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6月30日(木) ボトル大好き!

1ヶ月ほど前に他校でレベル1を学んだという人がコンサルを受けに来てくれました。その人はコース以来久しぶりにボトルを見たらしく、「綺麗ですよね〜」なんて言いながらずーっと黙ってボトルを眺めているので、私もあえて話しかけずにいたら時間が過ぎてしまい、結局コンサルしませんでした(笑)。1時間あったのにね(これは笑い話にできるレベルの話ですからご心配なく)。

でもその気持ち、分かるわ〜。
私なんて毎日ボトルを見てるのに、相変わらずうっとりしちゃいますもん。ボトルを前にしているだけで、すっごく気持ちが癒されます。これは私だけでなく、みんなが言っていることでもありますが。いつまで見ていても全然飽きないし、見ているとボトルがいろんなことを話しかけてくれます。慰めてくれるし、笑わせてくれるし、励ましてもくれます。

昨日まで6日間コースでした。コース中はボトルもフル回転の大活躍なので、コースが終わった後は感謝とねぎらいの気持ちを込めて全部のボトルを浄化します(いつも浄化はしてるけど全部とはなかなかいかなくて)。「お疲れ!」てなカンジです。今日なんて、歌のプレゼントもしちゃった。最近お気に入りの歌を「良い歌でしょう〜」なんて言いながら(←バカ)。

私はボトルの浄化をしているときが大好きー。ボトルの浄化って淡々とした作業だから、なんか自分が無の状態になってるような気もするし、シンプルに楽しいんですよねー。浄化するとホントにボトルが綺麗になって「ありがとな!」と言ってくれてる気もするし。自分も浄化されて綺麗になる気もします。

コース中に、こちらから「浄化してください」と言わなくても、すすんでボトルの浄化をしてくれる生徒さんがいましたが、いやー、うれしいなー。
ボトルを愛する気持ちが浄化しようという気持ちになったんだと思うけど、こういうことってホントはこちらから強制するものでないし、自然にそういう気持ちになってくれたならそれが一番ですもんね。
6月29日(水) 自分は素晴らしい

マヤ的には今月は13月で、グレゴリオ暦で言うところの師走(12月)です。なのでマヤにはまっている今の私の感覚だと、今年もいよいよ大詰めです。今月のテーマは「私の歓びと愛をどのように広げるのか?」

今日でレベル1のコースが終了しました。今回も濃〜いコースだったー。そして今回のコースを終えて、自分がティーチャーをやっている理由がまたひとつ分かりました。
私は別にオーラソーマのメソッドを教えたいだけじゃないんです。ティーチャーをやっている究極の理由は、ひとりでもたくさんの人に「自分の素晴らしさ」に気がついて欲しいからなんですよ。

「自分ってなんて素敵な人なのかしら!」
「自分ってなんてユニークなんだろう!」
「自分ってなんて優しいのかしら!」
「自分ってなんて魅力的なのかしら!」etc・・・・・

・・・こうして人前で宣言するのは、かなり勇気がいります。いつでも自分のことをこう思えているわけではとてもとてもありませんが、けっこう本気でこう思える今の私(笑)。昔の、すべてにおいて自信のなかった私とは180度路線変更ですね〜。いや、今だって自信喪失するときはしょっちゅうあるけど。
でもね、自分のことを少しでも本気で(本気でってとこがミソ)こう思えると、不思議と人のこともそう思えてきます。自信なさ気な人を見ると「この人はこんなに素敵な人なのにな〜」なんて思っちゃう。

コースを受けることで、生徒さんがオーラソーマを好きになってくれれば、そりゃあとてもうれしいです。でももしかしてそれよりももっと、生徒さん自身がすこしでも自分のことを「こんな自分もいいな」と思えるきっかけになってくれたら、すんごくうれしいっ!

「私の歓びと愛をどのように広げるのか?」。さて、今月はどうなることやら(笑)。
6月28日(火) 精神世界の住人ってだめ?

クライアントさんの中に、「自分は精神世界に興味があるんだけど周囲の人に引かれちゃうのが怖いから、電車の中や会社の昼休みや喫茶店でそのテの本を読むときは必ずカバーをかけて読むんです」という人がいます。今、そういう人けっこういるんだろうなー。でも私正直言って、なんで自分が精神世界に興味があることを隠そうとするのか分からないよ。だって別に引かれないもん。

私自身は思いっきり精神世界の住人です(宣言!)。しかし私の一番身近な人たち、例えばだんなさん、両親、学生時代からの友人達、サラリーマン時代の友人達。み〜んな精神世界とか聞くと「アヤシー」なんて言ってます。そしてみんな私がそういうことに興味があってそのテのセミナーに出たりしてるのも知ってるし、もちろん今の私の職業だって知ってるけど、誰もそのことで私を避けたりしてないよ。私もあえて彼らをその世界に誘い込もうとはしないし、でも隠したりもしてない。電車の中や喫茶店等公共の場でそのテの本を読むのも、堂々としたものです(笑)。

今でこそオーラソーマの世界では精神世界の話をしても受け入れる人たちが大勢いますが、一歩外の世界に出ればまだまだ私達はマイノリティです。それは分かってるつもりです。

