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7月31日(土) 勝負

今、サッカーのアジアカップの試合が終わったところです。日本対ヨルダンは、1対1のまま延長戦でも点が入らず結局PKになりました。ここからがすごかったっ!!

日本側の最初のキッカー・中村俊輔がまずPKをはずしヨルダン側には決められがっくり。続いて蹴った三都須もはずし2対0になってしまったときはほとんどあきらめてました、はっきり言って。でもここからがすごかったっ!!

グランドコンディションがひどかったらしく宮本が審判に激しく抗議。でも普通抗議が聞き入れられてゴールを移動することなんてまずないのに、なんとエンドを変えて仕切りなおしになったんです。もちろんそれまでの2回戦がなくなるわけではないので、2対0で日本が圧倒的に不利なのは変わりませんが、ここでなにか流れが変わったのかもしれません。
なんとGK川口がヨルダンの最後の二人を止めて結局3対3のタイスコア!サドンデスまで持ち込んだのです!!そして、サドンデスの1回目。なんと!日本はまたしてもPKをはずし、これで万事休す!と思いきや、ここから川口がすごかったっ!!

ヨルダンのPKを止めたんですよ〜川口ぃ〜すごい〜(涙)。で、サドンデス2回戦。キッカー宮本は落ち着いて決め、そして川口が・・・・・・・・・・・・・・止めたんですーーーー日本勝ったんです、すご過ぎーーーー!!(正確には止めたんじゃなくて相手が外したんですけどね)。

日本が勝ってうれしい!しかし一歩間違えば、負けて力尽きてグランドに倒れこんでたのは日本だったかもしれないんですよね。この違いはなんなのかしら。でもとにかく今はうれしいよー。特に宮本、見直したゾ。審判に直接(多分)英語で抗議している彼が頼もしかったです、英語が出来るってやっぱイーネ、まる。
7月30日(金) 責任

「自己責任」って、考えてみればとても楽しいことですね。

なんとなく「責任」って言葉の響きは重たいイメージに聞こえちゃいます。「〜しなければいけない」みたいな。でも、あることについて自分で責任を負うということは、そのことに関して自分の自由にできるということでもありますよね。

昔サラリーマンの頃、私はグラフィックデザインの仕事をしていましたが、「○○のプロジェクトは君に責任持って任せたから」なんて言われると、失敗したらどうしようという怖さも感じるけど、同時に「ならば私ならこうしよう!」みたいにアイディアが沸いてきてワクワクしたものです。自分で自由に決められる・自分を自由に表現できるというのが大きな喜びでありやりがいでもありました。もちろんプロジェクトを成功させる自信なんてないから、すごくプレッシャーを感じつつ仕事してたんですけどね。
今は会社に属していないから、ある意味全てが自分の責任です。でもその重みと引き換えにサラリーマン時代には味わうことのなかった「自由」さもヒシヒシと感じています。
「責任の重み」と「自由」をてんびんにかけて、どっちが良いとか悪いとかではないと思いますが、私は迷わず「自由」を選びたい人間なので、やっぱり今の道で正解なのですね。

27日の日記を読んでくれた人から「貴方は自分に自信があるのね」と言われましたが・・・違うよー、自信なんてないよー。自信ないから必死なんです〜。自分に自信を持てるようになりたいからやるんですぅ。
7月28日(水) 意地っ張り

自分の嫌いな側面のひとつに、「感謝の念が薄いこと」があります。

ある友人と話していて、彼女は最近フリーで活動をし始めたのですが、名刺とかはがきとか告知方法とかみんな周囲の人がやってくれて(私もそのうちの一人)、本当に自分はなんにもできない・周りの人に感謝感謝って言っていました。
その話を聞いていて、ふと「私は周囲の人に対する感謝の気持ちがあんまりないなぁ」と気づいて、自己嫌悪に陥ってしまいました。

昔からそうなのですが、私は「自分のことも自分で出来ないような人間は人生の負け組(←今風に言えば)」という思い込みがあるんです。だから基本的に人になにかを頼まないし、甘えないし。そして私がそんなだから周りの人にも、私はしっかりしていてなんでもひとりで出来る人間だと思わせてしまうようです。「手伝ってあげる」なんて言わせないようなオーラを出してるのかな〜出してるような気がする、だとしたらすごい自己嫌悪・・・。
でもホントは手伝ってあげるって声かけて欲しいんです(自分から頼むのは嫌なくせに)。なのに自分の出してるそのオーラのせいで誰も声かけてくれないから、意地になって「なにがなんでも自分ひとりでやってやる!」ってなって(逆ギレか!?)、ホントにひとりでやっちゃうから余計に声かけてもらえなくなって・・・みたいな悪循環。
で、自分でやっちゃうもんだから周りに対する感謝の気持ちがあんまりなく、もっと悪いことに自分で出来ない人のことを見下し始める・・・・。ああ、なんて嫌な人間なんでしょう、私。

自分のそういうとこが私はホントに嫌なんですけど、どうしたら良いのでしょう。
7月27日(火) 弱い人間だからできること

自分のサロンをオープンしたなんていうと、友人知人は大抵「すごいねー、勇気あるねー」と言います。一人で海外旅行に行ったり会社をスパッと辞めたりしたときも、「すごいねー、勇気あるねー」と言われました。
でも自分では、自分はすんごく臆病だと思ってます。
はたから見て私のことを勇気あるねーと言う人の気持ちは分かります。もし私が自分みたいな人を見たらやっぱりそう言うと思う。でも、根が弱い人間だからこそやるんですよね〜。

