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4月30日(土) ブルー

オーラソーマで、ブルーのテーマに「大いなる意志が私たちを通してなされる」というのがあります。

私は今、オーラソーマのティーチャーを職業としていますが、なりたくてなったのかと言われるとちょっと違うと感じます。
もちろんなりたくなかったわけではありません。なりゆき・・・といえばそうかもしれませんし、でもそんなテキトーなかんじでもありません。

プラクティショナーとして活動しながらティーチャーコースを受けようと決めた頃感じていたのは、「私はティーチャーになるんだなぁ」ということでした。「ティーチャーになりたい」ではなかったんですよね〜。「なれるかな?」でもなかった。「ならなくては!」でもなかった。ただ「なるんだなぁ」と思いました。

自分の意志がないわけじゃなく、でも自分の意志だけでもないこの感覚。これがブルーの「大いなる意志が私たちを通してなされる」なんだと思います。
だから、ティ−チャーとしての自分にあまり不安はありません。自信があるともまた違う感覚です。「だってやることになってるんだもん」っていう、何かに任せている感覚。でも自分の意志がそこにないわけでもない。つまりは自分の意志と大いなる意志が合致している状態なのかもしれません。

それってすごーく良いことじゃな〜い。
4月29日(祝) 再会

今日繁華街を歩いていたら、前方に友人を見つけました。ずいぶん前に私が働いていた職場の同僚だった人で、そのときはいつも一緒に遊んでいたけれど、お互いにその職場を辞めてからは自然と連絡を取らなくなっていました。
私は時々思い出して「どうしてるかな〜」とは思っていましたが、無精なのでそのままだったんです。彼女も無精だから向こうからも連絡はきませんでした。

彼女に会うのは多分7年ぶりくらいだったと思います。彼女は鼻が高くて特徴があるのですぐ分かりました。
私はうれしくて近づいて声をかけようとしたのですが、私が彼女に気づかないように彼女が顔を横にそらしたのが分かったので、思わず私もそのまま気づかぬふりをして通り過ぎてしまいました。

彼女は私に話しかけられたくなかったんだなと思うと、さすがにショックです〜。
まあ、誰かと待ち合わせをしていたから邪魔されたくなかったのかもしれないし、話しかけたところで今更話題もないし面倒くさいとか思ったのかもしれません。喧嘩別れをしたわけじゃないし自然消滅みたいなものだから、私が彼女に嫌われているわけじゃないとは思いますが、でもやっぱりショック〜。

でも私は彼女のそんな性格が好きなんですよね。彼女のある種人間嫌いなところが。そして自分のそういう性格を隠そうとしないところがとても好きです。女性にはもしかして嫌われるタイプかもしれないけど、愛想笑いとかしないし、はっきりとモノを言うところ。

まあまたいつか縁があれば会うこともあるでしょうね。彼女の幸せを願っているわ。
4月28日(木) 必然

今回の電車事故で亡くなった方とその遺族・関係者の方々に、なにか言えることがあるのでしょうか。

自分に起きるすべてのことは、偶然ではなく必然なんだ。すべて、それがどんなに悲惨なことのように思えても、自らが引き起こしているか、誰かが引き起こすのを自らが許可しているんだ・・・と言います。つまりはすべて必然なんだと。本当にそうなんだと思います。でも同時に、自分の力だけではどうにもならないこともあるとも感じています。それを運命と言えば良いのか宿命と言えば良いのか・・・。それも本当にそうなんだと思います。
でもそれだと、矛盾しますよね。

昔から分からないのは、このへんのことなんです。このことを考え始めると、どうも自分の中で分かったような、でも納得しきれないような感覚を覚えます。

意識が現実を作っている、それは本当にそう思います。ならば実現不可能なことはないんだ、と。でもじゃあ「身長が3メートルになりたい」と願っても絶対に無理ですよ。実現不可能なことなんて、この世に数え切れないほどありますよ。

う〜ん、なぁんか腑に落ちないんですよね。まだまだこの世には謎がいっぱい。
4月27日(水) 感謝

私は今までの人生で「死にたい」と思ったことはありません。が、「こんなに苦しむなら死んだ方がましだ」と本気で思ったことはあります。でも死にはしませんでした。何故か?

私が自殺したら親が可哀そうだと思ったんです。自分の子供が自ら命を経ったら、きっと親はその後の一生自分を責め続けて生きるでしょう。一瞬たりとも気が休まるときは生きている限り訪れないでしょう。自分は死んじゃえば楽になったかもしれませんが、自分の身勝手な行動のせいで、親にそんな苦しみを与えることはできなかったんです。

親を恨んだ時期もありましたが、そう思えば私は親からの愛をちゃんと受け取っていたんだと思います。親が私を愛してくれていることを知っていたからこそ、親のためにも歯を食いしばって苦しい時期を乗り切ったんだと思います。
それに気づいたとき、親に対する気持ちが変わりましたね〜。180度変わりました。ものすごい感謝の念が沸きました。それは親に対する感謝にとどまらず、世の中や周囲の人々に対して、ひいては自分に対しての感謝にも繋がったんです。