私にとっては精神世界は現実です。「こういう世界があるといいな」ではなく現実世界とはそういう世界なんだという確信があります。なんら現実離れした世界ではありません。そして私は自分のことを、精神世界に興味のない人たちとなんの変わりもないごく普通の感覚を持った普通の人間だと思ってます。だから引かれないのかな〜とも思います。

精神世界と現実的な事柄は別々のものではなく同じことなんです。このふたつを分けて考えること自体がナンセンスなのよ〜。どちらも大事。
6月27日(月) ハートのコンサル

最近改めてオーラソーマのコンサルテーションの奥深さを感じています。
ティーチャーになって今更そんなこと言うとは何事だ、とは言わないでね。人間の奥深さに限りがないように、オーラソーマの学びには終わりはないのです。

クライアントさんが選んだボトルはクライアントさん自身を現す鏡のようなものです。最近ホントにつくづくそう感じるのです。

ボトルをじ〜っと眺めていると、あたかもボトルに人格があるかのように、いろいろなことを雄弁に語ってくれます。ときには厳しくも優しく、ときにはユーモアたっぷりに。
同じボトルでもそのときによって語ってくれることが違うし、選ぶ人によっても違います。当然ですよね。1本のボトルが一人の人間を現わす鏡なら、ひとりの人間にひとつの側面しかないはずはないし、同じ人でもそのときによって感情も体調も違う。

だからコンサルテーションはマニュアルだけではないんです。人間はそんなに単調なものではないのですもん。
ではどうすればよいのか?
プラクティショナーによっていろいろな考えがあるでしょうが私が考えるところでは、「自分のハートを開いて、クライアントさんをハートで見ること・感じること」が大事だと思います。ハートを開くとは、心を開くこと・オープンでいること。
誰だって心を開いていない人に自分の心を開きたいとは思わないですよね。コンサルテーションの場であれば尚更、プラクティショナーである自分からまず心を開くこと。ああ、これは私の課題でもあります〜。
6月25日(土) 創始の年

マヤ暦には、一番有名な28日・13ヶ月を1年とする単位以外にも、大小いろいろなサイクルがあります。年単位で見ても、1年・4年・13年・20年などなど。それらをすべて合わせて見るのはまだ私にはできませんが、4年単位のサイクルは色によってわけられているので、わりとイメージしやすいのです。
私の場合生まれた年の色は「白」なのですが(何色から始まるかは人によって違う)、あとは1年ごとに「青」「黄」「赤」「白」「青」「黄」「赤」・・・と繰り返すのです。各色が意味するところは、「赤」=創始、「白」=洗練、「青」=変容、「黄」=熟成です。
今日仕事帰りにファミレスで計算機片手に、マヤ暦的な私の今までの人生を4年単位の色ごとに振り返ってみました。すると不思議な法則を発見!

人生での大きな出来事のほとんどが「赤」=創始の年に集中していたのです。
3歳・・引越し、7歳・・引越し、11歳・・その後の人生を変える映画に出会う、15歳・・初の海外旅行、19歳・・その後の人生を変える病気になる、23歳・・初めてまともな恋人ができる、27歳・・その後の人生を変える1ヶ月ヨーロッパ一人旅、31歳・・その後の人生を変える職業に就く、35歳・・その後の人生を変えるシャスタ山への旅。ね、その後の人生を変える出来事ばっかりでしょ(笑)。
これ以外でその後の人生を変えるような出来事は、アマーリエを開業したことがありますが、これは色で言うと「青」=変容の年に当たるのです。ということは私にとって開業は、「創始」というよりも「変容」を意味していたのかもしれません。

次回の「赤」の年は今年の10月の誕生日から始まります。5月のスペイン研修旅行で、すごーく大きなものをひとつ片付けてきた感触がありますが、そのことが次なる「創始」のための準備のような気がしてなりません。一体どんな自分が始まるのかしら。ワクワクします〜。
6月24日(金) 流れを信頼する

おとといの日記に、「私はティーチャーになろう!」と強い気持ちがあってティーチャーになったわけではなく、自分に向いていることを楽しみながらやっていた流れの結果として、今ティーチャーをやっている・・・みたいなことを書きました。でもそこに自分の意志がなかったわけじゃありませんよ。よくアイドルが言う「友達に誘われてなんとなくオーディションを受けたら受かっちゃったんですぅ」みたいのとは違います(笑)。

こういう生徒さんがいます。「最近までサラリーマンだったけど、すぱっと辞めて今ヒーリングの勉強をしています。なにか、そういう道へ進むように(誰かに)引っ張られているような気がしているし、自分もやる気はあるし、きっと上手くいくという確信もあるのに、そのわりに物事が上手く進まない。いったい自分は本当はどうしたいんだろうか、どうするべきなんだろうかが、最近分からなくなってきました」

私もそういう時期ありましたよ。
ティーチャーになろうと決めて、論文にも受かり資格も取った。なにか予感のようなものですがでも確かに上手くいくという確信めいた感覚もあったんです。なのに上手く進まない。なかなかティーチャーとして活動していけるだけの環境が整わなかったんです。自分もそのために動いているのに、上手く物事が進まないんです。
そんな状況が半年も続いたので、ついには「こういうときってミラクルの連続だったり、面白いように物事が上手く運んだりするんじゃないのー!?」と、なんかの本の読みすぎだろ!と突っ込まれそうなことばっかり考えて、「もしかしてやっぱりこれは自分の本当の道ではないんじゃないだろうか」と疑いだしたりしました。