中学のときに読んだ「はみだしっこ」という漫画のセリフですごく感銘したのがあるんです。
「僕はすごく弱い人間だから、後悔しながら生きるなんて重荷には耐えられないんだ。だからやるんだ」みたいなかんじのセリフ。
これを読んだとき、私も正にそれだーーーと、いたく感動したのを覚えてます。そしてこのセリフはその後、私にとっての座右の銘となったのでした。

傲慢なように聞こえちゃうかもしれないけど、私から見ればやりたくないことをやり続けられる人・妥協して生きられる人の方がずっと強い人間だと思うんです。私は我慢したり妥協したり後悔すると、そんな自分が嫌いになってしまうし、自分を嫌いなまま生きられるほど強くはない。昔は自分が嫌いで嫌いでたまらなかった、だから毎日24時間が辛くてたまらなかった。もうこれ以上自分を嫌いになりたくないから、自分を好きになるためにも、後悔しないように生きたいんです。だからやりたいことはやる(笑)!

最近は調子に乗ってやり過ぎてるっていう説もありますが(笑)。
7月25日(日) 願望実現

あいかわらず日常の細かい出来事に一喜一憂しています(ほとんど仕事がらみのこと)。そんなとき「私も曲がりなりにも事業主なんだなー」と実感します。事業主である限り、いつになってもこの一喜一憂からは逃れられないのかもしれないな〜とも思います。それともいつか、一喜一憂しないでいられるときが来るのかシラン。

「○○が欲しい」と思っている間はそれは持てないと言います。何故なら宇宙は、その人の思考が現実化するという仕組みになっているからです。
「なら欲しいものが持てるはずじゃん」と言うなかれ。「○○が欲しい」と思ってるということは、イコールその人は「まだ自分はそれを持っていない」と宣言していることですよね。つまり宇宙は「○○が欲しい(でも今はまだ持っていない)と思っている自分」を現実化するのです。だから持てないんです。とってもシンプルですね、宇宙って。
ではどうしたら○○が持てるようになるのかというと、「自分はすでにそれを持っている」と心の底から思うことです。すると「それを持っている自分」が現実化するというわけです。
「でも実際持ってないのに、そんなふうに考えられないよー」・・・だよねー。だいたいここで行き詰まる人が多いと思うんですよね〜。私もですが。

ここで登場するのが「自分を信じる」ことだと思うんですよ。とにかく「自分は必ずそれを持つことが出来る」と信じる。
しかしなんの根拠もないのにできると信じられるほど(少なくとも私は)自信家じゃないし。だから少なくとも自信が持てるように努力するしかないのかな〜。つまりはやはり「やってみる」ことが、結局は実現化への道なんだというのが、最近の結論なのです。
7月24日(土) 神楽坂祭り

夜9時頃、仕事が終わって神楽坂の駅に向かって歩いていると、遠くから祭囃子が聞こえてきました。神楽坂の商店街の向こうから、浴衣を着た女の子やはっぴを着た男の人たちがゾロゾロ歩いてくるので、「これはもしやお祭り・・・?」と思って行ってみると、案の定「神楽坂祭り」の最終日で街は大賑わいでした。

そのまま屋台を冷やかしながら飯田橋の駅までそぞろ歩いてしまったのですが、神楽坂の商店街って基本的に街頭も暗めだから、なんか提灯だけの明かりを頼りに人が盛り上がってるような、ある種秘教的?な不思議な光景を見てしまいました。

しかし、神楽坂の街ってホントに外人さんが多いですね。日仏学院やリセが近くにあるせいでフランス人や、あと最近はイギリス人もたくさん住んでいるという話は、物件探しをしているとき不動産屋さんに聞いていましたが、今日もはっぴを着た外人さん(つまり近所に住んでいると思われる)がたくさん歩いてました。そういえばフレンチレストランもいっぱいあるしねー。

日本的情緒溢れる町並みに外人さん・・・って、まるで京都のような光景でした。ああ、やっぱり神楽坂、好きかも〜。
7月23日(金) アレルギーが・・・!

ここ1ヶ月くらいずっと、まぶたにアレルギーが出てしまっています。皮膚が赤くなっていて少し腫れていて少しかゆみもあります。右目のまぶたが特に目立ちます。
ちょうど1年前にも同じ症状が出ていた時期があったのですが、そのままにしておいたら1ヶ月くらいで自然に収まりました。今回もそのままにしておいても自然に収まるかな〜と思っていたのですが・・・。