そして、親に対する気持ちが変わると同時に自分に対しての気持ちも変わったんです。自分でいることが心地よいという感覚を初めて味わったのもそのときでした。私と私を取り巻くすべてが美しくまわり始めた瞬間でした。

10年くらい前のことですね。
4月26日(火) 引き続き

昨日の日記を書いたあとに、私が唯一購読しているとあるメルマガが届いたので開いてみたら、タイミングバッチリなことが書いてありました。それをそのまま転送しますと・・・

「霊的な生活は、意志の薄弱な人のためにあるのではなく、自分に確信のある強い人、どんな代償を払っても答えを見つけたいと願い、正しい答えを見出すために全力を尽くそうとする人のためにこそ、あるのです。自分の足で立たない限り、霊的に成長することはできません。何物も恐れず、絶対的な信仰と確信を抱いて、あなたの道を進みなさい。(『心の扉をひらく』アイリーン キャディ)」

・・・なにやら厳しい〜かんじに思いますか?「よほど意志が強くないとだめなのかしら」「全力を尽くさないとだめなのかしら」とか、挙句の果てに「私なんかには霊的な成長は無理だ」なんて、これを読んでそんなふうに思わないでくださいませ。

あくまでも私が今までの経験から思うことですが、霊的な成長は決して困難なことでもないし、全力を尽くさなくてはいけないものでもありません。リラックスして自分を楽しんでいれば良いと思います。とてもシンプルなものです。ただ、自分の足で立たないといけないとは思います。
つまり、自分の足で立つということ自体を困難なものと受け止めるか、楽しいものと受け止めるか・・・自分しだいなんですよ。

オーラソーマでレッドに「目覚め」というキーワードがあります。「自分に責任を持つ」というのもあります。
自分の人生に責任をもつ(人のせいにしない)という決心をすると、自分に対して今までより意識的になります。だって自分の言動を人のせいにしないってことですからね。そして意識的にこの現実を生きるということが、霊的な「目覚め」なんです。毎朝起きる「目覚め」のことじゃないんです。
で、目覚めて生き始めた瞬間に、限りない自由がやってきます。その爽快感ったらっ!

私はまだ24時間目覚めているとは言えないかな〜。でも少なくとも目覚めて生きるのがどういう感覚なのかが今は分かるので、逆に以前の自分は目覚めていなかったということが分かりました。

私はもっともっと成長したいです。そうすることが自分だけでなく、周囲の人にも良い影響を与えることに繋がることも今はしっているからです。
4月25日(月) お説教?

昨日の日記はなんだかお説教っぽくて、いやだな〜。
でも、なぜ自分が昨日の日記でそういうことを書いたのかはなんとなく分かります。ついこの間、だんなさんと話していたんです。自分で考えようとしないで、すぐ人に聞く人はやだねって。

初めてなにかをするときに分からないことがあるのは当たり前です。そんなとき人に聞くのも全然構わないと思います。でも、何度も同じ事を聞くとか、一から十まで人に教えてもらわなきゃできないとか、教えてもらったことしかできない(応用が利かない)のは、どうしたものかと思ってしまうんですよね〜。これは私の性格上の問題なのですが。

私の性格上、なんでもまず自分で考えてしまうのですがしかし、自分で考えることが必ずしも良い結果を産むとも限らないんですよ。
自分で考えて答えを出してしまうと、さまざまな状況の中で「私だったらこうする」とかいろいろ考えてしまって、言われてもないことを勝手にやってしまって、かえって「余計なことをするな」なんて怒られることが実際よくありました。私なりに良かれと思ってすることなんですけどね〜、勝手な行動であることに変わりはないのです(涙)。
そんなスタンドプレー型人間だったゆえに、サラリーマン生活に見切りをつけ、今こうしてソロ?の道を選んだわけです(元モー娘。の)なっち、がんばって。

これは私の性格ですが、でもね、オーラソーマがとてもスピリチュアルなものである以上、その本質を知るにはやはり人から聞いて知ることには限界があることは事実です。
あ、なんか私、自分を正当化してる?やだなー、またお説教っぽくなっちゃった。すみません・・・。
4月24日(日) 自分でやる

例えば近所に美味しいと評判のレストランがあるとします。それを誰かに勧めてあげるとき、もし自分がまだそこで食べたことがなかったら「あそこは美味しいらしいよ」としか言えません。でも実際に自分がそこで食べたことがあるならば、「あそこの何々が特に美味しかった」とか、それだけじゃなくてサービスや雰囲気のことまでも教えてあげられるでしょう。
どっちの勧め方の方が説得力があるかといえば、もちろん後者ですよね。

コンサルテーションのときに、テキストに書いてあるキーワードをただ覚えているだけで、自分の中で理解できていないまま伝えていると、うわべだけのコンサルになってしまって、受ける立場として聞いているときに心に響いてくるものがないんですよね。
オーラソーマのコースを受けるときには、上のコースに進むときに必ず3ヶ月以上間を空けなければいけないという決まりがありますが、その理由は、学んだことを理解するには時間が必要だからなんです。食べる(覚える)だけでなく、消化・吸収(理解する)して初めて栄養になるんです。

