒っている自分を責めたり、怒りを抑えようとしたりしてしまうのではないでしょうか。
これは「怒り」に限らず「悲しみ」とか「嫉妬」「虚栄心」などでも同じことです。もっと言えば「喜び」の感情だって素直に表現せずに抑えてしまったらそれはネガティブなものになってしまうのではないでしょうか。そういうの、精神衛生上良くないよなー。

というわけで、ワタクシ今、非常に怒っております。「あー、なんで世の中こんなにバカが多いのっ!?」「何度同じことを言わせるの!?」「そのくらい言われなくても分かってよ」等等。

・・・あー、ヤな奴。こんなの読んだ人はやっぱり気分悪いかなー。やっぱり怒りは抑えなくちゃだめなのかなー。
なんだか言ってることとやってることが矛盾してますね、すみません。でもホント、イラつくのよね。
 
8月18日(木) 結婚観

昔は家の繁栄のためとかの政治的な理由で結婚していたんですよね。それならばかえって結婚する理由は分かるのです。
でも今って、そういう理由ではない。「愛しているから」結婚する。
正直言って、よく分からないんです。

愛する人と一緒に生きたいのは分かる。でも何故そこで結婚している必要があるのか。子供が欲しいなら2人で力を合わせて産み育てれば良い。でも何故そこで結婚している必要があるのか。
家族が欲しいのかな?でも私、そもそも血のつながりとかもそんなに重要なのかよく分からないんです。血が繋がっていようがいまいが人は人。好きな人・嫌いな人・いろいろいますよね。よく自分や自分の好きな人のDNAを残したいとか言う人もいますが、その気持ちも分からない〜。私は自分のことが好きだけど、自分のDNAなんて残そうが残すまいがどうでもいい〜。だんなさんも好きだけどだんなさんのDNAも別にどうでもいい〜。

こういうこと言うと反感を買ってしまうかもしれませんが、私は既婚者です。でも、生まれてこの方一度も結婚したいと思ったことがありません。自分がそんなだったからかえって「何故人は結婚したがるのか?何故人は結婚をそんなに人生の中で重要視しているのか?」が知りたかったんです。
でも実際結婚してみてもやっぱり自分の考えは変わりませんでした。だんなさんのことが嫌いとかそういうんじゃないですよ。ただ、別に結婚してなくてもいいとは思います。

血筋とか家族とか結婚という制度よりもっと深い根本的なところで、人と人が繋がっていることの方が余程私には重要なんです。
8月17日(水) 赤い服 ※ブログ更新しました↑をクリックしてご覧くださいませ

昨日は久々にコースがない日でした。

オーラソーマのコースでは、ティーチャーは一応白い服を着なくてはいけないという決まりがあります。私はあんまり守ってないのだけど(いいのか?)、でもやっぱりあんまり派手な色の服は着ないようにしています。
先日バーゲンで、私にしては珍しくちょっと露出度の高い赤くて可愛いカットソーを購入しました。ところがその後毎日コースだったので、一度も着る機会がなかったんですよー。早く着たかったのに。なので、昨日はそれを着て外出したんです。
たったそれだけのことなのに、私ったらはしゃいじゃって気分の良いこと良いこと!別に誰が見てくれるわけでもないのに、やたらうれしい気分で1日過ごせました。

しかし、帰りの地下鉄の中で向かい側にイチャつくカップルがいて、それを見ていたらむらむらと「私もモテたいなー」という感情が湧いてきてしまったのには、自分でも笑いました。
「モテたいと思ってた時期もそりゃあったけど、私の中にまだそんな感情が湧き上がる余地があったんだー」とびっくりしたんです。

でもただ新しい服を着てたからそういう気持ちになったわけじゃなくて、それが露出度高めの服だったこと・色が赤だったことも絶対関係してると思うんですよね。赤じゃなかったらそんな気になってなかったと思う。やっぱり色のもたらす作用って大きいなーと、あらためて感じたしだいでございます。
8月16日(火) 大人の付き合い

自分が(以外に思われるかもしれませんが)人に対して支配的になる面を持っていることは昔から自覚はありました。でも私は、自分が誰かに支配されるのが大嫌いなので、自分がされていやなことは人にもしたくない・・・ということで、そういう自分の支配的な一面は極力出さないように努めているつもりです。
いや、人にしたくないからというのは良い子ぶりっこかも。本心としては、そんな自分はカッコ悪いと思っているからですね、きっと。人に対して支配的になる自分が自分でも大嫌いなんですよ。許せないんです。なので、隠そう隠そうとしてしまうって感じ。