昨日メイクの検定(みたいなもの)があって、ペアでお互いの顔を使ってメイクしたので当然私もメイクされました。アレルギーが出始めてからはアイメイクは一切していなかったのですが、久々にアイシャドウなんかつけてもらって、それでも目はなんともなかったしやっぱりそれだけで楽しい気分になるものなのですが、家に帰ってから即効でクレンジングしたのです。
しかし!今朝起きてみたら目の赤みと腫れとかゆみがいつも以上になっていて、まるで泣きはらした後のような顔になっていたのでした、がーん!慌てて濡れたティッシュを目にのせて冷やしたりしましたがどうしても腫れはとれず、結局今日は1日じゅうサングラスをして過ごす羽目になってしまいました。
なにが困るって、まぶたの腫れのせいであたかも外人さんのようなくっきりし過ぎた不自然な二重になってしまっていることです。まるで整形したみたいな二重なんですよー。整形手術直後でまだ赤みや腫れがひかない目の状態にすごく似ています。すごい不自然。しかも右目だけだから余計にヘンだ。

もうこれ以上放っておかないで、きちんと原因究明しなくちゃいけないかも。体の症状はなにかのサインだって日頃考えてるくせに、いざとなると案外粗末にあつかってるよね〜、自分の体。
7月22日(木) 不思議現象?

今日、「行動」に関するメッセージがまたひとつ来ちゃいました。家にあった雑誌を読んでいたとき、ふと(いつもはほとんど読まない)今月の星占いページを見てみたら7月のてんびん座のところには、今は行動するときではないとやっぱり書いてあったのです。言葉もそのものずばり「行動するときではない」だったのでびっくりしました。これもシンクロ?

そういえば昨日ちょっと不思議なことがありました。

昨日は昼から青山にいたのですが夕方空き時間があったので、最近ずっと行きたいと思っていた(私が都会暮らしに耐えられなくなったときの避難所)明治神宮に行ったのです。
クソ暑いアスファルトの大都会から一転、そこは鬱蒼とした樹木に覆われてカラスやせみの鳴き声だけが響き渡っていました。私は久しぶりに日傘を閉じて屋外を歩く感触を噛みしめつつ、明治神宮の中で行き着け?の湧き水の出るヒーリングスポット・「清正井」へ向かいました。
清正井には(カラス以外)誰もいなくて、湧き出る水は信じられないほどひんやりと冷たく、私は誰もいないのをいいことに裸足になって井戸に足首まで浸かったりバシャバシャ顔を洗ったりして1時間くらいそこでぼ〜っとしていました。井戸の周囲はボウフラと蚊がすごくて、蚊が足や腕や顔の周りにブンブン飛んでてかなりうざかったけど(笑)、その場の空気が気持ちよかったからあんまり気に留めずにいたんです。

で、家に帰って気づいたんですけど、私1箇所も蚊に刺されてなかったんですー。なんでだろー。あんなにいっぱい蚊がいたのに、いつもは刺されやすいほうなのに、虫除けスプレーなんてもちろん用意してなかったのに。

ね?ね?ちょびっとだけ、不思議じゃありませんか(笑)?
7月21日(水) 最近のキーワード分析 

最近、私の中に入ってくるキーワードを整理してみます。

まずは「門」。
今はまだ開けるときではない、から最近は、開けようかどうしようか考える、時に来たようです。
そして「信頼」。
自分を信頼すること。ひいては自分の意志と大いなる存在の意志が一致していることを信頼すること。
あとは「行動」。
「不安とは走ること。愛とは其処に居ること」だそうです。これは今日入ってきたメッセージですが、先日入ってきた「行動する自由があるから行動するのではなく、行動する必要があるから行動しなさい」と同じ意味に私は受け取りました。

今私にはひとつ心配事があります。私にとってそれはとても大きな心配事なので、毎日そのことを考えてしまいます。
でも、これらの最近頻繁に出没するキーワードからすると、焦らないで自分を(正確には大いなる存在を)信じることが大事なようですね。あれこれ考え込んだり、焦って見切り発車的に行動に出たりするよりも、自分の信じるものを持っている分だけ明け渡せばよいのかな。「好きなだけ持ってってくださーい」って。与えた分だけ返ってくるんですものね。

今思ったけど「門」とは、私は今まで自分がその先へ進むために開けなくてはならない門だとばかり考えてたけど、もしかして開けることによって誰かが入ってこれるようにするための門かもしれませんよね?もしかしてそっちなのかな?

またしても独り言のような日記ですみません。でもなんかヒントを得たみたい。
7月20日(火) 初心忘れるべからず!

最近自分コンサルテーションしてないな〜と思って、仕事が終わった後久しぶりにボトルを選んでみました。
私はいつも大体ブルーの人なのですが、今日も相変わらずブルーでしたね〜。しかしひとつ新たな発見がありました!!

ティーチャーとして生徒さんに教える立場になったからか、色のメッセージが以前より豊富に出てくるんです。ボキャブラリーとしてのメッセージもそうなのですが、何よりも色に対するイマジネーションというか色に対してより敏感に繊細になっている自分を発見してしまいました、これはうれしい変化ですっ!