じゃあどうすれば理解できるのか?
一番良いのは自分で体験することだと思います。「美味しいらしいよ」じゃなくて「美味しいよ」と言えるには、そのレストランで実際に食べてみるしかありません。つまりはオーラソーマで言えば、ボトルやポマンダーを使ってみる・コンサルを何度もやってみるということにどうしてもなっちゃうんですよねー。

例えば、ポマンダーとクイントエッセンスはどう違うのかについて、私は知っていますよ。実際に何度も体験してるから。テキストに書いてあるとおりに「クイントエッセンスは色のより高いバイブレーションを与えてくれるもの」だと、概念で知っているのではなく実際に知っています。だからクライアントさんに勧められるのです。

ポマンダーとクイントエッセンスはどう違うのか分からない人がいたら、人に聞くよりも実際に自分で体験してみてください。こういうことにに関しては、いくら人に聞いても分からないと思いますよ。
4月23日(土) 信念

ある大手のオーラソーマスクールでさえ、一回のコースに集まる生徒さんの数が2人のときもあるんだと聞きました。

アマーリエは今月ありがたいことに定員いっぱいの満員御礼状態です(本当にありがと〜〜〜)。アマーリエの場合、もともとの定員の数自体が決して多くはないですが、私が考える「生徒さん一人一人に良いものを提供できる最大限の人数」が6人なんですよね〜。少なくとも今の時点では。

毎月毎月「今月のコースは生徒さんが集まるかな」と心配する気持ちがないと言ったら嘘になります。でもサロンを始めるときから、何故かその辺に関しては自分の中で確信があったんです。「サロンを維持していけるほどには人が集まる」って。

コンプレックスの塊だった10代の頃から、ひとつだけ自分に自信がある部分がありました。それを言葉で言い表すのは難しいのですが、「感性」のようなものです。「自分の感じていることは正しい」という、根拠のない確信。それが今ティーチャーとしてやっていることなんだと思います。

だから、どこのスクールには人が集まったとか誰はどんな教え方をしてるとか、全く気にならないわけではありませんが、「自分のやり方で良いんだ」と信じることができるのです。だから安心している部分もあります。

こういう気持ちを信念って言うんだろうな〜。
ブルーには「信念」というキーワードがありますが、これなのね!って思います。やっぱり私ってブルーな人なのね。
4月21日(木) ドラマー

今開催中のオーラソーマコースを受講してくれている生徒さんの中に、バンドをやっていた(やっている)という人が2人います。そしてなんとっ!2人共ドラム担当だそうですっ!なにがびっくりって、私が昔バンドをやっていたとき、やはり担当がドラムだったんですよねー。
ギターやボーカルなら、あと女性だとキーボードやってたとかならまだあるかもしれないけど、3人中3人ともドラムってけっこうな偶然ですよ、これは!

私がドラムを担当してたのは、本当に「縁があったから」だけです。

楽器の演奏に憧れていた私は、通っていた中学にブラスバンド部がなかったので、高校入学と同時に迷わずブラスバンド部に入部しました。
初めて部室を訪れたとき、対応してくれた先輩に「希望のパートはある?」と聞かれて、特に何の楽器がやりたいとかなんにも考えてなかったので「なんでもいいです」と言ったら、「じゃあ、人数が一番足りてないパーカッション(打楽器)担当になって」と言われ、「はいはい」てなもんでした。
最初は「メロディのない楽器なんてつまんなさそー」と思ったのですが、どっこい!やってみてその魅力(魔力?)のとりこになりましたー。
たしかにメロディはないし叩くだけなら誰でもできるけど、その音色は無限です。ベチャベチャした汚い音から澄んだ美しい音まで、叩く人によって全く違った音色が出るのです。その微妙さにホレたのです〜。基本的に、分かりやすいものより微妙なものが好きなんです〜。
あら、こうして書いてみると「音色」って「音の色」と書くのね。人間は音を色に例えているんですね。こんなところにも人間が持つ色に対しての感性の豊かさが表れてますね。

今日のコース中にそんな話をしていたら、また叩きたくなってきました。ドラムを思い切り叩くのって、いかにもストレス解消に良さそうでしょ。そう、良いんですよ(笑)。
4月20日(水) 自分に気づく

昨日波動水のサロンの待合室で待っているとき、ソファの横の本棚にナチュラル系やスピリチュアル系の本がたくさん置いてあって、なにを読もうか背表紙をしばらく眺めていた結果、いつもの私だったらちょっと難しそうなエネルギー医学みたいな本を読みそうなものなのに、なぜかその時は思いがけなく写真集を手にとってしまいました。

それは北極に住む白熊を追いかけて、それを1年かけて写真に収めた日本人カメラマンの写真集でした。
なーんかそれを見ているだけで、ものすごーく自分の体と心が取り戻されてゆくのを感じたのです。

子白熊の可愛い表情。熊親子の微笑ましいしぐさ。北極の短い夏の花畑の美しさ。夕日にきらめく熊の毛並みのまぶしさ・・・。

美しい自然の景色と自然の中で自然に生きている白熊を見ていたら、気持ちがとにかく落ち着いてゆったりしてきて、逆に今の自分がいかにゆとりを失っていたことに気づきました。そういえば、朝家から駅までの道のりだけでなく、帰りの駅から家までの道のりですら、理由もなく早歩きしていたな〜と思い出したり、ちょっと誰かと肩がぶつかったくらいでムッとしたり・・・、心に余裕がなかったんだなー。