今思えば、あれは「試し」の期間だったんじゃないかなと思います。自分の信念や直感を信頼する練習を(誰かに)させられていたように思います。
あそこで諦めてたら今の状況はなかった。時には辛抱強く物事のタイミングを「待つ」こともできるようになる必要があると知りました。人生にはそういう時期もあるんだな〜と思いました。
もしまた「待つ」時期が来ても、今度はもう少しリラックスしながら待てそうだもん。「流れを信頼する」ですね。
6月23日(木) 怖いこと

朝、通勤路の途中で小さな交差点を渡ろうとしたとき、信号無視で走りすぎていく車がいました。私の前で信号を渡っていた男の人の目の前をかすめるように走りすぎようとしている車。「危なーい!」と思いましたよ、私も!
しかし次の瞬間、その男の人が車の横っ腹を思いっきり足でガーンと蹴っ飛ばしたんです。そして鬼の形相で「×××!!!」とものすごい暴言を吐きました。そしたら車を運転していた男の人も振り返ってなにやら叫び返していました。逆切れです、あああ。

それはホントに一瞬の出来事でしたが、その瞬間私の胸がキューンと縮こまってしまったのを強く感じました。胸が痛むとはこういう感覚ですよね。この感覚は子供の頃しょっちゅう味わっていたなーと、思い出しました。

私が小さい頃、親がよくケンカしていました。ケンカというより、父親が母親を一方的に叱り飛ばしていたかんじです(今は全然ケンカしないけど)。
そんな時私は、息を潜めて自室にこもっていましたねー。「やめて〜」とか言えなかった。だって私も父親が怖かったし。そうかといって母を慰めてあげることもできませんでした。泣きもしない。なんか、自分の感情を自らマヒさせてたようなカンジでした。

今もその感覚は残っています。なので、朝のような場面に遭遇すると胸がキューン縮こまるのかな。
「お願い、憎しみあうのはやめてください〜」。こんな私はやっぱりブルーの人なんですね〜。
6月22日(水) どうなんでしょう?

生徒さんに「開業するのって勇気がいったんじゃないですか?」と聞かれました。さて、どうなんでしょう?

多分、従業員を抱えていたり借金をしたりしていたら、ものすごいプレッシャーを感じていたと思います。今私は、私自身とその状況を心底楽しめていますが、そんな余裕はとてもなかったでしょう。だから開業しても上手くいかなかったかもしれません。

それまでいくつかの職業や会社の中で働いていて、何かあったときに自分以外の人に対しても責任を負わなければいけないような立場にいると、途端にカチカチに固まって力を発揮できなくなってしまう。反対に、何があっても自分だけが責任を負えば良い立場にいると、水を得た魚のように(笑)のびのびと力を発揮する性格だということは分かったんです。要するに気が小さいのよね〜。

しかし以前は、そんな自分の性格をなんとかして直そうとがんばっちゃってたので、人に対して責任を取らなきゃいけないような立場の仕事をあえてしては、玉砕して傷つきボロボロになり自信喪失し、でもまた立ち上がり、そしてまた玉砕しまた立ち上がりまた玉砕し・・・・・・・あー、エンドレス。で、ついにあるとき諦めがついたんですよねー「もうこういうことは自分には無理だ」って。
諦めというか、「こういうことをするのは自分には向かない。向いていないことに努力しても一向に上手くいかないし楽しくもない。自分に向かないことがはっきり分かったら、向いていることもはっきりした。そもそも自分が持っていないものは人にあげられない。ならば自分が持っているもの(=向いているもの)を磨いていこう」と悟ったんです。

そう悟って、向いていることをやっていたら、開業ってことになったんです。だから勇気がいったのかと聞かれても「さて、どうなんでしょう?」ってことになっちゃうんです〜。
6月21日(火) 最近気になるもの

ずばり!「布ナプキン」です。
友人がこれの愛用者だと聞いて、私はその存在を始めて知り、俄然興味を持っちゃったんですぅ。だってその友人曰く「布ナプキンに替えて以来生理が狂わないし、痛みも軽くなったし、かゆみもないし、生理期間も3日ですっきり終わるようになってラク。使い方も慣れれば全然難しくないし」って言うんですものー。
それに、使い捨てじゃないから経済的だし、環境的にも良いし、体にもとても良さそう。ネットとかで調べてみると、ナプキンのダイオキシンってけっこう怖いみたいなのよー。私は昔から生理2日目くらいに、ナプキンがあたっている肌の部分が痛くなるのですが、それってなんでだろうと思ってはいたんだけど、もしかしてこういう時は布ナプキンにした方がよいのかしらん。

でも一方では「汚れないかしら?」「清潔なのかしら?」「面倒じゃないかしら?」など、心配な面もあります。なによりも生理用品を使い捨てないということ自体が、最初聞いたときはかな〜りヒキましたよ、正直言って。