自分が人に支配されるのが大嫌いなのも、自分を支配しようとしている相手の中に嫌いな自分が見えてしまうからです。こういうのを「投影」と言いますね。

父がとても支配的な性格の人で、私も小さいときから苦労したんですよ(涙)。だから父を反面教師にして「自分はああはなるまい」と固く心に誓ったのでした。
で、少なくとも表面的には「支配的じゃない性格の人」として大人になり、周囲の人からも概ねそういう評価をいただけていると思います。自分でもそういう性格だと思ってました。でも支配的な性格は、自分の奥底で深ーく静かに育っちゃってたんですね〜。昔も今も時々そんな自分が表面に出ちゃうときがあります。そんなときは「いかんいかん」と引っ込めるんだけど、それはその場しのぎでしかない。引っ込めたところで無くなるわけじゃないんです。性格って基本的には変わらないものです。

今の私は、「支配的になる自分」を相変わらず好きにはなれませんが、変えようとか無くそうとかは思わなくなりました。好きにならなくちゃとも思わないけど。
そんな自分とも上手くお付き合いしていけるように・・・そんなかんじです。大人になると、気の合わない人とでもそれなりに上手く付き合っていけるようになる・・・そんな大人なお付き合い。できるかなー?
8月15日(月) 変化の兆候

私は基本的に内向きな人間なので、アマーリエもマイペースでやれることがまず第一なんだと思っていました。おおっぴらに宣伝してとか誰かと共同で・・とか、苦手なんですよねー。

(マヤ暦的な)年明けからずっと、今月のテーマ「私の今年の目的はなにか?」についてずっと考えていたんだけど、いまだはっきりとは分かりません。
しかし最近少し自分の内側に変化を感じているんです。それは、気持ちが自然に外向きに変わってきているんです。
なので、いろんなセッションを立て続けに受ける立場として申し込んだり、最近ずっとご無沙汰していたイベントにも久々に参加してみる気になったり、最近サボりがちだった友人達の飲み会にも顔を出そうという気になったり。
「人付き合いの悪い私としたことが、いったいどういう風の吹き回し!?」なんて。

なにかの出会いでも期待してるのかしら?なにかの展開を求めているのかしら?
たしかにサロンについては、ここでひとつ新展開をしていこうか・・・いや、「していこうか」というよりも「してゆくのかな〜」と(例によって他人事のように)感じてはいるんです。どういう展開なのかは自分でもまだはっきりしないんだけど。引っ越ししたくなったり、洋服を整理したくなったりもしてますが、きっとそれもなにかの兆候なんだろうなー。

なんの兆候かはまだ分からないけど。
8月13日(土) 運命はあるか?

今日、生徒さんに質問されてしまいました。辞書で「運命」を引いてみると「思いがけない巡り合わせ」と書いてあります。

「努力や信念だけではどうにもならないことがある」のか、「すべては自分しだい」なのか?さて、どうなんでしょうね〜?
私もよくこういうこと考えてましたよ。いや、今だって考えてます。で、今の私はこのことについてようやく自分なりの考えを持つに至りました。

意識的な自分・顕在的な自分、オーラソーマ的に言えば「個の意志としての自分」から見れば、運命はあると言えるのではないでしょうか。意識的な自分とはつまり普段私たちが自分だと認識している自分のことですが、その自分から見れば時に現実は「努力や願望とは無関係に起こる抗いようのないもの」に見えるときもあるでしょう。思うように行かないことなんていくらでもあるし、逆に思いもよらないラッキーや出会いもありますよね。
しかし、無意識の自分・潜在的な自分、オーラソーマ的に言えば「大いなる存在の一部としての(=魂の)自分」から見たときには、きっとすべては必然なんだと思います。意識的な自分にとっては思いもよらぬ現実でも、魂の自分としては納得の上のことなんです。だってすべての魂は、肉体を持って生まれてくるときにブループリント(人生の青写真)を決めてくるんですもん。自分の色を自分で決めて生まれてくるんです。