今確かに忙しくてあわただしいのは事実。でもそんなときこそ、自分を失わないようにしたいものです。失っていないつもりだったけど、やっぱり失いかけてたんですね。
自然の中に入ってゆく時間がなくても、自然の景色を本で見るという日常のちょっとしたことで、自分に気づき自分を軌道修正できるということも分かりました。自分を大切に扱ってゆきたいですね〜。
4月19日(火) 波動水の効果

私はとっても低血圧なせいか、子供の頃から今頃の季節が一年で一番苦手です。「だるい」「眠い」「やる気が出ない」「ぼーっとする」「体力が落ちる」「ふらつく」などなど。
まさに今もそんなかんじなのですが、なんか今年はいつもと違うのです。
ポマンダーワークのときに自分のオーラに触れてみても、むしろ今まで以上に元気で問題なさ気なんですけどねー。なにかが違う。体とエネルギーのバランスが上手く取れてないようなかんじなんです。

今日一ヶ月ぶりに波動水を作ってもらいに行きました。行くと毎回数値を計ってくれて前回と比べてもらえるのですが、体内の有毒物質の数値は歴然とした違いが出ていて(もちろん数値が良くなってるんですよっ)、先生にも「これだけ急激に数値が変化してたら、体に異変を感じてるでしょう」と言われちゃいました。そうそう、感じてますよ、先生(笑)!
先生曰く「でもそれは決して悪いことじゃなくて、むしろ変わってゆく過程で自然に起きていることだから大丈夫」だそうです。良かった〜。

今とても忙しくてかなりストレスも溜まってるんじゃないかと思っていたのですが、ストレス値はむしろ下がっていました。
うーん、自分で思ってる自分の体調と数値で出てくるものって、案外違うのよね。自分の体調(心も)は自分が一番良く知っているはずなのにね。
4月18日(月) 頭の中が・・・

最近頭の中がオーラソーマのことばっかりなのにふと気づきました。
たしかに今はコース週間(大体月の半分はコースをやっているのです)の真っ最中、しかもスペインのティーチャーコースも近いということで、頭の中はオーラソーマでいっぱいです。

レベル1コースを開催するのはもう何度目か分からないけど、やっぱり毎回生徒さんが違うわけだし、どこか一箇所でも前回のコースより良くなるように工夫しながらやっているので(私って真面目〜笑)、同じ内容にはなりません。それに、コースに突入してみて突発的にイレギュラーなことが必ず何かしら起きるので、結局予定したとおりにはならず、コース中でもいつも明日の内容を組み替えたりしています。

今回のコースは生徒さんの人数も今まで以上に多いので(ありがたや〜、涙)、特に私にとって初めてのことも多く、刺激的とも言えるし大変とも言える状況です。だから尚更頭の中がオーラソーマ一色なんです。
このままGW半ばまでコース週間が続き、それが終わったらすぐにスペインです。気を抜く暇がありません。

ああ、でも今回のコース週間が終わったらすんごい開放感と充実感に満たされるんだろうな〜。くーーー、早くそうなりたいっ!
終わったらスペインに旅立つ前になにかしたいなー、なにがしたいかなー。・・・とりあえずは実家にいる姪と甥と犬と遊びたいかな。
4月17日(日) オーラソーマをやっててホントに良かった!

私はなんのためにオーラソーマを学んでいるのかしら?
・・・学んでいるって言うのも変かな、今は教える立場になってるので。でも教える立場になった今だって、大いに学んでもいるんですもん。オーラソーマを通して私は、今も毎日毎日本当にいろんなことを学んでいます。

レベル1のテキストに「オーラソーマとは、個人のスピリチュアルな進化のためにある」というようなことが、書いてあります。
そうそう、そのとおり、と思います。

自分でボトルを使うことはもちろんですが、プラクティショナーとしてクライアントさんにコンサルすることも、オーラソーマに関わる全てを通して、私は日々人として成長しているのを実感しています!これは本当にすごいことです!

別にオーラソーマを通さなくても、人は日常の全てを通して成長してはいるんですがね、そのことに気づいている人はどのくらいいるのでしょうか。そのことに気づきながら日常を過ごすのと、気づかずに過ごすのでは、180度違うんですよね〜。
そして、自分が成長すればするほど、日常が楽しくてたまらなくなってくるんですよ。

なので私はこれからもオーラソーマと関わり続けたいし、オーラソーマの楽しさをたくさんの人と分かち合いたいんですね〜。
4月15日(金) 異変!?

最近ボトルを使っていません。

これはここ数年の私にとってはとても珍しいことです!
今までいろんなヒーリングを学んでは試し続かなかった飽きっぽい私にしては珍しく、オーラソーマは続いていたんです。自分に合ってたし。まあ、そんなだから今ティーチャーまでやっているんだと思います。なのに、何故か今はボトルを使う気にならないんですよね〜。何でだろう?

