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3月31日(木) 組織

自分が組織向きの人間じゃないことをはっきりと自覚し、組織の中で上手くやっていくことを諦めてから、何年経つでしょう。
諦めるといっても決してネガティブな意味ではありません。もう着ないと分かっているのに捨てられない洋服を思い切って捨てるのと同じことです。
諦めることができて、組織じゃないところで自分を発揮し出したら、物事がとてもスムースに回っていくようになりました。いらないものを捨てることですっきりしたからかもしれません。自分の苦手な部分を底上げする努力をするよりも、得意な部分を延ばすことに集中した方が、良い結果を産むみたいですね。

とはいえ、人間たったひとりで生きているわけじゃありませんし、(意識していようといまいと)お互い影響をし合い助け合いながら生きているものです。個人サロンなんかやっていると、その辺の感覚を忘れてるつもりはなくても忘れがちかもしれません。「全てを自分ひとりでやっている!」なんて思えて、感謝の気持ちを忘れそうになってしまうときがあります。いかんいかん。

最近、とある組織のお手伝いをさせていただいているのですが、久しぶりに歯車のひとつとなって動くということをしていて、その不便さとありがたさをあらためて確認しているところです。

組織の中にいると、そうじゃない人が自由そうでうらやましく感じるかもしれません。でも思うのですけど、組織の中にいても自由でいることは可能なんですよね。もしそう思えないなら、自分から変えていけばいいんです。それは大変なことかもしれないけど、それをいったら一人でやるのだって大変なことですよ。

「自分はかけがえのない唯一の存在であるけれど、同時に全体の一部でもある。そして全体の一部であっても、自分という唯一の存在の価値がなくなるわけではない」んです。
3月30日(水) すごい本!

すでにベストセラーになっている江本勝著「水からの伝言」も良かったけど、同じ江本先生の「水は答えを知っている」これはすごい本ですっ!

意識が現実を作っているとかエネルギーが伝達するとか言っても、良く分からない・実感が湧かない。もっといくと、怪しいとか宗教くさいとか言われちゃいそうですね。でも違うんです!これは科学の話なんです!・・・と言ってもそれは現代科学の最先端の例えば量子力学の世界での話であって、私たちの日常にはなんの実感もない・・・・ではないんです!今、私たちが生活している日常の中でも必需品であるところの「水」がそれを証明しているんです、この本で!

水にいろんな言葉を聞かせてその結晶を顕微鏡で見てみると、「ありがとう」を聞かせた水はとても美しい結晶を作り、「ばかやろう」を聞かせた水は粉々になっているんです。その写真が本になっているだけという、とてもシンプルな本です。でもなにがすごいって、「意識が現実を作っている」ことを、誰にも文句は言えない明らかに目に見える形で証明しているところがすごいです。
オーラソーマのボトルが肉体や感情に作用するといくら言っても、それを目に見える形で証明することはできません、少なくても今のところは。でもこういった本がベストセラーになる今の世の中は、やはり少しずつでも進歩してるんですよね〜うれしいことです。

だって考えても見て。私たちの目に見える光(可視光線)は地球に降り注いでいる光のほんの一部でしかないんですよ。耳に聞こえる音の周波数だって、全ての音のほんの一部です。
ならば、私たちの目に見える世界・聞こえる世界・5感で把握できる世界がこの世の全てだなんて、どうして思えるの?私からすれば、そう思える方が不思議です。

なんか今日はやや過激な内容になってるでしょうか。おせっかいかもね。でもサロンにも置いておくから、とにかくこの本を読んでみてー。
3月29日(火) 本当に決断(シツコイ)

昨日の時点で決断したと日記に書いたのは、スペインへ行かないことを決めたんです。

・・・が、今日になって突如としてやはり行きたくなってしまい、行くことに決めました。申し込みもしましたからもうこれで本当に決まりです。申し込みの締め切りもすでに終わってたのに、無理やり入れてもらっちゃいました・・・すみません。

昨日から今日にかけての自分の気持ちの変化には笑いました。
行かないことに決めて、「スペインには行かないけど、せっかくスケジュールも空けてあるしどこかには行きたい、そうだ、パリとロンドンの友人のところへ行こう」と決め、ロンドンの友人に連絡を取ったんです。そしたら急にやっぱりスペインに行きたくなっちゃったの。つまり、ロンドンの友人に連絡を取るという行為によって、スペインへ行かないことが具体的に(現実的に)なってみて、初めて本当は行きたいと思っていたことに気づいたのでした。

昨日の日記を読み返してみると、私ったら「決断のそのまた奥にある本質を見失うな」とかエラそーなこと書いてて、ほんと赤面モノだわ(恥)。
3月28日(月) 決断

スペインに行こうか止めようか、決断のときが近づいています。・・・というか、もう決めました。

今回の決断もそうなんですけど、最近何かの決断に迷うときに必ず行き当たることがあります。それは「その決断のそのまた奥にある本質を見失うな」ということです。逆に言えば本質さえ見失っていなければ、どっちの決断をしても良いということなんです。