今まで人は魂の自分という存在を認識していなかったから、「運命はある」ということになっていたのでしょう。でもこれから人が魂の自分の存在に目覚めてきたら、「すべては必然」というふうに変わってくるんじゃないかな〜と思います。

でもすべては必然とはいっても、自分のブループリントの細かいところまでは知るのやだなー。「何歳で死ぬ」とか知ってたら人生味気なくなりそう。クライマックスを知ってる推理映画を見てるみたいで。もしそこまで分かっちゃうくらいに魂の自分と繋がってたら、もう肉体を持って生きてなくてもいいよね。

だから魂の自分と繋がることを究極の目標にしつつ、でも生きてる限りそれは決して実現はしないんですよね。
8月12日(金) 光

昨日仕事が終わりサロンを出る前に、ちょうど今やっているコースに関して思うところあって、部屋とあと今のコースに参加してくれている生徒さん達に対して光を送る瞑想をしました。
部屋の真ん中に大の字に寝っころがって、生徒さんのひとりひとりに光を送り、そして部屋全体にも光を降ろしてみました。
やった自分が言うのもなんかヘンかもしれませんが、とても気持ちが良くて途中で意識がぶっ飛んじゃった(つまりは寝ちゃったってことですが、笑)くらい。目が覚めたときには、部屋の中全体が綺麗な空気に包まれているようななんともいえない気持ちよさで、「あ、大丈夫かな」と感じました(コースに関してちょっと心配なことがあったんです)。

で、今朝ボトルのチェックをしていたら54番のクリア/クリアのボトルが、50mlと25ml両方ともガラスにひびが入っていたんです。いつひびが入ったのかは分からないけど、とにかくその2本にひびが入っていました。54番は全てのボトルの中でも一番光がたくさん入っているボトルです(オーラソーマやってない人には分からない話ですみません)。私はどうしても夕べの光の瞑想が関係しているような気がしてなりませんでした。そしてその現象は、「ここには光がたくさんあるよ〜」というメッセージのように思えて、とても喜ばしいことのように感じました。

そして今朝の瞑想の時のことです(オーラソーマのコースでは毎朝コースを始める前に瞑想するのです)。
突然の感覚ですが、まず部屋全体が光に包まれているのを強く感じ、その後目を閉じている生徒さんひとりひとりが放っている光に気がついたんです!ホント、みんな天使みたいだった!なんというか暖かい優しい力強い(こういうのを愛っていうの?照れくさいけど)光の存在。
そのときの私は、ただひたすら感謝の気持ちと感激する気持ちに包まれていました。

生徒さん全員がそれぞれ素晴らしい光を放っている存在なんだと、私は忘れかけていたのかもしれない。でも思い出せて良かった〜。
どうぞ今回のコースも良いものになりますように〜。
8月11日(木) どっちにするか?

以下のアイリーン・キャディの一文をオーラソーマ的に読んでみます。今はイエローからグリーンへの移行の時代と言われていますが、まさにそんな内容の一文です。

「あなたはすべての命と調和していますか(=グリーン)。まわりの人々と一つと感じ、やすらぎを感じていますか(=ブルー)。それとも、現在の世界にある混沌や混乱に巻きこまれているでしょうか(=イエロー)。あなたの生き方は、世界の問題への答えとなっていますか(=バイオレット)。今という時代、その中間にいるのは不可能です。光のために働くか、そうでないかのどちらかでしかあり得ません。その選択はあなたの手にあります。」

グリーンの補色はレッドです。ということは、「すべての命と調和して生きる(=グリーン)ためには、目覚めること(=レッド)が不可欠」なんです。
望んでいたことでも、いざ実現しそうになると怖気ずいたり怖くなったりすることありますよね。
目覚めて生きることがより素晴らしい自分を生きることなんだと分かってはいても、今までは見ていなかったから知らないで済ませられたことを、一度でも目を開けて見てしまうと知らないでは済まされなくなる(つまり自分の責任でもって生きなくてはいけなくなる)のが怖くて、なかなか目覚めようとしない人はいると思います。でも、目覚めなければ目覚めないで苦しいものです。

上の一文にもあるように、今の人は目覚めるか・目覚めないかのどちらかにはっきりと分かれてきているように感じます。目覚めて生きている人、少なくとも目覚めることが大切だと気付き目覚めようとしながら生きている人と、目覚めることを拒否している人との差がどんどん広がってしまってきているのが、少し怖いです。
目覚めようとしない人はそういう自分でいることによって、周りの人に目覚めることの大切さを身を持って教えてくれているのかもしれません。でもやっぱりそういう人を見ているととても辛いときがあります。