自分でセルフコンサルは相変わらずしてるんです。で、2本目に選ぶボトルも同じものだったりするんです。いつもだったらそれを使いたくてたまらなくなっちゃうんだけど・・・不思議ね〜。2本目じゃなくても、そのとき一番自分に必要なボトルっていうのが、必ずあるんですけどね〜。

今とても忙しくて、考えなくちゃいけないことややらなくちゃいけないことがたくさんあるので、自分をゆっくり振り返ったり自分の内側に入ってゆくことをしていないのは事実です。
そのことと使いたいボトルがないのと関係がありそうな気はしています。

でもちょっと待ってね、私。この忙しさがあと2週間くらいで落ち着くから、そしたらじっくりあなたと向き合ってケアしてあげるからね〜(・・・と自分に言い聞かせているカンジです)。
4月14日(木) 知性と感性

・・・私はどちらも同じくらい大事だと思いますよ〜。

最近、その時々で自分の右脳(感性)と左脳(知性)のどちらが働いているのか、だんだん分かるようになりました。

例えば何かの研修を受けているときなどに左脳全開になるときがあって、そんなときの私は先生に質問しまくっています。白か黒かをはっきりさせようとしたり、納得のいくまで説明を求めたり、とにかく全てを明らかにして割り切れるところまで割り切ろうとするのです。
しかし、それにはどうしてもどこかで限界があるんですよね〜。世の中の全てを割り切るのはどうも無理なんですね〜。

しかし、だからといって右脳全開で行き過ぎると、「あー、そうそう」と言葉にならない感覚ですごく納得はしても、それを現実世界に落とし込んでいくのが難しいんです。
私にとっては、オーラソーマなんかまさに右脳と左脳の両方を使い分けていくものだと、すごく感じます。それが上手にできているときは、コンサルなんかも上手くいくことが多いみたいです。

よく「オーラソーマは右脳的なセラピーだ」と言いますが、それはあまりにも左脳型に偏っている現代人からみると右脳的に思えるだけで、実は右脳と左脳の統合的なセラピーなんじゃないかと思うんですよねー、違うかな〜?
4月13日(水) 人間はひとりであり全体である

「ナンバーワンよりオンリーワン」とは、SMAPの「世界にひとつだけの花」の歌詞ですね。

この世に60億人の人がいても(似てる人はいても)同じ顔は一人としていないし、性格だって同じなんて事はありえないです。
日本語に「十人十色」という言葉があります。人はみんな個性が違うということを色に例えて表しています。でも例えば「赤」と「青」はどっちがエライかなんて、そもそも比較のし様がありませんよね。色に良いも悪いもありません。ただ「違う」だけです。
だから、人と自分を比較することは、その違いを見ることによって逆に自分の個性(=色)を知るためであり、そこに優劣のつけようがないはずなんですよー。なのに「どうしてこうも比べたがる〜」。

同時に最近良く耳にする言葉に「ワンネス」というのもありますね。人はみんな繋がっている、深いところでひとつなんだということ。
だから、自分が人にすることはやがて必ず自分に返ってくる。だってそもそも自分も人も一緒なんだもん。自分を傷つけることは人を傷つけることであり、自分を大切にすることは人を大切にすることなんです。だってみんな繋がってるんだもん。

だから、誰かに愛されたかったら誰かを愛したかったら、まず自分を愛するんです。誰かに大切にして欲しかったら誰かを大切にしたかったら、まず自分を大切にするんです。与えたものが返ってくるから。
誰だって、誰かに親切にしてもらったら気持ちが良いし、自分も誰かに親切にしようという気になりますよね。そんなかんじです。

人はみんな違う、でも同時に人はみんな同じなんだということです。
4月12日(火) 信じるとは?

昨日の続きみたいですが・・・。

考えてみれば「信じる」ってすごいことですよね。過去のことはそもそも信じるも信じないもないわけで、つまり信じるという行為はまだ起きていない未来のことがその対象なわけです。未来のことにはなんの保障もないのにそれが実現すると心から思える(=信じる)って、一体全体どういうこと!?それってすごい精神力ですよー。

もちろん未来のなにかを実現するための確率を上げることはできると思います。オリンピック選手がメダルを取るために練習するみたいなかんじ。練習しないよりはしといたほうがメダルを取る確率は上がるだろうし。そして確率が上がれば上がるほど、信じられる気持ちも強くなるでしょう。でも100%になることは決してないんです。

私が、未来のなにかが実現することを信じてるとは言えないな〜。そんなに自信はないですよ。でも昔よりはずいぶん未来のことを心配したり迷ったりすることが少なくなりました。
それは、未来にそのことが実現しなくても良いという風に思えるようになったからです。簡単に言うと、執着することが少なくなったということだと思います。どっちの結果になっても正しいんだと思えるようになってきたんです。

それって信じてるって事?なんか微妙に違うような同じなような・・・よく分かんない(笑)。
4月11日(月) いつのまにか変わってる

知人に、どうしてもセラピストになりたいっ!っていう人がいるんです。
うんうん、がんばってねっ(←他人事、笑)!