このかんじは、オーラソーマを学び始めた頃の感覚に似ている気がします。なんの先入観もなく色(ボトル)を見ている感覚。
長いことボトルに触れているうちに、気づかないうちにいつのまにか惰性が出てしまっていたのかもしれません。感覚が鈍っていたんだなと思いました〜。

7月19日(月) ニュートラル

常に自分の気持ちをニュートラルに保つのは難しいですよね。

人間誰しも気分の良いときもあれば悪いときもある、当たり前です。私はそんなに感情の起伏が激しいほうじゃないと思うけど、それでもやっぱり気が乗らないときもあります。でも仕事は待ってくれない(笑)。

スピリチュアル系のワークの先生とかセミナーを主催する側で、毎朝の瞑想を習慣としている人がたくさんいますが、最近なんかそれが必要だっていうかんじが分かる気がします。やっぱり瞑想(呼吸法)する習慣が身についてみると、心身のバランスが保たれてるのが分かりますもん。だから余計に最近呼吸法をサボりがちなので、夏バテがちになってしまったり気持ちがイライラしてしまったりするんじゃないかな〜。でも自分がそんなだと相手にそれがすぐ伝わってしまうんです。困ったもんだ。

今夜こそ呼吸法するゾ!そして漫画を読むのダ!それが私の健康法。
7月17日(土) 夏バテ

最近忙しくて睡眠不足だったし、ロクなものを食べてなかったし(特に野菜不足)、日中の炎天下でアスファルトの上を歩き回っていたし、呼吸法もサボりがちだったし・・・。どうも体力が落ちてるな〜と感じてはいたんです。
おとといころから歩いていてフラフラするようになってしまいました。この暑さのおかげで昼間外を歩いているだけで汗がダラダラ落ちてくるし、私は日傘愛用者なので直射日光は浴びていないはずなのにアスファルトの照り返しのせいかとにかく暑くて、このまま歩いていたら突然ぶっ倒れてもおかしくない、というところまできてしまったんです。そんなときは緊急避難でドトールあたりに飛び込んで休むんだけど、椅子に座っているのもしんどくてどこかに横になりたい〜と思うほどでした。

そして昨日の夕方ころからは、ついに私のウィークポイントであるお腹がやられてしまいました!私は、疲れがたまるとすぐにお腹を壊してしまうのですが、そうなってしまったんです。昨日は夜遅くまで予約があったので、かなーり我慢してしまいましたよ。冷や汗モノでした(笑)。
しかも最後のお客様が帰った後、後片付けしてたら終電を逃してしまい、結局サロンに泊り込むことに・・・(なので昨日の日記は書けませんでした、すみません)。

しかし、マッサージベッドは日常的に寝るときに使うもんじゃないわ〜と実感しましたよ。なにがかというと・幅が狭くて寝返りがうてない・高さが高すぎて怖い・天井が近くて圧迫感がある、等。夕べも最初マッサージベッドに寝たんだけど、あまりにも落ち着かなくて結局フローリングの床に平らにした座椅子を並べてそれをマットがわりに寝てました(涙)。
自分の部屋でマッサージの仕事をしていた友達が、自分のベッドを置くスペースがないから仕事で使ってるマッサージベッドに寝てるって言ってたけど、ホントにあれで寝られたのかな〜だとしたら相当なツワモノだワ。
7月15日(木) 魂の意図

今週のジョナサンの占星術の中からてんびん座の部分。
「行動を起こす自由があるから行動を起こすのではなく、行動する必要があるから行動するようにしてください」ですって。ふーむ、なるほどねー。

今日友人から、来週から3ヶ月の長きに渡って旅に出るというメールがきました。彼女は派遣で仕事をしていて頻繁に海外長期旅行をしています。それに引き換え私は、仕事のスケジュールがメインで海外旅行はたま〜に行けるかなって程度です。
自分がそうしたくてそうしてるんだし好きなことを仕事に出来て本当に幸せだと感じてるから、長期旅行に行けない自分の境遇に不満は全くないけど、でもときどき彼女がうらやましくなっちゃいます。私も旅は大好きだから。
彼女は彼女で旅が出来る自分の境遇は幸せだと言いつつ、好きな仕事をしている私がうらやましいと思うときもあるってメールに書いてありました。お互いに自分に満足しつつも相手をうらやましがってもいるのね、私たち(笑)。

でも私にしても彼女にしても、単純に自分がそうしたくてそうしてるっていうだけじゃなくて、そうする必要があるからそうしてるって感じるんですよね。もちろん行動原理に「自分の意志」はあるけど、それはもっと何か(上手くいえないけど)大きなものの意志でもあるというか・・・。だから「行動する必要がある」と感じるのかもしれません。少なくとも私は。彼女を見てると、彼女もそうなんじゃないかな〜と思えたんです。

このことは、私がサロン探しを始めた頃にはずいぶん自問自答しました。「サロンを始めたいというのは自分のエゴからなのか、それとももっと大きななにか(使命)に基づくのか?」。
あの〜でもね、結局自問自答したところではっきりした答えなんてでないんですよ。だって魂は私がサロンをやろうがやるまいがどっちでもいいと思ってるんだもん。「何をするか」ではなくて「どう在るか」が、魂にとっては全てなんです。そうなんだってことが、実際にサロン始めてみてよ〜く分かりました。
そう考えるとつまりは、どんな道を歩んでも間違ってはいないってことですよね。

なんか脈絡のない(結論のない)日記だなぁ。
7月14日(水) コンセプト

さっき、ヤフーのトップページから坂本龍一のインタビューのページへ飛べるリンクを見つけました。
私は教授ファンなのでさっそく見てみたら、すごく興味深いインタビューだったのでかなり長かったけど全部読みました。その中で私がすっごく共感したことがあったので、ちょっとご紹介しちゃいます。今年の初めに出た教授の最新アルバムのコンセプトはなんですかという質問に答えての部分です。以下その抜粋。