う〜ん。どうするのが良いんでしょうね。
8月10日(水) 岩盤浴

我が家から徒歩3分のところに、今話題の「岩盤浴」サロンがオープンしました。
岩盤浴とは、ブラックシリカというマイナスイオンを発する暖かい石のベッドの上に寝そべり、たっぷり汗を流して新陳代謝を良くするものです。私は暑いのが苦手でサウナなんてもってのほか!な人なのですが、これだったらそんなに息苦しくなるような蒸し暑さとは違うみたいだったので、今日行ってきました。

受付を済ますとまずは、素っ裸の上に麻の作務着みたいな服に着替えます。あとはたたみ1畳ほどの黒い石の上にうつぶせ10分・仰向け10分寝そべっているだけ。室内もだけど石自体がかなり暖かいので、寝ているだけでじんわり汗ばんできます。で、20分たったら休憩室へ移動し水をたっぷり補給しながら5分間休憩タイム。そしてまた石の上に寝そべる・・・・を3セット繰り返すのです。

汗はたっぷりかきましたよ!べったりしていないサラサラの汗。終わってみれば気持ちよいものです。
しかしやはり私は暑いのは苦手だ〜。なにより服を着たままでいるから、汗自体はサラサラでも服と体がくっついちゃってそれが気持ち悪い。終わってロッカールームにいてもお風呂でのぼせたときのようにふらふらしてしまい、回復するまではしばらくぐったりしてしまっていました。情けない・・・。

体が温まって汗が引かないからなかなか着替えることも出来ず、でも私が最後のお客様だったので早く出なくちゃと焦ってしまい、結局ノーブラで帰宅しました。シャラポワ状態。

あー、でも今思い返すとやっぱりまた行きたい気分。行けば行ったでぐったりしてしまうのは目に見えてるんだけどね。
8月9日(火) 当てにならない

またしても思いもよらないことが起きました。「こうなるだろうな〜」と期待していたことは起こらず、でも思っても見ないところからそれがもたらされたのです。プラマイゼロ・・・どころか今の私は、それが思っても見ないところからもたらされたことに、大きな感謝をしています。

まったく直感なんて当てにならないものですね(笑)。
でも私は直感を当てにするなと言っているわけではありません。

「何が起きるのか分からないのが人生」なんて、よく言いますよね。確かに顕在的な(マインドの)自分から見ればそうでしょう。でも、潜在的な(魂の)自分から見ればすべては必然なのでしょう。「すべては怒るべくして起きている」というのは、魂の自分から見た視点です。
そして魂の自分の考えてることはマインドからではなく直感としてやってくるのですよね〜。だから直感を信じるのが大事。

別に直感を信じなくたってかまわないんです。ただ、信じないのであるならばせめて「何が起きるのか分からないのが人生。だけど、何が起きてもすべては起きるべくして起きているんだ」と、思っていて欲しいです。
そうであれば、「自分の幸福に自分で責任を持つ」ことに繋がりますもんね。
8月8日(月) 嫌いな自分

「屋根の上に立って、素晴らしい言葉をたくさん叫んでいるのに、自分の説法通りに生きていない人よりは、私の意思を静かに実行して人の模範になる人の方が、人類に対してずっと大きな影響があるのです」。(「心の扉を開く」アイリーン キャディ)

・・・あああ、良い言葉だな〜(しみじみ)。私もこういうふうに生きたいな〜。

しかし私はこういう言葉にやけに敏感に反応します。「私の意思を静かに実行して人の模範になる人」に憧れる一方で、「屋根の上に立って、素晴らしい言葉をたくさん叫んでいるのに、自分の説法通りに生きていない人」が嫌いなんです。つまりは自分で自分に責任をとらない人が嫌いなんです。そういう人にだけはなりたくない!と、強く思ってしまうんです。
そういう人を赦す気持ちにはまだなれない。そこまで寛大にはまだなれない。

これは依存心が屈折して現れた形なのではないかしら。人に依存している自分を受け入れられないから、依存することに対して異常に敏感に反応し、依存することは人として負けだみたいに思っている自分。
実際私は大体なんでも自分でやっちゃうし、人に頼ることはあまりありません。人に頼んで心配するのが煩わしくて、だったら自分でやろうと思っちゃう。人を信用していないのかもしれません。可愛げのない自分。