でもでもやっぱり使ってみたい!最近地球に目覚めちゃった私。自然のリズムを取り戻すことの良さに目覚めてしまった私。

使い始めてみたら、またこの日記上で使用レポしますね。どうなのかしら〜ちょっとコワいけど〜。
6月20日(月) 「学ぶ」わけじゃなくて

今日、マヤ暦のガイドブックを読んでいたら「マヤ暦は教えてもらうものではなく、貴方の自由意志で能動的に学び楽しむ中で身につくものです。貴方は日々、時間の中を生きています。これまで生きてきた中で体験してきたことそのものが、教えです」と、書いてありました。

そう考えるとマヤとオーラソーマって似てるなと思います。

オーラソーマも「学ぶ」という感覚のものではないと、(少なくとも私は)考えています。つまりは自分しだいでなんです。
上記の言葉を借りれば、「オーラソーマは教えてもらうものではなく、貴方の自由意志で能動的に学び楽しむ中で身につくものです。貴方は日々、色の中で生きています。これまで生きてきた中で体験してきたことそのものが、教えです」。ね、全くそのとうりっ!
だって「色」なんて、日常の中にいくらでもあるものでしょ。あるどころか、私たちはいまだかつて色のない世界に存在したことはないはずです。それを意識するだけで世界感が変わります。そして、意識しないでいたらいままでのままです。意識して世界を変えるか、意識しないでいて今までどおりでいるかは、自分の自由意志です。誰が代わりにやってくれるわけでもありません。

オーラソーマって本質的にはとてもシンプルなものだと思います。簡単とか単純とかいうとの違うけど、シンプルで且つとても奥が深いものです。果てがないくらいに深い。全く持って人間とは、そして生きるとはこういうものですよね。

なのでオーラソーマを学ぶということは、人間とは?生きるとは?を学ぶことであり、ひいては自分を学ぶことであります。でも、自分ってそもそも学んで知るものじゃないでしょ。つまりオーラソーマは「学ぶ」ものとはちょっと違うんですねー。
6月19日(日) 新たな始まり

オーラソーマのある生徒さんが「オーラソーマを学んでから、自分に対しての考え方というか人に対してというか世界に対してというか、とにかく考え方が変わってきました。」と言っていました。

何がうれしいって、ティーチャーやっててコレを言ってもらえるのが一番うれしいです。ティーチャーやってて良かった〜と思います。

私自身がかつて、毎日が辛くて辛くてたまらなかった時期を過ごしました。あまりに辛かったので、なんとかしてそんな状況(自分)を変えたいと思って、いろいろなセラピーをやってきた。そして今、自分をとても幸せだと思える自分がいます。
そんな経験を誰かと分かち合いたいというのが、ティーチャーをやっている理由なので、分かち合えたと思えるととてもうれしいし、充実感を感じます。

おとといの日記にも書いたエンジェルカードで引いた「ティーチング&ラーニング」。そして今日でマヤ暦の11月第3週が終わりました。第3週のテーマは「変容」。
ああ、なんかもう以前から知っていたと思っていたことに、まだまだ奥があることが分かってきました。スペインから帰って、人生新たな始まりのときを迎えたなーという実感を日に日に感じている今日この頃です。
6月17日(金)  エンジェルカード

先月のスペイン研修で一緒だったオーラソーマのティーチャー友達と会って、最近発売したという「大天使カード」を引いて遊んでいました。そのとき私が引いたカードは「ティーチング&ラーニング(教えて学ぶ)」でした。
カードの意味を要約すると「教えることであなたも学び、それがさらに人に教えることに繋がる」みたいなかんじでした、うれしー。

だってそれはまさに今私が実践していることであり、目指していることでもあるからです。私が今ティーチャー業をしているのは、ただ自己満足だけのために教えているわけではないし、ひたすら他人のためにやっているわけでもありません。誰のためっていう感覚がそもそもあんまりないのですが、あえて言えばお互いのためってとこですかね〜。

友達とも話していたのですが、自分がシフトアップ(=魂の成長)すればするほど、周りの人もそのエネルギーに引き上げられるようにして、シフトアップしてゆくみたいです。シフトアップすればするほどエネルギーは強くなっていくから、低いエネルギーに負けないんですよ〜。むしろ人のエネルギーも引き上げることができるみたい。最近ますますそのことに確信を持っています。

だからやっぱりみんな、もっと自分のために生きていいんです。もちろん、他人のために何かしたい人は、そうすることが自分のために生きることなのだから、そうすればいい。そのときは他人に見返りを求めないことです。もし、他人のためと言いながらどこかで見返りを求めている自分がいたら、それは自分のためじゃないってことですものね。

それにしてもエンジェルカードって面白いですよね。実はここ2,3日引越しを考え始めているのですが、夕べ自分が持っているカードを引いたらズバリ!「引越し、いいわよ〜」のカードが出ちゃいました(笑)。やっぱり引っ越そうかな〜。
6月16日(金) この世に被害者はいない

ものごとが起きるときには、その現実を「起こす」側と、その現実を起こすのを「許可する」側がいて、それがどんなに自分が被害者だと感じるような出来事でも、必ずそこには魂レベルでの双方の了承があるんです。