もうちょい分かりやすく言うと。

ある目的地に向かっているときに、道が二股に分かれていると、右の道を行こうか左の道を行こうか迷いますよね。道は曲がっていて、先の方がどうなっているのかは見えません。そのときにどっちにしようかあまりにも迷っていると、目先のことしか見えなくなってしまって、自分がそもそもどこに向かうためにその道を歩いていたのかを忘れてしまうかも知れません。
でも目的地がどこなのかさえ見失っていなければ、どんなに迷ってどっちの道を選んだとしても、選んだ道がどんなに遠回りで険しかったとしても、最終的には目的地にちゃんと着けるんです。そう考えれば、どっちの決断をしても正解なんだということです。

今回スペインに行こうかどうしようか迷っていたことで、私はもう一度自分のティーチャーとしての目的地について考えさせられました。「自分は何故ティーチャーをするのか?なんのために?そして、どうしたいのか?どう在りたいのか?」

少し前の日記にも書きましたが「自分のことが分からないときは、自分が成長しているとき」ですね。
3月27日(日) 夢判断

最近オレンジのボトルを使い始めてからとにかくたくさん夢を見ます。今日もみました。でもあんまり気持ちよくない夢が多いんですよねー。人が死ぬとかそんなのばっかり。

もともと私がみる夢って気持ちよいものはあんまりなくて、どちらかといえばドロドロしたのとかシュールなかんじのとかが多いです。
今朝の夢は、起きたら自分の右耳がとれちゃったという夢でした。痛みはなく、ただ腐って取れちゃったような感じ。右耳がかさぶたみたいなボロボロになっていて、ベッドから起き上がったときに枕の上に右耳だけが残っていて「ギャーッ」とびっくりする私なのでした。なんなんだ。
今でも右耳がないあの夢の中での感覚がはっきりと残っています。なんかちゃんと右耳がついてるか不安で触って確かめたくなります。気持ち悪い話ですみません。

夢辞典によると、右は「与えること・気づき・直感」。ちなみに左は「受け取ること・理性判断」だそうです。これは知ってるよ。だからオーラソーマでもボトルを選ぶときは、受け取る側である左手でボトルを手に取るんですよね〜。
そしてやはり夢辞典によると、耳は「聴くこと・現在起こっていることに注意を済ますこと」だそうです。

はあ〜、つまり今の私は「直感にもっと耳を済ませろ」ということかしら?分かる気がする〜。
3月26日(土) チャレンジはギフトである

出会う人はすべて(その人に対してたとえ良い感情を持てない人でも)、自分を写す鏡なんだと言います。そんな話はもう10年以上前からいろんな本で読んだり、誰かが語っているのを聞いたりしてきました。そして「そのとうりだ」とも思っていました。
しかし、昨日くらいから「本当にそのとうりだ」と思えるようになったんです。

そう思うと、いままで「そのとうりだ」と思ってたのは、単に頭で分かってる状態だったんだなーということも分かります。そして、頭で分かっているのと心で分かっているのでは、雲泥の差があることも今は分かります。

自分が「出会う人はすべて自分を写す鏡なんだ」と心から思えるようになると、人間関係の悩みもむしろある種の喜びに変わります。
先日ある生徒さんが「自分は今人間関係で傷ついてとても落ち込んでいるのに、どこかで妙な幸福感があるのが不思議」と言っていました。そうそう、そんなかんじ。

傷ついてるのに幸せ。落ち込んでるのにワクワクしてる・・・。別に私はマゾじゃないですよ。ただなんというかそういうときって、頭ではなく魂が喜んでる感じなんですよね。
これってオーラソーマでいうところの、「チャレンジはイコール、ギフトである」のことじゃないかしら。

オーラソーマでは「すべての魂は学び成長するために肉体を持って生まれてくる」と言います。ならば、チャレンジしているときというのは魂が生まれてきた目的を果たしているということなのだから、そりゃ喜んじゃうでしょうね〜。
頭で考えると、チャレンジなんて面倒くさいだけでイヤなんだけどね(笑)。
3月25日(金) 気が抜けた・・・

今日でレベル2コースの6日間が終わりました。
レベル2をやるときはまだそんなに回数を重ねていないせいか、コースの最中は気がつかないけど、今思うと緊張しているようです。そのせいか非常に眠いです。それにオレンジのボトルを使っているせいか、昨日の午後からお腹を壊しちゃっているし。

なので今日はもう寝ます。眠い〜。
3月24日(木) 人生に無駄はない

この日記を読んでくれている、あるオーラソーマを学んでいる方からメールをもらって「私も肩甲骨が痛いんです」ですって!これで、謎の肩甲骨痛の人が少なくとも私の周りに(私を含めて)3人いることになりました。なんなんでしょうねーホントに。

最近の自分の身に起きていることが、決して偶然ではなく何か意味のあることなんだということに気づく素敵なメッセージを、ある友人から受け取りました。とても良い言葉だと思うので、そのまま転送しますね。