私が嫌いで受け入れがたい自分はこういう所です。実はもっと受け入れがたい自分もいるのですが、それはとてもとてもこの日記には書けません。誰にも知られないように必死で隠しながら生きてるのです。

なんとかしたい部分なんですよね〜。
8月7日(日) 天使

おとといの日記に書いた塩効果がでてるのかな!?
最近階段を上がるのもしんどいほど体力が落ちてしまって「夏バテかな〜」なんて思ってたんです。が、塩水を飲み始めて今日で3日目。そういえば、階段がしんどくないじゃない!?
まあ靴ずれの辛さはあるのですが(苦笑)、とにかくこの暑さの中バテ気味だったのが、なんだか平気なカンジがするのです。やっぱり塩が必要だったのかー。しかし分かりやすい効果ですねー。もうしばらく(夏が終わるまで)これを続けて見ましょう。

2ヶ月くらい前から、時々左目の端っこにペールバイオレットの綺麗な光が瞬くときがあるんです。一瞬で消えてしまうんだけど、でもかなりはっきりと見えます。暗いところでも明るいところでも、電車の中でも部屋にいるときでも関係なく、それは現れます。形は扇形に近いかも。
で、今日、エンジェルカードで有名なドリー・バーチュー博士の本を読んでいたら、「目の端に白や緑や青の光が瞬くことがあったら、それはあなたの網膜に映った天使の姿なのです」の一文を偶然見つけました(でもこういうのってホントは偶然じゃないんですよね)。
「そっかー、最近私の中では選ぶボトルが空前のバイオレットブームなんだよね、なぜかはまだ分からないけど。もしかして私の場合はペールバイオレットだけど、目の端に瞬くあれは天使だったのかー。感動!」
最近引くエンジェルカードは「あなたの直感は私(=天使)のサポートによるものですから信頼しなさい」「私(=天使)が守っているから安心しなさい」ってな内容ばっかりなんです。本当にシツコイくらいに(失礼!)。

やっぱりちゃんとそばにいてくれてるんだ〜。
そうですよね。もし天使にそばにいて欲しいと願い、本当にそばにいてくれているとしても、それを証明できるものはないんですものね。ならばどうしたらそれを信じられるかというと、自分を信じるしかないんですよね。このテーマ、最近よく日記にも書いてるけど、再確認。
あああ、感動〜(涙)。天使さまよ、こんな鈍感な私にも辛抱強くそばにいてくれてありがと〜。
8月6日(土) 痛!

体のどこかが痛いという経験を久しぶりにしてます!

おとといバーゲンで可愛目のサンダルを購入し、昨日さっそく履いて出かけました。昨日はけっこう歩いたのですが、そのうち靴ずれができてしまい、サロンからの帰り道はかなり痛くて辛かったんです。

今日の朝は絆創膏を貼って、「これで大丈夫」と思ってたんです。実際そんなに痛くなかったし。
しかし夕方くらいからなにもしてなくても、座っていてもズキズキ痛みが走るようになってきて見てみたら、つぶれたマメが赤くただれて真っ赤な肉がモロ見えで、血がたらたら出ていたんです。気持ち悪かった〜。
帰り道は完全にびっこをひいていました。
家に帰ってから消毒してなるべく歩かずにいるのですが、相変わらず血がたらたらたれ流れてます。まだ始終ズキズキ痛むしこれじゃ寝られないよ〜、いやだ〜。

たかが靴ずれ、されど靴ずれ。久々にこんな重症の靴ずれになっちゃった。
8月5日(金) 塩     ※ブログ更新しました。↑をクリックしてご覧くださいませ

先日、いつも行く波動水の先生と話していて、塩の大切さを教わりました。

なんだか最近クーラーがなくて夏バテ気味なせいか、疲れやすかったりむくみやすかったりするんです。しかもアレルギーの湿疹も出てるし。「これは毒素排出しなくちゃ」と思い、デトックスジュースを飲んでいてお通じがとても良くなりました。でもやっぱりそれらの症状はさほど変わらず・・・。