「・・・その神の代弁者(=ボーカリスト)が言葉(=歌詞・歌)という形で他人に「答え」を宣告するっていうのがイヤなんです。ぼくができることと言えば、「ぼくはこう考えてるんですけど、あなたはどうですか」っていうのを表現すること。聞いてる人と対等な立場であるべきだと思うんです。年の違いや立場の違いや考え方の違いがあってしかるべき。“明確な答え”は人それぞれで異なるでしょう。音楽を通してはそこまでしか言わない。言いたいことを抑えてるって意味ではなくてね。それがぼくのやり方だというだけです。」

・・・くーーーー良いこと言うなー、さすが教授!
これって私がずーっと前から思ってたことです。でもいままで少なくても私が知る限りでは、きちんとこのことを語っている人を見たことがありませんでした。でもやっぱりそうだよねー。

これはなんにでも当てはめられます。例えば、私がオーラソーマのティーチャーをするにあたってのコンセプトは?と聞かれたら、こう答えます。
「私は生徒に「オーラソーマとはこういうものだ!」と、答えを宣告するのがいやなんです。私が出来ることといえば「私はオーラソーマはこういうものだと考えてるんだけど、あなたはどうですか」と表現すること。もちろん生徒にはオーラソーマの本質的な部分はきちんと伝えなくてはいけないのですが、ある部分では生徒と対等な立場であるべきだと思うんです。‘明確な答え”は人それぞれで異なるでしょう。コースを通してはそこまでしか言わない。言いたいことを抑えてるって意味ではなくてね。それが私のやり方だというだけです。」
・・・・・・あーヤバい。私ってかなりカッコ良いかも(爆笑)。いやあ〜でも、本当にそう考えてるんですよ。まさにその通りなんですよ。

しかし、これと同じようなことをつい最近どこかで話した様な気がするのですが・・・あらら、10日の日記でこれとまったく同じことを書いたばかりでした。シンクロだわ〜。
7月13日(火) 独り言

今、昨日の日記を読み返してみたら、「今の私ずいぶんヘコんでるな〜」と思いました。まあね〜いろいろあってサ。
で、愛読しているジョナサン・ケイナーという占星術家のサイトの「今週のてんびん座の運勢」を読んだら、「今のあなたは忍耐のとき、右のほほを叩かれたら左のほほを差し出しましょう」みたいなことが書いてあって、今の私にはすごくヒットする内容だったのでかなーり衝撃を受けました。
それって相手を許しましょうってことなのかな〜と思いました。

「許す」。今の私にとって相手を許すとはこういうことかも知れません。
起きてしまった現実にいつまでもウジウジして、自分や相手を責めたり責任の追及をするのではなく、その事実を受け止め、その先を見つめること。「この現実はもう変えられない。ならばこれから自分はどうしたいのか」に意識を集中すること。そしてそのように行動すること。
その行動の結果が出たとき(自分なりの答えを出せたとき)に、きっと本当の意味で相手を「許す」ことが出来るのかな。

え〜とね、今思いついたんだけど、そもそも私は相手の人に何を期待してたんだっけ?期待通りにいかなくてヘコんでるのは間違いないんだけど、その人に期待していたことの大元はなんだっけ・・・(自問自答)?ふむふむ、大元がなんなのかは分かりました。では、別の方法でその大元の期待を達成する方法はあるかしら(再び自問自答)?・・・ふむふむ、ありますね!ありますよ!あるじゃないっ!!なーんだ、なら別に今回の事はたいしたことじゃないじゃん。
どっちにしろ簡単には達成できることじゃないんだから、そんなにヘコむほどのことじゃないじゃん。あーあ、がんばろ。

※すみません。最後のほうは独り言になってしまいました
7月12日(月) 強い人になりたい

なんだか、自分のサロンなんか始めるといろいろなことがあるものですね。
別に大事件が起きた訳じゃありませんが、日々起きる小さな出来事にイチイチ左右されている自分がいます。一喜一憂ってヤツです。

サロンを始めたことによって、今までよりも私の周囲に人が増えました。それはとてもうれしいことですしとても感謝しています、それは間違いない!←長井秀和
しかしその分、私の周囲が以前よりも動いているのです。それも分かっていたことだしむしろそうでないと困るのですが(笑)、今の自分はその周囲の動きにちょっと敏感に反応しすぎているような気がします。
もともと私は、打たれ弱いというか周囲に流されやすいというかとにかく影響を受けやすい方なのです。理想は「感受性は強いけど自分がしっかりあって引きずられない人間」なのですが、なかなかねえ〜。性格ってそんなに簡単には変わらないよね。

昨日のイベント帰りに友人に「一匹狼」と言われました。それは自分でも分かってます(笑)。でもさ〜、一匹狼なら一匹狼らしく、打たれ強くたくましく生きてかなくちゃだめだよねー(笑)。一匹狼っちゃあカッコよいけど、どうも私は外面だけで、中身はグズグズになってることが多くて、いかんね〜。
7月11日(日) 選挙