夢をかなえるとか人生が思うようになるとか、今ぞのテの本が多いですよね。私の周りの友人達にもそしてクライアントさんにも、自分の将来のことを真剣jに考えてる人がとても多いです。
でもその気持ちはよーく分かります。私も20代の頃は「自分の才能ってなんだろう。自分は本当はなにがしたいんだろう」って考えてましたもん。
私の場合は今はそういう悩みはほとんど無くなりました。人間変われば変わるもんですね〜。

でも決して自分の才能がなんなのか理解できたわけじゃありません。それを完全に理解することは一生かかってもできないということが理解できたんです。それが分かると理解しようとすることを諦める・・・・わけではなく(笑)、かえってリラックスして自分を理解しようと挑む気持ちになれたんです。「どうせ一生かかっても完全には理解できないなら、どこまでできるか試してみよう」という自発的な気持ち。ノルマのある営業じゃなくて歩合制の営業マンみたいなかんじかな。やればもらえるけどやんなきゃもらえない、ただそれだけなら、たとえ成績が悪くても誰に責任を負うこともなく自分しだいだから、ならばかえってやれるだけやってみようという気持ちになれる。今思えば昔の私は「理解しよう」じゃなくて「理解しなくちゃ」だったんですね。だから気持ちの余裕がなかった。

しかし面白いのは、そんなかんじでリラックスして自分に取り組んでいると、不思議なことにがんばってた昔よりもずーっと少ない労力で多くの結果を生み出せるんですよ。
この辺のことが上記のような「願望実現マニュアル」本に書いてあることです。最近ようやく本当にそのことが実感として理解できる気がしています。
・・・あ、こうしてまたひとつ「自分を理解する」ことができたでしょ。そうなんです、こういうことってやろうと思ってするというよりも、目の前のことを精一杯やってると、いつのまにか自然に理解できているんですよね〜。
4月10日(日) 言えなかった

自宅の近くの通勤路には大きな公園沿いの遊歩道があり、車は少ない、歩道は広い、街路樹は綺麗、歩道の横は運河で、反対側は公園の緑が茂っているという、とても気持ちの良い道なのです。

夜の10時頃、帰宅途中その遊歩道を歩いていたら、前方に「道路清掃中」の文字とイエローのランプを点滅させたトラックが止まっていました。そして、黄色いヘルメットに作業服姿のおじいさんが2人、竹ぼうきとちりとりを持って歩道の端のゴミを掃除してくれていました。この2日間風が強かったから、さぞたくさん桜の花びらやら空き缶やらがたまっていたと思います。

おじいさん達の「おーい、そろそろ行こうかー」「もうちょっとー。この辺のタバコの吸殻掃除してからー」の会話を聞いた週間、突如として私の中に感謝の気持ちと感動がわーっと湧き上がってきて、おじいさん達にありがとうを言いたくてたまらない衝動に駆られてしまったんです。「私が毎日気持ちよくこの道を歩けるのは、こういう人たちが影でお掃除をしてくれているからなんだっ!」ということに気づいちゃって。

ところが、通りすがりに一言「ありがとう」と言おうと思ったとたん緊張してしまって、おじいさん達が近づいてくるにつれドキドキしちゃって「言うぞ言うぞ言うぞ・・・もうすぐ通り過ぎちゃう、今だ今だ言うぞ言うぞ・・・わあーーー」・・・・で、結局無言のまま通り過ぎました・・・。

・・・昔からこういうとこ変わらないです。知らない人に突然話しかけるのってすごく緊張するんです。怖いんですよ〜。
お恥ずかしながら、生まれてこの方電車の中で席を譲ったことって数えるほどしかありません。譲りたい気持ちはあるのですが、「どうぞ」の一言がどうしても言えない・・・(苦)。

あああ、情けない。自分のこういうとこホントいやですぅ。
4月9日(土) 何?

今日は何故かものすごくトイレが近かったです。1時間おきにトイレに行ってた。特に水分をたくさん取っていたわけじゃないんだけど、なんでだろー?そういえば昨日から少しお腹もゆるいです(苦)。

体の細胞が大きく変化しているのを感じます。ここ1,2年の間でもう何回目かしら、この感じは。そういうときに下痢しちゃったり利尿作用が強まったりするみたいです。これも一種の浄化なんでしょうかね?

なぁんか足元がふらつくような、地に足が着いてない感覚なんです。でも決してグランディングしてないとも感じない。グランディングしてないんじゃなくて、新しく細胞が入れ替わるときの不安定感というかんじです。それはとても良い事なのですが、古い馴染んだものから新しい慣れていないものへ切り替わるときは、慣れるまではまあ不安定になるのも分かりますね。
だから「なぁんか落ち着かないけどそれはそれで今はそういうときなんだ」と自分に言い聞かせて、気持ちを落ち着かせています。

なんか今日の日記は「・・・な感じ」という言葉ばっかりですね。でもホント理屈じゃない感覚の話なんですよ。
 
4月8日(金) 桜満開

サロンのある神楽坂の辺りは、都心とは思えないほど静かで環境の良いところです。「閑静」という言葉がまさにぴったりなんじゃないかしら。
今住んでいる下町も別にいやじゃないけど、品の良い情緒があるという点でやはり神楽坂にポイントがあがります。いつか神楽坂にサロンと住居と両方移せたらな〜という、密かな野望もあるんですよね(笑)。そのくらいこの街が気に入っているんです。