例えば先日の私。お客様が遅刻してきたことが原因で、その後のスケジュールが大変だったりイライラさせられたりしました。イライラしたということは、この件に関しては自分に非はないから、自分は被害者だと思っていたということです。
しかし魂レベルでは、お客様にはお客様で「遅刻をした」魂レベルでの理由があったはずだし、私には私で「それを許可した」理由があったはずなんです。その双方の理由がぴったり噛み合った結果として、そのような現実が起きたんです。その現実を起こすことで、お互いが何がしかの魂の学びをしようとしたはずなんです。

その学びの理由が分かってきちんと双方が学べたとき、その現実が変わってゆくんですよねー。
ちなみに今の私は、今回の件に関してはいまだ完全に学び終わってはいません(えーん)。
6月15日(水) すごいすごい

最近の日記で分からないと書いていた、マヤ暦でいうところの先週のテーマ「洗練」の意味が分かりました!ついでに、先週人の話を聞く機会がやたらと多かった理由も分かりました!
今月のテーマ「生きとし生けるものに自分自身を如何に捧げるか?」を「洗練」することを学ぶために人の話ばっかり聞かされていたんですよ〜。そして今日受け取ったそれに対する回答は「マインドではなくハートで聞くこと」でした。「ただ聞くこと」でもあります。

これはプラクティショナーにはとても大切なこと。次回の勉強会でこれの練習をしようとちょうど思ってたんです。「ハートでコンサルする」の練習。それを自分自身で今一度確認するために、先週はひたすら人の話を聞かされてばっかりいました。聞きながら頭の中であれこれ判断して自分が疲れちゃったりしてたけど、そうですね、まず自分が「ハートを開いてただ聞く」ことを思い出さなければいけなかったんですね。それが「洗練」なんですね。

あー、なんか上手く伝えられない。こういうことは本当に言葉で使えるのは難しい。私の文章力もつたないですが。とにかくそういうことだったんですよ!

あああ、ただこれはほんの一例で、今日1日の中でそれに気づかせるような出来事が(ひとつひとつは細かいことなんだけど)いっぱいあったので、全部はとてもとても書ききれませんー。
でもすごいすごい、展開早過ぎ。
6月14日(火) レスポンス早過ぎ

今日はなんかムチャクチャな1日でした。

まず目覚めが悪かった。飛行機が私のいるビルに追突してくるという、どこかで実際あった話のような夢を見てしまいました。

次に、ご予約のお客様が1時間20分遅刻してきました。
いつもご予約を受けるときは、メニューに書いてある時間よりもかなり余裕を持たせて次のご予約を受けるようにしています。お客様にゆっくりしていただきたいのと、自分自身がより良いセッションをするためと、お客様が遅刻する可能性を踏まえてです。しかし1時間20分も遅れてしまっては・・・。
たまたま後のご予約が続いていなかったからそれでもキャンセルさせずにお受けできたものの、ものすごい急ピッチになってしまってなんだか申し訳ない気分になってしまいました。でも考えてみれば、私、悪くないよね?なんて、自分に確認しちゃったりして。

さらに、1週間くらい前に問い合わせのメールをくださったお客様に返事を出すのを忘れてしまっていて、その方から「残念」な旨のメールをいただいて、返事を出していなかったことに気づいたんです。すぐにお詫びの返信はしましたが、気分は重く。

他人のミス(=遅刻)に気分を悪くしたと思ったら、その日のうちに今度は自分のミス(=返信し忘れ)で他人の気分を悪くさせてしまった。これってまさに昨日の日記に書いた「報復の連鎖」です。
ホント、今ってレスポンスが早いなー。まだ昨日の事にだって心の整理がついてないのに、時代のスピードに意識が追いつかなくなりそう。
6月13日(月) 仕返し

今日の帰路はちょうど夜のラッシュ時間にあたりました。
私が電車に乗ったときは空いていたけど、座って寝ていて降りるひとつ手前の駅で目が覚めたときには、朝のラッシュ並みに混んでいたんです。
なので、早々と席をたちドアまで行こうとしたものの、人がすごい上に誰も道を空けてくれないからなかなかたどり着かない。でも「次の駅に着いたらみんな道を空けてくれるよね」と思い、ドアまであと2mくらいのところに立っていました。
やがて降りる駅に着きドアまで行こうとしたのですが、なんと!だぁれも道を譲ってくれないんです。私が降りようとしているって分かっているだろうに、完全無視です。「すいませ〜ん」と言ってるのに「降りたきゃ私を押しのけていきなさい。私はどかないからね」と言わんばかりです。
私はついカーッとなって「そっちがその気なら(←その気かどうかは分かりませんが、苦)こっちだって」と、目の前の人を一人ずつ押しのけ押しのけ、最後に黒いトートバッグを下げたOLさんのそのトートバッグを肩で思い切り押しやって、やっとホームに降りました。
しかし次の瞬間!!なんともいえないいや〜な空気が私の上から下から左右からやってきて、ものすごい重苦しい気分になってしまいました。

電車の中での私の気持ちは「降りる人がいるのにどいてくれないなんてっ。そっちがそういう態度ならこっちだってやってやる。」でした。

これこれ、これやっちゃいけないのにやっちゃったー。
不快な思いをさせられたと感じたときにやり返してしまったら、堂々巡りで終わらなくなってしまいます。9.11の時によく言われていた言葉「報復の連鎖」になってしまうんです。そうなったら誰かが終わらせなければいけないんです。「でも自分から終わらせるのはいや。だって自分は悪くないし」じゃないの。
あのころ坂本龍一が訴えていた「報復しない勇気」が今とても大事です。これ、自分に言い聞かせてます(苦)。
6月12日(日) 1週間が終わった