今日の選挙に行かれませんでした、うぅ。

成人したての頃は政治にまったく興味がなくて、選挙に行こう・行かなくてはなんて思いもしませんでした。しかしいつのころからか(おそらく社会人になってから)世の中の仕組みに腹の立つことも多くなってきて(笑)、選挙には必ず行こうと180度の思想の転換をしました。それからはほとんど毎回選挙には行っていたんですが・・・。

今日は朝から晩まで、私も所属しているとあるサークルのイベントのお手伝いがあったので昼間は投票に行けないから、朝7時に起きて選挙に行ってから出かけようと思ってたんですがやはり起きられなかった・・・ので、イベントが終わってから行こうと思ってたのに打ち上げでやはり行かれなかった・・・(苦)。意志の弱い私・・・。

私は民主党が立党して以来アンチ自民党の民主党支持派です。民主党は今まで私ががんばって投票していてもイマイチ得票数がのびなかったですが、今回はどうもすごく表が伸びそうですね。なんか私が投票しないほうが良いんじゃない、とすねたくなります(笑)。
もちろん私一人のせいでそんなんなるわけじゃないけど、でもひとりひとりの一票が大きな力を持っているのは確かですものね。
まだ開票は終わってないけど、民主党が大躍進したらこれからの日本にかなり期待してみようと思います。
7月10日(土) ごちゃまぜ系

その小さな劇団の公演は、最初は友人知人が関わっているという理由で観にいったんです。まあ、お付き合いみたいなもの。でも観てみたら本当に面白くて、その後は自主的にチケットを取って行くようになりました。
なんというか、深いんですよ〜。
テーマは大体いつも「愛」です。そして笑いあり涙ありの物語・・・というと「ほのぼのハートフルストーリー」だと思うでしょ?でも違うんです。一見ほのぼのしてるように見えて、実はけっこうヘビーな内容だったりするんですよ。笑いの中に、救いようのない愛や絶望も盛り込まれていたりするんですよ。そういうとこが好きなんですけどね。甘くない愛に溢れてるとこが。

表と裏・光と影・陽と陰・・・いつも日記に書いているような気がしますが、芝居でも歌でもなんでも、人間の2面性みたいなものをごちゃまぜにして描いている作品が好きです。キレイ事過ぎるのもいまいち共感できないし、ダーク過ぎるのもなんか違うと感じるのです。
ごちゃまぜ系?の作品は、ごちゃまぜだから大抵結論がないんです。メッセージとかもあんまりない。でもその方が好き。歌の歌詞で、説教くさいのとか、メッセージ性が強いのとか好きじゃないです。そういう歌を聴くと「私(俺)は人生100%24時間いつでもポジティブです!」と言っているような気がして、「嘘つくんじゃねえ!」と叫びたくなります(笑)。
多分アーティストと言われる人達も、ほとんどの人は人生のことなんて歌詞(作品)に書くほどには分かってないんじゃないかな〜。だったら分かってないなりに「よく分からないんだ」とか「今はとりあえずこう思ってる」とか言ってくれたほうが、私は共感できます。そういう人のほうがある意味余程分かってるんだな〜とも思います。だから面白い。

だから「re−ley」の芝居が好き。「リレイ」、いつかぜひご覧ください。楽しくてほろっと泣かせて後味が良くて、でも深〜く考えさせられます。脚本・演出のかあきじぃんずさんは東大大学院で遺伝子の研究をしている非常に優秀でバリバリ理数系の人ですが、ノーベル賞よりカンヌ映画祭のグランプリに、人生の目標を変えたそうな(笑)。
7月8日(木) 私ってすごいっ!

昨日日記を書けなかったのは、朝までPCをいじっていたからです。

ワケあって大至急アマーリエのパンフレットを作らなければならなくなったのですが、ちゃんとした印刷(オフセットとか)だとさすがに納期的に間に合わないし値段も高いので、オンデマンドという簡易印刷で作ることにしました。しかも原稿はすべて自分でPCで作ってそのファイルを印刷屋さんにデータ入稿しなくてはいけないという、PCニガテな私にとってはかなりのいばらの道を行くことにしたものの、案の定なかなかデータを送ることが出来ず四苦八苦していたら朝になってしまったのでした。

イラストレーターとフォトショップをインストールして原稿を作り、次に私のPCに圧縮ソフトとデータ送信ソフトをダウンロードして、原稿のファイルを圧縮し、印刷屋さんに送信するだけ・・・だったのですが・・・(苦)。
まず、圧縮ソフトがダウンロードできない。やっとダウンロードに成功しても、開こうとすると更に別のソフトがないと開けないことが判明!そのソフトがどこにあるかを探して更にダウンロード。そこまでできても今度はファイルの圧縮がなかなかできない!
さらには、データ送信用ソフトのダウンロードができない。それが終わったと思ったら今度は圧縮したファイルの転送ができない。何度も何度も送りなおして3度目でようやく送信成功!3度目の送信のときはすでに午前4時。、思わず手を合わせて「どうかちゃんと送れますように」と本気で祈りましたっ。無事送信完了の文字が出たときは「私ってすごーいっ!」と小さな声で叫んじゃいました。
その甲斐あって今日無事に校正もOKが出て(ってゆうか自分で出したんだけど、笑)、明日には出来上がることになりました、ふ〜。

ホームページ作りといい今回といい、ここまで苦労しても相変わらずPCのことがよく分からない私。ホント、才能ないな〜と思いますヨ、とほほ。
7月6日(火) 忙しいときこそ