今日はホントに天気も良く、散歩びよりでしたね。昼間予約の合間の短い時間に、買っておいた昼食用のおにぎりを部屋の中で食べるのがあまりにももったいなくて、思わず外へ飛び出し食べる場所を探してウロウロ。すると、道に桜の花びらが落ちているのを発見し、花びらの多い方へ歩いていくと、いつもは滅多に通らないサロンの裏側のおうちの庭に、大きな桜の木がありました。
桜の木の下に腰掛けおにぎりを食べる・・・ああ、シアワセダ〜。

私以外にもうひとり、おばあちゃんが桜の木の下を行ったりきたりして桜を存分に味わっている様子でした。お互いにっこり微笑みあったあとは特に会話することもなく、それぞれの時間をじゃましないという暗黙の心地よいマナーがあって、本当に気持ちよかったです。上着を着なくても寒くないのも良いですね。

今年はお花見は時間がないから無理かな〜と思っていたので、思わぬ近所にあった1本の桜の木に癒されちゃいました。
4月7日(木) デパガ

ここのところデパートによく行きます。たまたま用事があってなんだけど。サロンをオープンして以来お金がなくて(涙)節約していたので、洋服なんか全然買っていませんでした。だから半年振りくらいかな〜デパートめぐりするなんて。
今週行ったデパートだけでも、新宿伊勢丹でしょー、お台場のメディアージュとビーナスフォートでしょー、銀座三越・松屋・阪急などなど。

でもそうやっていろんなデパートを回っていて、すごくびっくりしたことがあるんです。それは、売り場にいる店員さん達がすごーく疲れているように感じること!

接客業は大変だと思いますよ、私も接客業だから分かります。それに立ち仕事だから体力的にも大変だよね、これも私も経験があるから分かります。職場の人間関係とかもあるのかもしれません。それにしても・・・。

平日の昼間で比較的お客様が少ないからなのか、とにかくぼ〜っと突っ立っている店員さんが多いんです。特に目がうつろな店員さんが多いのが気になるなぁ。それか、顔は笑ってるのに雰囲気がやけにトゲトゲしいか。
あと、全く気持ちのこもっていない「いらっしゃいませ〜」「どうぞご覧くださいませ〜」の連呼もいやだー。言葉じゃなくてただの「音」に聞こえるゾ。こちらの気持ちも萎える・・・。
なんで、感じの良い店員さんを見るとほっとしてしまいました。「元気そうで良かった」なんて、余計な心配しちゃいます。

とある20代女性に人気のブランド服売り場の若い店員さんは、ノースリーブのワンピースの腕に思い切りリストカットの跡が残っていてコワかった〜。大きな瞳も見開いてるだけで笑ってないし、どこ見てるのか分からなくてコワかった〜。
大丈夫っ!?
4月6日(水) ヒーリングハンド

昨日の話ですが、友人夫婦が開業した治療院へおじゃましてきました。最近な〜んか体調がイマイチなかんじがしていて、自分以外の誰かにきちんとメンテナンスをお願いしたかったんですよ〜。

そのサロンは二子玉川の高島屋のすぐ裏にあって、行き方が便利なわりにとても静かで落ち着けるかんじのお部屋でした。
友人はオーラソーマ友達なので、オーラソーマのメニューもあり、あとはマッサージや鍼灸もあります。今回は問診の結果、だんなさま担当のカイロプラクティックとクラニアルをお願いすることにしました。

クラニアルは初めて受けましたが、カイロは以前何度か受けたことがあったので、大体どんなことをしてもらうのか分かっていたつもりだったんです。最初に軽く骨のチェック?をしてもらったあと施術をしてくれるのですが、かかる時間は大体いつも10分くらいとけっこうあっさりしてるんですよね。だから気持ち良いとかいう感覚ではなかったと記憶してました。
でも今回は、最初の問診に時間をとってすごくていねいに診てくれたのにまず感動〜。さらに施術も気持ちよくてぼ〜っとしてたので正確には分からないけど、30分くらいやってもらってたのかな〜。クラニアルと合わせると(そのころにはかなりウトウトしてましたが)1時間はあったでしょうか?

なにがそんなに気持ちよかったんだろうというと、なんといってもだんなさんの「手」です!
最初の問診で触ってもらってるときから、すごく体が温かくなってきて、一瞬「部屋の温度が高いのかな?」と思うほど。でも後で聞いたらむしろ室温は下げてるって言うし。でも分かります。原因は部屋の温度なんかじゃなくて、だんなさんの手なんですよ〜。
手が暖かいとかのレベルではなく、手から出る「気」とういうか「エネルギー」がとても優しくて暖かくて大きくて気持ちよいんです。なんにもしてくれなくてもあの手だけで体調がよくなりそうなカンジ。実際とても優しそうな方でした。

「ふよう治療院」、おすすめですよ〜。HPはこちらね→http://www2.odn.ne.jp/fuyoh/
4月4日(月) 原因判明!?

今日のオーラソーマの勉強会に来てくれた人に、最近日記にも書いているオレンジと肩甲骨の痛みの関係について話したら、ヒントになるかもしれないことを教えてくれました!