先生曰く、日本では塩の取りすぎはよくない伝説が根強いそうです。たしかに健康食品売り場には「減塩醤油」「減塩味噌」など、減塩づくし。さもその方が体に良いですよと言わんばかりです。そんなに塩は嫌われ者なのか。
かくいう私もそう思ってました。でも先生に、最近疲れたりむくんだりして〜と話したら「それは塩で一発で直るわよ!」と、太鼓判を押されてしまいました。
そこまでいうのならと、さっそくお気に入りの上質な塩を購入し、いつも飲んでいる波動水に混ぜ塩水を作り、今日から飲んでいます。

そして飲んだ瞬間「あ!」と、言葉には出さなかったけど心で叫んじゃいました。なんか体が塩を欲していたのが実感できたんです。言葉では表しにくい感覚ですが、細胞に塩が染み渡ってゆく気持ちよい感覚。まるで海の中に漂っているみたい(海は塩水だし)。
「そうか。今までもずっと私の体の細胞は塩を欲していたのか。」

まだ今日から塩を取り始めたばかりなので、体調に変化が出るかは分かりません。でもその感覚だけはたしかにはっきりとあったので、きっと良くなると思うわ〜。
8月4日(木) 直感を信じる

今日、とてもうれしいことがありました。「こうなるといいな〜でも難しいだろうな〜」と思ってたことが、思わず実現したんです。
・・・と同時に残念なこともありました。むじろそちらのことの方が実現すると思ってたんだけど、見事にその直感はハズれました。

「直感を信じるのが大切だ」というのは、精神世界系の本には必ず載っているキーワードです。私もそうだと思います。
マインドではなく直感として感じることの中に、深いところにある真の自分が隠されていると思います。そして真の自分に触れ、理解することがすべてにおいて大切だとも思います。
しかし今日のように、直感してたことがいつもそのとおりになるとは限らない!そもそも感じることが、マインドからの声なのか直感なのか(エゴからの声なのか愛からの声なのか)判断すら難しい。

なんとなく思うんですけど、直感って「いまこの瞬間に感じること」じゃないかな〜。「直に感じる」と書いて直感だし。で、人間の思考や感情は瞬間瞬間に変化していますから、さっき直感したことが今もそのとおりに感じるとは限らないんじゃないかな〜。肉体のような有機体は変化するには時間を有しますが、思考や感情のようなエネルギー体は瞬間的に変化するというのは、そういうことなんでしょう。
そうなると、予言とか占いというのがますます意味を持たなくなってきます。「今のあなたは○○になれるエネルギーを持っているけど、明日のあなたは分からない。」なんて占いされても、それじゃ占いに来てる意味ないじゃん。

でもだから直感を信じないとか、直感を信じても意味がないのではありません。直感を信じるということは、今の自分を信じるということです。だって過去の自分を信じてもそれこそ意味ないし、未来の自分を信じることは不可能です。未来の自分を信じてるような気がするのは、文字通り未来の自分を信じているわけではなく、未来の自分を信じている今の自分を信じてるんです。だから結局信じてるのは今の自分。
とういうことは、「今の自分がすべて」という精神世界では必ず出てくるキーワードも納得。

気が変わりやすい気分屋って言ったらなんかすごくカルい奴みたいですが(笑)。それが人間というものではないかと・・・。
8月3日(水) 年が明けて今感じること

マヤのお正月(=7月26日)に始めて以来、久々にブログに書き込んでみました。あちらは画像が貼れるのが楽しいですね。ボトルのことを書いているので、良かったら読んでみてくださいませ。こちらからどうぞ→http://amarlie.cocolog-nifty.com/blog/.

年が明けてから、生徒さんたちにもそれぞれいろいろなことが起きているようです。
オーラソーマ・スクールの卒業生の生徒さん達からわりとちょくちょく近況報告的なメールをもらうのですが、私はそれを読むのがホントに楽しみで楽しみで・・・。学んだだけではなくオーラソーマを実際に活用してくれているということ・そして自分や周囲の人に役に立っているということ。いつも良い報告ばかりというわけではありませんが、いづれにせよ生徒さんが自分ときちんと向き合っているということがとてもうれしいです。だって夢を叶えるとか幸せになるとか、誰かに幸せになって欲しいと願うことすら、そのすべては「自分を知る」ことから始まるんですもの。