「あなたが保証を得たいのであれば、すでにあなたが出来ることをしなさい。
しかし、あなたが成長をしたいのであれば、あなたの限界の際まで行きなさい。
それは一時的に保証を失うことを意味します。
ということは、あなたが自分で今何をしているのかわからないと思うときがあれば、
あなたが成長しているのだということを知りなさい」

自分の身に起きていることをただの偶然として受け止めるのではなく、「この現実を起こすということは自分の中にどんな要素があるんだろう」という受け止め方をしていると、世界が素晴らしく美しく見えるし(ということは自分のことも素晴らしく美しく見えるのよ)、「生まれてきて良かった〜」と思えるようになります。

これ、ホントだからやってみて!すぐには難しくても、そう考えるようにしてみると本当に変わりますよ。
3月23日(水) スペイン

オレンジづくしは引き続き続行中。
しかし今の私には、その問題とは別にもうひとつ決断しなくてはいけない大事な問題があるのです。ああ、めんどくさい〜。

5月にスペインで開かれるティーチャーコースに参加しようかどうしようか迷っているのです。
なぁんか今回はすぐに決まらないんですよ。前回のオーストラリアのコースに行くときは、即決められたのに・・・。

迷っている原因はいくつかあります。
ひとつはマネーの問題。今お金ないしー。そしてもうひとつは、今このコースを受けてもすぐにはレベル3を教え始めることはないだろうから、だったら焦って受けに行かなくてもいいかな、という問題。

うーん、でもそれだけじゃないなにかが引っかかってるんですよ〜。でもそれがなんなのかイマイチ分からない。ペンジュラムで聞いてみても毎日違う答えが出てくるし・・・一体どっちなんだ。行きたいのか行かなくていいと思ってるのか・・・(苦笑)。
3月22日(火) 不思議!

またしても大発見とそれに続くオレンジづくしの話の続きです。

19日の夜お風呂の中であることについての大きな気づきがあったと日記にも書きました。実はその次の日から(つまり20日から)突然、左の肩甲骨のあたりに痛みが発生してしまったんです。1分に1回くらいの頻度でズキッと痛むのですが、肩を動かそうが動かすまいが関係なく痛むので、なんだろうと思っていたんです。「今回の気づきとなにか関係してるのかな?」と思っていました。

そして夕べ(=21日)からオレンジのボトルを使い始めました。今回の気づきに関して、この色のボトルがなにかとても関係が深いと感じたからです。実際選んじゃったし。
そしたら今朝から一度も肩甲骨の痛みが出なくなりました。この2日間ずっと痛くて悩まされていたのに、直ったんです。痛みが突如として始まり突如として終わったのです。なんだったんだ(笑)。でも・・・ということはやはり、この痛みはオレンジ(=今回の気づき)となにか関係があることだったんだなーと確信しました。

今日チャクラマッサージのコースにいらしたクライアントさんが、「今オレンジ/オレンジのボトルを使っているのですが、最近左の肩甲骨のあたりに痛みがあるんです」と話したので、思わず私事ですがと前置きして自分の身にこの3日間に起きた出来事を話してしまいました。そして2人して「偶然ですねー。面白いですねー」と顔を見合わせてしまいました。

だからなにってわけじゃないんだけどホント、不思議だ。
3月21日(月) オレンジづくし

おとといの夜の大発見以来、私のオーラソーマ生活が突如オレンジ一色になってしまいました(笑)。
昨日、久しぶりにオレンジ/オレンジのボトルを2本目に選んでしまったからです。それ以来無性にオレンジを欲している私がいて、ボトルもポマンダーもクイントエッセンスも果てはカラーエッセンスも・・・と、いきそうになったのですが、さすがにカラーエッセンスだけはオレンジよりもブルーが使いたい気分になり、ブルーを使い始めました。でもそれ以外はオールオレンジ!

もともとオレンジは自分ではめったに選ばなし使わないから、オレンジポマンダーなんて全ポマンダー(15種類ある)の中でも一番減りが遅いんです。なのでこのいきなりのオレンジ攻撃(!)には我ながらびっくりです。

オレンジ/オレンジのボトルは、ショックなことがあったときによく選ばれるボトルです。でも今回の私の場合は、別におとといショックな出来事があったわけではなく、過去に起きたショックな出来事をおととい思い出しただけなのですが、そういう場合でも選んじゃうんですねー。
これはオレンジ/オレンジのボトルに対する新たな発見です。ティーチャーとしてもプラクティショナーとしても、これは大きな収穫だぞ。

なんか最近では、自分に起きるどんなことでも(それが例え好ましくない出来事でも)、「これはコースで使えるな」とか「コンサルで使えるな」と考えちゃいます。まるで芸人さんが実生活の失敗談をネタ帳にメモるみたいな感覚です。
でも自分のそんなとこはけっこう好きですね〜(笑)。
3月20日(日) 大発見