左の心臓・肺の後ろの痛みは「悲しみや孤独」をあらわしているんだそうです。うーん、そうなのかー。
ちなみに右の肝臓の後ろは怒り、自己否定は左の脾臓の後ろだそうです。

「悲しみや孤独」とオレンジの「ショックやトラウマそして洞察」・・・なにか関係がありそうですね〜。なんか推理モノみたい(笑)。

今の私にとってのオレンジは、とても大切な人の苦しみを分かってはあげられたけど、近くにいたのに助けてはあげられなかったことに対しての悔しさ。そして、その人が受けた不当な運命に対してのぶつけどころのない怒り。「何故この人がこんな目に合わなくちゃいけないんだ」みたいなかんじ。
つまりは自分のことじゃないんですよね。

もうずーっと昔の話です、でもなかなか忘れられない。
4月3日(日) 買い物

自分ではそんなに物欲が強い方じゃないと思ってるんだけど、今日は久々にまとめ買いしました!あー、買い物するって楽しいーーー気持ち良いーーー。

まずは本屋さんで分厚い本を2冊。1冊はタロットの、もう1冊はカバラ関連の本で、これはオーラソーマの勉強のための資料でもありますが、単純に自分の興味の範囲でもあります。これから読むのが楽しみ〜。でもすごく重いから、バッグに入れて持ち歩くのが大変そう。でも、こういう難しそうな本を読んでると、文学少女(少女じゃないけど)っぽくていいわね〜(笑)。
次にバッグやさんに行って、お目当てだったリュックタイプのバッグをGET!コンパクトなのにA4書類も入るのと、価格、そして品の良いワイルド感が気に入りました。もうひとつシザーバッグも可愛いのがあったんだけど、やはりA4が入らないのは私の場合使えないので、迷った挙句買うのはやめました。
次は靴屋さんへ。いわゆるタウンシューズが欲しかったのですが、あまりにも運動靴っぽいのも違うし、地味すぎるのも違うし。バッグと同じような、品は良いけどワイルドなかんじの靴が欲しかったのです。結局ピンとくるのがなかったので、ここではなにも買いませんでした。残念!

最後に行きつけの洋服やさんへ。ここに来ると魔法にかかったように(笑)必ずなにか買ってしまいます。今日もご多分に漏れず買いました。
ひとつは一目ぼれした白いカットソー。白だからオーラソーマのコースでも使えるというところもポイントでしたが、何と言っても王子様の服のようにふんわり広がっていて手首のところでキュッと絞まっている袖の感じと、肩部分が紐なので肩がむきだしになっているところが素敵〜。でも着こなせるかしら。
そしてもうひとつ、ピンクのハーフトレンチコートも買っちゃいました。この時期着られる上着が案外なくて、欲しかったんですよ〜。これは桜の花ような微妙なピンク色の綺麗さが、購入の決め手でした。

・・・・ふー。明日からまたお仕事がんばります(でもめちゃくちゃ満足ダ)。
4月2日(土) 多数決

民主主義の世の中では、物事を決めるときに多数決という方法を使うことが多いです。でも私、このやり方あんまり好きじゃありません。

昔から、多数決でものごとを決めるときになぁんか納得のいかない感じはあったんです。だって多数決って、少数に入った人たちのことは、ばっさり切り捨てるって事でしょ?やっぱりなんか納得がいかない。それでいいの?って思っちゃう。それが本当の平等なのか?って・・・。
でも「それじゃどうやって意見をひとつに決めるんだ」って言われそう。そうそう、そこなんですよね〜。

世の中にはいろんな人がいて、だからそもそも全員の意見が一致することなんてあり得ないんです。でもひとつに決めなければ先に進まないとしたら・・・。

1.とことん話し合う
2.妥協しあう
3.多数決
4.リーダーを決めてその人に従う

いえいえ、このどれにも当てはまらない新しいやり方があるはず!いや、あるんですっ!
それは「お互いがお互いを愛を持って認め受け入れる、その対象にはもちろん自分も含まれます」です。抽象的ですかね?でもそれ以外に上手い言い方が見つからなくて。

このやり方をみんなができれば、意見がひとつにまとまらなくても世の中に対立は生まれないのではないでしょうか。
4月1日(金) 超個人的な話

流行っているのに、全くノレないもの・・・・・韓流ブーム
流行っていてめっちゃノッているもの・・・・・マツケンサンバ
最近人気あるけど好きじゃない芸人・・・・・アンガールズ
最近人気があって大好きな芸人さん・・・・・アンタッチャブル
売れてるけど興味ない音楽・・・・・・・・・・・・オレンジレンジ
売れていて大好きな音楽・・・・・・・・・・・・・・ケツメイシ

私はとてもミーハーです。でも流行っていればなんでもいいってわけでもない。

今のマイブームは「あんバターどら焼き」です。先月のコースの生徒さんが持ってきてくれたのがきっかけではまり、いろんな人にその話をしまくっていたら、今月の生徒さんも違うお店のあんバターどら焼きを差し入れてくれて、これがまた美味しいの何のっ!じゅる〜(←つばを飲み込む音)。

広尾の「龍屋」というお店。元米米クラブの石井竜也の元奥さんがやってるお店だそうです。「元」がしつこいですね。
私もまだ行ったことはないのですが、お菓子のセレクトショップのような店らしいですよ。あんバターどら焼き、お試しあれ!