マヤ暦でいうところの(最近マヤの話ばっかり)12月の第2週が終わりました。12月のテーマは「生きとし生けるすべてに自分をいかに捧げるのか」。そして第2週のテーマカラーは「白」・白が意味するところは「今月のテーマをいかに洗練させてゆくか」です。
この「洗練」の意味が正直言ってまだよく分かりません。

日記に書いていたように、今週はやけに人の話を聞いている時間が長かったです。でもそのことと「洗練」がなにか関係しているのかどうか?いや、なにがしかの関係があるとは思っているんです。この世に偶然はないから。ただ、どんな関係があるのかが、まだ分からないんです。
あー、もどかしい!

オーラソーマだったら、今の私はもうずいぶんいろいろ経験してきているので、「このボトルを選んでいるということは今はこうなのね〜」とか「こうすればよいのね〜」なんて、潜在的に繋がりやすいのですが(だから現実の展開が速いのなんの)、マヤはまだまだこれからですねー。

マヤにしろオーラソーマにしろ、こういうことは終わりのない学びだから、オーラソーマにしたっていまだに日々新しい発見があるし、「ここまでやれば完璧!」なんてラインはありません。でもだからこそいつまでやってても飽きないし、むしろ知れば知るほど面白いんですよね。人間って奥深い生き物です。

ボトルは、もう何年もの間ほとんど毎日見ているけど、全く飽きない。飽きるどころか常にうっとり眺めて心躍らせている自分がいます。すごいなー。
6月11日(土) 潜在意識に働きかける

今日のオーラソーマの勉強会である生徒さんが「コンサルテーションで言われたことってそのときはよく分からなくても、数ヵ月後に「あのとき言われたことってこういうことだったのかー」と腑に落ちることが多い」と言っていました。
そうそう、そのとうり!と思います。

オーラソーマの4本のボトルに現される自分は潜在意識の(本当の)自分の姿だから、コンサルの内容はそのとき頭で考えてもよく分からなかったりします。でもボトルを使ったりすることで、潜在意識の自分には確実にコンサルの内容が作用してゆくのです。そうして潜在意識の自分が変化すると、意識的に気づくより先に現実が変化し始めて、それによって後から顕在意識の自分にも気づきがやってくる(腑に落ちる)・・・ということが起きるんです。

顕在意識の自分よりも潜在意識の自分の方が、現実的により強い影響を及ぼすのですね。
でも潜在意識はあくまでも「潜在」だから、いくら頭で考えていてもなかなかそれに気づきにくい。じゃあどうやって潜在意識の自分を変化させられるのか?

そんなときにオーラソーマの出番です!ボトルは潜在意識の自分にとても大きな作用を及ぼします。
こればっかりはいくら口で説明しても分からないと思う。けど、本当にそうなんですよ。
6月9日(木) マヤ暦で生きてみる

今日はマヤ暦でいうところの12月10日。今月のテーマは「生きとし生けるすべてに自分をいかに捧げるのか」。そして今週のテーマは「今月のテーマをいかに洗練させてゆくか」です。

・・・などと最近は日々マヤ暦を意識しながら過ごしているのですが、(マヤ暦的に言うところの)今週に入ってから、やたらと人の話を聞く機会が増えています。仕事の中で話を聞く機会はたくさんありますが、プライベートな時間の中でこんなにしょっちゅう人の話を聞いてばっかりいることはそうはないです。愚痴を聞いたり相談を受けたり・・・。
いつもならあまりにも自分が疲れそうなときはけっこう断っちゃうんですが、今月はとにかく「奉仕」「献身」「協力」をモットーに自分を人に捧げることを決めているので、どんな話も聞くのを断らずにいるのです。それを実行してみたら1ヵ月後に一体自分がどうなるのかな〜ということに、非常に興味があるので。しかしそんなこんなしていたら、今度は少々イライラさせる人間関係が出現してきました。

まるで、私が本当に本当に今月のテーマを貫くことを試されているようなかんじがします。
だって本当に自分を人に捧げていられたらイライラなんかしないはず。それでもイライラするのは何故か・その根本的な原因を見つめていく必要があるみたい。それが「洗練」ということなのでしょうか。

まだよく分かんないけど、とにかくやってみる、ですね。でもマヤって意識してみると本当に面白いです。
6月8日(水) 地球のため

一体どうしちゃったのでしょう、最近の私。

私はまず「自分が楽しむ」がモットーの人間です。社会貢献とか奉仕とかあんまり興味ないし(笑)。
なのに最近私が自分について思うことといえば、「他人のために何ができるか?」とかもっと言えば「地球のため・人類のために今自分ができることは何か?」なんですよねー。そういう基準で考えると、ますます今自分がやっていることは正しいんだと感じられます。人の意識を変えること。オーラソーマはそのためにとても良いツールですもん。
もちろん誰もがそれぞれの使命というものがあるはずです。私の場合はたまたまそれだっただけのことです。