で、年明けからの私はというと、これといった変化もなくむしろ妙に静かな日々が続いています。これも今使ってるバイオレット効果なのかしらん。
そして何も展開がない(ように感じる)ことに対する不安や焦りの感情があります。「年が明けたんだからなんかあってもいいでしょ〜!?」みたいな(苦笑)。これってまさにスピリチュアルエゴってやつですかっ!?年が明けてまだ1週間しかたってないのにね。

マヤ暦の1月(「磁気の月」と言う)のテーマは「私の今年の目的は何か?」です。
本を読むと、「1という数字は対象を持たないから、まだそれ自体を自覚することはできない。自分と他者の境界が希薄になることで、より大きな全体としての自分が生まれ変わる可能性が生じるのである。そして、今月は4次元の時間パルサーの月なので、3次元的にはまだ認識できない。それは2の月からのことである。」と、書いてありました。

マヤを知らない人にはなんのことやらさっぱり、な話ですみません。でも今の私ってまさにこういう気分。
妙な感覚だけはあるのよ、胸騒ぎのような感覚だけは。とりあえず今はそれに意識を集中して、展開を見守るしかできないのかな〜。この感覚が来月以降でどう具体化されてゆくのか。
だからここのところ「信頼せよ」ばっかり言われるのかな〜。焦ってもしょうがない!?.
8月2日(火) ちょっとずつ

私ったら昨日の日記に「愛とは行為ではなく状態だ」なんてエラソーに書いてますが、もちろん本当にそうだと思ってるから書いているのは間違いありません。でも、「では自分が常にそうであるか?」と聞かれたら、NOと答えざるを得ません。

時々はそうであるとは言えます。「愛とは行為ではなく状態だ」なんて10年前はよく分からなかったけど、今はよく分かります。それを実感できるときがしばしばあるからです。そして実感できるようになってみて初めて分かるのは、「それは今までもずっといつもそこにあったんだ」ということ。ただ、あることに気づかなかっただけなんだということです。

一度でも「状態」の自分を知ると、「行為」になってる自分のことも分かるようになります。そして分かれば分かるほど、「行為」の自分を「状態」の自分に変えていくこともできるようになってきます。徐々に(良い意味での)セルフコントロールができるようになってくるのです。

私も今だって、「行為」と「状態」の間をいったりきたりしています。
今は、「行為」の中にいる人を見て、「状態」の方に向けさせようとしている自分がいます。でもそれは私のエゴであり、本当に「状態」の自分であれば、その人が自分のペース・自分の力で「状態」の自分に気づくのを一緒にそばにいて見守っているだけでよいはず。それが「状態」の状態なはず(ややこしーなー)。
本当に愛から発する行為ならいいけど、一見愛とか親切のように思えて実はエゴから発する行為に要注意!です。

なので、できるだけ「状態」でいれるようにまだまだ練習中〜。
8月1日(月) 愛とは

今年の4月にダライ・ラマが来日していましたよね。両国の国技館で講演会があってすごく行きたかったんだけど、仕事で行けませんでした。悔やまれます(涙)。
今日読んでいたとある雑誌に、その来日講演会のときのことが書いてありました。その中で一番心に残った一文は、「表面的には相手のためにと言いながら、実は自分の利益やエゴからする(一見)優しい行為は暴力とも言える。反対に、相手のために愛を持って叱ったりすることは非暴力と言える」です。

オーラソーマのコンサルテーションで一番大事なことは、クライアントさんの心理状態を当てることでもないし、もっともらしいことをアドバイスしたりすることではないと思います。
一番大事なのは「愛を持って一緒にいること」ではないかしら。だって愛とは、行為ではなく状態のことをいうのだと思いますもん。

好きな人が自分にマメに連絡してくれたりとか、プレゼントしてくれたりとか、優しい言葉をかけてくれたりとか・・・。もちろんその行為に愛が伴っていれば良いんです。でも愛がないのに行為だけはもっともらしいことをされると、愛に飢えてるときなんかはついホロッといってしまうかもしれませんが、そのあとに虚しさが倍になって返ってきますよね〜。
逆に、誰かに対して利害関係から優しく接していても、やっぱりだんだん虚しくなってきませんかね〜。虚しいしつまらない。

では「愛」という目に見えないものをどこまでどうやって信じて与え受け入れてゆけば良いのか・・・。だから今「ハートを開く」の時代なんだと思いますよー。「考える」だけではなく「感じる」が大事だと思います。
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