夕べこの日記を書いた後お風呂に入っているとき、昨日の日記にも書いたモヤモヤの原因にふと気づいてしまったんです。正確に言えば、モヤモヤの原因のそのまた原因に気づいたんです。それは私が生まれたときから、ある人と私との間にずっとあった心の痛みでした。ずっとあったのに今まで気づかずにいたんです。でも突如気づいてしまったんです、なんでかは分からないけど。
そのことは、私という存在の核心に近い部分にある、ずっと解決できないでいた問題でした。その原因が分かったのです。

それはあまりにも大きな気づきでした。
私はその人を心から愛しているのです。そして、その痛みはその人にとってあまりにも深いものだということにも気づいてしまったのです。私はなんとかしてその人の痛みを癒してあげたくて、お風呂の中でえんえんと泣いてしまうほどでした。

そんなことがあったので今日、またボトルを選んでみました。最近はいつも似たようなボトルばかり選んでいたのですが、今回は昨日までとは全然違ってしまっていました!あらら。

自分が選んだボトルからすると、今回の気づきは過去生からのカルマだったようです。もろにそんなボトルを選んでしまってますもん。オーラソーマってホントに分かりやすいな〜(笑)。
でもそうだよねー、過去生からの持ち越しじゃあなかなか解決できないはずだよ〜。

しかし、今回何故こんなに大きな気づきを得ることができたのでしょう。
以前日記に書きましたが、最近の私は人に助けを求められるようになってきたんです。人に頼むのはまだちょっと抵抗があるのですが、精霊とか天使とかには遠慮なく頼めるようになりました(笑)。
ここのところもずっと「モヤモヤの原因についての気づきを与えてください」ってお祈りしてたんです。そしたらこれですよ!やっぱり助けを求めていいんですね〜。みんなもぜひなにかあったら助けを求めてみてください。きっと答えてくれますよ。ただ答えに耳をすませていることは大事ですよ。
3月19日(土) 受容性 2

昨日も受容性のことについて書きましたが、私が言いたかったことを、知人がすごく端的に分かりやすい言葉で言い表してくれました。それは

「能動的に受容する」です。

そうなんです。受容するとは本来非常に能動的で自発的なアクションなんです!

受容するとは、相手のすることに反論しないこととは違います。相手のすることや言うことを我慢して聞いてることでもありません。自分の意見を言わないことでもないし、自分の思いを表現しないことでもありません。

「受容する」とは判断しないこと・手放すこと、そして赦すことです。まずは自分を、そして相手を。だから、誰か(何か)を「受け入れなきゃ」と思っているうちは受容していることにはならないんですよー。

今、私の中はかなりモヤモヤしています。分かりそうで分からない問題があるからです。でもこんなときこそ受容性を学ぶ良い機会です。
だから最近マゼンタがマイブームなのでしょうね。より宇宙的な受容性・・とでも言いましょうか。高いハードルだけど、挑みがいあるぞー!
3月18日(金) 受容性

「ありのままの自分を受け入れなさい」ってよく言いますね。でもそれ簡単に出来ればそりゃ苦労はないって!頭では分かっててもなかなか思うように行かないのが現実です。

受容性とは、誰かに傷つけられてもその人に反論しないということではありません。この辺よく間違われるところです。

例えば誰かを嫌いだと思う気持ち。「嫌い」という感情を持つことは、嫌いな相手を受け入れていないから、自分は受容性がないのかというと、そういうことではないんです。
「受容する」のは、誰かではなく「自分」のことなんです。自分の感情を受け入れることです。つまり、誰かのことを否定しないようにすることが受容することなのではなく、誰かのことを嫌いだと思う自分の感情を否定しないで受けいれることなんです。それが「ありのままの自分を受け入れる」です。
だから「あの人嫌い!」って思っちゃいけないわけじゃないのよ。そんなこと、人間なんだからあって当たり前。

誰かのことを嫌いだと思うのは、決して心地よいものではないかもしれません。でも嫌いだと思ってる自分を好きで楽しんでいると、そのうち嫌いな相手のことも楽しんで見られるようになってきちゃうんですよね〜。で、いつの間にか大して嫌いじゃなくなってる。つまり、相手のことも受容できるようになってるんです。

なので、何事も「まず自分から」なんですよね。
3月17日(木) 月

昨日今日と月がとても美しく感じます。ちょうど今、ハーフムーンくらいなのかな。

昨日の月はちょっと黄金色っぽくて、不思議なことに月の上と下に向かって虹色の光線が伸びていたんです。目の錯覚かしら?でも光線が錯覚だったとしても、その月のエネルギーもとっても不思議だったんですよねー。うーん、なんて言えばいいのか・・・。100年後の月ってこんなかんじかな〜と思わせるような、未来的なエネルギーを発しているような感じがしたんです。それはそれはとても美しいものでした。

今日の月は白色でした。セレナイトというクリスタルがありますが、そんなかんじの半透明な白。今日の月は未来的とかじゃなかったな。春の宵の月って感じ。でもそれもとても美しいものでした。

月の光りを浴びると浄化されるような気がします。そして日頃眠っているなにかの自分が呼び覚まされるようなカンジがします。
満月の晩に犯罪が増えたり狼男に変身するのも分かるな〜。
3月16日(水) 春ですね〜