とすると、もし人間の意識がもっと進化して地球が本当の意味で平和になったら、私は今の仕事はしなくなるんだろうな〜とも思ったんです。じゃあ、私は一体そのとき何をしたいのかしら?
そうなったら多分、涼しくて空気が綺麗で緑豊かなどこかの土地で、毎日毎日晴耕雨読の日々を過ごしていたいな〜。本を読んだり歌を歌ったり踊りを踊ったり絵を描いたりして過ごしたい。
ということはそれが私の究極の理想の生き方なのかな?やっぱり私のモットーは「自分が楽しむ」なんですね。

そんな私ですらもが「人のために」「地球のために」と考えさせられてしまう(誰にとは言いませんが)ほど、今地球はせっぱつまっているのかもしれません。いや、せっぱつまっているんです。

なんか最近日記が説教くさいなー。
6月7日(火) 男女平等

今日来てくださったクライアントさんは、会った瞬間「なんて生き生きした人なのかしら!」と、感動してしまうような人でした。
聞けば、ハワイの大学院で勉強中の元OLさん(だから年齢的には大学生よりは年上)ということでしたが、そのこんがり日焼けした小麦色の肌といい、キラキラした黒目がちな瞳といい、表情豊かな話し方といい、一言で言うなら「生命力」にあふれた感じ。そして「自分を生きている」感じもしました。そして「おおらかな女性性」も感じたなー。

その人が久しぶりに東京へ帰ってきて一番感じたのは、東京の人がみんなすごく辛そうで無理してそうだってことなんだそうです。

私はつい、その人の女性性と東京の女性の女性性を比べて考えてしまいました。だって全然違うんだもん。その人の女性性の方が明らかに「健全」で「健康的」に思えるんですよ。

そもそも何千年もの間男性が中心となって、男性的思考で築きあげてきた社会というものに女性が入っていくには、どうしたって自分の女性的な部分を曲げなければいけない。そうすると本来の自分らしくないことをしてるから、そりゃあどっかに無理が生じますよ。

どうがんばっても変えることはできない・お天気を変えようとするのと同じくらい無理な、肉体的にも精神的にも根源的に全然違う男性と女性を、男女平等の名の元に同じ条件下に置くこと自体がなんか違うと思うのだけど。

私だって心から男女平等な社会を望んでますよ。女性でいると、男には決して分からないであろう屈辱を日常のささいな所でしばしば味わいます(よね?)。
私が考える男女平等とは、男女がその違いをお互いに認め合うことです。そして、違いを認めた上でお互いを尊重しあい協力しあうことです。どっちがエラいとかじゃなくて。そんでもって、どちらもが不平等感を感じずに暮らせる新しい社会を築き上げるの。これってまさにオリーブグリーンのテーマね!
6月6日(月) 個を超えるってこういうことなのね

「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第5番」に出演しているアービン・ラズロー博士の言葉があまりにも素晴らしいので転送しちゃいます。
旅から帰ったと同時に、私はマヤ暦の28日のリズムで生きることを意識し始めました。すると、たちまち私の周囲に「地球」「自然」等のメッセージがバシバシ来るようになったのです。ラズロー博士の言葉を読んだのもそんな(単なる偶然ではない)必然の出来事のひとつです。

今、行っている全ての営みが、未来の世代に大きな影響を与えます。だからこそ、目の前の自分のことだけに夢中になるのではなく、広く、全人類のため、全ての自然のため、ガイアの全てのいのちのため、そして未来のために生きることが大切なのです。
 
 自然は無限の叡智を持っています。自分の内なる直感をもう一度信じ、自然との一体感を取りもどした時、自然の無限の叡智が自分自身のものとなります。ただ、自分自身に戻ればいいのです。
 
 激動の時代に生きていることは、実はとても素敵なことなのです。激動の時代には、バタフライ効果という現象が起こりやすい。世界のどこかで一羽の蝶が羽ばたいて起こった小さな風の変化が、次々に増幅され1週間後には、地球の裏側で台風に発達するという現象です。ほんの小さな力でも正しい時に、正しい場所で正しい方法で発揮されれば全地球規模の変化を起こしうるということなのです。ひとりひとりの中に変化を起こす力がある。力があるからこそ責任もある。未来を開く鍵は、自分の中にその力があることを知ることです。自分自身が変わることによって世界を変えるのです。〜by アービン・ラズロー
6月5日(日) ちょっとでも・・・

数日前の日記に、これからの私のテーマは「個を超える」だと書きました。

私のように我の強い人間にとってそれはかなり高度なワザ(笑)のように思えます。「個」こそが私を私たらしめている・「個」があるからこそ自分が今ここで生きている価値を認めることができる・・・。
いままでの人生では、「個」こそを自分の存在価値の一番のよりどころにしていたのですから、「個を超える」なんてそれこそ人生観の180度の大転換ですよ!そんなこと、一石二鳥にできないよー。