うー、時間が足りないー。でも今夜はちゃんと寝なくては。明日からまたコースが始まります。

こういうときこそボトルを塗るほんのひとときを大切にしたいです。慌しい時間にただ追われるだけではなくて、短くても良いから「今、ここ」にいる時間を取ることが、自分の意識を正しい場所に戻してくれるような気がします。
ストレス解消にもなるし、なにかのアイディアがひらめきやすくなるとも思う。

なので呼吸法も毎日きちんとしたいです・・・が、最近やらない日がけっこう出てきてしまいました。いかんいかん、こんなときこそやりたいんだけどね〜。
7月5日(月) 笹

もうすぐ七夕ですね。

先日お香の会に参加したとき、お部屋に笹の葉が飾ってあって、みんなで短冊に願い事を書いて枝に結びました。そんなことをしたのは何年ぶりだったかな〜と思い出せないくらい久しぶりだったので、それだけでもとても楽しかったです。「何を書こうかな〜」なんて真剣に考えちゃったりして。だって短冊に書いた願い事が本当に叶いそうな気がしたんですもん。気持ちがワクワクしましたよ。
これって、運動会の前の日にてるてるぼうずを飾るような気分かな?何かに願い事を託す・・・。まあ私は運動会が嫌いだったので、「明日雨が降って運動会が中止にならないかなぁ」と、逆てるてるぼうず(=雨乞い)していましたが(笑)。

そんなこんなですっかり子供心を思い出してしまった私は、七夕当日に向けて部屋に笹の葉を飾りたくなってしまい、ここ数日笹の葉を捜しているのですが、これが以外に見つからないものなんですね〜。実家に帰れば近所にいくらでも竹林なんてあるから、一枝くらい取ってきちゃっても構わないだろうけど、東京ではなかなかそういう場所も思い当たらないし。

青山通り沿いに第一園芸というとても大きなお花屋さんがあるので、今日立ち寄って見ましたが、やっぱり笹の葉はありませんでした。他にも大きなお花屋さんを2件回ってみたけどどちらにもなかった。しかし考えてみれば笹の葉を「買う」なんて、かぶとむしを「買う」のと同じくらい妙なものです。そんなんどこにでもあるやん、わざわざ「お金出して買う」もんちゃうねん(何故か関西弁)!

一体みんなどこから笹の葉を調達してるのかな〜。
7月4日(日) 身近なものを大切にする精神

義理の母が作ったラベンダーのポプリが今手元にあるのですが、とても良い香りです。

ポプリを作るときって、摘んだ花を塩にはさんで(塩に埋めて)1週間くらいそのまま置いておくと良いそうです。今手元にあるポプリも、大きめのジャムの瓶に塩と一緒に入れてあります。まるでラベンダーの塩漬けみたい。みなさまもポプリを作るときは一度試してみてはいかがでしょう。

義理の母は、こういった身近なもの(こと)を大切にする人なんですよね〜。日常の小さなもの(こと)を愛するというか、ていねいに暮らしているというか。
私の場合は例えば「仕事」とか「社会」のような、どちらかというと大きなもの(こと)に興味がある方なので、ポプリは好きだけど自分で作るというよりは買ってしまいます。どんなポプリを買おうかとか、買ってきたポプリをどんな風に飾ろうかとかには大いに関心があるのですが、ポプリ(=植物)を育てるとか作るとかにはあんまり・・・(笑)。やっぱりこういうところが私ってマゼンタの人じゃないのよね〜。
私は植物を育てるのも苦手なんですよー。グリーンのある部屋に憧れて何回か観葉植物を部屋に置いてみたことはありますが、すぐ枯らしてしまうんですよ(苦)。

今回枯らしてしまう不安は持ちつつも、サロンに飾るように観葉植物をいくつか購入したのですが、やっぱりすでに枯れそうになってます(涙)。でも1ヶ月枯れずに保っているなんて、自分としては最長記録かもしれません。がんばってなんとか枯れそうで枯れない状態を保ってはいますが、いつどうなることやら。ごめんね〜(←植物にあやまっている)。
7月3日(土) 与えた分だけ返ってくる

水についての不思議な現象を実験している江本勝さんの本は面白いです。「水からの伝言」等、最近彼の書いた本が本屋さんに平積になってますから、きっと売れているんでしょう。
彼のしている実験とはとてもシンプルです。水を入れたコップに「ありがとう」と書いた紙を貼っておくと、コップの水の結晶がとても綺麗な形に変わるらしいのです。逆に「死ね」などの言葉を書いた紙を貼っておくと、結晶が破壊されたようなグチャグチャの形に変わっているんです、不思議だわ〜。
他にも、やはりコップの水にモーツァルト等の美しい音楽を聞かせると結晶が綺麗な形に変わり、破壊的なパンク等だとグチャグチャに変わるのですよね〜(私はパンクも曲によってはすごく好きなんだけど、グチャグチャになった結晶の写真を見てしまうとなんだか聞く気が失せます・・・)。
これってよく言う、話しかけながら植物を育てると、その植物がよく育つって話と似てるような気がしませんか。