仕事が終わって夜サロンから外へ出ると、今までだったら寒くて肩にぎゅっと力が入ってしまったのに、最近それがないんですよね〜。もう習慣になっているようで一瞬肩に力を入れちゃうんだけど、すぐに「あれっ!?」なんて思わぬ暖かさに一度入った力も緩むってもんでさ〜。春ですね〜。

今、私はイライラしています。でも原因はわかっているつもりです。ある人からメールが来ないことにイライラしているんです。

人に、自分の期待通りでいて欲しいと思うのは、苦しいですよね。だって人の心はコントロールできないから。じゃあなんならコントロールできるのかというと、それは自分の心です。
だから苦しいとき・辛いときに、そこから開放されるために出来ることといえば、自分の気持ちの持ち方を変えることなんだと思います。

・・・と、言うは安し、でも実行するのは・・・。
いやいや、そんなときこそボトルを使うことが大事よ!頭では分かってるけどなかなか変えられない・・・というときにボトルを使うと、頭ではない理屈じゃないところで理解することを助けてくれます。だから本当に変わることが出来るのです。

さぁて、今使ってるボトルもそろそろ終わるし、次のボトルを決めましょうっと。
 
3月14日(月) 新美顔器

エステのコースで取り入れるために、新しい美顔器を購入しました。
もともとはホームエステ用のものですが、かなり効果がパワフルなので購入を決めたのです。これなら施術に使うにしても充分だろうと思って。ホームエステ用のものの方がハンディタイプで置き場所や使い勝手が良いですし。

使い方や手順がちょっと複雑なので、今はまず自分が自宅で使ってます(笑)。使い方をしっかり覚えるのと、自分の顔で臨床実験です。

いやーしかし、いいわねーやっぱり。最初使ったときに機械で顔の透明度を測ってみたら1回使うだけで4ポイントも上がってたんですよ。4ポイントというのはまずありえない数値だから驚きました。なによりも見た目と触った感じが全然違ってたんです。顔の白さ(透明感)と引き締まり感と保湿感がすごくあるんです。「肌に吸いつく様な・・・」とはこのことです。

更にその感触が使用後1週間続いたというのがもっとすごいと思いました。大体2,3日で元の肌に戻っちゃうものが多いので、この結果には本当にすごいと思いました。吹き出物も化膿せずに小さくなったし、気になる赤みも白くなった気がしますし、触った肌がスベスベなんですよ〜うれしい(涙)。

肌の調子が良いと(特に私は肌の調子が悪いのが日常なので、苦)気分も良いですよね。いつもより時間をかけてちゃんとメイクしたい気分にもなるってもんです。
もうちょっと使い方を練習したら使用開始するつもりです。そのときは告知しますのでお楽しみに〜。
3月13日(日) 人形展

人形作りの趣味を持つ友人に付き合って、四谷シモンとその生徒さんの作品展を見に行きました。

特別に人形に興味を持っていたわけではありませんでしたがとても面白かったです。四谷シモンさんのお弟子さんたちの展覧会だからなのか、作品たちはみんな美しくて気品がありミステリアスなフェロモン漂うものが多かったです。
以前NHKで放送されていた人形劇「三国志」の人形展を見に行ったことがあります。今日の人形たちと比べると顔のつくりとか平面的で単純ででもとても美しくて、今にもしゃべりだしそうなほど表情とかが生き生きとしていましたが、あのときの人形は今日のと比べるととても健全だったのねーと思いました(笑)。

会場では30点くらいの作品が並んでいましたが、しかし私はそのうちのひとつの作品に一目ぼれしてしまいました!もう一目見て即「欲しい!」と思っちゃった(でも売約済みでした・・・涙)。
それは全身ではなく「手」のみの作品でした。4つの「手」が木枠のケースに陳列しているだけといってしまえばそれまでなのですが、一つ一つの「手」に美しい装飾がそれぞれ施されているのです。ある手は薄いベールを纏い、ある手は骨がむき出しになっていてそこに真珠が埋め込まれているのです。
・・・あー、こんなん書いてるのがもどかしい。私の文章力がつたなくて、その作品の美しきシュールさをお伝えできないのが残念です。
師匠である四谷シモンの作品も何点かありましたが、そんなん(←失礼)より数倍素晴らしい!しかも値段は師匠の5分の一(笑)!