・・・ところが、最近「個を越える」を体感できる瞬間があるんですよ。ちょうど旅から帰ってきた頃からです。

今年の2月頃から旅に出る前までは、自分にはオレンジのテーマがありました。で、ボトルやらなんやらいろいろと取り組んでそのまま旅に出た感じだったのですが、帰ってきてなにかが変わっているのを今強く感じます。何って上手く言えないのは、やはりオレンジならでは。それはとても深い部分で起きていることなのでしょうね。だから意識的にはなんだかよく分からない、でも確実にそれが起きていることは分かるという感じです。

そうこうしているうちに最近ふとした瞬間に「あ、今個を越える感覚が来た」とはっきりと感じることが1日2,3回あるようになりました。
その感覚は本当に一瞬で消えてしまうのですが、でも今までずっとその感覚を体感したいと思いながらできすにいたものが、1日2回でも3回でも体感できるようになったのは、ものすごい進歩だと思うんですよー。

こうやって少しずつ少しずつ人はスピリチュアルに進化してゆくんですね。
6月4日(土) 意識的に生きる

オーラソーマのことをまったく知らないし興味もない母から「おとうさん(=父)が最近よく眠れないみたいだから、あなたのやってるオーラソーマとやらでなにか不眠症に良いやつをくれないかしら?」と電話がありました。

「癒し」はもはやブームではなく定着しつつあります。世界は確実に変わりつつあります。みんなどこかで知っているんです。今知っているよりもっと深いところに、まだ知らない自分がいることを。目に見える世界だけが全てではないことを。

生徒さんで、自分が辛いときにボトルにすがりたくなるような気持ちでボトルを持って寝たら、朝起きたときボトルにひびが入っていたとかね。
別に寝返りを打ってボトルを押しつぶしたわけじゃありませんよ(笑)。その人の意識がボトルになにがしかのエネルギーを与えたんです。

意識がエネルギーを持っているというのも、少しずつですが着実に浸透してきているように思います。だから自分の意識の持ち方しだいで現実を自分の思うように作っていくことも可能なんです。
だからこそ、自分にもっと意識を向けるのがとても大事!それもいつも意識している自分よりもっと深いところにある自分の潜在意識、というか自分の中にあるスピリチュアリティに意識的になることが大事ですよー!
6月3日(金) 洒落モノ

クレイジーケンバンドのライブに行ってきました。行きたいと思いつつなかなかチケットが取れずにいたのですが、念願かなってやっと行きましたよ〜、もう最高っ!
曲ももちろん良いけど、歌詞がすごく好き。めずらしく歌詞をきちんと聴きたくなる歌なんです。まあ歌詞の内容の多くは下ネタ満載、駄洒落やジョーク満載なのですが。でもそういうところが好きなんです。

私もだんなさんも持っているポリシーに似ているところがあって、それは「カッコよく生きる」なんです(笑、恥ずかしい〜)。でもじゃあ、何を持って「カッコよく生きる」ことになるのか・・・ってとこがミソですよね。

なんだろうな〜、おそらく★人のせいにしない★自分のスタイルがある★遊び心を持っている・・・といったところでしょうか。

この遊び心、私にとっては非常に大事です。横山剣さんにはこれがあるんです。だから好き、カッコ良いわ〜。今日のライブ中も涙が出るほど腹を抱えて笑いました。こんなに笑えるライブってお笑いライブでもそんなにないゼ。そして、聴かせる曲ではあの個性的な歌唱力でこれまた泣かせてくれましたよ、別の意味で。

例えば、こちらが尋ねたことにただストレートに返してくるんじゃなくて、ひねりを利かせてくる人、好きだわ〜。一筋縄ではいかない人も好き。裏を読み合うのも好きです。性格悪いかしら。
6月1日(水) 祝・1周年!

去年の今日、アマーリエはオープンしました。今日はオープン1周年です!まずは1年続けるのが目標だったので、目標達成です、わーい。

個人サロンだから、自分が体調を崩さないように自己管理をきちんとする、というのがまずありました。今こうして元気で仕事に励んでいられるので、その点はなんとか合格でしょうか。でも、一度だけ風邪でダウンしちゃってご予約をキャンセルさせてしまったのが悔やまれます。あのときのお客様、本当にすみません(苦)。

そして、赤字にならずにちゃんと利益を上げてサロンを維持する、というのが2番目。これも最初の方はギリギリだったけど、一応最近は黒字になってるのでまだ続けられそうです、ホ。来てくれた方たち、感謝感激です〜。
不思議だなーと思うのはオープン当初、まだHPもサイト登録できていなくてお客様が少なかった頃に、立て続けに雑誌の取材をうけたことです。あれがあったからお客様がたくさん来てくださったし、なんとかギリギリでもサロンを維持できたんだと思います。サイト登録できてHPからのお客様が増えてからは、何故か雑誌の取材のお話が来なくなりました。
むしろ今の方が雑誌社の人にHPを見てもらえるチャンスはあるだろうに、何故かパタッとこない。いや、取材のお話が来たこと自体が奇跡的だったのかも・・・と思うんです。ありがと〜。

そして、いつでもまず自分が楽しんでいられるか、ということ。これは100%文句ナシ。

そして、どれだけ人に貢献できたか、ということ。これは私が決めることじゃないと思うので、どうなんでしょうか?

また1年続けるのが今の目標です。そしてこれからの1年は、自分が楽しむ→人に貢献する、に私の意識がもっとシフトしていきそうです。
これからもよろしくお願いいたします!