夕べ面白いことがありました。

夕べは満月でした。仕事の帰り道に運河の橋の上から見た満月がとても綺麗だったので、しばし立ち止まってその優しいエネルギーを全身に浴びていました。それがとても気持ちよくて自然に感謝の気持ちが湧き出てきたので、私は思わず「お月様、大好きだー」と心の中で叫んでしまったのです(笑)。そしたらその瞬間、月から私に向かって降ってくるエネルギーがすごーく強く、より優しく変わったのです!これははっきり感じたのですよー、「おお」なんて声が出てしまったくらい!月が私の雄たけび?に答えてくれたような感覚でした。

最近よく来るテーマが「与えたものが返ってくる」なのですが、まさにそれを実感した瞬間でした。愛を与えるとちゃんとその分愛が帰ってくるんですね〜。しかも倍になって返ってくるような気もしますヨ、買っておいた株が倍に値上がった様なカンジ(笑)。
7月2日(金) セミナー熱

おととい精神世界友達とお茶をしていたとき「かおりさんは最近なにか面白いセミナーとか出た?」と聞かれました。そういえば最近セミナー系のものにはあんまり出てないなと思いました。
正確に言うと出ていなくはないです。ただ、自分にとって実用性や実利のあるものにしか出ていないのです、例えばミスティカとか例えば呼吸法とか。呼吸法は今も毎日やっていて本当にあらゆる面で変化するきっかけになっていると実感しています、心から受けてよかった〜と思えるセミナーでした。ミスティカに至ってはいまや自分の糧(=職業)にもなっています。
お話を聞くだけのセミナーとかはほとんど出たいと思わなくなってしまいました。まあいつかまた出たいと思うときが来るかもしれないけど、今はそのテのセミナーに出てもあんまり得るものが感じられないのです。

3、4年位前からその傾向が出てきました。お話系のセミナーに出ると、そのセミナーの講師が話していることは以前の私には新鮮で目からウロコ状態になることもしばしばだったのですが、あるときからどんなお話も自分がすでに知っていることだと感じるようになってきたのです。何かの本で読んで知ってるのではなく、自分の言葉で話せるくらいに心から知っているってかんじです。オーラソーマ的に言えば、「知識」ではなく「智恵」として知っているようなかんじ。
もちろんそういうセミナーに出るのは、その人の話を聞きたいだけではなくその人に会いたいからでもあるので、初めての人のセミナーはそういう意味では新鮮なものはあります。それにたとえ新たな発見がなくても、原点に帰る(初心に戻る)必要があるときにはとても良いとも思います。だからこれからも時々はそういった系のセミナーにも出ると思います。

そういう私もいまや人に教える立場になりました。でも私は「幸せになる方法」とか「自分とは?」などを教えるつもりはぜーんぜんないですヨ。
私が教えられるのはあくまでも「オーラソーマ」という「幸せになる」「自分を知る」ためのツールです。そのツールを上手に使えば幸せになれるよ〜楽しいよ〜便利だよ〜とまでは言うし勧めちゃうし(笑)使い方を教えはしますが、その先にある生徒さんの幸せにまでは責任は持ちません。持つべきでもないと思うし持てないし持ちたいとも思わないです。
だって自分が幸せになれるかなれないか(教わったツールを使うか使わないか)は、自分以外の誰にも操作できないことですもの。心の底から自分で知るしかないことですものね。
そして、真面目に取り組んでいればいつか知るときが来るんだなとも思います。私でもそうですもん(これは現在進行形、今も日々いろんなことが明らかになっています、楽しいよ)。
7月1日(木) 仕事と子育ての両立

その女性は、ある化粧品の販売の仕事をしていました。始めは自分の住んでいる団地の集会所を借りて近所の友人知人を集めて販売促進していましたが、やがて自宅の1室にエステベッドを置きそこに呼んだお客様にエステやお肌診断のサービスをして差し上げてさらに顧客数を増やしていきました。顧客が増えると自分ひとりでは対応しきれなくなったのでスタッフを雇い、自宅とは別に一部屋借りてそこでサロンを開業しさらに顧客は増えました。そして今回念願の自宅兼サロンという形で一軒家を建てたのです。1階がサロンで2階が住居だそうです。

それだけでも充分すごいと思いますが、でも私がもっとすごいと思ったのはこの後なんです。彼女はこの間仕事に没頭していただけじゃなく、3人のお子さんを産み育てているんです。一体どうやって!?いつそんなヒマがあるの!?

彼女に聞いたら、臨月になっても陣痛が始まる直前まで普通に働いて、入院している間も電話でスタッフに指示を出し、退院したらすぐ復帰したそうです。赤ちゃんが6ヶ月(だったかな、保育所に預けられるまで)になるまではそれこそおんぶしながら働き、実母に面倒を見てもらえるときは見てもらい、もちろん自分の時間なんてないしそれどころか寝る時間もなかったそうです、

彼女は「周りの人に協力してもらわなければとてもこんなことは出来なかった」と言いました。そうでしょうね〜。でも周囲の協力も含め、やっぱり最終的には本人しだいなんだなーと改めて強く感じました。だって普通の人だったら、子供か仕事かどっちかをあきらめるんじゃないかな〜こういう場合。

仕事を言い訳に子供の面倒を見ないとか、子供を言い訳に仕事をしないとか・・・。とにかく「言い訳」の人生だけは送りたくないですね。