それにしてもこの世界って女性的な男性が多いんですね。今日会場にいた男性もそんな感じの人がとても多かったし。友人曰く「ゲイは多いよ」だそうです。
3月12日(土) 空気

昨日の話なのですが・・・。

夕べの9時頃、仕事が終わっていつものようにサロンから外へ出た瞬間、外の空気がいつもと全然違うような気がしました。昨日の東京は昼間雨が降っていて肌寒かったんです。3月でもまだまだ寒い日にありがちな、どんよりした空気でした。
ところが夜、家路に着こうと外に出たら雨は止んでいたのですがそれだけじゃない、あら不思議!なんだか昼間とは全く違う空気ではありませんか。それも昼間と違うだけじゃなくて、東京の空気じゃない感じだったんですよねー。すんごく空気が澄んでいて鼻からすーっと冷たくもさわやかな空気が入ってゆくのが、とても心地よいんです。ほんのりと朝露の香りまでしていました、夜なのに、東京なのに。
「この空気はどこかで吸ったことがある」と、歩きながらずっと考えていて思い出したのですが、例えるならば夏の避暑地の夜の空気に似てると思いました。

昔は毎年夏には軽井沢に遊びに行っていたのですが、高原はさすがに夏でも夜は涼しいんです。そんな中、外に出て散歩したときのなんとも言えない気持ちよさ。空気が冷たくて澄んでいて、透明なカンジを思い出しました。

なんでだろ?不思議。でもとにかくあまりにも気持ちよくて、いつもより遠回りして駅まで歩いてしまいました〜。
3月11日(金) 人生は止まらない

おとといまでのオーラソーマのティーチャーミーティングで、私はマイク・ブース(オーラソーマのディレクター)にこんなことを質問しました。
「時々コース中に、急に具合が悪くなったり精神的に不安定になったりする生徒さんがいます。あと、生徒さん本人じゃなくてその周りの人(身内とか)になにか突然の変化が起きたりすることもあります。それが、その生徒さんがオーラソーマを学んでいることとなにか関係性があるのかどうか分かりませんが、生徒さんはやはり動揺します。そんなときの良い対処方法はありますか?」というものでした。

私がその質問をしたとき、マイクはにっこり微笑んで短くこう言いました。
「その生徒さんがオーラソーマを学んでいようといまいと人生は流れてゆくんです」

なんかその言葉を聞いて私はすごく感動してしまいました。「そうだ、そうだった!」と、大事なことを思い出した感じでした。

そして今日、実際本人とその周りの人に急激な変化が起きていて動揺している生徒さんに会ったので、さっそくこの言葉を伝えたんです。そうしたらその生徒さんは涙を流していました。
私もそれ以上慰めの言葉をかけることは特にしなかったですが、その必要もなかったのではないかと思ったんです。その生徒さんはそれで何かを感じていたのではないかと思ったんです、それで充分だと。

やっぱり人生はシンプルなんですよね。私は今、人生というものが実はとてもシンプルであることを(誰かに)感謝したい気分です。
3月10日(木) 瞬きの中に永遠を見つける

ふう、ようやく確定申告を済ませてきましたよ〜。
税金とか保険とかなんとかとか・・・とにかくこのテのことは私が一番苦手とする分野なのですが、さすがにもう何年目か分からないくらい同じことをやっていると要領を得てきて、今年は30分もかからずに(しかも締め切り前だから混んでたのに)サクッと終わりました。最初のころなんか2時間くらいかかってたよなぁ。成長成長、ふふ。

パリに住む親友から離婚した旨手紙が届きました。
3組に1組が離婚するフランス・・・とはいえ、彼女にとっては「されど離婚」だったようで、多分私には想像も出来ないような思いを経験したようでした。
今って本当に全ての人がいろんなことを経験させられている時代なんだとつくづく感じます。「経験する」じゃなくて「させられてる」のよ、誰かに。そしてその経験を通して、人は学び成長し幸せになってゆくのですよ、きっと。

私は今、その親友のような大変な状況にあるわけではありません。もしかして他人から見れば、サロンなんか始めちゃって経営とか集客とかいろいろ大変そうに言う人もいるけど、自分自身はむしろ精神的にはかつてないほど安定した良い状態です。
私が人生の中で一番不安定だった時期は19歳からの数年間です。あのときは辛かったなー。しかし、今は全然違う。人って変われば変わるもんだなーなんて思います。
「人は変わる」。これは確かです。いつまでも同じではいられないんです。どんなにそれを願っていても、同じ場所に居つづけることは出来ないんです。

だから、今が大事なの。逆説的かもしれませんが、一瞬の中に永遠があるのも分かりますよ〜。
3月9日(水) アファメーション

現在私にとっての問題は、ある人に自分が言ったことを謝ろうかどうしようか・・・だと、ちょっと前の日記にも書きました。いまだに結論が出ていないんですよ、とほほ。

昨日今日とオーラソーマのティーチャーだけの勉強会(のようなもの)に参加していて、それはそれは楽しかったです。非社交的な私にしては珍しくいろんな人と知り合えたし、勉強会の内容もとても面白かったので。マイク・ブース(オーラソーマのディレクター)に聞きたかったことも聞けたし。

で、今朝、コース中の瞑想のときに、なんとなく思いついて心の中でアファメーションしてみたんです。「私は○○(←謝ろうかどうしようか迷ってる相手)さんを愛しています」って。
そしたらそしたら、なぁんと!あっという間に、私がその人に対して抱いていたわだかまりが、心の中で溶けて無くなってゆくではありませんか!そして残ったのは、その人に対してのなにか暖かくて心地よい感情でした。見事なものでしたよ、それは。

私は普段からいろんなことを試しています。呼吸法や瞑想やアファメーションなど。でもそれらのことは、実生活に生かしてゆけなければ意味がないと思っています。なので、あの手を使ってだめだったらこの手を使ってみるとか、いろいろやってみるのです。
今日はアファメーションの効果のパワフルさを再認識しちゃいました。みなさまもなにか困ったことがあったらぜひお試しアレ。
3月8日(火) シンプルに生きよう

私の座右の銘は「シンプル イズ ザ ベスト」です。問題が発生したり迷ったときは、この言葉を思い出すようにしています。人生は奥が深いけど、それは複雑ということではないと思います。人間関係もそう。

人は必ず目的を持って生まれてきます。そしてそれは単に自分という個人だけにとっての目的ではなく、世界にとっての目的でもあるんです。何故なら世界というひとつの存在も人間と同じように生きているからです。ひとりひとりの人間が集まると世界というひとつの存在が出来上がるんです。人間だって、細胞ひとつひとつが集まってひとりの人間という存在になるでしょ。大宇宙と小宇宙ですね。

だから、誰もが自分のやるべきことをしていれば、自動的に世界は平和になると思うのです。「やるべきこと」とは「やらなければいけないこと」ではありませんよ。本当の意味でその人の「やるべきこと」とは、必ず「やりたいこと」「好きなこと」と同じなんですよね。だからみんなやりたいことやればいーのよ。

そう考えれば、やっぱり人生はシンプルですよね。
3月7日(月) 助けを求める

私は今、あることについての答えを求めています。一体どっちにしたら良いのかとても迷っていて、自分の内側にある(はずの)答えをなんとかして知ろうとあれこれいろんなことをしています。ボトルを使ったり、瞑想したり、考えたり、カードを引いたり・・・。

サロンにはオーラソーマを最初に作ったヴィッキー・ウォールという女性の写真を飾っているのですが、先日今の自分の状態がとてもシンドくて、つい写真に向かって「ヴィッキー、どうか私を助けてください!」って助けを求めちゃったんです。
そしたら、なんとヴィッキーが答えてくれたんですよ〜。どういうふうに答えてくれたのかは秘密ですが。でもそのときに、ふと気づいたんです。そういえば私は誰かに助けを求めることってないなーって。

私の中には「誰かに助けを求めるときには、なにか交換条件が必要だ」という思い込みがあったんだなーということに気づいたんです。助けを求めるということは、相手に迷惑をかけることで、人に弱みを見せることだと思い込んでるみたい。だから助けを求められないみたい。

でもヴィッキーは、なんの交換条件も与えずに私を助けてくれました。無条件に助けてくれたんです。感動しましたよ!
逆に「私はなんて心の狭い人間なんだろう」って、ちょっと自己嫌悪に落ちたりもしました。が、それより感動の方が大きかったです。

なんとなくそれ以来、誰かに助けを求められるようになりました。助けを求めることが、相手に弱みを見せることじゃないし、相手に迷惑かけるわけでもないんだと思えるようになったみたいです。そして助けを求めればちゃんと答えてくれるんです。一人で意地を張ってがんばることないんだって分かってみると、とても気持ちが楽だし、うれしいですね〜。
3月5日(土) チャレンジはチャンス

久しぶりにテレビのニュース番組を見ていてふと思ったんですけど、今って地球規模でなにかがなにかの方向へ半ば強制的に向かわされているように感じます。そうとしか思えない出来事が多いですもん、どの出来事って上手く言えないんですけど。

でもそれはとても良いことだとも感じます。地球はとてもよい方向へ向かっていると感じます。

ただね、向かう目的地は正しいと思うのだけど、今まであまりにも遠回りしすぎちゃってて、目的地へ着く前に倒れちゃいそうにも感じるのですよね〜。「やっと目指すところを見つけたと思ったのにーー」って。

今は力を振り絞って必死でなんとか立て直そうとしてるのかな。
だから目的地を見失わないために、見失いそうな人(もしくはまだ目的地に気づいてない人)にはいろんな出来事が起きるのです、きっと。目的地をはっきりと自覚させるために。もうそうしないと、のんびりやっていたら間に合わないのかもしれません。

だから、ある意味大変なときはチャンスなのですよ。正しい目的地に気づくためのチャンス!
3月4日(金) 自己嫌悪なときほど

今日はとても気持ちがヘコんでいます。

私はそんなに良い人じゃないし(良い人だなんて最初から思われてないかもしれませんが)、悪気はなくても誰かに対して酷いことを言ってしまったりしてしまったすることもあります。
最近私がある人にした行為について、昨日くらいから突如すごく気になってしまって、「やっぱり言うべきじゃなかったんだろうか」とか「やっぱり謝ろうか」とか、頭の中がぐるぐる状態です。

今日は仕事中もそのことが頭の中をぐるぐるしていて、こんな状態で仕事してていいんだろうかなどとまたそのことで頭がぐるぐるしてしまって大変でした。そんなだから、今日は自分の気持ちをニュートラルにしておくことができませんでした。

でも今日のあるクライアントさんが、セッションが終わったあととても喜んでくれたんです。多分社交辞令ではなく本当に喜んでくれていたんだと思います。
私としてはセッションに上手く集中できなくて落ち込んでいたんですが、でもたしかにセッション中にクライアントさんに触る自分の手の感触がすごーく(いつも以上に)優しかったような気はしました(自分で言うのもなんですが)。

これが、自分が傷ついてるときほど人に優しく出来るっていう法則なのかしら?でも自分が幸せなほうが人にも優しく出来ると思ってたのですが、これじゃなんか逆説的。どっちなんでしょうね?
3月3日(木) 思いやり

相手の立場に立ってモノを考えられない人は、政治の世界にいちゃいけないんじゃないか?

政治家がみんな悪い人だとは思いません。むしろ政治家になる前は人一倍正義感が強く、「もっと世の中を良くしたい!」という思いが強かったんじゃないかなと思います。そして実際に政治家になったのならば、その実行力や精神力はすごいと思います。
しかしその思いが独りよがりのもので、本人は国民のために良かれと思ってやっていることでも、国民は全然そんなこと望んでいないことだとしたら、その政治家は悪人なのでしょうか、善人なのでしょうか。
だって、悪気があってやっているわけじゃないんですよ。その人なりに良かれと思って一生懸命やってるんですよ。でも誰のためにも役に立っていないことだとしたら。

こういうことって日常の中でよくあることですよね。そしたら、その人を赦してあげるべきなのか、率直に本当のことを話すべきなのか。

私は何も言わずに受け入れてあげることはできないかな〜。実際に私は、親の望む生き方はしませんでした。
親は親なりに私の幸せを考えて良かれと思うことを言ってくれていたんだと(今は)分かります。でももしそのとうりにしても、私はちっとも幸せにはなれなかったでしょう。自分でそれが分かっていたから親の言うことを聞かなかったのです。で、今はとても幸せです。親も幸せそうな私をみて少しは安心してくれてる・・・かな?
3月2日(水) マゼンタ

マゼンタのボトルがどうしても今の自分には必要な気がして、購入したもののどうしても使う気になれず、バッグに入れて持ち歩いたり寝るときに手に握り締めていたり。それが、昨日の朝突然「使いたい!」と思い、夕べからやっと使い始めました。しかし・・・。

小さいときからそうなのですが、セクシャルなものを見たり感じたりすると、なんとも言えないいや〜な感覚を覚えることがありました。いつもじゃなくて時々なのですが、それは今でもあります。それが何なのか何故なのか分からなくて、スピリチュアルなことに興味を持ち出してからは、前世でなにか性的に怖い目にあったのかななんて思っていました。結局今でもその原因は分かっていません。

マゼンタのボトルを使い始めてまだ2日ですが、この2日間そのいや〜な感覚をやけに思い出すのです。特にセクシャルな場面なんてないのに。

思うに、最初マゼンタのボトルを使いたくなかったのは、自分の中のいや〜な自分を見たくなかったからかも知れません。それはどんな自分かというと、「愛に生きている」自分かもしれません。
「愛に生きる」のが何故いやなの!?と言うなかれ。これも最近分かったことなのですが、私の根底には愛に対する抵抗があるみたいなんですよ。「愛なんてカッコ悪いじゃん」ていうかわいくなーい自分がいるんです。クールぶってる自分が。
でもそれこそカッコ悪いじゃんって思うんだけど、なかなか変えられないんですよねー(涙)。これが私のマゼンタのテーマな気がします。
3月1日(火) ターコイズ

今週いっぱい上野の国立博物館で開かれている「唐招提寺展」に、滑り込みセーフで行ってきました。

私は日本の文化が大好きです。神社仏閣も好きだし仏像も好き。大学では日本画専攻だったしお能も習っていました。
私の座右の銘は「シンプル・イズ・ザ・ベスト」なのですが、日本文化はまさにそれだと思うのです。削ぎ落とされて研ぎ澄まされて、ピーンと糸が張ったような緊張感が漂っているのですよね。同じ仏教文化でも中国やタイなんかとは全然違うし、やはりそれは日本独特のものなような気がします。

この展覧会の出展物の中では鑑真坐像が有名でしょうが、もちろんそれも良かったけど、私は東山魁夷の描いた襖絵が非常に良かったです。ものすごい感動しました。

幅10メートル以上はありそうな襖に、岩と波の絵が描かれています。絵の左右にひとつづつ描かれた岩は鼠色、波はターコイズブルーの濃淡です。
絵を見ていると音が聞こえなくなるんですよね〜。波の音が聞こえない。まるで、幻想の中でスローモーションで揺れているような波なんです。ぼんやりとした靄の中でゆっくりと寄せては返す波。それ以外になんにもないのです。

そのターコイズブルーの波を眺めていたら、オーラソーマのターコイズのキーワードにある「内なる教師」の意味がなんとなく分かりました。上手く文字で表現できないんだけど、なにか個人的な思いを超越しているかんじなのですよね〜。この世すら超越していてあの世的というか・・・。涅槃ってこんなカンジなのかなー?